ReadMasterの軌跡

面白いことを仕掛ける。仕事を作る。ビジネスを作る。そんな日々から出てくるアウトプット蓄積場。

映画を見た

スカイ・クロラ

アニメをチェック。

悪くない。
アリ地獄ではないけれど、
キルドレのループみたいなものって、
結局、良い意味でいえば、大人になれない子ども(笑)だったり、
悪い意味でいえば、悪いことを学習できない人だったり。

実写っぽいようなアニメっぽい感じで独特。
 

わたし出すわ。

こりゃオモロイだろうといって見に行く。ラッキー1000円。

が、それほどインパクトは残念ながらなし。
ただ、お金を出すことによって、皆うまくいかなくなるというか、
「分相応」みたいな考えが出てきていたのはとても共感できる。

自分にとって、お金とは天下のまわり物でしかない。
この感覚身につけるの結構大変みたいです。

だから、欲張っちゃうわけで。

今って欲とかガツガツするのってどうかなーって時代かもと思いつつ、
欲がないのも何かなーって思って、誰でもそこらへん分からないし
読めない時代で、自分の主張をするしかないのかも。

そういう路線を横目で見ることなくがっつり突っ込んでいくわけで。

お金出せばいいもんじゃないけれど、
使い方の方があるよりも大事かもね。

マイ・キッズ・シスターズ

デンマーク製。
コメディタッチで面白い。

ただ、そこに新しさがあるというと若干微妙。
国内では人気のタイトルのようだが、
ホーム・アローンの泥棒が、家を売るというシチュエーションに
変わったというと勘の良い人は想像できるだろうと思ったり。

つまり、子どもがよくもわるくも「大人びて」色々仕掛けて、
というストーリー。

面白さという意味ではいいのだけど、
新しさみたいなものを求めている自分にとって、
この映画は新しさを追求しているかというと違う。

おそらく、生活の中で、デンマークにこういう家があって、
ぼろい家でも、色々あって、そしてやっぱ笑いながら、
隣のおばさんともなぜかつながっていく、
運というか偶然というか、そういう結果が面白いなと。
それって新しさじゃない。多分、日常生活をじっくり味わう、
コメディというべきだろう。

見る機会は多分ないかもしれないですな。

クローズ ゼロ

テレビを録画で。

ふむ。。。なかなか面白い。
ゼロ2が最近公開のようで。

個人的に、不良x喧嘩ものの話は好きだなあ。

とはいえ、近くにそういうのがいると困るのが本音(笑)
怖いもの見たさと、非リアルなところに。

とはいえ、悪いやつは本当に悪いから、
まあ、度を越せば国にやられるでしょう。

フツーの仕事がしたい

むう・・・現状課題への認識。
POSSEvol2も買って読んでみる。

最近思うのは、
やはり間違ったことをしたと思ったら
素直に謝りたいということだ。
それは自分が謝っていないということではなく、
自分のやっていることを正当化する。

労使関係とかそういうことではない、
人間としてどうなのかということが問われる。

やはりドキュメンタリーは好きだなあ。
現実を直視してショックで立ち直れない人もいるだろうが、
ただ現実なのだ。
552時間労働・・・ありえない。

連帯はきちっと成果を出した。さすが。
企業は最初は知らぬ顔で、関わらないようにするが、
問題が大きくなると動こうとする。
人間の集団が!人間の集団が!、人間の集団が!
人間ではなくしてしまうのだろうから。

当然、マクドナルドやSHOP99などの
名ばかり店長っぽいことをしていたところは
きちっと対価を払うことになっていく。

そして、今気にしているのは、
その労働環境がひどいと思えるところの
企業の商品、サービスを買うべきだろうかということだ。
こういうのは、若干ずれてくるのだけど、
やはり良いと思った人から良いと思ったものを買う。
野菜とか米みたいなものだ。肉もだけど。

見える関係って、一体どこまで見えることをいうのか。
定義はできないが、そもそも見えなさ過ぎる複雑な社会に
誰かしようとしたのか、それとも?

突っ込んでいけばいくほど、
最近掲げてないが、人間という生き物のおろかさを感じてしまう。

70分の好ドキュメント。ぜひ。

サウスバウンド

いいねえ。
お父さんかっこいい。

沖縄行くってのも、ある種ありって・・・いうか、
旅は沖縄だな。友人に提案するかな(笑)

原作読んでないんですが、
面白いだろうなー。今度読みます。

STEP UP

芸術学校の映画もの。
車泥棒、パーティーな主人公テイラーが、
型にはまった?ダンス(ちなみに、型を知らないで破れば、
型破りではなく、型知らずになる・・・最近どっかで見たなあ・・)
とノーラに惹かれていく。

見方として、
テイラーが駆けつけた最後の発表会で、
もしテイラーが実力を出さなかったら
当然容赦ないんだろうなーとか思ったりする。

要するに、プロは厳しい、覚悟を決めろみたいな。
そういうステレオタイプがあるけど、それは事実。
ただ、それと楽しいか面白いか、嬉しいか、好きかどうかって
やはり分離できる。

途中で、友人かプロの道かみたいな結構安易な選択肢が
出てきちゃうのだけど、一握りというプロの道へ
入るには・・・友情も捨てるのかという問いだ。

正直難しいところだけど、
そもそも、友人というものが、裏切る裏切らないということを
まずおいておいて、
そもそも、そもそも!、相手のことを理解しようとすれば、
ほとんど、ほとんどってのがポイントだけど、
裏切りにはならないような。

まあ、しょぼい「絶交だかんね!」みたいな考え方は、
中学生くらいまででいいとして(笑)
友情のみだと食えなくて、プロでは食える。
プロは食えるが、友情がない。

みたいなのがないと思うけど、
もしそういう考えの人あれば、ぜひ見てみると面白いかも。

社会というか、人間と関わるのが面倒というと、
引きこもりになっちゃいますね。
まあ、引きこもると刺激がなくなって死にそうですが・・・。
発狂しちゃう(笑)

チキチキバンバンとか、また見たいなあ。

青い春

不良映画。
だけど、ピンポンみたいな雰囲気がなんか映画に出てて、
なんというか、会話量が絶対に少ない。
ので、非常に気に入った。

なりたいものとかやりたいこととか
ないなら、就職して、仕事するだ。うだうだいってないでと。
そういうのもあるし、そうではなく、それは違うんじゃないかと
いって色々やることもある。

この映画は関係ないけど、
自分の落としどころって、
どう生きたいかみたいなものの、問いをやっぱし続けることで、
その頻度は色々だけど、やっぱやめちゃったら、
面白くないなあとか思ったりする。

自殺を推奨するわけじゃないけど、
自分に純粋っていうところは、色々な方向性にいく。
だから、そこが難しい。
例えば、哲学にはまって、ハゲるほど悩んでも、
分からないことは一杯ある。当然だけど。
何も考えずに、死んでいくという幸せもある。皮肉でもなく。

そこらへん、どう自分が納得するか。
ここらへんの問いがどうでもいいなら、
あまり面白くないかも。

でも、おすすめーです。
漫画「ピンポン」好きな人は多分楽しめる。

屋根の上のバイオリン弾き

原田氏の指摘どおり、
状況はシビアだが、その「つつましい」暮らしが
うまく描かれていて、非常に良い。

ただ映画もそうだけど、
その背景に何があるかをきちっと抑えておかないと
ぶっちゃけ面白みが減ることも多い。

ユダヤ人迫害というテーマでも、
例えば、「シンドラーのリスト」とは全然違う視点で見える。
リストではナチを取り上げているが、
これはあくまでのロシアの話だから、一緒にしてはやや乱暴だが。

しかし、ユダヤの人は、
常に追われ、そして放浪の民となる。
なぜか分かるには一朝一夕ではいかないが、
正義を気取り、現実に目をつぶるのか、
大儀をもって小儀をおろそかにするのか、
人生は深い。

ミュージカルはやはりええっすわ。

イントゥ・ザ・ワイルド

見れ。

戦国時代1549

目指せ。
そして、取れ。

1.天下を目指す
2.とる

それだけのことだ。
ここは戦国時代ではないが。

僕も君も可能だ。
天下人は一人ではないのが、平成なのさ。

レインマン

うむ。

忘れられないということは、
実は、覚えられないと同様ではないことはいえる。
しかし、それって人間の記憶量の限界として、
貯蔵や処理の問題もあるが・・

って話としてではなく、
弟の金に対する思いは良いと思う。
でも、それって実はたいした話ではない。

なんで1億が欲しいの?
多分本当に欲しい人は結構限られている。

違うんだ。
もっともっと価値のあるものを一杯持っている。
そういうことをやっていかんと、先細りするし、
そもそも面白くないですな。

普通にお勧めですな。

RENT

むう・・いいな。

バラードよりも、ロックな日常アッパーな
ミュージカル台詞が活かしているかも。

でも、NYの地下鉄の中で踊るシーンが一番気に入ったかもしれない。

52万6000分を1年として、というテーマソングっぽいものがあるが、
これって実は、時間の大切とか、愛だとか、エイズとか
そもそも映画の内容がそういう切迫感みたいなもので、
家賃(RENT)が関連付けられているだけなんだろうけど、
テーマとしては、「時間」としてみると面白い。

半年が過ぎるとあと26万時間しかない。
結局、時間というものが貴重で、
1分も無駄にできないという意識が、
実は、実質的に1分をムダにしても、それ以上のものが
得られるんだということを、これは繰り返しだけど、
思っている。

映画は1年の経過だ。
1年で、人は大分成長するものだ。
52万6000分をどう使うかは、自分が決める。
当たり前だ。

他人、環境からでこういうことがおきて・・・
っていうなら、コントロールできないなら
それは諦めるしかない。ただ、諦め方、どこで
落としておくか。そこらへんは常に自分が自分で選べる。
そこを忘れないようにしたい。自戒をこめて。

ハイスクール・ミュージカル

ミュージカルやっぱええわ。

雨に唄えば

ウェストサイドストーリーよりインパクトは薄いが、
トーキー映画の導入という時代背景がとても
興味深く面白い。

また、タップダンスは素敵。

雨の中で、主人公が傘をささずに
タップするシーンはいいなあ。

ミュージカルは、
踊って、歌って、しかも演技もするという
かなり高度なことをやっている。
でも、多分、これらは別々ではないんだろう。
一体化じゃないとその内実の面白さが分からない。

チキチキバンバンもまた観たくなる。

ミュージカル萌え。

おそいひと

障害者が人を殺す。殺人映画。
とかくと、どう読まれるか微妙だが、
映画は何を求めているか。さあこれははっきりいって
浅いわけがない。

主人公の住田(すみた)は、
ビール好き、女好きの障害者。
彼は声を出すことがほとんどできないため、
テプラのようなキーを押すことで、発声する装置を持って
会話している。

最初の方で、ヘルパーの人に、
「あの娘いつくる?」
としつこく聞いてるので、
「エロ親父め」と悪態をついたら、
住田が「ぼけ」と打っているのが印象的。

僕のつたない経験でいえば、
障害者は人であり、健常者と同じように感じ、
同じように笑い、同じように話す。
一部の機能が失われているがために、
どうしても、フィルタリングがかかり、僕は身構えてしまうのだ。
が、どうだろう。
バリアフリーであれ、一体こういった話は
どこまで意味があるのだろうかと、疑問が残る。
要するに、窓際のトットちゃんみたいな、トモエ学園が
一体今いくつあるかと。

既成の教育というのが何をさすか分からないが、
基礎力に感受性とかってのは育むことは無理なんだろうとか
妙に寂しくなる。

障害者の差別を助長するというような見方もできるが、
ここではそのような見方はしない、というかできなかった。
彼は、まずはライブバンドのボーカルのタケを殺し、
次に通り魔として、3人も殺す。
そして、最後につかまるが、彼はなぜ人を殺したかは
全く語られないし、分からない。

殺人者であるならば、障害者も関係ないか。
途中、女子大生のヘルパーに「一発やらせてくれない」と
FAXして、彼女は住田に怒りをぶつけているシーンがあった。

ちょっとまえに、ボランティア・セックスという本が出ていた
と思うが、色々なことが思い出される。

この映画は、ノイズのような音、いや多分早送りと巻き戻し?かな、
で、何かをあらわしている。
住田の思考かもしれないし、住田のスピードかもしれない。

彼の生活は、ビールを飲んで、ヘルパーの人に作ってもらった
料理を食べ、部屋などはある程度世話されて、
結構満足できそうな、生活に見える。
が、彼の鬱屈、いや何かストレスとしてたまっているのか、
そういうものは意外に見えてこない。


人がなぜ人を殺すか・・・。
理由はないのだろう。逆にいうと、根拠があれば殺してもいいのか、
ということにもなる。

焦点は、障害者が殺人するということだ。

女子大生に「住田さん普通で生まれたかった?」ときかれた
住田は「ころすぞ」と言う。

健常者に対する鬱屈はあったのだろう。
いや、ない人間がいるとは思えない。
当たり前だが「障害」をもって生まれたいなんて、
誰もが、望んでいるわけじゃない。

しかし、現実は「そこ」にあり、全てを受け入れるしかない。
この作業は非常に辛い。
自分の身体が、葉っぱに見えるとき、また、自分の身体を支える
足が、自分の身体を支えられないとき、
世界と、自分と、社会と、身体の距離は全くばらばらになる。

健常者への恨みではない。
なぜなら、住田は先輩?と敬意を表した・・・はずの
障害者をも殺そうとしたのだから。


とにかく、深い。
内容はシンプルだけど、音と、めまぐるしく変わる映像は、
光のようですらある。

色々落としていきたいが、
この映画は・・・多分見たほうがいい。
僕の中では全然消化できていないところだ。

住田は何を考えていたかだけが、気になる。




チキ・チキ・バン・バン

良すぎる。
生きてて良かったわ。

パッチギ! LOVE&PIECE

前作に比べてアップテンポさがないかもーと
思ったりしたが、最後の舞台挨拶シーンでキョンジャが
話す場面で、不覚にも目に熱いものが・・・。

ティッシュが足りんわ!

今更だが、学生の時に学んできた、
いわゆる在日の話がフラッシュバックしてくる。
要は、1世、2世、3世と世代を経るごとに、
「苦労」というよりも、変化を経て、
「在日」であることを言う、差別があったことを教えることが
逆に差別を生むみたいな考えがあったりする。

日本人を全てとは総括できるわけないが、
いわゆる「目の前」の問題を避けて、
遠くの問題を「温室」で語る人間はものすごく嫌いだ。
それは、政治的・宗教的・思想的な・・・話とは
全然別の次元であって、個人、もしくは所属集団、
生まれた環境、国、文化などを考慮すればいいのであって、
何か一括りにするのは、「多く」の場合、意味がない。

意味がないとは、分からないということで、
分かり合えないということになる。

パッチギ!をどのように観ようが自由だと感じた。

砂浜で飯を皆で食べるシーンで、
「力道山」が在日だったという話が出てくる。
在日ではなく日本人だと思っていたから日本人は応援した・・
みたいな会話が出てくるが、これは多分妥当かと。

人間は忘れていく生き物で、
また偏見や、恨みを持つ生き物で、
そして、そういったものに捕われることも、捕われずに
生きることもできる。

この作品はやはり、若い人にもっともっと観てもらいたいと感じた。

ただ、パッチギ!の前作もあるので、
どちらかといえば、そっちのほうがオススメで、
そっち面白かったら、こちらも見るべしと思ったり。

イル・ポスティーノ

千住氏の本にあったので。

むー、いい。
イタリア映画の良さがでてる。
といっても、イタリア映画ってまともに見たことがないので
知ったかぶり(笑)

一番良かったのは、この映画が「詩」がテーマであること。
ポスティーノとは郵便配達人のこと。イタリア語かな。

詩人RMになってから、すごいタイミングだ。

ややネタばれですが、
映画の中で「メタファー」、つまり隠喩の話が出てきます。
メタなんとかって言葉でもしゃべっているので分かるのですけどね。

何かに例える。それが結局、詩というか、それで表現できるのが、
面白さだと。
例えば、今自分の感じる全てを、「何か」という言葉に
例えることができる。それって滅茶苦茶豊かな気がするんですね。

で、直喩って、?のようだって明示する場合のようですね。
なんかいつも、直喩と隠喩(暗喩とか)の違いが
分からなくなったんですが、単に比喩を明示しているかどうか。
VBプログラマ的にいって、OptionExplicitなやつが直喩で、
何もなしが隠喩ってことですねって、全然違う(笑)


君はバラのように美しい

は、?のようにがあるので、バラというもので直喩していると言えます。
多分。

君は海だ

といえば、比喩なんだけど、?のようにといってない。

あ、でも、これを「直接」ずばり表現しているから「直喩」とかって
覚えてたような気がする。あうあう。

で、まあ例えといえば、それまでなんですが、
表現技法のどれにあたるかっていうと、微妙な話になるようで。


というわけで、これにのっとり、次に詩を2連発して寝ますか。


FLY、DADDY、FLY

http://www.f-d-f.jp/site.html

フライ、ダディ、フライだが、
フライ、ダディダディとか、のほうがいいような。
気もしている。とどうでもいいことをしばし。

スンシン演じる岡田准一が好印象。
V6って印象はもうないっすねえ。
そもそもV6の「MUSIC FOR THE PEOPLE」が懐かしすぎる。
ああ、自分が年をとったんだという現実が(笑)

ストーリーはどうなんだとか思ったりするけど、
空を飛べよ、というフライでほとんど消し去ってくれるような
気配。

鈴木一の妻役の夕子演じる、愛華みれさんに萌え。

というわけで、金城作品、といっても、
本のほうだけど、読まねばならんな。

BIG RIVER

オダギリ・ジョー主演。

むー、なかなか。

会話が少ないから眠るかもしれん。
旅話。アメリカアリゾナ州なのかな。

サラがテッペイに言った言葉で、
私も旅したいわ、というのが妙に印象的。

多分、旅はいつでもできるのだと思う。
それなのにただしないだけなんだろうなあ。

UDON

やべえ。みてしまった。
面白い・・・と思う。

讃岐うどんブームっていうのが根底に流れているけど、
松井製麺所の話がなんかベタだけど、いいと思った。

小西真奈美いいなあ。

最近思うのはドラマみてたら、劇っぷりとか
絶対見なかったなあ・・・と。

ドラマもCMも、TVベースだから、TVみないと
そこらへん抜けるんだよねえ。
そうすると、女優などは劇でみるか(これ東京ベースかなあ)、
それか、映画とかDVDで観るしかないというか。

まあ、まあ、そういうものかな。

うどん食いたい・・・が、かまたまつくりたくなったなあ。

100万人人口で900軒も店あるのはすげえなあ・・。

普通、飲食1000店舗って、全国レベルくらいでしかない。
という意味で、マックが東京1200万人で500は
かなり多いと思うんですが・・・。その密度を軽くこえおるわ。

というわけで、うどーん!

バックダンサーズ!

田中圭が演じる「茶野」が好印象。
陣内孝則もコエーなあ。

一応、バックダンサー4人が「上がり」目指すってところで、
終わりだけど、そもそも自由業といいますか、
ダンサーで食っていけるかみたいなのは、裏テーマにはなさそうと
思ったり。

映画というより、踊る大走査線みたいな印象。
要は、ドラマから映画になったみたいな映画。うん、これだ。

映画っぽくないのはなんだろうなとか思ったりする。
それは、なかなか説明が難しいけれど、
バックダンサーズ!っていうところで、ただそういう話です
くらいの印象で終わってしまったというか。

ヒップホップとか、いいと思うんだけどなあ。

8mileと比較しちゃダメなんだけど、
4人のバックダンサーズというユニットが、もっと脚光を浴びるというか、
面白くやるみたいなシーンが欲しかったかな。
クラブでの踊るシーンとか多いけど、なんかもっと刺激あるような
気がする。

ソニン演じる「巴」好きだなあ・・。
キャバ嬢って設定はなんかアレですが。

8Mile

3度目。

ちなみに、8mileとは、黒人と白人を・・・分ける道か、
区域とかのはず、です。デトロイトのお話。

1度目は確か、学生の時に、映画館いったかな。
今って映画館って言わない?シアター(笑)
あと、シネコンとか。まあどうでもいい。

エミネムは結局、「ラップ」というバトルで、ヤツラを負かした。
暴力ではないのだ。そう、ラップというライムなのだ。

まあ、んなことはどうでもよくて、
この映画にはやはり挑戦って熱があると思うのです。ええ。

紀子の食卓

「自殺サークル」が原型のようだが、
自殺サークル自体はどこまでの話か忘れた(笑)

とりあえず、紀子が主人公で、妹がユカ。
クミコ役のつぐみの演技にはびびった。すげー。

内容は、レンタル家族っていうビジネスをやっている
クミコと、豊川市(だと思うけど)で田舎の高校生をやっている
島原家の紀子が東京に出て接触する。

自殺サークルは、新宿で54人の女子高校生がホームから
一斉に飛び降りるという事件だったか、
それとは別枠で書かれていると、捉えるべきか。

で、エンドとしては、
島原家の主人の徹三はなんとか家族を取り戻す・・・というところか。
しかし、妻は自殺し、ユカは紀子の家出の繰り返しのように
(ユカは紀子のように家出をするが)また家を出て終わる。


レンタル家族というのは最初聞くと意味が分からないが、
現実にどうかはおいておいて、
家族というものの大切さを逆に物語っているようでもある。
これは風俗ビジネスがその重要性を物語っているとの見解と
一致させてもいいんじゃないかと思ったりする。昔の吉原などなど。

そういうこの映画、一体何を伝えたかったか。

いくつか印象に残っているところをあげてみる。

自殺サークルのサイト運営者ではないかよくわからないが、
徹三が喫茶店で話す男は、結局、「自殺サークル」は
全員が自殺するわけではなく、「役割」としての、
自殺が与えられた人しか、自殺しないという。

これは、非常に健全に見える。
つまり、自殺サークルではない、既存の社会は、
別に役割があるわけではなく、勝手に、無許可に自殺するわけだから。
もちろん、役割として自殺を与えることに問題があるという議論は
ありそうだが、ここではスルー。

自殺サークルという一つの集団と社会の対比はここからはできる。


次に、家族というものへの機能。
社会学で、家族を焦点に「家族社会学」などという学問がある。
家族の機能というと、やや「客観的」で怒る人もいるかもしれないが、
好きなものが結びつき、子が生まれというように単純には行かない。
要は、経済的なものもあるし、一つのホームベースとして、
そこを起点に生活が出来るというのがある。
そういう意味では、家族というより家庭といったほうがいいか。

島原家は、父親・徹三が結局娘二人のことを何も理解していなかったのに、
彼女らは父親のことを非常に理解していた・・・ということになっているが、
ここでは「母親」の妙子(たえこ)はあまり描かれていないように思う。
妙子は、結局自殺するが、例えば娘二人が失踪してからの捜索活動のような
調べは、徹三が専ら映る。発狂する妙子は、徹三に謝るシーンがある。
そのシーンでは、妙子が悪かったことは分からない。

娘達の思いを理解してやらなかったという意味では、
妙子も共犯者となる。別に犯罪をしているわけではない。
父親と母親は、娘達に鈍感だったのかというと、
そうではなく、むしろ、敏感に「幸せな家族」というのを
それこそ、徹三と妙子がクミコがビジネスとしてやっている
レンタル家族以上に「演じていた」ということが見て取れる。

幸せな家族を演じて、娘達もそのように成長すると願った、
徹三(と妙子)は、失踪はありえないと映っただろう。

妙子の家族のスケッチで、無理に娘らの表情を笑顔にしたのは
非常に分かりやすい描写だ。

そういう中で、徹三は記者のカンをもって、調べに出かけるが、
妙子は死ぬ。
娘達との再会は、友人に頼みレンタルしてもらったという皮肉な再会となる。

ここで、家族というものを考えると、
演じていたという「家族」が、レンタル家族というビジネスの中で、
さらに演じている「家族」をするということで、
より、徹三の思っていた「家族」が、演じていた家族だということを
痛切に思わせるだろう。と勝手に考える。

いわゆる、自分では「ちょっとそうじゃないか」と思っていたことが、
他人の言動などで明確になることがあるが、それに似ているかもかも。


家族というのは虚構というのは、実際に血がつながっているとか
そういうことはスルーすれば、別に親が子を育てなければならない
義務はない。法律には明記されるけれど。
「法律にあるから、私は子を育てているのよ」なんていう
親がいたら、逆に問題になるが。

レンタルの家族が、結局、家族として機能しているのではなく、
それは「時間です」という言葉で、ビジネスであり現実であると、
お客は理解するだろう。
レンタル家族でも、家族が機能するか。成り立つかと。
実際には成り立たない。
いくら馬鹿な親でも、憎しみがあっても、親は親だからだ。

クミコは、コインロッカーベイビー(村上龍に似たような名前の
作品があったか)として生まれ、結局彼女は家族というものを
認知できなかった。どこまで本当か分からないが、
途中で彼女の母親だと名乗る人を、かなり罵倒し追い返している。

彼女は、彼女で、最後のシーンで、ほとんど描かれない(どのような思いをもったかが)が、徹三の「やりなおそう」という言葉に、
うなずいていたはず。
もしかして、父親・徹三、母親・クミコ、娘・紀子、失踪・ユカで
やり直すということかもしれないが、クミコはこのレンタル家族の中で、
意外にも、家族のよさみたいなものに気付いたのかもしれないが、
さあ、どうだろう。そんな甘い読みはなさそうだけど。


あと、何度もメッセージとして、
「あなたはあなたの関係者ですか?」
という言葉が出てくる。
この問いは問いとしておかしいとまずいってみる。
おかしさは、質問を受ける「自分」であって、関係とは、
自分ではない人とつながることをいうからだ。

だから、この質問の論理性はどうでもよく、真意は、
「自分」という存在は、「自分」という内面にどこまで
関わっていますか、というような意味になるだろう。

徹三はこの質問に、自分が自分として関係していなかったことを
理解し、それは父親という「役割」である外的な自分と、
実際の徹三の思いや考えという内的な自分をうまく関係させていない、
といえる。徹三は自分は自分と関係していないと思うのだろう。

内的な自己と外的な自己は、多分、近代の心理学とかでも、
同一性みたいなもので、いくらばらばらでも一致するという考え方だ、と思う。
分裂症とか、多重人格とか、全然違うのだろうけど、
1人間に1人格という考え方が強い・・・と思っている。

自分以外に自分に深くコミットする関係者は・・・
そうはいないだろう。関係者というか、人だけど。

このメッセージは、結局、「自殺サークル」という限られた?はずの
集団の話ではないと、すぐにいえる。
誰もが社会で生きていて、自分が自分という関係というよりも、
自分=自分ということを疑っていない。

その自己統一性を家族という役割から、問いを出した園氏の
手腕はやはりすげーといわざるを得ないんですな。うむむ。


これ、R-15なのは、血もあるし、あと道徳的に
多分影響度でかいかもしれませんな。バトロワとは性格は
全然違うけど、何かしら「既存」のものに対して
「このやろう」というメッセージがあるのは共通な気がするので。

というわけで、オススメですな。


夜のピクニック

恩田陸原作の映画化。

なかなかよろし。

無性に歩きたくなってきたね。

ザ・ビーチ

ディカプリオ主演。

楽園と呼ばれるビーチを旅行者であるリチャードが
探し、見つけるが・・・。

なんていうか、 旅自体がそういうものかと。
前半で、リチャードが「何千キロも旅してるのに、
快適な泊まるところを求めてしまう」
みたいなこと、多分正確には違う、を言っている。


変わった人というのは、ユニークである可能性は高いが、
変わったというのにも色々な意味があるので注意が必要だ。
そんなことを思い出したりする。

フルメタル・ジャケット

友人が確かポスターとか持ってたような。

ベトナム戦争の話。

海兵隊の訓練が前半、後半が戦場。

人はなぜ戦争をするのか、とかではなく、
台詞のほとんどがファッキンなスラングのカタマリ。
というわけで、「そういう訓練の仕方」という意味で、
やはりある種の洗脳ではなく、洗脳直球みたいな感じといっていいだろう。

女性にはオススメしない。マジで。

主役はおそらく、最後にベトナム兵を撃つ彼だが、
彼は戦場では報道、カメラマンと一緒に動いてた。

人が人を殺してえられることなぞ何もなし。

アートスクールコンフィデンシャル

美術学校を巡るミステリー・・・かな。多分。

この映画で1つかかれているのは、
有名な画家になってもうかるのは、FUCK!な野郎ってことという
話。なんかFUCK!なことばっかで、FUCK!だぜ(笑)

全ての芸術家にFUCK!

もしも昨日が選べたら

http://www.sonypictures.jp/movies/click/site/index.html

うお。
ドナ・ニューマン役のケイト・ベッキンセールが超魅力的だ・・・。

仕事>家族というものを万能リモコンで自動学習し
早送りし、自分がかなり年老いてそして死ぬまで
進んでいくとこうなってしまうか。

昨日を選べるなんて、未来を選べるのと同様
ナンセンスだが、僕はSFは嫌いじゃない。
ただ結局僕の見方は、現実に返ってこなきゃ、
あんま意味がないという見方になる。面白いなら、その面白さって
多分現実で意味あると思うわけで。

そうじゃなくて、ただそれが本当に起こるとかってのは
ナンセンスかなと。それは、技術を磨くのがナンセンスではなく、
夢を持つのがナンセンスではなく、今起こりえないことに
期待しても、面白くないというか。

誤解がないようにいえば、発明とかってどっちかといえば
ないものを創るわけで、そういうのは大好きだけど、
おそらく話が違ってくる。

とりあえず、まあ適当。

バックトーザフューチャーとか思い出すけど、
あれはちょっと違うっすねえ。

アカデミー

http://www.movie-academy.com/index.html

高橋まり子演じる千恵が最高かも。
杉浦太陽は初めて観たような。あ、ファンに攻撃されるか。
彼の演技はどうか分からなかったけど、
ゲイにやられた。

ダンサーの彼女は、レズに・・・。

というわけで、ゲイ・レズ・男と女というなんかがありますが、
あまりストーリーとは関係ないっす。

AAAという学校での話で、強制的に1年で退学させるっていう
面白い学校です。

主要登場人物は全て落ちます。あ、ネタバレだ。わーい。
で、彼らは最後にドカンとやるわけですが、
なんていうか、この映画、千恵がいい味だしてるなあって。

彼へ描いたあの絵は、まさに抽象画の最高だ。とか
思ったりしつつ。

で、杉浦ちゃん演じるタカシが、俳優、役者を演じるわけですけど、
彼がいった「リアルアクター」って言葉、real actorっすね、
が印象に残ってます。

有名人でないとプロの俳優じゃないなんていうのは、嘘ですけど、
なんかそう思いがちです。
フリーランスの世界を見るといかにプロが多いか分かるような。
ああ、構成員がプロが多いかってことですかね。

リーマンの世界になると、プロ率が下がるっていうか、
リーマン舐めているわけじゃないですけど、肌ではそう思いますからね。
プロサラリーマンっておかしいっすかね。
多分賃金形態で呼んでいるからおかしいだけで、
やっぱプロの仕事人はかっこいいですな。

で、学校とか学びとかプロとか、そういうのを考えさせる映画じゃないと
思うんですけど、どちらかというと「ぼくらの7日戦争」みたいに、
戦争を楽しむのと同様、
AAAがやる強制退学までのCULLING DAYを楽しむ映画かなーとか思いますので。

そういう意味でぼやーとしてたらそのまま終わるかも。
まあ、個人的にはオススメっす。観て損はないーはず。

あなたにも書ける恋愛小説

原題は、ALEX&AMMA

小説家の話なので思わず手に取る。
うむ、面白い。

エマ素敵よ。

ヒロシマナガサキ

とりあえず観てこい!

知ることは罪なのか。
知らないことは罪なのか。

いわゆる「二次差別」というのは「差別」の連鎖を生むもので、
あるわけで。映像では、伝染るからアッチイケというものですな。

また、被爆者だと語ること、言うことで得なことは
何もないという現実。最もですね。国が手当て出してくれるのは、
運動した結果・・・であり、その前に人が死んでいく。
水俣病と一緒にするのはあれですが、似た感じでしょう。
こういった問題は。

丁寧に捉えれば、結局、被爆者のカタリは、
誰に届いて、どう響けばいいか。
何も知らないのが幸せというのが、例えばあるわけです。
それは、被爆者は被爆したいから被爆したわけ・・・では
決してないわけです。むしろ、そんなことせずに生きて生きたい。
当たり前ですね。

被爆者の中にも色々いるはずですが、
例えば、口を閉ざし何も言わない人は多いかなと思ってます。
おそらく事実でしょうが、戦勝国であるアメリカ(アメリカが勝った戦争が、60年前にあったんですよ)は、被爆地の写真など映像もでしょうが、
25年間公表禁止にしたそうです。

ちなみに、DAYSという写真展で見た、記者の写真の前書きにも
同じようなことがかかれてました。

戦勝国からすれば、それを公表していいことはないからですね。
当たり前といえば当たり前ですが。

ただ処分というか、そういう動きもあったかもしれません。
ここらへんは注意すべきです。アメリカは別にアメリカンドリームな
国(アメリカンドリームもそもそも疑うべきですが)ではないですね。
おっと、アメリカはいいところあります。学ぶべきことは多い。
でも、それは棚上げでしょう。

ただ、この映像のいいところ、注目すべきは、
原爆を直接触った技術者が映像でインタビューしていることです。
この対比は、今まで見たことがないので、新鮮でした。
アメリカの技術者は、言われるまでやったというのが主張です。
これも当たり前ですね。

被爆者として、あの「はだしのゲン」の著者の人もでてきますが、
原爆が落ちた、人が死にまくっている、うらむもなにも、
どう生きていくかで必死だった。そもそも家族が死んでいることが
普通なわけですからね。


冒頭は、1945年8月6日って何があったか知っているという
軽いインタビューから始まります。
彼ら、おそらく20以下の若者ですが、が知らなくて不快な顔を
するのも何か違うような気がしました。
とはいえ、知らないまま生きていくのもどうなのかと問いたくなる。
非常に難しい。

知ることは罪か、知らないことが罪なのか。

僕の直観としては、まず知って、見て、で、どう思うかでしかなくて、
本当にキレイに善悪が、勝ち負けが決まるなんて、
スポーツの世界ですら、ないような気がするというか、事実はそう。
だから、知ったほうがいいなと思うわけです。

被爆者の方は、結局生きている意味を問う中で、
差別され、体も健康ではなく(被爆したものは残っていて、
あらゆる病気かは分かりませんが、病気の発生要因になるはず)、
生きていって、何かいいことがあるのか、という
そういう問いになるのかなと、自分としては感じるわけです。
だから、自殺を選ぶと。死んでいくというのは、
直接原爆で死んだ人は、14万人。そしてその後、被爆原因で
16万人以上が死んだと出てきます。恐ろしい数字です。

10万人といえば、町が一つ軽く消えます。
全ての建物、人間、動いているものが、消えるわけです。

アメリカの技術者は言います。
我々はパンドラの箱を開けてしまったんだ。
だから、どうしようもないが。


人は生きている中で、自分の主観環境と主観感覚で
生きる道を選び、生きるを楽しむんじゃないかと
妙なことを思いました。

それは、自分の知覚したものをどう消化するか。
消化しきれないなら、どうするか。
動いていくしかない。

僕にとっては、原爆は非体験のものだ。
カタリを聞いて、観て、それがなんだと、笑う人もいるかもしれない。
ただただ「それ」をしっているなら
「そんなこと」は言わない、という話が説得力がある。

それとは、原爆で、そんなこととは戦争で。

原爆じゃなくても、滅茶苦茶の人数が戦死しているわけで、
しかも空襲もかなりの数があるわけです。

そういう諸々のことを知りもせず、
戦争OKみたいな人がいることが一番怖いということを感じます。


ここで一つの問いがあるわけです。
知って生きるか、知らないで生きるか。
前者は楽ではなく、後者は楽な傾向があると思われます。

ただ、後者を選ぶ人は、こういうでしょう。
こんなはずじゃなかったんだと。

というわけで、馬鹿者(=若者)は観てきなさい。
これは、冗談ではなく、命令です。

ホテル・ルワンダ

ジェノサイド。

人はなぜ人を殺すのか。
それは狂気、民族、血、信仰、文化、人類というものの、
ありとあらゆる現実でしかない。

と簡単に言ってしまえるが、実は全く簡単にいえることは
簡単ではないということなのだ。

目に浮かんだ熱いものが、
ぐっと息をのみ深呼吸だ。

直観で、僕は何も知らないことだけは分かるんだ。

セーラー服と機関銃 完璧版

柳沢慎吾が若い。若いぜ・・。

肝心の内容?
うーん、正直あんまり、面白く・・・。

チェ・ゲバラ&カストロ

その人道主義を説いた革命も結局失敗に終わるということか。

共産主義でもない資本主義でもない革命という台詞に期待したが、
ソ連が手を引いたことで経済崩壊。
結局、経済なしで自国で完結できないならば、
資本主義に頼らざるを得ない。

日本も同じく。自給率とくに食料自給率が100%でなければ、
それが必須物資ならば、輸入に頼らざるをえない。
そもそも貿易とはお互いにないものを補う発想だと思うが、
必ず差異は格差を生み、そして貧困と金持ちを生み出すか。

宇多田ヒカルの曲に確か、誰かの願いが叶うころ、
誰かが不幸になるみたいな歌詞があったはず。
あれはなぜそうなのかが問いたいところだが、
じゃあ、資本主義は必ず二層に別れるかと。
そうして、セーフティーネットというフォローを
国がしてくれるという前提がある。

政府がおかしくなれば、人は一体何を信じればいいのか。

結局、ゲリラ戦だろうが、何だろうが、
暴力を使ったらダメなのかと感じる。

戦争を美化する気はないところで、
反戦を感じた先達は何を祖先である我々(なんていうと右翼っぽいが
別にじいちゃんの話なら身近なわけで)は、
何をそこから学ぶかは、腕のミセドコロだ。

もう、8月夏、終戦の日が近づいている。
一体誰が、戦争を望んだのだろう。
非国民と誰が言うような文化、誰が日本語を強制して、
誰が人を殺し、誰がその頃何を思っただろう。

主義はある種の運動でしかない。
そこに生命とくにというよりも、人間の生命保存でしかないが、
運動が主義という言葉に隠れているだけだ。

もっと学べ学ぶのじゃ!

ビルマの竪琴

己の道を描くこと。
結局、そこに偽りがないというところがクールなのですよ。
うはは!

コマンダンテ

http://www.alcine-terran.com/comandante/

みてきましたさ。

やっぱ映画はこうでなくちゃっと。
インタビューものとか見慣れてないとおそらく寝ます。
いや、ちょっと首がだるくなってきて・・・。

ま、それはいいとして、あのカストロのインタビューです。
一番惹かれたのは「アメリカで禁止」というところです。
アメリカが禁止するから、すげー過激なのかなーと思ったら、
別にそうでもないですね。

カストロを生で経験してないから(例えばキューバ危機は、1962年でしたか、こんな年号意味ないっすけど覚えてしまっているものですね。
そもそも、あの頃の世界の情勢も考えなきゃいけないですけど、
っとそれはおいておきますか。)
あれですけど、好々爺(こうこうや)みたいな人で、
まあ有名人というか、若い学生にも誰からも愛されている・・・
そんな指導者。で、当然、社会主義とか懐疑的に見る人は、
これはつくっているんだろう?みたいな話になりますが、
とくにそんなことはないんだろうなと思われます。多分。

そもそも、カストロにとっていいことって
あんまりないようですしね。自分のことを話すことで。

まあ、アメリカに批判的というのはおいておいて、
思い出すのは、北朝鮮ですね。

カストロの言葉で印象深いのは、
軍事力で世界を制圧できると思ったら、それは間違いだと
言ってる訳です。

ほら。これだけ聞いただけでも気になるでしょう。

おそらく、社会主義とかそういうのに妙な偏見がある人には
とくにおすすめです。

が、基本的にインタビューで、笑い的なものが、
カストロのジョークか、オリバーのジョークかなんで、
眠らないように(笑)

映画はいいですね。
これだから映画はやめれんのじゃあああ!

テレビばかり見てると馬鹿になる

テレビばかり見てると馬鹿になる

見てきやした。
タイトルどおりの漫画があるそうですね・・世の中広いっすね。

で、実際に馬鹿になるかどうかで、
馬鹿になりたい人はいなさそうなので、
馬鹿になるかどうかは分からないようなってメタ指摘可能(笑)


で、中身ですが、多分面白いです。
多分というと失礼なんですが、漫画見たくなりましたね。

ちなみに、女性にはあんまオススメしません。
いやあ、まあそれは偏見になるかもー。

主人公の彼女は引きこもりってことになって、
TVばっかみているんですけど、確かに「面倒くさい」って
いいだすと、呼吸するのも面倒になりそうですね。

刺激がないところにいると、心理学のある実験では、
精神に異常が!なんてのがあったはずですけど、
だから「TV」刺激、あと飯、あと、風呂ですか、
あとここではSEXになりますが、そういうので
刺激を保っていると。


漫画といえば、えーと、前みた、漫画原作のあれ・・・
あーでてこねえーくそー、思い出しました。

引きこもっている人が見たらどう感じるかは
結構気になりますね。
僕は人事として見て(おぉー)、なんかそれでは
やっぱ面白くないと、なんとまっとうな!コメントしか
できないかもしれないなあって。

カウンセラーのおじさんは、非常に怪しいですけど、
デフォルメされちゃおうが、あういう人はいそうですね。実際に。

ちなみに、今読んでいる「フリーターズフリー」に
出てくるフレーズとしてよくあるのが、
「働いたら負け」という感じが、僕にはほとんど分からないのですが、
そういうのも多分、引きこもりにはあると思います。
「外に出たら負け」みたいな。言いすぎじゃないかなーって思います。
思考のシミュレートで、導きだせる範囲かなと。

誤解を恐れずにいえば、生きるの面倒くさいとはいってない
と思いますが、それでも「自殺」とか、しないわけで、
そういう意味だと、やはり生きたいと。
その生きたいみたいなところって、もっともっとも壊れやすくて、
もっともっと感じやすいところなんでしょう。
つまり、誰もが生きることについて「明確な答え」なんぞ
持ってないというのは、ここでくどいようですが、
また言っておきます。ちなみに、僕も当然ないですよ。

斉藤環じゃないですが、
結局、家族(ここでは主人公と母親との接点があるようですが、仕送りとかね)とか、社会とか、そういうのって大事になってきて、
まあ、母親としても、娘(だと思いますが)が、
引きこもって仕事もせずに何してるんだーって(ちなみに、この文章は
的確に解釈すると結構問題になりそうですが(笑)そんなのどうでもいいやー)、
それでカウンセラーがくるんですけどね。
接点って大事でしょうね。

少なくとも、こわそうなお兄さんと、ネット兄さんと
カウンセラーと3者は関わってくるわけで、
そういうのが救いなのかもしれんと、真剣に言えそうです。
多分そういうメッセージは本意ではなさそうですけどね。

でも、引きこもっていても、結局「行動しない」ものと同じで、
誰かが助けてくれるーなんて思ってなくても、
周りはそう見るけど、じゃあ、とりあえず、
極限のところで、どないすんの?みたいなことになって、
やわらかい精神では、屈強の社会の前にやられてしまうんでしょう。

おそらく、引きこもり支援団体が、
この映画を推薦することはない!と思ってますが、
もししてたら、その団体などを支援したいと冗談ではなく
思ったりしますね。

ちなみに、主人公の体ばっかみてたのは、
まあ、気のせいということにしておきましょう(笑)

ニッポン無責任野郎

谷啓、はなはじめ。

植木等やっぱ最高だ・・・。

C調がおそらく今年の流行になるかと。む、もう夏だから
流行らないか。無念。

スーパーサラリーマン熱い。

レイコさん素敵素敵?おほほ。

いかん、壊れかけてきた。


が、とりあえず、植木等は最高だ。
この映画を超えられるものが、今あるか!?

ないんだよ。ないんだよ!

といったら、世の中の、血気あふれる映画監督、
演出家、役者が、また挑戦するだろう。
ということを祈っている(偉そうだな。

カナリア

宗教もの。

むー。

拠り所の自由、思想の自由、信仰の自由というのは分かる。
が、そこに、教祖云々からの教えである限り、
「人間」を超えた存在というのは・・・。

認めてもいいが、それが人間に何か暴力をふる理由とはならない。

これは理屈ではない。直観なのだ。
全ての胡散臭さは、全て直観で回避可能という、
直観説を今ここに唱えて・・・。

ここで終了する(笑)

とくに印象深いところは見られず。
ただ、悪い映画ではない・・・っすね。

ウエストサイド物語

やべえ。
やっぱりオコチャマには難しかったのかしらん。
クソデラおもしれーじゃねえかあ・・。

最初のオープニングのロゴ+MUSICは、
バグっていると思ってて焦った・・・だけ言わせてちょんまげ。

こういうチンピラがいた方がいいと思った人、
多分多いんじゃないかしら。

に、しても、あの声量。
目を閉じると、やっぱ眠れそうですな。

低開発の記憶

うむむ。

傑作だ!ということはない。
ただ、1963年という作品を考慮すると、絶賛になる。
なぜなら、1962年はキューバ危機であり、
その当時のフィルムだからだ。

当然僕は生きていないが、
キューバの中で、家賃収入で暮らすブルジョアがいて、
出国せずに・・・何をしているんだか、今でいうニートか!いや、
彼はビジネス=家賃収入があるからニートではないか!

キューバ危機が起こり、フィルムは閉じられるが、
結局、そういう人もあの時代にはいたというところだ。

コマンダンテにより期待が。

ちなみに、低開発という言葉は、
開発が進んでいないとか、そういう意味合いだと捉えたけど、
だからといって、キューバの理解はほとんど僕の中では進まない。
村上龍のキューバ映画思い出したくらいか。

でも、なんか本質かなってものがつかめない。

精進あるべし、俺。

1980

おお、これがケラの作品かあ・・・。
面白いぜ、OH,YEAH。

ああ、坂本龍一がYMOだったなんて、知らなかったりするような。
年がばれる。

TVの上にある、太陽の塔っぽいのは、
岡本太郎のあれか・・・。うおお。

ともさかりえは好きな方だったんだけど、
なんか悪女ってわけでもないけど、この作品では淫乱さんだけど、
なんか合わない感じで。

犬山犬子さんはいいっすね・・・。熱いなああ。

YMO聴きたい。テクノカットにでもしてくるかなあ。
でも、制服が赤いから、人民服になりますわねえ。。。狙ってるのかしらん。

深呼吸の必要

長澤まさみのタイトルで観ようと思ったが、
ひなみ役の香里奈が良すぎる。むむむむ。

深呼吸の必要というタイトルの話は、
冒頭の水泳のシーンから、かなり引っ張って、
やつ(笑)が倒れた後の、元医者との会話で
出てくる。
深呼吸の意味など、とくにないが、言葉どおり「気分は変わる」
ような気がする。本当にその通りだといっていいだろう。

最後のキビを取るとき、
脱走する仲間!が戻ってくるとき、雨の中、やつを探すとき、
こういったシーンは、残念ながらかなり現実的だ。

季節バイトをこなす人々が確実に存在し、
そして意外ではなく、「チャリダー」とはその関係は深い。
チャリダーであり、フリーターであり、旅を好む人は、
この旅生活は結構心地よい。

やつは、なんで偉そうなのといわれるが、
結局、やつが仕事ができるという、仕事できる、働きマンという
視点でみても、別に文句はないだろう。あまり見ないと思うけど。

何か、心にある、から、ここにくるんだ。
そういう指摘は図星で、皆がそれぞれ何か持っている。

ひなみは、そういった風には見せない感じが出ている、
派遣で勤めているからというのは、なかなかその通りだと
思わせるが、別に派遣で勤めていて、キビとかそういうのを
狩ろうと思わない人は大勢いるだろう。

野球でというのもある。
リストカッターの彼女もいる。

小児科医師もいる。

キビ狩りという仕事において、あまり、深く、考えることは、
おそらくない。
キビをみて、考えるキビとはいえないのだ。
なんくるないさーでしかない。
そうやって、人々、いや、沖縄は乗り切ってきたかもしれない。

いや、パッチギでいう、お前らに何が分かるかの視点が、
結局あるのかもしれない。

おじいとおばあの、と、やつ(笑)は、
毎年のように、人を招いて、アルバイターを雇っているわけだ。
それは毎年のように繰り返され、また流れる。

まるで、何かの養成所でもあるし、ある種精神病院(この言葉は今は差別語か!どうなのだ!)のサナトリウムみたいかもしれない。

深呼吸。
弱い人間。
強い人間。
そして深呼吸。

そういうものが描かれた世界を見ると、
結局、深呼吸をして、明日も「なんくるないさあ」といって、
生きたくなるんだ。

パッチギ!

うお、不覚にも泣いた。

どうやってこの朝鮮の人々の感じを出しているかがすごく
気になった。それは本当とは違うかもしれない。
でも、なんかすごくそれっぽいというか。
田舎とか都会とか、日本とか朝鮮とか、そういうのじゃなくて、
なんていうのか、それを、故郷の歌が全てを説明してくれて、
もう、分かったよ!って叫びたいくらいかな。

おもしれえ・・・。2も出てるのか出るのか。
見る見る。

県庁の星

やべえ。役人批判しているわりに役人の気持ち、
要は、主人公野村の気持ちが分かってしまったような。
にしても、織田さん役うめーなーとか、思ったり。

現場ってよく言われますけど、
現場って何すかね。

現場っすよ現場。

自分のいるところが、現場って思ったら、
全部が、現場じゃーん。

お客様の気持ちになって、お前は考えているのか。
それが圧倒的に足りてないような気がするが、
かといって、それを補充したところで、
己のレベルを下げることはない。

分かりやすさは、その敵だ。
難しいことは悪くない。簡単なことも悪くない。
誰だ、善悪つけちゃう、白黒マンは!パンダか!

自分のプライドと、現実への放棄と、
空想と、リアルのギャップと、人とのコミュニケーション。

なんか、もう、全部、面倒、くさい、といって
投げ出している人がこの瞬間にもいそうだ。

まあまて、落ち着け。
明日は明るいさ。もちろん、気休めだがな!がはは!

ボンボン

http://www.bombon-movie.com/

ネタバレますよ。

ふむう。
ついてないおじさんとは思わなくて、
人の一生ってこんなものかしらんとか思ったりした。

風と砂の大地は、南米というよりも、
外国、とくに何もないという感じを思い起こさせる。

ドゴが確かに結果的にラッキーを蒔いたのかもしれないけど、
なんていうんだろう、おじさんって、
ドゴがいなくても・・・娘の家で肩身狭い思いをして、
暮らしていけて・・・なかったのか。

ナイフは売れないが、スタンドで仕事をして、お金稼いで、
仲間と語って、遊んで、・・・。

くくっちまうことができる。
人の人生は、平坦でも、平凡でもないのに、言葉は
言葉ってやつは(笑)
くくっちまえるんだ。嘘でも、真実でも。それに意味はほとんどない。
ただの整理でしかない。整理とともに概念が消えるのは、
言葉に敏感な人ならきっと知っている既成事実なりなり。

ボンボンって金持ちの坊ちゃんではないっすね。

映画はいいっすね。ああ、体内に眠るラテンの血が!
うきょきょ。

カミュなんて知らない

異邦人なカミュ。

映画つくりの話なのでなかなか面白し。
キョウコ演じる前田愛可愛すぎ。
っていうか、山岳部の彼氏戻ってくるまで2回他の男と
キスしたとかいってるけど、撮影の彼と、俳優の池田と、
監督もじゃないか?3回じゃないのかと、突っ込んだのは僕だけか。
おそらく、それは全くつまらぬ指摘だ。くそう。

映画の中で、映画をとっているので、
一瞬だけ何が映画か分からなくなる。

映画を撮っている映画というのは、ロケハンとか、
やってるときに分かる。しかしそれ以外は分からない。

ラストで、豊川市という設定になるだろう、民家に入っていって、
俳優池田が老婦人を殺すシーンがある。
しかし、これは、あくまで、外でカット!といってるときしか、
つまり、民家の中にカメラが入っているよというロケハンシーンはない。

ラストのエンドロール部分で、たたみについた血痕を拭くシーンがあるが、
それらは撮影クルーである映画サークルのメンバーが行っている。
それ以外は民家の中にカメラは入ったようには映像上見えない。

ということをなんで考えられるか、については
例えば、これは不条理というテーマがあると、仮定した場合だ。

全く分からないといってしまうと、それまでだが、
まず、吉川ひなの演じる「ゆかり」は、まず不条理。

そして、田口演じる監督もお金を恋人?に借りるということをしても、
映画を作りたいというところが微妙に不条理(ここらへんから怪しくなってきたぞー)

今は映画を取らない教授も、なぜか大山という35歳?の学生に
恋人とからかわれるという不条理。

そして、監督は、屋上から飛び降りるという不条理。

さらに、最後にその田口な監督は、ケガですんだが、
その話の中で、サークルメンバーが、「殺す」ってなんだーといって、
遊びはじめるのも不条理。

これらはほとんど、1筋の流れで書かれているが、
あまり、その関係性がみえなく感じる。

結局、前田愛が可愛いからいいのだって、
いいんかい!

個人的に好きです。
「おあついのがお好き」という番組があったと思いますが、
なぜか見てないのに、それを思い出しました。本買わねば。

Movie-Boxing

函館の映画祭の作品っぽい。

3作。
自転少年が一番面白かった。
回り続けることでアートは可能(笑)

アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

プロフィール

researcher

記事検索
最新コメント
月別アーカイブ
  • ライブドアブログ