冷静さを磨く。
言葉を磨く。
表現を磨く。

あらゆるものを昇華させると、
きっと違う風に風景が見える。
色覚異常は、正常が何かによって異常が定義されるだけで、
多くの人が持っている=正常というよりも、
生命危機を招くくらいが異常というくらいだったら、
ほとんどは異常にならないかもしれない。

もっと自分を磨く仕事を作って、どんどんそれでやってしまえばいい。
遠慮をしている気分は無い。車間距離がつかめないだけで、
どれくらいやったらいいか、どれくらいまでやれるか、
そういったものは手探りでやってくしかないと思ったりする。
焦っても仕方ない。でも、本質を見逃さず、しっかりと自分の頭で考え、
そして判断をしていく。こういうのが自分らしいと思うし、そうやって生きたいものだと感じている。

発想をストックしてもっと広めてもいい。
そういったモチベーションはあげることはせずに、
自分の内なるインスピレーションから抑えておいても、
どんどんマグマ溜まりのように出てくるものを設定するべきだ。
そうでないと、続かないし、面白くない。
僕にとってのマグマ溜まりはアイデアだ。アイデアが溢れて、
社会が面白くなっていくイメージをぐっと明確に見ることができる。
それが一事業、一会社、一国家、一晩飯、一サプライズ、一記念日、
一プログラムでもいいなんでもいいから、アイデアが秀逸なものは
自分の中に明確にストックされる。コンセプトとか、視点というアイデアでもいい。
アート作品でも、文章でもいい。デザインでもいい。メモ帳の書きやすさもアイデアだ。

アイデアという石を拾い続けるためには、自分がやることであって、
それは他人に求めることではない。もちろんやりかたはあるけど、
それを教えるレベルでは決して無い。自分が提供することによって、
人のために役立つ。それが僕のマグマ溜まりを持続して、かつ楽しくなる。
あとは人がそれを求め続けるようにしていけば、お金は後から付いてくる。
シンプルだが、やっとここまでこれた。

これはステップ思考ではない。単に急がば回れであるし、
色々な思考やアイデア、企画、行動が一つになったものであり、
現在の整理の中で明確に見えてきた。この感じをつかみつつ、
色々なことをやっていると見えてくるものが違ってくる。
最初から本質について話せる。楽だ。無駄なトークをしてもいいが、
それは無駄だと相手に対してのマナーがあるというだけである。楽しい。