ReadMasterの軌跡

面白いことを仕掛ける。仕事を作る。ビジネスを作る。そんな日々から出てくるアウトプット蓄積場。

2010年12月

今年を振り返る。

今年2010年を振り返る・・・。

が、じっくりゆっくりより、少しずつやっていこうと。
とはいえ、そんな今年もないですが。ゆっくりと。

まずは今年、1年間お疲れ様、という感じです。
もちろん自分に対して。
そして、 ざくっと。

まず、仕事。
仕事については、もうなんていうか、やることをやれるように、
やってきていて、でもそれでも御の字という感じはない。
もっとやらないといけないなーと思いつつ、まだまだ力不足感満載。
もっと硬直した社会を崩したいし、自分ももっと暴れたいなあと思っている。

次にプライベート。
っていうものがあるかどうかはおいておいて、個人という意味でいくと、
やはり個人は大切にしたいし、組織に身をゆだねるのはちょっとなあと。
深い意味はなくて、何かしら自分を大事にする、自己管理をする、
メンタルを大事にする、そういう意味でいくと、個人管理が
できていれば何でもいいのかもしれないと。

健康。
ほとんど病気なし。風邪を引いたくらいかもしれない。

テーマとしては、今年は何か掲げた気がしない。
目標を立てないことで、どうなるかとかそんな実験の年。
で、結果としては、そんなに変わらないというか、出来ないことをいってもしんどいだけ、
そんな気分を確認できた。
もちろん、何も考えずに、ぼけーとやってたら何も動かないし、何も起きないし、
ということもいえる。 

とはいえ、目標を高く掲げすぎてしまうことで、それに対するギャップで
自分が動けなくなるほうがいやだなあと。

だから、動くのは当然、簡単なコミットメント、目標を設定するのも当然。
それらを高らかに言わない。1年の目標としないってのがいいなあと思った年でした。

でも、2011年は働き方とか、今住んでる名古屋以外の土地で仕事をどんどん
作っていって、住んだり遊んだりしたいなと。これは試みで、どこまで出来るか分かりませんが、
もっと仕掛けていくと面白いなあと。
うまくできたら、とても嬉しい。でも、上手くいかなくても、何がダメかを考えて、
直して再トライかなーとそんなことを思ったりしている。

もっと見直していこうかなと。
 

情報のシャワーを浴びて

とはいえ、考えてないわけではない。
考えている。そして、足を使っている。

アウトプットも上等。
そして、熱も当然。想いもばっちり。
あとは仕組み。さらに、人。アイデアももっと欲しい。

自分という人間が回るのは、
おそらく人のエネルギーだ。
そこにレバレッジをかけていくことで、
さらにパワフルにどんどんいけると思った。

で、情報やネタ、人の話はどんどん、面白いし、
展開できていけるし、楽しいことが多い。
たくさんの人にあえば、それはすなわち成功である。
とは思わないが、考え方やニーズとか色々みないと
まずはダメだろう。

悲しいこともないが、ある友人は、
問いを1年くらい続けているだろう、少なくともだ、
多分2年くらいはあるかもしれない。
だけど、答えは見いだせないだろう。見いだせるような、
動きをしてないし、完全にパワー不足だろう。

パワーなんてものは、つけようとか、確保しようとか、
貯めていこうとか、そういうことよりも、実は、
たくさん動いて、汗をかいた、疲れた!ってなって、
次やったら、あ、俺体力ついたよね、みたいな。
そういうこと。

おそらく、友人は迷っているし、動けないが、
それは本人が何かを見つけるまでは、何を言っても駄目だろうし、
こちらが何か言うつもりもない。

確実に、濾過されるコアなものが落ちてくる。
しかし、目先の何かに自分が戸惑う自信というか、期待というか
ブレはない。確実に地に足がついていて、むしろ、重いくらいの
オモリがついているけれど、飛ぶときには、思い切って
そのオモリを取ることが出来る。むしろ、電流なり、水なりを
なんとかして、オモリに触れずに重さを変えることができるイメージ。

大きな流れは見逃さない。
しかし、チャンスを掴むスピード、またはチャンスを取る確率は
相当あげていく。
成功をするには、一つ一つの確率をあげていくしかない。

揺るぎない想いみたいなものは、俄然(ここでは、断然の意)強くなりつつある。
完璧。
 

考える

考えること。
自分で死ぬほど考えてみる。
そこから、 出てくるものを見つける。

考えても分からない事は多いけれど、
考えもせずに何か諦めるのってやっぱりなあと。

あと、考えて行動しないって決めるのもいいけど、
分からないからやらなというのもなあ。
やってからまた考えるって選択肢もある。

頼れる武器みたいなものをしっかり持つ。
武器って、ツールというか道具みたいなもの。
話すことが得意ならそれを武器にすればいい。
武器は磨くべし。磨いて磨いてピカピカにして、
いつでも使えるようにしたいものだ。

見つかるとか見つからないとか、
そういうことではなくて、その武器は誰でもあって、
それを磨きたいかどうかみたいなことかも。
簡単に見つからないけどそれが楽しいという感じはある。


モチベーションの力強さは、
ハッピーや楽しいというよりも、
負けたくないとか、悔しいというようなネガティブな感情。
これは強力。でも、個人のそれはばらばら。
見返すなどはパワーになる。

ヒット&ブローというゲームを昔よくやっていた。
これは4桁の数字を決めてそれをあてるもの。
多分このゲームのように、自分に適しているとか、合っているとかって、
そこから出てくるのではないかなーと思ったりする。

それで食べていけるんですか、というのはシビアな問いだが、
フラットに問われるもの。まあ、簡単かどうかというと、簡単ではない。
が、難しく考えすぎていてやらない人より、ましだと思ったりというところ。
あまり皆がやっているようでも困るけど、そうではないところが良い。

遊びを仕事に、仕事を遊びにって考え方は、
特段新しいことではない。単に実践者が少ないように「感じる」だけではないかと。

 

逃げない

何度も逃げたくなることがあった。
実際に逃げたこともあるし、逃げてないこともある。

全部が全部、挑戦である。
かっこいいけれど、それは自分ではないと思うというか、
それはできていない。やはり逃げいていることもあるし、逃げないこともある。

そこから逃げたらダメだよね、みたいなことがあって、
それをきちっとやるというよりも、何とか逃げずに出来たというか。

その成長というか、ことがあって、自分はまた次に踏み出せる。

それでいいのではないかと思う。

今年も、2010年振り返り始めて良い時期。
 

毎日がデジャブ

毎日が冒険というタイトルの本があったけど、
毎日がデジャブというのも面白い。

あるとき、話しているシーンや言っていることが、
客観視している自分がみていて、
それはどっかで見たことがあるね・・・というようなもの。

実際には、これがたまに起きていて、
ああ、これはなんか夢でみたかもしれないなあと思ってしまう。
自分としては、何か強化されるというか、
このシーンを焼き付けておくというか、記憶に残ってしまうというか、
いつかこのようになるのだったというか、願いみたいなものというか、
そういうものになっていく気がする。

デジャブは面白いね。
 

アウトプット


京大の学園祭のコピー。仕分けできない無駄があるってもの。
 
やはり、無駄なものみたいな感じで実は無駄じゃなかったみたいなほうが、
そっちのほうがかっこいい気がする。
どんどん、無駄をやろう。無駄ではないからというような。

もちろん、解釈をすると、
仕分けできない無駄とは、学園祭のことで、
大いに無駄をしようというもの。無駄を仕分けるのが、
ニュースで知られている行政刷新委員会?だったか、
それを共通の知識として、
無駄なものは仕分けられから、学園祭も多分無駄になるんだという
自嘲的なものと、熱い面白さという意味などが
色々な感情が混じっているところでのコピーだと思われる。

一つのコピーも面白いが、
ここから京大の反骨精神というか、
何か反権力的というか、そういったものが伺えるのもの楽しい。
もちろん、学園祭は自治的なものだろうが(笑)


待ち時間を科学する。
待つというのは、イライラしそうな状況だ。
その時間を別のことをして「過ごす」という余裕ができるか。
そこがポイント。待ち時間でなくても、貧乏ゆすりをして
イライラしている人がいるが、そうやってストレスをためても、
何も起きないのが常である。

余裕はそれを壊す資源というか、救出してくれる薬でもあると。

やれないことが出てきて、でもそれをやりたいということがある。
その場合は、それをやればいいのだがやれないなら、
やれるまで小さく細かく切るのがいい。頭で何段階も考えていって・・・
というのは仮説で終わっていて検証ができてないので、無謀なことになる。

たとえば、何かイベントをやりたいという場合。
イベントでも、何か他にないようなものという場合。
で、それは何?というところで、 自分が考えるものをやってみる。
紙に書いてみる。そこから見えてくるものがある。
それをやらないで、何かやろうとしている場合がよくある。
目の前のことに忙殺されるのは本意ではないにしても、
目の前のことをしっかりできないときに、何か遠くのものができることはまずない。
あったら、偶然というだけ。むしろ、偶然に翻弄されるほうが不幸だろう。
 
小さく細かくしていけないというなら、それが固まりではないこともある。
固まりはないかもしれない。が固まりがどんと見つかるよりも、
いくつもみていって、実は人が固まりといってないけど、固まりなんだと思う。
みたいなことのほうが、あなたにとっては重要なこと。


人生とは、お金に縛られる生き方ではない。
お金がないからといって、人生をそのように生きるのも何か違うだろう。
現実的にお金がないからというのは、分かるが、発想は常にできるし、
環境に対する順応よりも、精神が研ぎ澄まされてより、よいものになることもある。
また、お金に苦労をしていない人にその苦労は分からない。
これはポジティブな考え方といっていいが、別に特殊なものの見方ではない。
お金を手段とし、労働も手段で、人とつながって楽しむという生き方がもしあるならば、
いろいろな考えがある中でどう生きるか、は常に面白く、考えていきたいテーマでもある。

知ることもそうだ。知ることで何ができるかとか、知ると面白そうとか、
直観的に何が呼んでいるとかでもいい。知ることで人生が豊かになるなら、
どんどんやったほうがいいと思う。行動するも同様にいえそう。

 

時間を作る

もっぱら独り言の場となっているが・・・それはそれで正しい。
いや、それが正しい。

整理する時間がない。
実は掃除をするという機会が激減しているが、
人を呼べば、整理を始めるというトリガーなるのではないかと
思って、そのようにして、今度鍋をやる。
正確にはリビングは一定の秩序は維持されるが、
自分の部屋は無秩序だ。とくに人も入らないからだが。

それはともかく、今週は濃い日が続いているのもあり、
タスク整理以上に、タスクに終われる感覚も多い。

まあ、そうはいうものの、
現実的な着地点はかなりクリアだ。

例えば言葉にすれば、
「スキルをアウトプットして人に伝えること」
「確実に仕組化のために、信頼を構築すること」

くらいかもしれないね。
 

違和感

違和感を感じる時、大体感じた瞬間に、違和なのだから、既に違っていると
脳が思ってしまっている。

だから、違和感を感じた。違和感を覚えた。
とか、その瞬間にそれはうまくいかなくなることが多い。
感情的かもしれない。だが、相手によってはその強固な違和感を
簡単に崩せないと知ることが多い。

20代も、もうすぐ来月で29歳を迎える。
自分がここのブログ(旧ブログ)だが、かかげたものは、
2010年は起業X年目という文字。事実その通りになっているが、
シミュレーションとして、大体なるようになっている。
それは成功している部分といっていいし、目標を掲げても
その通りにならない人もいるから、良いのではないか。

しかし、その内実は、まだまだである。
まだまだとは、起業をしたから、ハイこれで頑張っちゃいます、とは
言えないものがある。仕事の獲得は、個人と法人では信用が別だろうと
思っていて、ここらへんの構築にはまだ時間がかかる。
現時点では、まだまだ、個人の信頼も少ない上に、法人はもっと
信頼がない。しかし、戦略として、個人の動きでもいいと思っていて、
法人はあくまで手段で、入口が個人でも法人でも、ととれる考え方をとっている。

例えば、個人的なつながりでは、友人や知り合いかもしれないし、
ビジネスというところでは、法人を全面に出すなど。
所詮比べるべきは、企業の大きなところでマンパワーを使ってやる
ビジネスではないので、そこらへんは既に期待されるところではない。
マンパワーが欲しければ他に当たってくれと、そういうわけ。

仕組みとしては、営業はしていけないと思っている。
が、とはいえ何もしなければ終わりなので、
信頼ができ、そこから仕事が発生するような仕組み。
これが出来れば、営業コストなしで、仕事が得られるので、
そこから回していくことができる。ほぼ最強のモデル。
このモデル、結構やっている人は多い。参考になる。

使っている脳やらやることの幅が、増えてきて、
自分としては理想というか、とても楽しい。
そして、何度も何度もトライしていく。それは辛いとか、苦しいとか、
あ、でも、たまには休んで、さらに再トライする。
成功の反対は、失敗ではないらしい。
あきらめってことらしい。
なるほどなと思う。エジソンもそんな感じだったのではないかなと思う。

 
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