ReadMasterの軌跡

面白いことを仕掛ける。仕事を作る。ビジネスを作る。そんな日々から出てくるアウトプット蓄積場。

今日のこもれび

乗り切るパワー

こもれび氏は、
観葉植物、さらに地味変(この変換は悪意ではない)、または「青の時代」で
生き延びておられる。素晴らしい。あ、チャリもあったね。

馬場俊英「今日も君が好き」が届く。いいねえ。

自分が好きなことを趣味とよぼうが、仕事とよぼうがなんでもいい。
とにかく、うけえ!と奇声を上げた上で、自分は狂っているかもしれないと言って、
あ、面白い、これ!といったらよいのだと悟る。素晴らしい。

切り詰める

こもれび氏の転勤。ふむ、楽しんでいそうで何より。

切り詰める思想といえば、あと3ヶ月で腐っても社会人1年目卒業せり。
今後は人を愛する人間を目指す。さすが哲学者、つまりフィロソフィア。知を愛する人である(え、いつからさ

切り詰めるといえば、追い込む。
家計簿総点検もしておこう。

親からいくつかアドバイスを受ける。
アドバイスをムシするとかそういうのじゃなくて、自分に負けるという
その感覚がいやなだけだ。とにかく人に負けるより自分に負けたくない。
他人にも負けたくないが・・・(笑)

金は使おうと思えば結構何にでも使える。
逆にいえば、使わなきゃ使わないようになる。
使わないという意味ではメリハリを活かしたい。
金をかけるところはかけ、かけないところはかけない。
それが紳士であり、目指すべき姿である。

お勤めご苦労様です

スーパーにある「おつとめ品」というラベルをご存知の方多いだろう。
むー、スーパーにいったことないって?
なに・・・。

それはともかく、それを僕はずっと、
「お勤めしている人用」だと思っていて、会社員だとかOLだとか。
最近、OLって言葉聞きませんね。いいことだ。
で、そうじゃなくて「お勤めして、お安くしております品です」ってことに
気づいたというか、知ったのはいつだったかな。

ということをふと思い出しました。
安くすることは、「勉強してよ」という言葉で言い換えたりするのは、
一部の地方なんですかね。それとも?

で、タイトルは、こもれび氏へのメッセージでござい。
やっぱ一ブロガーとして、ブログを継続しているのはいいなーと。
にしてもチャリ好きと同様に車好きだなと再認識。

というわけで、こもれびが見える春までふんばりまっせ。
って、今でも木漏れ日あるんだろうけど。

ビジネス

こもれび氏とかぶせてみた。

バイヤーの仕事は面白いと思う。
ものの売り買いは目にみえて分かりやすい。

サービスを買い占める人を、バイヤーとは言わない気がするだけで、
たとえば、会社を買う人をバイヤーとは言わない。

何いいたいんだか。

一年前のオキナワ一周で、オキナワはやはりオキナワで、
絶対に南の島じゃあないと思った。それは楽園という意味で。

地元の人が海がきれいで、遊べる、せかせかしてない的なことをいうのは、
やはり観光客ならぬ、人の流れがないとやっていけないから。
オキナワは観光地化しないとやっていけなかったのだろうと思う。
と、勝手に推測。

人口が少なくなり、過疎化すると、産業、つまり仕事はなくなり、
経済、つまりお金の動きが鈍化する。
そうなると、同時に物の流れも鈍化し、色々な店がつぶれていき、
街がさびしくなる。

しかし、注意すべきは、沖縄は先の戦争がしっかりあり、
そして米国の基地が我が物顔に存在しているということだ。

平和主義者である僕が(え、いつから?)、住宅街の隣に、
米軍基地や米軍兵の家があるのを見た時、何か現実を突きつけられた気がした。
「戦争は終わったのかなあ」とかね。

平和主義者は理想主義的な気がするが、
戦争主義者はえらく現実主義的な気がする。
どうだろうか。この見方。

平和主義で、現実主義を目指せば、おそらく沖縄は楽園になるのかもしれないと
思ったり。

ヒトは愚かであると学んだ上で、愚かなことをするか。
愚かなことを知って、自分もそのヒトであると認め、嫌気がさして
現実から逃避するか。

僕が身につけているものは、そんなヤワいものだったのかと、自問する。

背負っているものが違うんだと。

ニートにならないためのなんちゃらとかいって、親向けに何か書いている本があるが、
そういう本を見ると嫌気がさすが、とりあえず手にとってみると、
なんか「親が悪い」ってあって、妙に変な安堵感を覚えちゃう。

馬鹿親の元に、馬鹿息子、馬鹿娘は育つ。
ニートの主張は伝わることはないだろう。正確なものも全て。
なぜなら、労働は義務だからだ。日本なんて国に生まれてきたくなかっただ?
このやろー、てめーは何も受け入れてないなと。
ニートは被害者だという視点もあったりするが、それもどーかと思ったり。
親の被害でいえば、虐待も同じじゃないか・・・。

虐待とニートを比較して、ニートがいかに恵まれているか。
え、何?もう手作りの料理は飽きただ?ばかやろー。
てめー、手作りの料理なんて心がこもってうまいものはこの世にねーんだ、こら。

早くニートという言葉が廃れて消えていくことを望む。
フリーターはすっかり定着した感あり。
最近、派遣といえば、派遣社員の意になるような気配。働き方の多様化は基本的に賛成。

育児休暇などを悪用して、休みまくるヒトもどうかと思うけど(育児に休みはいらないとはいってないぜ)、
会社の存立前提とか、そういうものをもちっと学ぶ必要のある「社員」も多いかなとか
思ったりするわけ。

世の中バカばっかとか、いうヒトいるけど(自分?)、
そういうヒトが馬鹿な可能性は高いが、そこをさらに否定するヒトは・・・
という話しはだいぶ前にした。

そうなのだ。自己を客観視できる余裕というものは、そこらへんからくる。
こういう余裕とか、客観視ができないヒトは、ひたすらつまらない。
世界が、「あなた」と「あなたの半径1m」で終焉している。

そういう世界に触れるということ、そのくそ狭い世界に触れることは、
つまり、その人と話すということだ。

話がつまらんとは、結局その人自身じゃないのかなとか思う。
話しが合うと話しがつまらんは別だったりする。

状況や雰囲気などにもよるけど、基本的に人は変わらないし、
変えられないし、時間も加えると、嘘も演技もばれるし、
ばれないと思っても、必ずどこかでズレが生じるわけで。

ビジネスのやり方はすごく簡単だ。
会社の規模にあった成長とか、考えた上で決めていくこと。
おっと、それが難しいから、簡単じゃないって?
ニートを減らすよりも、ニートをいっぱいあつめて、語らしたほうが良いかなと
勝手に思う。まさに、ユーザ同士による解決型掲示板と同様の手法。

さて、どこまで実現されるんだろうね。と、まるで人事。
だって、ニートは教師ですから!残念!

サイクルモード

http://www.cyclemode.net/

こもれびブログ更新されちょる。やられた。

サイクルモード。試乗できるのは面白そう。
ただこのためにだけ東京さ行く気分にはなれんな。
ふっ、もっと強いモチベーションのものをください(まて

でも、東京住んでたら間違いなく行ったイベントだったなあ(まだ終わってないのに、過去形

ラッキー

新幹線チケットを予約していたが、
変更することになった。日を。

手数料が5000円ほどかかるはずだったが、
今日メールをチェックしたら、今回は発送前だから無料でOK。
しかも、最初の希望通りに取れた。

非常に嬉しい。こんなことで喜べるなんて僕はまだまだ死ねないと思った(まて


晴働雨読でもしますかね。

おかえり

「たとえ誰でもやれるのだとしても、目的や収穫まで同じとは限らないのだから」

かっこええ。
さすがこもれび氏。

そういや、そうですな。確かに目的違うねえ。。
自分の場合もそうだわ。確かに今の仕事は誰でも出来るかもしれない。
だけど、そこから学ぼうとする目的があれば、学べるし、そう思わなきゃ学べないってことか。

ふむふむ。
良いかな。

北の地へ

ふむふむ。
コシヒカリがうまい土地かしら。

例えば、こうやってブログってるときに、「飯」を集団でがやがや食っている人もいれば、
まだゆっくり夢の中に浸っている人もいれば、
通勤電車で「ああー会社行きたくない」とか、学生で「眠って通学」という人もいれば、
すでに出勤済みの人もいるかもしれない・・・。
会社で勉強や、仕事をすでにはじめている人もいるだろう。


朝のリレーという詩があるけど、あれは良い。
あれを、ブログで表現するというか、なんというか。
まあネット自体がそういうものなんだろうけど。

こもれびはトワに。

チャリの油さしてねえ・・。油がそもそもどっかいったような。グリスしかない(笑)

さて、腹ごしらえをして、プチ夜更かし開始か。
にしても、マーガリンとか、色々なものが徐々に補給せねばならない時期かしら。

世は末なのか(違

同じ本なら、せどらにゃそんそん!って誰か言ってたかな。
今良いフレーズ思い出した。全く。法華経でしたっけ?
あ、違うか。踊り念仏・・?

こもれびまた会える日を。

こもれび氏がブログを凍結する模様。

枯れるはずがないが、それなりに枯れているようだ(笑)

氏の言葉が胸に響く。引用してみよう。無断引用万歳(笑)

「こもれびは、枯れることなくせせらいで。揺れるみなもを淡く辿りつ。」

いいですな。

世の中に流れというものがあれば、それにうまく乗るのがいいそうな。
でも、波に乗るのは、結局実力じゃないのに乗れたら波自体を能力だって、
過信してしまう気がする。それはおそらく真実だと思う。

社会の流れというのがあるけど、多くは流れではないところで支えているはず。
流れにないのに支えるというのは、おかしな気がするが、
そもそも波というのは、ある傾向であって、傾向は誰かがドミノ倒しのように
最初に力を加えるだけでいいのだと思う。
それくらい「流行」は意味のないものだといえるが、同時に流行がないと、
大きな波も生まれない。そこが難しいところ。


自分が生きていて幸せかどうかなんて、自分に問えばいい。
あらゆる幣ブログにある考え、断片、感情は結局自分に問えばいいことだ。
でも、あえてぶつけてみる。ネットというフィールドに。

面白いことがあればつまらないことがある。
一気につまらないことが来るかもしれないけど、面白いことが続いて、
1度でもそう、本当に一瞬でも「活きてて良かった」と思えたら、
それでいいんじゃないかって。そういうことを思う。

小さな幸せといってもいいし、小さな感動といってもいい。
とにかく、流れに逆らって生きても、流れの中で生きても、流れなど関係ないところで生きても、
どのように生きても、きっと自分は変わらないのだと思う。


木洩れ日には、やさしさがある。パワーもある。静かなパワーだ。
あれゆる環境に適応もできるだろう。そこで必要なのは、なんだろうか。
照らしたかったら、木の枝の透間から照らせばいい。たったそれだけで、
必要なものなんてないんじゃないか。

感動というものに、理由はいらない。コカコーラのNoReasonという文句は、
本当にうまいものだと思う。原液が欲しい(笑)

こもれび氏のパワーをもらい、ふんばっていきまっしょい。

人材育成システム

なるほど。

会社は営業活動してるからこそ継続できるんですな。

で会社が継続される?には、人材が必要です。侵入社員、いや新入社員は、最初は赤字ですな。会社からみれば投資。新入社員からみれば給料泥棒(笑)

人材さえしっかり教育、または成長できるシステムがあればまずその会社の未来は明るいと思う。
でもそのためには資金もいるし、採用活動も力をいれなければならないし、なかなか難しい気がする。

会社の社員教育と学校の教育は何も根本的に違わない気がするが、どうも違うと思われていそうでいやん。

こもれび氏が枯れてかわいいお馬ちゃんを食べないことを味噌大国より祈る(笑)

あー郵便局ね

にゃるほど。面白い。

で、エアメールの件っすけど、なぜか家に届いたんで、
郵便局にTEL。んで、すぐ取りにきてくれた。
対応ええな。昔は取りに来るなんてとんでもなかったそーで。

民営化するとさ、ド田舎に郵便局がなくなるーとかいってたヒトいるけどさ、
あれって、ポートフォリオの考えで説明できそー。


つまり、あらゆる事業が黒字なんてそんな会社あるんすかーってことで。
つまり、都市は黒字だが、田舎は赤字。でバランスとって、トータルで黒字になれば
いいんではー。まあ経営者の考えにもよるだろうけど。

それを、田舎で赤字だから、すぐ撤退するって。
そんなハイエナ企業ばっかじゃないっすよ。
そりゃね。小売でね、売れるものを置くってのは、基本っすけど。
でも、それだけやってたら、フレキシブルじゃないじゃないっすか。
売れる商品だけを置いてもね、なんかダメな気がしますよ。

極端にいえば、子円財務が流行った時、その店にコエンザイムしかなかったら
1度はいっても次行きますか?行かんでしょう。
それと同じことでは。もうちょっと頭を使いましょうね(笑)
こんなことをワカゾーにいわれている時点で、アウト!残念!


農協は行ったことないなあ。農業でもすれば絶対お世話になりそー。
保険とかやってたっけ。ああーJAっていう銀行だっけ?なんかあるよね。白根。

愛想・無愛想については、そのヒトの人生観か、感情が問われると思う。
10人接客して、8人が無愛想ーという評価をしたら、その評価されたヒトが
「おれは無愛想じゃないよ」といっても、無愛想となりそー。
だけど、愛想が良いだけで仕事しないヤツもいるだろうから、やっぱ愛想は必要条件のみで。

無愛想で仕事するか、愛想で仕事しないか。
まるで小学校の時にやった、身長高くて頭悪いか、身長低くて頭良いかって
レベルだな。ぶはは(笑)

サボテン

こちらはサボテンで対抗。ベランダでネギ作りたい。食料として(笑)
このカテゴリでブログ間通信となりそーですな。なかなか良い。

当分こちらは枯れ草として暮らせそうです。うわーん。

おつかれー

卒業しちゃいましたね。
ハカマ着てる男はガラ悪そうにみえるのは、僕の偏見なんすかね。

寿司をがんがん食えるくらいの所得の人間になりたいですなー(笑)

枯れ草となっても、決して根を絶やさぬよう。
根さえあれば、いつでも・・・復帰できるさあ・・。多分。

ところで、なんで最後の朋友なんだろ。
これから朋友はできんのか。まあ、社会人だと利害が絡みやすいっていうから、
キツイのかもしれんよね。こっちも同じかもしれん。

入学式の時に、確かに隣だった。なぜか妙に懐かしいようで、
ちょっと前のことのような気がするるる?。
アイデンテテーの意味も分からず、共産思想にかぶれたり(違う)、
天皇万歳!といって、新聞社を襲撃したり(やってない)、
色々ありましたなあ・・・。

4年間色々ありすぎて、ピンポイントな記憶はないけど、
やっぱ個人的には入学当時のイベントがツボ。そう「せいや!」。
訳ワカラン時には「せいや」でよろしく。あの部はきっと「気合いだ」しか
言えない部なんだろーね(笑)

今からニート生活に入ります。
世の中のニートを挑発するような宣言。本当に襲われたらどうしよう。
その時はブログが閉鎖されます。うまいリンク具合だ。

本を読みまくって、がんがん本を整理することにします・・・。

というか、小売の話は面白いべ・・・。勉強になるべ。
また色々教えてくだされ。アディオスアミーゴ。カニョハセヨ。

おかえり

ふむ。
では卒業しますか。

個人的には、内乱を期待。
何いってんだか。

リーダーの役割と人間関係の煩雑さ

たまには真面目に。

確かに愛想笑いできるタイプじゃないね。自分もそうだけど。

ところで。営業が出来るやつが、口がうまいとか、調子が良いやつってのは、
多分ハズしている自信がある。正確にいえば、そういう要素も営業マンは持っているけど、
それ以上のものを持っていると思う。

口がうまくて、成約してもさ、結局嘘とか、ごまかしとかだったら、
次につながらないし、逆に「あそこの営業は口ばっか」という口コミを生む可能性もある。

というわけで、なんかねえ。

あと、起業ができる人は、サラリーマンでの仕事もちゃちゃっとできるからこそ、
起業もできるんだべーという話もある。実に真理っぽい。というわけで、
鬼みたいに仕事人間になるのも一興(笑)

多数者はどんな状況にもいるだろうけど、
個人的には、愛想笑いをして日々を過ごすか、そうしないと生きていけない弱き人(こういう人は弱いわけではない・・・と思うが)が多い気がする。
そこには「自信」がないだけであり、自分から自ら何かするということに欠けているだけなんだけど、でも、それって結局何もできないーってことになっちゃう。ぐう。

嫌いな人間とうまくやっていかなきゃならんよ、という
社会人面したあほな人事(笑)のいうことはほとんど嘘、もしくは「自分が大した人間」じゃないから、
「俺は社会人で、キミタチとは経験が違うのさ」といいたげで
非常に腹が立ったものだ。というか、今でもこの手の怒りは覚える。
自分が大したことない人間ほどこーゆーことをいうのだ。おっと、自分も気をつけよう(笑)

そういうあほ人事、人事に限らず(天命もまてねえや!)、
嫌いな人間は絶対にどこにでもいるわけだ。嫌いといわなくても、
あんまり話が合わない人でもなんとでも。
そういう人とどうするか。そこでコミュニケーションが問われるわけだ。
無視するなんて誰にでも出来る(そうでもないか・・・)。

って、関係ないな。この話。

人間関係の調整?に時間を費やすことは、ナンセンスだと思う。
いや、そりゃ、あるさ。でも、あー事例出すのが面倒というか、思いつかないのでパス。

皆にニコニコできる人は、一種の能力だと思う。
僕はそれをし続けることはできない。まあ普通そうじゃないの?
初対面で無愛想ってのはやだから、なるべく頑張ってますけど、
なんか、こー、力入れないと話せないって人が1番キツイかな。
あと自分の冗談が全く通じない人。結構自信あるのに。いやん(笑)


リーダーの役割は、調整役じゃないってのは、あれですよ。
えっと、「まあまあ、ここはこういきましょうよ」っていう、妥協みたいなところにピッタリカンカンだからじゃないっすかね。

リーダーはこうってきめたら、こう。ワンマン列車じゃなくてさ。あ、社長ね。
そうするのがリーダーっぽいのかもね。

話し合いでも、グルディスとか、会議とかー、なんでも。
そういうのって、具体的に、数字で、分かりやすくーということになるんだろうけど、
まあ、それはそういう状況でのみの話。

哲学っぽくいえば、抽象の具体も、具体の抽象もある。
全く主人公の情報がない小説を読んだら、読者は自身を当てはめることもできるのでは?
綿密に情報を埋めた主人公なら、こういう人間は抽象的かもしれんと思う人もいるのでは?
それくらい曖昧ミーマイン(I,My、Me、Mine)なんだろうと。


抽象話を具体化するために、身近な事例を出して見ると、
その事例も抽象だったりして、抽象世界を泳ぎ続けるのもいいですな(笑)

分かりやすい話はそれだけで「ははーん」と面白いけど、
なんかそれって、「頭を使わない」からいやだなーと。変なところでガンバル。
もちろん、分からないから分かりやすくーってのはアリですけどね。
分かりやすい話ばかり求めたら、分かりにくい話はパスしちゃうんじゃないかなーと、
いう危惧は杞憂ですかね?

いや、アゴを鍛えないと、固いものって食えないですよねー。
それと一緒ですなー。んだんだ。

そして人間関係の話へ。
起承転結ではなく、起承起。
起こして逃げる。ピンポンダッシュ(家庭にあるインターホンを鳴らし、逃げるといういたづら。決して悪意はない(ってあるか))並だ。

人間関係が煩わしいから、相手を殺すとか、自分が消えるとかそれはちっと過激だ。
それを病的という。
人間関係がうざったいというので、単に対人コミュニケーション能力がないがため、というのもある。そういう人は、自分を嫌う人が多いはず。
人間関係がある世界を俗世といい・・・って違うのかな、なにかぐじゃぐじゃしてもじゃーな感じでしょ。
だからあの世に憧れるんすかね。

まあどっちでもどれでもいいわー。
あほはあほで、ばかはばかで。自分は自分で。


で、やっぱり異質な方が面白いわ・・・ね。
多数派にあえて反発するという生き方が良い。
が、おそらく中途半端に憧れていると、多数派に戻りたくても戻れない。
という罠に陥るね。って、なんだこの話は!?

自炊スキルUP

ふむう・・・。

情報筋によれば、
どうやら相部屋らしいですな。相部屋結構嫌いだというのは印象的(笑)

ドミトリーと称される相部屋で旅は無理さ・・・。
でも、今相部屋かい!と突っ込んでおくか・・・。

ちなみにあっしの自炊スキルは0です。いやーん。

アディオス アミーゴ

3週間の御留守番。ってか、守り切れる自信がない。
すでにこっちもスパムコメントにいらいらしているレベル(笑)

ドリコムさんには頑張ってもらって、スパム対策を・・・。
IP禁止ってほとんど意味ないです、よね?固定IPでスパムする人なんていないよね・・・。
禁止URLとか欲しいなあ。
そのURLがあるとって・・これも1文字変えればいいだけかあ・・。

1記事に連続コメント禁止とか、外国人のダチいないんで英語禁止でもよかです。
日本語スパムはまだない・・・か。

と、脱線しまくり。

こも=れ=びはすでに徒手空拳?で、出世コースへ。
さよなら、こも=れ=び(笑)

冷却期間

というわけで、明日ですか。いってらっしゃい。
留守は守る自信がない。

大量のスパムコメント、スパムTB来たらどうしようかしら。

ふむ

更新してないかな。

発狂する前に止めねば(笑)

で、もう朝なんで、寝ないとね・・。あらら。

あうち

間違えて消しちまった・・・。

要約すると
・こもれび氏はサラリーマン向きではない
・なぜなら、サラリーマン向きではないと感じるから。
・10年後にもしサラリーマンだったら、僕が焼肉を奢る
・しかし、そうではなかったら、「さすが、RM」ということ。
・現段階では圧倒的に自分が有利な状況ではないか?(笑)
・リーダーシップではなく、リーダー向きではないと思うけど、リーダーってアホがなるもので、ピエロですよ。そういう意味で良いと思う。
・組織の歯車には、それでリスクバランスが取れる人とそうではない人がいるはず。
・例えば、歯車になることで安住で、ハッピーな人がいる。
・例えば、歯車で、何か妙に「違う!」と思う人がいる。
・この2つの例でいえば、こもれび氏は、後者ではないかと想像する。

以上によって、こもれび氏はサラリーマン向きではないと判断する。

ちなみに、想像に過ぎないが、
できるサラリーマンとは、サラリーマン離れしていて、サラリーマンではなくても食べていける人のこと指す。

できないサラリーマンとは、サラリーマン以下で、サラリーマンでなんとか食っている人を指す。

サラリーマンとは、組織の一員であり、代替部品である。
これは人間をモノとしてみているが、実際にそうだ。
そこに感情や、好き嫌いや、フィーリングなどが入る。

世渡りが上手いといって、大して仕事ができずに出世する人は、
その感覚のみに長けているだけであって、つまらん人間よ。

サラリーマンとは、仕事が出来る人は、サラリーマンにならなくても良いという
奇妙な職業よ。

代替部品でもええよ、、、という人は僕から見れば恐ろしいが、
実際にそれでも良いと、自分を低く見積もる人がいる。

僕は口では「大したことない」「くそな」人間だと言うが、
心の中では、「天下統一」「日本転覆」「世界に平和を」と同時に考える人間だ。

そういう人間とマトモに話せる人間は残念ながら少ない。
これは自分の特殊性故に・・・というよりも、単に多くの人が、その人の自己スキルを
磨いていない、もしくは把握してないために、僕なんて人間は、小さく見えただけなのだと思う。

これを傲慢、思い上がりという人間は多々いるはず。
が、才能がないと自分で心底思っている人間はまず、可能性がないと思う。

前提がある。
それは「自分ができる」と、宗教的でも、自己啓発本にあるようにでも、まず思うこと。
そこからまず始まる。
といっても、反社会的なことはタブーですよ。

おっと、このブログ自体が反社会的だって?
ふんだ。

新潟か

せいや!

がんばってくださいね。
携帯で更新しちょる。まだ余裕ありってことかな。

個人的には、やっぱ合ってるなあと。小売。
でも、サラリーマンってのは合わないなあって。

別にサラリーマンが全て悪いんじゃないですよ。
このブログ見ている読者諸賢は、腐ったみかんじゃないっすからねえ。うふ。

さらば友よ

こも=れ=び氏がついにこの地を離れる。

この地は不毛だと思う。
「住みやすい」といっても、それは「各自」の定義が色々ある。
物価が安いとか、治安がよいとかね。

でも、「東京」と比べれば、安いだろ。あ、大阪も高いか。いやん。
と、思う。

色々な人がいて色々な考えがあるって。
そういうことをおそらく人から学び、自分で消化するんだろう。

ならば、目の前のこれから会う人間に対してもそう接するべき、
ここでの「べき」は、そうなってしまうという意。だと思うんだけど、なんか違うんだな。
自分は自分で相手は相手って、良い割り切りじゃなくて、
そう「自分の考えは誰も分かってくれない」という変な態度。
それに「相手はアホで、馬鹿だ」みたいな見放した態度。

僕はこういう態度をとりたくない。なんか妙に良い人ぶるけど。
そうじゃなくて、ここが気に入らんとしっかり考えるなり、思うなりして、
きっちり消化してほしい。

目の前にAとBがいて、Aは好きだが、Bはどうも・・というのはなぜか。
好き嫌いに理由はないさ。でもね、そこを考えるべさ。
それかパターンか、大まかな傾向か。そういうのを思考するべさ。

センスの良い人に会うには、それくらいの思考が必要なんじゃないかね。
そのくらいの思考をサボって、「どっか」に「すごい人」がいて、「その人」にあえば、
それで「何か達成」できるとか、何かどっかにすごいものが落ちてるとか、
それは違うのじゃないかね。

こういうことって本当に知らない人がいないかね。僕はすんごいお節介で心配だ。

だって、同じ社会に生きる人で、同じ国に住むわけで。
って考え自体がすでにお節介。無理に同族意識持たない方がいいんだろうなあ。

まあ、そうさ。外国のことは関係ないという人もいるし。
募金は無駄っていう人もおるわけで。
なんかそれって、直感的に人間性、人間味、人間センスがないなあと思う。
だから僕はそういう人とは一緒にいたくないなと思うから、そういう人が友人にはいない。
これは素敵なことだと思う。

と、脱線しまくっとる。

不毛というのは、結局、生み出せないんだろうなってことだ。
土地柄ってのもある。そういうのはいい。
合っているかどうかってのもある。でも、僕はここには長居する必要はないなと、やっぱり思いはじめた。

やっぱ周りを知らないんだろう。
圧倒的にだ。そういう自覚ある人間から、知らないって言われるのは
屈辱じゃないのかね。それとも、それでいいんだと。

スポーツや勝負ごとで負けた時の悔しさったら、かなりのものだ。
でも、自分の人生に「負けた」ままというのもどうかと思う。

多分世に言われている「負け組」とは違うのだろうけど、負け犬とかもね。
自分に正直でありたいなと思う。

ちょっとやそっとの「ごまかし」くらいは、人間のデフォルトの誤差だ。
そんなもんどうでもいい。波がなきゃおかしいし、バランスとれない。やじろべえ理論。

こうじゃなきゃだめっていうのじゃなくて、バランスとって波の中で、誤差。
そういうところでうまーくぴったりくるものがある。アフォーダンス理論。

どんな環境でも人間は適応できると思う。っていいつつも、いきなり日本はなれるのはきついけど、
でも、慣れは必要だし、むしろ「移動するエネルギー」の節約とか学べるし、
もっといえば「動きまわる」ことの必要性を感じられるかもしれないし。

さらば友よ。永遠に。
この地を離れるのは正解といっておこう。
といってる人間がすぐ離れないのは、やっぱここが良いからなのだろうか。
それとも単に生存環境としてなれちゃっただけなのか。

ここらへんが麻痺ってるんで、こんなところ。

アディオスアミーゴ。

軌跡んだね

人間は記録っちゅーもんが好きだと思う。
オリンピックは常に記録を破れるかどうかの1点に尽きる。
といって、選手の自己ベストを尽くしたかどうかを無視する私。いやん。

音楽もそうだ。CDなんちゅーもんも、記録。

HDDにバックアップした上にさらに幾重にもして、保護するバックアップ。
これも記録。

紙に書いておくメモも記録。

記録と記憶。曲。(謎

僕の歩いている一歩が別のヒトの一歩とシンクロ(同調の意ですな)させるのは
結構簡単なようで難しい。
「シンクロした!」と喜べるのは、やっぱ偶然の一致の要素が強いからだと思う。

こも=れ=び氏は、爪痕(つめあと)的スタイルを提示しておられた。
思うにブログが継続できるかは、スタイルの有無じゃないかとふと思う。
いいつくされた「好きにやる」だ。スタイルっていうとかっこいい。中身一緒なのに。

こういうことがあった、でも何か変だ。聞け!というスタイルとか、ね。

自分のスタイルを曲げることは、まあ「妥協」とかいったりするけど、
それに意味があるかどうか、はやっぱ自己判断の世界。the wolrd of JAPON。
どうあがいても、自己と他者は違う。その共通点に麻薬のような、依存性を感ずる。
しかし、共通点だけみていては単なる依存者同士になる。
だから差異、異質な点を見たい。そうすると、ピリっとスパイスがきいて、バランスとれると思う。

「あえて?する」というのは、不本意だが何かをやるということも含まれるかも。
人が不快になることを「あえて」やる場合もあるんだろうと思う。
でも、そこに自分が大いなる愛(笑)でやったらいいんではないか。
で、それで嫌われたらそれも一興なり。

脱線。

こも=れ=び的スタイルに対抗し、こちらのブログはどうするか。
そうスタイルを言葉で表現。

あるアニメの中でこんな(ような)言葉がある。知らなくてもしっていてもどっちでもいい。
「雨の中傘を差さずに踊る自由があってもいい。それが自由というものだ。」

前なんかの本で、狼か犬に人間が食われる(鳥に食ってもらうやつもあるしねえ。葬式で)って
なんて人間は自由なんだってあった。
それと似ている気がする。多分ね。

それくらい人間なんぞちっぽけなのに、いつしか勘違いしてしまったらしい。
まあ、それも一興なのか。とにかく、自分が「正義」だとおもったことも、
結局「世に評価」されてしまう。自分一人の社会、なんてあり得ないあり得ない?ってことになりそう。むが。

自由とは束縛の中にあるという言葉も良く聞く。
そう。その通りだと思う。

自分がまだぺーぺー(未熟者の意)のころに、
「自由ってなんでも好きなことやれること」って思っていた。
でもそれは、違うんだって思った。
もちろん、希望とか夢とか否定するんじゃない。

そうじゃなくて、その意の自由は、いわゆる規制がないなんでもやれる社会だ。
人々が暗黙にあった掟を明文化(文章にすること)したら、それは法律となったとさ。
それは世界史のギリシャあたりを攻めれば分かる。単純だ。
そうしないと、「支配層」が存在していたら(現に貴族がそうだったわけで)その支配層のやりたい放題になっちゃう。
だから明文化。

法律を窮屈とか、そういう声もわかる。が、ほとんどの人は「そこで完結」してる。
なぜ一歩踏み込んで調べてみるとか、しないのかと思う。おっとイチローは別(笑)
だって好き嫌いだもん。法律は好き嫌いじゃない。

レールの向こうに人がいたら、石がみえたら、危ないとおもって、ブレーキ踏むっしょ。
え?踏まない?それは、社会を無視、即ち人間を無視、即ち自分を無視しているってことに
なりませんか?
え?ならないって。むう、表にでろい(笑)

って、わけで、出かけてきます(笑)

関心と無関心

こも=れ=びの生息地。
http://ch.kitaguni.tv/u/7432/なるほど。そうきたか。こも=れ=び。レベルが高くなっとるわ。

関心に好き嫌いがあり、無関心には何もない。

んだんだ。

嫌いっていってるのは、確かに自分が意識して、その対象を「嫌う」のであって
「関心」があるとは「普通、興味があるという肯定的な意味で使う」けども、
「意識」がいくのは避けられないと。そういうことでごじゃりますな(pingpanさん風

まあ、好きはどうでもいいですな。

無関心。これは、「無視」を思い出す。
無視は、「ひどい言葉」を吐くよりも時には傷つける。
僕は毎日無視されて、そして相手を無視し、無視大量生産をしとります(え?

というのは、冗談ですから。残念ね。

嫌うということについて、滅茶苦茶考えた時期がありました。
おそらく、Uさんはそういうこと考えてないんでしょうね。
って、またイチロー戦争勃発しちょる。時代は繰り返す。全ては無に帰る。
「人間よ。森に帰れ」
「本を捨てて街に出よう」

ここぞとばかりに、吐露。


嫌いについてって、あれブログに書きましたっけ?
まあいいや。りぴーとあふたーみぃ。

「なんでそいつを嫌いなのか」と、まあそういうことを考えたんです。
で、普通は「そいつと合わないから」嫌うんであって、まあ至極最も雨あられな話。
でも、それってなんか違うんじゃないかって。もっと、こう何かあるんじゃないかって。

ちなみにこの話は大学の講義の質問時間をゲリラしているという、ある種の面白い試みをしております。ってこれじゃ不明ですが、キニセズ。

で、ある意見で「嫌い」な人って、実は自分と似ているところがあるから、嫌いなんだよって。
そういう話もあります。んだんだ。
僕はこれに非常に惹かれるわけです。
だからイチローちゃん嫌いでも、彼の言葉は認めたい(偉そう?)、ならば認めちゃう、認めるベクトルにある、認めることを検討する、認めることがあるだろう、認めるよ・・・。

嫌いといって、僕はそ回線(つまりコミュニケーションか)を寸断。そして、日本みたいに島国根性を(お、左翼?違うか)増幅させたいわけじゃないんです。
むしろ「嫌いな」人とコミュニケーションしていく。それがカッコウいいと。

って、イチロー話とベクトルが1000度くらい違うし。矛盾しまくり。

まあ、これはあくまで「表」の僕ですよ。(お、表と裏があるのか。当たり前だぎゃあ)


嫌いなやつと話す?自分と似ているから、そこから学べるものがある?
何が嫌いか考えて分かり合う?嫌いと思うから嫌い?

うわーうっとうしい(まて

色々考えていくと、こも=れ=びも僕と似ているところがあり、似てないところがあり、
まあ理解できないところも、多分お互いに(笑)あるわけですよ。
でもね、嫌いなやつの「似ている」ところと、好きなやつの「似ている」ところって、
そもそも違うんですね。この違いが僕の表現力では・・・くそう。不覚。

ブランドイメージで説明できるかしら。
コンビニで買うボールペンよりも、東急ハンズで買うボールペンのほうが
なんか同じ値段でも「フンズ」で買った方が、良い感じしないっすか?
って、妄想かな。まあ一意見として。

やっぱ先入観的、偏見的、思い込み的なそういうイメージ。
それが好きであり嫌いである。だからフィーリングなんだって。説明できない。
説明すると、だんだん僕は人間らしくなくなっていくうう。ill be悪魔。


まあそんなところかしら。
あと、問題があって、それは「嫌い」なやつを、100くらいにスライスする。
それは、性格や属性、癖、好み、動作、リアクション度、話の展開レベル、いざとなったらどうするか、行動力、オーラを感じる度合い・・・
とかね。

そうやって要素を取り出して分けていけばさ、そんなの同じ「人間」だから、
1つくらい同じことあるっしょって。
そういう問題があって、僕の中で、だから、嫌いなやつと共通点、似ている部分があるのは当然だなあって。

まあ解決じゃないですが。
でも、好きなやつでも同じことがいえるから、結局そこで「バランス」とってる。

で、結局「好き」「嫌い」だから、って話しに戻る。
お、これが独り言なループか。自覚。ぐは。

このブログは何も生み出していないってことだな。
もし生み出していると思ったら、それは、読者諸賢が全てということであろう。うふ。


こも=れ=びは、イチロー戦争エピローグで終焉させたけど、
なんていうか「イチロー戦争」じゃなくて、あれですな。
えっと、窪塚戦争でも、ミスチル戦争でも、なんでもいい(笑)

ちなみに、友人はクボちゃん好きで、僕は嫌いです(笑)
これが友人じゃなくて、Uさんだとまた同じことになるのかしらね。

嫌いってことについてどれだけ考えたかが、コメントから一発で分かっちゃう。
これは思い上がりでも、なんでもなく。言葉にその人の「思想」(大袈裟だけど、やっぱり思想)が現れちゃう。いやん。

だから「言葉」を巧みにつかってごまかす人がいるわけですな。
でも、それはモビルスーツを使いこなせない乗組員(ってガンダムのガ文字もしらない人間がそういうことをいっちゃまずいんですが)みたいなものですね。
巧みに使っても、やっぱ「言葉」が甘いし、「消化」されてないから、何かしっくりこない。
ばれちゃいますよねえ。

今回は「イチロー戦争」ということは終わりなんですけど、
「嫌い」についてはまあ一生ネタですな。あと「好き」も。
関心無関心も「仕事やる気がない」とか、「興味関心がない」とか、そういう動機付けの話でも同じこといえそうですし。。。

形を変えて「イチロー戦争」が、常に起こっている。
そう考えて間違いない(♪)。

イチロー戦争封印

こも=れ=びブロガーがたのしんどるわ。いかん。
まあネタ提供したのはこっちだしねえ。ワナだ。

好きなら好きでいいっしょ。これは良い。

が、なぜか「嫌いなら嫌いでいいっしょ」とは、なぜか認めたくないような空気を、
日本社会に感じる。

そういうと「嫌いじゃ社会じゃやってけないよ」みたいなの。
あほくさい。無視しよう。

そんな根源的な嫌いを言ってるわけじゃなくて、
好きレベルで、嫌いレベルも認めるべきじゃないっすか、と言いたいのだ。うはは。

嫌いなやつとは話もしないのは紳士じゃないな。
嫌いなやつとは挨拶もしないのは紳士じゃないな。

それは憎いというレベルだ。

マザーな言葉でいえば、誰でも悪魔がすんどるわいってことで、
どんな人もアイヒマンみたいに、人をぶっ殺せるので、
まあ「何百人ころした人間」を擁護、弁護しろとはいわない。
でも、そういう人も人間であることを忘れがち。

そもそも「そういう人間」をしらないと、異質なことすら忘れちゃうけど。
でもね、やっぱ人間ですわ。狂人であれ、天才であれ。

天才がたまたま結果残せたのは、逆にいえば、
狂人が結果を残せたから天才という名詞に変わっただけだと。
ってことは、即ち「天才」などこの世には、現在形では存在しない。
過去を天才というわけ。

だから死んでから「天才」扱いされる人が多いはず。

そもそもそうしないと「天才」の意味が薄れる。
だって、伝記なんて良い話ばっかりじゃんね。んだ。
それは美化、賛美であるけど、それは今いないから言えること。
死んだ狂人は、そうはおもっとらんはず。

むしろドロップアウト、ピエロ化した自分が全てであって。。。

あれ、これってXJAPANのトシが洗脳だーとかいってたあれににちょるって。
これはランディ本のネタだ。

トシは、自分はドロップアウトしているー、うひーロックだぜいえい、という、
反社会的なポーズをとっていたのに、人々に認められたために、
自分の反社会的行為?も認められちゃう。
これが一番の原因というか、重荷じゃないかと。ランディ氏はいっとる。多分ね。

あれ、違うか。反社会的行為みたいなことは認められないんだ。
肯社会的行為をすると、なぜか認められるんだ。ああー混乱しちょる。

とにかく現実と自分の主張のギャップと受け入れのギャップが激しいんですね。
いやん。

狂人を装う賢人か、賢人を装う狂人か。
どっちにしろ「狂人」は「天才」可能性をひめちょる。

やっぱ狂人になるか。

でも、Uさんが、こも=れ=び見つけたらどうするんだろ。攻撃されるぜ。
まあ、いいか。もうこないっていったしなあ。

コミュニケーションが難しいというよりも、あれですな。
なぜコメントしたかが一番の問題じゃないかと。それがやっぱ答え出てないというか、
答えてくれないから話はすすまんよね。

こっちを心配してくれているなら、おそらく「このブログ」を全部みていなくて、
単に単発エントリで「感情的」になったコメント。これは意味がないね。
少なくとも僕が受け付けるコメントじゃあない(笑)
これはお節介コメント。問題児コメントと定義。

他はなんだろ。もうないね。

コメントしてくる人の全てを見る。分析。
だから誰もこのブログにはコメントできないのさ・・・。
ってスパムやめてくれ・・。

おつかれ3

卒論発表お疲れ。

セイゴーさんのサイト紹介受けた。

うーん、千夜千冊はやっぱ人気あったんだろうかな。
レビューがかなりやばい深さがあると思う。ダメレビューアーとしても思う(笑)
セイゴー的レビューを目指そうかしら。


ちなみにこっちの卒論発表は、レジュメに書いてないことを話だし、
5分後に発狂。「もう帰らせてください」を5回ほど叫び、教室は大荒れ(嘘
そこになぜか犬が入り込んできて、全ては終わる。

こっちは15分程度でしたが、なんか注意されたこと全て無視(笑)
で、使えるところだけ使おうかなとアドバイスもらう。これが我流。


もう卒論すら未来じゃないこもれびブロガーへ(笑)

本の蔵っていう、ライブドアのeBookOffぱくったようで、
なんか16冊しかないし。なんだこりゃ(笑)
新規事業のデメリットその1.一杯やりすぎて何しているか分からないの♪
http://tenant.depart.livedoor.com/t/honkura/

アタリとハズレ

深読みするか・・・。

ということは、ハズレを知っている人が、アタリを知っているわけでもないということですな。
とどどどどどのつまりまくりまくり、
「アタリしかない世界で生きてた温室育ちっ子は、外の寒さを知らないんどす」。
と解釈。

さらに、自分がアタリしか引かないのは、自分にアタリを引く能力があるのではなく、
アタリしかない場にいるからという、環境のすごさに気付いてないと読む。

これは、身近な例でいえば、
大企業に勤めて、あごで動かしていた下請けが(今そんなのあるんすかね)、
企業を辞めたら、手のひらを返したように誰も来なくなった。接待もなし、年賀状も。
あんたのネームバリューじゃなくて、会社のネームバリューですから!残念!

一方で環境も実力のうちという議論もあり(今作った)。即席議論。インスタント議論。
環境を作る力は実力だけど、環境そのものは実力ではない。

む?
これは、1から3は、環境を変えれば可能なこと。
でも、0から1は、環境を変えても意味がない。それこそが環境を作るってこになる。

おー、きれいにまとまりすぎて怖い。

ぐう。

今日もこもれびあびれないなあ・・。

ヤン車

ついにプラモで現実逃避。いや、なんだろ。
おそらくベトナムから帰ってこないんだろう。んだ。

遺品として、ヤン車かな。
なかなか、いとをかしなことするねえ。。

ストライクはどこにあるんだろう

いかん。時間を浪費しちょった。
これ書かんと。

エントリ結構あるけど・・・うーん、金閣寺炎上は無視。
眼鏡の話も無視して・・・小田氏の話か。

うーん、きっちり聞いてるね。

そういや、るつぼ社会って普通多様な価値観差すんだろうけど、そう使ってないよね。
アメリカ批判だから、サラダ社会にしたのか、どうだか。

ぼかぁ、メロンがいいですね。

メロンって野菜だっけ。

なんか昔、甘いものが果物じゃないっていう話あったんだけど、
木になるか、土からなるか・・・で野菜と果物分かれるとかね・・・。
あれって今でも気になるわ・・。まあいいか。


どっかのチラシとか情報ゲットしたらさ、
すぐ行くクセついたなあ・・・。何時のまにか。
普通こうはいかないぜ・・・ぐずるもん。別にイベント、講演でるやつが、良い人間ってことじゃないけど、少なくとも瞬発力と行動力はついたかもしれん・・・。


あにょはせよー

ふむ。オレンジな100円ショップは、伏見にもありましたな・・。確か。
暗かったね。店内。なんでだろ。
電気節約か環境配慮か。どうでもいいか。

ブックオフの店員と同じエプロンつけて、下引き出しをあけて
棚を補充。エプロンを外して普通に棚から買う。

そういうことをしたら捕まるんだろうね。良い子も悪い子も真似してだめです。

たまに、中央分離帯があるところを、横切るチャレンジャーな横断者いますけど、
あれはすごいですよね。
歩道橋面倒くさくて、自転車用横断帯が歩行者用になってるのもあるし(笑)

さあ、寝ます。ぐう。

人生経験だけの人生

確かに不毛ですな。
「おれはあんたより長く生きている。だからおれに従え」という人がいそうだ。ああ、嫌だ。
嫌になっちゃうわ。この世の中。うふ。

ああ生きてて良かったって思えなきゃ、金がいくらあろうが意味ないっちゅーの。
そこらへんワカットルといえる人間がどれだけおるんじゃー。

お、文がミダレトル。いかんいかん。

ベトナム本良かったようですな。ランディファンを作らねば(?ー?)

クリーム

ブックカバーにクリームですか。がんばっちょるね。

ブックカバー数種類持つのが夢(買えよ)。
右目に小説、左目に漫画をおいて同時に読むのが夢(しまうまさんなら出来るかも・・・)。
本に埋もれて死ぬのが本望(だからといって自殺願望があるわけではない)。

クリームはどうでもいいですが、冬は肌乾燥しまくる・・・。
常に水分が必要・・・。

お疲れ

こもれびブロガーの卒論が終わった。
なんかこうかくと、卒論を出せなくて終わったみたいな響きがある。まああえて放置。

思えば色々なことがありましたなあ。
気付けば、入学式の時の、金色ヤンキー兄ちゃんだと思っていたあなたが(笑)
実はマルクス主義に冒される(されてない)人だったとは。
人はね、やっぱ第一印象で決めて良いときと、そうでないときがあるんですな。(意味深

今日、電車で座ってた女子(おなご)がおったんですよ。もちろん、ジベタリアンね。
なんか最近あういう人をみると、座っても良いけど、なんか違和感ないの?って
言いたくなるの。若い兄ちゃんがいうのとおじさんがいうのとどう説得力が違うんでございましょ。

あと、駅で3人くらいでベタリンしている人いるね・・・。
なんであんなところで、菓子くってたり・・・。なんかねえ。
まあいいさ。迷惑はあんまり(結構邪魔っすね)かけてないからねえ・・・。
でもでもさ、そんなことしてても、あんまりいいことないし、むしろ人生リスク高まるだけだよって(笑)

それこそ現代に何も期待してなくて、今が楽しめればいいんだろうね。まあジベタってのは結構制圧感あるしね・・・。
人間は動かんとだめだよ。んだんだ。

多分そのうち、話しかけて、コーチングして、心を開かせて見せますよ。
って、そんなわけないね(笑)

注意したと思われて「しゃく、うぜえ、ほっとけ」って言われて、
口論になって、刺されちゃう運命かもね。

尾崎豊とか、山田かまちみたいに若死にするのがカッコイイと思っちゃいけんよ・・・。
かまちは事故っすよ。豊はしらんわ(笑)

って、このメッセージは誰に向けて書かれてるんだ。

ああ、愛鳥のオニオオハシに向けてるのかも。きょーきーきょーききー(鳴き声?

卒論

何物かに追われるかのようにやっとる気配が伝わってくる。

アトリエは懐かしいなあ。あそこ全然人こねーと思ったら、店とおるとき結構人いたりします。
美容院とかって回転率どれくらいがベターなんですかねえ。
平均客単価と家賃と人件費とかその他コストから求めればって、あそこはデフォルトが家だった・・そうだった。家賃ないんだ。いいな。

話しふっとぶけど、本の選ぶ基準って、面白そうだな、くらいです。
自分のためになったかどうかは、自分が「あ、これいい」と思えるかどうかです。
そういう意味で、万単位?であるメルマガのうち、これいいとか思うのも少ないわけです。
両手あるかどうか。本もそうですね。といっても、単に自分が見逃しているだけかも。

それはいたい!

こもれび、こもられ、こもれびる

サイドバーに変化あり。注意されたし。

よし、こっちもアフィリ作戦を練ったほうがいいのかな。

おっと、今日と明日で今年終わりじゃん。
後は掃除くらいかな。掃除しよう。

うふふ。

同年代批判

こもれびブログ鋭い指摘あり。
以下、引用。

「ただ、別に若手作家を否定してるわけじゃない。同世代の若手作家を否定する根拠は、そのまま自分に跳ね返ってくるからだ。人生経験が足りないから云々という論拠は、同じく人生経験の乏しい自分がなぜその理屈を振り回せるのかという話になる。

結局、ある作品を読んで、それで自分が何か新しいものを生み出せるかどうか。自分が何か変わるかどうか。それに尽きるのだと思う。」

僕も同じく文学に限らず同年代に興味がなかったりする。悲しいかな。
なんていうか、世界観が無駄な膨張だったり、無駄に地味すぎて老人(あえてこの表現で)くさかったりするからだ。

こもれびブロガー(この名称はいいのかしら)は、「なぜ若い自分が同じように人生経験乏しいのに、批判できるか」と問うている。同じく僕も問うてみたい。

ある本を読んで感動もしなければ、クソだと思ったら、それはそれでしょうがないと思う。
その表現を誹謗中傷っぽくなるか、否定っぽくなるか、批判っぽくなるか・・・まあ冷静さの違いなんじゃないかと思う。

戦争体験も全てそうなんだろうけど、目の前のことから逃げない、見る、とにかく見るってことが大事なんだと思う。それは反対の意味だと「食わず嫌い」とかになりそうだけど、ちょっと違う。もっと根本的に見ることが大事だなと思う。自分で考えれば怖いものないですから。分からないことはデフォルト状態であるわけですし。

17歳の風景というのも印象的だった。あの映画は公開されたのかしら。
チャリで逃げる間になぜかおじいさんから戦争の話を聞く。おばあさんからは在日の人で、故郷の歌を聞いてた。なんだあの世界観は。現実っぽくないようで、現実だった。
それが全てだった。

他人への想像力の欠如。それが今の同世代、若い世代の多くだと思う。
痛いっていわないんだ。痛いっていって相手を傷つけるのが怖いから。
それを優しいとはいわないのが戦争世代なんじゃないかしら。乱暴かな。
でも、そんな些細なことだと思うな。僕は優しさとは「おっす気合いっす」みたいな(笑)ものじゃなくて、嫌なことでも言える心遣いかと思う。
もし自分が不利益被るのに、言うってのはおそらく何かある。
その何かが相手を傷つけるためだったら、そんな人間は最低だけど。

時代が変わるから何が正しいとか間違っているって思うのはいいけど、それを声高にいいだすとちょっとおかしいかな。
要は自分がどのように考えて、消化するのが全て。
これを個人主義といってもいいし、自己中といってもいい。
世界が狭くなってきたと感じるこのごろ。集団の利益って結構どうでもいいと思う。
僕は、どうでもいい日本人より、面白いインド人と友達になりたいと思う。
国際派とかじゃなくて、これが一般的な傾向だと願ってやまない(笑)

朱に交われば朱に染まる

そういうことを知っている人間がわざと朱に染まる。
自分が染まっていると知っている。そういうことを感じている、知っている、人間が
朱に染まってもそれは朱にそまったとはいわないと思う。

さて、これはこじつけか、良識か、それとも偏屈か。

さあ、こもれびよ。我を導け!
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