その庭ではカップルと、女性が一人、
寝ていた。

寝てていいのかなと思ったが、まあ、
不自由そうではないから、いいなと思った(笑)
多分あんまりよくないと思われる。
というか、あまりキレイではないと思われるが・・・。


眠すぎる日本は、映画の中の話か。
刺激とは、誰かを殴るとか、高揚させるとか、
そういうことじゃない。スケール感の問題だ。
甘いな、小さいなと思えた自分に幸あれ。
小さいのだよ、明智君。小さすぎるのだよ。

なーに、拘っていたことが小さいのでも、
見ている方向が、ものが小さいのでもない。
社会が小さいのだ。その社会から抜け出そう。
そうやって生きた方が多分自然だ。

何も別に引越しするとかそういうことではなく、
小さなワッカには固まりたくないなというところ。

ただここで問題が生じる。
マイノリティーは、己のマイノリティー性を、
マジョリティーを意識することで保ち、維持するというのがある。
いわゆる、マイノリティーを社会的に認知してもらうというのは、
逆らしい。ここがすごく複雑だ。

自分を分かってくれない、分かるはずがないという、
被害者面とでもいったら当人は怒るだろうか?
でも、被害者面してる人は、どんな人であれ、
すごく不自由だ。不自由すぎて、哀れみの言葉すら
かけたくない。

深い。
もっと、学ばねばならない。
コーラばっか飲んでる場合ではない・・・(ニヤニヤ