例えば、シゴトについて考えることなんかあると思う。
色々な人の色々な考えがあっていいが、
「シゴトを考えるとは、普通に適応できない人々の集まりでない。」
ということを思う。

さて、普通にできない人ってなんだろうか。
どちらかというと、普通に出来ない人は結構言葉が悪いが
「障害」であるとか「欠陥」であるとか、「欠如、欠落」とか、
欠けているものを見がち。

そして、それらを克服したとき、世界は結構違うものにみえる。
ああ、自分はこうやってやればいいのかもしれないなーっていう
自己認識であるとか、社会認識であるとか、ある意味で吹っ切れたということが
できるかもしれない。そういったことを考える。そして理解する。

考えるってそんなことだろうと。
だから特殊なことではないし、誰もが出来ることだ。
バカだからといって諦めるのはいいが、バカだから諦めないみたいな人が
粘り強いだろうし、自分の性格をよく知ってそれに対して行動している人のほうが
何か素敵な気がする。ま、色々いるけれど。

 つまらない大学生のトーク。暇人だなー。と思った瞬間に、
自分もそんなもんかとか思いつつ。でも、違うとか。
確かに大学生は暇だろう。時間ばかりある。そして時間を埋めたい。
そして埋める。そして後悔する。悲しいけれどそんなもんだ。
繰り返す。人は同じ事を繰り返す。で、反省する。また同じ事する。
人は成長しないのか、それとも成長しても治らないのか。
治すとかそういうレベルではないのか。がんばれ大学生というか、
一生そうやって生きてねと、関わりが一生ないであろうが、
優しいまなざしで彼らをみて僕は去る。それが俺流である。