ReadMasterの軌跡

面白いことを仕掛ける。仕事を作る。ビジネスを作る。そんな日々から出てくるアウトプット蓄積場。

2011年06月

ストレート勝負

野球なんかで、というと野球好きが怒るかもしれないが、
4番バッターを敬遠する戦術か、ストレート勝負みたいな魂かで
よく対立した構図がある。

この場合正解はないし、何も勝負に言えないのだけど、
前者が卑怯といわれ、後者が男だみたいな、いかにもそれが
当たり前ということには違和感を感じている。違和感を覚えるが正確か。

どちらも正しいというか、選んでいることに間違いはない。

こういった話は大体一本の傾向というのがある。
例えばこうだ。ストレート勝負こそ男だみたいな意見の人は、
それで打たれてしまった場合のリスクを考えてないケースが多い。
リスクというか見えないのかもしれない。目の前のことしか見えないということだ。

そのため、きちんと、「ストレート勝負」と「敬遠」を比較することが出来ない。
出来ないからどうこういうのではなく、出来ないことを把握した上での
プランニング、育成が大事になる。
おっと、ここではそういうファンがいてどうって話ではない。
あくまでそういう人をどうするかという話である。

もし、人を育てる必要もないし、人と関わる必要もない(乱暴だけど、人を育てるということは
どんな人にもありえる話で、それが仕事で部下育成なんていう分かりやすいケースだけじゃないのが
ポイントだと思う)人はスルーしてもらっても構わないものだろうけど。

打たれるリスクを考えた上での敬遠とは、
未来を考えていることでもある。敬遠がいいわるいということではない。

勝つとは何か。非常に難しい。

人は何か犠牲にしないとなにか得られないとは
こういう時に使って欲しいものだ。

小さく小さく

軽くアウトプット。

最近アウトプットが疎かになってる。

クラウドソーシングでかき集めたやり方って、
分散コンピューティング的な、一つの力は小さいけれど、
集まるとすごい性能になる的な考えと似ていて、とても面白い。

デモとか見える形。ほとんどの人は、見える形が好きというか、
それしか分かりづらい。だからポーズを取るって言葉が、死語になりえない。
学生運動とか、デモ。分かりやすいけど、それはポーズであって、
本質ではない。本質とは、それをすることで狙う意図が達成されること。
その手段としての見える形としてないと、きっと本末転倒になる。

これについては、結局時代は変われど、一緒かもしれない。
きっと一緒じゃないか、繰り返しているのではないかと思ったら
きっとまた違った見方をすることができる。

自分のやり方はこうだ、このようにするというのは、
説明しているようで実はしてないという一種の説明するポーズとか
言い訳に思えることがある。
説明しているようでしてないというのは結構厄介だ。
例えば、説明した人は説明したというが、説明された側は伝わってないと、
説明が分かってないことになり、何も進まない。

説明もコミュニケーションなので、相手に分かるようにいうという前提とか
ルールがあるような気がする。戦争にもルールがあると知って驚いた感じと似ている。

説明されたものが実は全く非効率だったり、全く見当はずれだったとしたら、
自分は別のやり方や違うやり方を考えてしまう性分的なものもある。

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