夕刊に、シニアが古書店を開業するって記事が。

メインは、タイトル通りで「開業は簡単だけど(資金もあるし、そんなに必要資金も高くない、
趣味の延長でできる)が、経営(古書販売で売上をだして維持して継続すること)は厳しい」とある。

にゃるほど・ざ・わーるど、とつぶやいて、
確かに、そうだろうなーと。

夢の連鎖という言葉があって(今創った)、
いや、夢の鎖というべきか。
それは「夢を実現すると、その瞬間にもうまた別の夢が生まれる」というやつで、
だから上の話でいうと、こうなる。

例えば、定年退職して、古書店開く夢があったから開くとする。
開いた、さあ夢が叶った。終わり・・・にはならず、せっかく開いたから
こういうことしてみたいというのができてきちゃう。だからそれをやる。
でも、店を回すのは、工夫しなきゃただ本を並べてるだけじゃ無理。
だから学んでいくと。そういう意味で「学び」は年齢に関係ないとかいえるけど、脱線か。

夢の鎖があるからこそ、リミットある人生として死が来る瞬間まで、
やはり「究極的な満足」はないと思っている。
もし、これでいいやと思っていたら、やはりそれはリミットある人生と捉えていないか、
今さえよければいいか、満足レベルが非常に低いか(ほう)、まあ
そんなところにおさまるんだろう。あんまり面白くなさそうな人生なりなり。

サラリーマンではなく、商人だと。
いい響きだ。商人。
金に執着するのは良くないかもしれないが、執着しなきゃいけないということもある。
自分がどこまでピンチな時に力を出せるか、いやどう振舞えるかという話は
自分をさらけ出してしまうので、ほとんどの人、僕もそうだけど、
能動的にそれらを回避しようとする。そりゃ人間としてあたりみゃーかもしれん。
でも、それを楽しむという意識はやや訓練しないと身につかないのかなー、
と、思いつつ、でも、意識するだけだしなーと。

やるなら思いっきりやっとくれ。
やっぱこれできまり。