ReadMasterの軌跡

面白いことを仕掛ける。仕事を作る。ビジネスを作る。そんな日々から出てくるアウトプット蓄積場。

2008年10月

期待をされているんだが・・・

きっと期待なのだけど、
正直なところ、今の自分にそのベクトルの期待はいらない。
すでに、飛んでいる。飛ぶ、離陸する、飛翔するが、
今年度のキーワードだった。離陸しているんだ・・・
地上を歩くように、回れ右をする必要がない。
ぐるっと下をみながら、方向を変えていけばいい。

空を飛ぶ人と、歩く人の違いは?
そう、全く見える範囲が違うんだ。

だからどうしたってことはないけれど、
前しか見えてないと、後ろから車がきても分からない。
でも、前をみて走るというルールがあるからこそ(そりゃバックミラー
もあるけど)うまく運用できているだけだと思える。

これをそのまま別のことに適用したとたんに
色々なことが分かってくる。
自分のこととか、目の前のこととか、あまり自分の人生に
対して真剣ではなかったら、やはりそういう雰囲気とか
何かが出てくる。それは前を向いて歩いているんだよみたいに、
表れてくるってことだ。

話が合わないとか、正論とか、言いたいことは分かるんだ。
でも、何度も言おう。
僕には今それは必要ないんだ。

大きな声を出す必要はない。
想いもここにはない。

ただ、自分は完遂哲学を抱えて、
しんどいがやろうと思っている。
これは美しさでも、善でもなく、単なる契約であり、
仕事であり、自分がやると決めて腹くくってるからであって、
他の何者でもない。あまり変な理由がない。

だからこそ、こちらが真剣になったとき、
果たして周り(ここでは、その仕事における周りなんだけど)が
どこまでついてきてくれるかが謎。
多分、真剣にやっても、見返りが少ない。
いや、見返りを期待する前にパワーセーブしちゃうか。

どうだろう?
自分が力を出せないとき、それは自分のせいか。
環境のせいか。ファシリテートできない上司のせいか。
難しいけれど、多分・・・どっちでもいいというのが
今の答え。どっちでもあれ、何も変わらん。
変わるのは・・・きっと環境か、自分の一部くらいだ。

失うものもない。得るものだけがここにある。
世界は面白い。

そういうところで、遊びたいし、仕事をしていきたい。

メカニカルキーボードの魔力

ついに買ってしまった。
1万ちょっとするものを買おうとしたが
(キーボードに1万円を出すというと、キーボードってそんなに
高いのかどうかが分からないって人がいそうですが、
デスクトップ用のものは、安いのだと1000円もしないです・・・ね。
が、ひどいのは打ちづらいですね。打鍵するときに、
なんかえらい力を込めなきゃダメなので)
在庫なし。
なので、少し下のクラス?でもないけど、それを買う。

カチカチする音がものすごくいい。
なんか手の力がどんどん出てくる気がしてくる。
打鍵に対する力もとくに、小指などでなんか妙な力を入れなくても
いいような気がする。
が、あまりやりすぎると、いかんかもしれないね。
適度に休めないと。

まあ、それはいいけど、
これで文章とか、がしがし打っていく環境つくりは出来つつある。
今後のブログの更新スピードに直結するし、
また、企画書への可視化、明文化、また、議事録化などの
スピードも上がってくる。
別にスピードが早ければなんでもいいわけじゃないんだけど。

ちなみにキーボードは、大きく3つある、ことを知った。
普通のデスクトップ用のやつ。普通のキーボードのこと。
あと、ノートPCみたいなやつ。あれは、名前忘れた。
薄い感じで、あまり打鍵感ないやつね。
最後がメカニカルキーボード。
カチカチと音するキーボード。
結構重いので、本当に、音楽鳴らすキーボードといっても、
いいかもしれないね。

さあ、興味をもったら買ってみるべし。
いや、まず叩いてみるべし。
気に入ったらこれは手放せなくなる。

わけわからんと

思っても言わないのが大事かもしれないが、
言いたくなるときもある。

正しさが全く通用しないこの世界で、
(あ、世界ってのは、色々な意味で)
どうやって生きていっていいか分からない人なんて
山ほどいそうだけど、考えなきゃ考えないで、
生きていけるのかもしれない。皮肉だけど。

ワケワカメなことは多い。
が、完遂哲学はやる。

要するに、モチベがあがらなくても、
やることはやる。それが信頼につながるのだ。
それは、抽象化できてこそ力なのだけど、
まあ、どちらでもいい。
難しくは考えていない。

自分の気持ちに純粋になっていって、
僕は僕でやればいいと思うし、
誰も止めることはやはりできないし、
とめる人もいない(笑)

さあ、やっぞやっぞ。

提案

いくつか提案をしていくのだが、
結構疎かになることも多い今日この頃(笑)

が、しかし、ここで止まるわけにはいかないんだ。
多少のシンドサは正直あるんだが、
ここで投げ出すことはまずない。
今までやってきている中で、例えば自転車縦断とかでのピンチとか、
比較すれば、全て片手クラス(笑)

大きくでているように思う人はいるかもしれないけど、
着実に実績を積み、完遂する力は多分今後の圧倒的な強みになる。

ほら、ねえ、言っただろう?
俺がやるっていったら、「大抵」のことはできるし、
やってきたってさ。

体が深呼吸をすると楽になっていく。
妙な力はいれずに、しなやかに、合気道のような、
間合いと力の入れ具合で、
さあ、やるぜい。

仕事の本来の意味

きた。

友人は相当テンション低そうというか、
ストレスが溜まるとメールが飛んでくる(笑)

僕はミドルテンションになると、
(ちなみにミドルテンションとは、空元気といったほうが正確だ。
そもそもこの奥儀(笑)は、いかに退屈な毎日を切り抜けるか・・・
まさにシンドイの一言から生まれたものだ)
まずい。今はミドルテンションというか・・・なんか、アレなテンションだ。
色々やらないといけないこともあるが、ボリュームと、予定を
把握しときゃ炎上はない。


仕事の本来の意味って何だろうかと考えている。
目の前の仕事に、「感情」「想い」が入らない。
それを、入れろという言葉は浮ついて聞こえるんだね。
自分が言うのも、人がいうのも変わらない。

僕はこれをすることで、その人に何か価値を与えることが
できるのだろうかと思ってしまう。
面白さってやつは提案の中に含めるのだけど、
なんとも味気ない。

こういう仕事を長くやっていると、
スキルもそうだし、仕事の面白さも多分「壁」が多くて、
失敗しない、なんかぬるま湯をたまに温めるように
終わってしまうかも。それは、自分の目で判断すべきだと
思うけど、少なくとも僕にとってはそうだと断言できる。

あまりいないようだけど、確実にいる、ある考えは、
「面白さ」とかを仕事に求めず、
「お金」がもらえるから、「多少のつまらなさ」いや、
「とてつもなくつまらん」ことも、仕事だとしてやる人だ。
ある種、つまらないこともやれるのは才能だと思うけれど、
それって、それをずっとやっていくのか、そして、それをやって
いってもあまり不満じゃないのか、能力とかスルーして、
結局・・・

仕事=つまらないことで対価を得る行為

みたいなのがごろごろしている気がしている。
30?40代の人の意見が色々物語る気がしている。

若い人には、思ったとおりにトライしていく環境と、
試行錯誤できる場が不足している気がしてならない。

なんていうか、小さくなっちゃうんですね。
ネットは広がりをうむ・・・のではなく、
小ささを確定しちゃうみたいなものもあって。

だから、リアルな場が大事になっていくという読みはありきたりだけど、
結構いい線いくかも。

チーム・ダーウィン 「学習する組織」だけが生き残る

うーん、馬鹿面白い。

今年のベストはこれかもしれん。
って、なんかこのフレーズ多いような。
去年は、藤巻さんの「チームリーダーの教科書」だったけど、
あの本10万部売れてるのね。やるなあ。

この本は、ダーウィンはプロジェクトの名称であって、
進化論がどうだとかは「あんまり」関係ない。

読んで欲しい人は、
・組織の中のメンバーの心理
・最強のチームを作る
とか、そういうところでピンとくればお薦め。

物語形式なんだけど、最後に「マスター」のノートがあって、
振り返りもきちっとできる。

仕事って何だろうとか、
そういう哲学的な要素も、あと自己啓発的な要素もあって、
いいっすね。


チーム・ダーウィン 「学習する組織」だけが生き残るチーム・ダーウィン 「学習する組織」だけが生き残る
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うっかりさん

こっくりさんじゃない。

てか、ストレス溜まってきたああああ。
とりあえず、大声を出していくことにする。
大声注意報だっ!

えっと

色々やることあるんだけど、
寝るってなんか幸せのような。

追い込むのは嫌いじゃないけど、
スタイルとして確立できないんだね、僕は。
だから、土俵をつくってそこで戦う。
でも、それって追い込むこととほぼイコールなのか・・・
単に構えの問題かも。

あんま時間がなくなっているのが
昨今の課題。とはいえ、あせってもしょうがないんだけど、
やべー、楽しくなってきてる。
妙な緊張感があるのが、伝わるかな。

語るタイミングを間違えない

正しい語るタイミングがあるわけじゃないけど、
語るタイミングってここかな、みたいなのが
ほとんど決定していると思われる。

例えば、「自分が話したいこと」を
いうときは熱がこもる。
それを相手がキャッチして、「それいいね」というと、
相手も乗ってくる。

それがキャッチボールなんだけど、
最近は公園でキャッチボール禁止なところもあるらしい(笑)

ここで言わないとダメだ、
ここだろうなみたいな時がある。
そのタイミングが妙に心地よい。

てか、順番に並べってば(えぇ

チカラを貸してくれないか?

この言葉をどこで使うかで、
人が試される気がしている(笑)

安易に使うと、「チカラ」ないやつになるし、
使わないと、「自分で背負い込む」やつになってしまう。
まあ、どっちもどっちだけど、
あえてやるのもなかなかかっこいい。

仕事のために、仕事をするというのは、
やはり本末転倒・・・までいかないが、
自己満足オンリーで嫌かもしれない。
ほら、自己の仕事を磨くっていうのは、
あくまでも、自己の仕事の中で完結してないって意味だと
思うので。まあ、あまりグダグダ言っちゃダメなんだろうけど。

力は確実に今、ここにある。
そして、うまくギアチェンジとか、
そういうことの方が重要で。タイミングってやつかもしれない。

例えば、いいタイミングで同時に車を持ち上げれば
結構人間でも持ち上がるんじゃないかと。
でも、皆ばらばらでやってたらダメだ。

チームが一斉に、一丸となれば・・なんて
話をしたいんじゃなくて、そういうタイミングがあると思うと。
個人でも同じで、個人と社会の関係も同じかも。
例えば、目が出ない人とかも、同じで。
目が出るって表現も微妙だけど、
いいもの創る人はどこでもやっぱいる。

そういう人に会うとなんていうか、充電されるなあ。

自分で説明できること

当然だけど、自分が作ったものが説明できるかできないかというと、
不思議なことに、
・あるタスクでは「?」な面が多くて、うまくできない。
・あるタスクでは「追加情報」すら投入でき、うまくできる。

違いは明確だ。
要するに、それをやりたいかどうかがはっきりわかる。
当然仕事は、後者のモードでやったほうが、
自分も、関わる人も楽しいだろう。なんだか楽しくなっちゃう仕事、いいね。

前者は、「やらされている」感が強いとか、
あまり意に沿わないことのためだ。

残念ながら、「拘束」というところで、僕はテンションが
あがらない。だけど、そういうことを
あまりウダウダいってると、殴られる(笑)ので、
言わないことにしている。ストレスが溜まるのは確かだが、
なんていうか、もう「アクション」が絶対必須の状況なので、
ウダウダの意味がないのだ。

例えば、好きな理由をつけているような意味のなさだ。
好きなら好きでいいじゃない、と人事だととくに思えるし、
自分事だともっとそういえるだろう。

自分で作った資料が自分で説明できない、あるタスクの比較。
なんとも不思議だ。まさに精神の力だろう。
これは体感できることが貴重かもしれないな。

青い春

不良映画。
だけど、ピンポンみたいな雰囲気がなんか映画に出てて、
なんというか、会話量が絶対に少ない。
ので、非常に気に入った。

なりたいものとかやりたいこととか
ないなら、就職して、仕事するだ。うだうだいってないでと。
そういうのもあるし、そうではなく、それは違うんじゃないかと
いって色々やることもある。

この映画は関係ないけど、
自分の落としどころって、
どう生きたいかみたいなものの、問いをやっぱし続けることで、
その頻度は色々だけど、やっぱやめちゃったら、
面白くないなあとか思ったりする。

自殺を推奨するわけじゃないけど、
自分に純粋っていうところは、色々な方向性にいく。
だから、そこが難しい。
例えば、哲学にはまって、ハゲるほど悩んでも、
分からないことは一杯ある。当然だけど。
何も考えずに、死んでいくという幸せもある。皮肉でもなく。

そこらへん、どう自分が納得するか。
ここらへんの問いがどうでもいいなら、
あまり面白くないかも。

でも、おすすめーです。
漫画「ピンポン」好きな人は多分楽しめる。

夢という言葉

例えば、私の夢は?ですというのがある。
ただ、この夢というのを否定するわけじゃないけど、
その言葉にするとたん、「実現しない」ものと
なってしまいそうで、あまり発したくないかもしれない。

夢はなんとかだ、ということが悪いわけじゃない。
逆にいえば、そういうということは、
「ちょっと遠い未来」と自分で設定しまいっているという、
認識がある・・・ことになる。事実として。

だから、夢もいいけど、夢ではなくて、
?したい、こうしたいがストレートで好きだな。

うおりゃ。

読書エネルギー

長野へ向かうときに、おそらく岐阜県だが、
「読書発電所」というのがある。
おっと、長野県みたいだ。

これ、「どくしょ」ではなく「よみかき」と読むんですね。
非常に、なんかそそる名前だ。

よみかきとは、町の名前でしょうね。

なんかパワーでてくる感じするでしょう。
こういう発見はいいでしょう。

記念館というか、そういうものもあって、資料とか
見えるっぽいですね。こりゃ次見に行かないとなあ。

哲学は人生の役に立つのか

答えは、役に立つ。
ただし、人生とはここでは、自分の人生において。
他人に役に立つかは分からない。ということは?
そう、何でも好きなものは役立つってことになる(笑)

思い出したのは、rubyのまつもとゆきひろ氏の話。
確か、AERAあたりで、エゴというか、
プログラミングは個人が役に立つ・・・というところで、
実は人の役に立つみたいな話があった。

木田さんは、そんなに著書読んだ覚えはないけど、
個人的に好きな著者なので、読めるけど、
これ全く知らない人はちょっと厳しいかも。
エッセイというか、まあ自叙伝になるか。

生きるというのは、何とかなるさみたいなのが
地平ぎりぎりで伝わってくるなんともいえない感じが良い。
また、哲学ばかりやるというより、
体を鍛えるとか、趣味に走る、ミステリを読みまくるとか、
なんか「哲学者」という単語からはやや想像しにくいところが
面白いところか。


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それでいい

要するにそれでいい。
難しく考えない。が、考える。

どうでもいいことが多すぎるかもしれない。
責任というのはどうでもいいことに固執するって
ことじゃないはずだ。しかし、どうでもいいことは
環境としてある。

問題は簡単だ。

「そういうどうでもいいことと、
どこまでお付合いしたいのかね?」

というところだ。

「適当」
で、いいなら、適当でもいい。
ただ、どうでもいいことに対して
適当にやっちゃうことで、自分の想いや
姿勢も崩れるのなら、
そんなもの軽くスルーしました。

現在形は要らない。
全て過去形でいい。
そして常に目は未来だ。

READING HACKS!―読書ハック! 超アウトプット生産のための「読む」技術と習慣

良い哉。

使えそうなハックは使っていく。
でも、やっぱホームライブラリーがぐっとくるなあ。

後は、アウトプットを意識した・・というのは
定番だけど、そうしないと学べないっすねえ。

読書術系に興味ある人もお薦め。

WebCatPlusは久しぶりに見たので、ついでに使ってみます。

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問う

最近妙に哲学とか、そこらへんが気になりだしている。
ハックもいいけど、やっぱり哲学。
でも、ニーチェハックとかそのうち誰か吹っ飛んだ人がやりそう。
もちろんそういう本は買う。

カントハックだと、きっちり毎日同じことをするなんて、
ありそうなハックではないようなことをハックとする(笑)

問う。
徹底的に問う時に、一体次に何が出てくるのだろうか。
しんどいからやめてしまうんだろう。
僕は止めない、諦めない、そして完遂する。
そして、笑うんだよ。

アウトプットを。

大切にするというか、そうしていかないと・・・
多分枯れる。

枯れたらそこで終わりみたいな、
しんどい持久走をやってるわけじゃないけど、
それでは枯れてしまう。

自分の中に、良いプレッシャーと、
心地よい汗が流れている。

アウトプットマシーンになるのも一興。
インプットマシーンになるのも一興。

僕は・・・。

「僕はここにいる」
というSOPHIAの曲があるんだけど、
その曲は、
ここにいるから大してびびってない
なんて格好良い歌詞がある、はず。

そう。
現存在。
自分の価値・・・というものを
追求したい。
これはエゴなんだろうと思う。
エゴなんだけど、プログラマーがオープンソースに向かうと、
美しいコードにするエゴが、なぜか人の役に立つ。
見やすい、分かりやすい、誰もがわかる。

エゴがタゴだが、なんだか分からんけれど、
人に役に立つ瞬間みたいなものがある。

そいつを、両の手でがばっとつかむんだ。
そう、それをつかんだら・・・。
他の小さなことなんてどうでも良くなってくる。

作業が仕事になり、仕事が作業になるかどうかは分からない。
ただ、小さなことは小さなことでしかない。

僕はここにいるんだ。

東大で教えたマネー学

なかなか面白い。

一番印象に残ったのは、
500時間学べば専門知識はマスター、3000時間でプロへ。

1日8時間だとしても、500時間は、60日ちょっと。
2ヶ月の集中学習で結構いけるってことだけど、
この8時間が「集中」したものであるってことが味噌。

8時間拘束されていて、そのうちの1時間集中とかだったら、
その1時間しかカウントできないってことで。

でも、お金に関する学習って、
今は子どものうちからやるようになってるのかしらん。

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目には目を

目には目だ。
歯には歯だ。

要するに目薬をさして、歯を磨けってことだ。

「時間がない」
というのは、絶対的な時間・・・を指すのではなく、
相対的に、今、誰かが、欲しい時間がないのか、
それとも、何かしらの日付で何かしらの期限があるから
そこまでの時間がないなのか分からない。

どちらにしろ、究極的にだけど、
リミットが絶対にならないような場所で
働いていたりすると、
(ここを抽象化して欲しい。
例えば、職場がぬるいとか、ぶらさがりーまんが一杯いるとかだと、
真面目に自分が腐るだけで、自分が損というか、つまらないだけ。
それなら、少しずつチカラをつけて、どうにか変えていくか、
そこを飛び出すべき。別に会社員なら会社辞めろってことではなく、
変えていかないと、変わらないのは事実。
外部の人、社外の人、そういうところに少しずつ人のつながりを
産んでいかないと良くも悪くも狭くなってくのですね)
自分がダメになる。

あまり考え込まない方がいいが、
自分を腐らせるなら、自分から腐るものを潰せないなら、
環境を変えたほうがいい。
それは、もちろん、自分で出来るって。そういうことを少しでも
思っている人で、やる気ない、面倒、このままでいい、
やりたいことがとくにない・・・なら、ぜひそのままでやって欲しい。


ということを、そのうち声を大にしていっているようで
なんか嫌だなあ。自分はまずはテストするわけですが。

いろんな人がいるなかで

僕はどういう行動を取っていくのだろうか。
そういう自分を試すのが実は好きだったりする。
それは人を試すよりも。

自らが作り出すものに価値を認めてくれないか?
と声高にいうのではない。
こういうものを作ったんだけど、価値があると思うんだけど、どうかな?

提供と提案というスタイルは、
好きで面白いところでないと発動しない。
仮に少しだせても、持久性はない。

要するに、
自分xソフトな環境(周りの人間)xハードな環境(住むとか)
で決まってきそうだ。
総合力ってことかな。

個人的には、圧倒的なパワーでは負けるが、
確実に完遂するチカラは負けへんでと。

色々な人がいるなら、色々でいいじゃないか、ね。

ふむ・・・

就職しないで生きるには、という
レイモンド・マンゴーの本があるけど、
なんかえらいPVになっているのでどうも・・・
友人の話で、情熱大陸で幅さんが本のソムリエとして
この本を紹介したとみる。放送日に結構なPVになっていたので。

まあ、それはいいとして、
この本は読みづらいので、あまりお薦めできない。
この本は、自分でビジネスやるべさーみたいな本だと
解釈しているけど、どちらにしろ、読みづらい(笑)
万人に向かないみたいな本の方が好きだけど、読みづらい(笑)

で、ビジネスやりたいというか、商売というか、
自分で仕事を作るって感覚はどこで学ぶのかと。

それを今考えているのだけど、
多分、「人はこれを好む」みたいなのと
「こうすると喜ぶ」みたいなのと
「これが求められている」ってのみたいな、
そこらへんをおさえておかないとまずいというか、できん。

同時に、そういうのが楽しいってのが大事で、
やっぱなんていうか、自分で作ったものを売るって、
どきどきするじゃないですか?え、しないって?

だから、やっぱそこなんですよね。

本のソムリエ、もちろん視野に入ってまっせ。

今、大事なもの

僕は直観を大切にしている。
何か違うなあ・・・って時にどれだけ、
その心に忠実になれるか。

そういう人の心理を悪用し、騙し、操作する人は
おそらく地獄に落ちるだろう。この考え方も宗教的かもしれないが、
人を騙すために心理学を学ぶ人は絶対にいそうである。想像可能だから。

日本が財政破綻した場合に、
金ではない資産を持っていると強い。
人、農作物、仕事を生み出せる力。

今、大事なものは何か分かっている。
だから、それを大事にする。したいのではない、するのだ。

スケール感

結論とか断定はできないんだけど、
一つだけいえることがある。ああ、この言い回し好きだなあ。
1つだけっていう限定の意味のなさがまた素晴らしい。

いきなりどんな人か分からぬ人と暮らすことになったら
引くというか、逃げるけど、
とはいえ、対話はしていかんといかん。
ここでスケール感。

小さく、囲まれた、穏やかで、ここだけの暮らし。
そういうのは・・・全然違う。
それって最初から求めるものなのか?

やっぱ、分からんでも、まずは、その出会ってない人と話してみたい。

自分探しみたいに、本当の自分なんて探すわけないぜ。けけけ。

スケール感はとりあえず、国単位で。
そうすると、仔細が見えないってパタンなんですなあ。

ムナーリ

図録を買ってしまった。

ムナーリはただの面白オジサンではなくて、
デザイナー、ワークショッパー、
子ども大好き、でも、やっぱりフォークはアートかもしれん。

絵本とか子供用玩具とかのせいか、
家族連れ、女性が多い。

違うんだ。男ならムナーリ見ろといいたいだけなのさ。ふっ。

デザイン、企画、ビジネス、プログラミング、アート、
そして言葉。ここらへん大好きなんだよなあ。
ムナーリ師匠と呼んでいいかな。

子ども用玩具については、
例えば知玩というような、子どもの教育ツールは、
心理学とか、きちっと学ばんといかんぞとおっしゃる。
全くその通り。

カルト、自己啓発セミナー(妙な入り口のものとか)、
結局、詐欺なんだよね。詐欺。
騙してお金取る。
詐欺はこちらから歩み寄らないと詐欺られないのではなくて、
向こうから詐欺はくるんですな。オレオレ詐欺ではなく、
振り込め詐欺がその典型か。


AERAを読んでいたら、まつもと氏が。rubyのね。
うむむ・・・プログラミングしたくなった。
なんていうか、国産プログラミング言語が世界に
知られるってすげええ・・・としかいえない。

プログラミングとか全く知らん人はどうでもいいことなんだろうけど、
これは要するに、トイレットペーパーが2倍になるくらい
インパクトあるんだよ。そこの奥さんよ。

ムナーリスタイルを頭にインストールしたい。
ムナーリ本は今でもきちっと読めるの多いのね。
やべえ。ムナーリやべえ!

目的矛盾

人間の生まれている、生きている?自体、
矛盾している。死にたい人がいるのに生きている。
生きたいのに死んでいる。

乱暴だが、
目的を決めることで、狭まるみたいなことを考えている。
決める・・・ことをせずには選択も行為もできん。
だから、決めるが、他は受け付けないってのはナシで。

要するに「矛盾」を受け入れ、「方向性」を定め、
動いていくことが大事だ。

そういう具体例ではないけど、
有能な選手がコーチとして有能ではない可能性はあるってのが
たまに聞くけど、そういうのかも。

色々な全てにおいてオールラウンダーはいても、
飛びぬけているのはやっぱないかな。
人間くささ、が見えたときに、やはりそういう人が好きになる。
その部分をおさえておくだけど、なんかこう人も好きになる。

客観思考が強いか、主観思考が強いか。
まあ、客観なんてないんだろうといっては終わりだけど、
矛盾していく中で、葛藤と悩み、そしてそこからの一歩。

それを人々は「決断」やらという。なるほど。

考え方とその人の行為は別腹か

という意味でいくと・・?
すげー尊敬できるんだけど、歩きタバコとかって
なんかなあとか。

そういう不一致を僕はいままで追求してこなかった。
逆に僕もそのような部分がある。それは
弱みでもあり・・・?強みでもあるかもしれないし、
わからん。

ただ、よくありそうな言い回しで
「そういうパワーを別の方向に使えばいいのに」
というのは、ものすごく難しい(笑)
だからこそ、本人には分かりづらい、もしくは
認知していても、なおせないものはあるかもしれない。

でも、最終的に、人間くさい行為が好きである。
また、「悪気がない」発言も好きである。

一致というより、方向性を求めるだけかな。

うお。

アウトプットまとめます。わーい。

気づきつつ、さらにアウトプットの共有レベルを
あげていく。そしてさらにアイディアといった、
副産物も明文化。さらに、イメージで伝える。
メタ認知、もしくは客観視して、バラして他に適用。

ファイニンガー→カンディンスキー→抽象画。
抽象思考→具体的アクションとしての落とし込み。

うーん・・・抽象画って無駄が「なさそう」で
いいわ・・・。

体が動く

精神が動く前に、身体が動く・・・。
この感覚は・・・普通は
「体より心が動く」
みたいな感じと言葉では表現しやすいが、
いや、違うんだ。

体が動くんだ。

ういいいいいいいいい!

面白いことをとことんやれば、「起業」は必ずうまくいく。 フレッシュネスバーガー社長の現場的発想法

これは良かった。気づき多し。

以下つらつらと。

・業界の非常識をやってみる
・新しく商売をするときに綿密に計算すると、やらないほうがよくなる
→これどっかで聞いたことありますねえ。
確かに、リスクみたいなものの予防線レベルってあまり上げると
生きていることを放棄しちゃったりします。

・決断の時はいきなりやってくる。その時手堅くか、面白さを優先するか。
→当然、後者。

・目標の壁
→目標設定して達成したら評価されやすいかもしれないが、
でも、それはそれで自分の限界を設定しるかも。そこにあそびや、
分からなさ、スリルがあるといいかも。って感じのこと。
同感っす。

・嫌なやつはどこにでもいる
→だから、その人たちと積極的に話していく。
・1日のはじまりは嫌なことからやる
→これもいい気づき。確かに嫌なことからやると動けるような。

・こんな店があったらいいなで、設計図をかきながら、ビジネスモデルを考える
→著者の強み。確かに一朝一夕ではいかないが、こういうの目指したい。
僕レベルでいえば、話しながらアイディアと企画書が出来ている感じが
最も近いか。

・自分が大事にしているものなら実物を見に行く
→全くその通り・・・。これ大事ですね。
家とか、家具とか、高価なものはそうしますねえ。
同様にいえば、人に会うってそういう意味で単純に価値あることですね。

で、思ったのは、フレッシュネスバーガー行ったことないので、
行きたくなった・・・探そう。
とおもったら、多分行ってる。が覚えてない。
ああ、なんてこったい(笑)

面白いことをとことんやれば、「起業」は必ずうまくいく。 フレッシュネスバーガー社長の現場的発想法面白いことをとことんやれば、「起業」は必ずうまくいく。 フレッシュネスバーガー社長の現場的発想法
栗原 幹雄

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すべてがFになる

ふむ・・・大分お薦めされてから時が・・・。
が、読んだよ(笑)

僕はミステリは10年に一回程度しか読まないのだが、
これは・・・面白い。
ぐんぐん読める感じは本の面白さの1つだ。

推理とか、ミステリアスな感じは、ふーんという程度の興味しかなく、
細かい点というか、そういうところが気になる。
メール本文でウィルスが実行されないとかみたいな記述とか、
そういうのはどうでもいい。

まず、1つ目。
犯人の動機は良く分からない。人を殺すのに動機はいるかどうかって
議論も出来そうだし、ちなみに、金融危機で、景気が悪くなって、
失業もしくは、格差が出てくると、犯罪率の上昇と
割り切っていえるし言われるけど、そういう局面で、
動機は「むしゃくしゃした」でも「なんとなく」でも、
あまり意味はない気がする。

で、それはいいとして、犯人も、主人公の犀川も、
プログラミング=教育されたみたいな話をしているが、
そこに「社会的影響」みたいなものも、込みでいっているのか、
単純に親の教育とくに、義務教育期間・・・のことをいっているのかは
気になっている。

2つ目。
犀川は仮想世界で、つまりコンピュータシミュレートで、
人が握手できるような、触覚の話をしている。それはもうじき出来ると。
だから、人には興味はないし、自分の意見を理解してもらうよりも、
自分の意見を言う、相手の意見を言うところで止まっている。
その点は、孤島やら、研究員が個室で人の物理的接触を避けて、
というところに何かしらの共感を抱いている点で裏づけされるが、
だが、そこは僕には認めることはできない。

人を嫌うも、なんでこんなやつが、ということも、
何か憂鬱なことも、そして、面白い話や人、感動とか、
ありがたいこと・・・で、人生は構成される。
物理的なコミュニケーションが人間だと。
決して、プログラムのバグではない。ここ、著者の大きな意図は
ないはずだが、この意見のベクトルはこの本の世界へである。

人生の醍醐味は・・・
前へ歩く人がいたら、どこまでいくんだい?といってくれる人がいたり、
俺も一緒に行こうか、道は分かるか?何やってんだ?というような、
関わりがあるからこそ、面白いんじゃないかと思っている。

個人的には、哲学とプログラミングは相性が良いと思ったり。
というか、プログラミングしたくなった・・・やべえ。

ミステリ好きとか問わず、お薦めですな。



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森 博嗣

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ここでやらずに、いつやるか

気合い上等。
環境OK。
巻き込みタイミングも上等。

後の課題は諸々今後潰していって、
確実に鍛えていけるだろう。

多分、今ない何か、欠落を埋めようと
僕は動く・・・気はない。
もっとやれるという、ポジティバー(笑)な
ところで勝負したい気分だ。

気合いをこのレジュメに込めろ。

物理的時間<精神的時間

よって、実際に自由時間が1日2時間でも、
精神的時間として10時間と計上する。
その人は幸せではないか?と思う。幸せであるという意味だ。

だから、10時間の物理的時間があっても、
精神的には早く過ぎろ!と思っていれば、
それは多分1時間くらいの精神的時間になる。
勿体ないけど。

実際は物理的時間が少ないのに、
精神的時間がその割合を1を超えているのが望ましいかも。

多くの人は、なぜか物理的時間から入るのが、
多分精神的時間、充実度みたいなもので、
算出したほうがいいような。

それって定量ではないけど、
1ヶ月で何かやるって考えるよりも、
わくわくすることを毎日やって、30回もできるってことを
想像したほうが面白いし、心臓にいい(笑)

起業するときの注意点として。

いくつかあるが、
よくあるのは、
「会社員の人は、会社員でやってきている仕事で、
会社があるからこそ出来る。なきゃ単なる人」
みたいな指摘がある。

大企業(例えば、従業員が1万レベルとか)は、
そういうのがあるだろう。知名度があればあるほど。

会社の名刺が99で、1が個人=担当者ならば
(ちなみに、担当という言葉は、組織内ならではの言い回しだ。
そりゃ、バンドで、ドラム担当というとき、バンド=組織だけど)
それはやばい。

自慢でもなんでもなく、僕は会社員で、会社の名刺、名前で
仕事をしたことはないし(というか出来ない・・・)、
また今の会社の何かしらのメリットをうまく使って、
「仕事」をしたことは実はない・・・。
だから、ほとんど「会社」に属している感覚はない。

それはそれで僕には合っていた。

で、勘違いしても、僕は仕事が出来るとはあまり思っていない。
出来ようが出来まいが、仕事という観念みたいなものに、
どうアクセスするかはきっと考えるし、これしかないなら、
それでやるんだろうみたいな、覚悟がある。

で、タイトル通り。
もし、不満とかで辞めるのはいいけど、
でも、それって不満のみで辞めるなら、同じ目に合う可能性は高い。
だって、環境って色々あるけど、そもそも自分で作りこめることが
ないとどこも一緒だから。

とにかく動くのじゃああ。

さようなら○○人生

成金でも、時計でも、恨みでも、なんでもいい(笑)

何かを得るには何かを捨てなきゃいけないという考えがある。
その考えは好きだ。二兎追うと大抵、うさぎではないものが
ゲットできる(笑)
副産物プロジェクトと題してそこらで楽しめればいいが、
目的地に固執するあまりに、実は道端の花々の面白さに
注目できないことがある。

実は、美術、とりわけ、絵画なんて美術館でどかんとあるものは、
そういう「絵」の細かいところをみて、
自分なりに「変なの」「うまい」「気に入らん」とかから、
こそこそそういう言葉を積み重ねていくことで、
次が出てくる。
もっとも、通うというか、継続的にいく習慣がないとダメなんだろうけど。

ちょっと美術館いこうか。
そういう会話が普通に出来るのはいい。
また、ちょっと本屋寄るかっていうのもいい。
また、ちょっとカフェよるかーってのもいい。

結局、一つのことからきちっと学べること、
そして、それで良しとせず次を学ぶこと。
それがいい。それでいい。

組織を育てる12のチカラ

むーこれは読みだ。
多分、NPOというくくり読むと勿体ないので、
組織という概念、とくに3者以上=組織だとするといい。

で、こういうものって、
NPOのあたりでひっそりと売られるもので、
だって「NPOマネジメント」なんて、
NPO機関紙みたいなものを、NPO関係者以外・・・
ほとんど知らないのではないかと。
というか、NPOで従事していても、読まない人は多いのでは。
例えば、ボランティアの人とか。

それって悪いのではなく、それほど知られづらいということなんだけど、
でも、この本は100ページ満たないけど、きちっとまとまっていていい。

書き込み、もしくはコピーを想定してのフォーマットでの空白などが
あるが、個人的には、「アイデアのつくりかた」レベルで、
シンプルで、きちっとしていて、お薦めできる。

読んで欲しい人は、
タイトルどおり、組織を運営していく人、
モチベーションとか、部下のマネジメントもそうだし、
組織に属する人が読んでも学びがあるはず。

購入は直接IIHOEが一番早いかな。
http://blog.canpan.info/iihoe/archive/99

選ぶことができる

僕は今、選ぶことが出来る。
別に迷っているわけではないんだが、
客観的にいって選ぶことができる状態だということだ。
人生選べる状態も少ないのかもしれん。が、
そうでもないだろう。要はオルウェイズハッタリである。

スリル。
宗谷岬まで100km以内で、稚内に入り、充電していたときを
思い出した。僕は選んで自転車に乗り、日々こいだ。
そこにストイックさは実はほとんどない。
ルールというか・・・単純にそれが面白かったからやっただけだ。
そういうことは誰にでもあるものだと思っている。

確かに、野宿+自転車は結構限られるかもしれないし、
それが1日や2日ならともかく、連続ではないが、トータルで1ヶ月
近くあると、例えば自転車に乗ること、こぐこと、走ることが
嫌いなら出来るわけがない。

そう。
僕はやり方はどうであれ、
それを選んできた。誰かにそれをやれといってやった・・・
わけでは当然ない。

そして、こっちのほうが面白そうだといったら、
結構吟味する。理屈も大事だけど、感性が最後を決める。
直観という感性だ。

久しぶりに友人からのメールが来た。
「自分も考える時期かもしれん」
というような内容だった。

世界は広いかもしれないし、実は狭いかもしれない。
ただ、確実に言えるのは、スリルを感じているとき、
確実に前へ進み、次が楽しいって瞬間だってことだ。

精神的・物理的

精神的にOKなら、物理的にOKだ。

想像できるものは、実際に作れる。

だから創ってみることにする。
ただ、それだけでいいというか、そうする。

否定の中の肯定

友人というにはやや近すぎで、とはいえ知り合いというのは
遠すぎる関係。そんな関係がある。
斜めの関係というのがぴったりだ。もちろん、感謝と敬意を込めて。

彼が言っていた「否定の中の肯定」というニュアンスは
非常に分かるのだけど、ストイックさよりも、
むしろ、前へ進むための否定。それが好印象ですらあった。

簡単にいえば、
ポジティブシンキングみたいなものが、
ある程度人を前向きにさせてくれる・・・一定のツールなら、
否定の中の肯定というのも、彼にとってのそれと同様という
感じだ。

僕にとっては、
否定や肯定はどうでもよくて、
否定否定否定否定となっていっても、最後に肯定。
といってしまえるなら、自己肯定力とかがあると思える。
要は、最後にどういえるか、どう消化するか、どういう姿勢か。

100m走で、そりゃ100m先のゴールを先に走った人が
一番優れているといえる。足の速さが。
それは端的な結果=スピードだけであって、
それは、上の書き方だと、
過程過程過程過程結果かもしれない。
過程結果過程結果過程結果かもしれない。
でも「結果」が最後にくるのが大事だと思っている。

その揺れ動きとか、心理は、
何年もの期間、重大な人生の中での決定、出来事、
多くの人の出会い、自分の感情・・・旅、仕事、恋愛など
人生の全てをぎゅっと詰め込んだそういうものの中で、
起きているはずだ。

最後の出口が肯定なら、
前へ、前へ進める。
そして、前傾姿勢でどんどん進めていける。

気合いが入る。
明日も快調。あさっても快調だ。
なぜなら、最後が肯定だからなんだ。

言葉を用いて・・・。

どう生きるか。
どう生きたいか。

言葉は表現するツールだが、
それ以上なツールかもしれない。むずいが。

言葉でなきゃいけない理由は意外にない。
ただ好きであるというくらいのところで、
常に文字があることにあまり嫌悪感というか、
うざったさはない。

活字を見ないと死んでしまうことはないが、
何かしら手持ち無沙汰なときに何か
読むのがこの上なく好きである。

言葉を用いて色々やれると思っている。
いくつもの強みだと思っているものをうまく編集して
必ず生きてみせよう。

提案スタイルの課題

相手のニーズを踏まえないと、
空振りだ。
そして押し付けと、傲慢になる。
でも、こちらからこんなのはどうか?といえることは、
相手の考えをある程度トレースできるからこそだ。

まあ、そんなことはいいとして、
受け側でも、受ける方法みたいなのがあるわけで。

さあ、提案しようそうしようだ。

一期一会で説明しよう

初めて来る人、出会う人に、
平坦というよりも、きちっと説明をしよう。
それはある種マンネリだけど、初めての人からの
心理でいえば、確実に価値がある。

そこをさぼってしまうと、ただの知り合いの集まりだ。
それはちょっと違うから、やはり
きちっとあうあわないが分かれて来る。

それを何度も言うが、
ある人は「人を選んでいる」といったが、
この言葉の意味を文字通りとれば、その通りで、
そもそも選ばない人がどこにいるのだろうかといえる。
好きな人も選ぶのだ。店も客を選ぶ。企業も人材を
選んでいる。選ぶのは当然なのだが。

文字通りではないのは、自分が好きな人といるだけで、
そうではない人とコミュニケーションを取ろうとしない・・・
類の話が考えられるし、そっちのことをいっているのだろうが、
これも全く筋違いである。とは言ったし、
僕は大抵きちっと説明をしているが、全く通じないことも多い。
それは仕方がないと思っている。大抵ここで何かしら
分かってくれる感触があれば、次がきっとあるものである。

そもそも、好きな人と・・・というのは、
前提として行為と一致していない。
例えば、甘いものが好きといってる人は、
甘いものだけを食べているかというとそうではない。
色々なものがあるから、甘いものが好きになるということもある。

単なる話してくれない嫉妬とか、
その手のレベルの低い話もある。
まあ、そういう人間もいるし、僕はそれが悪いとは思わない。

が、そういう人に限って、きちっと、こちらの思わない方向で、
何かしらやってくれる(悪い意味)のだ。
それを僕が気にしないわけがないだろう。
きちっと知っているし、覚えている。
また、今後そういうことを忘れることはない。
例えば、似たような人、ことがあると、思い出して、
きちっと潰しにかかるだろう。

それは・・・その人が悪いとかいうよりも、きちっと
話そうとしない僕が悪いというよりも、
単なる「選びあい」が一致しなかったと思っている。

僕に友人や付き合える人が誰一人いないとか、
そういう状況なら話が変わるが、
残念ながら多くの語れる人を持ち、それも、
年齢が同世代が多いとか・・・そういうことでもない。

ふむ。
やはり、僕のやり方は僕にとっては正解なわけで(笑)

不要

ある雑誌に写真がのっていた。
その写真には、コメントみたいな言葉がついていた。
しいていえば、詩みたいなものだ。

が、それがものすごく邪魔だった。
写真はいいのに、コメントが邪魔だと思うときが
よくある。
それは1度や2度ではない。何度でも。

写真家?もしくは、言葉を書いたもの、
もしくは構成者は、これを良いと思ったのだろうけどね。

僕は、編集とか組み合わせとか好きだけど、
広告みたいなのかな、同じことを言葉が言っていると
やはりくどさを覚える。

言葉はシンプルな方がいい。とかいいながら、
言葉は長く書きたいというか、
ある程度、思考回路をおってかきたいと思ったりする。
それがいいんじゃないかと思っているのも分からない人もいるかと思われる。

まあとにかく、
写真だけおいて、最低限のタイトルとか、
それくらいでいいのかもしれないなあとか。

しゃべりすぎ、説明しすぎ、分かりやすすぎの時代とか
偉そうにいってみる。

言葉は大事だけど、言葉が不要なこともある。
行動で示せ、態度で示せ、動きで示せってね。

結果的にOK

結果的にOKというとき、
その結果、目に見えるものだけを見がちだ。

もちろんそれでいいのだけど、
それまでのプロセスがあってこその結果がある。
つまり、結果はそうで、OKだったのだけど、
それまでの重なる何かがあったから、結果的にOKとしたい。

というか、そうする。
または、そういうものを感じたい。

だから、結果的に、妥協でもなんでもいい。
OKっていうとき、きっとそういう積み重なったものがあると
思っている。

そこを大事にする。

商売のあり方

誰にでも愛想よく・・・はきつい。
店は人を、要するに客を選ぶが、
客も店を選ぶ。

昔ってほどでもないが、ランチ時な時間で、
飯をくらった客に味はどうかという店員がいた。
あれは正直に「まずく」てもそうはいえないのではないか。
実際に口にあうあわないは好みでもあるわけで、
そこらへんむずい。

そば屋の親父は、客を客と扱うというより、
なんか「きたなあ」みたいな接客であった。
こういうタイプの親父は、年下であるほど横柄にでるものだが、
一応丁寧にいえば、僕は客で、親父は商売人である。
いや、違う。商売人とはこのような意味合いで使わない。
例えば、商売っ気がない店は、道楽と呼ばれるかもしれないし、
また齢は50後半くらいか。

体も悪くて、シャキシャキとは動けない。
別にいいけど、そういう店のイメージになるのを
どこまで考えるか。難しいが、簡単にいえば、
二度行きたい店にならなかった。悪く思うなと。

たかが店で食う、だが、新しい店に行くときは
結構緊張するものだ。勝手が分からないわけで。
でも、そういう新しい店めぐりは基本的に好きだし、
足を使ってきた甲斐があるなあと思えれば、
それはモウケモン!だと思うわけだ。

で、結局何を言いたいかといえば、
商売のあり方とは、やっぱ気合いが入っていて、
ありがとうございます、って言葉に
それ以上の意味が込められているときだなあ。
そういう接客されると、こっちも嬉しくなって、
人に優しくなれるんだよね。

続きを見たい

続きを見たい

自分ももちろん、
関わる人の続きを見たい。

それは単なる見たいという欲求、好奇心だけかもしれない。
でも、それが生きる理由で、
お互いで生きていくというのは、
かなり素敵なんじゃないかと想ったり。

先が見たいんだ。
それも、ものすごく。

夜空

かけがえのない
1日が過ぎていく

夜を想うことはあれど
確実に日々は過ぎてゆく

踏みとどまり
一期一会

嘘はつきたくないが
手を抜くことはある
誤解を生むこともある

妥協をしても
もがいた上で
苦悩した上で
葛藤した上で
そうしたい

目が潤んだ顔も
頭も体全体も
ヒンヤリが気持ちいい

分からなさもある
でも 言葉では出来ないこと
感情だけの世界みたいなもの

あなただからということ
それを夜空の月以上に
信じている


もっと生きたい

この言葉、フレーズを発する人は、
とても毎日が辛く、今日を乗り切る・・・だけで
何かつまらん、勘弁してくれって!
そういう人なんだろうか?
そうではない。

刺激といってしまう方がいいかもしれないし、
面白いことといってしまう方がいい。

圧倒的に面白さがまだまだ足りない。
もっと学びたいし、生きたい。そして
価値を提供できるんじゃないかと本気で思っている。

ここにあるのは、全く嘘偽りもない、心かも。

アウトプットが待ち伏せしちょるけん。

良い哉。良い哉。ほっけだよ、これからは、ほっけの時代さ。
さばもいいさー。
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