壁は乗り越えるべきかはおいておいて、
壁はいくつもあるというのがイメージしにくい。
ある課題という壁を乗りこえても、
次の壁があるだろう。壁がないというのは、ちょっと
コンフォートゾーンぽいので次の壁を見つけたいみたいな。
さて、やりたいことを休みの日、正確には
時間が空くと思われて、かつそこにリソースを投下することが
できるというときに、
やるというと、またそこでやっても同じように
やりたいことが出てくるだろう。
この無限の好奇心は、実は人生の有限の中で、
どれか優先順位として、形にしてやっていくしかないと思う。
有限だからこそ、優先であって、時間が空くということが、
有限の証拠だ。キリがないが、好奇心を満たすことで
怒る人はいないだろう・・・きっと。
課題という壁と、好奇心の無限は全く関係がないと
思うかもしれないが、実は密接な関係がある。
それは、壁を壊しても、好奇心がなければ
壁は表れないし、壁がなければ、好奇心が
なにか快適すぎる、居心地がいいところで、
何もできないだろう。要するに、与えられすぎた道具では
何もできない。制約が薄いということだ。壁が制約となってくれるという
良い意味での壁だ。
複数の壁は、実は課題という壁Aと、好奇心の壁Bという
AとBが並んでいるかもしれない。
とかく、世の中は楽しいと思う。
壁はいくつもあるというのがイメージしにくい。
ある課題という壁を乗りこえても、
次の壁があるだろう。壁がないというのは、ちょっと
コンフォートゾーンぽいので次の壁を見つけたいみたいな。
さて、やりたいことを休みの日、正確には
時間が空くと思われて、かつそこにリソースを投下することが
できるというときに、
やるというと、またそこでやっても同じように
やりたいことが出てくるだろう。
この無限の好奇心は、実は人生の有限の中で、
どれか優先順位として、形にしてやっていくしかないと思う。
有限だからこそ、優先であって、時間が空くということが、
有限の証拠だ。キリがないが、好奇心を満たすことで
怒る人はいないだろう・・・きっと。
課題という壁と、好奇心の無限は全く関係がないと
思うかもしれないが、実は密接な関係がある。
それは、壁を壊しても、好奇心がなければ
壁は表れないし、壁がなければ、好奇心が
なにか快適すぎる、居心地がいいところで、
何もできないだろう。要するに、与えられすぎた道具では
何もできない。制約が薄いということだ。壁が制約となってくれるという
良い意味での壁だ。
複数の壁は、実は課題という壁Aと、好奇心の壁Bという
AとBが並んでいるかもしれない。
とかく、世の中は楽しいと思う。