例えば、何かやりたいと思ったとしよう。
それはなんでもいい。うまいポテトチップスを食いたいとかでもいい。

その場合に個人に限り、自分一人で完結することなら、
自由な感じがある。ただ、これをどこかで販売したいとなると、
なかなか自由な感じはしない。色々だ。

さて、例えばお金の問題だ。
ポテトチップスを試験的に創り、それを売りたい、というなら、
価格がいくらかとか、場所はどこか、ところでそれうまいの?というところで、
そんなに費用はかからないかもしれない。

そのお金を誰が出すか。自分か、それとも?
材料費以外にも色々かかる、と思えばかかる。
かからないと思えばかからない。

そういったところで、自分の到達地点とか、
やりたいことを確認するのがいい。
結局、お金をかけずにやるというところで、試されるのは、
アイデア。

何か良いアイデアがないか?というとき、
大体良いアイデアは出ない。なぜなら、アイデアが自分のものにならないからだ。
そのアイデアを理解し、どのような背景で、どのような場面で使えるかを
相手とコミュニケーションして読み取る程度のことなしに、
言葉伝達の「何か」だけでアイデアが伝わることがない。
残念ながらこれは時間がかかるとか、他のやり方とか、言ってる時点で
大したものは生まれ得ないということになる。

色々な課題や勉強不足、経験していないなどあったが、
最終的に戻ってくるのはここだ。
つまり、ビジネスを生み出したか、ビジネスのモデルはあるか、だ。
それが出来なければあまり自分が生きている意味がないとすら感じる。
そこがやりがいがあり面白いからだ。これをやらねばならないと思う。
その点において、他のことはなかなか霞んだ興味にしかないならないが、
そこと結びつけるようにとらえると、全ての物事が白黒から一気にカラフルになり
対象が色を帯びて、画面の鮮やかでビビッドな世界が目に入って来る。
それをワクワクといい、楽しさというのだと思う。