ReadMasterの軌跡

面白いことを仕掛ける。仕事を作る。ビジネスを作る。そんな日々から出てくるアウトプット蓄積場。

2010年09月

逆をやる

その逆をいけば分かるさーではないけれど、
逆をやるって大事だ。

例えば、AだからBっていうときに、BだからAとか疑ってみる。
意外にできるかもしれないし、そもそもAだからBって考えていることが
まずいことに気づくかもしれない。

逆の効用みたいなものがあると思ったり。

書く自分と話す自分は全く違う人かもしれないと一瞬思った。
それはつまり、結果的にいえば、何かしらの表現活動的な、
文章であり、言葉であり、といったものから、写真、デザイン、絵・・・というところで、
なんでもいいのだけど、そういう表現する自分とそうではない時の自分の差が
非常に面白いなあとなんだか、今更感がありながらの、自分発見。

どちらにせよ、ゆっくり思考しているわけではないのだけど、
とはいえ、急いでいるわけではない、書きながら、または書くことで
自分の思考が、いや、自分がであり、思考がであり、というべきか、
が整理されていくのは大変好きなところ。

 

色みたいなもの

欠落、または不足、欠如というような感覚のものが
何かしら性質においてあるならば、
それはコンプレックスとかそういうことを言ったりするかもしれない。

ただ、コンプレックスとするかどうかは、
自分の中の立ち位置というか、向き合い方でしかないような気がする。
向きあっていくのは大変かもしれないが、
とはいえ、色々な可能性をそこから見いだせる気がした。

簡単に分かりやすく言うと、
欠落したものを補うというよりも、それがあることで、
出来ることを確認していこう。そういう考え方。

 

ここにいる

自身がいることを声高に、声を大きくして主張しなければというのは
結構プレッシャーかもしれない。
自分が知らないのに知られているというのは、よく考えれば不思議で、
気持ち悪さもあるかもしれない。道端で知らない人に知っているよっていうやつだ。

自身の存在を多くの人は知らない。
何かしら「社会的」に貢献をしないとそれができない。というか、それをしたいのだけど、
まだまだ道は遠い。とはいえ、揺ぎ無い伝えるメッセージの熱量は
すでに準備ができている。

本気を出すタイミング。
どこか。難しいものだ。ここで出して失敗したら・・?
なんて考える人も多そう。とはいえ、出さないと常に満たされないなんだ、この60%感は。
思い切り出来るって環境を作成したほうがいい。そうでないと緩んでしまう。
張りすぎてすぐに切れちゃうってこともあるけど。

毎日がチャレンジで、キャパを増やそうと色々やっている。
色々やる中でみえてくるものがある。可能性は無限大。

ある受験生たちが、毎日渡る陸橋がある。
陸橋というより、歩道橋といったほうがいいか。
そこに夢みたいなものがあるかはわからないが、勝つという闘争本能は伺える。
でも、その後には、ホームレスという社会的に居場所を失ったと思われる人が、
同じように横断をしていた。

現実はどちらか。見えているものだけではない。
見ている物は見る必要がある。みたくないものは見なくてもいいが、
現実を解釈する上で鈍ってくる必要性がある。

 

眠る

適度に眠る。

経済的なものを追求するのはいいが、時代がそうではないかも。
そこに気づいた人が何をするかは興味がある。

簡単に結論を出さない。うんうん悩む。悩みを保持する力。
自信がない中でやることに意味がある。なるほど。

つながりの意味が変わってきているのではないか。
例えば、つながり=紹介っていう単なるリンクではなくて、
今、つながるというところでは全く意味が異なるかもしれないということ。

それは、所属として生き長らえるということでもあり、
人を知っているので幅が広がるということでもあり、不安を共有できる、
希望を共有できる、所有物を共有できる、一緒に出来る人もいる、
または自分でもできるというのもある。

人は単純につながりたがっているのと同時に、
実は一人にもなりたいというのであり、
人は当然、社会的な動物であり、集団とか社会とかそういうところを
気にしていて、無縁であることはないというか、いられない。

子どもの本質は変わらなくて、大人の環境が変わっているという視点はなるほど。
大人によって子どもは育てられるので、全くそのとおりだけど。

創造性を作り出すには、想像力が欲しいということはある。
守るのは最低限でいい。後は旅をさせればいい。

 

アウトプットは続く

インプットシステムが出来てくると、アウトプットが追いつかない、
とかいってられない。

必死さが足りないのは、
ハングリー精神みたいなもので、そういうのはやはり今はない。
環境がそうしている。環境によって人は変わる。
環境のせいにしなくてもいいが、環境というのは大きいという自覚は必要だ。

悩む時間さえなければ、悩まずに生きられる可能性があるが、
悩むことの保留だとしたら、一気に時間が余ったときに、
何をしていいのか分からなくなってしまう。

しんがり的なもので、撤退はすごくしんどいものがある。

目標を創ることはいいと思う。が、しかし、それによって、
目標を達成しないとダメになってしまうというのも何かおかしい。
非効率性がなぜか悪となってしまうようなことか。

幕の内的なもの、色々あるから面白い。一方だけではダメかもしれない。

人は遊ぶために生まれてきた。かもしれない。

不便なこと、快適でないこと。
それらをつくることで、コミュニケーションが生まれて、また人が関わる機会が
増えてくる。

正解がないことが実は、考えることであり、知ることであり、好奇心であるということに
つながっていくといえる。

社会の中で、棲むとか、働くというものに対する考え方が大きく変わっていく。
その中で、我々が何を示していけるか。それはすごく面白くてワクワクしてくる。


 

とりあえずアウトプット

まとめてアウトプット
とりあえず、書き連ねんとす。
まず、土台とかプラットフォームの提供ってのはやりたい。
それはカタリベカフェがかなり近い。いわゆる素材の提供みたいな。
カーリルのAPI提供っていうのもそれ。
つまり、何か完成されたものを提供するのではなく、
作れるもの、それを利用してさらに作れるものを提供する。
システムも作れる。企画も作れる。造れるプロデューサーになる。
かっこいいかもしれん。やはり1つでは弱い。
昔、文章とか、プログラミングとか色々書いたかもしれない。
横断検索ってものが、普通の「検索」を図書館にするって考えにならないのは、
やはり、図書館ってものを全体検索する発想がなかったといっていいだろう。
思っても、それをする技術がなければ出来ない。それはある種仕方がないが、
とはいえ、結果からみると、発想体として、外からのものが必要となる。
外からぶっこめば常に良いわけではないのだけど。
作ってから、つまりプロトタイプがあっての話をするのが
素晴らしい。これを出来る人は少ない。レベルが違う。
天才というよりも、そのスピードさが素晴らしい。
働き方も会社代表が会社に所属するみたいなものが、
そういう感覚が今後もっと増えてくるし、昔もそういう人はいたのだろうけど、
今ほど、感覚が一般的になっていなかっただろう。今後は増えると思われるし、
そういうやり方もあることを提案していく。
会社をいくつもやっていいわけだし。
図書館の中で、図書館を使って、図書館でってことはほとんど何もできない。
引き算。図書館の中でって別に図書館の中に来る人はターゲットではないような。
図書館を使うって、使わない方法のところに提示したほうがいいような。
図書館で、っていうけれども、色々ある中で、クラブに行くのと図書館に行くのは、
並列した選択肢になるか。価値観が違うからどうではなく、どうしたら
興味を持ってもらえるか。ビジネス立ち上げるのと同じ。
低コストで回す。お金をかけない。メンテコストも最小限。
つくり続けていく。みたいな姿勢。すげー刺激になる。
罪ほろぼし的にそれをやるというのは強い。
強すぎるといっていい。自分ができなかったことをやってほしいという
人に対する期待、たとえば親ができなかったことを子に期待するなどは、
相当強い力を生み出す。
大人が色々やっていて、そして楽しんでいる姿をみると、
子どもは将来はそうなれるし、そうなりたいと希望するだろう。
小学生の時代にやっていた影響力ってのは相当強いものだ。
とどのつまり、大人が楽しむみたいなことを真剣にやらないと、真剣に遊ぶみたいなことで、
みせていく必要はある。
弱さをさらけだすことで、さらに強くなる。
強くなると、さらに弱くなれるし、強くもなれる。両方に幅が広がる。
それは大きな強みになる。
発酵菌のような、土台。または菌的存在というのが大きくなってくるのではないかと。
負けたくないポイントを設定して、そこに照準をあわせて、自分を鼓舞する。
なんていい方法だと思う。
仮想、バーチャル、イケイケドンドンをつくって、突き進む。
ノスタルジー、思い出、そこから未来がみえてくる。
モノやお金で、利便性が重視されることで、手段となっていった。
そこで失われたものは大きいのか小さいのか。人は過ちを繰り返すものだ。悲しいけれど。
メロウな、つまりゆっくりとした生き方というのも、
時間がとまっていて良いと思う。逆もまた刺激的で楽しいということはある。
どちらも大事だからこそ、色々感じられる。
絶望を希望にするってのは面白い。
人は年をとっても働きたいし、人の役に立ちたいし、関わりたい。
人は人と関わっていきていく、そういう本能がある。
スーパーフラットを目指す。
人に対して、フラットに接する。

限界突破

睡眠は無理だが、でも、今追い込む必要があれば、
労働1日8時間とかそんなのは意味なく、4時間睡眠でフルでがんがれ。
多分本当にやりたいならやれる。

が、それでは体がきついので、きっと反動がくる。
その時はきちっと休む。18時間寝ててもいい。そんだけやれれば。

そういった緩急の付け方、緩急を管理する。
それがあって、はじめて、自分は成長したといえると思っている。

限界は自分が設定するものだ。ノミのガラス天井になってはいけない。
自分は出来ると思うこと。それを信じることが大事。
 

茨の道は?

茨の道になれど、そこは痛いけれど、
進む先がみたい。この先がみたい。

それが実は好奇心であれ、何か分からない探究心みたいなものかもしれない。
その先、見えないけども、そこを見てみたい。

そうして自分がその居間見えない向こうにたった時、
また違うものが見えるのだと思う。

楽しさが自分を動かす。エンジンが常に動け動けといっている。
楽しい日々がいつも始まっている。
 
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