ReadMasterの軌跡

面白いことを仕掛ける。仕事を作る。ビジネスを作る。そんな日々から出てくるアウトプット蓄積場。

2008年04月

衝動の自乗

衝動の自乗は、直観かもしれない。

今はやれるだけのことをやって、チャンスを待ち、
そしてチャンスは確実につかむ・・・。
なんかかっこいい台詞だが、言うほどやらない構えでもある。

いくつかのプロジェクトを起して、
ビジネスベースのものと、そうではないものとか。
いくつか考えてやっていこうと思っている。
そうしないと、死ねる。

戦略の見直し。
すでに、1ヶ月が経ち、大分整合性が合わなくなりつつある。
3ヶ月スパンでもいいけど、どうもそうではない。
スピードが上がってきて、3ヶ月だと思っている量が、
1ヶ月で終わる。それは、3倍何か早くなったということになるが、
多分そうじゃない。
環境と人、そして自分のそれぞれが、1.5倍くらいになった。
1.5の3乗は、3.375である。そう、各要素が強くなったのだ。

自分ひとりでは2倍はきついが、1.5倍ならいける。
そういうところで着地している。だから、もっといけるんだと思う。

そう考えると、ちょっと違ってくる。
後半年といっても、実質このスピードでいけば、
18ヶ月。そう1年半もあることになる。これはすごいことだ。

ビジネスというか、もっとお金にシビアになっていく。
シビアというと、節約とかそういうことじゃなくて、
お金に対するリターンに貪欲になるということだ。

衝動、衝動、衝動でぶっちぎれ!

どこまで進むか

非常に難しい。
サイコロをふって、あそこまでいきたいなーという
状況ではない。そもそも、盤面が無い。
そこではサイコロは役に立たない。

盤面を創る・・・のもいい。

なぜ自分は生きているのかを真剣に考えている。
というか、何度も何度も考えているが、
答えは見つからない。見つけようとしてないが、
問いの答えみたいなのってやはり欲しい、それだけだ。

自分の中にしか答えがないのも分かりきっている。

色々なことが分かるってことで、
逆に動けないことがある。そういうのは嫌だ。

僕は一体何がしたいのだろう。
僕はどうやっていきたいのだろう。
僕はなぜ生きているのだろう。

逃げずに、徹底的に問いに立ち向かい、
必ず、自分への勝利の旗を揚げてやる。

タイミング

チャンスとか、
時期とか、
きっかけとか、
タイミングとか。

そういうのは一瞬でもその人にとって
かけがえのないものになる。
非常にかけがえのないものになる。

チャンスとか、タイミングとかいつ来るかは分からないのだけど、
正直なところ、チャンスはいつ来てもいい。
僕はそちらに体も、足も、向いている。

いつ来ても確実にキャッチする。
そしてそれを活かす。

今まではそんなことはなかった。
どちらかといえば、グズグズ感があった。
が、人には言葉では伝えていた感もあった。
でも、もはやカウントタウンの加速が止まらない。

満足度をあえて下げて=我慢して、
生きることもありだが、それは一生の戦略となりえない。
それは一時的なものでしかないのだ。

自分の気持ちに正直になる。
これは、直観のように思われるが実はそうではない。
自分という存在こそ、社会的なものだといえば、
というよりも、他人は自分を他人だと思うことが多いし、
そもそも存在を認識されていない可能性も高いんだ。
そういうところで、正直になるって良いメソッドだ。

タイミング来い。
チャンス来い。

ただ待っているわけでは、もちろんないんだ。
来たらつかむ。この練習をしてきてよかった。

ちょっと待て

よく考えた上で直観を発動するのもいいけど、
直観後に考えるってことは逆にありそうでない。

そもそも、考えずに直観で判断できることって、
そんなに大して重要なことではないということになる、はず。

よく考えた上で、迷うがとにかく直観だ、というのは良い。

前提って何だろう。
そもそも、生きていることから疑わねばならない(笑)

だからといって、動かないことはない。
要は、動きながら考える、だ。

どこまでこれが出来るかが課題だー。
それは、動きながら考えるのが難しいのではなく、
前提っていうやつが見えないものとしてあるけど、
それが消えてしまう場合かな。


ポートフォリオ

バランスを取るってことを意識すると、
何か一つに集中できない感がある。
でも、それってそれでいいのだと思える。

やりたいことはいくらでもある。
色々な人に会いたいし、話を聞きたい。
そして、世の中の面白さを確認したい。

これは自己の勝手な想いだけれど、
うまく社会的価値、それは一体何だろうか?
とマッチすれば、いくつかの野心的な試みは
ふわりとうまくいくのだろう。

僕は逃げてはいないと思うのだが、
最近ちょっとだけ自信がない(笑)
正直なところ、弱いところを出すところが
下手な性格が全面に出てきている。

これは個人的には良い傾向だと思われる。
僕は弱いのだよ。明智君。
誰が強いっていったんだよ!と逆切れす。

非属の才能

ふむふむ。

店頭で見かけたが購入は見送り。借りる(笑)

属さない=非属というのは才能かどうかは怪しいが、
というよりも、そうなってしまったという結果であり、
環境である気がする。
要は、挫折とか失敗を経験ととらえて、前向きになるのは
好きだけど、それと非属とか、才能は関係ないような。

非属=みんなと違うとも違うということになりそう。
確かに属する=みんな、というのはあるけれども、
それって、結局この本では、
嫌われない変人というような、ほとんど属しているような
変人を後半で出してくる。

それって、要するに、
属すな、でも嫌われるな、であって、
主義とか思想とか考えとかがピンと1つあるというよりも、
タイトルで非属としてあわせた感すら邪推すればでてくる。

そんな邪推はおいておいて、
引きこもりの話はかなり怪しいと思える。
確かに、親が子(引きこもり)を拒否するのはありうるが、
といて、引きこもりがパワーになる、それは良い機会というのは、
あまりにも短絡的に思える。
もちろん、そういう「修行」もしくは「パワーを蓄える時期」は
必要だと思われる。

また、一瞬だが、自分探しを社会人になってから(大学とか出てから)
するなという話もあったような気がする。
小学校からしていろというのもある=自分って何だって。
正直それは、非属という環境、周りと違ったところが
まずあるような気がする。もちろん、主体的に自分は違うというのが
あることは認める。

この本の着地点は、非属というところで、みんなと違うのはNGという
ところへの反論というか、非属こそ才能なんだよというところだろう。
しかし、それって才能でもなく、むしろ、才能というところで、
励ましよりも、逆説的に、妙な「優越感」すらこれまた感じるような
気もしてくる。だから、著者は怒っている人がいるかもしれないと
時に入れるのではないだろうか。

著者の考えは賛同できる。僕もみんなと同じは嫌なほうだ。
しかし、だからといって、この非属の才能という、属さない感じは
正直つらい。
あと、属すというのが定義が甘いか、だんだん幼児期とか、
学校とか、そういうところでの属すという話に
なっている感じもする。

紹介されてた本はいくつか読んでみる。
気になる人は読んでみてはどうでしょうかね。

非属の才能 (光文社新書 328)非属の才能 (光文社新書 328)
山田 玲司

光文社 2007-12-13
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ロケット

発車前、上昇中のロケットは夢がある。
使い終わったロケットには夢がない。

果たしてそうなののだろうか


自分の感情
自分の言葉
自分が言っていることが
論理的に正しく
社会的にも正しく
価値としても満足している

しかし 
それが何だというのだろう
それが何だというのだろう

僕の言葉は本当に
誰かに伝わっているのだろうか
伝わっているんだろうか

すごくすごく不安になってきた
実は目の前の人すら
笑わせることすら
できないのではないか

ロケットが飛び
そしてぐるぐる回って
また落ちてくる

やはりロケットに夢を託したいんだ

空想世界へ

現実ではない世界で
それは夢だというけど
あなたに会えたら
それで幸せだ

現実の世界で
それは夢ではないから
あなたに会えたら
もっと幸せだ

もっともっと
あなたのことを
知りたかったし
もっともっと
あなたのそばに
いたかった

時は過ぎ
別れの時刻になる

昔 ある講師が
出会いとは別れである
別れとは出会いである
という哲学的なことをいっていた

それは哲学的でもなく
実際にそうだった

空想世界に逃げることもない
現実世界で生きる

そして出会いを大切にする

さようなら今日の僕
ありがとう今日の君へ

正直なところ

想いを伝えた感はない・・・かもしれない。
でも、ギリギリ限界・・・のような気もした。
多分、最善を尽くしたといっていい。自己満足なんだろうけど。

自身の力、というか、想いを語る力って
大したことねーな・・・とかなり猛省。

思いを伝える・・・というコミュニケーションを
自分は分かっていたつもりだし、その分かっていたつもりというのは
分かっていた、と断言できる。

しかし、そういう想いを伝えることと、
伝えたところで、相手がどう反応するか、どう思うかは別次元の話。

心ある人に相談し、さっさと寝ることにしたい(笑)

ハックオンザハック

ハックの上にさらなるハックをし、
ハックが複雑化する。

複雑化したハックは単純化すると、
構成要素が単純すぎて
「コピーをとる方法」
みたいなことになってしまう。

というようなものは多分あるような気がする。
もちろん、これは当然の帰結であり、
例えば、コピーを取るというくらいに
単純化したものを伝えても、
実際にどう使うかをネタとして楽しんで、学ぶことが
ない限りそもそも、ハックという言葉自体が
全く「届かない」ワードとなってしまう気がする。

ハック、型、仕組み、改善。
全てそうだ。

そうだといえる。

だから、それが「いい」とおもったら
速攻学ぶ必要がある。
そして、そこからさらに加速することが出来る。
それは大体つかんできたから、あとは実績と結果を残すのみ。

さあ、ヘイーホー(笑)

戦略

戦略がないなんてありえん。
そんな思想がだんだんできてきている。

で、重要なのは、僕は直観が大好きだということだ。
直観ではこっちだよね。とか。

戦略なき、ここでは戦略とは全体方針みたいなもの、
目的とか、そういうのでもなんでもいい。
それがないと、もし、ふんづまったときとか、
うまくいかないときに、途方にくれることになる。

だから、「リスクヘッジ」なんてカタカナはどうでもよくて、
もしうまくいかない場合とか、迷子になることに
恐怖というか、恐れはないのかなあと、
そういうことは思う。
自分が馬鹿だから、戦略は立てれないってのは多分なし。
目的なら誰でも作れるし、立てられる。

単にそういう訓練というか、経験というか、
やったことがあるないで、全てを判断してしまうのは
自分が一番そうだが、自分に言われているようではアウト。

そういう強みは強くしていくべきで、
戦略がないなら、毎日を毎日で生きていくだけになる。
そりゃそれでいいのだけど、それって、
とくに「やることがない」と断言できる人の戦略といえる。

つまり、ここでの戦略とは、自覚的になれ、ということなだけだ。
ぼんやりと時は進んでいるが、残念ながら時はぼんやりとは
進んでいない。ぼんやりと思っているのは君だけなのだ、
ということがいえる。

仕事について、面白いかどうかというのと構造的には同じ。

何かをどう思うかは、やはりあなた次第というお話。

自己中から発動する、自分が客観視できないところは、
正直痛い。しかし、その痛さは自分は知っている。
そして、そういうアドバイスも常に痛い。
さらに痛みが。

だから、痛くないところで生きようとする、
お互いが「痛い」ところはつつかないで「傷のなめない」を
行うように見えることが多々あった。
実際にそういう人はいると思う。でも、それも戦略だ。
別に競合ではないのだ。

というよりも、なめあうことで、満足度を確保している。
そういう戦略も悪くはないが、正直、直観でアウト。

で、こういう意見もあるはず。
なめあいなんて誰もやりたくないって。
まるで戦争したい人なんて誰もいないというのに似ている。
必要悪みたいなのは、あまり好きじゃないが、でも、
何か演じることで乗り切るものはある。
が、それってどこまで演じているかどこでカミングアウトするかが
見えないからやはり・・・どうでもいい。

さあ、構築からの脱出(笑)脱構築!脱構築!
そして、より社会というビッグワードを刻んでいく挑戦。
見れば見るほど失望する社会(笑)

さあ、今日も楽しいぜ!

なんか、妙なブログになってきたぞ・・。。

自己暗示と脳みそコネコネ

こんぱいる・・・ではなくて、マッチョで(笑)

自己暗示としては、
「君ならできる」を10回言うだけ。
ああ、なんて便利なんだろう。

君ならできる
君ならできる
君ならできる
君ならできる
君ならできる
君ならできる
君ならできる
君ならできる
君ならできる
君ならできる

語尾に、「よ」「ね」「んだ」とかつけるといい。

君ならできるよ
君ならできるね
君ならできるんだ
君ならできるかも

おっと、かもはダメかもしれない。


脳みその使い方を最近気にしだした(笑)
要は左脳的なロジックは使ったら、次は右脳が必要。
で、左と右は別ものだろうから、左脳疲れてても、
右脳は動く。動くがダメなら、左脳が動く。多分ですよ。

そうすると、ロジックとかやったら、次は手を動かして、
絵とか色とか、右脳っぽいことをはじめる。
そうすると、右脳でやってる間に左脳が回復。
まさに、リジェネの世界(確か徐々にHP回復な魔法だった・・?)

そうして、左脳回復しつつあって、右脳疲れたら、
次は左脳でロジック。

そう。これって、具体と抽象の世界の話・・(笑)
と限りなく近い。

この話を聞く人って
「この人変態じゃないの?」
って思われるような気が150%している。

まあ、変態だからいいけど。
というか、今更知ったの?(笑)

強い。このフレーズは強い。
「え、今更知ったの?」

爆死。

アイディア生成スピードとBOX

まず、ストックとフローというのを構造で考える。
なんだ・・・?(笑)

アイディアをストックしておく。クソなものでもいいから、
とにかく突っ込んでおく。
これを第一次BOXとする。
別に、プランニングハックスを意識してはいない(笑)
いや、しているかもしれないかもしれないかもしれない。

次に、それらを整理整頓、そしてブラッシュアップしていく
そういうものが大体書くってことになる。

で、今までは適当にこうやってきたけど、
どうも、アイディアって勝手に生まれてくる・・・
んじゃなくて、うまくアイディアをメモってストックして、
そしてそこから生まれてくるだけ、な気がした。
要は、アイディアを産むためのの量が圧倒的に
足らないような気がしている。

アイディアとは、企画であり、ビジネスであり、
そして、ライフ八苦・・ではなくハックであり、
人間関係良好モデル(笑)であり、色々だ。
というかギャグのネタでもいい。

そして、そこから形にしたものにする。

PDCAというか、
1.アイディアを生成
2.形にする
3.実行する
4.検証
というのを繰り返す上で、今のボトルネックは、
1が弱いというところだ。

ある程度アイディアたまったらやるかあみたいな
ノリは断じて許されない。
違うんだ。

アイディアを生成っていってるけど、
1個とか3個とかじゃない、10個とか30個とか50個とか
考えた上で、1つのより練ったアイディアになっているかどうか。
さらに、そこからもっと色々な副産物的なものが出来ているか。

多分出来る。
それが今は出来ていない。
もっと加速することが出来る。
多分今は、40,50km/hのスピードだ。
高速までかなくても、加速をすればいい。

ブレーキが今は必要がない。
ブレーキというか、休みはいるけど、
ブレーキではないんだ。加速だ。

今は加速だ。

だから、生成スピードをあげること。
BOXなどの仕組みを考え、そこに投げ込んでいくこと。

まとめたものを、ぱらぱらみたり、
そういうところでアイディアを練っていく
仕組みを作ること。

それが今の課題、になった。

どんな仕事も楽しくなる3つの物語

自己啓発をなめると痛い目にあう。
というか、自己啓発って言葉が宗教→洗脳みたいな、
流れをイメージするのは僕だけでしょうかね。
まあ、どうでもいいですが。

これにナポヒルの成功法則の資料案内が・・・(笑)
まあ、勝ちパタンとか、成功法則とか、ぶっちゃけ
「定石」なんで、やはり考えて自分で動く必要があるのは、
どんなに時代が変わっても同じっすね。

で、この本は、ポッドキャスト番組を聴いていて
すごく良かったので、買いました。

正直なところ、駐車場の話が一番良かったです。
Flash動画ですが、でも見えるので、興味ある人はこちらを。
結構いいと思います。
http://www.entre.co.jp/newbook/

「Fish!」って本がありましたが、
そこには「仕事」自体に面白いかどうかは何もないって。
そうなんですね、つまり、仕事に接する人がどう思うか。
どういう姿勢でやるか、だけなんですよ。

これは、かなり僕の中でストンと落ちてきてて、
結局ですね、仕事を3年やれっていうのは、
そういうことかもしれませんね。要は、「仕事」自体への
姿勢を考えろって。どうしても仕事自体に何かを求めるのが
仕事だと思いやすいんで。

そりゃ、もちろん、好き嫌いあるし、得意不得意もある。
でも、仕事への姿勢って実はそれとは少し違うところにあって、
お客さんのことを一生懸命考える人にはやはり、
それを知る人が、見る人がいる。
単純ですけど、それだけで、感動があるんですね。

僕にとっての大きなヒントとまではいかないですが、
ただし、つまるところ、仕事=何を定義してもいい。
そして、その定義した仕事において、自分の落としどころを
確実にもっていけば、相当レベルの高い、満足できる、
そしてWin-Win-Winなものになっていくことができるだろうという
自信が出来ました。

ふーん、というレベルでもやはり軽くは読んでおきたいですね。
1時間もあれば読めるので。

福島氏の本は、起業家系の本を読んで以来ですねえ。
久しぶりだったなあ。

どんな仕事も楽しくなる3つの物語どんな仕事も楽しくなる3つの物語
福島 正伸

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本を読む兄、読まぬ兄 [吉野朔実劇場]

本の漫画。

普通にこういうのは面白い。
けれど、そんなに読みたいのがなかったのがショック。

まあ、そういうこともあるさー。


本を読む兄、読まぬ兄 [吉野朔実劇場]本を読む兄、読まぬ兄 [吉野朔実劇場]
吉野 朔実

本の雑誌社 2007-06-12
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小さな世界と大きな世界

大きな世界の人間は小さな世界の人間を馬鹿にし、
小さな世界の人間は大きな世界の人間を羨望する。

本当か?

そもそも、何を尺度にするかが違うのだ。軸が違うのだ。

毎日生きていればいいという人もいれば、
豪邸を建てたい人もいる。多分。

そこまでいかなくても、
毎日好きな人といて過ごし、健康な生活をという人もいるだろうし、
ビッグビジネスを起してやるという人もいそうだ。これはあるな。

で、異文化との出会いが必要で、
日本がいかに島国であろうと、外国人はいるわけで、
また日本人でも考えが違う人間も多くいるし、
いくら高齢社会といえど、若者から老人まで多くの人が存在していて
生きている。皆生きている。

自分が知らない世界と出会わないならば、
その世界は知らないまま死ぬことになる。
絶対的に助けを求めている人がいる中で、
全くその助けをキャッチできないことがある。

自分でなら、簡単にできるのに、その人では激しい困難を伴う場合がある。
全てがうまく、パズルのようにぴったりと組み合わさって
クリアできるわけじゃない。

物理的なハードル、人間関係のハードル、経済的なハードル。
課題というか、ハードルは山ほどある。

小さい世界に生きることが、すなわちリスクが少ないとは、
ラビではないけど、あまり思えない。
根拠を示せって?
それは難しいが、同一共同体ですごすことで、外部が見えなくなることに
僕は恐怖を感じるだけだ。

大きな世界に生きることで、人はもまれ、世を知る。
というよりも、異文化との出会い(異なる価値をいうだけで、外国の文化という意味ではない)がなければ、学びも気づきも始まらない。
もちろん、リスクがあるだろう。
そこでうまくできないこともある。相手を理解できないとかだ。
また、自分が分からなくなることもある。自分のルーツはなんだろうとか。

価値を置くのは、やはり大きな世界で、
そもそも、そこらへんはどうしたいかベースの話になる。

だけど、小さいだろうが大きいだろうが、どちらも一緒にみえる。
やることと、やるステップ、パターン、行動など、全て。
むしろ、小さなところで確実にやれないなら、
大きなところでも出来ないというのはしみじみと感じるのだけど。

こうしていきたい理想があるなら、それに近づくように
愚直にやるのも戦略だ。
しかし、一定の期間で振り返りをしないと、
やはり迷子になる。

さあ、迷子を捜すぞ(笑)

ワークショッパー

ワークショップをやりまくる人のこと。
または、モバイル一式アイテムに
「はさみ、のり、紙、使う道具」一式が納まっていることを指す。

いつでも、どこでもというのが「ユビキタス」というのは、
指に来すみたいで、微妙。
それよりも、モバイルワークショッパー、略してMWSの方が
最強にかっこいい。インパクトがある。
ワークショッパーというところで、何か動的で、どこへでも
飛んでいくイメージが想像できる。

これからはワークショップの時代になる。
そこには個人の価値が共有され、緩やかに学べる場が作られる。

ワークショップスキルを持った人間こそが、
今後のプロシューマーを主導する。

かもしれない。

携帯はさみ購入・・・!

遅すぎる

鈍感すぎる人というか、
そこに価値をおかないからOKというのは、
ある程度の価値の共有を必要とする。

何をいっているか?
そう、価値に大きく2つある。
1.共感できるもの
2.共感できないもの

MECE的にいって、これらは分かれる。
で、問題は、
2の価値を理解するには、1が前提である。

つまり、2だから認めろと、いうのはやや変。
というか、自分は動かない。

さあ、具体例いってみよう(笑)

例えば、何かを依頼するときの話。
相手にとって共感できるものだけで構成されていればいいが、
相手の時間、費用を使うなら、2が発生する。
普通これは価値とはいわないけどね。

普通というか、僕はこう考えている。
1があるから、2が許容できる。
2からスタートで、1はありえん。

さて、なぜか、2からスタートする話が存在する。
あと、人とのコミット感(どこまで深くというところで)で
全然求めるものが違ってくる。

自分の都合や、自分勝手、自己中で振舞うことで、
自身の信頼と、ブランド、技術、価値をみすみす失っている人も
多いような気がしている。
多分僕はそう思われにくいが、腐るほど失敗はしているのを
見せてないだけだろう。失敗なき成功などないというのを
批判できる人はきいたことがない。


そういう価値というところで、
かなりコミットしないと、ほとんどはうまくいかないのだけど、
そういうのに鈍感であることは、
結局LEPIPじゃないけど、速攻で形にしていくというのが
強く出されないと、ほとんど弱みだ。

つまり、価値の共感コストを割くことで、速攻感重視という戦略かどうか。
そうではないなら、精進あるのみ。
逆に価値の共感コスト重視なら、速攻感は抑え目の方が逆にうまくいく。
練って練っていく。

しかし、それではスピードが遅い。
だから、仕組みとして、箱庭的なものを準備することで、
プロトタイプを形成していく。

って、この話、普通に企画とかイベントとかやる話なんですが、
ピンとくるように持っていくのは結構しんどいっすね。

具体と抽象の行きかいを誰にも求めるほど、僕は馬鹿じゃない。

NGワード

会話をする際に気をつけている言葉がある。
それは、いくつかあるが、例えば「謎」という言葉。

初対面の人に向かって「謎ですね」というのは
ものすごく失礼だと思うが、まあ、そういう空気は
その場でしかないので、(ちなみに空気というのは
この場でいう、自分の感じている目の前の空間という意味。
別に飲み会だけではない。普通に話すという場面でも同じ。)
一概にはいえない。

謎ということについては、
自分の情報を出さないと、謎と言われることがある。
面白いことに、謎という指摘は
「あなたのことを知りたい」というメッセージが抜け落ちていると思う。
あなたのことを知りたいというのを、言い換えると
「それに興味があるので、どういうのですか?」
というような間接的な質問になる。

出身地とか、何の仕事とかって、結局そういう探り合いになる。
そういう探りあいが最高に楽しい・・・。
うまく話が盛り上がることもあるし、そうではないこともある。
まるで、勝利と敗北の味わいだ(笑)

謎といって「ああ、俺謎だよ!うれしいよ」という人が
いるんだろうか。そういうこと、言葉に疎いということが
許されるということは多分ない。
というか、指摘はされないが、そのままいくだけだろう。

さて、今までの経験則でしかないが、
「謎」と呼ばれた人と、親密な関係を築けた覚えがない。
だから、一種のNGワードと僕の中でなっている。

人によるんだろうけど、
その人の価値で「謎」ということで、
もっと情報をくれというのは、はっきりいって「かなり危うい」
言葉遣いだと思われる。

それって、恋愛なら
「お前、俺のこと好きなんじゃないの」
というような告白に近い。
これってかなり危うい。相当自信があるか、ただのアホなだけだ。

仕事でいえば、
「よく分からないので、今回はやめときます」
いや、そもそも、分かるように説明したんじゃないか。
全く信用されてないってこと?
みたいになりそう。

言葉は結局、今までという関係の上で出てくる。
それを忘れている人はいないと思う。
なぜなら、自分が出せるというのも、色々できるというのも、
そういう積み重ねがあるからに過ぎない。

あなたのNGワードはなんだろうか。
別にNGワードを発する人間が全てダメというわけではない。
ただ傾向は何かあるだろう。
そういうのを見つけるのはなかなか楽しい。

面白い。ただそれだけエネルギーになる。

アウトプットとインプットの切り替えタイミングって、
実は「会話」において、全然重要ではない。

そういうのを意識せずに、処理をしているきらいがある。
まあ、それがどうこうという話ではない。

面白いと思えた瞬間に、全てが面白くなる。
ただそれだけだ。

そして面白さはパワーと、充電が増す。

信頼残高においては、マイナスはそもそも信頼とは言わないから、
スルーするとして、
厚い信頼がある人間、かならず確実にやってくれる人間とは、
心強いものだ。
そういう人って、責任感とかそういうことじゃなくて、
どこまで、自分と世界をリンクさせているかなんじゃないかって
思ったりする。

要は、「約束が破られる」ということがある。
これって、約束ってものにたいして、
お互いにその対象にむかって歩むということを意味する。
例えば、5時に待ち合わせなら、5時に待ち合わせということに対して、
Aさんはどういうコミット感(同意レベル、優先度なども含めて)があるか、
Bさんはどうか。
というのはばらばらだ。

Aさんに最優先でも、Bさんは最優先ではないかもしれない。
が、約束という場においては、その事実は優先度は関係ない。
そこで約束されたものは、約束なのだ。

そして、約束が破られると、どちらかがコストがかかる。
そのコストの修正具合が膨大だと、おそらく修復はできないだろう。
人は色々な失敗を、人と会うからこそできるし、
また成功もできる。

どちらにしろ、それらは「人」とかかわっていくしかないといえるし、
そもそも、人と関わらないと発生しない種の問題でもある。

地に足がついているとは、うまい表現である。

やべ・・・

色ペン楽しい。

多分、このネタは世界で共有される・・・可能性は高い。
この可能性に満ちたツールは、一気に深みと、メソッド化を
促せば、圧倒的に面白い。

よし、このメソッドを使いこなしてやるわ!

視点が変わっていた

完了形というのがポイント。

視点を変えろ!でも、
変わった!でもなく、
変わっていた。

気づいたら、結局、そういう思考・視点になりたいと
最初に思って、ある程度、訓練して、そうなっていく。
友人はこれを「型」というだろう(笑)

自分のレベルを上げることばかり考えていくことが、
個人主義っぽいけど、実はそれって、非常に非効率なこともある。
相乗効果というか、ギブアンドギブンみたいな思考は、
結局、自分ひとりでやるとつまらんよ、みたいなことも
含んでいるような気がしている。

自分も大事だが、人も大事だ。
そして人も大事にすることで、自分もより大事にできる。

結論としては、僕が考えていた「社会」とか「関係性」って
人と人という原点に立ち返り、そしてそこで「コミュニケーション」という
さらなる基本になるような気がする。

やはり、軸がぶれていなかったし、そういう軸だったんだろうと、
すごく、自分の中でストンと落ちた。

うーん、詩の量産が可能なモードになるぜー。
うひょひょ。

猛烈なスピードでメニューが。

TODOリストをメニューと呼ぶことで、
自分がやっているという意識が生まれてくる。

言葉、呼称を変えると意識が変わる。
夢ではなく、TODOとそれをいえるなら、
もっとでかい夢がでてく構造になる。
これは図で描いたほうが分かりやすいけど。


メニューができたら、それをこなす。
こなすってことは考えないってことになりやすいが、
考えないメニューならそれはそれである。
考えるならそれはそれでやればいい。

全部書いてしまうと楽。
これは基本スキルだと最近思い始めている。

あまりに時は短すぎる

焦っているわけではないが、
どうだろう、2視点から見てみよう。

両者とも焦ってはいないという前提だ。

1.時間の有効利用、面白くする
2.ゆっくりやる。ゆっくりと。

これって相反する考えなのかという問いだ。
答えは、相反しない。
というか、するっていうと、1つの属性しか
その人は持っていないってね。

きつい言葉を発する人はとてもやさしいことがある。
その1面に触れられた時、結構貴重かもしれないね。

常に朗らかな人が、情熱的な熱い(笑)言葉を出すと
びっくりするだろう。それもなんか素敵だ。

素敵発見プロジェクト、といって毎日素敵なことを
メモっていけば、誰かも書いているとは思うけど、
多分毎日は楽しいと思う。そして、その楽しさを
共有できる人間がいることで、もっと面白いと思う。

深い付き合いで、相手のことを知ることで、
しんどくなったり、分からなかったり、戸惑うこともあるだろう。
でも、大丈夫なんだ。
それは試練でも、訓練でもなく、現実としてある。
少しの気持ちへの配慮のなさが、自乗されて、倍増されて
しまうだけなんだ。

1の人間を、2の人がみると、焦って見えるんだろう。きっと。
1の人間から2をみると、のんびりしているようにみえるんだろう。

でも、どちらも正解。

ただし、自分が満足する、こっちがいいと思うのはどちらか。
両方でもいい。

で、そう思われる可能性とかってのは考慮しといたほうが
ちょっといいときもある。

時間はほとんどない。
そんなことない。いっぱいあるともいえる。

その人が何をやろうとしているか、による。
何をもって何を行い、どうしたいかだ。

自分の価値を大切にする人しか、
相手の価値をわかることもないだろう。
価値の共有部分とかもあるわけで。

速攻

全てが速攻だ。
その場と、その時間に全てを全神経を集中したい。
が、それも緩急つけるけど。

自分にとって価値あるものを提供し続け、
それが「世」に受け入れられるって、
そんなデカイ話でも、大きな話でもない。

受け入れられるってどういうレベル感、規模感でもいいし、
むしろ、小さいから侮る人ほど大した人間でもない。

発想と思考をとめてしまうことが危険だ。
それって、あきらめること・・・というのではなく、
人の発想と思考を奪うことがダメなんだろうと。

さあ、戦いが始まるぜ。自分フィールドを定義しろ!(笑)

声が!

べしゃりすぎたのか、声が枯れている。
俺の力はこんなもんか!(違

というわけで、アウトプッターは荒野を行くのだ。

モチベーションの技術

正確に言えば、技術ではなく、
単にモチベーションの維持のために自分が何をやっていくかということだけ。

→友人と突っつきあいながらやるとか、
どこかセミナーにでるとか、本を読むとか、刺激になるような仕組みを
何かしら作っておいて、やっていくこと。
それは簡単ではないが、仕組み化すれば問題なく、
稼動していくことができる。
→例えば自分が何をした瞬間にやる気がでてきて、どうしたらいい状態に持っていくかというのは、
タフに観測していく必要がある。そうやってこそ、見えてくるものがいっぱいある。

学び方は型にはめる

型とは予定というより、それをやるような行動に結びつけるという意味。
例えば予定では毎日1時間勉強というのはたぶん、その動機や必要性を
落とし込めていない場合は、その行動は無駄に終わる可能性が高い。

無駄というかできない。
なぜなら、そこには落としこめる要素というものがないからだ。

毎日1時間勉強するような必然性がある。
そのような仕組みができないなら、おそらくそれは成功しない。
つまり、学べない。

仕組みを作るとは、ぐるぐるいくつかのタスクが回ることになる。
読む、書く、話す、という繰り返しであったり、
そういうループをくるくると回転させていくことが必要になってくる。

回転できないと、効果はない。
途中で脱線してしまうからだ。

タフにやる

基本的に学ぶことはタフな要素が強い。これについては
いまさら言うこともないが、タフでなきゃやれないというより、
学ぶことが楽なわけがない。楽しいという必要性があるが。

時に楽しさがないことがあり、苦労だけというのもあるかもしれない。
しかし、圧倒的にタフがあり、すべて楽にやれるという想定がそもそも
間違っていると思われる。たぶん誰もそんなことはいってない。

だから、タフさが要求されているならばそれなりに
タフにやっていくのみである。

セルフビルド

自分で作っていくところで、こだわり、自分のやりたいこと、
その他強みというものを活かしていくことができないか。
→家を自分で建てるのは素人建築となるかもしれないが、しかし、そこには何かしらの醍醐味というものがある。
→その醍醐味というものが何か、分からないが、ただそこに想いが確実に入るという意味で、価値がある。

→自分で作る。それには、家も、本も、服も、文章も、事業も、プログラミングも、演劇も、舞台も、
写真も、絵も、すべて同一の抽象行為を、具体的には別々のプロセスに落とし込んでいるように見える。
そういう意味では、すべての具体的事例が抽象的なものになる素材的要素を含んでいるから、学びになる。
→そして、抽象的にしたら、今度はそれを他のところでも使っていけないかということも、訓練になって学びになる。

仕事を100倍楽しくするプロジェクト攻略本

100倍とかはどうてもいいとして、
この本は薄いが結構面白い。気づき多め。
何より、ゲームを比喩もしくはメタファー(笑)として
説明するのが分かりやすい。

例えば、冒険=プロジェクトだったりするのが心地よい。
ゲーム世代かどうかはおいておいて、ゲームの比喩は好きだ。
以下ぱらぱらと。

・RPGで世界の平和を取り戻したら、自分の経験値が上がっているし、仲間もいるし、平和にもなっている。
→これはなかなかすごいこと。一つのミッションを達成することで、いくつかの仲間のミッションも達成できる。
・勇者がやろうとしている冒険は失敗する可能性が高い
→しかし、それができれば面白いとか。

・自分の勝利を譲らない
→これは大事。小さな冒険でも自分の勝利を譲らない。それは、わがままということではなく、
自分の勝ちとしたいもの、というのが、小さかろうが大きかろうが、自分の軸というか、信念は大切。

・アイディアを出すためのループを回す
出し惜しみせずにいうことで、そのループが回り始める。そのループは強い。
どんどん出て行く仕組みがあることで、アイディア1あたりの発生コストは低くなる。
しかし、それらの価値はより高くなる。なぜなら、アイディアは淘汰されていって、
残ったアイディアは価値がある。

・パーティーの仲間集め
パーティーのレベルアップという概念は、なかなか面白い。
自分だけではなく、みなであがっていくレベルは面白い。
共有チームレベル、個々のレベルから様々なレベルもあってこれらをレベルアップしていくことが
面白い。


・オバQ精神
自分の弱みをさらしていく。
そうすることで、円滑になっていくこともある。
さらすという強みがある。

・YES、AND精神
提案を受け入れ、そしてそれに追加していく。
各自の提案がそこでブラッシュアップされていく。

・死んでいる問題。
答えが決まっていること。生きている問題はリアルタイム、分からないけど、
考えていく問題。

パーティープレイというか、チームでやっていくということの強さを前面に打ち出していけば
個人を補完し、チームの力を強くしていく、メソッドとして使える。



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アイデア・ブック スウェーデン式

これはやばい。友人に借りたが・・・。
買いで。

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知的筋肉を鍛える

最近のホットな課題。
多分、もうすでについてこれない人も多いかもしれない。
自分が頭がいいとは思ってないからこそ、というか思っていても、
それって結果で示さねばならないから、思うことに意味はない。
結果主義でもないんだけど、そのシビアさって実は肌で知っている人と
そうではない人では違いすぎる。

2時間のアイスブレーク、やや遅めのパワーモーニング。
そして、ランチを食いながらの思考トレーニング。
そして、さらにブレークタイムとしてのアウトプット+共有。
そして、とどめのおさらいと。

考えるのって疲れる。
こういう感覚を最近思っている。
考えるのは好きだよ。でも、考えるのって疲れるのよ。

これを理解できない人も多いのは、考えるってことを
考えて考えて、「あーもーだめだー」ってくらいやらないから、
それから伸びないだけ、と断言できる。
別にこれは「考える量が足りない」って話じゃない。

考えるってことで疲れるって意味を理解してくれればいい。
だから、チョコレートのような甘いものはすばらしいのだ。

考えて考えて、そして疲れて、パワー補充をして、さらに
考える。すごく健康的だ。人間は頭を使うべしと。

で、もちろん手を動かしながら考えるのが基本。
機上・・・ではなく、机上の空論ほどあほなものはない。
遊んでいるならいいけどね。

さあ、知的マッチョを目指せー。

最高のアウトプット

最近やばい。

毎日が楽しい。
しかも、自分のスキルといってはなんだが、
ラーニングをして(今まではこれをTTP=徹底的にぱくるといっていたが)、
いくということは使える。友人に感謝。

そして、そういうアウトプットって強い。

具体的な事例って、事例っていうと「浮く」んだけど、
「こういうこと」があって、こう考えてこうしたら「こうなった」
というのはすごく良い。話として真実だし、
その人の視点も分かるし、みんなニコニコだね。

今月はもうちょいで終わりだけど、
また、今年入ってから最高の月になりそうだ。

多くの仲間に囲まれ、僕は幸せだと思う。

久しぶりに

愚痴ったわ。
俺、かっこ悪いね。

要は、配慮というか、そういうのが足りないんだろうが、
それもまあいいとして、一言言いたいのは、
目の前の人間をどう扱い(対応とか、振る舞いとか)、
生きていくか。になるんだけど。

自分がすごいと思うなら、すごいことをやってくれと。
で、すごくないなら、引っ込んでろ(笑)と。
シンプルにいえばそうなる。

という意味で、飲みもアウトプットも共有も
全て今の僕には、少しだけ軽いメニューだ。
まあ、疲れているのだから寝るのだけど。

そうじゃなくて、もっと鍛えていくものがある。
メニューが軽いってわけじゃない。
多分、自分にとって前と比べたら、相当タフってるわ。
でも、このMさとストイックさは、結局僕の強みとなる。

確実にまたいえるのは、
人はやはり想いを語らなければいけない。
想いがなきゃついていかない。
というか、僕はまずついていきたくない。

そういうものをどこまで人って気づくんだろう。
気づかずに死ぬってこともあると思うと、何か寂しい。

気づき教ってのは要は、気づくことで気づかない人間を
馬鹿にするってことも含めているかもしれないが、
全然違っていて、気づいた人は、別に馬鹿にしてないんだと。
そうじゃなくて、気づいたからこうしたんだって、
すげーさわやかにやっていると思うし、そういう意味でピュアなんだ。

間違っているというか、
自分に正直で、動いている人はやはりそういう気づいた人だと。

友人はパンドラの箱といったが、そんな宗教とかけることもない。
単純に、自分がどう生きるかと、今の生活とを
紐付けない人が多いだけだ。それって、客観視の不足だ。

そして、自分に厳しくなっていくのだが、
その厳しさが足りないと、甘い人間に見える。
自分に厳しくない人間が、人に何か言えるのか?
君はなんでそんなことを言った?
どうしてそう動くかをよく考えてみたか?

人生は深い。

ユダヤ人の思考法


大分前に中断していたので内容を大分忘れたけど、
なんとかカムバック。

ユダヤ人の思考法というか、ユダヤ人という人はこういうことを
考えて生きてきて、ということを著者の体験と事実ベース(歴史でいう事実は重いものがあるけど)で書かれている。

印象に残ったのは、その考え方(哲学者が多い気がするけど)で、
ユダヤ人とはやはり、考える人であり、謙虚だと思った。

そして、僕もそれをどんどん取り入れるべきだと。

で、昔貼った付箋はスルーして、今の読みで印象に残ったところを。

p.132

世界を「空間」的に認識する場合には世界は「等質的」に見えるのであり、逆に「時間」的あるいは「持続」的に認識する場合には「非等質的」に見えるということです。


これはベルクソンという人の言葉の、著者の簡単な言い換えの部分ですが、
そこには、空間とは、分離可能なものとして書かれています。
ベルクソンは、動物は人間より、空間を非等質的に捉えているということが
かかれいて、つまり、僕の解釈では、
動物の空間(これは現実から全てかもしれません)を同じものではない
連続ととらえる要素が人間より強い。人間は、空間は同じもの、等質的な
ものの連続だと捉える。

で、時間的とか持続的にって言葉は、同質ものがーと考えそうですが、
そうではなく、その認識からいくと、非等質的に見える。世界が、です。

これって、実は時間が1秒1秒同じかとか、色々面白い話には
なりそうですし、世界の認識の仕方において、等質とか非等質とか、
空間とかワケワカメなこというんじゃねーとか言われそうですが、
まあ、こういう視点は面白いわけです。

僕にとって世界は、やはり抽象化可能だが、しかし具体性の
生のものはかけがえのないものだといっておきます、えらそうですが(笑)

そうじゃなくっちゃ、面白くない。
具体性に面白さを見出し、抽象性でまとめて全体を見る。
しばらくこの練習と、訓練で、戦略立てていけそうです。


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真実の瞬間―SAS(スカンジナビア航空)のサービス戦略はなぜ成功したか

うーむ、タイミングをまって読んだという感じか。

面白いと思うのですが、でも、戦略とか興味ないと、
「なんだ、普通の経営じゃん」というかも。

で、この本は、どの視点で読むのが面白いかというと、
やはり、経営者視点だろうなあとか。
従業員視点で読むと、仕事が楽しい!って感じになるかと。

で、僕にとっての真実の瞬間、まあ本書では、
サービスをする一期一会的(でもないけど)な数十秒とされますが、
僕にとっては・・・何かを語る時かもしれやせん。


真実の瞬間―SAS(スカンジナビア航空)のサービス戦略はなぜ成功したか真実の瞬間―SAS(スカンジナビア航空)のサービス戦略はなぜ成功したか
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違和感を大事にする

これ何度目のタイトルか分からないけど。

話は中学生に戻る。
これは一度書いたかもしれない。

中学校確か1年生だった。
担任は社会科の先生で、カリカリした人だった。

彼はクラスの雰囲気をよくしようとしていたというよりも、
実は空回りしていたかもしれないが、
従順な僕は「違和感」だけを感じていた。

ある日、校則に反するわけではないが、
自分の疑問を、提出物としてコメントして出した。
いわゆる日記みたいなノートがそのときは学校で運用されていたのだ。

そして、そのコメントをみた教師は、
僕を職員室に呼び出した。

僕は、どちらかというか、確実に「優等生」だったんだろう。
運動神経も悪くない。モテナイ男ではないのだ(笑)
まあ、そんな過去はスルーしておいて、優等生として、
学校の成績は悪くなかったとしておこう。

そんな僕を呼んでその先生はいくつかの指摘と、
いくつかの話をしてくれた。

全く意味が分からなかった。

校則が悪いわけじゃないが、意味のない校則など腐るほど、
今もあるのだろう。ネタだが、事実だろうが。
それはともかく、僕は言葉も知らなく、社会も知らなく、
そして、よく分からなかった。大人というものも、全てを。

一瞬で世界を理解するのは、村上春樹の小説の主人公だけでいいが(笑)
(これは賞賛なんだけど)
僕にはそれは無理だった。

実際にその後は、哲学とかすごく興味を持ったりしたのは、
ここに起源をたどることができる。


違和感はなんだったのか、
今では確実に言うことができる。

そう、それは、うまく言葉にできないけど、
何か違うという想いだ。

先生の言葉はこうだった。多分概要はあってるだろう。
「社会はルールがあり、そして学校もルールだ。
そして、君みたいな優等生がそんなことを逸脱するのは
ちょっと困る。」

なんてつまらない人なんだろう。
それが僕の違和感だったと思う。

僕にとって、ルールはどうでもよくて、
といって、不良みたいになる気はなくて、
そこまでの度胸がなかっただけといえばそうだけど、
何かしら、踏み外す人を「うらやましく」みていたこともあった。
というか、不良だけど成績が良いみたいなやつが、
一番嫌いだったのだ。

意外に不良は不良で好きだったかもしれないと。
今では思う。

社会には色々な個性豊かな人間がいる。
そして、そういう人に会うたびに思う。

違和感を大切にしているなあと。

アーティストは自分が一番だと思っているらしいが、
そのようなアーティストといわなくても、
自分がこれだと思うものは世に出すべきだ。作品を、行動を。
それをせずして、井の中でやって、満足していたら、
きっとそこまでで終わるし、それは本物ではないだろう。

という意味で「さらす」ことは重要なのだ。これも事実。

違和感が僕を育ててくれたというか、
救ってくれたというのもある。
だから、違和感があるという場面が非常に学びになっている。

何か違うぞ、とおもう感性は先天的なものではない。
実際に僕はカンってやつを何度も試行することで、
ある程度磨かれてきて、多分そのうちスキル化できるのは、
夢だろうって。夢かよ!

学びを加速していく

アウトプット、インプット、
共有、提案、企画、動く、見る、話す・・・。

空を飛ぶ。
そういう言葉が確実に近くにあり、降ってくるし、
それらに出会える。

僕は何も変わったことはしていなくて、
実は外部も何も変わっていないんじゃないかと思う。
外部とは環境だ。

もちろん、環境が変わることはあるが、
客観的に見れば些細なものに過ぎない。

僕の意識と、見方と視点と、自分の意義とか、
仕事の意味とか、色々なことが「うわー」と
一気に重なり合って、ものすごく太い軸が出来てくる。
太いというか、軸がただ鍛えられて、強くなっているだけかもしれない。

空を飛びたいのではなく、
空を飛ぶのだ。

あまりというか、全く冗談ではない。
学びを加速していくときに、
必要なのは自分を信じることもそうだが、
周りの親しい人、つまりは人と確実につながって、
感謝を伝えていくことだと思う。

これはキレイな話ではなく、事実。

時間をどう使うかは戦略次第。

最大のビッグワードかもしれない、戦略。
これって結局方針とか、このようなベクトルとか、
こっちの方向とか、系とか、風とかでいいんじゃないかと。

それも定義できないと多分ゆらゆらと。

で、ゆらゆら系が好きな人はそれでいけばいいけど、
実は「ゆらゆら」を求めるのって結構シビアに
それを求めないといけない。

直観で、それらを可能にする人もいるが、
それって見習えないんだ、実は。
だって、あまりにも個人に属しているから、
それをまねることはできない。

ノウハウとか、戦略とか。
色々あるけど、それって抽象化されたり、明文化されているから、
そこから気づくことができる。

というか、1冊の本でもなんでもいいけど、
ビジネスだろうが、漫画だろうが、アートでもいいし、
または本じゃなくてもいい。
それで1つでも気づけたら、それってすごいことじゃないかって
最近妙に思えてきた。
そこに価値を置く人はいっぱいいる。

時間をどう使うかはそもそも、使いたいものがないと
全然使えないだろう。

10分、1時間が空いた。
それをぼーとすることもいいけど、
ぼーとしたくないのに「暇つぶし」をする人は
多いかもしれない。

人生を暇つぶしで生きるのも一興だ。
でも、僕にかかわる人にそれは求めないし、
むしろ、「面白くしていかないか」と提案をすることにする。

それってただの自己満足じゃないか?って
質問には、ああそうさ、自己満足さ!と大きな声で
答えることにしよう(笑)

定時運行スキル

簡単にいうと思うけど、
例えば、電車。JRでも私鉄でもなんでもいいけど、
定時で発車するってすげーと感動している。

何を今更という人もいるかもしれないね。
でも、それってものすごくそれを重要視しているからできる。

バスもしかり、タクシーもそうかもしれないけど、
あらゆる乗り物は大体定時で動く。それってすごい。

考えてみると、何千何万もの乗り物が動いていて、
びしっと定時運行している。
網の目のダイヤというのは、つまるところ、
乗り物が動いている時間が長くて、停車している時間は短く、
まるで、車で車間距離を保つ様に運行しているのだ。

それって、サービスを受ける側からしたら「当たり前」かもしれないが、
でも、それってすごいことだといえる。

1つの車両を動かして、すすめて停止するだけだとは
口が曲がってもいえないだろう。
それを各従業員、サービス、まで落とし込んでいくのは、
相当しんどいことだ。
経営者はそこをしっかり見ているわけだが。

現場と経営層は対立するという図式で見るのは
勝手だが、そもそも、何を求めてどう動くかってのは、
何かしら分かれているとは思える。


で、この定時運行スキル。
実は、スケジュールをびしっとその通りに回す話とも
大きく連動する。

ほら、待ち合わせに必ずその時間でやってくるって
ものすごく素敵じゃない?

歩行スピードを1.5倍にすると。

疲れは1.5倍になるか?
おそらく、否。むしろ、よく疲れて寝れるような。

ここでいいたいのは、1.5倍で歩けということではなく、
進めることで見えてくるものがあるということだ。

例えば、2倍効率的に働くとどうなるか。
疲れる、無駄だということもあるが、
おそらく、無駄鳥により、時間は浮き、自由時間が自分で使えるし、
そして、さらに空いた時間をより質を高めるための「仕事」に
まわせる。

一瞬、レバレッジ時間術っぽい感じだという人もいるかもしれないが、
実は「レバレッジ」だろうと「時間術」だろうと、
こうやって、自分の考え、もしくは、落とし込んでみないと、
何も使えないということを知っている人は多いはず。
でも、落とし込みまでに時間がかかるから、諦めるか、
向いてないといってやめるか。

思考の強制など一切ない。
ただ、自分がやりやすいというものを考えていくと、
やはり「仕組み」が必要だ。
時にはケツをひっぱたくぐらいのものが欲しい。

そうでなくちゃ、1.5倍で歩く意味がない。

効率性を高めると、実は、負荷がかかるのだろう。
しかしそれは最初だけだ。
経験曲線までいかないが、負荷になれると、
そこからさらに高めることが可能。
これは、訓練とか学びのおかげで、それができるといっていい。
だから、単純な「負荷」だけではない限り、
多くの負荷は効率性によって、鍛えられる?し、
もっともっと質を高めていくことができる。

これはマッチョではないはずなんだけど、
最近マッチョでもいいやとか思い始めてきている。
というか、理解できない部分は理解しなくていいというか、
無理に理解することもない。
分かってくれようとするのは、やはり「愛」だね(笑)

どこで戦うか

戦いは重要だ。
それは敵を滅ぼす、のではなく、
「社会を良くする」といってごまかすことも可能だ。
色々な言葉で言える。

それを知っている人は、なんだそんなことかといえるくらいだ。
でも、それをしっていても、実行に移さない人が多い。

最近、電車の中で見知らぬ人に声をかけることが多くなった。
といっても、怪しい人ではない。
何かするにも、4人席とか、そういう席だと、相手の挙動を
いくつか気にすべきだと思うから。
声をかける、これが僕には欠けている点だと最近思い始めた。

どちらかといえば、あまりコミュニケーションを取らないというか、
取らないで済めばいいというか、
自分のペースで話せればいいというような考えの人間だった。
というか、それは間違いでもないし、今でもそうだけど、
何か違うなあというのが最近は前に出ている。

引くことも重要だが、基本的に、何かやりきった感、
「働きマン」でいえば、「仕事したな!っていって死にたい」ほうに
僕は共感する。

まあ、仕事っていっぱいあるわけですけどね。


自分が戦う場がみえたら、後はPDCAを回していくだけだ。
言葉は簡単だが、これがくそレベルが高くて、
また、実際にやっている人とやっていない人の差は、
結局そういう実践レベルに落として考えると明確になってくるわけだ。

でも、安易に経験があるからといって人を見ない。
フラットというのは正直なところ、下級者(ここでは修行レベルが低い人、ってなんだこれ?)には厳しいという考えを何度も書いてきた。
実際にそうだ。

僕は最近はそれを感じても、絶対に引かない。
そのままいく。

もちろん、言葉と視点を変えることで、分かりやすく伝えることは
惜しまないけど、関係性において、フラットは時には残酷になる。
その残酷性が、優しさにもなることもある。

人生ってやっぱ面白い。

むむ・・・

ビッグイシュー買ってしばらく放置してた・・・すまぬ。

谷川俊太郎氏の文章があり。
言葉の話だから、そこで「コミュニケーション」についていくつかあって、
それは「ノンバーバル」な、つまり、直接あって話すということが、
結局、相対的に少なくなっていないかって。

それって同感だなあって。

というか、そうなんだよ。
相対的に減っているから、リアルコミュニケーションが
良い悪いというか、そもそも、仕組みとして、
それなしに成り立つかという事実ベースで考えたいというか。

自分がどう考えるかだけど。

で、関係ないけど、
社交性って言葉は多分死語というか、あまり意味がなくなっていく。
それって、社交って言葉の意味というか、
そもそも人のつながりってものをどういう風に理解するか、
落としどころ、自分で考える、消化するものが、
圧倒的に浅いという点にある。

つまり、僕が八方美人は嫌=多くの人とつながることを拒否、
という図式は確実にあったという反省でしかないのだけど、
それってやはり違う。

多くの人と話していくことは、単純に優位性があることに気づき始めた。
ビッグワードな優位性(笑)はどうなるかわからないが、
とにかく、直接話すことは色々な誤解を生むこともなく、
コストは高いが確実に価値があると、何度も常に思う。

同じ道具を使っても。

人によって使い方が異なる。

でも、そういう仔細というか、細かい話じゃない。
同じ道具でも、使い方が異なると、
結果が異なる。

何を求めているか、何をしたいかで、
最初は少しの違いが、あとででかくなってくる。

少年は大志を抱いたし、そして大志は人を
成長させてくれたということだ。

そういうわけで、似ているけど違うっていうような
違和感は大切にしたい。

仮説を立ててそれを検証・実証する優位性

それを友人は「箱庭」だといった。うまい。

確かに箱庭は必要だ。
例えば、自分の考えていることを誰かに話すことが
重要なのは、それがどういう意見を得られるか、
どういう感触になるか、何かずれてないかなどの
貴重な場になるからだ。

もちろん、それが外的に誰かに言う公式の発言ではなくても、
そういう場は必要だ。場というより関係性だ。

そういう箱庭が、自分にあって、
そこで実験、試行してから、世に出せるって
何かすごく素敵だ。

これってそんなに多くの人はもっていないはず。
まあ、持っているというかいないかは分からなくても、
「箱庭」あるから「そこで実験して」から「世に出す」って
雰囲気、似たようなことは、多分、会社でいえば、
そこで教育してから使える人材にするみたいな(笑)
そういうのは似ているけど、でも大分、話は違うかなと。

優位性があると、それは比較して思うわけで、
それは強みだと思えるわけで。
実はそれって認識の問題でもあるのだけど、
自分は強みを持っているというメタ的、客観的なそれが
気づくまで時間がかかるだけかもしれない。

そう考えていくと、物事がすごく自然に感じてくる・・・ってことになる。

優位性、強み。それをもっと伸ばしていって、
圧倒的に強いところで戦う。これがやはり孫子の兵法ではないが、
定石だろう。


時間が限られている

焦りがしかしない。
焦るのではなく、リミットがあるからやる、というような
感覚になる。

しかし、逆算だけではない。
未来も、そして現在も大切に出来る。

そして、最終的には、
人と良い関係を築き、生きていく。
ということになる。月並みではなく、すとんと落ちるところがここだ。

時間は有限だ。
好きなことをやってないなら、すぐやったほうがいい。
多分、朝が昼になるように、昼は夜になり、夜は朝になり、
1日が過ぎ、そして3日が過ぎ、一週間が過ぎ、
そして2週間が過ぎ、そして1ヶ月が過ぎ、そして3ヶ月が過ぎ、
半年が過ぎ、1年が過ぎ、そして3年が過ぎ、5年が過ぎ、
そして10年が過ぎ、20年が過ぎ、40年が過ぎ、60年が過ぎ、
そして死んでいく。

何も悲しいことでもない。といってうれしいこともでない。
月日は流れていくということの確認だけである。

それを自覚したとたんに、有限であることは
とても素敵なことに見える。
有限ではなかったら、多分何もできない。

限られているから、貴重だし、それを誰かのために使うことも、
自分のために使うことも、とてもシンプルで素敵になるんだ。

有限。これは厳しい制約かもしれないが、
実は必須な前提だったりする。

場に人が集まること

これはなかなか2年前とほぼ同じことを考える。
違うのは、実感と、行動と、今の気持ちの違いだ。

同じ思考が流れても感じ方が自分の中で異なる。
ものすごく良いなあ、こういうのと、感じた。


ある場所Aで人を少しずつ巻き込んでいこうと思えばそれは急ではなく
確実に個人が動いているならば拡がってく。
これは確信に。

ある場所Aでは足りないなら、ある場所Bに自分が動けばいい。
これは動かない言い訳は誰でも出来るので。


パタンであるという意味では、人に会うということは3つになる。
1.自分が場所に行く
2.自分が人に行く
3.場所を運営する

他にも多くのパタンがあるが、人に会うとは、2を指しやすい。
しかし、3をやることで、そこでも確実に多くの人に出会える。

というか、そもそも人に会う=何か目的がある、のが多いが、
男=目的ベース、女=関係ベースというと、
僕はどちらかというと、女っぽいかもしれない(笑)
まあ、偏見だが。

1も有効な方法だが、結局何度も足しげく通うか、そうではなくても、
2に近く、直接人にコンタクトを取っていかないと同じ効果はない。
つまり、名刺を配っても、そこからスタートでしかない。
そういうスタートをやらずに何もできない。
というか、名刺を配れって意味でもないので、誤解なく。

そして、信頼を築いていく。
この信頼という言葉は深い。
信頼の2文字に何を込めるかでしかない。
不信を込めた信頼形成というのもある。皮肉だ。

僕が何を言おうが世界は変わらない、
なんて感触はない。
といって、世界が変わるなんて思ってもない。

しかし、そういう思考をループさせたときに、
断ち切るのは、自分の想いと行動でしかないと、
というと、行動馬鹿みたいな印象を与えるが、
別に僕は普通に寝て普通におきて、普通にやっている。
普通ってのが少しずつ鍛えていって、自分のベクトルにもっていくと、
ずれたように見えるだけなんだろう。というか、これも確信に変わる。

場に人が集まるってなんか素敵なことだ。
それって多くを求めなければ、ものすごく素敵なことで終わる。
でも、それだけで満足は決してしない。

現状に妥協するな。
現状に妥協するな。

マッチョがいく(笑)

ビジネスが加速する!すごい名刺

頂きもの。

名刺に絞られた話なので、非常に読みやすい。

で、印象的なのは、名刺に凝る=名刺に仕事をさせるという
視点が欠けていたことに気づいた。

面白いことに、名刺にパンフレットや自社サービス(名刺=会社員が
配るという発想はもはや古いんだろう)があっても、
意外に受け入れられるが、名刺+パンフレットだと
それは厳しいという指摘があるが、
それは同感。

で、個人的にはすごい名刺として、
似顔絵とか、なんか色々あるのだけど、
確かに、ユニークな名刺はそれは面白いと思う。

ここから発展させて、
いくつかのデザインをしていこうと。

あと、裏面が白なのはもったいない、という指摘もあり。
それは同感なので、早速裏に何かを入れていくことにする。

例えばロジックツリーとか入れると面白いかと。
多分あんまりやらない。

連絡先と名前さえ分かればいいという人がいるかもしれないが、
そういう人はそのように名刺を使うのだと思う。

例えば、名刺を渡すことで、そこからビジネスとか、
客を開拓するならば、そのようなPR性がないと困る。

趣味でやるなら、趣味が伝わるようにすればいいかもしれない。

著者は、名刺を渡して話すのが苦手とあるが、
それならばそれを回避できるような、ネタとかきっかけつくりで
名刺を使っていけばいいというか、そのように書いてある。


つまり、名刺をうまくツールとして使いこなすのが
紳士だと、にらむ。

なかなか良い本ではないかと思う。


ビジネスが加速する!すごい名刺ビジネスが加速する!すごい名刺
堀内 伸浩

ソシム 2007-10-18
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僕は・・・。

自分の力を試す

そのためには、多くのコントローラブルなものを増やすこと
=極論でいくと、刺激的なこと=好きなことだけとは限らない。

管理よりも調整力を意識していくこと
→例えば、管理していても、そもそも調整が可能であれば、チャンスは増えていくため。

チャンスを確実につかむ。

ワンチャンス思考再発。
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