これは実は実家にある。文庫ではなく単行本だった。
多分読んだ覚えがない。新鮮。

この本が出たころ、僕は生まれている。
戦争中のトモエ学園は、とても戦争中とは思えない精神で、
毎日があった。
電車の学校・・・はとても楽しそうだ。

教育に関する本として読んだのではなく、
トットちゃんという著者自身の実体験から、
黒柳徹子という人間の深さを知ることができる。

僕も思い出したのだ。
小学生の頃、うまく言葉にできないが、
僕の家、つまり親なんだけど、ちょっと変わった雰囲気があった。
それは、今は全くないのだけど、子どもの頃は
なんかそんな気分があった。

変わったというのは、「おかしい」というのではなく、
何か「普通」ではないということだ。
普通って、要するに、皆と同じってこと。
皆と同じことっていうオーラがなかった。

それってちょっと怖い。
実は怖いのだけど、僕がそういう風に生まれていることは
ほとんどの人は知らないだろう。親は知っているが。

だから、すでに、言葉にはできないものが、
小学生くらいにあったんだろう。
皆と同じことをやることで、その危機感。
だから、高校では哲学ってものを誰か教えてくれたら、
速攻そっちの道にいったんだろうとか思う。
研究者というよりも、哲学者になりたかったかもしれない。

そういう人と違うことに価値を置くのは
今も変わってない。やはり、同じでは面白くないのだ。
そして、哲学ではなく、ビジネスで、
やはり勝負をかけていくのが、自分らしいと結論に達したのだ。

同じようなことを考えている人はいるかもしれない。
起業とか独立といったようなことだ。
でも、なんでそうしたいかは常に考えておいて、
時には忘れるが、やはり軸だけはぶれないようにしたい。

トットちゃんを読んで、幼少のころの体験の
大事さを感じた。やはり、感性が大事だと。


窓ぎわのトットちゃん (講談社文庫)窓ぎわのトットちゃん (講談社文庫)
黒柳 徹子

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