ReadMasterの軌跡

面白いことを仕掛ける。仕事を作る。ビジネスを作る。そんな日々から出てくるアウトプット蓄積場。

2007年09月

るびーすとへばる。

あがが。


print("1 + 1 = ", 1 + 1,"\n")
print("2 - 3 = ", 2 - 3,"\n")
print("5 * 10 = ", 5 * 10,"\n")
print("100 / 4 = ", 100 / 4,"\n")


ここまで・・・眠い。
pメソッドなんてあるのね。優しい。惚れちゃうな。

るびーすとのはじまり

print("Hello, Rubiiiiiiiiiiiiiest!\n")

こう書いただけでは、C言語と変わらぬ。
あ、でも、セミコロンないっすね。

この””で囲まれた部分を、Stringオブジェクト
もしくは文字列オブジェクトと呼ぶらしい。
おお・・・ここですでにオブジェクト概念が。
単に文字列という認識では留まらない。

これぞるびー。と、知ったかぶり(笑)

あ、まじめにるびーよりも、たのしくるびーなフインキです。

ちなみに出力結果は、
Hello, Rubiiiiiiiiiiiiiest!
ですが、何か?(笑)

がうがう

友人からのメールで、
キャパオーバーの旨を受け取る。
うむ・・・がんがれ。君なら出来る(笑)

さて、朝からSKYPEする。
なんか自分はマメだなあと、嫌味でもなく、
といって自慢でもなくメタ認知。
まあ、言いだしっぺは自分なんで、別にそこらへんのアレはないんですが、
なんていうか、マメマメマメ。
人によっちゃ、しつこい、か。

刺激的な会話が飛び交うこのSkype会議。
次回も1ヶ月後に。
なんていうか、1月単位でやるのが好きだなあ。
パーソナルブランディングもふんばらんとね。
別にビジネスだけが「パーソナル」な「ブランド」を
必要としているわけじゃにゃーのでございます。

夜は飲み。
良い飲み。酒うまし。
が、飲みすぎか。皆さん酒強いんじゃないの。
僕はビール10mlで駄目ですので。うぎゃ。
ま、それはよし。

ルビー(ruby)をインストールして、
ちょっと遊ぶ。コンセプトにやられた。
楽しくプログラミングなんて・・・時代にマッチしすぎている。
今は「楽しさ」という「経験」を売るというのが志向されるか。
マーケっぽくいえば、ディズニーランドは「夢の世界での経験。ネズミだけど」というのが売り。
多分ね。

プログラミングがしたくたまりません。
このストレスを解消するには、rubyで遊ぶのみ。
ああ、なんかハッカーっぽくなってきたよ。
目指せルビースト。多分無理だけどね。けけけ。

レバレッジ時間術―ノーリスク・ハイリターンの成功原則

ビジネス書の多読の「レバレッジ・リーディング」は、
著者のレバレッジな一つの事例だと考えたため、
こちらを読めば分かると判断。

著者と共感できる点は、
「平日の縛り」としての「人と会うこと」を予め、
設定しておいて、後を天引きするという考え。
→著者の大学受験の合格を狙うやり方が非常に分かりやすい。
要は、100点を狙うのではなく、合格を狙う。
その場合、何が必要かを設定。その設定どおりに後はやるのみ。
そこで時間割が、つまり計画が確定され、それをやるには、
時間がこれだけしかないから・・・じゃあどう密度を濃くする?
という話になる。

この平日の縛りは、僕の中では、
「平日に予定」を入れるということです。
やや実践しているのは、演劇などは、金曜日を皮切りに
つまり平日でも夜7時からやっていたりするので、
それを観たりとかは普通にやってます。
あとは、飲んだりも平日にやってますが、
ポイントは「会社の付き合い」での飲みは圧倒的に少ないということです。
友人や外の人との飲み、飯を食べるが多いですね。
というよりも、そっちが面白いので、そういう予定を入れます。


共感できない点というと駄目ですが、
僕はおそらく著者より「マメ」であると感じます。
もちろん、だらだらして楽するってのはあるんですが、
その考えは技術者の言う楽をする的な考えであって、
基本姿勢で「楽」してやるみたいな考えは多分ないです。

ここ説明を詳しくすると、
著者は本書の中で、自分はだらだら人間だから、時間割とか
タスクとか書いておかないとやれないみたいなことを言ってます。
という意味で、僕はそこまでだらだらじゃないかもと
妙な見解ですが、そう感じました。
ですので、ここは参考にすることはなく、むしろ自分に取り入れられるところを当たり前ですが、著者風なレバレッジを効かせて読むべきでしょう。
おそらく、著者もそう望むはずですな。


大きな点だと思うのですが、(これは本書にはないですよ)
目標を紙に書くというのにも2つの考えがあります。
1.目標を書いておけば忘れない。それに特攻できる。
というのがあると思います。
しかし、
2.本当に必要なこと、やりたいことは紙に書くまでもなくやる。
というのもあります。

どっちが「正しい」というのはナンセンスな議論ですが、
どちらの考え方で自分はやるかくらいは考えないとだめそうです。
僕は、1をとります。
細かいタスクは絶対忘れますね。あと、思いついたことは
メモっておかないと、「あの時を思い出せ!」というので
ほとんど思い出すのを待つか、時間をかけて思い出すしかないので、
そんなのはちょっと無駄かなと思っちゃうので。

2の言い分も分かりますが、それって脳?的にいって、
認知の限界、つまり認知できる記憶の限界で、
2,3が限界かなあとすら思います。
要は、5,6個細かいやりたいことをどう覚えておくかみたいな
話になっていくと使えなくなります。
とはいえ、本当にやりたいことは紙に書くまでもないというのも
最もです。が、それだからといって、書く必要がないとは
いえないかなと思ったりします。

で話を戻して、本書で得たことは、
その縛り的な時間セットもありますが、
時間密度を上げるという意味で、
特急30分と普通45分の話がでてきて、
普通の節約時間感覚でいえば、特急30分がいいというのですが、
著者は普通45分でゆったりできるならそっちが、
お金コストも安いし、集中できる時間が増えるからいいといいます。
これは、著者の考えをうまく表していると感じます。
つまり、短縮ではないんです、密度を上げるなら、
圧縮である必要があるということです。

だから、定時退社するのはもちろん普通にしてほしいですが、
そのときに、単に仕事時間きたから「カット」という考えでは、
密度が高まる=時間を投資していく、わけではないのでしょう。
もちろん、時間どおりに終えることは大事です。
が、その通りの時間だったから帰るではなく、
時間を圧縮してその分を次の再投資としての時間を生産できたか。
そこがポイントになるかと思います。

もちろん著者のやり方を全体的に、
投資投資で窮屈そうだと、いえるかもしれないですし、
そんなやり方はできないなあと思える人もいるかもしれませんね。
ただ、この時間投資の考え方は、時間密度をあげるベースであって、
じゃあ、時間密度を上げるには、「投資」という考えが
絶対に必要です。ここが「コア」ですね。

そうすれば、リスクを負うことなく、
時間が「ほらこんなにあるよー」といって、
それを自分のやりたいことにさらにつぎ込んでいく。
素晴らしい!となるわけです。


多忙感とかもありましたが、
確かに「忙しい」といっている人は忙しくないことが多いです。
皆がそうとは言いませんが。
自分のキャパを把握したら、そのキャパシティー分でおさえていくか、
ちょっとずつ伸ばしていくか、どっちゃりきたタスクをどうこなすかとか、
色々考えていくと、結局無理な負荷がないレベルで
成長していくってのがベターですね。

ここらへんは感覚で、「えいや!」的でやってしまう人も
いるかもしれませんが、火事場の馬鹿力ってのは、
火事場だからであって、それらに期待するのは・・・
ちっと前提がおかしい気がします。
訓練、修行、鍛錬って意味ではありですが、
それらの「苦行」だと思われるものが
一生続くと考えると、ストレスフルになって、死者がでますね。

仕事と死が結びつくのは、
兵士だけではないという現実。
これは笑えないですが・・・・・。意外に死は近い。
それを自分ではなく、他人を通して感じる日々ですわ。



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研修では教えてくれない 開発現場で必要な24のチカラ

タイトルへの突っ込みとして、
「研修でこれ教えてくれて、しかも理解したら、職業として
技術者やってる人は誰もが苦労しない」
みたいなことはいえる。

で、その通りで、研修でこれら、つまり本書の内容は
教えてくれないと思う。
正確には教えられないし、言っても分からないというところだろう。

24のチカラはやや強引感はあるが、
このタイトルに勝った内容だといえる。

構成は、6x4章。
1年目?2年目、2年目?3年目、3年目?5年目、6年目という4つの
節目?にあたるエンジニアのプロジェクトチームでの仕事を
おそらく「かなり」事実ベースで書かれているので、
現場で働いている人にはかなり共感できる。僕もそうだ。

そして、本書が言っている24の力は、
統合できるし、まとめてしまえば、現場なり、実際の仕事っぷりで
学んでいけばいいということになる・・・と思った。

だから、この本をもって、これを学ばねばというよりも、
というか24の力が必要だけど・・・?というところが
正直なところか。

だから、現場のシュミレート物語として、
本を読むことで、今の仕事を振り返るという使い方(読み方)が
一番相応しい読み方のような気がする。

その読み方で、エンジニアとして一流を目指せばいい。
また方向性も考えていけばいい。

という意味で、装丁とタイトルが非常にもったいない感じがする。

ちなみに、これを僕が1年目とかで読んでも
ほとんど意味がなかったと感じる。それくらい経験は必要ということだし、
分かってもその理解レベルやお年どころ、適用する箇所が
全然違ってくると思われるので。

適用できない業務のエンジニアも多いだろうが(この本の業務は
業務系SEに属する・・・かと思われるので)
業務系SEはぜひ読んで、シュミレートするのがオススメっす。


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堕落論

安吾デビュー。

非常に面白いーというわけではないが、
結構読めたという感じ。

印象深いのは、「続堕落論」の章でP.120あたりにある
農村のこき下ろし(笑)だ。結構痛快。
そういうところで、「農」と「村」の癒着というか、
関係があるのが分かる。

非常に難しくて答えはでないが、
ややベクトルとして、もちろん僕のだが、
都会生活、科学、そういうものを重視してしまう方向にある。
なんていうか、そういう意味でいくと、
産業が、第一次二次三次となっていくのが非常によく分かる。

両立なんて出来るだろうか。
そんなことを思ったりする。

宮本武蔵の話など楽しく読めた。

堕落していくところでの展開というか、
考え方は結構好き。うまく説明できないのでスルー(笑)

気になるならヨメ!

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つれづれ

なんかこのタイトル楽だ。
まあタイトルは要約である的な発想はすでに吹っ飛んでいるから
どうでもいいけど。

歯医者へ最後のバグ歯を治療。
これで、無事全て終了。麻酔でしびれている口で
必死にうどんをすする小生。絵にならない(笑)
口が麻痺するっていうか、身体が麻痺するってのは、
非常にいやや・・・!

その後、今後の企画の打ち合わせのためにオデカケ。
話まとまる。よろし。
個人的にポイントは、いかにデカイ投資にするか。
あ、株とかの投資じゃないっす。
お金ではなく、リターンは、次への企画みたいなものとか、
今後の面白さの可能性発展・展開が分かりやすくよりできるといいとか、
そういうのだったりする。
要は、企画で次の企画をするみたいな、感じですな。
今回は、ジョイント企画ってことで、僕も企画側なんですが、
普通に参加モードであるというスバラシキ立場(笑)


本屋へ立ち寄る。
オブジェクト指向が気になって、チョムスキーの本も買ってしまうま。
が、ruby本をかって、レジにて会計すると7100円。
あれ、そんなお金あったかしらんと財布を確認。
残念ですね。6000円しかありません。
「申し訳ないのですが・・・お金が足りないのでー」
と、コントを展開。
店員さんは愛想良く対応してくれました。
キャンセルした本は、オブジェクト志向のJAVA本。
ただrubyで遊ぶってところも惹かれて、
悪いがJAVA本をキャンセルした・・・許せ。
次、必ず連れ戻してやるからな(笑)

本を買う、本のページをめくる、本を読み終える、
その後の動作は?
そう、次の本のページをめくる、だ!

まあ、そんなこと続けてたら気持ち悪くなって
休憩したくなるので、実践しろってわけじゃないんですけど、
それくらい余裕かましっぷりでいいかなと思ったり。

生産性を高める方法2

1に何を書いたか忘れた。
そんな緩い感じがいい。(単に面倒なだけ)

おそらく、時間意識が大事だ。
が、意識という言葉は、おそらく自身を客観視するような、
ちょっと神視点だよね?というようなものが必須だということ、
に気付く。
いわばメタ認知。

これができないと「意識」とくに、自分以外の視点なんて
そもそもない。概念としてない。

「相手の立場になって考える」ことができないというか、
そもそも「相手の立場にたって考える」ってことが
どんなことか分からないという人は、分からないのだ。
分からないものは分からないとそういって欲しいが、
分からないことを分からないといえる人間って
結構少ない。という意味での「素直」さは必要だ。
他の素直さは適当に必要か。

メタ認知をすると、おそらく、自分の弱さ、惨めさ、
なんでお前はそんなできないの?ということになるから、
やらない人も意外に多いかも。
が、そんなこといっていては、何もできないのだ。

という意味で、最悪の状況をどう愉しむか。
これは状況を笑えということにすぎないのだが、
その事態は重く受け止めるべきだが、状況は愉しめと。
これらは矛盾ではない。矛盾しているなら、
その人は1つの状態に対して2つの見解がありえないという
そういう「論理」「理屈」人間である可能性が高い。
別に、結果だせばいいじゃない?みたいな考えをひどく嫌う人はいる。
結果出せばいいって話じゃないという・・・そんなのもあるのは
分かるが、しかし、認知できるものを出さないって
一体なんだ。以心伝心?んなあほな。

んなら、契約も法律も、何もなかったはずで、
そもそも言葉の発達すらできなかったんだぞと原理的に訴えてみる(笑)

生産性をどう定義するかも当たり前だが重要だ。

あと、視点という意味では、おそらく
目の前の仕事にフォーカスを当てることは当然だが、
矛盾ぎりぎりでいえば、それだけでは厳しい。
なぜなら、モチベーションとかテンションとか、褒美とか
やる気とか、飲みとかは、そもそもその目の前の仕事から
発生するものではなく、むしろ別観点で発生するからだ。

要は、タスクAをなしとげると、タスクAの関連者がいれば、
それらの人と仲良くなれるわけではない。
むしろ、タスクAの話を聞けるBさんと仲良くなるだけで、
ここらへん説明が面倒だが、
そうなっていくから、タスクAというものにフォーカスをあてていっても、
その中に留まっているのはやっぱりだめなのだ。
(蚊帳の中にずっといるのはいやでしょう?んなことない?
あと、これは条件がある。そもそも、外にいきたくないなら、
こんな考えは不要だ)

プロジェクトを成功に導くにはいくつかの定石があるようだ。
ちなみに、僕の中では、
人の育成=自分の成長=管理スキル=生産性向上=ライフハック
=自身の充実=他人への充実

というような循環が常にある。
だから、飽きることはないだろう。
何に飽きるであるか?

そう、目の前のつまらぬ仕事など、全て自分で「都合よい」
解釈でやるのみで、(これは仕事達成を勘違いするわけでない)
そうやってやるのみYO!

しかし!

結果的にこうなってしまったのだから、
「結果的」というところに二重線・・・であるけど、
それについてどう感じるかを最大にアンテナをたてて感じ、考える。

原因を追究すれば、ある程度は分かるし、ある程度は絞り込める。
が、その必要性がない場合もある。

例えば、そのような「状態」は納得できないにも関わらず、
それが「正」で通るような状況や理解の仕方がある場合だ。

ある人、ここでは僕ではない人のこと、にとっては、
そういう「正義」に反する(「正」ではなく「正義」なのがポイント)ことは
我慢ならない人もいるだろうが、
僕はここらへんはどうでもいいとすらおもっている。
という意味で、日本人っぽい(笑)

まあ、それはいいとして、結果的に突きつけられるのは、
「現実」として「認知」しているものだけだ。
情報をいくら付加しても意味がない。

例えば、ネットをいくら検索して情報を得ようとも、
「ネットを検索して情報を得た」だけであり、
それは学びにはならないことが多いだろう。
読書は孤独なものであるのと同時に、学びも孤独なものだ。
「孤独」とは、寂しいということではなく、
常に一人でしか消化できえないし、ということだ。

皆で分かるというのは、「学習」ではなく、
「学びの共有」でしかないといえば、勘のいい人は分かるだろう。
集団学習においても、全く同じだ。
ある講師の学習提示は、生徒、もしくは講習生などに対して、
均一に行われるー可能性が高い。が、そこから学び取る力、
消化は、意外でもなく、受け取る側の力次第だ。

だから、共有することはできても、学習消化する部分は、
その人の孤独な作業でしかない。これは事実だろう。

だから、「学び」に対する「保険」みたいなのは本来ありえないし、
孤独が嫌だといって誰かと一緒にやりたいというのは分かるが、
それは一緒にいるという存在が「学び」を加速させるという意味で、
非常に賢い選択だとすら思う。
が、あくまでも「学び」の消化は一人でやるというのが僕の考え方だ。

結構頑張った、ではなく踏ん張ってやっている。
それらは、おそらくほとんど他人に言うことはない。
「俺はこんなにやっているんだ」というほど悲しい言葉はない。
なぜなら、それらは「言葉」が先で、「伝わるもの」はその後で、
時差がある。
だから、「ふーん、そうなんだ。そんなにがんばっているんだ」でしかない。
それは話のアヤ程度かもしれないが、
事実、「こんなにやってるんだ」的な話は、
自慢話でしかなく、あまり面白みがない。

お笑い予備軍(謎)としては、ここは否定したいところだ。
いかに観客を愉しませるか(観客?)が最重要テーマだ。
といっても、そんなくそったれな観客め!ということも普通にある。


昔、人から舐められる(物理的ではない、精神的に。つまり、甘く見られているということだ)のがすごく嫌だった時期がある。
が、今は「舐められる」ことに対して何か思わなくなって、
なんでかというと、逆に相手の動きが分かりやすくなるからという意味で、
「ああ、舐めちゃうんだな」と認知できるという意味でいい。

もちろん、誤認知の可能性もなきにしもあらず。
が、行動主義ではないけれど、そういった事実、そう見ている事実、
そこから推測できる行動、想定できる言動は、やはりこちらの
思いとしては削除できない。それが人間、いや僕というものだ。

舐めてしまう人間とは、一緒にこちらから、お仕事も、仕事も、
色々なことを「やる」つもりはない。やれるはずがない。
そして「強制力」がかかる「ある種の力」が働いても
(これは企業の会社員なら、上からの指示とか。
あとは下請けなどの構造もあり。色々あるっしょ。国もあるかもね)
結果的に「一緒にやる」ことになっても、上手くいかない。
まるでシグマプロジェクト?みたいなものかもしれないね。
まあ当事者、実際に嫌々やってる人は嫌で、結果も微妙なんだろうけど、
それをどう思うかがまず大事だ。
ちゃんと、考えていけば、後でも、その時でもケリがつけれるし、
判断ができるんだ。そうしないと、うやむやちゃんで終わってしまう。


結果に対するアプローチ。
僕はいくつかの策を今考えている。
もっともっと策を練らねばならない。
そうしなければ、おそらく、やられてしまう。

なんかそんな世の中だったのかしらんと、一瞬嘆くが、
全て自分の責任であると思っている(大嘘

ふざけんな馬鹿野郎。
こうやって叫んで生きていくというのが、
今のおしゃれな生き方、セクシーな生き方、
セクシーエンジニア(笑)かもしれないと思ったりするのであーる。

しかししかし!

友人と飲む

中国で仕事をしている友人が帰国する。
ので、当然飲むことになった。

友人のためとあらば、火の中水の中である。
実際には、どちらも嫌だが(笑)

月日の経過は、人の考えも、心も変えてしまう。
ある程度のバッファ、ここでは蓄積物とそれに対する考え、大体は「若さ」「経験」とかいっちゃうけど、がないと、
話の振れ幅を押さえられないから、話をうまくあわせられないし、
興味がなくなるだろう。

携帯メールに毎日飲みの誘いが入っている(嘘
とりあえず、店情報(値段と雰囲気と料理と場所)と
人のパーソナリティー(笑)と、観察。

そこらへんがテーマになってきそうだ。(何のテーマ?

カンドコロと感性を鍛える

モノを観察するところから、
視覚を鍛え、感性を養い、カンを鍛える。

努力・経験・根性・勘。
努力・経験・根性・勘。
努力・経験・根性・勘。
努力・経験・根性・勘。
努力・経験・根性・勘。
努力・経験・根性・勘。
努力・経験・根性・勘。
努力・経験・根性・勘。
努力・経験・根性・勘。
努力・経験・根性・勘。


を切る。
知恵、理想、ビジョン、パワーで、置き換えられないか。
別に置き換える必要性はない、が、
間違っているっぽいそれら(努力・経験・根性・勘)の使われ方は
大分、というかものすごく嫌ですな。

すごい勢いで片付ける

タスククリアー!
タスククリアー!
タスククリアー!
タスククリアー!
タスククリアー!
タスククリアー!
タスククリアー!
タスククリアー!
タスククリアー!

と叫べば、お仕事終了。
さて、最近我がPCの挙動が怪しい(終了できないなど(笑))ので、
バックアップをとった。
が、そろそろ外付けHDDでも買ってもいいかもしれんと
思ったりしている。安くなったものだなあ。USB接続のやつとかね。

お先に失礼します。

というわけで、一瞬の夏、ではなく、
一瞬の秋、でもなく、一瞬の・・・・。ではないが、
それらが終わった。
全てが終わった・・・わけでもない。

ほとんど、ノーダメージだが、といってもダメージはないというと
嘘になる。くそう!

そういうところで、ぐつぐつと怒りになる可能性もあるが、
笑いにならないだろう。学びの種ではあるが。

お先に失礼します。

この言葉をどれだけ吐けるかが、勝負じゃないかと。
見送る人にはなるものか。お先に失礼するのは、
この俺だ。アンタはお先に失礼できない。
俺がお先に失礼するんだ。
俺がお先に失礼するんだよ。
俺だああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。

ということを思ったりしたが、
Perfumeののっちで癒され、「歌って」といわれたら
「歌って」しまうテクノポップアイドルPerfume。
しばらく、Perfume漬け。

つらつらと。

モチベーションとテンションの違い。
これらは、ほぼ同じ傾向属性があると思われる。
モチベーションが高いとは、結局テンションが高い。
モチベーションが低いと、テンションも低い。

本当だろうか?ここに疑問をもってくる。

残念ながら、モチベーションは下がったが、テンションも下がった。
しかし、この下がりの中で、僕は、
モチベーションは上がる一方で、テンションも上がる一方といえてしまう
かとも思ったりすることもあったりするかもしれないんだわさ。

で、モチベーションとは動機付けのことで、
動機付けるものがありゃ、テンション高くなる、のだけど、
逆境やトラブルなどの、やや負荷がかかる、ストレスフルな場合でも、
意外にテンションは振るう。もちろんそれらでのテンションだけでは
疲れてしまって、長期的に力にはならないだろうし、
下手すると疲れて擦り切れるから注意が必要だ。

モチベーションが高いが、テンションはミドル、つまり中。
モチベーションは低いが、テンションは高い。

そのような、非統合性というか、均一性がないというか、
ややぶれている方が力がでる気がする、分かるかしらん。

要は、車はタイヤ4つで走れるから、車の両輪とかって
表現はよくするものだ。でも、それは安定的かつ、
長期的な力の出し方でしかなく、
昔のなんだっけ?タイヤ前に1つと後ろに2つのミゼットだっけ?
あういう三輪自動車みたいなもののほうが、バランス悪いかわりに、
パワーを一気に出せるというか、出さざるを得ないというか。

非バランスのパワーということだ。
バランスのパワーはもういいという感じか。

あえて非にすることで、ホメオスタシス的で、
その正で、パワーがでる・・・というか、そういう感じ。

これは悲観でも、現状逃避、でもない。
ここにはパワーがある。そう、パワーがここにあるのだ。

モチベーションを高めるのは、自己だ。
そしてテンションも自己だ。
結果的に、人に頼らない、自己完結組織が出来てしまうことになるが、
それはそれで立派な社会人なのだろう。
が、それはそれで面白みにかけることもあるだろう。
まあ、どちらでもいいが、好きなようにやりたいものだ。


いい仕事とは何だろうか、
仕事が、いいのか悪いのかは誰が判定するか、評価するか。
結果的に、結果で出すしかないのだ。
結果が全てとは、好きな言葉だ。といっても、過程こそが大事だけれど。
一番駄目なパターンは結果も出せずにうだうだいってる場合だ。
試行錯誤の話ではなく、他人のせいにしたり、環境のせいにしたり、
自分の力を疑わないことなくして成長なし。
そこにあるのは、ただのウヌボレちゃんだけである。
ウヌボレは自分だけで十分。他人のものを飼う仙人はいないだろう。多分ね。

仕事とはどれだけ気持ちよくできるか。(性感ではないのでご安心を)
どれだけ、ストレスレスでできるか。
どれだけ、「感動」的な、「すげーすげー」がおこせるか。
どれだけ、面白くできるか。
どれだけ・・・。
というのがある。
しかし、これらは1部でしかないし、これらを他人がいい仕事の指標しているとはなかなか考えづらいものだ。
だが、いい仕事をしていこうとは思うものだ。うむ。



友人の指摘もなかなかというか、かなり鋭いが、
「あなたの次の目標はなあに?うふん」
であるが、これはなかなか難しい。保留案件である。
が、先ほど述べてきたはずの、認知リソース全開で
また気分を新たに色々やっていこうと思う。
多分、僕は結構嫌な点かもしれないが、自分を試すのと同様に、
人を試す傾向も強い。それくらい、自負があるのだろう。おそらく。
人は試されるときに、ややストレスを感じる。
その時、どう出るかが鍵だ。

僕はそういう意味で、常に勝負であり、常に戦いだと思っていた、
正確には思い込んでいた感があるし、
また「簡単」なものは何一つないぞ、このやろうという感じで
色々やってきたのだったと思う。多分ね。

実際にそうだったし、そのようにやってきた。
しかし、実際に何が起きたか、そしてここにあるものは、
やや苛立ちのように残る、このバク(夢くう動物ではない)としたものは
一体なんだろう。そのようなややむなしさが残るのも事実だ。

これらは、どうにも簡単に消化はできないだろうが、
きっと、大きな芽を出す、種となりえるだろう。


発する言葉に自分が付いていっているか。
言葉にやられていないか。
感情的なものはどこまで計算できない感と、
計算できている感があるか。


そして、俺は俺に問う。
自分に満足できてるか、俺は俺の仕事をしているか。
これらの問いは、自己完結的すぎる。

僕は答える。
俺はやったさ。そしてやっているさ。
自分に自信をもて。そして自信がないわけがないと。


詳しくは書かないが。

ジョー(私であると仮定)は立ち上がった・・・。
たてーたつんだじょおおおおおおおおおおおおおおおおおおお。

友人と軽く飲み。
指摘1
「あなたのブログは、感情的である」

実際僕の挙動(笑)を知っている人は、
そのようなギャップを抱きやすい。
なぜならそのように(ここらへ傍点いれたい)しているからで、
そういう意味で想定どおり。

しかし、ブログの言葉も、現実の言葉も
全て僕、なのである。
僕は書くことで僕であるが、話すことで僕でもある。む、哲学。


詳しくは書かないが、
結構へこんで、「飲みたい気分だ」と友人を誘う。
こういう時に「誘える」「友人」が「一人」でもいると、
おそらく「良い」のだと思う。全く自己都合である点はおいておこう(笑)

飲みたい気分にさせる要因は、主に2点。さらに補助的に1点。
自分の中では、2点明確だったが、補助的なものは、
友人との熱い会話による。そういう意味で重宝したい人だ(道具ではない)。


僕の中で、ホットなテーマが1つ崩れた。
正確には「できえない」ことになった。
そして、モチベーションやテンションについては
非常に難しいと、(笑)言わざるを得ない。

これは原因、犯人探しの意味がない。
なぜなら再発性の防止、という意味では無力で、
レベルとしては「台風を防止するには?」みたいな、
そういう話だ。「地震をおこさなくするには?」とかね。
そのレベルだから、もうどうでもいいや状態で、投げやり2007的。

だが、いい点もある。
認知リソース、投下コストがグンと上がることになる。
そういう意味では、かなり自己で負荷をかけて、
自分でサイクル回してたってことの証明だ。ぶらぼー。
だが、それらは一時クリアであり、解放である。

それらの有り余ったパワー、そもそもブログに書いていることで
パワーが有り余っているわけで、
もうかけないの、ぐすん、くらいの状況にはまだなっていないか、
それとも、書く、ブログ、熱のパワーが尽きないだけなのか、
それは永遠の謎だし、分かる必要もあまりない。


得たものがある。
それは、「結果的」にどうであるかという視点であって、
あまりどうこういうつもりはないし、つもりがない。
ただ、現実を受け入れたい。これは、逃げでもなく、
反抗とか、改善とか、抵抗とか、食い下がるとか、
そのような気概がない・・・わけではない。

いいか。
世の中にはどうしようもないことがある。
今、ミャンマーで起きていることもそうだ。
僕にはどうしようもないが、寄付とかは出来る。
それがどこまで効果的かはしらないが、出来る。署名もできるだろう。

どうしようもないというのは、
自分の中で、世界は終わらないということの証明でしかない。
例えば、AさんはAさんの世界がある、というよりも、
Aさんの認知するところでしか世界はない。
Aさんはスタバにいくが、ドトールにはいかないなら、
ドトールの世界は知らないのだ。
(ちなみに、僕の感覚では、スタバは一人で入らないが、
ドトールは一人ではいるである。これはどこまで一般的か分からないが、
スタバって女性が多い印象が多い。入りづらいのだ。ま、それはどうでもいいや)
認知できないものは、世界がないのと同じだ、とは
結構言われることだけど、まあ極論だけども、最も。
だから、友人にいわせると「当事者意識」ということになる、のだが、
残念ながら「当事者意識」とは、言葉に語義矛盾がある感じがする。
当事者の意識は、当事者の意識であって、
第三者、当事者ではない人が、その意識を持てとは、
かなり厳しい。もちろん「意識」とはそのような意味、使い道しか
ほとんどない言葉なのだけど。

当事者意識とは、逆に押し付けになる印象がある。
当事者意識を持て。それは、押し付けにならないだろうか。
いや、なりやすい。だから、やや使いづらい言葉だ。
というのもおいておいて。

どうしようもない、つまり、世界として認知できてないものは
当然どうしようもない以前の問題で、どうしようもないと
対象となる前に話は進んでいるのだ。
自分が世界として認知して、かつ自分の足が動く、それが
どうしようもなくない、話となる。

こう考えると、
世界であると認知できる点、
さらに自分の足が動く点、
そして、それらが現実的にどうかできるという点、
これらの3つを補う、いや満たすという点は・・・
なぜか非常に少ない。不思議だ。

1点目に、まず世界を広げるには、
知る、見る、聞くなどの基本動作が重要だ。
最近は、観察するということが重要だと思っている。IDEOの影響だ。

2点目に、自分の足が動くとは、好き・好奇心などの興味だ。
これらはなんでこうなっているんだ、面白そうだと、
素直ちゃんになって動くことだ。それらがなければ、
足が重いままだろう。

3点目に、現実的に対応可能みたいな話は、
実は意外にこれも少ない。
例えば自分が年収1000万あっても、200万寄付する人間だろうか?
できないのではないだろうか?という意味で、
お金をいくらもっているかは・・関係ないという考えが好きだ。
要は、金を1億もっててもガメツイ人は、誰も寄付はしないし、
人に役立ってもらうという「考え」すらないから、
全くその人にその人で完結するだろう。こういう考えはありだが、
嫌いだ。好きじゃないという意味で、魅力的じゃない。

ということを考えていくと、
自分がやれる、ということは意外に少ないことになる。
いかに「可能性論」を唱えてもだ。

が、その中でやっていくのがプロであり、自分である。
それが大事だ。そこを大切にせねば、飲むことも、語ることも
できないではないか。

また、一つ僕は成長できた、の、だろう、多分。
そして、ウタレヅヨサが上がるたびに、人に優しくなれる。
もっともっともっと人に優しくなれる可能性が増えていく。

ああ、なんていい人生なんだ!ファッキン!

悪い予感

友人が死ぬ気がする。
全く不吉だが。なんとなく(笑)

死に方は色々あるが、
何か主張するというか、アジるとか、そんなことはせずに
静かに死んでいきそうだ。決して「静かな人間ではない」のだが。

意外にこのような状況になると、
つまり、ピンチ(これは自分でも他人でも)になると、
意外にだ、意外に、何もできない。

それは、強盗にナイフを突きつけられたら
訓練がない限り・・・足がすくむみたいな話かもしれない。

他人の場合は、話を聞く、というのが基本スタイルであって、
逆にいうとそれ以外は何も出来ないことが多い。
僕の友人は「介入」を嫌う人が多い。僕が最もそうだからかもしれない(笑)

そして「うるさい」人間が少ない。
これは良い意味で、「無駄な」叫びがないというところだ。
といっても、皆本質をついた発言をしているかというと・・・
そうでもないけど(笑)自分も含む。

とりあえず。perfumeのtwinkle snowをきいて
テンションをあげることにした(笑)
FanServiceの最初のイントロ後の動きで、
「snow」っていうときに「手を斜め上に」「空を」「イメージ」した
感じあげるんだけど、あの動きがすげー印象的。というか、
やられた。

というわけで、今週も踏ん張っていきましょう。

頑張らない

頑張ることはない。あくまでも、踏ん張るのみだ。

ニートではないけど、
昔、ある講義で、教授がいってた
「私は分からないが、
知っている大学院生(おそらくゼミ生)が、
僕は働かないことで、雇用機会を他の人に提供したい」
といってたことを思い出す。

ニートは
「働いたら負けだ」
というのと似ている気がするが、
でも、雇用機会とかそういうのではないので、
やっぱ違うなと。

社会に組み込まれた罠に対するスト。
そんな台詞に見える「働いたらナンカ負け」

まあ、どんな考えでもいいけど、
自分に対してまっとうに生きていればいいんではないかと
そんなーことを思ったり。

まあ、フンイキとしては、
ニートが「まっとうに」生きてないんじゃないのかという
軽い問いになってしまうわけですけど、
といって、働いて汗流している人間が
「まっとう」とは必ずしも限らない。

前思ったのは、働かないと時間ありすぎて、
「逆に」何もやる気がでないようなって
そんなことないんですかね?

結果的に。

結果論は嫌いだが、結果は好きである。
常に結果の連続だ。

そして、結局、こういう風だなあと、
暫定結論はある程度寝かせるとはっきりする。
思ったことを全て言うのもありだが、
それはいいかえると、ただの「抑制できないちゃん」でもある。

というわけで、寝てしまおう。

シンプルと簡単の違い

読み始めた「あーとおぶ・・・」に、
そうかいてあった・・。激しく同意。

単純と簡単の違いといっていい。
類語辞典を引いてみる。
確かに「簡単」と「単純」は類似している。
が、しかし、違うのだ。

「簡単」とは、難易度が低い。
そうだな。例えば、箸を持つくらいのレベルだ。

「単純」とは、仕組みが分かりやすいとか、そういう平坦なイメージだ。
そうだな。例えば、箸をもって、飯を食べるくらい、な感じだ。

問題は、簡単は難易度が含まれているが、
単純には難易度は含まれていないことだ。

この仕事は簡単である。
この仕事は単純である。

とほぼ言い換え可能だが、
「この仕事」は、簡単で単純であると正確にはいうべきだ。
もっとも、言い換えているだけならそれでいいが。

単純の反対は、complexであり、複雑だ。
簡単は、難しい、である、はずだ。

単純なものは、簡単な傾向がある。なぜなら単純だからだ。
複雑なものは、難しくなる傾向がある。なぜなら複雑だからだ。


ここで一度リセットしよう。
まず、物事は1つで構成されていることは少ない。
人間関係に悩む人がいるのは、多分1つでつながらない、
1つで確定できない、とか2個以上の要素があるからだろう。
同様なことはありすぎて例にならない。

問題は、複雑なものでも、実は単純なものの組み合わせでしかない。
しかし、その組み合わせが、多くなってくれば、二乗のペースで
増えていく。ちなみに、2の8乗は256だ。
つまり、2つの組み合わせが8回あれば、256くらいな
でかいものになり、お手上げである。

シンプルに考えるとは全く同感だ。
しかし、それらは簡単と同義ではないのだ。
そこは踏まえて欲しいものだ。

なぜそんなことをいってるかというと、
「簡単なところで油断すると、すぐ間違える」という
どこぞの人が読んだ・・・あれは蹴鞠の歌か、
そういうのがあるのだ。
油断はしないかもしれない。
が、「簡単だ」といっている時点で、油断である。
油断発生確率がグンと上がる。

また、分かりづらいが、
簡単なことこそ、一番難しいという言葉もあり。
単純なこと、とも置き換えてもいい。

簡単ことは誰でも出来る・・・ならば、
なぜ「みたらしだんごのパッケージをおくというタイミング」が
誰にもできないんだ。
結局、その作業ですらそうなのだ。
きっと、簡単なことができな人は多い。

また、単純なことを簡単なことと認知してしまうがための、
問題も多い。

僕は、難しいものは、難しいから油断しない(投げやりにはなりやすいが)。
と考えている。
また、難しいものは、誰もが難しいと感じる。

しかし、簡単なものは誰もが簡単だといって、
すなわち「できる」わけじゃないというのがある。
難しいものは「できる」「できない」の意味がないという
比較でもあるけれど。

簡単なものができる、できない。
難しいものができる、できない。

結局、難しいものはできなくても、簡単なものを
確実にやるのがまず・・・だと思われる。
それは、土台であり、地盤だ。それが力だ。

だから、目の前のこと、というのが、一体なんなのか。
そのタスク、その難易度、その面白さ、その位置は
常に確認しなければならない。
これらを人にやってもらっている時点では、まだまだ青いが、
そうではなかったら、一人前の社会人だ。

そういう覚悟で生きたいものだ。

というわけで、
簡単=単純と考えている人は、
ちょっと考えた方がいいんじゃないの?という苦言。

重要なのは、油断しないこと、甘くみないことだ。
多分、簡単なところで油断する人は、
なんでも油断してしまうのだろう。

リスク認知について

以前書いた、リスクを減らすということ。
これについての結論というか、思い至ったことを書いておこう。

結論からいえば、これは「下手な」リスクヘッジが
逆に「リスク」をより導き出しているということになる。

リスクヘッジとは、リスクが何か分かって
初めて使える言葉なり。
何がリスクか分からず「リスク」というのは、
やや意味合いが異なる。

敵が誰か分かって、「敵に気をつけろ」という言葉は意味をなす。
しかし敵が分からないのに「敵に気をつけろ」といわれても、
それは「まず敵っていたんですか?」ということになる。

これを元に戻せば
「リスクってあったんですか?」ということになる。
そう、リスクは見えないのだ。

立場の違い、人の違い、リスク認知スキル!の違いで、
僕に見えないリスクが見えたのかもしれない。
実際に、そのような力の差がある場合は、
当たり前だが「説明スキル」に差があるわけで、
つまり、リスクがあると分かっているならそれを説明できる、
ということになる。逆に分からないから、
「リスクがあるっぽいけれど」となって、説明できない。

基本を振り返れば、説明できぬことは、決して人に伝わらない。
フンイキでやってもいいけど、そんなのはアホだ。
アホコミュニケーションとしては立派に成立するが、
「あれやっといて」で、話が全て進めば、
この世にコミュニケーションがうまく行かないなんて
病気すら、事象すらおきえないのだ。

リスクヘッジとは、また一歩先の考えだ。
要は、現状が十分であると考え、じゃあ次に段階をすすめて
考えてみようかという話である。
つまり、対象は一歩先だ。という意味で、現状をみて
リスクヘッジとは、あくまで未来系の話であって、
現在形である現状、つまり、今をみて、今やばいからこうするというのは、
リスクヘッジではない。
ただのヘッジである。
もちろん、正確にいえば、回避したものが、将来どうなるかを
考えるーというのもありだが、そもそも、ここでの回避は、
回避が第一で、将来云々は第二にしか最高でもなりえない。
要は、現在しか見ていない時点での、リスクヘッジは、
意味を成さない。

だから、未来に対するビジョン、このようになるべきである、
こうなっていく、だから・・・。
そう。未来の箱を想像し、それに近づくように創造するのだ。
その行為で、問題や課題が発生するところを、あらかじめ、
考えておくこと。それをリスクヘッジというのだ。

しかし、そうではないのだ。
未来も描けず、現在にフォーカスをあて、というところで、
そういう「余分時間」の創造は、創造たりえない。
そこは甘いのだ。


リスクヘッジするなら、現在の状況を十分にしてからという、
いわゆる「目の前のことができてないなら、将来も何もできない」
ということがいえる。
もち、だからといって死ねというわけじゃない。
目の前のことをやっていって・・という話になる。
3年、5年たっても、10年たっても、20年たっても、
最初の「それ」ができなくて、次のときに「できなく」て
次もできないなら、考え直した方がいい。

これはあらゆる仕事、とくにフリーランスとか、
そういう人々にもいいやすいことだ。
もちろん、「それ」が続いている人が多い。
そして「それ」をずっとやってもいいかもしれない。

リスクヘッジについての見解を、
ある組織において、語り、それがパフォーマンスを向上させるかどうか。
否だ。

ここは、諦めが入ったわけではない。
現状はそのようなものだからだであり、何も否定も、肯定もできない。

要は「自分の歩み」が「全て」ではなくても、
5割くらい「組織」と同調できるくらいでも、
結構良いと思ったりするということだ。

これは、学生には分かるまい。
分からないのが学生だといってもいい。

よくある「社会人と学生」の違いというのもついでにいえば、
「自分の歩み」がどれくらい同調できるかという話を
考えるかどうかでもある。

ほら、学生で、大学と同調なんて、クソ学生(笑)しか
ありえんでしょう。


どこに目標を設定するか

結局そこだ。
自分がこうありたいというものは、
具体的であり、かつ抽象的であるという
一見矛盾するものが一番いい。

そうしなければ、具体的すぎて、イメージと異なっている可能性がある。
抽象的すぎて、分からなくてテンションが上がらないということがある。

そのどちらをも、兼ね備えたもの・・・
それが、具体抽象な目標設定だ。
曖昧とはややフンイキが異なる。

相手が動けばこちらはとまり、
相手がとまればこちらは動く。

という反同調方法1。

相手が動けばこちらも動き、
相手がとまればこちらもとまる。

同調方法2。

これらを組み合わせる。
すると、相手が動いたら・・・どうでるかはあとはテンション次第。
要は、どこまで属人的ではないものに組み込めるかなのだが、
といっても、自動的に動くことはない。

人は自動的に動かない。半自動的に何かやるということはできるが、
目標の自動設定はありかもしれない。
例えば、年収は年齢x100とか。

それはともかく、目標設定が甘い。
甘いとは、自分にとっての甘さだ。

結局、こうなる。
「お前は目標設定どこまでできてんの?」

人のことは放っておけ。
というわけで、40までに死ぬという友人が
少し「羨ましく」見えたりした。

これは病気ではない。といって、健康でもない。
そういうニュアンス、微妙な位置、矛盾ぎりぎりのボーダーラインを
君は分かるか?

大激怒

肩がかるうううううく触っただけで大激怒。
全くそんなお方とは一緒にいたくないものだ。

ま、それはいいとして。

役不足ではなく、力不足を疑う。
それは自身についてへの問いとしてだ。
「本当にお前はやってるか?」
という問いが突き刺さる。

そしてその問いは、
「目の前の仕事」「目の前の仕事ではないもの」
は軽くスルーされている。

そしてもっと先の、でもぎりぎり見えそうな、
決して夢想ではないものに対しての問いとなる。

空転する。
全く駄目ではなく、全く無駄である。

本質的に、かすっていない。
全て抜本的に、間違っているといっていい。
そんなものはない?っていうかもしれない。
それは最もで、逆にもっともすぎて、最もつまらない意見で、
そしてかすったとしても、「現状維持」でしかない。

そういう意味で、無駄な意見。それは「そんなものはないんじゃない」という
一種のなぐさめ・・・に集約される言葉たち。

怒れ怒れ。

僕は自分に怒れといってるくらい、
なんでもないようなことが後から怒りに転化しているくらい、
怒ることは損だと思っている。

が、正直なところ、怒るくらいなら、
別のところを探した方がいいと思う。
そう、僕は一方で、主君という住みかを探し、
他方で、自分が主君になろうとしているのだ。

だから、一方では怒り、他方では笑うか、諦めている。

自分の限界を知りたいという「精神改造論」みたいなことは
思わない。
ただ「常に」、いや、感覚として、
「俺はこんな程度だったか」という問いが出てくる。

この問いは、誰かに言われるわけがない。
全て自分だ。

自分の中で発生してくる。
「お前はそんなのだったか」

そしてその傲慢といわせない力が、お前にはあるか。

結局そこだ。
もちろん、傲慢なわけがない。傲慢でありたいとは思わないし、
傲慢だったら、今のようにやっていられないからだ。

誰がよりよく知っているのだろう。
誰がよりよく生きているのだろう。

そんなことは全て関係ない。
自分がどう思うか。自分が何を感じるかだ。

そこで勝負するしかないし、そういう意味では、
全てかすりもしていない。


コーヒー屋でくそばあさんに、順番を抜かされた。
順番を抜かすという罪悪感が、いやこちらが悪いと思ってしまうくらいの
抜きっぷりだった。

そんなばあさん、年金暮らしでアイスコーヒーかよ。
このやろう、あんたのために、俺は年金納めてんじゃねーぞ。
かっこいい紳士と淑女のためにやってんだぞ。
くそったれ!

全てがくそったれでしたとさ。

心の操縦術 真実のリーダーとマインドオペレーション

おそらく、わけんさんが読んだ本(笑)

リーダーについてというよりも、
リーダーという視点が気になってきてその手の本は
とりあえず読む構えだ。

この本は、まず情報空間において高い位置にいれば、
下は自由に見える。が、下の位置では上は見えないと図が出てくる。
オブジェクト指向をかじったことがある人なら、
動物クラスにイヌが属していて・・なんてまさにオブジェクト指向だろう。

抽象化。そうオブジェクト指向は抽象化でしかない。
抽象化したクラスという設計図で
量産できる体制のはずだから、抽象度が高いものを
管理把握創造みたいなことができれば、下はOK。
つまり、下とは現場であり、ここでは批判されがちな雰囲気があるが、
日本の企業の経営層の育て方を現場を複数またがせ「経験」を
横断的にさせて、鍛えるというのは「運用」レベルではいいが、
しかし、それは「下っ端」=現場(著者はそこまでいってない(笑))の
仕事であって、経営層がやるわけではない。

説得力があるのは、MBAの意味だ。
MBAは結局「現場」なんぞにはいらない。
なぜなら必要性という意味では、抽象度の高いものをみまくって
鍛えていけば、情報空間の上にいられるからだ。
ちなみに情報空間の説明は本著を参照あれ(笑)

リーダーという著者の視点でいえば、なるほどなーとは思うが、
ただ、現場知らないリーダーという説得力・・・。が
まるっきりないと思われる。もちろん、著者は考えを強調したいがために、
このように言っているとにらむ。
日本のやり方が全て駄目というと、おそらくアメリカかぶれ(笑)と
なってしまいがちだが、そうでもないと思われる。

実際に、ここから学べることは多い。
抽象度思考とは、結局、具体事象をどこまで抽象化してストックできるか。
抽象度の高いものは低メモリで保存可能。要はコストかかりづらいわけだ。

あと、面白いことに、著者は、
抽象度がいくら高いことやってても、もってても
実際には、具体的なものにせねばならない、というかそうしないと
使えないといっている。

これは重要なポイントだ。
つまり、トタンの釘の発想を、トタンの現場から出すだけではなく、
実際に抽象度高いものから具体事例として出したもの、
それならOKということだろう。OKというか、著者のいうリーダー、
もしくは抽象度高い思考レベルのものに基づく感じ。

また面白いのは、
リーダーが全部ではなく、一人一人がリーダーという話は、
結構言われてたりする。これも書かれているのが面白い。


後半のコーヒーでの実践などはやる気は起こらなかったしやらないが、
リーダーの視点の1つの考え方とか、では参考になった。
洗脳とは結構激しい名前だけれど、結構面白いと思われます。

で、以下はどうでもいいことですが、
ちなみに当然のように、
抽象度が高い話は、具体的なものしか出てこない人には
分からないです。逆もまたしかりです。
女性との話で多いのは「具体的人名を出してしまう」ということです。
話の分かりやすさからすると「具体例」として、人名もしくは具体名は
分かりやすさをあげそうですが、実は、必要のない情報を
覚えるという意味で、これらは2,3が限界です。話の中に。
要は、ある話をするのに、鈴木さん、山田さん、田中さんって
出てきてそれらを覚えておいてーっていうような話っぷりは、
すごく具体的ですが、具体的すぎて分からんということです。
言い方をかえると「分かりづらい」わけです。

重要なのは、自分が話したいのは、誰のことかーってことで、
鈴木さんにターゲットをあてたいなら、山田さんと田中さんは、
役職とか「周りの人」とか「友人」とかで呼んでしまうとか、
嘘ではないものの、一括りにして抽象化する方向にもっていく。

そうすると、非常に分かりやすくなりますね。
もちろん、よく会話している人なら、具体名はいいんでしょう。
でも、それを前情報何もなしでやられると、
結局田中さんの情報は「ちょっとおっちょこちょい」だけで、
話のメインストリームとは関係ないじゃーんってことになりますね。

抽象化したまま考えるとは、
結局、プログラミングの世界も似ているかもしれません。

何か仕組みとか、原理的なものって、具体ではなく、抽象的な
気がしてきます。
という意味で、抽象画が見たくなってきました(笑)


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そして伝説へ

まるでキシダンのようだが、
キシダンではない。このブログはRM軌跡2nd stgだ。
そして、この僕は間違いをおかしながらも生きていて、
人生を愉しんでいる。

ライフハック。これは人生を愉しむというスキルに他ならない。
仕事術ではないのだ。ライフのハックだ。

そして、まちがってしまうと、DNAをいじって、
ハイパーモンスターを作ってしまうという、
笑えない話になりそうだ。おっと、脱線。

伝説をつくれ。
オーラをだせ。
気合いを入れろ。
そして休め。
明日があるぞ。今日は終わるぞ。

走れ!

やることの整理

例えば、タスク100あって、これらのタスクが
全て指示だったら、暴動を起こせ(笑)

そうじゃないだろう。
タスクってのは、8割が自分が生成したものではなければならない。
仮に100のうち、50が指示だったら、
指示タスクは潰して、50にへらして、30を自分で生成して、
次の指示は20でとめ、80の生成タスクで構成して、
自我を保て(笑)

40才までに死ぬ。
そんなことを考えると、時間がない。
昔は人生50年も生きられなかったのじゃ。

生産性を高めるのとスピードハックするのと、
仕事を早くやるのは、意外に違うことになるのだが、
それより共通・普遍性があるのは、
どれだけ視界が良好かって話じゃなかろうか。

つまらん生き方するなら、せめて「つまらん」といへ。
まあ、普通は、言えた瞬間、解決してるんだろうけどね。

キジバトを観る

ドバトはいくらでもいるが、
キジバトは意外にみない。

金色っていうか、ちょっとおしゃれな羽の色をしたハトだ。
灰色オーラでまくりなのが「ドバト」であーる。
ハトにも色々いるんですよ、という話ではない。

キジバトを観たら、
そのキジバトを観た自分と、キジバトは
ある種の関係性で結ばれることになる。
(なんだか変な展開の予感)

そう。キジバトが歩いている?のと、
僕が歩いている時間はほとんど一致しないような気がする。
3次元空間において、どういう次元を定義すべきかー。
まず、視線の移動距離と、その空間と、時間があるか。

そこでは、同じ空間でも視線によっては見えない。
時間が違えば当然同空間でも見えない。
空間が違えば見えない。

それらがクリアされてはじめて、キジバトを見たといえるのだ。

おそらくこれは何でもいえる。
電車で、綺麗なオネエタン(笑)と出会える確率、
正確にはガンミ(笑)であるだけかもしれないが、
30%くらいな気がする。残り70%はちょっと綺麗なお姉さんに
出会える可能性だと考えたい。世の女性は全て綺麗だというのが、
僕の自論である(ちなみに、この自論はこの空間、
つまり、ブログを読んでいる人、書いている僕との間に
一瞬できた理解でしかなく、次の瞬間、矛盾という言葉でかき消される。
あまり信じないように(笑) 要は冗談ってことですよ)

キジバトを観たら幸せになれる。
そんなジンクスはないし、つくった人がいたら、
なんでそんなのつくったかききたいけど、
何か久しぶり「メタルスライム」に遭遇した感があったので、
思わず薬草をふりまいて、倒してしまいました。

という展開も可能。

レベルが下がる

RPGの世界では、レベルは下がらないが、
人間の世界では、先ほどあげた「健康ではない」状態という、
ようは病気もあるし、突然事故で死ぬこともある。
さらに、久しぶりということで、スキル低下ということもある。
もちろん、そういう意味で全てのスキルが高い人なんて
ありえないのだけど。

で、現実の世界では、レベルが上がることもあるが、
むしろ下がることの方が多い気がする。
下がることなんてない、というのは強がりでしかないと
とりあえずいっておこう。

なぜなら、自分のレベルが上がったかどうかは、
ほとんど自分のみでは分からない。

という意味で、会話を誰かとしたか、自分で考えて「ブログ」とかに
少しでも書いたか、ということが非常に大事になっている。
誰からも何もコメントがなくても、自分で考えたという証拠になる。
証拠が必要だから証拠を残すのではない。考えたから証拠があるだけだ。
ここはシンプルに考えたまへ、明智君。

レベルはレベルを上げようとしないと、「維持」以下にしかならない。
維持でも結構大変だが、維持が最大目的になると、
結局、敵に攻撃ができない。
量産される敵を退治するには、必ずレベルをあげこちらが鍛えて、
倒せるレベルにならなければならない。

ここでいう敵とは、目標であり、課題のことといっていい。

そういう中で、レベルが下がるということもある。
自分にはぬるいと思っているようなことが「えんえん」とあったり、
「ありえない」を10回くらいいってしまうようなことだったりと。

まあ、多かれ少なかれそのようなことを感じる人は多いだろう。
レベルが下がることに気づいたら、さっさとレベルをあげに
冒険にでかけよう。

さあ、一緒に冒険にでかけないか?(ちゃだ

生産性を高める方法1

タイトルは釣りじゃないです。ええ。
たまには、ちゃんと。

生産性を高める方法で気づいたのは、
「元気であるということ」だ。
これは「明るい」という意味合いではなく、
「健康」であるとか、「病気ではない」とかそういうこと。

風邪が蔓延している、もしくは風邪気味プロジェクトでは
生産性が上がるわけがない。

この「健康」という言葉。
意外にも、健康ではない人が多い。
多いから、どうだーということではなく、
「健康」という必須スキルがまず必要だが、
それがないのに「生産性」といっても駄目なのだ。

まず健康だ。

といっても、健康だったら必ず生産性が高まるわけじゃないけど。

っていう展開をしていくと、
生産性を高めるなんて、滅茶苦茶ハードルが高いことが分かるでしょう。
だから誰もやらないし、やっても「分かりづらい」(見える化は、
詳しく知らないですが(正確にいえば見える化といった著者?の
本を読んでない))まあ、見えるようにしても、
健康じゃなきゃだめですね(笑)

病んだやつは生産性は高まらん。
オーラを出せ!オーラだ!

人をとくに自分に元気をくれる

何かに打ち込んでいる
オーラがある
人をとくに自分に元気をくれる
自分がある
かっこいい

どれかの要素があれば僕はその人を好きになってしまうようだ(笑)

最近は「オーラ」かな。
オーラって、結局、生成しようとおもっても、
生成できるもんじゃないような気が。
もちろん、生成しようとしなきゃでないのは相変わらずだけど。

何かに打ち込むことで、自分が確立され、
オーラ発動。そしてそこで得たものから、自分にもやさしいのと
同様に「他人」にもやさしくなる。
それは人に元気を与えているということになる。
すげーかっこいいなあ・・・。

こういう人に出会ってない人は、そういう出会いがあるといいですね。
と、いかにも自分が出会っているかのような発言っぷり(笑)

眠れぬ日々が続く

恋という病なのだろう。

というのは冗談だが、
考えるということをしていたり、
本読んで「口をぱかー」とあけて、うたた寝すると、
夜が最高に、目が冴える。というか夜中ね。

毎日が冒険というのは、高橋歩の本の名前だが、
別の人が書いている本もあったーはずだけど。
ま、それはいいとして、
毎日が冒険だから、気を緩めるとかそういう「レベル」のことが
起きえないというか。

冒険って、未知であったり、情報が少ないところで、
いかに目的(宝が分かりやすいか)を達成するか。
そういうものだから、油断は即死を招く。

そんな極度な緊張感で毎日を送っているわけではないが、
かといって「だらだら」感満載なのもアレだ。

緩急は大事だ。
しかし、基本姿勢というのは、意外に意識しづらい。
例えば、自分はこのような意識で働いているがーといっても、
それは誰かに言う、誰かの仕事っぷり、姿勢っぷりを
観る、読む、聞くなどしなきゃ、絶対分からん。
そこらへんは、きっちり抑えたいとこ。

もっと色々試したいし、もっと色々知りたい。
ここでいう色々とは、自分が知っているものをより深く、
また知らないものを広くという意味だ。

分からないことはない、なんてものは目指してないし、
そんなものはそもそも無理だ。完璧すぎるから。

というわけで、生産性向上委員会からのお知らせでした(笑)

誰がいいか。

http://jp.youtube.com/watch?v=IpmMH7l655E

のっちかなあ・・・。

あ、誰が誰かは、
http://jp.youtube.com/watch?v=6AYqZQCKmL8
で確認を。

あーちゃんもいいなあ。

藤原紀香に会う方法

タイトルは釣りです。最近釣りが楽しいです。
といっても、効果ないから、あんま意味ないけど。

休みの日に、藤原紀香似(ここらへんから信憑度がダウン?)の
女性に会いました。確かに藤原紀香似でした。
ドキドキしてうまく話せませんでした。
今度はもっとうまく話せるようにしたいと思います。

で、どうやったら会えるかですが、
多分世の中に自分と3人くらい同じ人がいるっていうのがあるんで、
都市伝説ではなく田舎伝説かも(そういえばエンジェル伝説っていう
くそ面白い漫画があったのを思い出した・・・。テスト用紙で
用を足すシーンが印象的(笑))しれませんけど、
そういう人を探せばいいだけです。

でも、有名人であればあるほど、実際にあった感はないでしょうね。
だって相手からすれば、こちらは1ファンなわけですし。

一期一会で相手に好印象を与える以上の
インパクトを与えるには・・・?

オーラを出すしかない。
オーラ学でも、連載しますかね(笑)

やりたいことが分からない

ということが100%ではないにしても、大体あるものだ。
というか、そういう問いが周期をもって現れる。
やつがきた!そうやつがきた!(笑)

やっつけるということは今回はしない。
宮本武蔵ばりの奇襲で破ってしんぜよう(笑)

という冗談はともかく、
自分がしたいことが明確にここにあるということは
スルーして、とにかく、今日思ったのは、
「自分がしたいことをするには、
毎日本1冊くらいは読んでないと全然駄目な」
気がしてきたことだ。

といって、本1冊軽く読める、スピードと知力(笑)(とくに知力)と
ユーモアと、お金(とくにお金)と、時間と時計(とくに時計)が
あるわけではないのだ。(ここ笑うところです)

まそれはいいとして、そのくらいの気概と覇気を持たねば、
なんていうか、世界が眠いままだ。

「未来形の読書術」の著者は、
2回くらい、精神的若さについて書いていて、
それは、読んだことない本でも、「見栄」で借りて読んだ風に
するらしいとか、すげー見栄っぱりだと思ったけど、
まあそんな見栄は自分にはないが、似たようなものはなくもない。
それくらいの気合いで読むというのは微笑ましい。見栄はやだけど。

精神的に年寄りというのは、もう興味も何もないや、みたいな人で、
それはもう終わりである。多分死んだ方がいいなんていうと、
本当は駄目なんだけど、軽く吐けちゃう言葉である。
興味がない人間は死ねってか!なんて恐ろしい反論だが、
それくらいの気合いが欲しいのだ。

どうもそこらへんの気合い(ああ、精神論じゃああ!)なくして、
何か成し遂げる、もしくはやり遂げる、成功させるみたいな、
そんな空気を感じることがある。

そう感じた瞬間、
「てかさてかさ」
といって、
「絶対無理だよ」
ということになる。

自分としては、そのような状態でほとんどやることはない。
なぜなら、まず、自分に問う。気合いについてだ。
そんなことをいうと、「チミはやりたいことしかやらないのかね?」
みたいな、大人な意見がでてきそうだが、
「ああ、当たり前だ。このやろー」である。
自分がやりたいことをやる。その上で・・・・って
このフレーズ、数年前に書きまくった記憶が。

怒るぞ。(いかるぞ)
オーラを出せ。
お前は誰だ?
お前はお前。俺は俺だ。

これは、僕自身の話のみではないと思う。
多分人は同じようなことを、きっとどんなレベルでも抱えているはず。
と、思うが、そうじゃないかも(笑)

とうわけで、今日は本1冊読んじゃおふ。
わあい。

できるできない基準

Perfumeは、Twinkle Snow Powdery Snowがいいと思う。
テクノっぽさ全開のように聞こえるし、雪とボイスが重なっているのと
何かフンイキでてる気がする。
が、聞きすぎてやや飽きてきた(おぃおぃ

AkihabaLoveなんて、冗談なタイトルだと思ったら、
やはり、アイドルは秋葉を目指すのか。
ちなみに、秋葉様とは火の神であるる。


で、どうでもいいが、それらは、本題へ、いかんとす。

できるできない基準というか、
まあ普通はできる基準とか、いったりするんだろうけど、
それができるできないってどこで分かるんだろうと、
不思議に思った。

やったこともないものは、想像ができない。
想像不足(=力不足というわけではない)では、
おそらく、形にしていくことはできない。

そう。絵が出来た、画が見えたというのは、
結局想像完了ということで、あとはそれをもとに、
創造していくだけなのだ。見えない部分を色をぬったり、
かいたりして作りこんでいく。

まあ、それらができるできないは、
得意不得意、好き嫌い、とか色々要素があるとは思うけど、
精神論大嫌いだけど、精神論ちょっといるかもよ的な立場でいうと、
姿勢みたいな、大きなベクトルがどこ向いているかということに
尽きる。

残念ながら、ある人が成長するさいに、
上に先輩・上司・・・メンターでも、指導者(宗教っぽいなあ)とか、
先生とか、コーチでも、なんでもいい。
そういう教えを乞える、または学べる人がいたら、
その人から学ぶと同時に、当たり前だけど、
その人からもみられている。

これは、意外に重要だ。
といって、何か演れというのではない(笑)
そうではなく、評価でもあるし、どうみられているかでも、
どう思われているかとか。そういうのがあるわけだ。

「こいつ・・・できるな」と思えば、
それはそれでどんどん仕事が振られるかもしれないし、
「できねーな」と思われたら、
何も仕事が来なくなるかもしれない。

「伸びる」とか「伸ばす」とか、立場違うけど、
ほぼ同様のことをいっている。
要は、伸びたい人間が、伸ばしたい人間と一緒にいるというとき、
その力は最大になる。
疲れたら休憩、というときに、別の一人が休憩中に仕事を
進めてくれているというありがたい感覚。
そういう感覚とほぼ同じだといっていいだろう。

人が常に「おせーたいんですよ」みたいなことを言っているとか、
そういう状態なわけがない。
が、そういう部分、力、にフォーカスを当てれば、
学びはなかなか面白いところにいきつく。

多分、こういう話が理解できるか、
いや、面白いかどうかというところで、まず勝負は決まっているのかもしれない。
だって、普通に生きようと思ったら・・・めっさ不要論な気がするので、
多分、アートも不要だしね。

何もやらないならせめて吠えろ!

何もやらずにいるなら、せめて吠えてほしい。
「ちくしょー」とか
「くそー俺は負け犬だよ!」とかでもいい。
とにかく、吠えるべきだ。

鳥人間コンテストで優勝できなくても、
優勝したいなら、まずコンテストに参加することだ。
そのために、人を、仲間を、道具を、材料を、知識を、
練習を、指示をしなければならない。

コンテストに出ずして、優勝しようとする人。
宝くじを買わずして、宝くじを当てようとする人。

この理屈は、
目の前のことをやれてないなら、
きっと目の前のもっと先、つまり、先のことは
できないということになる。

が、まあそんないつも決まったことにはならない。

が、大体そうなりやすい。

例えば、挨拶が出来ない人が、
コミュニケーションをうまく取れる確率は
非常に低い。いや、確率ではなく、できないといっていいだろう。

目の前にあることに追われていたら、多分
ずっとこの先も追われ続けるだろう。

この悪循環から逃げるのは、あまり賢明ではない。
が、逃げるのも一興であると認識すべきだろう。

賢明な方法は、解決を目指すところで、
循環の鎖を断つことである。
それは非常に難しい。

多分、自らの血肉も少しは注ぎ落とされて、
かなり痛いかもしれないからだ。

でも、吠えて欲しい。

これは僕の希望であり、
吠えなくても、できなくても、そのままでも、
誰も何も言わない。
多分、かわいそうだねと人から言われるか、
愚痴になるか、
あとは、自分がやられるか、だけである。

こういった感度、つまり、客観視をどんどんしていくには、
情報が必要。
それは感性量の総和でもあるし、思考量でもあるし、
想像量でもある。まずは量だ。

量をこなさずして、ぶーたれる人、それが単に多いだけである。

何度も言うが、
人の成長は時間がかかるのだ。
そこを踏み外したら何もできない。
逆にいえば、人の成長以外は結構なんとかなるかもしれない。
が、そのスピードに人がついていけるとは思えない。

だから、話は飛んでいないのだが、
「スピードハックス」でいくら早くやってもやれても、
その余り時間をどう使うかがなければ、意味なしホーイチである(座布団2枚。微妙。)

速読法というのがある。
あれも同じだ。人より本を読めるという満足感は、
多分意外に続かない。そのような「自己」満足感だけでは、
面白みが少なく、刺激が少ないからだ。
というか、人に自慢するために何かやるという行為自体が気に入らん(笑)
だから、速読法を活用している人は、きっと
速読してあまった時間を・・・活用できている人ということになる。
要は、速読して1時間あまって寝るなら、
1時間ゆっくり読んでいることと、同じだ。
もっとも寝ることをしたいがために、速読するということもあるが、
これは稀だろう。そんな動機付けできる人もいるかもしれないが、
学びとか学習の方向にいきそうだ。

とつらつらかいてしまったが、
とにかく、何もしないならせめて吠えろ。
これはすごく重要なことだと思われます。
コロンブスの卵なみ。

死んだ顔

通行人の人をたまにちらりとみて、顔色チェックをやっている(笑)
今日は、女性で死んだ顔を発見した。
死んでいるのだ。生気がないということだ。

仕事、恋愛、人間関係、なんだ。何が悩みだ。
死んだ顔にはそう簡単に「狙っても」なれないものだ。
喜怒哀楽は狙うものじゃない。演じるものだ(!

死んだ顔を見たら、僕はなぜかテンションが上がった。死体が好きな
わけではない。誤解なきよう。

なんでそんなに苦しいの?
なんでそんなにつまらないの?

「ほーらこっちにおいでよ」とは言わない。
といっても、自分ひとりで愉しんでいる感はゼロ。
さらに自己満足は始めの一歩であるという心構え。

うむ・・・素晴らしい。
素晴らしい!

君はそのままじゃだめだ

のような暗示を睡眠学習的にかけておいた。
休み明けはいくらとこに早く入っても、
飲みだめしたコーヒーが一気にぶり返してくるので(笑)
寝れない寸法となっちょる。

僕は多分このままじゃだめだと思う。
このままというのは、当たり前だが、今のままということだ。

よくいるじゃないか。
すごい実力、才能、力もってて、
俺はこんなんじゃないって「勘違い」している人。

でも、その「勘違い」はどこで勘違いと分かるんだい?
その「勘違い」を実行してみるまでは・・・
残念ながらどんなおばかでも分からないんだわさだわさ。

というわけで、すげー眠いのでコーヒーがぶ飲みで
今日は勝ちにいきます(謎

未来形の読書術

著者がこだわるだけあって、装丁がお綺麗でございます。
内容はどうか・・・というと、なかなか良かったです。

著者は、大きく4つにわけて色々いってます。
パラテクストという前情報の話。これは買う前になんで読む内容が
分かるかみたいな話で、これ異様に哲学風だなーと何か感じました。
案の定、かなり哲学風な読書術だなということです。
誤解ないようにいうと、哲学だから読みにくいということはないです。

次に過去形の読書です。
これは、デジャビューとは違うかもしれませんが、
既に知っている感、見た感がある、パタンにあてはまるもの、
読み方みたいなことです。
ちなみに僕はパタンに当てはめて読むことはほとんどなくて、
この見方、読み方というのは、ある種のプロ・・・というか、
著者が文学研究のプロの証明だといっていいような気すらします。
要は、著者は評論の話のところで「普通のつもり」みたいな話を
していますが、パタン読みについては、どこまで「普通」にたてたかは
やや疑問というところです。

で、過去があれば未来がある。というか、タイトルなんで。
未来形の読書です。
これ正直まとめられないのですが、これが未来系の読書だーとは
著者はいってない気がします。読み落としかもしれません。
軽くチューハイ(笑)飲みながら読んでたので。え、著者に失礼だって?
理解できたのは、
未来系の読書術とは、神視点の読者の視点、物語の人物の視点など
色々な視点があると思いますけど、見方を変えると、
当たり前だけど、一意の理解はありえないというところとか、
「読書への抵抗」というところの話とか、
小説は色々な省略という穴があって、読者のレベルによって
色々変わっちゃうとかで、
正直なところ、未来形の読書がこれだというのが分からず。

で、タイトル付けから言ってしまえば、
一番惹かれるタイトルだった・・と思われます。
4部のうち、一番面白いが、難しい感じあり。

最後は評論の話です。これはばっさり省略しておきます。

で、印象に残ったのは、
著者の仕事柄、というか著者の本もそういう系統が多いみたいですが、
文学研究というところで、この本にも漱石の「こころ」「三四郎」などが
事例として出てきます。
ブンガクを研究って視点は僕には全くかけていて、
例えば時代背景とか、時代の雰囲気とかも考慮すると
全然読みが違うというのがあります。確か。

そういう視点は面白いところです。
ただ僕の見方は、参考にすべきところは取り入れるみたいな
考えなので、未来形の読書術=哲学、メタ認知、教養の蓄積みたいな
点で、カバーできるという意味で「新鮮さ」はあまりなかったというところです。

哲学的だというのは、参考文献は結構その手の本があがってます。
好きで読んだ本が色々あったので、思わず懐かしい感じが。
という意味で著者と嗜好が似ているかもしれません(笑)

あと、メタ認知という点では、
読んでいる自分が読んでいる自分が・・・みたいな話も出てくるんですが、
これですね。ちらっと自分探しを読書でするなら、
1階層じゃ甘いぜ旦那、みたいなことも書かれています。
確かに、表と裏くらいでは深みがないですからねえ。
裏の裏の裏くらいは思考レベルでは欲しいくらいです。

ないものから何かを創るというのは全く違う話でもなく、
こういう視点もいるなあとか思ったりします。メタ認知のことですが。

あと、教養の蓄積。
これは知識量という点と、もう1つどっかにかかれたんですが、
忘れました(おぃ

とりあえず、オススメです。
ビジネスノウハウ系とは違う雰囲気ですね。
でも、やっぱ装丁綺麗ですね。オブジェとしてもいけそうです。


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全てのタスクが終了したら

寝る。遊ぶ。

わーい。

てか、本読めてねーじゃん。
なんてこったい!

というわけで、毎日が日曜日でしたとさ。

作業時間記録ツール完成

CSV出力入れて、なんとかそこそこ使えるものに。

ハードコピーを。

91294a7c.jpg
cc06ccb5.jpg



このツールの目的は、タスクにどれくらいかかるかを
「測定開始」を押しておいて、あとは作業終了したら
「測定終了」を押すことで、下のテキストボックスにログが残るという
シンプルなものです。
一応CSV出力できるので、これで、Excelでひらけば
結構観やすいリストになるかと。

拡張していくなら、
・日付単位で管理を意識して、日付を入れるようにする。
・タスクはリストから選べるとかだと入力が楽。
・秒単位は細かすぎるので分単位とか選べるほうがいい
などイロイロあるかと思います。

まあ、これでスピードハックスの土台はあるわけなので、
作業記録できましぇーんなんて言い訳はできませんね。
早速明日使ってみることにしまーす。


ソースとEXEファイルまるごとおいておきまーす。
必要なら改良するなりして使ってみてください。


ちなみに、これ想定では1,2時間で作れるはずが、
4時間かかってます(笑)
多分、天才プログラマなら、15分で終わるレベルです(笑)

天才じゃないってことがばれちゃいましたねえ。

君ならできる

この言葉の連鎖をどこまでやっていくかというか、
てか・・・。

Perfume萌え。

タスク 9/13

13中9が終了。

なんてことをしてると、仕事しているのか、
休んでいるのか分からん。

が、確実に面白い。

作業時間記録ツール・・・ほぼ完成。
UIもっとこったほうがいいけど、まあえーやん。
つかえりゃええやん(ウルフルズ風

スピードはどう生まれるか

新書にしたら自分は買いそうなタイトル。

スピードを上げるにはどうするか。
これは重要な問いだが、例えば仕事において。
しかし、スピード感、なんていうか「今これくらいのスピードで
走っている」という現在スピードを把握しない限り、
スピードが上がることは分からない。

仮に、今タスクを1時間に1つこなせる(もちろん
タスクなんて抽象化した言葉で読んでも、個々の仕事は
個別にイロイロあるわけです。しかも、そのこなせる量は
全然違ってくるんですけど、それらを踏まえて)とする。
それを、1タスク1Hと読む(いちたすく、いちえいち)。
ちなみに表記は、1t/hでいく。

今のスピードはなんですか?どれくらいですか?
車まなら「メーターみろ!」で終わりだが、
仕事のスピードに関して、自分が自分で管理しなきゃ分からない。

「そうだな、今は0.5t/hくらいですね」
といえるかどうか・・・。

おそらく、「スピードハックス」で言われている、
作業時間記録とは、これがいいたいはずだ。
が、実際のやって分かったことから書いてあるから、
非常にとっつきやすい。
下手すれば「自己管理すればいい」という言葉になってしまうが、
そこを具体的に書いているので、ハックとして良質といえるわけだが。

0.5tなら、1tを目指せばいい。
3倍なら、1.5tを目指す。

で、もちろん重要なのは、この現在スピードの認知だけど、
そこを認知しても「どうスピードをあげていく」かは、
意外に考えにくい。

スピード感という言葉があるが、
水は段差がないところに、スピードはない。湖の水は静止しているように
すらみえる。もちろん、水面下で、魚が、イロイロな生物が
動いているんだろうけどね。それはスルー。

流しそーめんは、流れるから面白いのであって、
ボールにいれたそーめんを食べるには、普通のそーめんである(笑)

だから、ここからいえるのは、
スピードがあるような、段差があるかどうかである。
もっといえば、周りにスピードがある人間とない人間がいるかとか、
姿勢としてどう仕事に取り組もうとしているかが見える人間が
いるかどうか。

これは自分と他者でもいいし、他者1と他者2でもいい。
もちろん、自分1(過去)と自分2(現在)でもいい。
それらを「比較」しないと、速くなったかなんて分からない。
当たり前のことだろう?

というわけで、まとめると
1.現在スピードの認識
2.段差がないところにはスピード生まれない
という2点が必要だと感じる。

1については作業時間をとれば、仕事においてのスピードが分かる。
また、成果、結果、などからフィードバックや、振り返りでも
ある程度分かる。いくら3tでも、質がぼろぼろなら駄目だろう。

2については、段差を作りだすか、そのような状態であることを
認識するということで対応できる。
作り出すというのは、自分が速くやろうとすれば、
過去の自分とのギャップがでてくるだろう。
他人と比較すれば、その状態に差異、違和感はすぐ認知できるだろう。
また、環境として「スピードを意識しているか」という
周りの状況もある。
例えば、残業ベースで仕事をしていたら、残念ながら、
残業が土台なので、かなり厳しい。
でも、考え方によっては、自分だけでもスピードを速めることは
可能だ。世の中には、社内ではなく、社外に圧倒的にいろいろな
価値と、人がいることを忘れないでおきたいものだ。

スピードをもっと速くしていこう。
もちろん、これらは「頑張らない」「努力しない」ために、
やるわけでもあるし、
逆に自分がもっとしたいことに「時間」という資源を
叩き込むこともである。

まあ、原理としては、仕事ができる人には
仕事が一杯くるので、アレなんですが、
まあ、そこらへんは別観点で考えませふ。

自身の強みを考える

最近思うのは、自分の得意とすることは何かというところだ。

人が好きというのがあるので、
出来るだけ知らない人とは話したいが、
如何せん、対人スキルがマイナス6なので、
どうもまだまだなようだ。

ちなみに、僕を対人スキルがあると思っている人は
修行が足りないと思っていい。(偉そう)

それはともかく、対人スキルは一過性であって、
余り役立たない。
というと矛盾しているのだが、まあいいだろう。
どういうことかといえば、
初対面同士は、結局どこか「ポイント」をもって、
ほぐれる傾向がある。それは共通の話題ーとか、
「ギャグ」であるとか「ギャグ」であるとか「ギャグ」であるとかなのだが、
結局、共通のワライでも、話題である。

そのポイントがあって、大体把握できれば、
お互いになんとなく分かるって感じにあって、
後はその後の展開のみである。

残念ながら「対人スキル」とはここでいう「ポイント」を
探すとか、狙うとかいうことかもしれないが、
これらはちょっと役立っても、結局人が長くつきあっていくには、
これらのテクニックは微妙に使えないのだ。

毎回ポイントを考えていても疲れるし、
それらが無意識レベルでやれないと・・・多分だめだろう。
駄目というか、これらを恋愛や友情といったもの、
または「愛!」などというもので、人間の心の動きというもので
括ってしまってもいい。それくらい自然なことだ。

しかし、初対面では肝心な力も出せない人は多い。自分もそうだ。
歯医者にいけば、必ず患者になってしまう。僕は医者になりたいのだ(ここ笑うところですよ)
カフェにいけば、お客さんになってしまう。僕はカフェオーナーになりたいのだ(ここも笑うところ)
家にいれば、家主になってしまう。僕は政治家になりたいのだ(くどいですか?)

自分の役割演技という意味で、演劇は非常に勉強になる。馬鹿面白いわけだが。
で、ここで「演劇面白いからみろ」といっても、
多分通じないだろう。普通見たことない人が対象になるからね。

というわけで、僕はそれらを語っていくんだろうということが
すぐに想像つく。

本もそうだ。
そして、酒飲みという「くだらぬお芝居」(笑)も、
自分なりのやり方で、「幹事スキル」を上げて、結局そのような
やり方で愉しんでしまっている。
幹事が好きなのではなく、自分の創造と企画、作りこみが
そこには発揮できる。多分参加者はそんな「創造」とか「企画」とか
って言葉では表現しないだろう。そうじゃないものを
無意識に感じて、「面白いかな」レベルで感じて参加するのだろう。多分。
あとの別視点は知らんわ!


強み。
それは、結局、嫌なやつもいるが、人が好きで
どんどんコミュニケーションをとっていこうと「演じる」(笑)こと
だろう。そして、それらはたまに、本当に演ってしまうのではなく、
行ってしまうこともある。それが一興だろう。

創造が好きだ。
自分が創るというクリエイティブもいいし、作るというメイクも好きだ。
どれくらいの人にあったかどうかは分からない。
共感できない人もいたし、できる人もいたし、今後もそれらは
また多くの出会いがあるだろう。

考えたことを形に変えてそれを世にだす。
そこで正当な評価を受けたいと思う。
政党じゃない。正当な評価とは?
それは、自分の想いがどこまで理解されるかであって、
想いを踏み外してしまった批評はスルーするしかない。どういわれてもだ。
ただ、自分の金庫(比喩表現。なかなか分かりづらい自己の内面。
無意識レベルかもね)にアクセスした場合は話が違ってくる。
耳を向けるだろう。

世に出していくところで、
そのアウトプットの前に、過程がある。
過程だ。そのプロセスを公開するというのが意外に面白いというか、
自分が読んで学びになっていたりするから、
そういう風に書いていたりすることが、いや伝えたいことが多いかもしれない。

なんで強みを考えるか?
得意分野というところで、何か決めなきゃいけないわけではないが、
といっても「うろうろ」していても、しゃーないということも
感じるわけだ。
要は、乱読するにしても、興味ある部分はやはりかなり収束した
形で見えるということだ。

残念ながら、僕にはまだ「これでいきます」みたいなものが
見えない。これはしょうがない。
落ち着いて、しかし、アンテナはできるだけ高くしてやっていくしかないだろう。
でも、これは「強み」の考えの保留ではない。
むしろ、保留しないための、準備でもあるかもしれない。

今月は異様に、振り返りと、こういった考えが多い時期でもあったかもしれない。
とりあえず、ギャグを鍛えていきたい(笑)

経験の循環

昔、サーキュレーション?(Circulation=循環、のはず)という
歌があった。あるバンドの歌だった。今は知らない。

循環とは、心臓が血液循環の仕組みとして、
ポンプ風に、送って送って送って送ってみたいなことを
日々しているという意味で、非常に「臓器」とは
不思議だ。細胞の不思議ちゃんとでもいっておこうか。

まあ、それはいいとして。

就職活動中に、ある企業のブース(つまり、企業の合同説明会ってやつね)で、
PDCAサイクルを回せる人間は何やっても強いとか
そんなこと言われていた。

確かにそうだけど、問題は、
そういうPDCAサイクルを回せる人間を育成することであって
最初からできる人間はいない。
それが出来るのは、ただ一つ。
自分の問題意識などを強力に何かに結びつける力が必要で、
それをもっている人。

例えば、観察力という「力」ではないが、その観察するということにおいて
長けている人の持っているもの、くらいの意味だが、
その観察力がある人は、日常が「人々」と違う視点で見えるだろう。

僕は毎日踏みつけられる。

といって、いじめを思い出すのか?
違う。ここでは、「靴」の身になって、擬人化して
「言葉」を発しただけだ。

こういう想像は、意外に「見たり」「考えたり」しないと
できないような気がする。

カフカ「変身」じゃないけど、
突然、虫に人間がなるなんてあほらしいといって
小説、いやその世界を受け入れない人は「五万」といそうだ。
ここで重要なのは「小説を読んで想像力を高めること」ではなく、
なんで「受け入れないのか」ということに尽きる。
おそらく、自分の世界を壊したくない、保守(笑)したいからだろう。
そういう人間は残念ながら、もうそれ以上這い上がれない。
人間なんて結構上にいくには力いるものなのだ。
そこらへんは「楽」できない。「楽」出来る部分を勘違いしてはいけない。
と、思ったりする。

カフカ「変身」を読んだことがあるかどうかが問題じゃない。
そういう「話」もあるなあ、というところで、
じゃあ中島敦「山月記」の李徴(りちょう)を思い出してしまうかどうか
でもない。
人間が虎にいきなりなった・・・わけではなさそうがだ、
そうなったようだ。

それは実際にそうなったのか。
それとも「比喩」なのか。
それとも?それとも?

そうやって、想像性はきりがないし、いくらでもできる。
だから、僕としては、想像を現実に落としこんでいって、
創造していくという、結局シュルレアリスムとはずれていそうだけど、
現実に落とし込むということが「好き」みたいだ。

経験の循環とは、想像や創造、行動も含めて、
経験したものを、次にステップ、もしくは他者の類似状況に
あてはめて、確実に自分の思ったこと、考えたこと、
思い浮かんだことを述べて、ドクンドクンと
循環していくこと。

それは非常に面白いことだろう。
面白すぎてやめられない、かっぱえびせん万歳である。

行動していくことで、また得られるものが
どんどん増えていく。

もちろん、世界は、現実に、イロイロ起きている。
分かる。分からない点もあるが、分かれ。

ただ、世界は想定どおり、面白い方向にもち、長期視点でだが、
いっている気がする。
これはあくまで「自分の」「世界」でしかないけれどね。



スピードハックス 仕事のスピードをいきなり3倍にする技術

プライベートな時間を仕事に関する本、
仕事の生産性をあげる本、
仕事について問題点を考えて共有する会話をする、
などって・・・。

前者2つはまずなくて、
最後の3つ目については、「愚痴」になっているだけ
なんではないだろうか。

なんてことを思った。

って意味で、ブログ書いている人、(例えばこの本のレビューとか)
って生産性高い人だなあって。
会ったこともないからそんなことは、文面から推測するしかないけれど、
なんとなくでもなく、仕事に面白き部分もつまらぬ部分も
あるわけで、そこを面白くやるってところがこの本には「熱」は
「暑苦しい」ものとしてなく、すごく冷静にある気がしました。
という意味でお薦めです。

僕が気づいたこと、学んだことで、アクションリストは3つあります。
ここでは、2つのみ紹介(残り1つは何か気になるって?)

1.作業時間記録ツールの作成
作業時間を記録してみるという重要性が書かれています。
これは、1時間以上は作業見積もりが当てにならんということの
証明にもなりそうですが、実際に誤差があるから、それはどこなんだ、
意外に時間かかっている部分、逆にそうではない部分があるかもと
そういう話です。
で、僕は、その作業時間を記録するツールを作ろうと思いました。
多分、誰か作っていそうですが、ちょっとプログラミングしたいので、
さくさく作ってしまう予定でござい。

2.ゲーム風TODOリストの作成
TODOリストは、まあ二重線で消すのでOKなんですけど、
本にもスゴロクみたいな図の絵だったり、仕事終えたら
チョコレートをご褒美にみたいな話がでてきます。
どこかのブログで、三国志のシュミレーションバトルみたいな
TODOリストを作ったら面白いと書いてあって、
それはTODOのタスクレベルが高い、でかいなら、
敵が強いとか、そういうのです。
今の構想レベルでは、
タスク数=敵の数
難易度=敵の大きさ(HPなど)
RPGにすれば、自分のレベルもあがったりすると
面白いですよねえ。
いかにゲーム風に愉しんでいけるかというのが狙いですが、
まあそのうち。こっちのほうがプログラミングはこりそうですが。


他にも参考になるものが多かったです。
他のブログでもかかれてたのは、意外にサクサク読めないという点は
非常に共感します。
300ページくらいあるんですけど、1章ごとのまとめで著者らのトークが
あるのがなかなかいい箸休みになっていいですね。

早速僕も、TODOを書き出して、まとめてみることにしました。

もっともっともっと仕事を愉しんで、
もっともっと生産性をあげて、
最後に笑おうかと思っています(笑)

というわけで、仕事を面白くしたいーという人には
こういうタスク管理必須だと思うのでオススメです。


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二度目

本で遊ぶ。

というわけで、ギャラリーを攻める。

本の額縁みたいな、本の表紙を一色でぬってそれらを
パズルのようにあわせたもの。

本で出来た机と椅子。

本のページで出来た服。
本のしおりの紐でできたカーテン。
同様のランプのかさ。

本のページがおそらく相当使われている布団、ではなく毛布。

本をペットとして遊ばせている映像。

まさに、本で遊んでいるPeter。

というわけで、本好き必見。
ではないのか。なんていうか、遊び心ある人は
必見か。

http://www.g-ham.com/

いくつか

虫歯治療。これで、対応済み2本、1本が未処理。
でもなんか患部が痛いような。うーん、また診てもらうか。

本を2冊購入。おお・・わけんさんがいってた本ではないかもしれないが、
洗脳術発見。にゃるほど、これは面白そうなのでゲット。
もう1冊は、シゴタノでおなじみの大橋氏、佐々木氏のスピードハックス。

どうでもいいけど、多忙かどうかに関わらず、
「常に暇だよ」っていってるのに、
いざコンタクトとると取れないやつがかっこいいので
それを目指す(笑)
多忙感はかっこわるいので、常に暇を演じるし、そうする。
しかし、アラート閾値は限りなく低くし、
「あ、無理です」
「そんなことしたら死んじゃいます」
「できません」
「虎と素手で戦うようなものです」
「この世で一番難しい問題です」
などということを嘯くのが流行り(笑)

レイトショー見る。「東京小説」
ああ・・微妙でした。ファンの方すいません。
ただ、単純に「作家」で有名な方が「映画」というので
期待したんですが・・・。残念なり。
1本目は、1/5かける5人の彼と付き合う女が主人公。
結局、クリーニング屋で出会いがあり、彼と・・・。
設定はありふれているとは思わないが、
30分という時間もあるけど、ショートフィルムの難しさみたいなものが
あるなら、30分でうまくまとめたというよりも、
何か30分くらいならーみたいな感じの印象。
つまり、2時間撮れないから、30分という印象ということ。

色についての台詞が多い。
白は純粋なようにみえて・・・という台詞とか。
その彼がカラーリスト?という職業、そういう色彩を扱う仕事というのも
何か・・・ものすごく微妙。
それは何か想像からきた創造ではなく、
実物ありき、現実味ありふれたもので、現実→映像みたいな形で、
僕が求めているのは、想像→現実→映像とか、
想像→創造→想像→想像→映像→現実とか、
とにかく「想像」が欲しい。

主人公の部屋はビル?の屋上のプレハブ?っぽいところで、
その室内の壁にかかれた・・・あれは何か思い出せないが、
それが最後に消える。悪魔だったのか、天使だったのか。
それとも悪魔+天使か。まあそれはいい。

それは想像かもしれない。
でも、違うなあ。
映像は創り手のイメージをうまく伝える一つの手段だし、
また、観る側にはあまり余白はない。
だから、ありふれたものじゃ困るのだ。
1/5かける5人=1人で、それで誰も欠けてはダメというのは、
ありふれてなくて、むしろ病気で、
拒食ということで・・・病んでいるのだけど、
でも、それはどうでもいい。

もしかして、そういう作風の作家かもしれない。
ああ、飛び込みって刺激的だけど、こういうこともある。

面白いっていう人はいるかもしれない。
というか、ファンが観るもののような気がしてきた。

許せファンよ。
サイン入りのポストカードもらったしね。
ううむ。


まあ、よくあることさ。

プログラミングでメシが食えるか!?―成功するプログラマーの技術と仕事術


この本、何度も見て、何度も立ち読みして(定期的にではなく)、
やっと買いました。
感想としては、面白かったです。

さて、内容について。
大きく2つに分かれています。

1部は、プログラマーのスキルということで、
著者の実際の仕事なども通して、プログラミングについてのことも
テストのことも、プログラミングというところで結構細かく書かれています。

2部は、プログラマーという仕事をずっとやっていく(例えば35歳以上も
プログラマーとしてやっていくなど)ときの注意点や心得や
やり方、著者のやってきことなどが書かれています。


新人プログラマーや経験が若いプログラマーは、1部が参考になるでしょうし、
経験は何年かあるけど、プログラマーとしてやっていきたいんだけどとか、
SE35歳定年説とか、そういうのが気になる人は(僕はこれ結構気になっています)2部が参考になるかもしれません。

著者の主張としては、
得意分野(著者はネットワークが得意と何度も言っている)を持ち、
当たり前ですが「自主的」にその好きな・得意な分野のことなら、
なんでも貪欲に学んでいって「ネットワークならあの人」と呼ばれる
レベルを目指していって、さらにそれだけではなく、管理的もしくは
指導的な立場として、若い技術者の教育もしていく。
そして、お客さんへの信頼関係(仕事得るためですね)を築き、
さらに提案をしていく(例えば自分でプライベートの時間を使って、
製品開発をする。ここでいう製品とは非常に定義は曖昧かもしれないが、
例えば、Webベースで作れる小さなアプリは有力だと思ったりします)。

そういうことをしていけば、著者はプログラマーとしてやっていけると
考えているということでしょう。

実際にその通りだと思います。
プログラマーとしてやっていけないのは、明記されていますが、
「言われたことしかやれない」人です。
実際に仕事的に「SEに指示されたこと」や「設計書・仕様書」に書かれた
ことをやれば「終わり」ですが、それって、「代替可能」性が高すぎて、
「そのプログラマー」に頼む価値はとくに見出せません。
だから、仕事があるときに、どうやって「質を高められるか」
「役立ちそうなアプリ・ツールはつくれないか」
「この仕組み・動きはどうなっているのか気になる」
「実際のお客さんの運用ではどうやって使うのか」
「この動きはおかしいのではないか。確認してみよう」
「技術的にここが分からないから教えて欲しい」
など、自分を高めていく姿勢が必須だと考えます。

あまり重要ではないかもしれませんが、
プライベートやOFFの時間でもプログラミングができるかというのは、
非常に大きな・・・壁だと思います。

僕もこれを1年目の時に感じたのですけど、
自分が仕事でプログラミングをしているから、OFFにはやりたくない
というのは、僕の視点からすれば「それほど好きじゃないのね」と
そう思ってしまいます。好きなら、開発言語や環境にもよりますが、
特殊な環境じゃない限り、またはプログラミングが好きなら、
もっているPCで遊んでしまいそうかなと、感じています。

プライベートな時間を使わなければ、生き残れないとは
思いませんし、そうは書いていませんが、
なんていうか、仕事の質を高めていくとか、
自分の成長とか、学びとか、技術的なスキル・興味とかを考えていくと、
あまり「On/Off」というのが関係ないとすら僕は思ってしまいます。

逆にいえば、仕事時間で、教育から、勉強から、業務としての仕事まで
全部できるなんて・・・それはまずありえないでしょう。
これは一般論だと思うのですが、
プロとは、その道の専門家であって、「初心者」では決してありません。
それが新人・若手であっても、「専門家という道に足を踏み入れた」ので
あって、決して、「素人」ではないわけです。
そういう意味で、プロとしての自覚みたいなのものが、
「職業プログラマー」だろうが「フリーランス」だろうが、関係なく、
プロ意識があれば、プライベートの時間の使い方も変わってくると思います。

あまり言い過ぎると、仕事のことだけ考えていればいいのか?という
ことになるのですが、僕はそうは全く思いませんし、著者もそのような
ことは述べてません。

さくっとまとめておくと、
1.自分の考え、興味を掘り下げていくこと
2.好きなこと・得意なことで圧倒的に他者と差別化
3.後輩指導、提案PRなどをしていくこと

が重要だといえます。
おそらく、おそらくですが、
1でもかなり難しい人がいるかもしれません。
例えば、プログラマーが全員、日曜日にプログラミングしているかというと
おそらくそんなわけはないでしょう。
といって、じゃあ日曜日にプログラミングすればいいかという
そういう安易な話ではないので。

自身の嗜好と合わないなら、別の道の模索(ここでは得意分野の開拓、
自分が興味を持てるものを探すことも含む)を考えるべきでしょう。
著者も、色々やって経験つんで、「得意分野」が見つかる・分かると
述べているところがあったはずです。

2については、差別化が重要というよりも、
自ずから差別されていくことになる状態にしていくことが
重要かと思います。

3は経験も要りますし、年月も要します。
ただ、プレゼンなども含めて、自分のことをしっかり話すとか、
技術的なことを分かりやすく話すとかは
おそらく非常に重要なスキルかと思います。
どちらかというと、「SE」的なスキルであって、
乱暴にいえば、本で述べられている「プログラマー」は
「SE」といってもいいかと、そう感じます。

僕の感じているのは、
「技術者」と総称することであって、「SE」「プログラマー」などの
作業分担において区別するのは、あまり意味がないということです。
例えばそれは、プログラマーの方が下っ端であり、原価が安いとか、
そういう話です。業界のそういった認識が主流というのは事実。
ただ、「同じお金」払うなら、「プログラミングが好き」とか、
そういうところで「質の高い」ものをつくってくれそうな「オーラ」を
出している人に、多分「仕事」は来るし、「人」も集まる・・・
そう考えています。


若い技術者にお薦めです。
といっても、僕も若いですが(笑)


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もっとの20乗

それくらいだ。
マグマ、エネルギー、どかーん、自家発電。
それを越える・・・感じ。

ただそれは単にエネルギーとか熱量とかじゃない。

なんていうか、自分を低いレベルにおいたら、
何もかも意味がない!わけではないが、
ぬるいのだ。

俺はこんなんじゃないだろう?
という問いがこだまする。リフレイン。ミー。コダマだ。(古川日出男風?

現状が緩いなら、余裕なら、
己の力で、負荷を自分にかけてやるさ。

ああ、なめんなよ。
舐められっぱなしなんじゃないか。

あれほど、舐められるのがいやだったから、
人を舐めることは・・・ないだろう。

このままでいいのか俺。
このままでいいのか私。
これで満足なの?甘いちゃうの僕ちゃん?

くぉら!

俺はやったるでー。
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