パワーポイントというツールがある。
いちPCソフトだが、すでにプレゼンすることと同義の意とすらなっている。
そのパワポだが、それをすることで、内容がアレでも、つまり大したことがなくても、
立派に見えてしまう。これは、どちらかというと、パワポを使い慣れてない人だったり、
またはあまり見たことがない人などに影響が大きい。

つまり、パワポ経験値の低い人、講師側だ。
そして、見る側もPCスキルが低ければすごいことと見えるはず。
世の中にはそんな層というか、人々も一杯いる。

だからどうということはないが、
そのような見た目から与える印象も大きい。もちろん、中身は
すぐにばれてしまうから、ハッタリとしか使えないという面もある。ハリボテの場合に限るけど。

忘れたり、思い出せないようなことって、大したことではない。
むしろ、思い出せる本質で徹底的に磨いていくことが自分の中で
正解にたどり着けることが多いように思う。

社会とかソーシャルって言葉は何かを表しているようでありながら、
何も表してないこともある。実際に、人のためにというとき、
愛する人以外も快く助けるだろうが、やはり愛する人が一番心配だろう。

自分の判断軸つまり、主観的にいって自分はこう考えるということを
大切にすると、溢れでてくるものとか色々あるが、人は感情で動くもので、
実際に客観的データだけで動ける人は訓練されているといっていい。
だから、冷静に動けるとは訓練の賜物といっていい。
人間はそういう生き物だ。だから、感情的な人を怒ることはできないが、
とはいえ、感情的ではない人も面白くはないと思っている。

自分の中の気持ち悪さを大事にする。それは、支援という言葉が
ぴったりくることがなければ、支援という言葉を使うべきではない。
または気持ち悪いけれど支援といえばいい。そういった単純な言葉で
全てがキレイに収まればいいけど、そうでもないのが現実だ。

ヒーローみたいな出来る人が全てやるというやり方は、
きっと今後は流行らない。が、まあどちらにせよ、能力がある人が
リーダーシップや組織を創るとか、あと新しいことをやることに
なりがちなのはしょうがないけど、その人が死ねば終わるってのもな。

レベルが低いことを常にやり続けていて、大したことがない人も同時にいる。
あなたが本当にそれをやりたいならいいが、実はそれは継続と結果で
あなたがどう感じるかで常に分かるものだ。
やりたいことをやったらいい。無理は良くない。無理はやりたくないことを
続けるというようなこと。