まいる共和国でなにやら面白そうな話があり。
ん?いつから共和国に。いやん、怒られちゃうわ。
とりあえず、
「ものすごく引っかかったこと。」
を読まれると面白いかなと思います。

まあ、読まなくてもOKです。全ては独断と偏見で書きますから(何

冷静に読むと、まいるさんがちっと感情的になってるのが分かりますが、
熱いなーと、今が冬だということを忘れちゃいそうですな。
ま、そういう熱さを含んだものを上梓しているところが好きですわ。
大分カットしたのがあれなんで、してないもの出したら面白かったかもしれませんね(笑)

ネタ元はこちらです。
ブログの自由と、われわれの不自由

僕は書きたいように書いていますね。
書きたいように書けないというのは、単に書くのが嫌いか、
別に書くことにそんなに興味がないか、ほとんど書いていないか。
そんなところでしょうか。

ただ、色々コメントなどを読んでて、もしかして、ですが、
「書きたいように」というのが、理想であり、
「書ける」というのが現実という話であって、
現実と理想は常に不一致であると。
そういう流れの話なら、勘違いしてたなーとは思います。
が、どちらに転ぶにしよ、この話は続きますわ。うふ。

書きたいように書けない人もいるということは、
なんとなく分かるんですが、別にそういう人に「書け」とか、
「書いてください。お願いします」とか、僕は言った覚えはないですな。
もちろん「書くのは楽しいよねえ」とはいいますけど、
それって「相手次第」で、興味あれば書いてますし、書き始めますしね。
だからそれはそれでいいんじゃないかと。僕が書くのが好きなくらい、
その人には別の「好き」なものがあるわけですな。人の好みが違うのと同じくらい、可能性がありますな(笑)
だから、そもそもそういう書きたいように書けない人が、
書くという時点でアウトかと思いますね。

それって無理して書いてないといっても、「無理」してますね。

感覚的に、ピアノがうまいバイトで一緒だった相棒がいましたが、
彼のピアノを聴いて、自分の弾きたくなりましたけど、で実際に弾きましたが、
ダメですね。4日坊主でした。1日がんばりましたね。すごい。
というのと、同じレベルじゃないかなーって。

そのレベルなら、別に大した話題、僕にとってですよ、、じゃないなとまず思います。

生きたいように生きるという比喩がありますが、
本質的にそのようであると、僕は思ってます。
ここで思い出されるのは、「自分次第で人生はいかようにもなる」という言葉で、
それは「生きたいように生きる」だと思います。
いつまでたっても生きたいように生きれないというのが、
上で書いた現実と理想の不一致というなら、僕はうなづきますけどね。
そこらへんは考えなきゃいけんところです。

書くではなくて、生きるで考えてみますかね。
生きたいように生きれないから、生きる。というのは、目的が何か良く分からんですね。
おっと、人生に目的なんてないといって生きるのも一興ですが、
やはり「勘違い」して「使命」として「生きる」のが、僕が好きですね。勘違いってのは、
自己の能力を過大視することでもあります。が、その過大視するパワーというか、
勢いはうまくコントロールすればいいだけの話でしょうな。そいつを、
人にぶつけて、「お前はバカだ、おれは天才」なんていってたら、即一人ぼっちですね。
一人ぼっちでいいさ、というのも一興ですな(笑)

では、「書く」で。
書きたいように書けないから、書く。
書きたいように書けないから、書く?
書きたいことがあるから書くとか、伝えたいことがあるから書く。
それなら分かりますけど、書きたいように書けないというのは、
書く理由にならない気がしますね。上の生きると同様ですか。

書きたいように書けるまで、今は書けないから修行として書く。
こうしてみますか。
でも、今現時点では、書きたいように書けるということはない、といっているわけで、
そういう想いはどこまで強烈か分かりませんが、
その時点で「書けるものもかけないし」、「書きたいように書ける」ことはないのかなと思いますね。

自分のなりたいようになるといって、絶対なれるわけじゃないですが、
少なくとも「なれない」と思っている人はなれないのは確かです。
それと同じように思うんですけどね。
つまり、書きたいように書けないといってる時点でアウトってことです。
ツーストライクですか。いやん。

極東ブログさんの引用がありますが、
あの一文だけではちょっと違和感がありますね。いや、ネタ元の文脈として。
というか、独り言とかで、考えをきっちりまとめて書いてない場合は、
とくに意味がないときもありますしね。
って意味でここで突っ込んでいることも意味がないことは重々承知。
で、あえて書いてみるわけですが(笑)

必要な文章はかけるというのは、書かれたものは必要なものだったという、
結果物肯定論!であって、それ以外の意味があるのかなあと。
書かれていないものは、必要とされてないといったら、
例えば、福祉にお金は必要だといってる人はいるけど、実際に実現されてないから、
必要とされてないという曲解もできますけど、「いってる人」はいるから、
違うのかなと。


で、最後に無自覚な人ですが、
無自覚というか、別に興味の話な気がしますね。
ほら、自分の人生に興味ない人が、人生の話なんぞ展開できないというように、
書くことに興味ない人が、書くことに関する話はできないと。

文章力とか、表現力って「力」って言葉は常に眉唾ですけどね。
抽象的すぎて分からんのですよね。まあ、一般論をいうならいいですけど。
誰にでも該当するように読める占いみたいでいやですよね。
というか、人がいれば誰かに当たるのが占いっていうと、占い師怒るのかな。ひー。


よし、まとめてみるか。
まず、文章を書けないという人はその時点でアウトだということ。
書けないわけがない。というのは、以前ここで「吉野家行った。うまかった」的という話が
展開されている。「吉野家へ行って、うまかっただね」というのは紛れもない「文章」だ。
「うまかった」ことと「吉野家へいった」ことは伝わったけど、それだけかなーとは思う。
だからそういうことを書いていて、誰か知り合いが見るならいいけど、
そうじゃない人は話し込むきっかけがないっすよね、っていうことになる。

書きたいようにというのが、もしも理想であるなら、理想どおりにいかないねということで
それは納得できる。
でも、書きたいように書けるまで書くみたいで、なんかやだ。
そもそも、100%相手に理解してもらえることなんてないでしょう。
90%くらい理解してもらえれば上出来かなと。逆に100%理解されたら、
自分の自己アイデンテテというものがなくなる。なぜなら、相手と自分の区別がつかなくなるから。
むー、恐ろしい。


後、連載への前だしとして、聴衆(笑)を煽る狙いがあったならば、
それはそれでいいかも。インパクトはあるかもしれない。
でも、そういうの嫌いな人もいるってことは確かなり。

後はタイトル。
「ブログの自由」は、書きたいことが書けるといってる人がいるように自由があるけど、
「われわれの不自由」として、そんなうまく書けない不自由があると。
むしろ逆で、ブログで不自由している人が、われわれ、ここでは現実生活かな、で
自由なわけがないという問いはないのかなあと。

自分の人生に不満があるのと同様(短期的な愚痴、不満、ストレスはここではスルー)、
うまく書けないといっているだけ(だけがポイント)は、一生かけないだろうと断言。
書けないといって書く人間が僕は好きだし(聞いてない)、
書けないといってること、その理由は「あらゆる意味で無駄」であるとさらに断言。
だから、必要だからかけるし、書きたいから書けるしということになる。


で、最後にとどめを。
そもそも、そんなに悩んで苦しんで書いたものがあってもさ、なくてもいいけど、
書くということをそんなに「高級ツール」にしなくてもいいと思ったりしますな。
それぞれのスタイルがあるでしょうしね。
だから、悩んだことがないという人は無自覚かもしれませんが、
「悩んだから自覚している」ようにも見えます。
もちろん、学びは失敗や苦しみや迷いや悩みがあるからこそ、するしされるのですけど、
だからといって「悩め」とはいえないし(言ってないけどね)、
悩んだことないからってのは、違うかなあと。


で、スリーストライクかな。

さらにお節介を少々(おぃ

・ブログを始めたいが、どういうふうにやろうか迷っている
これは興味ある人はやるべきだし、やって楽しめばいいと思いますが、
ブログを作るのが目的だとそれで終わりですね。つまらなさそう。

・ブログをはじめたけど、思ったより楽しくない
ブログが悪いんじゃなくて、楽しみ方がヒットしなかっただけではないかな。

・もう少しアクセス数が増えると楽しそうだ
アクセス数の意味を語るのもありでしょう。
数値は絶対ではないが参考にはなる。数字は嘘はつかないが、
嘘の数字を書く人はいますね。
アクセス数を増やしたいなら、コンテンツを充実させるのが現実世界と同様かな。
コンテンツが充実させられないなら、そもそも向いてないと諦めましょう(笑)



文章術というのは基本的に眉唾です。
なぜなら、そりゃそれ相応の決まりって意味では、書き方がありますけど、
それって基本的な話であって、別に「自由な書き方を縛る」ためにあるわけじゃないですしね。
アドバイスとはその人の真実で「しか」ないのか、
真実「である」ととるのか。アドバイスをする側ではなくて、
アドバイスを受ける人の器によりそうですね。

で、僕は必要だから書いているのだと思いますと。
良い文章ライフを♪