ReadMasterの軌跡

面白いことを仕掛ける。仕事を作る。ビジネスを作る。そんな日々から出てくるアウトプット蓄積場。

2010年07月

自分で決めたこと

自分で決めたことだから、という言葉を
自分自身に使って、自分を追い込む瞬間は、
ほとんどの場合、客観的にみて寂しそうなものである。
が、それが事実とは関係がない。

自分で決めたことと人に決められたこと、
同じことをやるのでも、入口が違うだけで、
心理的印象と次の展開が全く異なる。

対等であること、平等であることは全く違う。

代表しているもの、その意見は誰の総括なのか。
そういう視点は大事で、そのヒトの属性をメタ化するといっていい。

 

素晴らしき世界

自分の関わったものが成功する、
自分の言ったことが役に立ってもらえる、
そんな感じで色々有り難いといってもらえるととても嬉しいもの。

では、そういう嬉しさだけで生きていけるかというと、
実はそうではない。そう、お金(笑)
お金も嬉しさもいる。贅沢かもしれないが、実は、
贅沢というよりも、そういう感覚をもってそうしていこうという人が
いないところには、そういうものは生まれない。ニーズの開拓みたいな。

エレベーターに入ろうとしている人間を無視するとは。
荷物運びでも色々出てくるもんだなー。同業者意識してたら
舐められたもんだ。なんか「愛」が足りないなあと。可愛そ。
不覚にも絶対不幸になれーと呪ってしまったわ。 
こういう小さすぎる感じでものごとを進めちゃう、おじさんたちが
確実にいるのは確か。リスペクトなんて言葉は辞書にないだろう。
が、なくてもどうでもいいわ(笑)

社会とは何か?
風ではないか。それは風を感じる時に、何かしら社会を感じる。
風はダイレクトであり、また自然であり、常に変わり、そして、
周りの状況によって変わるから。

てっぺん。登頂。
のぼりを攻めれば、必ず上がある。
てっぺんを目指すというのも悪くない。
というか、目指そうよ(笑)

別に克己心とかそういうことでなく、耐えればOKというのでもなく、
ここは我慢の時期というところで、OK。
言いたい人には言わせておけばいいのだ。
自主的にも自発的にも、能動的にも、
色々な理由が必要なのかもしれない。
理由を作ればいいのであって、強制をすることをしなければいいのではないかと。
理由ってあるものでなく、創るものだ。

 

それは違うと思っても。

自分が違うと思って、人はそれが正しいという。
その場合は、どうすべきか。なかなか難しい。

無理強いをすることで、何か不和になって困る。
が、といって、そのままでは、良い関係にならないだろうというのも困る。
結局そこらへんで、がつんといくかどうか、性格か、分かれそうだ。

人に会うことについて。
人に会うから何か出来るわけではない。というのは、
本と一緒で、本を読めば何かよくなるかみたいなものはない。
何をしたくて、その本を読んでいるか。小さな細かい、直近のやること、ではなくてもよくて、
将来、遠くにあるというイメージでいい。

人にあっても、それをやるにはどうすればいいか。どのようにすればできるか。
を考えてないと、出来ないというか、大きな形にならない。

これは、名刺を一杯持っているから=名刺の数、を自慢する人はさすがに
最近はほとんどみないが、それを比喩的にいっているのと一緒のこと。
つまり、人に会ってるから、何だ?というのがある。
そういうのは、言わなければいいという類の話かもしれない。

自分の見せ方もあるが、自分がどう思っているかは、意外に隠されていて、
それって敏感に人は分かるものだ。天邪鬼的ならそれはそれで分かるし。

コストや色々なこと。障害、壁、そして制約。
色々あるけれど、出来る出来ないよりも、どうしたらやれるだろうか、
という質問を常に思い浮かべてやる前提で話したほうが
面白いことになりそう。というか、なる。が、こういうのって
意外に誰も教えてくれないし、自分が気づくしかない類かもしれない。

違和感を大事にする。
例えば、これは面白そうだけど、一個足りないなーみたいなところ。
一つ直近で考えると、やっぱ面白いだけで終わっているという感じがある。
色々な事情はどうあれ、そこにあるのが全て。
ならば、客からみてどうなのか。など考えていく必要がある。
企画側なら、その視点も考慮できるので、今後どうなるかは見物である。

時間がかかることに対して、
何も準備しないほうが悪いとはいわないが、
そもそも勿体ないと思うなら、何か本を持ってくるとか、やることを考えればいい。
その制約の中で考えられないなら、何をやってもダメ。

模索は一方方向?

これをやっているという印象がなかったようだ。
が、それは正しい印象だが、それによって「この人に頼む」というのがないのでは
ちょっと困ったことになる。

がだ、そんなこといっていては仕方がない。
丁寧に確実に出会いを大事にしていくだけであって、
あまり焦りはない。10人いて1人ウマがあえば儲け物であるというスタイル。
どこで何があるかは分からないわけで。

そういったことでいえば、信頼が出来ていない段階で、
または相手を知らない段階ではやはり提案はかすりもしない。
つまり、共通部分がほとんどないからこそ、提案を調理する方法もわからないが、
それらが下手だと結構その場で終わっていきそうだ。

ここは難しい話になるが、感覚的で主観的だが、
自分の器が大きくならないと、会社とか関わる人もレベルアップしないだろうなと。
そこに気づいた人は、色々やり方を変えるだろう。
もしかして、人間関係も色々変わっていくのかもね、ということを思ったりする。

相手に合わせる必要はないが、といって相手を無視する必要性はない。
無視する自然性はあってもだ(笑)
新しいものを受け入れられない、自分が理解できないものを批判的に
捉えるのはまず基本かもしれないが、それと相手を理解できないのと、
理解しないのと、認知を変えるのは別問題だろうと思っている。

謙虚にそういう印象を与えたことだけは確実に認識しておくが、
それは大きな流れではない。むしろ、好印象。こいつは何かやる。
そういうものを与えているから、ビビる人は多いのかもしれない。

 

イーモバイル解約メモ

イーモバイルを解約する人のために参考になればということで、メモです。

こちらのブログも参考になりました。ありがとうです。
http://remeteor.net/2009/12/post-636.html

さて、僕の場合は、2008年7月~2010年7月の2年契約でした。
新にねんという契約ですが、イーモバイルだけではないでしょうが、
サービス名称が変わっていたりするのが紛らわしいですね。

イーモバイルの公式サイトの質問集などには、
解約についてはほとんど記述は見当たりませんでした。
サポートに電話すると、解約金=違約金の説明ばかりなので、
情報はほとんどないと考えていいでしょう。見過ごしていたらすいません。

まず、2年契約については、
僕の場合で、2010年7月に解約をしても1000円取られます。
ユーザー的にはなんで?と思うのですが、ちょっとヤラシイ感じですね。

ちなみに、翌月の8月になると、解約金は0円になります。
が、9月になると、年割?という別のサービスが適用されるそうです。
(イメージは2年契約を過ぎたら自動更新。だけど、違うサービスになるって感じです)
9月以降での解約は、3150円か3500円程度取られます。確認しました。

というわけで、非常にやりづらい解約金システムなのですね。

ちなみに、解約をした理由は、光回線にしたので、
光は1ヶ月くらいかかると思ってたら、ほぼ10日もかからずできてしまいました。
ですので、すぐに解約をすることにして、1000円の違約金と日割りで覚悟しました。

公式にも書いてあると思いますが、
解約手続きは、イーモバイルに解約書類が届いた日となるようです。
ですので、3日くらいは余裕をもったほうがいいということです。
(月末解約なら、月末に送っていては遅いというころですね)
ちなみに、解約書類が向こうに届いても、確認ができた時点なので、
書類の不備などあればまた話は変わります。
ここらへんは、イーモバイル側にアドバンテージがある印象です。
最後くらいは気持よくできないかというところで、一考の余地はありそうですね。サービスとして。

解約書類は1枚の紙に書くだけです。
僕の場合は、D02HW(http://emobile.jp/products/hw/d02hw/)だったと思いますが、端末の電話番号などが必要なので、
端末カード?などなくしてしまった人はアプリで確認する必要がありそうです。
シムチップにハサミをいれてテープでとめて書類に貼り付ける必要もあります。

端末自体はすでに古いですが、 オークションで見ると(2010年7月20日現在)、
平均1000円程度ですね。
http://aucfan.com/search1/smix-qd02hw-tl30d-ot1.html
これだけでは動かないのと、古いのではこれくらいでしょうか。
あえてこれを買う人はいないかなと思いつつ。

以上が、イーモバイル解約メモとなります。
使えるなーと思ったら、幸いです。

ちなみに、僕は定額制だったので日割りですっきりですが、
データ課金制の人は日割りが適用されないこともあったかもなので、
そこらへんは注意してください。間違いかもしれないので。


 

前提を作ること

状況を作るということに似ているが、
違いは、状況は作為的であったり、その対応者が状況変化を感じられないなら
ほとんど意味がないこと。

前提とは、共有するものであり、お互いの無意識レベルに
落としこむ作業といっていい。共有を作るとはあまりいわないので、
そこらへんを分かりやすくして前提を作るといっている。

前提を作ることができれば、また共有することができれば、
非常に回転率は上がっていくだろうし、楽しいものになるだろうと
思ったりしている。

省略に込められたものをお互いが分かるか。
何が一番困っているか、または得意か。
相手をしるというよりも、信頼関係が先にあるのではないか。
そんなことを思ったりしている。

 

勇気づけは簡単か?

答えはそんなわけがない。

簡単そうにみえるものが一番難し。というわけで。
 

プロデュース入門

これは相当勉強になる。

著者の最も言いたいことは、
コンセプトというコアを固めてあとは大船に乗ったつもりでいけ、
ということではないかと思う。

もちろん、プロに任せること、ソフトなプロジェクト(建設などのハードではない)は
色々波があるので、判断は難しいが、そういったところを
丁寧に対応していくことで、必ずコアのところに戻ったりするときに、
コンセプトに戻れるかだ。

失敗はそのコアの固まり具合によっていけるかどうかで決まってくる。

良書。また読み直したい。

プロデュース入門―オリジナリティが壁を破るプロデュース入門―オリジナリティが壁を破る
著者:平野 暁臣
販売元:イーストプレス
発売日:2009-12
クチコミを見る
 

世界をよくする100の方法

ぱらぱらと読むのが良いかも。

社会貢献って言葉をどこまで疑いながらも、
どこまで納得して動けるかがポイントかもしれんですね。

世界をよくする簡単な100の方法 社会貢献ガイドブック世界をよくする簡単な100の方法 社会貢献ガイドブック
著者:斎藤 槙
販売元:講談社
発売日:2008-04-19
おすすめ度:4.0
クチコミを見る
 

冷静な思考が突き刺さる

現在地はどこだ?
目標と野望、希望や夢は?
なぜそれをした?

そういったことをどうでもいいやーといって
スルーしておいて、さて考える。

僕は何をやっているのだろうか。
自分自身の力のなさにイラツキすら覚えるが、
しかし、だからといってあんぐりと口を開けているのも
なんだかなと思っている。葛藤180度みたいなところか。

強引でも色々な切り口、入口を広げる努力みたいなことを
地味でもいいしやっていかないとダメみたいだ。
というか、そういうことをせずして何かうまいところやろうとしてる人もいるが、
楽するポイントを間違っている気がする。
もちろん、そういう人とは何かやることはないけれど。


具体化できる能力の差異は、経験値にあるが、それは大きくはそうであって、
全てではない。見聞きしたものしかイメージできないという理由で、
想像をいきなりできることはない。
が、経験に頼る創造は創造ではないともいえるわけで、
つまり、具体化が経験のなさでできないのは、創造を拒否する理由にはならない
ということになるが、これは伝わるのだろうか。

とかげのしっぽ切りみたいなリスクヘッジというか、
色々やっていって、色々失敗しても、色々成功する点があるから、
結構さくさくいっていいんじゃないかと思ったり。

仕事化する技術みたいなものって、
見えないからこそ、営業とかじゃなくて、色々知りたい人はいるだろうって
それは分かるなあ。自分も知りたいものだし。どういうレベルであれ。
だからこそ、きちっと形にしていけるように動いていく。

働き方みたいなことを考えるのが仕事になることはないだろう。
でも、それに関して色々試して考えて、その結果を伝えることができる。
そして、そのように生きている人、つまり自分なのだが、
それを伝えることで何か影響を与えることができる、かもしれないということに
気づいた。ということは?
もっとやらなきゃいけないし、やりたいのだ。待っている人がいるとはいえないが、
待っている人がいるのかもしれないなと。
 
仕事の作り方みたいなイメージで、
その仕事の小ささというか、大きさ?は何でもいいのだろうと思っている。
それをどう取ってくるか、どう作るか。アイデア次第といえば、広義のアイデアで、
アイデアがないといえば狭義のそれになる。
実は、そういったところは丁寧にもっと話したいが、なかなかうまく
説明できない部分が多いからいえないのだ。

霧は晴れるのを待つものいい。動くと危険だし。
でも、晴れている別の土地に行ってもいいのではないかと
思ったりしている。ステージは誰が選ぶか?人生は誰が選ぶか?
自分だろうと。人の人生ではない。僕の人生だ。

コンセプトがあればどうとかでなく、
揺ぎ無い軸。コンセプト。コア。その強さを知る。
それがないと逆に何をやってもできないだろう。本当に何をやってもダメだろう。
逆に、コアがあれば失敗をいくらしても次がさらに磨かれていくだろう。
その重大さ、重さ、強さ。同時に弱さでもある。
 
イメージ、絵が描けている、抽象化された、チャレンジなどという言葉は
麻薬のように甘いかというと、そうではない。
何かというと、それは言葉、いやそもそもそれを目指すのが自分とか、
存在ならば、存在から社会に対して影響を与えられるといっていい。
麻薬とは、依存ということだ。その言葉によって、何もできてないことを
説明する言い訳装置ということではないということだ。
だからこそ、目に見える形にして、人に伝えていきたいと思うのだ。

実力が足りないことを痛感し、
そこから復活というよりも、もっとできるし、
まだ全然できてねーとか思ったところで、やっとゴアゴアしてた
なんかモタっとしたものが消えた。ありがたいところ。ようやく吹っ切っていけるー。
 
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