そこまで考えたらあとはやるだけじゃないか・・・。

こういうとき、迷ったら、大抵面白い方を選んで後できっと
満足している図があるんだ。

自分の主体の時間とは何か。
自らが楽しいとか、自分が動かしている感があるとか。
自分の内なる声からしかそれは分からない。

昔、同僚が仕事を辞めた時の話じゃないが
「俺にはその仕事が作業にしか思えなくて苦しかった」と。

同僚の進退はともかくとして、
その感覚は今は分かる気がする。

何をしたいかよりどのようにするかが重要なんてことは
聞くけど、
今は、その前に、主体的な時間を大幅に注入していかないと、
体力不足でやられてしまうわけ。