ふむ。

今日のことは忘れるまい。

一応間接的もなにも直接的だが、残業はしない方がいいし、むしろ悪いことだと
思った方が良いというアドバイスをもらった。

というか、早く帰って明日やれということで、
自分を心配してくれているのだろう。まあ、だが、それは良く取ったらだ。
悪くとれば、なんでそんなに仕事が遅いのかということになる。


しかし、今日は言わせてもらおう。
不満というか、「あえて」僕は口答えや、意見を言うというプロセスというか、
態度をとっていない。やる気がないわけではなく、相手を、上司を、周りを伺っているだけだ。
別にいつでもアクセルは踏む事ができるし、ブレーキも可能だ。

余裕ではないが、自分に与えられた仕事は単純作業である。
が、単純作業になってない。

原因は1つになる。それはパフォーマンス、いや、能率や効率を求める以前に、
まず前提が出来てない。それを作って用意していあるところで、がんがん作業していく。
のが、僕の仕事である。その前提を作りつつやっている時点で何か間違っている。
少なくとも「本来」の「負荷」、いや「仕事」ではない。

もちろん、プログラマでもSEみたいなことをやっている新人も多いだろう。
というか、プログラマで縛られたくない自分にとってはありがたいことなのだが、
何かそこらへんは通じていないようだ。少なくとも僕は主張していない。

主張や意見をすれば、おそらくコミュニケーションは高まり、もっと楽になるかもしれない。
しかし、どうも原点は違う気がする。
自分がなんでこんなに苦労というか、そうしていることをわかってもらえないという1点において、
僕は不満なだけだ・・・。

これは単なるヒガミであり、結果が出せないものの言い訳といっても間違いではない。
実際に現状に対する誤認識だと思ってみたりするからだ。

そう僕が反省しつつ、だめだと思う以上に、自分より経験も慣れもある人は
感じとって欲しいし、いや、これは希望ではなく、感じられるはずなのだ。
僕は、別に自分がすごい人間だとは思っていないが、だめ人間だなんてこれっぽっちも思っていない。という意味において「すごい」人間だと思っている。

相手がどう対応するか、どうでるか。じっくり見ている。
自分から動かないという感じに聞こえるかもしれないが、決してそうではない。
僕はそういう意図はないが、どうもそう取る人もいるようだ。


分からないことは聞いた方がよいが、わからないことがどこなのかが分からないことが多い。
というよりも、「分からない」の8割は大抵それだと思う。
自分で考え、やっていく。別に同じところで悩んで仕事を止めているわけではない。
自分なりにかなり考えて進めているが、どうもそうは捕らえられてないようだ。
むしろ、一人で解決してくれるよりも、一人で背負い込む人だと思われているかもしれない。


なんとでも思っていい。
ただ、僕はここに何をしに来ているかを考え、そして常に問うている。自分にだ。

ふと思った。
もしかして世の中って、考えると損をするのかって。
だから、考えることをやめて、惰性で流されて生きるんじゃないのかって。
確かにそれは楽だ。自分は心地よい温水につかっているだけで死んでいくからだ。

一つ上の上司は考えろというが、僕の解釈では、直属の上司はそうはいってない。
むしろ矛盾だらけで、フォローに困る。結局分析をしてしまえば、
「人を育てる」タイプの人間ではなく、悪い人間ではないのだが、僕は
そういう人間にはならないと思っている。

悪いが、そう思ってしまう。

仕事にいい加減さを求めるのなら、いい加減にやれといってほしい。
厳しさを求めるなら、自分にも厳しくやって欲しい。

そういう意味で、どうして欲しいかが見えてこないのは、
僕がそろそろはっきり言うべき時期かもしれない。
って、まだ3ヶ月というか、もう3ヶ月だというか。
多分だが、僕の中ではもう3ヶ月だ。このペースでいけば、1年でかなりのことが
得られると思う。それは、会社のこともあり、仕事のこともそうだけど。

3年くらいいたほうがいいという意見がある。
これは、3年くらい経てば大体仕事はこなせるようになるし、
それから新人時代?とは別の視点や仕事が出てくるからーだという意味が強いと思う。

でも、そういうのはアドバイスに過ぎない。
アドバイスは時には適切で、時には不適切だ。いや、タイミングがあうかどうかの問題なんだ。


残業をしない技術という本を以前読んだが、
やはり完璧を目指しすぎているかもしれない。手を抜かなければ多分、僕は死ぬだろう。
非常にジレンマだ。ここは非常に難しいが、僕は切りぬけられると思っている。
アプローチとして、残業してもやるというポーズをとっただけだからだ。

締切を守りつつ、質は落さないって。
それってやはり無理だと思う。圧迫をして士気を鼓舞しているにしか、
今の僕には聞こえない。悪いのだけど。

僕は残念ながら、自分のせいにすることはあまりない。
自分に甘いといえば、終わりだが、自分はあまり悪いとは思っていない。

おかしいと思いながらやっている。
最初と聞いた話ではないと思っている。
何かが違うと思いながら働いている。

これを不満、ストレスと言う。
が、この状況はどこから発生しているか。よーく考えて欲しい。
原因は明確だ。前提の話だ。

じゃあ、同期や他の人も同じような状況かもしれないし、
実はもっと厳しいかもしれない、楽かもしれない。

でも、それは肝心なことじゃない。
問題は、自分がどう感じ、どうしたいかで、どう思い、どうしたかなんだ。
そこは絶対に勘違いしてないし、していても起動修正される仕組みだ。
そういう習慣になっている(笑)


仕事自体はつまらないかもしれない。
何をしているかほとんど分からないからだ・・・。

同期の友達が仕事を辞めているという話を聞く。
どうやら原因は分かる気がする。あくまでも気がするだけだが。

その仕事をやめたら、職につけないという切実さがあればまず辞めないだろう。
その状態で辞める人はよほど危機感がないか、ということか。

アルバイトしてでも食っていくわという、若さもあるんだろう。

しかし、もし人生が生きていくという前提ならば、
仕事をせねば生きていけないのは・・・おそらく誰でも分かる。
仕事をすることで、お金を得ることが出来る。労働の対価だ。

お金がなければ生きていくことができないというのは、嘘だが、
実際に僕のような人間に対しては嘘ではないが(笑)

仕事をして生きていくしかないって。
そういうのはちょっと違うと思う。だから辞めるというのもあるだろうけど。

だからといって辞める人がしっかり考えているかといえば全部がそうではないだろう。
むしろ、考えることからの逃避…で、辞めるという選択をするかもしれない。


(続く)
のかよ・・。