ReadMasterの軌跡

面白いことを仕掛ける。仕事を作る。ビジネスを作る。そんな日々から出てくるアウトプット蓄積場。

2008年09月

エピソード3

言葉言葉言葉言葉。
言葉を何度も書いていると、
それが言葉ではなく、ある種の記号に見えてくる。
漢字の練習。書道での筆のはこび。
言葉は記号で、記号で埋め尽くされた世界がここにある。

それが言心者がいる世界だ。
この世界では、言心者によって規定された
言葉の世界のルールで、秩序が保たれているらしい。

強気であることと、気が強いことは全く同じ記号ではない。
強気も気が強いも同じ意味じゃないかと思うと、
この世界ではやっていけないらしい。やれやれ。

言葉を信じ切れるかどうかが
言心者になれるかどうかの最後の試練らしいが、
そもそも一体私はどこにいるのかちょっと分からない。
言葉の世界とはいえ、どうみても、現実の世界、
いや昨日まで住んでいた部屋はそのままだし、
自分の顔、形などすべて変わらない。寝癖も変わらない。
腹が減ることも変わらない。

変わったのは、言葉に対する意識だけだ。
夢だと思うが、言心者と名乗る人物が近づいてきて、
自分の問いは全て言葉にしたが、かき消された。
そんな夢だったと思う。
その夢だったものから、さめた後、今に至る。

思い切って、挨拶を意味する言葉を発してみる。
誰もいないけれど。
「おはようございます」
無事に声が出たような気がする。しかし何か怪しい。
本当にこれは自分の声だったか。言葉だったか。
記号が記号によって構成され、記号を聞いているようですらある。
もしかして、絶対音感ならぬ絶対言感みたいなものかもしれない。
しかし、これはあまり気分が良くない。
とりあえず、仕事に行くとしよう。

外へ出ると、違和感を感じた。
街の看板、あらゆる文字が、消えている箇所がある。
それはとても人工的に、まるでパソコン画面で
白く塗ったように、消えている。
ためしに、クリーニング屋の看板を触ってみる。
手には何もつかない。ただ、文字がない。

もしかして、自分だけこうなっている?
とにかく、出社して、同僚に確認してみよう。
このままでは不安すぎる。

なんといっても、現在、見えそうで見えない文字が
一杯あるのだから。

結構ロック?

こんなのを発見。

仕事だけが人生じゃない。でも仕事も人生だ。
とにかく頑張れと言い続ける。
漫画の中の真実と小説の中の真実は同じだと思う。
投げやりでいいじゃない?多分。
目の前のことしか出来ないのも人間であるが、目の前以外のことも出来るのが人間だ。
支えあうなんていうお上品な言葉を茶化した人間が、実は一番支えあうということをしたがっている。
悪い格好はすべて社会という装置で浄化され、良い格好も同じ装置で浄化される。どちらの浄化具合が強いかどうかという話。
うだうだいってねーで、やれ!

もちろん書いたのは自分。
これって結構ロックな感じかもしれん。
とはいえ、媒体はアートでいきたいんだが。

うむむ。
楽しい振り返り・・・。わーい。

エピソード2

近くにいた。
それも自分より近い距離にいた。
心の中にバリアをはっても、
言心者にとっては効果はない。

ベッドから起きる起きないを繰り返していたら、
あっという間に言葉の世界へ。
ここは夢か夢か。
言葉の世界は夢か。夢は言葉の世界か。

確実であるという一歩を踏み込む。
左足が上がり、やや前を踏み込む瞬間・・・。
言心者が現れた。

言心者にとっては
全てが言葉だ。

私は大きな声で、相手を確認するような言葉を吐いた。
しかし、それは効力がなかったかのように、
または聞こえなかったかのように。
言心者と相手は名乗った。
言心者とは何かと聞く言葉を私は吐いた。
しかし、それは認められなかった。

この世界では、言葉が相手より強力であることを
担保にして、世界が成り立つ。
私の世界では、言葉に対してそのようなものがなかった。
言葉が強いとは何なのだ。

言心者が近づいてくる。
無効。

存在が無効。

言心者は言ってないが、そう言っているように近づいてくる。

もう一度言葉を私は吐く。
私はここにいて、お前は何者だというような言葉を言葉にする。

言心者はニッコリ微笑み、
こういった。

ようこそ、言葉の世界へ。

非哲学的な生きる意味

例えば、今なんで生きてんの?
というのは、否定語の意味合いが強い。他者への問いで。

しかし、そういう問いこそ
最も意味あるかもしれない。

意外に大人はしょぼい。
そして、大人は弱い。

意外というのは、
どうでもいいことをどうでもいいようにどうでもいいやりかたで
どうでもいいようなことをどうでもいいようにやっているだけだから。

ぜひ「提案」して欲しいと思っている。
それは、僕が力がないからではない。
もちろん、力があるというわけでもない。
ただ、一人では正直なところ何もできんのです。

新たなる出発・・・では、
全ての経験がゼロクリアされるわけじゃあない。
単純に、僕の方向性とか、注力するものが
変わるだけだ。

人生はどきどきするほうが面白いと思っている。
心から感動し、心からありがとうといえる。

そういう人生を創る。
それは多分、思うことも大事だが、
同時にどうすればいいかと考え、
実行することが大事だ。

それが、多分非哲学的な生きるというライフデザインだろう。
戦略と哲学は微妙にずれる。
哲学は核だが、戦略は核から発生した現実的行動方針だから。

生きる意味を問うことは多分好みの問題だろう。
が、多分今の世の中は、どうあがいても、
ぽけたーんとしてて暮らしていける雰囲気ではない。
だから、あえてぽけたーんとするか、
それとも、戦略を提示するが、安らぎを。

そういう人に私はなりたいと。

エピソード1

■エピソード1■

言心者にとって
言葉の世界は、その存在であり、
またその生命の源であり、
また生命自体である。

言葉によって
規定されるものと、規定されないものがあり、
規定されるものに絶大な関心を寄せる。
言葉は記号だが、言心者自体が記号的存在といっていいかもしれない。

言心者。
それは、言葉を信じる心を持つものを指す。

言葉で規定できないものは、
この世に存在しないものとみなす。
いかなる現象、戦争、殺戮、事故、自然現象など
言心者にとっては、言葉にできなければ、
目の前のことはなかったものとみなされる。

深い目の奥には、
大きな大きな猜疑心を抱く。

猜疑心をもって、自身の言葉をすら疑う。
だからこそ、言心者にとって、
言葉とは、生命以上のものといっていいかもしれない。

言葉で定義されたフレームワークのような世界。
世界が言葉だといっていい。
そこでは、規定された言葉でしか、何もあらわせない。

ジェスチャー、音楽、スポーツは
すべて空白として扱われる。

世界に対して何かいう場合は、
言心者になるか、もしくは、言心者を雇い、
自己表現、自己主張、言葉をつづる必要がある。

言心者を雇わなくても、
言葉を書けばいい。
しかし、言葉自体が強力ではない限り、
簡単に粉々になり、主張することができない。
どんなに心を込めたとしても、
言葉に対する愛情がない限り、それは空白だとみなされる。

言葉によって言葉を規定する。
ならば、言心者もしくはこの言葉の世界は
そもそも何によって規定されたといえるのか。

言葉は言葉を生み出す。
最初の言葉は1語だったかもしれない。2語だったかもしれない。

例えば「愛」という言葉があるとき、
愛は生き残った言葉である。
また、現在も使うことができる言葉である。
その「愛」は、今も使用者によって守られているといってよい。

また「生きる」という言葉がある。
「生きる」も現在使うことができる。
正確にいえば、言心者にとって認められていない言葉は、
誰にも使うことができない。
絶対的な存在、神といったほうがいいだろう。
言心者を志すものは、多い。
しかし、言心者になれるものは世界に一人だ。

言葉の世界にたった一人の王者のように、
君臨する。それが言心者だ。

言心者を目指す人々が、
言葉を操り、言葉の海でもがいている。
海を越えれば、また海が待っている。
それにも関わらず、言心者を目指す者は
絶えることはない。

言心者をめぐる戦いが始まる。

月曜日

とてもじゃないが、今日は月曜日のような気分だ。
だるい。風邪か?

風が冷たい。汗をかいた頭が気持ちいい。

志半ばで、ここで倒れるわけにはゆかぬ。
私は進まねばならぬ。
それはもう、誰にでも説明できない。
そして、僕にもなぜ進まなければいけないかも
説明ができない。

手を貸そう。
困ったときは、お互い様さ。


深呼吸の必要

そんな映画があったと思うけれど、
深呼吸は必要だ。

普通の呼吸でそのまま常にというのは、
そりゃ運動とか、何もしなければOKだけど、
運動すれば呼吸は速くなるし、
変化が生じる。

深呼吸は、逆にというか、
早すぎるものを遅くする意味合いがある。

つまり、仕事で一杯一杯だとか、
恋愛で死ねる(辛いという意味で)、
家族が崩壊の危機であるとか、
明日生きていくための金がないとか、
どえらいピンチがあるときに、きっと
「深呼吸」が必要だ。

社会という言葉を漠然と使っていることはないんだけど、
人との関わり、それも多くの関わりの中を
なんといえばいいんだろうか。集団か、人のつながりか。
うまくどれもあらわしていないように思える。
コミュニティも、ややずれる。

新造語を作ればOKというわけではないが、
新しいものってのは社会が受け入れるかどうかも
結構大きい。新しすぎて分からないなんて話はざらにある。
それはどちらにとっても、作る側も受け入れる側も、
ただの不協和音で終了か、それとも?

諦めないことは好きだけど、
諦めないというのが技術だとしたら、
その技術はきっと、諦めるということによって
支えられている気がしてならない。

よって、対概念を経験することで、
逆に概念を経験できるみたいな。ある種冗談だけど、ある種本気。

実は分かってない

実は分かっていないことに、
なぜそれをやるかだ。
根源的に、根本的に自分を問い詰めても、
何で本なのかという理由は述べられるが、
それに対してなぜというと実は分からない。

ほぼ衝動である。
が、本当の衝動ではなく、
あくまで理屈でなく、感じというものが
前提としてある。

だから、好き嫌いみたいなものがすきで、
やっぱ好きなやつは好きだし、嫌いなやつは嫌い。
でも、それで対話を閉ざすみたいなことは
「出来るだけ」避けているし、
逆にルールとしてそれを求めているのもある。
まあ、その絶妙なルールが壊れれば、
対話になりえないだけ。それだけだ。

実は分かっているとみせかけて分かってないとか、
分かってないとかみせかけて分かっているとか。
そういう、虚実の使い分けは相手をうまく騙すのに
なかなか使える。って、んなこと書いていると
人を騙して楽しんでいる人みたいだ(笑)

最近の流行言葉は、
「あなたとは違うんです」か。
やっぱ、そういって、色々なアクション起こしてもらえればいいかと。
「あなたと同じです」といって、
アクション起こさないよりいいかも。
なんか、アイロニーだ。

タイピングより早く、そして、神経スピードをこえて。

1000の小説と・・・という本だったと思うが、
片説家という小説家ではない・・・個人向けの小説っぽいものを
作る職業が出てくる。
この佐藤氏の作品はとても好きだ。

さて、シュルレアリスムにおいて、
オートマティスムとか、マティズムか、細かいところはおいておいて、
自動筆記というものがある。

これはちょっと「いっちゃった人」みたいな印象があるが、
タイピングスピードと、実は脳内に出てくる言葉と、
現実と非現実とか、夢と現実とか、あらゆることが
言葉というか、映像というか、イメージというか、
めちゃくちゃなんだけどある種秩序だって出てくるというか、
そういうようなイメージ。

アートの領域で言われるが、
実はこれは立派な文学で、それが派生して色々な領域に
影響を与えた。
例えば、ちょっと気持ち悪いというか、
キリコ(あの漫画のキリコではなく)なんていう人は、
顔がゴムっぽいものになってたり、かなり人によっては
???になって、ワケワカメになる。

僕も正直分からないが、実際にこういう風景はないわけで、
日本人の絵の見方といったら多分怒られるんだろうけど、
写実的にぼかし=印象的=印象派=マネ、モネだったか、
そこらへんになる。まあ僕も好きだけど、
何か刺激という意味では、圧倒的にシュルレアリスムとか、
抽象画(四角とか丸とか。図形にしかみえないものとか)とかに
適わない。

平和=優しいというのは実は違うんだろうと思っていて、
とはいえ、戦争しろとかそんなとんでもないことではなく、
平和=自由=実は厳しいみたいな、考えがすきというか、
多分そうなんだろうと漠然と思ってきて、
今ここでは、そのようであると断言してもいい。断言しても、
誰も怒らないしむしろ、安心する人が増えてニコニコになるだけかもしれないから。

友人と呼ぶにはちょっとなれなれしく、
知り合いというにはよそよそしい、
これをある人の言葉をかりて「斜めの関係」とか
またある人の言葉をかりて「第三者的なつながり」とか(笑)
そう呼ぶとして、
今日その代表であるKさんに、
「脳内に出てくる言葉よりも、早く文章が出来ている」みたいなことを
言われたりした。

実際にほぼその通りで、
あまり考えて、推敲して文章は、とくにこのブログの
文章というものは出来てない。
だから、書きっぱなしが基本だが、だからこその
スピード感がやはりあるのかしらんと少しだけ感じたりしつつ、
ありがたいと思ったりする。

推敲して、きっちり書くべきものはそうしていく必要がある。
逆にこのペースで書いていくと、
大体文章が冗長であったり、長くなりがちである。
だからこそ、実はタイプするとか、何か考えながら
書いているという感じがないのは確実だ。

インスタントラーメンは、お湯を注げば
ほぼ間違いなく食べられるものになる。

それと同時に、
僕は「思考する」ことで、お湯が注がれ、
勝手に文字がタイプする。
もちろん、これは、小説とか、何かしらストーリーを考えて
うっていたとしたら、多分こううまくはいかない。
そういうストーリがーどんどん出てきて、何かしらイメージを
訴えられるような力が多分ない自信がある。
が、根本的に、訓練である程度はいける可能性はある。

例えば、よくあるのが
「そういえば・・・こういうのを思い出したんだけど」
といって、思い出しながらその話をすることだ。
鮮明なイメージはないにしても、かなり断片的でも、
話そうとする。それって、自動的に、何かトリガーがおきて
ががーっとかけてしまうということになる。

まあ、それは少しずれているのだけど、
とにかく、脳も壊れることはあるけど、
あまり脳に逆らわないようにしている。

だから、突然「きたー」といって、
友達だと思っていた人を3人くらい失っている。
まあ、嘘だけど。


余剰パワーをどう使うか

どう考えても、
エネルギーが有り余っている時期と
そうではない時期がある。

エネルギーはじつは貯蓄ができない・・・。はず。
だから電気エネルギーなんてものは、ある程度
リアルタイムで動かし続ける・・・。
そりゃ、電池みたいなものもあるけど、あれってコスト高くなる?
ので、主流は、コンセント、工場用電力みたいなイメージ。
さあ、間違っているのかは分からないけど、基本そうだろう。

で、余剰パワーがあるときは、色々やれるから、
当然自分だけではなく、他人にも、色々できる。
が、ないときは、自分だけで精一杯になる。

ならば、そこらへんを考慮し、ある程度
安定したエネルギー供給は可能にならんかと考えると・・・?
これがなかなか難しい。
ある種共同体、宗教になってしまうし、
宗教自体は否定しないが、どうも画一的な考えに走りやすいために、
そりゃ神を信じるのと、行動は別だけどもね、
新しく宗教を作るのもなんだかなと(笑)

ある友人は、会社=宗教、いいじゃないかみたいなことを
いってたが、それはチャウんではないかと思ったり。
まあ、その人はそれでOKというなら、止める気は毛頭ない。
がんばれ友人ということで、OKだろう。

パワーが有り余っているので、
もっと色々やらねばいかん。

みなぎるパワーはやっとマグマクラスになってきて、
いくつかで発散しないと、壊れちゃう。

就職しないで生きるには

別に現実逃避して生きようという話ではない。

ただ、原題が根源的利益みたいな、意味合いだから、
ちっとタイトルがやや雰囲気でないかも。

話としては、ビジネスとか、本屋とか、そういう諸々のことを
著者がやってきて、色々試みた・・・的な話。
最後らへんでは、家を買う、売るみたいな話もある。

エッセイ風だが、新書とかにあるキャッチなタイトルではなく、
そういう意味で、読みにくい。
結構面白そうなことが書かれているのに、
唐突に友人の話とか、脈絡なく話が続くイメージ。
それが非常に勿体ない気がする。

多分改訂して、きちっと組みなおせば
かなり売れる気がした。とくに今は(笑)

あとがきに、ほんやら洞の話が。
京都にある喫茶店。ふむう・・・1972年開店で、
今もあるのかしらん。面白そうっすね。

あと、当然だけど、
就職=職種に就く=就社みたいなイメージが強いですが、
なんにせよ、仕事=金銭を有無ものがなきゃ、
やっていけないのですから、なにせこの日本は資本主義社会でっせ、
きちっとそういうことをやっていく気がないなら、
就職しないで生きることはまず無理でしょう。

自由度が高ければ実は意外に動けないとは
人間の結構重要な真理ですね。
何かしら制約がない・・・ってことは普通なさそうですが。


就職しないで生きるには就職しないで生きるには
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ビジョンと方向性

万一というか、1stSTGから読んでいる人がいるかもしれないが、
それはきっと、何か間違っていると思って、スルー。
が、そういう淡い期待を常に残すのも素晴らしきかな。

ビジョンが明確になってきている。
キーワードを並べても、検索エンジン的な、表現にしかならないので、
形に落とし込みそれらを、しっかりと伝えていく。
まあ、形にしても、それを見てくれないと始まらないってのは
あるけど、形=人が見ることが出来るってのは
1つの進歩だ。そして、次が待っている。

方向性としては、志向するのは、社会だ。
少子化と高齢社会になっているのに、
いまいちそこらへんの盛り上がりがない。
というか、あえてスルーしているようにすら思える。

面白さとは
「良い意味での裏切り」
「新鮮、あんまりなさそう」
「わくわくする」
といったことだったりするが、
実は会話にはそういうものが含まれている。

そんなことを思いながら、
ビジョンはでかく、そして行動は確実にだ。
家は借りて住め、本は買って読めにあわせれば、
ビジョンはでかく、行動は小さくだ。

小さな行動も、大きなビジョンがあれば
大きな行動で、ビジョンが小さいのに比べれば
全く効果が異なる。

それは人間の意識というものに関するすごさだ。
意識して何かするだけで、意味が、意図が全然違う。
得られるものも違う。

なんとなく仕事をしている人にとっては、
全くもって、なんとなくでしかないのだけど、
そうではなく、何か明確に意図、目的があって
行っている人にとっては、その裏づけ、学び、気づきの
場でしかならない。

多分、漠然と同じように全ての人に話して
通じることはない。だから、コミュニケーションは変動する。
相手に応じて変わっていく。そこが面白さだ。

何にせよ、
ビジョンとか方向性とか、なんでもいいけど、
手を挙げること。
それは仕事の客先ではなく、上司でもない。
そう、社会に対して手を上げる。
まさに直列つなぎだ。

ここらへんは妄想だと思われてもいいや。

モノオペラ

いわゆる、モノとのは、
モノローグや、モノトーンのモノだ。
つまり、単一のを意味する。

オペラとは、音楽とか言葉みたいな、
うおりゃーって感じでやる。

単一のオペラと略せる=モノオペラは、
多分、書かれているように最小単位だ。

コミュニケーションと、細胞の関係は?
そう。それが最小単位ということだ。
単位とは、それ以上区切れないものだ。

例えば、1mは1m単位で、50cmも、0.5mといって表す。
当たり前だが、これをコミュニケーションという単位で
あらわすと、1コミュニケーションは
一体何を指すだろうか?
一人の人と1時間あたりに話す伝達量?
それとも、お互いに分かり合ったと思える感じ?
また、それとは違って、コミュニケーション力の力?

単位とは、ひたすら定量的で、
科学的で、データで、数値で、
味気ないものかもしれないが、
単位は規制を作り、ルールと秩序を生み出す。
要するにそれで安心が生まれる。

ルールとは縛りではなく、秩序だ。
秩序が安心とは言いすぎかもしれないが、
そういう面がある。

コミュニケーションの単位を規定するとき、
「カフェで1コミュニケーションする」とか、
そういうことがもし可能なら、
何かものすごく安心が生まれていく。

コミュニケーション。

身体は細胞だが、
精神的な人間の最小単位は、コミュニケーションだと
感じるものがあった。

人は何かを伝え、何かを表現しようとして、
何かをしようとする。
多分、それを分かる人と分からない人はいるかもしれないし、
分かるっていっても、独自の解釈なり色々あると思うのだけど、
新しい形というものの提案。

そこに常に目が向く。

ベクトルだ。
新しいベクトルだ。
力やエネルギーを作り出すには、
ものすごいパワーがいる。
きっと、何かしらのパワーがここにある。

小さな単位はきっと、その可能性があり、
レバレッジというてこの原理が作用する。

だから、ルールとか、単位を規定することは
制限ではなく、発展。展開。可能性。

モノオペラが街にこだまする。

あいうえをかきくけ

呪文。
やる気が出てくる呪文です(笑)

危機感

本来自分がやるべきだとは思っていなかったことが、
ある種の危機感で、覆り、
「あれ。これやばいんじゃねえの」と思ったら、
自分が手を上げてそれをやってたみたいな。

そういうことって実は入り口は
純粋さがないが、実は曲がっていたほうが
それほど、戻りづらい=軸が固まるので、
いいんじゃないかと思ったりする。

危機感ってなんだろう。
明日生きていけない危機はないが、とはいえ、
ずっとそのままで何も変わらず生きていけることはない。

例えば、親が死んだり、親が死んだり、親が死んだり(笑)
していく中で、自分がどう振舞うか。
てか、親殺しちゃいやん。

最近は、
スルー力とか、勘違い力とか、
その手の逸脱パワーを助長する力が見えてこない。
KYも面白いが、でも、暗号か、内輪か、で
社会的メッセージにかけるのが難点か。
え、十分社会的だって?いや、わかんないや。

風景と社会が変わっていく中で、
僕も少しずつ変わっていく。

どうでもよくないけど、
マーティングリサーチなんて、
金がっつりつかって、できるなんて、
そもそも前提が終わってる。
終わってるというのは、使えないということだ。
お金をかけずにどうやってニーズ調べるんだよ?ってことを
知りたい人、多いんだろうと勝手に思ってるが、
ヒントというか、やり方は簡単で、
周りの人に聞く。
当然、聞ける人が多い方が色々でてくる。
が、仮説みたいな、こういうニーズはあるだろうって
のが全然見えてこないなら一旦棚上げすべきか。

あとは、本とか、資料、統計を調べるとか、
現地へいくってのがある。
これもいいけど、一番やってはいけないのは、
例えば、ターゲットは3万人いて、その人たちはこうで・・・
というような机上データ。

それはデータとして、客観視としてはOKだけど、
で、それで実際にアクションおこして、
ビジネスなら儲かるのか、という点と、
(ああ、別に儲けないビジネスでもいいけど(笑))、
イベントなら成功するかどうかという点で
活用できるかなんだろうと。

3万人とかいってるけど、今どうみても、2人しか
見込み客がないなら、3万人ってどっから
出てきた数値だよと。
そして、3万って意味ないんじゃないかと。
目の前の2人と確実に関係することで、100人になるんじゃないかと。

なんか学問学問してしまうと、
そこで考えてしまって、最終的には、
そういう単純なところがみえづらくなる。
という経験がある人はいいのだろうけど、
それやってりゃえーんだがねって人は、
危機感サプリでもどうぞ。

さおだけ屋はなぜ潰れないのか? 身近な疑問からはじめる会計学

知り合いの薦めで。

さおだけ屋がつぶれないかという問いは、
本書の中では、「身近な疑問」の1例であって、
この本の主ではない。

回答としては、
さおだけ売ってないのと、
副業みたいにやる、
みたいなものだ。

これ、なんか拍子抜けしてしまったのだけど、
でも、知り合いの言っていたことと合致する。
そう、「表面」だけみていては「ビジネスモデル」は見えてこない。
という気づきが得られたので満足。

住宅街に高級フランス料理店の話がある。
これも、連結という考えでうまくまとめてくれて、
非常に使える。
これは、「編集」といっていいのだけど、
自分の強みや、今やっているところからさらに深めて、
次につなげる。こういう作業は楽しい。
まさに、得意技の作業か。

身近な疑問というところが
分かりやすさがある。
ただ、著者の本を僕もいくつか読んでいるが
そういう人にとっては、
多分そう目新しさを感じないかも。

出た当時はそうかもしれないが。

というわけで、
ポートフォリオなり、柱を組み立てて、
事業を成り立たせるのがやはりいいかと。
一本でやるってのはしんどいというか、
逆に安定しないというか。



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おお・・・

いいなあ。
色々な動きがあって、楽しいもんですなあ。
が、見えないところで、泥臭さが一杯。

泥臭さは嫌いではなかったりするが、
不条理に対してはレジスタンス運動を展開する。

これが現代か。
上っ面で満足して、
そこで終わりなら、
ちっと勿体ないぜ。

夜を想う

言葉が
言葉を生み
言葉が
言葉を壊し
言葉が
言葉を介し
言葉が
言葉として
言葉が
言葉が宙に舞い
広く広く大きな世界で
多くの印刷物と会話と電話とインターネットに
使われていく

僕の言葉は
どこへいったのだろうか
僕の言葉は
今ここにあるのだろうか
僕の言葉を
取り戻すなんてことはおかしいのだろうか
僕の言葉は
一体どこにある?

言葉では表せないものを
あらわせないという不自由さ
不自由さを感じて表わそうとする
挑戦者がいる

僕は言葉を使い
言葉が僕に使われるが
でも言葉が僕を使い
僕は言葉に使われることも
全く同様に存在する

実存とかいってる場合じゃない
笑えるかどうか
それが全てだ

それが僕の夜だ

ネバーネバー

ネバーマインドではなく、納豆。ねばねば。

粘着質の人間に対しての最たる手段は、
シカトである。そんなことをいう大人がいると、
世の子どもが失望するからいけない(笑)

それはともかく、
情報の使い方の確認ってのを再認識。
やっぱ、動くベースがないと、全て無意味になりやすいっす。

あと、現状はどうで、未来はこうしたいみたいな。
楽観な理想と、シビアな現実客観視が
僕の中には大体両立している。

だから、あまりどちらがどーであーでこーでで
苦しくなることがない。
僕のやわい論理がロジックな人と思われるなら、
相当軽いんだろう。
逆に僕の楽観は、現実的な楽観なんだろう。

ロゴスとパトスで、地球を口説くか(笑)

色々と

うむ・・・言ってる以上に動けるなあ。
動くと色々あるわけだけど、まあ色々で。
気付きが多い土日。
だが、それを全部一気に圧縮アウトプット。

・断片をみていてはアウト。元をミロ。牛乳わっしょい
・試験的に動くときの共有が次につながる。
→これって、ものすごく有難い言葉なんだよなあ。ありがたいっす。
・自主財源率!
→銀行の自己資本率みたいなもんですな。まあ、大事大事。

・いくら個人であっても、かかわりがでかいものがあれば
その個人の連携先・協力先で大きくなる・・。
→これもいいなあ。要するにその個人だけを見ているのではない。
連結的な考えだなあ(さおだけ屋は・・・読んでますので)

・報告書とか公式情報の工夫。
→こういうのって最後になるということですねえ。

従業員、組織に属する人って
考えが硬直しやすい。多分。
だから万人に独立はおすすめできないし、無理だろうけど、
でも、何かしら独立したものがないと
今後って窮屈すぎる時代になっていくような。

・口で語ること、文章で書くこと
文章で書くほうが、時間はかかるかもしれないが、
自分にとってはどちらも好きで、やりやすい感じ。
むしろ、口で語ると冗談飛ばしすぎてうまくしゃべれない。
はい、嘘。

・データと、数値の素敵さ
安心感はそこらへんからざくざくとでてくる。

・プロ意識
結果が全て。これは自己解釈。
それでできない事実があればそれを認めて改善を。

・見せ方、書き方、ターゲット意識
なんでもそうだけど、自分の想いは大事だけど、
それって実はそれに加えて、他者視点もないと、
現実って社会にはマッチできない。
自分やりたいこと大事。でも、それやって、
誰もそれを必要としてないなら、趣味ですよね。
全くその通りで、だから、ビジネスなんてものは、
3C分析なんてあるんだよ!と、なぜか怒ってみる。

・映像、絵とか、色々なもので残してみる
うむ・・・ヒントになる。早速アイディア練ってみるか。

ふがあああ、かけないなあ。
まあいいか、省略。

ハイ・コンセプト「新しいこと」を考え出す人の時代

おお、面白いじゃないか。
笑うヨガみたいなのは、最近の日経でもドンピシャで
載ってましたね。

以下気づきを。
・MBA型か、MFA型か
これは、MBAの重要性が変わるというより、
今時代が求めているのはMFA。MFAってのは、美術学修士。
というか、そもそも日本で、こんなのあるんでしたっけという
率直な疑問。美大卒でも、その後の学問ってあるんだろうか。
あれば誰か教えてくださいね。
本著の流れでいえば、類推可能だが、
要するに美術とかアートとかの右脳なものを
持っている人のほうが、ハイコンセプトってことでしょうな。

・コーヒー一杯で出来る「問題解決」実践練習
これは書かれている内容ではなく、改良したいかなと。
キャッチがいいと思うので、使わせてもらう。TTPだ!


・ミニミニ短編小説
単語数50で書くみたいな話。面白そう。
これは文章系で使える。ひひひ。

・ストーリー・コープス
自分史を語る。ニューヨークにある小屋の話。
が、キットがあり、それでもできるらしい。
ここからのヒントは、パッケージ化、ツール化の
幅広い活用という視点。

・マンガの吹き出しをのセリフを考える
これって遊びっぽいけど、そういうのって想像力がないと・・・。
経験とか、考えたこととか、立場とか演技とか、
論理的ばっかでもねえ。
ユーモア磨きたくなるなあ。これも活用できるなあ。


右脳とかそういうことはおいておいて、
とにかく、今までのやり方を続けていけばOKとか、
論理性とかについてだんだんマンネリがある。
そりゃ必要だけど、きっちりはっきり論理でしゃきーんみたいなのは
面白さを感じられにくい。

ユーモアとか笑いって、論理の裏とか、
逆心理とか、そういうところが面白いわけで。

おすすめですね。

ハイ・コンセプト「新しいこと」を考え出す人の時代ハイ・コンセプト「新しいこと」を考え出す人の時代
大前 研一

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プロ意識

結果を出さなければ意味がないという状況で、
結果を出せないならば、死ぬのか?
んなことはしやせんよ。

ただ、同じ結果を求められていることは、
ほとんどないんじゃないかと思ったりする。
AさんはAさんなりの目標が、
BさんにはBさんなりのそれが。

集団、組織では、
ある程度、人間が均質化され、
ルールが規定され、そこで、仕事が進んでいく。

ちょっとやってみてダメだったから
諦めるのはちょっとはやい。
もうちょっと粘ることができるかどうかで、
全然結果も今後も変わってくる。

粘りが足りないという人は、
実は粘りというものへの期待がない。
要するに、粘ると良くなるみたいな。
ゴネ得みたいなあんまりキレーな言葉ではないものが
あるかもしれない。

で、これは新聞の切り抜きからのネタ。
教師がプロ意識もたんといかんよねーみたいな話。

何にせよ、結果云々いってるのは、
それは他者、社会が関係しているからだ。
そうじゃなきゃ、趣味で、個人で、自分の中で
やってりゃああいいんんだよおおおおおおおおおおお。
ということを、しつこいくらいにいっても、
分かる人と分からない人は確実に存在する。

なんで社会がどうのこうのって話もある。
若ければいいさ。
年をとって、そんなこといってたら、アウト。

そういうアウトの判定も分からないなら、
さあ、どっから話せばばいいんだ?
話すのめんどうくせえ!

努力と汗の否定

努力が嫌いなのではなく、
努力が大事で、努力すれば
何とでもなるみたいな根性論を唱える人が嫌いだ。

気合という言葉は嫌いじゃないが、
それは議論で使っちゃいけないNGワードみたいな最終奥儀であって、
それを使わずにどうできるかみたいな、
そっちに重心を置かないとただの根性人生で終わる。
それも一興だが。
なんかこのフレーズどっかで覚えが(笑)

汗水たらすのもどうかと思ったりする。
別にブルーワーカーはゴミである、クズであるなんていってなくて、
というか、そんなことを思っている人が想定されること自体、
いかんのだろうが、職業に貴賎はあるかもしれないし、
もうそこらへんは深すぎて一概にいえないけれど、
汗水流すのが好きな人がいると思うし、僕も汗は嫌いではない。

ただ、それをしないと努力してないとか、
頑張りが足りないみたいな、今の時代の化石みたいな人は
やはりたくさんがっつりいるわけで。
化石は化石の価値はあるが、それは化石があった時代、
というか化石になる前の時代を想定できる、
環境が分かる程度であって、今それを必要としてないならば、
つまり化石の時代に興味がないなら、化石は価値となりえない。
これはひどいのだろうか?いや違うだろう。

勘違いを否定するために、
僕が何もせず、本ばかり読んで、
終わっているみたいな印象があればそれは軽くスルーしておいて、
舐めんなよと。
「君、この程度しかできないの」といわれると、
ちょっとベクトル間違えると、その人にダメージがいくかもしれない。
まあ、そんな舐めた口を聞く人間は、
相当できるか、相当馬鹿のどっちかだから分かりやすい。

自分中心に回っていると思っている人がいれば、
軽く否定をして、鼻っ柱を折ってやりたい。
他者を受け入れずに、何かやろうとしているなら、
それも全否定してあげる。

やや青臭さはあるかもしれないが、
時代の流れと、今後のニーズ。
そして、自分のできることやりたいこと。
さらには、今後のライフデザイン。

雨はぱらぱら降ってるが、考えることは多い。

ソラニン

読み返してみる。ほどの量ではないが。

主人公の種田・・・ああ、芽衣子が主人公かもしれないが、
どちらでもいいや(笑)、
種田が結局事故って死ぬ前に、
本当に自分は幸せなんだろうか、本当に?、本当に?で
3回くらい本当にと問うている。

それは、学生時代からやってきたバンド仲間で、
今まで間があったが、一発奮起してとった音を
レコード会社に送りつける。

結果、1件話があるが、断る。

これで、終わりにしようといって、
仕事につき、そして、バンドは趣味でやりたいのだという。

その後に、種田は問う。
そう決めて、実際に仕事にもつけたし、今後はそれでいいのだと
思うと芽衣子に電話で話した後に、種田は問う。

本当に?

人生は短い。
バンドマンとして成功する・・・のは
1つの夢だろうが、でも、そういう主観のみでは
実は絶対に人生は構成されない。
まれに「主観」のみが大事って人はいるけど、
それは大げさ。多分、それくらいいって、丁度いいとか
そういう悪げなさがある人が多い。

で、実際には種田は自分の才能、バンド仲間の加藤とビリーも、
才能云々についてはいっている。才能があるよりないって。

客観視。
自分ら、自分がどれくらいのレベルなのか。

なぜそんなことが必要か?
そう。趣味とは、自分で好きなように好きでやって、
誰か何を言っても、それは関係ないと割り切れるものが
多いことだ。
つまり、他者の介在がほとんどないものといっていい。
また、他者にペースを握られることはないものといっていい。
さらにいえば、関わらずに出来ることといっていい。

自分たちの歌詞、メッセージ、音楽は
やっぱり良いと思っている。
だから、多くの人に届けたいんだ。
それってやっぱり、趣味ではないね。

種田が死んだのはいいとして、
芽衣子のその後は、2巻に書かれている。

思うのは、この本は死者の悲しみとかではなく、
そもそも、仕事って微妙だなってところを、
分かりやすい切り口として、バンドマンみたいなところで
書いているところ。

主人公への共感はあまりないが、
気になる本だなあと読み返して思ったりする。

例えば、無気力みたいなのがあるとしたら、
一昔前の三無主義(笑)みたいなのとは
今は違うんだろうとか思ったり。

AAA!

トリプルAじゃない。
あああ!だ。

さて、今日も出かけるぜーとかおもってたら、
雨激しい。
普通ならここで家でじっとしていようとか思うかもしれない。
うーんただ、ちょっとぶらっとしたいので、
考えている。ここらへん、臨機応変。

この強い雨が続くのは勘弁ですわねえ。
予報ではそんなことはなさそうだけど。

アウトプットと整理することが
結構できたんですが、まあ1日じっくりかけてやるってのも
ありですなあ。

2008年9月20日

は一度しかこない。

刹那主義といえるが、
とはいえ、毎日を大切にするともいえる。

要は捕らえ方しだいだ。

地下鉄の構内で、タバコをすって階段を
あがる女性がいた。

後ろから蹴りをかましたくなった(「蹴りたい背中」って本があったが)
が、やらないのが大人なのか、
それとも普通なのか、変なのか。

そこまですることはないのは分かっているが、
まあ、ガムを食べながら歩く俺と変わらないのか。

そうか、そういうことか。
よろしくな、同業者(笑)

AIG

リーマン破綻により、
AIGの債権処理もがつっと米政府が担ってくれたのか、
AIGのCEOが辞任をし、
そして、日経新聞には、
AIG広告で、
大丈夫です。大丈夫ですという広告が入った。

基本的な仕組みをおさらいすると、
そもそも、お金というものが価値があるのは、
そして商品と交換できるのは、
お金に信頼があるからだ。

ジンバブエだがどこだかで、
ものすごい、1000000000000000000000
円みたなもので、パンが買えないみたいな。

そう、つまり、100円というのが、
100円玉で買えるのは、
その「お金」に価値があるからだ。

はい、ここで意味が分からない人は、
お金についてもっと勉強しましょうとかえらそうなことを言ってみて、
終了。

とにかく、
普通に考えれば、なぜに民間でふっとんだ金を
公共が面倒見るのか。
公共は税金ですし、毎日、毎月払う金から
出ているわけですね。

で、単純ですが、
「社会的影響」がものすごく大きくて、
それで、「公共」になるんですね。

軍事でいえば、厳戒令みたいな。
強制力があるんでしょう。

でも、これって、いくつかかかれていますが、
大きなところはつぶれない神話・・・があって、
まあ、国より大きなところもあるわけですが、
でも、本来はつぶれていくのが、資本主義、ですわね。
ただ、国家のコントロールもそこに介在していくと、
というか、国家、政府がコントロールしないと、
パニックになりますね。きっと。

いきなり、保険のお金何もかえってきませーんとか、
きいたら、ふざけんな!ってことになりますからね。

で、金融不安、取り付け不安みたいなものは、
結局、そういう人間心理からでしか発生しなくて、
本当にやばいのはしゃーないですけど、
その行動によって、市場の株価なんかはばんばん反応するわけですね。
投資家(法人と個人とか)の心理ですねえ。

不安とは、本当に不安なわけで、
信頼ができない。いつどうなるか分からない。
そんなことでしょう。

この1週間で取り戻してきた感じがあり、
ほっとしていいのか分からんですが、
とにかく、リーマンは返済能力がなくなったので、
そのお金は?
というわけで、消えて終了・・・となればいいですが、
銀行やらどこやらは分からんですが、
貸してたお金が戻ってこないってことは、
損失になるわけですね。

で、それは営業成績、会社の成績につながり、
影響を与えていくわけですね。

なんか面倒くさい感じがしますが、
アメリカのことだから、日本は関係ないと
思っている人は多分ちょっとやばいので、
その認識だけは改めてもらったほうが吉です。

なぜなら、金融なんて、見えなさ過ぎるものは、
どんどん国の間を出入りしているわけなんですね。
どう出入りして、どうなっているかは知らんですが、
要するに、街が火事になっているのに、
その火事がこっちにきているのに、知らないっていうと、
知らないのはOKだけど、まじで焼けて死ぬよってことです。

脅すつもりはないんですが、
金融はかなり分からんので、
何がおきているか分からないのが正直なところで、
ちょっと分かっている人は理解できているかもしれないので、
そこが悔しいです。
どういう影響があるのかを基本的なことがあるはずなんで、
そこが学びたいところですな。

自衛というのは、そういう意味で個人が
知らないと損をするなーってことですね。

深呼吸&GO

馬鹿みたいにアイディアがあって、
全部実行できないが、
いかん・・全部とは言わんの馬鹿。
少しはやらせろー!

が、アイディアだけで、
これ企画にならんの一杯あるなあ。

まあ、それはいいとして、
動き読み実行し、そして笑う。
違うな。
笑って、動き、実行して読むかな。

まあ順序はどうでもいいや。
論理性にFUCKIN!

AtoZ

全部って意味で。

こういうことを考えたことはないだろうか。

朝起きて、
さあやることというか、
予定というか、約束とか色々あったかな、
ああ、でもなんでこんなことしてるんだろう・・・?

無気力ではないが、
生きる意味みたいなことは、
どうしても切り離すことはできないと思っている。
哲学や宗教で解決できればいいが、
一種の考え方でしかない。つまり、答えはない。

だが、答えがないものは、考える意味がないと
誰も言うことはできない。


いくつか動いたらやったら、
やはりいくつか形になってこないと、
やる気でてこん。それは僕の印象。
やってもやっても、前へ進まないのなら、
例えばゲームで難しすぎるものは、
プレイヤーを選ぶ。だから、受けないだろう。
一部のマニアは別だが。

さあタスク洗い出しすっかーー。

肉食の思想―ヨーロッパ精神の再発見

知り合いから頂く。

結構面白い。
一番面白いのは、肉食=肉がメインで、パンはその付属ということ。
あと、キリスト教の人間中心的考え。
神!とはいうが、神も人間ベースでまわっているような。
ギリシア神話の神を思い出したり。

この本は古いが、
主食ってやはり大事で、
文化とか国とか、考えとかに影響でてくるのは
事実だろう。宗教的な思想ではなく。

辺見さんだったか、昔友人が読んでた、
食の本を読みたくなったので、読むとしよう。


肉食の思想―ヨーロッパ精神の再発見 (中公新書 (92))肉食の思想―ヨーロッパ精神の再発見 (中公新書 (92))
鯖田 豊之

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世界に色をつける

うまく説明できないが、
ある概念、コンセプトを、
ある形、見えるものにしていく。

でかくいえば、
見えないものを見える形にしていく。

コンセプトの可視化。

これはまあやれる人は普通にやれる。
が、自分のことの話で、
他人のことでこれをやる人は・・・?
カウンセリングとか、医師とか、コーチングが近いか。

ここまでは新しさはない。
さらに、

コンセプトの可視化→どのような影響を与えるか。

という視点で、社会性をアッドする。
そして、さらに、

コンセプト可視化→影響→社会→どういう未来を作るか。

と、未来への提言。
政策もビジネスも、何でもござれ。
が、さすがに全部はきつい。というか分からんこと多すぎ(笑)

もし、今の世界とか社会とか、
何も無色で、白黒のグレーな社会だというなら、
やっぱ色つけたいじゃないっすか。

みたいな。

相手に伝える意味

難しいのだが、
相手にそれを伝えて意味がある場合と
ない場合がある。

ケースをあげて、根拠とか色々って
なんか「らしい」けど、
それって、
「正直」どうなの?
って質問で全てがチャラになる(笑)
ゼロクリア。

そういうところで話せると非常に楽。
自分の気持ちを話せるとは良い関係だ。
そういう関係がうまく作りたい人と
作れないほどのストレスっていうか、
ストレスというよりも、やりきれない感は
人間関係だけにとどまらず、
あらゆるところである。

久しぶりにA4の紙1枚に自分の思考を
まとめてみるかと思ったり。

あと、手順書とかフローを作ってみるかと思ったり。

そして、最終的には、
提案していく姿勢ってのがそこにある。
土台というか、今ここにあるものというところで、
がつっといける土台がある。
土台を作りこんでいきたい。

花に嵐のたとえもあるさ 
さようならだけが人生だ

ちょっとした後悔はある
だがその後悔なんて後悔になりえないレベルの小ささだ
今後を考えると。

営業魂、切り込み隊長マインド。
ふつふつと沸いてくるこのテンション。

ああ・・・完璧じゃああーりませんかー。

生きる恥ずかしさ

生きるってことは、恥ずかしいことではないか。
そんなことを思った。
恥ずかしがり屋は耐えられないから、
だから、死を選ぶのかもしれないなと。

短絡的な思考ではない。深いかもしれない。
浅いようで深くて、深いようで浅い。

生きることに何も価値がないとか、
何も本当にないなら、
人は生まれない・・・。と思ったり。

今恥ずかしいのなら、
恥ずかしくないようにしてみてはどうだろう。

恥ずかしいとかそういうのが
全然あさって感のように感じるなら
どこまで恥ずかしさの思考をトレースできるか
試みてはどうだろうか。

毎日が楽しいということ

揺るがない心と
熱く強い言葉と
そして信頼できる人

衣食住足れば
何を求めるのだろうか
それは他人か自分か

自分を信じている
ちょっとした言葉のどうでもいい些細なことは
どっかに投げちゃって
自分を信じる
もちろん信じていないというか不安な
そういう部分があるからさらに信じる

信じられないなら信じられるような
信じてくれる人と話す

自分を信じているからこそ
他人を信じることができる
逆は多分ない
他人を信じることで自分を信じることって
なんかイメージできない

毎日は面白くできるんだ
というのは理想、夢、白昼夢(笑)ではない

実際にそうすることが
1日でも出来るなら
その1日をトレーニングみたいにするか
誰かと一緒にやるか
自分の好きなことをやるってルールにするか
そこらへんのルールづくりは自由だ
実際にできれば毎日が面白くなる

毎朝電車で通う人々の目が
活き活きしてないように見えるのは
自分が問題か、相手の問題か。
自分もそう見えてるんじゃねーか?

問う。
いつ、子どもが大人になり、
社会人なんていうケッタイ(笑)な言葉になって、
いつ夢とか、心とか、現実とか、お金とか、
しがらみとか、世間とか、よくもわるくも、
自分らしくないまま生きるのが大人だよね。
みたいなことになるんだろう。
不思議でしょうがない。

不思議を投げかけていくだけでも、
今の時代には価値があるとおもってる。
さらに形にし、それをもって社会に還元する人なんて
結構少ないだろう。
さらに継続し、コンスタントに結果をだし、
しかも、さらにその上を行く。

野望多し。
やっぞ。

ある程度の軸をもって、人間を制す

人間関係というか、関係性において。
とくに今後出会う人なんかに言えることだけど、
自分のある程度の軸は決めたほうがいいと思ったりしている。
中には決めないほうがいいっていうひともいるだろうが。

軸を決めることで、揺さぶられても戻ってこられるし、
まるでブランコを濃いでもちゃんと、最初の位置に戻ってくる
そんな感じなのだけど、

合う合わないとか、灰色の境界線みたいなのがあって、
それでこっち側、あっち側とやるのはいささか風流ではないね。
でも、ある程度軸がないと、そもそも、
自分が設定できないから、あっちもこっちも、境界線も、
相手も自分も分からない。

ひどいと、相手の思っていることが自分が思っていることだと
勘違いしてしまう。
それって良くも悪くも、今後の出会う人には適応しえないことだ。
であってからその後は全然フリーだけども。

辛い体験や、1日の刹那加減で
そのものさしで人生を測るなんて
そんなつまらないことはやはりして欲しくないな。

行動力より、実現力

行動力という言葉に実現する力は含まれると思う。
が、あえて、行動していくということでは、
実現するということが薄まって聞こえる。

行動力があると、結構言われるが、多分気のせいだ。
毎日が暇人である。わーい。

実現するということは、行動をしていって、
その蓄積物が実るということ。自己実現といっていい。

行動をしているだけ、という人はあまりいないかもしれないが、
何か形にできないなら、それを認めてしまった方がいい。
もしできないなら、残念ながら、能力がないか、やる気がないか。
そこらへんを疑った方がいい。

実は、痛烈に聞こえるこういうことは、
歳を取れば取るほど、誰も言ってくれない、
家族、友人、パートナーは言ってくれるかもしれないが、
そういうことを言わないでも生きていけるから、
「優しさ」なんて言葉で代弁しちゃうこともあるから。

違和感ということを大切にして欲しい。
違和感がないなら、それはOKかもしれない。
でも、そこに充実がないなら、嘘かもしれない。疑え疑え。

行動をしていくことで、実現していくことで、
先の世界が、未来の絵が見えることはとても面白いことだと思っている。
また、行動をしないことで、実現しないことで、
何も描かず生きていくことも一興だと思っている。

選択の自由は当然、そして実現の自由もきっとある。
さあ、社会に向けてアプローチしてみないか?

え、いやだって?
そんなー。

兄貴の人物像

兄貴の性格ではないが、それを思い出した。
ヤンキーみたいなやつが嫌いだった。別に正義感とかそういうのじゃなくて、
本当に嫌いなんだろうね。
ヤンキーって、別に学校の成績が良くないとか、素行が悪いとか、
そういうことじゃなくて、顔に出てくるものだろうか。
といったら、決め付けすぎなんだけど、ある程度顔はおいておいても、
目にはでる。目の力は重要。だから、ガン付ける行為はヤンキーが重要視するんですね。

そんなことを思い出したのは、
そういう兄貴の性格は嫌いではないから、僕もそのように感じている。
別に正義感があるわけではない。
単に、ヤンキーうぜえなと、ヤンキーがリーマンうぜえとか(笑)
社会うぜーとか思っているレベルで思われる可能性があるってことを、
多分知らないかもしれない。

自分が誰か、もしくは社会を、または何かを憎むとか、
うざいとか思ったりすることは人間だからOKだ。
でも、それって自分本位だ。自分本位もOKだけど、
逆に相手からやられることも考えると・・・?

駅や街で、地べたに座る若者は多い。階段とかね。
で、僕はそれを10代から観ているわけだけど、
いまだに理解できたことはない。
要するに、価値観が違うとかそういうことじゃなくて、
単に休みたいのだ、単に行く場所がないのだ、単に
規定のルール(カフェや喫茶店などでお茶する)に縛られたくないのだ、
俺たちは自由人だということだ。

でも、その自由さで一体何がどこにどのように、
自由を謳歌する自分らに得があるのか。
全く分からない。

楽したいとかって普通だし、僕もそうしたい。
でも、楽「だけ」で回るかというと、
どうも「だけ」とか限定とかされたもの、
少ないものでやっていくのは厳しいみたいだ。
米だけ食っていれば生きていけるが、ちっと栄養が足りないかも。
そんなことはない?飽きるかも。

損得だけ、打算的に生きるのは
多分そういう人はいるんだろうが、
スルーさせてくれ。
前にきたら、関わってきたら全力でつぶせ!

自動化の手法

前読んだ本を思い出す。
自動化とはコンピュータに自動的にやってもらうこと。
ソフトウェアではマクロとか、要するにプログラミングとか
そういうことをいってる。

ただ、自動化すりゃなんでもいいかというとそれは違う。
ヒントは2つ。というか本のままだけど。

1つは、回数の問題。
同じことを何度もやるか、1回なのか。

もう1つは、自動化にしやすいかどうか。
要するに簡単に自動化できるかどうかだ。

もっとも効果が高いのは、
何度もやる行為を、簡単に自動化することだ。

それを行うことで、
今回は、2時間かけた下調べで自動化を行う形になって、
結局、13時間の時間を削減できた。

この自動化とか視点がないならば、
きっと15時間かけて同じことをしたんだろうなと思ったりする。
コンピュータは便利だ。
だからプログラミングという概念を知っておいて
多分誰も損はないと思ったりする。

もちろん、15時間かけるのが悪いわけではないのだけど・・・ね。

本を見直してみるかな。
確か、エンジニアのための時間管理術です。
オライリーのやつっすね。

失敗を恐れない

失敗を恐れる気持ちは分かる。
僕だって失敗は怖い。
場数を踏むという意味の本来の目的は、
失敗に慣れることで、次への一歩が早くなるということだ。
失敗をしたいがために、場数を踏むわけではない。

不安や、恐れ、恐怖、悲しみ、悔しさ・・
色々な負の感情は実は大変に重要だ。

でも、そればかり見ていても仕方がない。
向き合うことは重要だけれど。それもある程度までだ。

失敗を恐れて動けない体質ではなくなった。
そりゃ、上に書いたように怖いことも一杯あるんだけど、
でも、簡単にいえば、
やらない後悔より、やった後悔を取りたい。
そして、そのように人生を歩む。

懐に入る。

いや、最終的にはそういうところを目指すわけ。
仕事も恋愛も。

でもね、色々あって(この色々とは、多分結果と、経験と
腕とスキルとかにもあるけど、実は規模も、やり方も、
考え方も関係ないみたいなことは言えるかも。
重要なのは、現実と理想のギャップみたいなものが、
落差が滝レベルなのか、水道の蛇口からの水レベルなのかだ)
懐に入れる人ってなかなかいない。物理的にも。

精神的に突っ込んだ話をできる人って
貴重だろうとか思ったりしているし、思ってきたのは
事実。

さあ、今後の自分の生き方が問われる。
誰も問わないけど、俺が問う(笑)

仕事なんかとくに、
懐に入ってくれみたいな人にかぎって、
実は「言葉」だけが宙に浮いてて、
こっちに伝わってこない。

よくあるのは、
「俺はこう思う。こうしてほしい」
というのは、多分誰でも出来るんだけど、
言わないよりいいけど、
でも、それってどこまで本気で、本当にそうして欲しいかは、
言葉ではない、言い方とか、やり方とか、
どういう風に考えているかによる。
つまり、言葉以外のところで判断するってことだ。
少なくとも僕はそうだ。

だから、お互いにとって、
本気度が低ければ、望むべきところに
いけないし、いかない。

なんでだろうって
考えるのはこちらも、相手も同じレベルかと。

さあ、君は何をやりたい?
何をしていきたい?
そして、何を望む?どうしていたい?

全てに答える必要はないさ。
少しやってみよう。

ちょっとまった!

矛盾=人間だとすると、
そもそも、矛盾だといっても意味がなくなる。
そして、人間=世界だとすると、
矛盾=人間=世界だとなるし、
そもそも、人間って弱いから、
弱い=矛盾=世界=人間みたいな。

違和感。

人におせっかいするつもりはないが、
自分のパワーとか、ベクトルを、
どこに持っていくべきか、どうしたいかって
やっぱその人が決めるべきで、
全ての人=他人の言葉はアドバイスにしかならない。

ってことをいってる時点で
アウトなのかもしれない。きっと。一理は。

だから結果を出してやるよと、
そういう意気込みしか大事ではなくて、
それを全て試す。

そして、その後に色々と語っていこうと思っているんだね。

ああ!

完敗だ。

僕は僕の人生に、
いや僕は僕に負けたのだ。

なんて独り言だ。
許さん?

僕の値段は310円かもしれない。
僕にとって良い機会となるだろう。ホントか?

雨は止んだのは、
普段の行いが良いからだろうと、
勝手に思っている。

ありがとう、雲!

「ボラみ展 in 愛知淑徳大学CCC」のご案内


友人からの告知依頼です。
このブログで、お知らせも珍しいですな。



皆様へ                                             

   「ボラみ展 in 愛知淑徳大学CCC」のご案内




来る10月5日(日)に、当団体の主催で 「ボラみ展 in 愛知淑徳大学CCC」を開催します。
このイベントは、就職企業展のボランティア版、ボランティアをしたい人とボランティアを
求める団体のお見合い、というコンセプトでの企画です。

ブース出展には、NPO/NGO各分野から、28団体の参加申込をいただき、感謝申し上げます。
ボランティアをしたい人を惹きつける多彩な展示や、初めての人でもできるボランティア体験を
用意し、楽しく、魅力あるブース出展となることを期待しています。

その他に、下記の講座を用意しています。ぜひご参加いただけますよう、ご案内申し上げます。

1)特別講座「CSR とボランティア」
  企業の社会的責任(CSR)の概論と、CSRの中でもボランティア活動に特化した内容です。
  ボランティアを始めたい人、活動中の人どちらにもオススメ、必見です! 
    講師:鈴木盈宏氏(トヨタ自動車株式会社トヨタボランティアセンター)
    時間:13:30?15:00
    参加費:無料
    定員:250名(先着申込順)

2)「ボランティアきっかけ講座」
  愛知淑徳大学生を中心に、日常活動の紹介をしながら、ボランティアの魅力を一緒に考えます。
    講師:永田 祐氏(同志社大学講師)
    時間:11:00?12:00
    参加費:無料
    定員:40名(先着申込順)

3)「みみラインきっかけ講座」
  個人ボランティア登録サイトがきっかけでボランティア活動を始めた方から、インタビュー
形式でボランティア体験のお話をうかがいます。
    講師:岩尾憲治氏(特定非営利活動法人かくれんぼ)
    時間:10:30?12:00
    参加費:無料
    定員:20名(先着申込順)

4)「ボランティア受入マネジメント講座」
  ボランティアを受け入れるスタッフ向けの入門講座。ボランティア・プログラムの立案を中心に
学びます。
    講師:芝原浩美氏(特定非営利活動法人ユースビジョン事務局長)
    時間:13:00?16:00   
    参加費:1000円(資料代)
    定員:30名(先着申込順)

**各講座の参加申込はFAX、E-mail でボラみみより情報局まで(申込〆切10/3。余裕あれば当日参加可)。
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このほか“体験コーナー”では、視覚障害者ガイドヘルプの歩行体験、展示体験、着ぐるみ体験もあります。

また“交流ラウンジ”では、自然食弁当、フェアトレード・コーヒーなどの販売、ノンホモ牛乳の試飲、
ヨーグルトの試食等があります。地元で活動を続けるバンドのミニ・コンサート(無料)も楽しめます。

社会経験を希望する若者から、これから企業をリタイアし地域社会での活動が期待される団塊世代に至る
幅広い層の、ボランティアをしたい人びとが活動の場を見つけ、ボランティアを求める団体が新しい人材と
出会い、それぞれ社会の中でつながり、力を得られればと願っています。
  
なお、「ボラみ展」の詳しい情報は、ボラみみより情報局HPブログで更新していきますので、ぜひご覧ください。

http://blog.canpan.info/boramimi/category_8/

以上。
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特定非営利活動法人 ボラみみより情報局
名古屋市中村区松原町1-24 COMBi本陣N102
TEL:052-799-5356 FAX:052-799-5366
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Blog:http://blog.canpan.info/boramimi/ (随時更新中!)
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毎日やることをやっていく

深い意味はない。

毎日仕事をしているなら、その仕事を大切にする。
毎日接客しているなら、接客を大切にする。
毎日運転しているなら、その運転を大切にする。
毎日会話する人がいるなら、その会話を大切にする。

プラトー。
凪の間に動きまくる。
雨が来ても落ち着け。落ち着くんだ。

そして、毎日やることをやっていく。
確実に自分の中に入ってきているものがある。
それを消化する。血肉にするのだ。

そして、提案をしていくために、エネルギーを爆発させる。

すげー

いくつかの気づきをアウトプットせねば(笑)

昔ってほどでもないけど、
前友人が、気づいたことを話せる仲間はいいなあ
みたいなことをいってたのを思い出す。
御意。

確かにその通りで、それがないとちっと辛いかもしれん。

毎日、色々なところで、タスクと企画が進行していく。
そりゃ膨大な数ではないが、自分が関われるものがね、
でも、少しずつ進んでいって形になっていくのは心地よい。

自分の中の姿勢としては、
やはり「提案」していく姿勢だ。
これ、ちょっと分野とか、面白さとか、
興味とかが抜けちゃうと、全然そんな提案姿勢になれん。
そういう姿勢ではないことをやっていることも、重々承知だ。

悪いことを改善もいいけど、
今は良いところ、面白いことをどんどん伸ばしていくシーン。
悪いことはもうほとんど原因は出尽くしていて、
対応策もほぼ完璧に行えばいいだけ。

さて、気合入ってきた。
マグマとまではいかないが、
この勢いで、引っ張り込む!!(何を?

責任の取りかた

それは、下、もしくはやる人に自由にやらせるから、
その行動、もしくは結果に自分が責任を取るということ。

今までも思ってきたけど、
やはり、そういう人がいると、下は動きやすい。
また、色々やれるしやってみたくなる。
そういうチームを作っていくかな。

逆に、上が責任とらん、なんか浮つく、
逃げ腰だと、下もそのようにしか振舞えない。

それって、上とかのせいにしてるんじゃなくて、
組織なんて結構がんじがらめで、意外に突破するのは、
時間と、力がいるってこと。
ルールを覚えるのも時間はかかる。

で、下が育たない、チームが育たないと
お嘆きの方は、
きっと、自分の言動と動きにまず目を向けてから、
相手にいくべき。
そうじゃないと、ただの嫌なやつかなあとか思ったり。

責任の「投資的」な利用法というか、
そういうの普通にやられると、すげーテンションあがるわ。

残念ながら、そうやって責任とるから
好きなようにやれって言ってくれる人は、
結構すくねーっす。
もしそういう人に出会えたら、きっとレアっす。
捕まえて離すな!盗め盗め!盗塁しまくり。

サラリーマン合気道―「流される」から遠くに行ける


合気道は、相手の勢いを利用する。
転じて、生き方も、自分自分自分ではなく、
相手との関係性のなかで、出来ていくもの。
ただ、関係性という点をそこまで重視している風には
読めなかった。それは別にいいのだけど、
あとがきにあるが、やや矛盾している点も
あることに注意。

それは、1つ1つがテクニックであって、
ポリシーではないという著者の見解があるわけで、
そこは深く読むべき。

自分がある、こうしていきたいという考えみたいなものと、
この著者の生き方、テクニックは交えにくいものがあると
率直に思うが、この本を買った理由として、
逆の視点が欲しかった。だから、
結構ひっかかりが多くて役に立った。


・理解できないものを作る
これはある種天邪鬼すぎかもしれませんが、
分かり易いものって、いいんだけど、それだけではやっぱりですね。

・営業パトロール
これは、著者が面白い仕事を探しに社内を回った話。
面白いですね。

・チャンスに照れない
これは、僕の一期一会、もしくは人生ワンチャンス、
あと、なるようになる、これでいいかも(これでいいのだの誤用)、
この1投に想いをこめる。みたいなのと同感。

・優先順位をつけない
この根拠は、10個あったら10個全部やることで、
また優先順位を低いものからやることで、
高いものは高いから必ずやるという心理を利用してやるってことです。
そうすると、全部が結びついて10個が有機的に結びつく。
が、ふと思ったんですが、著者は、追い込みやそういう心理を好むタイプ
なので、多分そういうのが苦手な人、
例えばこれでやれっていったらそれでやるみたいな、
人は多分無理でしょう。
例えば、10個あって、どれやっていいんですか?みたいな人で、
どれかいわないと分からないなら、無理っすね。

・今日で終わり
そうすることで、明日に力を残さない。
これって結構いいですね。自己啓発本でも結構ある話ですが。
でも、こういうのっていいと思いますね。
ある種刹那的ですが、戦略と、人を見る心があれば
最強のような気がします。
今日もあるけど、明日がある。

・初対面の人が仕事で緊張しながら人見知りしながら深まっていく過程
確かにこれは僕も好きですね。
飲みにいくとか、って実は仕事でコミュニケーション取れてないだけ
かもしれないなあと。それって、悪い意味で、ですよ。
酒とか、仕事以外のところでしか、いえないなんて
そもそも、仕事に対して姿勢がなっとらんわけですわ。多分。
これは正論とか理想ではなく、多分僕はそういう考え方と
生き方を選んでいくかなあと。

・自分から謝る
わざと謝って相手を対等にするとかもいいかも(笑)
ああ、これって仕事で言われたことがあるんですが、
同じことが。それは、客に謝るなと。こっちの弱みというか、
悪いことをしたところで、何か言ってくるみたいな。
いわゆる事故起こしたら相手が悪いっていう雰囲気ですね。
分かるんですけど、それって損得で、損しない生き方を
選んでいて、多分得できない人だろうって思います。
著者は、すぐに素直に謝るっていうわけですけどね。

僕も同感で、例えば政治家の妙な発言が取り上げられるのって、
変なおごりや、変な「頭でっかち」すぎる言葉を作りこんだ
結果なんだろうと。要するに、ごめんごめんいってりゃいいとか
そういうことじゃなくて、悪いなら謝れよと。
そして、自分からそうしていくと。

・リバウンドアタッキング
ラーメン20年よりも、タクシー18年で2年ラーメンのほうが、
同じ20年でも、リバウンドとして、タクシー視点での
ラーメンが2年で詰まっていいものができる。
みたいな話。
要するに、20年やっている人と、2年やっている人は、
全然違うとは一瞬思うけど、内実は分からん。
実は、20年やってきても、そこで、日々新しくしていかないと、
多分、20年分の価値はない。2年でもし追い越されたら、
ここで追い越されるとは何を意味するかはスルーするが、
それって、経験ではなく、単なる年数だねって言えてしまえる。

だから、同じことを続ける人はすごいとは思うけど、
それだけで、圧倒的な力があるとは思いづらいと
最近は思ったり。20年でも、1年に1回で20年なのか、
毎日やって20年なのかではまた比較しづらいし、できない。


この本は、ひっかかりが多くて、大変良かった。
といって、何か共感できるというよりも、
考えさせてくれる。だから、いちいち自分の頭で
考えてみて、どうなんだろうと、対話しながら
読むと深みが出てくる本かなと。





サラリーマン合気道―「流される」から遠くに行けるサラリーマン合気道―「流される」から遠くに行ける
箭内 道彦

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プラナリア

5作品あり。タイトルは1番最初の短編。

主人公は女が多いが、
プラナリアについては、25歳の女性の話。
乳がん手術後に、ひねくれものな性格が直るとおもいきや、
全く変わらず。

この女性、リアルでいたら、友達になりえないか、
いても確実に友達にならないタイプで、
多分ある種の、依存的なものがありそう。

まあ、それはいいとして、
どの作品の女性も、大体読んでて腹が立つのだけど、その主人公に、
でも、こういう人の心理はあるなっと妙に納得してしまう。
そういう作家の力は確実にあって、多分素人というか、
文章苦手な人はそこまで「落としこめない」のだろう。

で、囚人のジレンマなんて、心理学(囚人のジレンマは、
数学とか、社会学な要素も強いが、経済学とかも)な話も
出てきたり。

ただ、引っかかるものが欲しいというか、
上手いがために、作品の終わりも、そういう人がいて、
そうやってやっていくんだね、という形で終わっているのが
やや物足りない。

という意味で、僕の好きな小説というのが
大分固まってきているというか、そういうのも振り返りと
気づきになる。

多分、幸せで、円満な話はどこか猜疑というか、疑ってしまう。
いじめ、無関心、犯罪、自殺、強盗、そういうところに
人って現れているとすら思っている。
もちろん、それを「奨励」しているわけではない。
残酷なことを人間はするんじゃなくて、そもそも、性質として
残酷さがあるんだけど、そうしないのがあるんじゃないかって。
それは社会とか環境がでかい。

無職とかニートの、仕事に対する無関心については、
あまり興味はない。
多分土俵と、戦う場と生きるステージが異なる。
おっと、優越感?

そうではない。多分、今後、僕は「金」に恵まれている方向は
どうでもいいので、どちらかというと、人との関係と、
そして心のあり方、どうしてこういう人がいるんだろうとか、
そういうことに興味を持っていくだろう。
すると、仮に経済的に貧しくても、何かとても素敵な気がする。
まあ、それを皆に求めることはもちろんしないが。

5話最後の、主人公は男だが、
ちょっと、無理があるかもしれない感じがする。
女→男みたいに変えた雰囲気がある。
まあ、ちょっと弱い男なんていくらでもいるわけで、
そういう男に群がる女もいる。

これぞ人生であり、男と女だ。


プラナリア (文春文庫)プラナリア (文春文庫)
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飲み会=チャンス

何がチャンスかは想像に任せるが。

日本だけなのか、特定のエリアだけなのか(笑)
しらないが、意外に人が話してもいいっすというような
場に参加していくことって、
「婚活」ではないが、自発的にいかないとないと思ったりしている。

恋愛ではなくても、
ビジネスとか、仕事の話でも、結局人だ。
人に出会って面白いことをしていくことになる。
ので、人に出会う、そして創るというステップは、
必須になる。

ものを創るのに、人は実は不可欠で、
何度もいうが、企業は人なりといっても、
分からない人は多分分からない。
それは優越感ではなく、ある種の経験と、考え、タフさ、
自己意識、自己肯定、他人に優しく、仕事は面白いものだ、
自己啓発と宗教の違いを分かっている(笑)などなど。

で、思っているのは、
そういうチャンスがあるなら、積極的にいかすべき。
意外ではなく、多くの人は話しかけられて
怒る人はめったにいない。いれば、ネタになる。
僕は待つより、話しかける方になぜかなってしまったが、
それは相対的にそうなっているだけかなと。

まあ、どちらにしろ、人は大切に。出会いも大切に。
そして、自分も大切に。

かもめ食堂

紹介あり。面白そうなので。

全体的に、ストーリーの変動はない。
一定したリズムで流れる会話は、テンポの良さではなく、
スローなリズムが一定で流れる。

話は、かもめ食堂を外国で開いた日本人女性と
そこに関わってきた同じく日本人女性との
成功への経営ストーリー。
ではないけど、最初は人が来ないのに最後はうまくいく。

ビジネス的にいえば、原価とかほとんど分からないので、
参考にはできない(笑)
また、なぜ人が来るようになったかは、
他の仲間?が来てからってのがあるけど、
単純にしぶとく粘るのがいいかもしれない。

個人的には、優しすぎて女性が好きかもしれない話の雰囲気を悟る。
ただ、それは悪くないという。
こういう素敵な食堂があって・・・というよりも、
真面目にそういう場を実現するのが僕の姿勢か。
どっちがいいかというと、多分どっちもどっちかなと。
要するに、「天国の本屋」ってあるけど、
あれをどう捕らえるか。恋愛ものとしてみる人は多いけど、
あういう本屋が天国にあったらいいとか、
なんかそんな風に見えない今日この頃(笑)

実現可否を問いたい。
実際に、主人公のサチエは38歳で、女性。
そういう人がヨーロッパに知り合いはいたものの、
単身で乗り込んでいくというのは、相当のものかと。
また、他の仲間の、40代、50代のこれまた女性も、
単身で乗り込んでいる。
その設定は、今現在の日本人女性には偏見かもしれないが、
当てはまらない。

多分あと、10年20年したら全然違うのだろうけど。

素敵な食堂や、夢、もしくは幸せとかいっているが、
実際には最初の仲間であるミドリの指摘が現実的。
そして、サチエは実際には、1億円を宝くじであてている。

多分ここがポイントなのだと勝手に思うけど、
お金があって、若くない?女性(女性はいつでも若いのです)が、
店をやってみるのはいいとして、
そのお金を貯金して使っていくことはなかった。

何かしら、自己実現とか挑戦の気配が感じられる。
多分そう読む人は、このかもめ食堂、の読者は多くないかも。

人が来ない食堂で店をやり続けるのは、
相当しんどいし、普通はやらないので。
それをリアルに想像してしまえる人はまずやらない。

サチエはそういう意味で、やってなんぼの価値観があって
非常によろしい(笑)

P.162にあるサチエの言葉が印象的。
それは、自然があればいいとかじゃなくて、
しゃんとしている人はどこでもしゃんとしていて、
しゃんとしてない人はダメな人はどこでもダメ。

これって、昔、
「馬鹿はいつまでたっても馬鹿」
とかと全く同じ話かなと。

環境のせいにしてもいいけど、
環境そもそも選んだのが「自分」という
主体の存在、意思ですな、が
なきゃ、どこいっても、常に不満足だと思ったりする。

落としどころをそういう意味でつけてないと、
常に人生の放浪者。スーパートランプですわ。
それが悪いとかいいとかじゃなくて、
どこでもそんなに変わらなくて、
環境、とくに旅なんてすると、自分に全て降りかかってくる。
一人旅が出来る人って、多分その強さがある。
自分と向きあって、そこから何か得ようとしている。

それなんだろうなあと気づく。

かもめ食堂は、かもめが出てきそうなので、
あまり行きたくないのが本音(笑)
もちろん、冗談だけど。

少子高齢化という点とか、
社会的なことも考えて読むと、
この3人の女性って設定が非常に面白いかと。
ちなみに、いつからでもはじめられるのが
僕のモットーです。自分はそうじゃないかもしれないが(笑)


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