ReadMasterの軌跡

面白いことを仕掛ける。仕事を作る。ビジネスを作る。そんな日々から出てくるアウトプット蓄積場。

2013年05月

突き進むべき道は見える。

純粋に何かを追いかけていたら、
夢を諦めなければそれは絶対できる。

この手のワードを青臭いというか、
それは大事だというか、
また大人になったが大した事も何も出来なかった(笑)人が、
そりゃそうなりゃいいけど現実は厳しいよというか。

どうだろう?
分かったつもりの大人が多いし、実際に大したことを文字通りやっていなくても、
何か偉そうに語ってしまう人は多い。自分も耳が痛い。
とはいえ、やるときにはやらないと結果的にパフォーマンスは落ちるしよろしくない。

分かってないつもりの大人が、ジタバタしてやっていることは、
なぜか評価されにくい。なんというか、単純に見え方やアナウンスの問題だ。
そりゃ在野の町工場のおじさんの言葉は大企業の社長と違うのだけど、
とはいえそこが理不尽かというと理不尽的だから何かというのもある。

ルールとか、色々なものはどう考えても平等ではない。
日本に生まれたら幸せさ。客観的にはそう。そして贅沢ではなくても、
生きていけると思いがちだが、社会不安的なもので、経済的に豊かであれど
自ら死んでいくのは不可思議というよりも、これも事実であり理不尽であり、
理なんかよく分からないってことにもなる。

純粋にこうしたいからこうする、でどうなるの、でどうなるの。
あまりにシミュレートした結果、一歩も動けない人間の出来上がりだ。
実際にそんな人は多い。頭でっかちってやつだ。
子どもの心と頭でいよう。時には大人もだしてこよう。

そうでないと物事は始められない、始まらない。
冒険に出なくてもいいけれど、冒険に出て行く人を邪魔するならば、
俺はお前を蹴散らそう。

外患内憂とはよく言ったものだ。
いずれも蹴散らしていく時がきたら何も俺は言わないだろう。
 

賤ヶ岳。

おもしろかった。
地味に企画を進めていくということで、とくに何をするかは書かない(笑)

さて、柴田勝家という人間はどういう人であったか。
基本頭が悪いというか固い。しかし上にもろく、武力、戦は得意。
プロ軍人、みたいな。プロって今つけるとやじられる感じですが(笑)

武将の生きざま、気になる人、尊敬する人の生き方、いやあ参考になりますね。
個人的には信長はやはり気になりますね!
 

村のウザさは、ムラで解決か。

答えは出来ない、であると。

村の鬱陶しさ。それは例えば村のメイン道路の角にあるAさんの息子はまだ結婚してないとか、
誰もが知っている、または多くの人が知りたくなくても情報を知っている、みたいな。

当然それらは共有されている上で話が始まる。リアルフェイスブック。
逆だ。フェイスブックは村化かもしれないが、村はそれを地でやっていたと。

町、街、マチ、まち。まちはもっと知らない人がいてもいい状態だ。
例えば都会でコスプレで歩いていてもまあなんとか歩けるだろうが、
村では無理だろう。他所者は受け入れられないし、受け入れられるまで時間はかかる。
また、受け入れられるとは・・・そう、他のうざさを知ることでもある。

多くの人が都会へ、郊外都市へ、そして核家族ということになっていったが、
それらの子ども世代は、そこからつながりがないことに不安を覚える。
どちらでもいいのだが、何かしら人との関わりは大事ということになる。
ただ、 つながりたいのとつながりがあるのと、つながりたいときにつながるとか・・・
色々なつながり方があるが、万能な何かはない・・・。

うざさ=煩わしさ、みたいな意味なのだが、
人と関わることって素敵なことばかりではない、素敵なこともあるけど・・・。
なんというか二面性が常にあるのだが、どうもそういう感じではない、
つまり、一面性のみでいくと結構色々つらそうだ。

 

企画で語る

プランナーの端くれ、実はプランナーという意味では、
3年くらい掛かるのだけど、それはどうでもいいとして
やはり企画で語るのであると・・・。あまりあーだこーだいってもしょうがないので、
どう面白く仕掛けてかつ形として出せるか。

そこがポイントになってくる。
というか、それだけしかない。

 

信じられないが。

コミュニケーションとかいう以前に、そもそも礼儀みたいなものがない人は一定数いる。
ネットであれば尚更だが、よく掲示板で荒れるというまでいかないが、
質問者と回答者でもめるというか・・・。前提の何かについての話は大体ちぐはぐになりやすい。

無料というのはそういうものがつきものだ。だからお金を取るという考え方もある。
そして、無料でないと出来ない人もいる。無料=礼儀足りない=馬鹿=困った人、
みたいなことはないのだが、とはいえ、大体問合せやコミュニケーションで分かったりする。

くそではないが、これは怪しいなという人はスルーするのもありだなと最近は思っている。
対応コストがかかることが本当に分からない(つまり、自分が全てであり、相手は対応してくれるのでありと)
人もいる。契約とか、お金、仕事とか難しいことは言わなくてもそれらを理解したとしても、
自分の欲望を満たさないとダメだという人がいる。

信じてもらう必要はない。実際にいたのだから。ということでいい。
率は低いがいる。そしてそういった人は自分が問題であると思ってないケースが多い。
だから繰り返すのだ。どこかで学ぼう。気づく必要がある。
えらそうだが、それに気付けないと一生そのままパタンはどうやらネタでもなく、
本当にそんな感じになりそうだ。謙虚とか素直とかで良かったとかマジで自分に思う瞬間がある。

とはいえ、それでおごって終わり、ということでもない。
そういう人や話しは定期的にあら?という感じでやってくる。なんだろうなーこれ。
スピリチュアルでもなんでもなく、きちっと雨がフルみたいにやってくる。
ヤツラは常にやってくる(笑)もうそれは諦めたよ。

馬鹿はどこにでもいるとかいってた頃が懐かしい。
そう。どこにいっても馬鹿がいる。何か悟り通りで、そしてその通りで、
発言や読み通り。そういう世界に生きていたらどう見えるか?
そうゲームがつまんない、想定通りでベリーイージーモードってやつだ。
それでは面白くないから負荷をかけて、後ろ向きでプレイしたりするわけ。

純粋な感じで、おもくそやるのも、
理屈でがっちり考えてやっても、結果的に形になる頃には、
上流のごっつい石が丸くなるのと同様に、感覚は理屈に、
理屈は感覚に近づくんじゃないかってのが生きてきた印象でもある。
事実、理屈っぽい人は感情がないことを短所と思い、
感覚的な人はロジカルのなさを不安に思う。それを観るのが楽しい(笑)

最悪なのは自分で迷い、自分の中で終わるということ。
苦しい状態でも、ニカっと笑うやつが最高に好きだ。
最高の時でも、全然嬉しくないとかいって笑っているやつが好きだ。
あまのじゃくであるがために、天邪鬼が好きだ。
うまくできないのが好きだ。うまくできた時にニカっとするのも好きだ。
白鳥式でなくても、不器用であってもいい。純粋に自分に酔うこともなく、
ただ自分はこうでありたいと追求する人が好きだ。
それはこだわりとかでかいものじゃなくてもいい。
こちらが自分っぽい、こちらが面白いと思った。あなたは違うかもしれないけどね。
と笑う人が好きだ。 

今まで迷った時とか、全て選ぶ基準が決まっていた。
今も変わらないんだ。そう、面白い方をやる。ただそれだけだ。
 

リズムを変える

自意識というか、意識というか、そういうものを変えていくみたいな話で。

認識できる範囲、それは同時に限界もあるということで、
ただ、 認識をあえて閉ざす意味はないが・・・とはいえ、閉ざさないと
つらいみたいな人もいたり。まあ色々ですね。

時間軸を横に倒すのも、 なんだかしらけて見えたりしつつ、
そりゃやりたいことはやったほうがいいが、それは相対化すれば、
やりたくないこともやれるパワーがあるだけで、結構普通な感じ。

活き活きとするのもいいが、同時にそれであればいい・・・
つまり、自分がいきいきと見られたいための活き活きとかは
どうなんだろうと。そこらへん麻痺できる人もいそうだけど。

とりあえず、5月は始まりリズムは変えていってそこに適応させていくことになりそうだっと。 
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