ReadMasterの軌跡

面白いことを仕掛ける。仕事を作る。ビジネスを作る。そんな日々から出てくるアウトプット蓄積場。

2010年10月

貧乏の仕方

今、お金がないからといってお金に飛びつくようでは
器が知れている。もちろん、生活のためにお金は必要だ。

1億円あげるから・・・というところで、
1億円が自由に使える、そしてかつもらえることは、
まずないだろう。
制約がある。例えば、事業に使えだの。そういう意図があるとき、
あなたはどこまで、そのお金を使いたい、と思うだろうか。難しいところだ。

貧乏はお金でしてもいいが、それは意味がある貧乏でないと、
単純にお金が無い=不自由=なんか寂しい=お金欲しい、となってしまう。
お金で何でもできると思っている人ほど、心の貧乏かもしれない。


 

働きかた Now On Sale

タイトルに他意はない。というか、でたらめ。

働き方が決まっていてこうであって、こうであるみたいな、
それってやっぱ面白くなくね?みたいなノリで生きていたんだけど、
やはり、というか、直感的にやっぱりそれでOKみたいだ。

なんていうか、自分が間違っているのか(正解があるとかじゃなくて、
人と共通確認が取れないってのは結構不安ですよね?)
というところもあったけど、やっぱ俺はこれでいくと決めた。
そうじゃないと、自分の人生がつまんないから。

正解って言葉を色々な考えやら思考に適用しちゃっただけで、
正解って、解があるものに対しての正しさだから、
解がないものに対しては使えない。から、使用方法だけの問題かも。

自分の働き方をうまく人に説明して、色々できたらいいなあと思っている。
それはまだ少し先になりそうだ。
 

チャンスを掴める人

簡単にいえば、チャンスを掴もうとしている人が、それ。

結局、うだうだいってないで、有限、行動、形などを
どれだけ、「人が見ない」間に、お天道様が見てないときに
やっているかだけなんだろうと。

あくどさや、非社会的なことについて目を向けるのもいいけど、
実際は、周りに目を向けても、パスができなければ、
ただ見ている傍観者と変わらない。

それがいやなら、実力をつけるというところで、完。
 

整理、メンテナンスなど

完全な日記?を別に書いているので
アウトプットメモみたいになっていきそうですが、
感じたことは書ける場所があるのでいいですね。

最近はマクドナルドが完全に作業場とかしていて、
電源フル充電で頑張ってます。
なくなったら終わり。
でも、まあフルでいることはほとんどないですが。

次に読書。
こいつもじわじわ時間を割いてやってます。
やればできるというか、良い感じでインプットが。

そして、タスクや行動の完了具合。
こいつも色々できてきていいなあと思っています。

うまく回り始めると、
他も回り始める。これがたまらなくいいんだよなーとか
思っています。

 

多分、重要な気づき

大勢の人、いや一般的に、または普通の人は、
というのは、重要なキーワードだ。

それらの人が動いて、はじめてヒット、ブーム、インパクトになるのだから。
簡単ではない。とはいえ、不可能ではない。
それが生ぬるいわけではなく、
単に、これは!と思う人を探して、そこで確実に形を作っていく。
それだけはまずマストでやっていって、
そこから見えるものをつくっていけばいい。

順番が必ずしも、逆ではない。
そこを意識したいと思っている。
 

集中力という熱量。いや、逆か。

10人が、集中をして、60分何か行うとき、
その時の熱量は相当のものになる。

一人が集中して60分もいいが、
大勢が集中した熱量は、大きなうねりをもたらす。
空気、雰囲気、波、なんでも表現はいいが、それが
ものすごい熱量ってことだけまず言える。

当然ながら、一人一人が集中していないとダメなわけで、
それが、個人の総和以上のものを生み出すのではないかと思っている。

迷路というのは、迷うものだけど、
一度解いて、次もチャレンジすることで、
また迷路というのを楽しめるかもしれない。


無縁社会というものに対して、
恐ろしいわけだけど、それに対する対抗手段。
それが、つながりであり、コミュニティ生成であり、
そのメソッドとして確実に、ツールだったり、やり方があるにも関わらず、
それをやらないのは、惜しい。
が、実は人ってそんなもんだ。分かっていても出来ない人は多い。
分かりきっていてもつまらないという矛盾した存在でもある。 

哲学

色々な哲学がある。 水道哲学ではないが、 水は哲学的である。 
思いを乗せるものは、 シンプルなほうがいい。

弱さには強さがある。
きっと、強いと思っているところは弱く、
弱いと思っているところが、強いのではないだろうか。

タスクの漏れに関しては、
管理を徹底するというより、
最低限押さえておきたい土台、
そこのイメージをしていくのが良い。
多分、全部やろうとすると、全部できないということになる。
取捨選択が大事になってくる。
あげたものをきちんとメンテナンスしていくことがポイントとなってくる。



進撃

不慣れなことも慣れてくるとなんともなくなる。

新しい試みをどんどん仕掛けていって、
そして何が残るか、何が学べるか、何がそこにあるか。
それをみていきたい。

自分が変わりたいというよりも、
変わっていたらいいかもと思い、
環境のせいにする人は多い。やれ人だ、やれ社会だ・・・。
でも、自ら環境を変えて、常に接している全体を変えていく、
居心地のよいものを吹き飛ばして動く人は
多分少ないのだろう。温かい布団を蹴飛ばして、
寒さの中に突入するには、やはり非自然的な印象すらある。

が、それをせねば、何かしらの目標とは達成できないし、
達成する気がないなら、温かい布団で寝ているだけだ。
厳しさではなく、単にそうなのである。というとき、
どう動けるか。

自らが行ってこうやったんだと、なかなか言い切れる人は
少ない。結果が見えて、人から認知されて、そしてまだやっているという
継続性がそこにはスルーされるが、実はそうしてきたんだよ、
というものがあとから、これは大事だが、常に人は事後でしか
見ることができない。しかし本人は事前に何パターンも予測していることになる。
それは、面白い現象。 

思考

垂直と水平。
タスクを並べていくと、自分だけでやっていても足りないものがある。
まだまだ節約して、つまり自分が動いて費用を出さないようにしているが、
そういった考えも捨てる時が来るだろう。
というか、捨てないと、いつまでたってもステージは上がらない。
ステージを上がること、すなわち善とかそういうことではない。
単純にそうしたいからであり、影響力とインパクトを重視するので、
そっちを尖らせる必要がある。平均化は不要。
例えば、こういったサービスはないんですか?
というニーズは聞くが、それに全て答える必要はない。
それは、別でやって下さい。またはやって欲しい。という回答が現在正しい。
やり方として、色々な方法があるが、
結果的に、つまり意図するしないに関わらずそうなってしまうことはよくある。
それは不思議で、かつ科学的に説明しづらいが、それに導かれる、例えば
北極星的な、磁場的な何かが働いているかもしれない。
だからこそ、結果的に、そうなっていること、そうなってしまったことを
大きく意識するかどうかに関わらず、受け入れる。
受け入れていくことで次が見える。
そんな気分がある。要は大胆にかつ慎重にみたいな心境。
垂直に掘る人間は多いが、というよりも、
意識しないと横にいくよりも、人間は縦に掘る人間ではないかと
思ったりしていて、例えば、哲学を勉強する人が、先人のことを知ろうとするのは
当たり前だが、そうではない現代社会という横を見る軸、最近のニュースに対して
フックをかけるのはなんだか「意識」とか「練習」とか、トレーニング的なものを
しないと出来ないような気がする。あくまでも直観。
自然に落下するように、重力のように、人は縦にほる、興味を磨くならば、
横にという動きは、重力に反する。だから、辛いのかもしれない。
心地良いことをやっていれば、実はそれはそれでいいのだと思う。
でも、ぬるま湯に浸かってしまったら、そこから脱出するのはなかなか難しい。
自分はぬるま湯につかるならば、水風呂に入るか、熱い風呂に入り、
自分の状態をチェックしたいと思っている。
分かりづらいかもしれないが、自分の状態を知りたいと思っている。
世の中は広い。
知らない考え、面白い、刺激的な本、人、アイデア、もの、サービス、
知恵、知識、情報、おいしい食べ物、理解できなさそうなものからありとあらゆるものがあって、
全ては多分味わえない。というか、出会えない。
限られた人生だからこそ、何にリソースを割いて、
何をして、どう生きたいかってことを考えることはなんどもしていて、
そして今もしているのだけど、
やはり、どこか自分が得意だったり、好きだったりということを、
うまいところ、社会に適応していけるようなそういう人生を
歩んでいこうと心に決めたことがある。
それはうまくいえないけど、かっこよくいえば決意だし、
かっこわるくいえば、自分を鼓舞する自分がんばれコールだろう。
結果的に、自分の満足を目指すよりも、やはり多くの人に満足とか、
幸せとか、いわゆるベネフィット的なものを提供すること。
それが自分の使命というと気張ってみえるが、使命といわずに、
まあ、やってみたいことといったら、うまいところ着地するだろうと思う。
くすぶっているという、いわゆるうまく着火、点火してないときは、
やはりうまくいかない感が強くて、ある程度の実績があっても、
なかなか満足度が低いのではないかと思う。
それは単なる主観、いや考え、見方であって、
ある人からみれば羨ましいと思えるのかもしれない。
他人の芝は青く見えるということだろう。
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