ReadMasterの軌跡

面白いことを仕掛ける。仕事を作る。ビジネスを作る。そんな日々から出てくるアウトプット蓄積場。

2006年11月

ルール制定

こそ錬してるのに、
大将とか、お兄さんとか、色々呼ばれる。
全然こそ錬じゃねーな(笑)

悪いがルールを制定した。誰に悪いのかって?そりゃ僕自身に。
なんと、新しい本を買うのを禁止にした。
このルールの意味は、別にデスノートみたいに、死因を書きこめば、
それで死ぬとかそういうルールじゃなくて、
風景と化した本(笑)を消化するためである。もぐもぐ。もぐろふくぞー。

新しい本とは、新規に本を買う行為であり、
誰かに本をもらうとか、そういう行為は許される。
お金を出して買うならダメという意味で、ただで買えるものは
ルールは適用されない。

期限はそれらの本を消化し終えるまでで、
ただ実際的な話をすれば、100冊あったら、80冊消化できれば
いいと思ってる。つまり、残り20冊になったら、
このルールは解除され、めでたくこのルールから逃れられる。

このルールによる、人的な損害はないが、
精神的に禁断症状が出てくるため、言動がややおかしくなるかもしれない。
例えば「本をくれー」というような独り言が多くなったり、
「新しい本買うのっていいですね」というフレーズを多用したりとか、
本屋にうっかり行ってしまった際に、手が震えて止まらないとか。


ルールには罰則がつきものだ。
もし、このルールを破った、つまり風景本を読まずして
新しく本を買った場合は、ブログを一週間書いてはいけないという
これまた重い罰則が課せられる。

何何?ブログを書くのは楽だから、罰則になりえるかだって?
ふっ。独り言3000記事までもうちょっとの僕には、
もはや通用せんわー。

というわけで、本禁止法スタートでござい。

ま、本楽家的にいっても、こういう楽しみ方もありだなと。
やや240度くらい「楽しみ」が別ですがね(笑)

鳥っ鍵

とりっきー。

鳥だから。

なぜ生きているのか?

答えは簡単さ。
生きているからさ!

さあ、蹴猿だ。
リフテングレベルを上げる。



2000億

夢で、俺の価値は2000億ときた。

安い。

なんか、このエントリだけみると、
ゼウスなんとかさんが書いてたあるブログっぽい(笑)
別に否定じゃなくて。

こそ錬

こっそり練成ではない。
こっそり練習だ。

猿球に空気入れててたら、足がむずむずしてきた。
猿!猿!猿!

むっきーっきー。きー。きー。

少年は球を持ってお外へ。

インステップキックがやっと分かったような気がする(え、今更?

って、なんかうぜーWebが多いな。とくにブログ。
Xoops系で、広告しかないやつとか。
WebMasterでてこい!ページがクソ重いぞ。このやろー。

うおおおー月がきれいだー。吼えろーーー!

誤爆

戦争のニュアンスは毛頭ない。

チャットなど、今はメッセンジャーといったほうが通じそうだけど、
狙った相手ではない人に話しかけてしまうこと、
またはそのメッセージのことを言う。

用法としては、
「誤爆った、ごめん」
などでありって、
なんで解説しとんだ。

別に誤爆があったわけではないが、
電車で立っていたら、妙齢な推定65?70歳のおじいちゃんの
固いかばん(中になんか入ってるぞ!)で
吹っ飛ばされた。正確には押された。

車内は混んでいない。私は邪魔な人間だと烙印を押された気がした。
そんなわけはないが。

このやろー、一言くらい、すいませんといえー。
このく・・・そじじいと言おうとはしてないが。

まあいい。

周りが見えないのと周りを見ないのは違っていて、
帰りによったとある生鮮安売りスーパーの店員さんは、
すげーテンパってて、
スプーンいりますか?といわれて「いりません」といったのに、
普通に入れてくれた。

こういうやさしさは別のベクトルに使うべきだと毒づく。
いや、違うな。単にテンパってるだけだな。
ふっ。俺もまだまだ青いなと。自分に毒づく。


めがねがないよーといって、頭の上にかけているというギャグがあるが、
該当駅にいるのに、駅はどこですか?という道の聞かれかたは
したことがある。

それをわざとやるのが、誤爆家の本道。
いや、本楽家の筋だろう。
と、本楽家をゾンザイにするなあー!


今週はこのテンションでいくか!

さあ、お勉強だぜ!わっしょい。

テンション。


最近の好きな言葉。
「やりゃー出来るじゃねえか」

と、

「まだまだだな。味噌汁で顔を洗ってきな!
何、赤味噌は生理的にダメだと!
お主、味噌おでんのうまさを愚弄するのか!」

かな。


最近、食べ物屋で、何か食べ物とビールを飲んでる
おじさんの気持ちがよく分かるようになった。
確かに、夜ってがっつり食うことは無駄な気がする。

ふっ。
もちろんチャーハン大盛りだ!
たりねー!
もっともってこい!!


うはは!


危険な冷蔵庫

一ヶ月くらい納豆大丈夫だろう。
うーむ、白いものがついてる・・。なんだ・・・
危険だ。安全策。

む、それでもおぬしは男か?
いや、俺は女だ!

うはは!


浅漬けパック。期限は一週間もないが、
1ヶ月はたってるな。

別皿にラップつけて冷蔵庫にいれておいて、
チャーハンつくったから一緒に食おうと思って、
ラップをあけたら・・・。


うわあああああ

というほどじゃない(じゃがいもが腐るより可愛すぎる)
ほどのニオイガ。ぐは。

生卵も全然くってねえ・・。
さすがに1ヶ月以上たったら、ゆでても食う気はしない。


むー。生活がエコじゃないな。
冷蔵庫をキレイにするか・・・。

いくぜ、冷蔵庫バスター!

うおおー。チャーハンうめえええええ。

リズムを変える

首が痛いな。
なんか悪いことしたかなあ・・。心当たりが多すぎて分からない(笑)

体に悪寒が。決してオカンではない。
馬鹿だから風邪引かないんだけどなー。

なんかこーやる気でないなあ。

って、こういう日は早めに帰るに限るな!

ふんばれ己。

よし

新聞読んだー。おつかれ、俺。

ネタ結構あったな。

にしても、臓器移植のニュースが一番気になるなー。

ネタだし

なんか、腰が痛い。あとからだがだるい。
やばい。いっつ・あ・かぜ!

ふっ。
RMに風邪はない。風邪気味しかないのだ。

今日も働いている人間に、エールを送ろう。
あー、エール取ってこないといかん。

さて、ネタだしすっか。

本の楽しみ

この記事は「日本本楽家協会」参加申込を兼ねています。

さて、先日、本楽家会長である、ちいらば氏のブログを発見した。
先も簡単に紹介したが、
本楽家通信「ふしぎなぽっけ」である。

本楽家の詳細は、「本楽家とはなんぞや」をみて頂くとして、
まあ要するに、本を楽しむ人々である。

この本楽家に惹かれたのは、会員を増やすのが目的ではないという主旨。
それに、本を楽しむという考え方である。

僕が独自に提唱(正確には独り言であるが)している、
めざせ一万冊は、今のところ会員2名である。
レアな人間が、私もやりたいと言ってきたのだ。こちらは勧誘していないのがポイントだ(笑)

その目指せ一万冊とは、一万冊を目指して読むということであるが、
多読が目的ではない。楽しみながら一万冊目指して、
死ぬ前に「くくく。わしゃやったぜ」と死ぬのが本望である。

本を楽しむというスタイルは意外にレアだ。
それはどういうことかというと、本について構えすぎる傾向があるのだ。
構えすぎるとは、習慣化しないというところでもあるけど、
別に好きなときに読めばいい、のだけど、その感覚が違う。
だから、本好きという言葉が出てくるのだろう。

だけども、人間なら誰しも文化的営みというものはあって、
どこかでそれをしないと非常に「つまらぬ人間」が出来あがる。
常に、現実=自分みたいな形で、余裕とか遊びがないとか。
車のハンドルの遊びと一緒ですよねえ。

道化やお笑いも会話に必要なように、
全て事務口調で対応されちゃ、きついような。別にお笑いをしろとはいってないのだけど。

そういう遊び的なものが、文化的営みであるならば、
おそらく僕にとっての本はそれになる。
こういう考えもあるかーとか、これは違うなーとか、
この世界は面白いから、実現しようとか、
学ぶべきことが多いなあー、
これは紹介したいなーとか、これオススメかもしれないなーとか、
これはこういう風に読めたし読んだよとか。
色々、自分の糧になる。

ある友人はいった。
「自家発電しろ」と。
これはつまり、自分でパワーを作り出し邁進!するということだ。
そういう意味で、本はエネルギーの源であり、
本楽家のどなかたかも、空気と同じようなものと書かれていたように、
それに近いものがある。空気なきゃ死んでしまいますからね。


では、僕にとっての本の関わりが激しくなってきたのはといえば、
それが学生時代にある。
僕はそもそも高校生までは、本よりもゲームをこよなく愛していたような
気がする。後、あまり読まなかったけど、漫画は好きだった。
漫画を色々集めて買う人間が高校の時は全く理解できなかったなあというのがある。今では分かるのだけど、でもあんま買わないけど。

大学は、受験に失敗したため、浪人することにした。
そこでの毎日は受験勉強漬けになるが、浪人生活をした人なら分かるが、
時間が多い。モラトリアムという言葉を知ったのも、
確か小此木啓吾氏だったかな?の本で知ったけど、多分このときだろう。

小論文とか、現代文の予備校の講義が異様に面白かった。
ちなみに、筒井康隆の唯野教授の本は、小論文の講師に教えてもらった。
すごく変わった先生だったけど、面白かった。ありがとう。
現代文は、文学作品が中心だけど、例えば、評論文の読み方とか、
読解というところで、何か無性に文章が面白かった。
考えが書かれているというところで、大げさにいえば感動していたのだろう。

その浪人生活から、徐々にだが、新書などを買うようになり、
大学時代に突入して、というかブログのバックナンバーにはないけど、
HPにも確か残っているはず。
うーむ、ない。ぐは。

大学入学して3ヶ月くらいして、すぐに夏休みに入ったが、
その期間を振り返って、「こりゃ自分でやんねーとダミだこりゃ」
なんてことを言ってた。
大学時代の親友とは、そういえばいつ頃からか、本の話をしていたな。
その頃は、何を読んでいたか、忘れてしまったけどね。

自分でやらないとダメというのが、勉強ということで、
もっといえば学ぶというところ。
学生は講義を受けるがひたすら受け身で、レポートを出す意味が
わかってない気すらした。遊ぶのはいいけど、何で学んでるのよと、
親友には大いに語った記憶があったなあ。親友はもちろんそんなショボイ人間ではなかった。

今でも覚えているが、ある同級生が、レポートというか、
本の感想文を出さなきゃいけないから、前受けてたんでしょう?
ならレポート見せてくれっていってきた。
見せるのはいいんだけど、
「てか、本の感想くらい書いたら?読むだけじゃん」
といったら、何か面倒くさいからというようなことをいってたかな。

「何。おぬしは自分が面倒くさい作業を俺に代行させるのか!」
とは言ってないが、思ったものだ。
結局、本を読んでそこから何か得られるかもしれないじゃないか・・・
という感覚はないのかなあ。
というか、これは本だけじゃないぜ。
あらゆるものがそうじゃないか。刹那的ってのはこういう人かもね。

っていって、結局あげたな。電子データだったからね。
ま、それはともかく。

学ぶのはやはり自分が動いて色々やっていく必要があると。
それを3ヶ月の大学生活で思ったのが大きかったような。

それから、本は買って読むの繰り返しで、
いわゆる本を買って読むってことを今までやってこなかった僕にとっては、
えらく楽しかったようで。名古屋弁では「どら楽しいがや」です。
さあ皆さんも一緒に・・・。何も聞こえてこないですね。
続きを。

大学1年時は大学に慣れるので終わった気がしますね。
実質半年だし。1年の終わりには、チャリダーと化して、
湖一周とか色々やりましたな。で、親友も刺激したらしく、
チャリダーと化して、本読むチャリダーとなったのですな。

例えば、琵琶湖一周野宿旅でも、文庫本を持っていって、
自転車のライトで読んだりしてたりと。まあ、旅には本は基本ですな。

2年時には、哲学に目覚めたのか、哲学入門書とか、結構読んだような。
カントの講義が面白かった。形而上学なタイトルの岩波の本ね。懐かしい。

そうやって大学では本は色々読んで、
とくに印象に残ってるのは、何かなと。
やはり、「野比」とか「5分後の世界」とかかな。
「戦艦大和ノ最後」もよかったな。
全部戦争ものですけどねえ。やっぱいいと思う。

哲学的というのはどういうことか?
やはり考えることであって、これは人間らしさ、
いや自分というものの、アインデンテテーであると。
存在する意味なんて要らないといえばそれまでだけど、
意味づけしたくなるのが・・・自分だなと。

結局哲学で何か説明できるわけじゃない。
疑問や問いを立てることで、色々な視点で見ることがでいるし、
世界が広がる。本を読むことで世界が広がる。
人生が豊かになるのと同じことかな。

学びってのは結局そういうことになるのだと確信したなあ。
今でも思うので、学んでない人間、いや
学ぼうとしない人は嫌いっすね。

さて、かなり脱線しているけれど、本の楽しみとは、
やはり学びであって、そこから色々学べるから読むのだと考えています。

楽しみ方には色々あって、現実逃避的でもいいし、
息抜きでもいいし、なんでもいいと思うのですが、
結局、僕には学びが楽しいですね。


この本を楽しむという感覚が共有される本楽家の皆様に愛をこめて。
よし、これで本楽家兼RMになって、役職アップ。
とりあえず、天下統一の夢に近づいたような気がする(何それ


おー

ブックオカ載ってるなあ。
http://www.asahi.com/life/update/1104/011.html


ちょっと仕事しよう。
てか、ダチが寝たのか。早寝いいなー。

黒田硫黄が絵を描いてる、徳永憲「スワン」がいい。
検索したらポッドキャストやってるみたいだー。

スワン聞きながら仕事できたら、おそらく仕事効率250%。

はいよー

http://xn--b9j9c247m3n5bikc.jp/pc/index.html
読ませ大賞。JPICのキャンペーンかな。

でもこれ、人に読ませたいっていっても、
それだけで他に何も見えないんだけど。
他の深さはないのかなあー。

まあ、大賞なんてそんなもんか!(笑)



知球というファイル検索システム。
むー。DLできないのかなー。よく分からず。
さらば一期一会(笑)

トヨタの記事。
一人はベンチャーとの橋渡し。うむ。
もう一人は、e-BookOffの黒田氏。そーいや、トヨタ出身だったなあと。
記事中の雰囲気(笑)として、
成功があだになることもある、トヨタで安定することで
リスク回避できなくなるみたいなメッセージが。

うむ。まあ、その通りだろうけど、
人は楽していきたいもので、楽とは何かを考えなきゃ、
多分、楽な人生というメタ認知もできないんでしょうなあ。


あと、名古屋港にフットサル競技場ができうるらしい。うっひょー。
医薬品会社が作る。プロチームも出来るらしい。
かっこええ。
こんなのあった。
http://futsal-navi.boxerblog.com/futsalnavi/2006/10/post_b77a.html
お、フットサルナビなんて雑誌でてるのね。すげー。
白夜書房といえば、ハッカーJAPANしか思い出せない。許せ、友よ(誰だ?


どうでもいいけど、家族の関係みたいなことを会社でしているのがあった。
非常にまどろっこしい説明だが、里姉とかいうニックネームを
使っているところから想像してもらいたい。
うむ。会社で家族というのは、昔の話で・・・まあそういうのが
はまるっていうのはあるんだろうけど。
逆にさ、会社でうぜー上司とかうぜー先輩とか、うぜー人がいて、
その人とも家族かよ!って気がするんだけど。
というか、家族でも嫌いな人間はいるって?
いやーそういう話じゃないようなー。

この関連でいくと、会社の寮の話ね。
意外にバブルで創りまくったそれらが残ってるけど、
で、いらねーやってことで色々活用することもあるみたいだけど、
若い人にはそういう会社寮でのコミュニティーが受けるというか。
分からんでもないけど。
そういうのはぶっ壊して自分で作りたいなーとか思わないのかしらん。
単に、そうではない若者がそれで受けるのかなあ。


読者お便り。
IT業界の話で。
顧客満足ではなく、従業員満足は?という突っ込み。
納得。まあ、がんがるしかない。
というか、会社が何をしてくれるかは、ちゃんと見なきゃだめだろうなあ。
それだけの話。痛い目にあえばちゃんと学ぶ。
もちろん死にそうなら、やめるのが紳士。


おっと。
JPICは読書週間ってことでやるそーですな。
まあ、そんなこといっても、まあいーや。

京都読書空間

読んでるのだけど、やっぱ欲しいなーと思った本。
てか、「黄色い本」なんてあるの。即買うぞ・・。

よーくみたら、「なごやに暮らす」も「のぼりうち」も紹介されているし、
しおりについてのページもあるし、「三月書房」ものってるし、
濃いなーと。充実している。

京都にVIVA!


京都読書空間京都読書空間

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こどものしかり方

日経プラスに。

これって興味あるわ。
でも、対象が小学生くらいまでだ。
高校生に注意ってのは、高校生が恥ずかしいのだろうけど。

親のレベルが問われるなと思ったり。

中国で、雑技団を見たとき、
子どもが椅子の上で飛び跳ねててうざいのなんの。
てめー、食うぞ、と(中国語で)いって、脅してやろうかと
思ったことはないが、まあうざいっすね。

で、家族できてるようで、母親は注意せず、父親も注意せず。
中国での公共の場の意識はそんなものかと思ったら、
お父様は熟睡しておりました。まあ、別にいいけど。

周りの人に配慮っていうのがあるかないかで、
その周りの人からどう見られるかってのがありますわねえ。

今度から全て
「食うぞ、こら」
っていったら、多分恐喝で、現行犯逮捕なんだろう。
いきにくい時代ですね(笑)

「食べちゃうぞー、がおー」
でいいかもしれん。そうすると、なめられそうだ。

むー。
よしこうなったら。
「hey boy, u r good.」
といいながら、鼻に人差し指を突っ込むのではなく(笑)
鼻の前に指を立てて、
「be quiet,plz」
って、くわいえっとでよかったっけ。
まあ、それがかっこええなと思ったが、
多分やることはないだろう。

やっぱ、
「食うぞ、こら」
でいいのだと思う。

あ、で、記事としては、
注意して、はっきり理由を言うというのが参考になる。
んだな。確かによその大人に叱られると、妙にへこんだ記憶がある(笑)
こわいよ、ままん。たっけて、ぱぱす。

お茶が。

昼飯食いにいってて、テーブルで相席。
目の前の人にランチがきて、さあ食べるぞーってときに、
お茶がばたんと倒れる。お茶が、こっちに接近。ひらりとかわす。

隣で食べてた人がおしぼりを投げる(=お茶を吸い込むようにね)。
見事な連携プレーで被害は最少。

僕の被害はゼロ。さすが14歳。行動がすばやい。

一言というのは大切だ。
でも、その一言がいえない人も同時にいるわけで。
なんでその一言がいえないのかーっていうことを思ったら、
まず自分を疑うことにしている。例えば、自分はその一言を言えるような人間ではないとか。
相手との距離感とかね。

言い易さってあるんですよね。話聞いてくれる人っていうか。
そういうのは大事ですね。

ちなみに僕は話もしませんし、聞きません(笑)
これぞRM魂。

本ネタ

まず、ブックオカというイベント。
福岡で今日から始まったようだ。すげえ。熱い。きたー。
http://www.bookuoka.com/

実行委員会ってところで、ブックスキューブリックの大井氏が。
ああ、納得だ。

にしても面白そうな祭りだ。行きたいものだ。


このネタは、
http://blogs.yahoo.co.jp/chiirabaこちらからゲット。
この本楽家ブログも素敵だなあと。
近いうちにTBうって、RMの本楽家デビューが始まる(笑)


プログラマー的でもないけど、
http://tebunko.com/index.html
こちらのサイトもいいな。個人的にリンク貼りたい。
プログラマやSEといった技術者にも色々いて、
多分だけど、良い物つくってくぞとか、色々やってくぞって人は、
当たり前ですが、少ないものですね。これは、職業プログラマというところで、
ukkyoさんが指摘しているように、
日本のサラリーマンプログラマに関してかなあと。

やっぱ職業関係ないなあといつも思うし、あと仕事も関係ないっすね。
新しいこととか、面白いことやろうって人がね。


カタリ草
http://blog.livedoor.jp/katarigusa/偶然発見。熱い。熱い。
面白そうですな。いやあ、熱いわ。


そんなところですが、ネタとしては濃いものばかり。
自HPにも反映させまふか。

petit Kioto

プチキョート。vol.3を送って頂きました。ありがたやありがたや。
京都の図書館特集。ページ数は少ないんですが、プチガイド、ミニガイドとしては
充実しているなあと思います。

フリーペーパーはいいっすね。いいっすねいいっすね。

残像に口紅を

むーおもしれえ・・・。
虚構内虚構とかがツボです(笑)
世界が作られるというか、作れるというか、作っているというか、作ったというか
そういうのが伝わってきますわ。実験的って意味では面白いなーと。
小説として完成されているかというのは、正直分からんですね。でもこういうのも面白いなあ。
というところで筒井氏はやっぱ面白いっすね。

ああ、この本は使える文字が消えていくという世界の話でっせ。


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春の夜の図書館読書探検隊

図書館の学校から。

すげー。図書館に布団しいて寝る。すげー。これだけでいいな。
熊本熱い。さすが西郷どんの街。ってそれは鹿児島じゃ。

http://koshi-library.coda.ne.jp/link/index.html
HPに情報はないっぽいですね。

いいっすね。

LibraryNow

図書館のガイド。パンフレット的だが、内容はかなり充実している。
これ一冊あれば、図書館の機能はほぼ把握でき、利用できるだろう。
ちなみに、カタリベカフェ10か条はこの冊子にあるコラムが元ネタ(笑)

まあ、高校図書館のガイドになるので、一般向けじゃないけど。

さて、活字離れとか読書離れとかいう言葉は、おそらくその言葉自体は意味がない。
この間の学校司書の本では、ご飯を食べるくらい本を読むのは必要だと、
誰かがどっかで言ってた表現だなあと思ってしまったが、書かれている。

日常に必要という意味では、寝て、飯食っていれば生きられる。
さてそれが楽しいか。生理的欲求とか、マズローさんの欲求(マズローの欲求では決してないっす)とか
色々あるけれど、どうなんでしょ。つまんなかったら、やっぱ生きてても意味がないというか、
何のために生きてるのさ、とそこで問うと思うんですがー。

そいつをどこかに眠らせておくのも一興なんですが、
そんなものはずっと眠れるわけもなく。何か違うんじゃないかという疑問とともに
ヤツラはやってくる。
そして、負のスパイラル。全てがうまくいかない。素晴らしいシナリオですな。

一人一人が違うという前提でいえば、
ある本はある人には役に立つが、ある人には全く役に立たないことは普通にある。
本読みはあくまで楽しむという感覚のものでしかない。
音楽とか絵とかと同じである。多分。

本を読まないことが悪いのではなく、思考、思索、思想、考えといったものが
しにくいのではないかと僕は思っている。活字を追うこと=考えるではなく、
活字を追って、考えなり情報を得て、それを自分の頭で考えてどう思うかというのは、
別に意見を主張しない日本人でも(笑)必要なのである。

なぜ必要かといえば、自分の頭で考えることは社会的に普通に存在するからだー。
なので、もしこの「考える」行為をせねば、生きることはできない。
正確にいうと、死ぬのを待っている生活になるのだ。全くつまらぬ人生である。

人間の文化的?行為という意味でいえば、なんで活字があるのよってことになるが、
それは情報を人と人が直接話すということからの脱皮であり、それは一種の技術の進歩でしかない。
そこから生まれたものは無数にある。言葉とは伝播できるのが素晴らしい。
新聞はもちろん、本も雑誌も全てそうだ。

本を用いて、考えるということをしない人で、
別のことから考えている人は全く問題がない。
でも、普通に考えて、何か考えるというのは、やはりほぼ確実に何か情報、活字なもの、映像でもいいけど、
そういうものから得ているのだと思う。例えば1ヶ月何も情報的刺激がなければ、変化がないため、
死にそうになるだろう。それをある意味、「のんびりした」と表現することもできるが、
そういうことをしていいのは、のんびりしていないことを経験している人のみの言葉でしかないと思われる。
ま、それはいいや。

だから、本を薦めるというか、読むのは楽しいというのである。非常にシンプルだ。

冊数とかそういうのも関係ないし、僕みたいにどれだけ自分の思考を深められるとか、
ネタ探しって意味での読書もまた一つでしかないと思うわけで。

アンテナという意味での読書も普通にある。
一つのことから見ていては盲点(盲点は本当に存在するということを僕は学生で初めて知ったが。
一応いっておくと、方目をつぶって、15cmくらい離したところで、小さな点が見えなくなる。
だから両目で補うことはできるんだったっけ。まあ、あるからいいや)があるのだ。
2つの視点は常に必要だ。それでもまだ足りない。オリジナルは、さらにそこからかぶせるという
行為が必要となるかな。

もっといってしまえば、本を楽しめないというのは、人の考え(色々な本があるが、それらの1冊で
考えが共感できないものがあるとかないとか、そういうことではなく)に対して、
受容、受け入れることができていないのではないかと、そういう疑いすらしてしまう。
おそらく社会的には逆なんだろう。そうやって色々な本を楽しめる人がレアみたいなことを
いう人がいるだろう。でも、それは全くナンセンスだ。その証拠に、僕は色々な人をみていて、
確実に本を自分のものにして生きている人を知っている。見ている。
それで十分だろう。

想定通り、自分の世界に閉じこもる読書などくそくらえであるなあと、
何か妙にそう思ったね。

ネタネタ

続いて。

外資系トップの仕事力という本あり。
てか、おいつかねー。本読みがおいつかねー。

情報過多だ。いや違うな。キャパ小さいだけだな。くそーやるじゃん。
これは、読んでみたいなあ。


キッザニアについても軽くかいとこう。
テーマパークは夢を与えるというのは、世界の構築でしかなくて、
時をかける少女のような物語が面白いと思えば、
想像して創造することは可能じゃないかなあと。

変なことをいうけど、親が子どもは想像力、創造力といってるのに、
安定した仕事をというのは、夢がないというか。
そもそも、子どもなんて親を見て育つわけですよ。
だから、親が言ってることが真実っぽいか、ただの演技かなんて、
わかっちまうわけですよ。ああ、この人はこういう人なんだって、
あるところでそんな冷静にみないまでも、見ているわけです。

親が子どもを教育するとは、親のレベルでしかないんでしょうけど、
どう考えても自分以上を望むのはナンセンスなような。
それは期待とか可能性とかそういう意味じゃなくて、
単純に自分以上のものを求めるというところですね。

自分ができねーものは、俺にもできねーよと言われることは
全くスルーなんでしょうかね。あ、これどうでもいいな。

キッザニアは子ども騙しという意見も分かるのですが、
本当にそうなのかなあと。大人の考えはストレートさが、
甘いと思うので、結局どっちもどっちなのだろうと僕はにらんでいます。
お膳立て、箱物みたいな形で批判はできるのでしょうが、
企業の一つのコラボレーションということで、面白いなと。

ディズニーランドもやはり、テーマパークであって、
それは創られたものであって、というか全てが創られたものであって、
既存のものは、土と海しかないのですが、それも創られたものであって、
結局何もないことに気づくというかー。おっと行き過ぎた。

そのテーマパークで遊ぶことを即ち教育みたいに考えるのが違和感。
多分、というか、おそらく僕の感覚は変わらないでしょうね。
だって、直観が違うといってるんだから。

もっといえば、言ってもないものに対して批判は、
極力避けるべきで。もちろん当事者しか何もいえないのもアウトですが、
考えの違いといったらそれでいいや(笑)

心にナイフ

これは、確かはてなの伊藤氏のところで知った。
http://d.hatena.ne.jp/naoya/20061004/1159985781

簡単に伊藤氏の意見をまとめると、
あまりにも「心にナイフをしのばせて」は恣意的じゃないかと
そういうことになりそうです。

真実をありのままに伝えることはありえないと思ってるので、
主観的なものも混じるだろうという、レベルでもないようです。

というわけで、この本は読まねばならないなーと思っていて、


日経ビジネスに著者の奥野氏がインタビュー記事あり。
ここで奥野氏がいっているのは、というか日経ビジネス記者が
表したかったのはというのが正確なんところかもしれませんがー。
犯罪少年の更生というところであって、
加害者の情報はほとんど手に入れられないのであって、
おそらく情報が偏るということになったのではないかなあと推測します。

まあ、そんなことを言ってもしゃーないので、
ちょっと読んでみることにします。

ちなみに、この話を聞いて、
映画であった、キャッチミー・イフ・ユーキャンを思い出します。
アメリカ的だなと。
日本人って、ハッカーを雇うっていうのは「リスク度」高すぎだといって
やらんような気がします。これは良い意味で。
悪い意味でいえば、だから硬直化が起きるのだということになりますけどね。

そういうところからいって、
犯罪者は犯罪を取り締まる人間になれるのか。
もっといえば、同族同種を客観視できるのか。
もっといえば、自分をメタ認知できるのか。

そう。やはりメタ認知にもってくのが、RM。

このメタ認知度がそのうちはやって、
「メタ認知!あなたも今日からメタ認知!」
なんて本が出回ることは、まずないでしょう(笑)

色々2

タイトルつけるの面倒だから、
本文からジェネレートするの誰か作ってください。
って自分で作れよってことか。むー、確かに独り言には向いてる。
それ以外には向いてない(笑)

シブヤ大学が9月から設立されたらしい。
市の事業ではなく、NPO法人の事業となる。
もちろん、学校法人ではないっぽい。詳しくは知らん(笑)
でもこれって、記事読むかぎり、名古屋がやってる
なごや環境大学っとにてるね。
でも、名古屋は単位取れるみたいだから、結構名古屋市が力入れてるんだねえ。
やっぱ人口の違いだね。
だって、起業家とかクリエイターが集まる街って、
下手すりゃ、何も売ってない街になる(=スーパーがない)ということになる(笑)ので、
もちろん、そりゃ言い方の問題で、それくらい集まっているってことなんだろうけどね。


アフガンの図書館。
シャンティ国際ボランティア会(SVA)の活動。
子どもが絵本という本に触れられないというのは、悲しいことですな。
がんがれというしかないのだけど。


千代田図書館。
指定管理者制度で、来年4月かららしい。
ところで、この制度は、PFIとは何が違うというところが気になるが、
面倒なので調べない(おぃ
多分、色々違うんだろうけど、公共サービスってところが、
自治体は分からなくなってるんだろうなあとか乱暴に想像。
ちなみに、この記事にもNY公共図書館の例はのってる。

そういえば、PFIみたいに民間にしちゃったら、ベストセラーしか
おかないことになるじゃーんっていう話があったのだけど、
それは逆で、むしろこの記事では、公共図書館が、
何冊もベストセラーを買い込むとかかれている。

さあ、真実はどっちだと、探っている暇はないので誰かに任せる(笑)
でも、基本は、私はこれを探しているのだがーといって、
それでそれならこうすればいいんじゃないですかー?という
流れがあればいいような気がする。
別に図書館は、住民私的書庫ではないのであるのだ。

図書館側の反省は図書館関係者にオマカセして、
住民が何をしてこなかったはもっと考える必要あり。
まず、図書館に何かを今までいってきたかというのが大きな問題。
彼ら彼女らには、意外に伝わっていないの。
もっと声を大きくすることが必要か。
ちなみに、戦争反対デモなどは、そういう意味でのデモンストレーションであって、PR手法というとビジネス臭いが、別にそうでもない。

相手に気づいてもらうには、例えば、恋愛という面でも、
同じようなことをするだろう。さりげなくでも、オープンにでも。
でも、それは相手をよく知らねば出来ない。
例えば、ブランド好きだからといって、アジダスというTシャツをあげたら
多分怒ってくるだろうが、まあそれはワライ話としておいておいて。

そういう声にこたえていくという、姿勢、ベクトルが、
同時に図書館側にあるかというと、これも見えない。
何で見えないのかは、コミュニケーション不足でしかないだろう。

ならば、もっと話していってやろう。
仕事という意味で、公共サービスも何も変わらない。
仕事を創るというのも変わらない。

これはおそらく事実だろう。が確認せねばならない。
確認させてちょーらい。




色々

読売みてたら、ヤンキー先生の義家氏のインタビューあり。
最近、ラジオやってますな。TFMで、確か土曜日の昼前か。

そのインタビューは、異色の経歴ってるけど、
そりゃ色々なこと(ここでは何も言わない)してきたらだろうけど、
安心という意味では、こういう人の方が安心だろうなあ。

鷲田氏の「成熟社会」についての記事が日経にあって、
成熟社会は人間が成熟してなくても生活できるというようなことが
書かれていて、まあ都会のデメリットというか・・・そういうような
ものを感じたり。
でも、なんでもそうだけど、例えばアマゾンのインスタントストアは、
プログラム知識なくても出来る。けど、そいつがちょっとバグったり
したら、アマゾンに言わなきゃダメだ。
そういう意味で、ナンデモそうだけど、その背景なり元がわかってないと
ダメなんだろうなあと。
阪神・淡路大震災での必要なものはなにかーといって、
分からないというのは全くどういう原理で社会が成り立っているかという
根本を知らなかっただけなんだろうなと。これは自分にも該当。

ということから、義家氏はそういう根本を知ってるのだろうと、
そう感じますね。じゃあ、今いる教育関係者は何も知らないかというと、
実はそうではないのかと思ったり。まあ、全員とは言いませんが、
そこらへんはさじ加減と、あと環境適応度ってやつで。

少年兵なんていう過酷なのは全く笑えないし、ダメですが、
そうではなく、変な先生、変な学校とは、社会とは「変である」ということを
教えてくれる反面教師だと思うわけです。これは過去の美化でも、
プラス思考でもなく。そう捉えることもできるし、
それでいいのだなーと思えます。ちなみに、圧倒的に反面教師が多かったのは、気のせいではなく、事実です(笑)


チェックポイント黒点島の記事あり。
今更気づいたのだけど、竹下景子女史が出るのね。
クイズダービー懐かしいなあ。
社会派演劇なんて多分流行らないんだけど、面白いんだよね、これ・・。

全然関係ないけど、若いってのは持続できないって意味のような
気すらしてきますねえ。
どうでもいいけど、ナンバーなんとか制度で少しでも安いところへ!って
動く人は、安さを求めてね、安いのが好きな人か、お金がない人くらいで、
普通に使ってりゃなんか動かないような気がしてしまって、
ソフトバンクの動きはどーなのかなーと勝手に思ってしまうま。
0円については色々言われちゃったみたいですが。
ま、どうでもいいっすな。


ティーソーダ

リプトンのティーソーダを模倣する。

どうでもよくないけど、物体が溶けるとはどういうことが
分からなくなった。やばい。これは中学理科レベルの話だ。
今度誰かに聞いてみるか(笑)
どういうことかというと、
熱い紅茶にグラニュー糖などの粉砂糖を溶かすと、
普通溶けますわね。

でも、水って溶けないっすよね。
砂糖という物質が液体に溶けるのは、温度が高くなきゃいけない。
それはOK。
でも、溶けたということは、確か結晶を取り出すときに、
温度を低くして、固体を出すということもできるはず・・。
ここの理解が弱い。

つまり、なんでガムシロップは存在しているのかということになるのだ。
もしかして、砂糖って常温のものなら溶けるのかしら。
いや、分からん。分からんぞ。


で、肝心のレシピは簡単で、
まず、ティーを作る。紅茶ね。もちろんティーバッグで。
炭酸を入れる。三ツ矢サイダーとかじゃなくて、
いわゆるお酒とかつくるようなサイダー、炭酸水を用意しとこう。
あれ、何も砂糖とかはいってないから、まずいんだよねー。

ティーとソーダの比率は1:1くらいな気がする。
200cc欲しいなら、120:80くらいになるかなあ。
炭酸は好みだけど、リプトンのスパークリングは、
微炭酸といってるけど、どれくらいか判断できない。

そこまでてきたら、あとは砂糖を入れるのみ。
で、上の問題になるわけ。
とりあえずガムシロップ1個(この製品は13gだ)をいれて、
味を見るが、そんな甘くないし、適度なものになる。

これで完成。
今後寒くなるが、気分を変えたいときに素晴らしい。

ティーソーダは、香りという意味で、
色々な紅茶で取れば楽しめる。ちなみに、アップルティーソーダが
先月発売されたらしいけど・・・飲んでないなあ。知らんかったぞ。

レモンティーソーダとか、オレンジティーソーダとか。
柑橘で楽しめますね。お、みかんの時期だから、
みかんてぃーソーダを作って、とりあえず、億万長者だな(笑)

新しい仲間

てぃらてぃらてぃってぃってぃーん♪

新しい仲間が加わった。
ab7dea68.jpg


新しい仲間はパンダです。ベタですが、リンリンと名づけておきますか。
そいや、ハガレンにもそんなパンダいましたね。

マーケティング担当が、ケロヨンで、
営業が、アリゲーターで、
そして、新しい仲間のパンダは、
客寄せパンダです。

って、そりゃ担当じゃないだろ!

お後がよろしいようで。

って、僕は何してるんでしょーか。

京図ものがたり

http://www.kyotocitylib.jp/magazine/index.html

petit Kiotoで知る。
京都の図書館の会報誌みたいな感じ。

年に2回発行かしら。PDFで読めるのが気に入った。さすが京都。

世の中には色々な情報があります。
自分が欲しい情報は、やはり調べていくしかないっすね。
で、より詳しく知りたいならさらにさらに。

単純ですが、基本ですなー。

あーよく寝た

てか、簿記まずい。
恐ろしい集中力と、恐ろしい気合いで勝つしかない。
落ちても痛くも痒くもないけど、今回落ちるとまずい気がする。
だって自分のためにやってんだからさあ。

お前ならできる。
お前ならできる。
お前ならできる。
お前ならできる。
お前ならできる。
お前ならできる。
お前ならできる。
お前ならできる。

よし。自己洗脳完了。

HP更新しましたー。土屋本にはまったって感じですね。10月は。
読みかけのまだあるけど。うっひゃー。


お気に入りリンクというか、整理もしとかないとなあ。
当然、IEのお気に入りなんていつ吹っ飛ぶか分からないので、
すべてHTMLでリンクしておく。
多分こういうことしている人って意外に多いような気がしてますが。

漫画

のだめってよく聞くけど、本当に面白いのかよー。
俺の眼力なめんなよー。って読んだら、
うお。普通に面白いじゃないか(普通に面白いという表現は、
「普通な」面白さではなく、期待していなかったのに、
それが「普通」という意味ということ。だから面白さに係らない。)

ゴミ屋敷最高。
片づけが出来ない人っていうような本あったかなあ。どうでもいいわ。

ですノーとって、死のノートかよ。
けっ、面白いだ?映画だ?このやろー。俺をなめんなよ。
って、読んだら、普通におもしれーじゃねーか。
リュークは、寄生獣ほどのインパクトがないが、怖いな。
あれがすげー怖い存在だったら、多分小学生にはトラウマになる(笑)
てか、小学生の時に、ホラー漫画で有名な人の、作品が
学級文庫レベルで教室にあって、すげー怖かった覚えがある。
虎馬だ。

死紙(デスノート)は、3巻くらいまで読んで思ったのは、
どう考えてもあぶねーなと思う。いやその存在がね。
あれ、推理ってところで面白くしているけど、
呪いとかのレベルで本当にやってる人は、全国探せば
いるんじゃないの?とか思ったりする。こえー。

あと、ハガレン14巻出てたのか。なにー15巻が今月だと。読まねば。

やはり、世界観を作らないとダメっすねえ。
ああ、錬金術使いたいな。図書館作る。
練成のための素材は?あー今、エコだから錬金術師は
非エコだからダメか。

現実はまるで×ゲームのようだ(笑)

ねーむどろっぱー

たつをさんのところで、
http://nais.to/~yto/clog/2006-11-01-2.html
紹介されてた。ネタ元は百式の田口氏。


知ってるからどうなんだーというか、
あれですな。こちらも戸惑うというか。
田口氏は「紹介」について2文?ほどかかれていますが、
紹介って確かに信頼が「はったり」で生成されるわけじゃないので、
難しいですね。

ってことから考えると、やっぱ人には付き合いが色々あれど、
特に親しい人ってのは少なくなるよねーって結論。

というわけで、ネームドロッパーがストンとよく分かりました。
わーい。

いい音楽に出会う

最近思うのは、文化的な行為というものを嬉しく思う人は、
おそらく何かすごい理解をしているのではなく、
単に楽しんでいて、面白くしているだけなのだと。

良い音楽に出会うと、ああなんかこれで生きてて良かったと、
妙に思うときがある。別に生きたくないわけではないが、
そう積極的に思うのだ。

新しいことの連発で、刺激して、しぼんで刺激して、
みたいなことを常にしていく。
それが科学技術の進化・発展で、つまり科学の未来!なのだーって
ことだと思われる。というか、そうに違いない。

でも、それは成長という意味でもある。
技術の進歩は、それ自体、善だとはいえなくなってきている時代だが、
それでも、技術に対する人々の崇拝はぬぐえない。

中途半端にエコをするなら(これはエコをするなということではない)、
どかっと使って、どかっと止めたほうが良い気がする。
もっともその周期を短くしなければ、他人に迷惑をかけるだろうが。

醤油が少ないのに、ネタを醤油につけて食べて、醤油欲しいとかいうよりも、
醤油をがっつりそのまま飲んで、ネタを口にいれたほうが
なんかいいような気がする。表現が微妙すぎるが、
まあ、中途半端さは、微妙ということだ。


音楽ではなくても、本でも、人でも、絵でも、写真でも、
文でも、形でも、なんでもいい。
「これは!」って思ったらしめたものだ。
そいつからどんどん発展・展開をかけることができる。

こんなのは、何か分からないときに、これかなーって
カンでやるのと全く同様の原理なのだけど、
気づかなくて、それのみに固執して、視野が狭くなる人間は
多いのだろうとにらむ。

さあ、今週も半ばだーー。
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