自分で作っていくところで、こだわり、自分のやりたいこと、
その他強みというものを活かしていくことができないか。
→家を自分で建てるのは素人建築となるかもしれないが、しかし、そこには何かしらの醍醐味というものがある。
→その醍醐味というものが何か、分からないが、ただそこに想いが確実に入るという意味で、価値がある。

→自分で作る。それには、家も、本も、服も、文章も、事業も、プログラミングも、演劇も、舞台も、
写真も、絵も、すべて同一の抽象行為を、具体的には別々のプロセスに落とし込んでいるように見える。
そういう意味では、すべての具体的事例が抽象的なものになる素材的要素を含んでいるから、学びになる。
→そして、抽象的にしたら、今度はそれを他のところでも使っていけないかということも、訓練になって学びになる。