これは現代の流れを表すのでもない。アートもそうかもしれないが。
これは単純に「日本」という共同体の幻想みたいなものと
同様であっていいと思う。実際は、近所づきあいなんて、
お互いが気持ちよく過ごせればよくて、絶対うっとうしい人はいるわけで(笑)
つまり、常に抽象化された「それら」、もっといえばプラスチックワードか、
は意味はない。現実に、実際にあるのは、近所付き合いみたいな
ベタッと、ヌルっとしたものしかない。
で、幻想が悪いわけでもなく、そういうのがないと
まとめられないから必要だという観点。
で、そういったプラスチックは、本質ではない。
お金が欲しいとか、人に何かしたいとか、
それを欲望とか、貢献とか、承認欲求とか、自己顕示だとか
何か言葉がついてくるが、そういったものだろうと思ったりする。