昔とはいえ、学生時分の話だ。
なんで嫌いな人というのがいるのか、そういうことを考えていた時期があった。
といってるほど、僕は人に対して毛嫌いするタイプでもないが、
といっても、いつもニコニコしているタイプでもない。

嫌いな人がいるというか、共通点があるということをそこで導き出した。
そこで問題はひとつ。
嫌いな人には自分が納得できん、自分とは別のものがあって、
だから合わないし、「嫌い」なんだと。

というのだけど、でも、それってホントかと。
本当にそうかと?

趣味が同じでも嫌いなやつっていませんか?と。
いるじゃあないか。現にいたから、証拠はそれだけで十分。

なんでか。旅スキならそいつは嫌いにならんだろう。僕は旅好きだし。
でも、そうでもないな。それは別の話だと。
いわゆるフィーリングの話。

なんで共通点があるか。
それは自分の性格を100くらいに箇条書きしたら、
表現力の問題もあるけど、嫌いなやつと10個くらいは一致しそうだ。かなり低めにいって。
単にそれだけじゃないの?


で、そもそも嫌いな人とどう付き合うかというのは、社会に出て
働くということをするようになると少しだけ実感する。その必要性が。

僕は嫌いな人間は適当にごまかすでしのいでいるが、
それもストレスになると、ちょっとストレスが結構たまると思われる。
嫌いだと思っているから嫌いになるのだ、好きになればいい。
その限界もある。でも、大丈夫。その分好き好きパワーで補えるから。
そこがポイントだ。

注視するのは、好きであり、嫌いじゃない。
それを「ピントがずれている」と表現しよう。
ピントがあえば何を言いたいかは自分で分かるわけだ。
ずれてちゃ、自分が何したいか分からんと。かなりテキトーだ。

そういうわけで(どういうわけ?)
僕も嫌われているので(というか、誰にも好かれる人はいない)、
好き返す姿勢で。あくまで姿勢だけでいいでしょう。

なんとなくそんな話でしたっと。