ReadMasterの軌跡

面白いことを仕掛ける。仕事を作る。ビジネスを作る。そんな日々から出てくるアウトプット蓄積場。

2006年08月

黒井千次、小椋佳

字違うかな。まいいか。

黒井千次は、講談社の新書で、働くということ、かな。
それかなり印象に残ってる。確か、氏の考えが明確に述べられていて、
それにひどく共感した覚えがある。うーん、なんだったかしらね。

日経の木曜日かな、でコラムを書いてる。
やっぱ読んでしまうな。読みたい人のやつは読んでしまう。
まあ、たまには読まないけど。

今回は下駄の話だったけど、個人的に今は、本だと思う。
何が?そう、時代に反抗するには本かなと思っている。
本は思想と人生の塊でしかない。だから、例えば、
ここに一冊のランボー詩集がある。これをもって街を歩くだけで、
ランボーの思想を示せる気がする(あくまでも気がするという理性は失わないが、感覚は示している。理性と感覚の不一致!)

小椋佳は、銀行員でありながら、作曲しまくった人だ。
顔ってこんなだったかなと思いながら、彼のインタビューの言葉はいい。
それは、二束のわらじだとは思わなかった(二束のわらじだとは言われてもね)というところで、
さらに彼は、自分が作曲をするのは、日記を書くようなものだという。
うむ・・・そういうことか。ここで再認識。

やっぱVA応募するしかない。
9月中にこんなものかなーってところまで書きまくって、
ダチのレビューを受ける予定。

あとたまに思うのは、
ENIMEMの8mileで、バスで仕事場に行くときとかに
紙に言葉のメモをしているシーン。車窓から店とか眺めてね。

良い感じである。良い感じでしかない。
なんでもござれ。


海野十三敗戦日記

うみのじゅうぞう、とかいて、「うんのじゅうざ」と読む。
日本SFの父と呼ばれる人で、お初である(ぇ

歴史的資料という観点はどうでもよく、作家である氏(科学者であり、漫画家であり、作家でありとなかなかの猛者らしいが)からみて、
空襲、とくに敗戦モードの中をどう生き方を知りたかった。

全体的な感想としては、こういう人もいたのかと。
それは、端的にいえば、人はあまり変わらぬというところ。
その時代ならではのものがあろうが、根本的なものは変わらないと
戦争は人を変えるが、また権力もそれに似ているかもしれないが、
戦時で考え、動き、生きというのが伝わってくる。

人様の日記なので細かい突っ込みは当然なし。

久しぶりに、印象深い点を。
P.60に、老人のお世話になっているのかーという話がある。
何かというと、いわゆる内閣の人員について。政治家っすね。
にゃるほど、人には経験が必要だ。果たして新鮮さは若さだけであるのか。
むしろ、経験という武器から編み出される新鮮さもある。
が、動的な年寄りというのは意外に難しい。
なぜなら、年を取るとは、今までの思考の具現でしかないからだ。

という意味で、嫌な年配は、若い人間の嫌さより本質的に嫌いである。
それは少ないのだろうが、というか誰でも同じであるけど。

P.71に、風船爆弾の記述がある。
新聞でその風船爆弾という単語を見たとき、マジかと驚いたが
気球で爆弾を運ぶらしい。アメリカに落とすには相当の運が必要な気もするが、
どうなんだろう。

解説にある、「東京空爆」という作品が読みたいが、おそらくないだろう。
当時、つまり、60年前の雑誌掲載のものであって、単行本でも出たとあるが、
青空文庫でもどうも見当たらない。「東京要塞」とは違うだろうし、
一応改題されて「敵機大空襲」とのって、また戻したという話があるものである。
全く、こういうときは図書館か、古書を頼るべきだが、まあちっと探す気力が沸かないので、運に任せるとする(おぃ

また、途中、海外での戦況を報告する、報道員として、作家が徴用されているのを初めてしったような・・・どっかでみたような。
そこには結構な名前の人々が載っている。つまり、僕でも知っているレベルであるからして、僕より年が上の人はもっと知っているかもしれぬ。
例えば、井伏鱒二とか、石川達三とか、大宅壮一とかね。
石川氏の作品なんか読むつもりだったが、思い出さねばならぬ。
人間の条件だっけか。壁か。まあいいや、読まねばならぬ。

何も知らずに戦争を礼賛したり、思想を布教(笑)するのは容易い。
いつも思うのだが、人は学べば学ぶほど、慎重(臆病ではない)になり、
かつ大胆(大げさなのではない)になり、そして謙虚(人に何か主張しないというわけではない)になると思ってしまうが、
どうもそれはきちんと考えている人に限っていえるようだ。

というわけで、当時の様子を垣間見るにはかなりオススメ
あと、海野氏という人の生き方も参考になるやも。
氏の故郷は徳島だそうだ。大歩危小歩危とか、渦潮、あわ踊り以外にも、
素敵な知識が加わってしまったな。


海野十三敗戦日記海野十三敗戦日記
海野 十三 橋本 哲男

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へたくそな夢

AquaTimez「決意の朝に」の歌詞にある言葉である。
全くだ。寝ないように仕事をする「決意」をするまでである。

夢という言葉に、上手いも下手もない。そこを、ついてきた言葉だ。
おそらく意味的には、不器用に生きるとか、立派で大層ではないようなこととか、そういうことを意味しているとにらむ。
肯定表現では、等身大、自分に正直、LetItBeとか、ありのまま、ありていに、
受け入れるとか。そんなところかなあ。

優等生の夢(優等生が見る夢ではなく、優等生的な夢、なにそれ?)ではなく、下級生、落第生までいかなくても、及第レベルの夢(ほう)で
そいつを貫くことの方が難しい。いや、違うな。
難しさは究極的に、同時に易しさもだけど、比較はできぬ。

ということは、自分の磁界(なんだそりゃ)で、吸着してくる、
「難易度」を考慮することしかできない。
イッツ・ア・スモール・ワールドであるが、仕方ないことである。
冥王星が矮星だろうが、小さな世界であることは否定できぬ。


サラリーマン意識をどこまで殺せるかが課題だった。
サラリーマンが悪いわけではないが、単にスタイルとポーズとプライドと、
想いと、生き方の問題(って多いな!)でしかない。
大多数はやはり大多数のものと認知されるのだ。認知の錯覚といってもいい。

流行とはまさにそんなものだ。
オリコン1位に価値がないのではなく、1位だから「良い」と信じる心に価値がない(おー

音楽で勝負している人にとっては、ワンチャンスで人に聞いてくれる良いランキングでしかない。また、そういうところで人の目を引く、話題になるというのも良いことである。

が、ここで譲ってはならぬのは、自分のセンスとか、感覚で選ぶというところだ。おそらく、そういうところで何かを選んでいる人は、
きっとオリコンは参考程度にしかならないのだろう。これは自然にそうなる。
だから、オリコンが良い悪いという話は非常に意味がなくなってしまうま。

自分が選んだという錯覚という理解もある。
オリジナルなものというのは全くその要素が消えない。
その人にとってオリジナルに感じる!ものでも、ある人には、
オリジナルではないと思うこともあるのだ。
でも、少なくとも、オリジナルであろうとなかろうが、創られたものは形としてあるのだ。

最大公約数的なものを選ぶ人生もまた人生送りバント的な人生も、
決して否定されるものではない。ただそうしたいかどうかなのだ。
そのシンプルさは、逆に苦言でしかないとか、壁にしか思えないとか、
そういう理解もされてしまうだろう。
最大公約数は、本当に約数の最大であるのだろうかと。
まずは疑いたいところである。

全てを疑うのだ。自分の夢から、自分から、人、目の前を歩く犬から、
平和ななき声の猫から、ペットボトルの水から、全てを。

こうして、へたくそな夢は後から見た人にとって、
重要参考物になると自負している。

図書館への道

大抵の人は時代に保守的だ。なぜなら保守的だと守る方が楽みたいだからだ。
多分守るのもパワーがいるのだが、普通そこを見ないことは多い。
革新=パワーがいる、保守=いらないみたいなね。

ところがどっこい、んなことはないわけで。
老舗というのは、やはり老舗なのだ。
何か圧倒的な力が、創業何百年といわれると、あるように感じる。

さて珍しく、話は図書館である。
たまたまネットを検索していたら、文学フリマというのが見つかった。
そのサイトは東京地方であったが、名古屋でもあったらしい。がんがれ。

活字とその媒体は細かく分けてもいいが、というかスルー。
肝心なのは図書館で何をやりたいかである。
一つやってみたいのは、人の流れを変えることだ。
あくまでも、一人が図書館にコレバであるが、そこからその人の、
定期ルートなり、イレギュラールートに図書館が入ってくれれば、
成功。成功のハードルは低めにが、私の生家の言葉である(大嘘

人の流れという点では、人が一度に集まらなくても、
どうだろう。20名が1時間同時にいるのと、2名が10分くらい滞在して、
10組くるというのを比較すると(比較にならないのだろうが)、
後者が面白いというか、こちらは対応できるように思える。
要は少数精鋭を愉しむスタイル。ビデオリサーチの視聴率みたいな考え方かも(笑)

本の情報とは、新刊で面白い本があるよーとか、そういうことは
大手の本屋に任せればいいというか、叶わない。
個性的・特徴的なのは、一歩間違えれば、即地獄である(えぇ
というわけで、妥協案。最初から妥協すると、不景気だが、
まあやれるところをやっていくというところか。
ここで人が本を読み、愉しみ、話し、生きる。
そういう場が欲しかった。これは一人の旅人の独白でしかないが、
また同時に旅人の想いでもある。

最後の生きるがポイントだ。
本はそれ自体が楽しいのではない。人間が読み、頭で何かを感じ、
そこで考えるから楽しいのだ。
ああ、面白かった。つまらんという二言だけでは、やはり何も生まれぬ。
世の中は平等ではなく対等であるという思想を植えつける(ダメ)ためには、
本しかないのだ。
また世界は平和ではなく、平和なときもあるということを植えつける(ダメだってば)ためには、本しかないのだ。

図書館戦争を始めるにはまず、自分の図書館を創らねばならぬ。
フィクションだと割り切る人間が一番嫌いである。
事実は・・・そう、小説よりキであって、小説は事実よりキなのだ。
なぜならそれくらい、人間の皮膚感覚は適当であり、大雑把で、
断定できないものだからなのでござるでござるでござーる。

本の貸し借りというのは個人的にはそれ自体は好きになれない。
実際に借りるのは面倒だからって思うからだ。返すのが面倒。
期限を決められると読まされる感があるからだ。
ではなぜやるのだ。嫌いなことを人様に、そう人様という神様!(笑)に
やることになるのだぞと。

そうなのだ。ここはどうでもいいことなのだが、嫌いだからやってみるという
ある種の天邪鬼っぷり的なものを発揮したいところだ。
何も好きなことしかやっちゃいけないとは誰も言ってないのだ。
全く世の中の言葉というものは解釈が難しい。というか、どのようにでも
自己都合で取れてしまうわけなのでござるが。

本を借りた人は、雨の中で傘をささずに歩いてもらうとか、
一芸を要求するのも面白い。まあ誰もこねーだろうな・・。やべえ。
お金を取る以上のものを埋め込めるはずだ。お前ならできる。お前しかできない。自己洗脳をしろ。でるでるねーる・・・(?

お、きた。これきたぞ。
本を借りた人は別の本を次に持ってきてもらう。
完璧だな・・・。そうすると、棚が腐った本になるという否定説がでてきそうだが、ここで完全に叩いてボコボコにしておくか。
まず、わざわざんな「面白図書館」で本を借りるってことはだ、
ランキングに載ってる本を買って読んで、「よんだよー」とかいってる
レベル(悪いがこのレベルは本の面白さはまだまだわかっとらん。わかっとらんのだ!ぐはは!)の人ではない。

自分で本を選び、自分のセンスで読み、自分で消化する。
だから、自分の眼力で自分の本を持ってくるのだ。
その選ばれた本は、きっと「誰かがブックオフで売った」本程度かもしれないし、「捨てたい」本かもしれない。
それはそれでいいのだ。自分がそう思ってもいいのだ。

そうか。これは動的本棚だったな。
ついに1回りしたか。チャンス以外考えられぬ!

有言実行と不言実行

両方やれといった(誰が?
まあ、有言不実行、有言非実行・・・ああ不かな。
不言不実行でもいいわけだが。
っていうかなんでもいいわけなんだろうけど。

サラリーマン意識とはとてもつなく悲しいものだ。
自分の力がなければないほど、サラリーマン意識は僕に
何かプレッシャーを与えてくれる。

でた。まさに神がかり的プラス思考。
善は善、悪は善、嫌も好、好きは好き、
悲しみも笑い、怒りも笑い・・・。

すげーな。なんだこのパワーは。
俺すげー。このすごさは、やっぱ人をねたむパワーからは
生まれないな。ねたみも肥やしに。病気も面白い。
すげー。

といいつつ、常に足元を見る。
さすが、俺。

自慢と、独断のブログへようこそ。

エリザベスは本の虫

ダチから奇襲攻撃を受けた。不覚。
面白かった。エリザベスはいいやつだ。そんな感じの本。
本が大切であるとか、大事だとか、重要だとか、何を振りかざそうが
本当に自分が「そう」思っているなら、何らかの形になるはずである。

それは心の見えないものを認めないのではなく、
その認めるものを認めるからこそ認めまくっているからこそ、
形を見るというやや詭弁っぽいことをいってみよう。

エリザベスはきっと本の中で生きている。うむ、ええのう。


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そして伝説へ

結構前でもないが、
一曲いいやつに出会うと、それで1ヶ月くらい生きれると。
確かにその通り。素晴らしい真実。

最近駅歩いてると、アンケーターが来る。
「ちっ、ファンか」と思うと
「アンケート・・・」
「さらば、拙者。火急の用がござる」
という展開を想像しつつ、無言で。
全く、もっと楽しくアンケートとる方法考えのかね。
まあ、どっせ、怪しいものが9割なんだろうけど(笑)

逆アンケートってのもいいな。
「すいません。アンケートお願いします」
「いいですよ。アンケートしてくれたら」
「・・・・」
まあ、人様のくそ貴重な時間、とくにRMの時間は人(一般ピーポー)の10倍はする。そうだな。5分で、人の命分だな。
っていったら、脅しで、訴えられるんだろうか。
それなら世の中変だ。

ヤギを演じるってのはどうだろう。
「すいません・・・」
「いいですよ。紙ですか?」
「紙?」
「ええ、紙」
「紙?アンケートの紙ですか?」
「そう。紙」
「どうぞ、上から記入していってください」
「もりもり」
「何してるんですか」
「いや、紙だから」
「・・・」
これも結構いいな。てか、食いたくない。

歩いてたら、3回くらい、アンケーターにお願いしますパレードを
くらった人が目の前にいた。ふむ・・・。
てか、人の機嫌もあるから、機嫌よさそうな人に来るのかな。
って、じゃあ僕は機嫌良さそうに見えるってことか?

「すいません」
「何誤ってんだよ」
「すいません。アンケート・・」
「アンケートってフランス語だろ?おぬし、フツジンか!」
「ぼんじゅーる」
「さらば、まどもわぜる」
素晴らしいノリのアンケーターだな。まあガンガレ。


ワーキングプアーだのどうだのと、どこぞの政治家(政治家は選挙活動時も政治家なのか?無職ではないのか?活動家というべきではないか?(笑))が、
って、任期切れなきゃいいか・・。が、言ってたけど、
それって発展途上国がずっと貧しいみたいなことじゃねえか・・・。違うかな。
単純に経済的なものとかで比べるのは気に入らんけど(だって個別の力を無視し、環境に全てを還元しちゃう風なことになるからねえ)、
どうなのさ・・・。

単に、自分に甘いだけじゃないかね。
え、それも感じないって?嘘だ。自分に嘘ついてるやつが、
やっぱ自分に甘いのだ。
お、なんか説得力あるな。よし。


カラっとさん度は、うーん、6かなあ。
カラっと度がたりねえなあ。レモンとか、かんきつ類が足りないな。
てかコミュニケーション能力が足りねえ。
嫌いな人間が出来ちゃう。困ったなあ。

人類皆バカといっても、誰も怒らないから
同じように、人類皆カラっとを唱えてみるか。
ちなみに、守備力を上げる魔法は「スカラ」です。カラスではありません。
グループ対象は「スクルト」です。ヤクルトではありませんよ。

言葉

アクアタイムズを知る。
ラジオで結構かかってたけど、ほう。
決意の朝にの前に、デビューミニアルバムで「空いっぱいに奏でる祈り」というのがあるらしい。丁度一年前くらいかなあ。

http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000AA7BWU/ref=pd_rvi_gw_1/503-0100563-1312758?ie=UTF8

レビューが面白い。
初期のレビューはかなり好評価だが、どうも最後あたりにどうも評価が落ちる。

好き嫌いは別にいいし、そいつに個性があるかどうかというのも結構好きだ。
ちなみに、仮にだが、というか本当にあってもだけど、
あらゆる情報がコントロールされていても、その情報でやるしかないと思われる。要は、正当な評価などはおそらく一生ないってこと。
ひいきなり、不当だなーというのが、「内税(うちぜい)」のように、
消費税が含んでいるって感覚かな。そいや、内税表記浸透しちまったねえ。
んなことないかなあ。

そこでイチロー変換。
イチローが好きじゃないのは、まだまだーみたいな部分を自分が持っているから。仮にそれを持っている人間は多いだろうが、なんかそこだけズームインされたら、って感じかな。メディアの取り上げ方でそう思っているだけなら、
それが全てだとしかいえない。人について興味がないというのではなく、
それが好き嫌いの領域ってことになる。

上のレビューを見ていて、嫌いという人もいるんだなーというところだが、
オリコン1位を取ればそれが何か絶対的な価値があるかとか、
そういう議論は意味がありそう。レビューにもあるような、
1位だから日本人は云々なのは、情報がオリコン1位と曲を聴いただけでもいえないかな。というか、レビューは感情は殺すくらいじゃないと、
ダメなのかなーと。というかそれが僕の好きなレビューだけど。

どこにでもあるメロディーとかそういうのは、
仮にそうでも、うまく組み合わせる人はパフォーマーだなあと思うけど。

ちなみに、僕はどんな人の歌でも同じに聴こえるので、
あまり執着がないっすねえ。まあ、どうでもいいっすな。

ワンチャンスを聴く側が持っているか。まあこれは結構ハードル高い方に入るんだろうけど。
持っていれば、嫌いなやつからでも色々盗める。
というか、嫌いなやつがいないと、楽しいことがないから、
嫌なやつとか嫌いなやつは常に求める。
というのもまた一興。

だからあえて嫌なことをやるってのも一興。

まあ、単純に嫌いなもんは嫌いってことに意味づけはいらないか。
好きもいらないわ。

楽しいねえ。

ブックカバー

キットは皮製品のコーナーに。ふむ。
ブックカバーを見てたら、ブックカバーを買ってしまうま。
うう、かっこええな。このカバー。また本が読みたくなるな。

キットは糸もハリもはいっていて、縫いつけるだけかな。
まあ、ビギナーにはもってこいっしょ。

ダチが皮にはまってた(笑)時があったけど、
まさかその後追いとは。そいや、あの時5分後の世界とか熱かったな。
向現チョコとか、コーラとか。くくく。あひゃひゃ。

おっと、あぶない。

にしても、このブックカバーかっこええ・・・。(あほ

うおー

VAの応募作品ネタを徐々に集めているが(ちなみに、AVではない。まさかそんなブログではあるまいが!)、
いい感じである。にしても、土屋氏の本が面白すぎてなかなか読めない(笑)

今日の拾ったネタは(道端に落ちていることもある)、
「客の動き」「格付けの恐怖」である。
うーむ、説明しないと全く分からないがそのままスルー(おぃ


うっし。XPインスト終了。
うお、ウィルスソフトいれんといかんなあ・・・。ちっ。
ネットから遮断するからいいかなあ。LAN便利だしなあ。
いちいち外せばいいだけか。

時間がないっていうか、単に言い訳が多すぎただけだったね。
やる人間ってのはもっとこうサクっと、カラっと、スマートだろうと思える。
うむ、そうだそうだ。

うーむ

ちょっとというか、大分悲しくなりましたわ。
なんでそこでそうなるのかなーって感じですね。
おそらく当人にとっては、大問題なんでしょうが。

何か一緒にやる人間とは、視点が異なる方がいいと思いますが、
価値が共有できるのと、視点が異なるのは矛盾してないというか、
一緒にあるような気がしてなりません。

悲しいっすね。
何か表現をしてそれを自分が表現したいものとは別に受け取るのは、
かまわないのですが、それは表現の好き嫌いみたいなレベルで、
大勢?(たいせいね)には影響ないと思ってます。
その通りで大勢には全く影響がないのですが、正直へこむわ。
夜にくると、明日に響くんだよなあ(涙

からっとからっとした人間ばかりが世の中にいるとは思えませんが、
からっとした人は好きですね。からからから。

でも、面白いことに、僕のノリを好きだという人もいるし、
共感できるノリの人もいるし、やっぱベクトルはばらばらで、
人は皆それぞれ違うのでしょうな。
違うのはいいけど、その違いを元に色々言われても困るというところになりますねえ。

考えにくいことですが、
もし年齢的な話とかを考慮した場合、残念ながら考慮しなくてもですが、
僕は結局対等に付き合いを求める人間ですね。これはもう原則ですな。
だから、相手が天皇であろうと、大統領であろうと、敬意は払いますが、
それ以上でもそれ以下でもなく。
年配の人にもそうですね。

こういう人間はどう思われるかは結構分かっていまして、
例えば、立場であり、年齢とかをかなりぎゃーぎゃーいう人がいますけど、
そういう人は苦手ですね。年齢=経験説を唱える人がたまにいそうですが、
それは年功序列的すぎて、くそくらえです。
でも韓国の年上を敬うという考えは好きだったりしますけどね。

メタ的にいえば、意識している時点で意識しているから、
要はもう土俵外のことに答えるって点で、自分はまだまだなんですねえ。
え、しらん、終了ーってので終わればいいんですが、
どうもそれを「世間」は「常識知らず」というそうですな(笑)
全く。常識知ってる=社会にどっぷり浸かりすぎていると、
取る人はレアなんですかねえ。まあここに一人いるからOKとしよう。

やっぱ直接言って欲しいなあ。
あと、仮名はねえ・・・。

それこそルールのような。ネットを意識してのことなら、
メールなり、直接言えばいいことですしねえ。

ま、いっか・・・。大勢には関係ないわ。

がんがった俺。

同時処理

結構前に、同時処理だの並行処理だの、
1つのことではなく、2つ以上のことをやっていたほうが
なんかうまくいくとか、書いてたけど、
今ひとついえることは、やはりそれは真実にしておこうということだ。

研ぎ澄ます。
本が絵で、絵が人で、人が写真で、写真が建物で、建物がプログラムで、
プログラムが笑いで、笑いが会話で、会話が興味で、興味が人生だ。

みたいな感じだ。うん、これは表現的にかなり納得したものだ(笑)


XP pro+メモリを購入。2.4万程度。思ったより安くあがった。
メモリはDDR SD-RAMのPC-3200(ってか、メモリのPCだとかCLだとか、
あんま紛らわしいのはいらんわ。結局入ればいいのだから)の512MB。
本当は1GBがいいけど、1万超えちゃうから、すると3万近くになるから、
やめる。
手元に、256MBメモリがあまる。うーん、使い道なし。かわいそう。

早速インストール開始。
モニタ切り替え機で、ほぼ同時作業。
1ディスプレイを効率的に使う。全く便利なものだ。

さあ、環境つくっぞつくっぞ。

勢い。

改札を通ろうとしたら、前の女性がエラーった(つまり、改札口で機械に止められそう)ので、避けて左の改札を選んだ。
が、彼女は普通に「勢い」があったので、茶色のやつ(ばたんと閉じてくるあの子)をはるかかなたに通り過ぎていたようにみえた。
が、そのまま戻って、清算してた。

世の中は、「勢い」である。

つまり、勢いはある種の想定を超えるということを、
この日常風景(なのか?)から見出すことができる。

勢いである。そう、勢いとはつまり、車はブレーキふんでも
勢いがあったらとまれないのだ。
それは悪く使うことが多いが、ここでは善でいこう。

自分の動きをすばやくしておけば、きっと
勢いというもので、ぐんぐん進むしかないという状態にできる。
これは、アフォーダンス的に歩いてしまうま、だから歩くし、
走れるから走ってしまうまなのではなく、
とまると、結構加速すんのメンドーかもよ(B-DASHのスーパーマリオの歌風に)

だから勢いを今一番重視している。

そう。つまり、思い立ったら即行動である。
行動が絶対なのでも、全てでもない。
ただ行動せずに考えても何も出来ないことがほぼ完璧に分かってしまうま(ホントかよ

その思考の背景にはワンチャンス思想があるが、
結局一期一会(人以外のものでも、風景でも)で、どう振舞うかであって、
旅に出たから写真を撮らなきゃいけないわけでもない。
自分がいいと思ったらやはり、その景色は写真にはない形で、
残るものだ。また別の風景をみたときに、また思い出したりするはずだ。
だから、そこでどう振舞うかでしかない。だから行動が全てではないともいえるのだ。
が、あえていうと、行動とは、人へのPRではなく、
自分へのPRであると思われる。

もういいじゃないか。
納得できないことは納得できないで。
嫌いな人は嫌いで。

仲良しクラスほど怖いものはない(本当にそれならいいけど)。
仲良しを演じるやつが一番嫌いである。
全くもってここらへんは僕は変わってないなあと思う。

再確認と再認識の嵐。そこで勢い。
もう止まることはないだろう(今まで止まったことはないから、止まることが分からないのだが!)。
選んでいるという感覚がある。集中しているという感覚がある。
それらの感覚の上では、全ては面白さでしかない。

毎日が面白い。助けてくれ。面白けりゃ、尾も白いのか!(そこのワンちゃんよ!

むが。

最近、独り言と本読みしか書いてねーな。
まあ、いいか。

ちっと開発環境が欲しいので、どうしてもXPproがいる。
すごーく分かりやすく、かつ、端的にいうと、
「普通」のパソコンユーザは「WindowsXP HomeEdition」で事が済む。
が、開発環境というのは、当然プログラム開発のことで、
そのためには、「WindowsXP ProfessionalEdition」がいる。(あれ、プロふぇっ所なるのスペルがおかしいような)
お値段はそんなに変わらんが、店頭では、Proが3.5マンくらい。
Homeはまあ3万くらいかなあ。まあいいや。

で、OEM版(いまやDSP版とも呼ばれるそうだけど)ってのがあって、
それは、各種パーツ(HDDとかメモリとかね)と組で買えるやつ。
それは、結構安く買える。Proは2万で買える。
だから、メモリとかHDDとかを買っても、1つのProを買うよりも安くなる。

こういうことは、ちょっと突っ込んで見ないと分からない。
例えば自分で自作PCを作ったって人くらいではないと、
OSの販売種類までは分からない。そもそも、PCコーナーに足を運ぶというのでも、PCが並んでいるところにいくのか、プリンタのところか。
それとも、パーツなのかで全然違ってくる。

玄人志向を買える人は、自己責任論(笑)を遵守する人だろうけど、
メーカー製PCを買う人は、遵守しないかもしれない。
まあ、最もなことである。調べないと分からないものだし。

で、3万くらいの出費になるが、安いものだ。
なぜ安いのか?うーんそうだなあ・・・。なんとなくというのが一つ。
あともう1つが、すげー「勉強」になりそうだからってのがある。
それは3万では買えない。おそらく1億とかそんなお金では買えない。
そういうものを大切にしちゃう。わーい。

ちなみに、さらにいっておくと、
Proには、IISという、サービス(正確にはどうか不明)がある。
これは、WebサーバとかDBもかな、メールもだろうなあ、の組み合わせちゃんっぽいやつで、Microsoftの製品?というか、ソフトか、である。

全くどうでもいいことだったにゃー。
さあ、本を読むにゃー。

思い上がりと想い

図書館戦争で、中学生のアンケート作成風景があるが、
あそこで、同じようにアンケートに答える人は、
考えるべきだ。意識すべきだといっているのに対し、
それは何か間違ってるぞというカウンターがあった。

これはカタリベカフェにも全く同様のことがいえるので、
ぐっと反省。

要は、例えば、自分がこれがいいと思っているとしても、
そいつをどこぞのネットワークビジネスか、名前をどう変えようが、
分かってしまうのだが、押し付けてはならないのだ。
押し付けるというのは、相手の価値観を認めてないということになるからだ。
いかにそれが幼く、滑稽で、馬鹿馬鹿しいかは経験しないと分かるまい。

だから語らぬ人(しゃべらぬ人という意味ではない)は、
かっこいいのである。完璧だ・・。

でっかく構えなくても、大きな心で構えるのは素敵だ。
が、怒るときには怒らねばならぬ。
そうしなければ、道は開かぬ。

さあ、怒れ怒れ!(あほ

作戦あるふぁ

ダチが車やチャリをいじるのと同様のレベルで、
文章を書くことに抵抗がない。むしろ空気をチューブにいれるのが
面倒なくらいである。

世の中には好きなものと嫌いなものがある。
カレーうどんは好きだが、カレーが飛ぶのが嫌いである。
携帯電話は電池がすぐなくなるのが嫌いだが、便利である。
ブログはいろいろかけていいが、たまにうざったいトラックバックがあるので嫌である。

自己の世界で完結するという言葉で表しているものは何かということを問うてみると、おそらく人間である以上そんな完結した人はいない。
人生を諦めている人はそれに近いが、おそらく生きている時点で完結していない。
そういう意味で、自己世界完結さんやら、ちゃんやらはいないことになる。

次。
クリエイティブなことをやるというのは価値があるように思われがちだが、
これは時代の流れでしかないということは肝に銘じるべきだ。
何度も使いまわすが、文学部に行くと親が泣くというのは、
そういう時代があったのだから、時代は変わるのだ。
表現というところも何度も書いているが、かなり自分を最前線に立ててしまうものだ。作品という目に見えるものに昇華するという行為に、リスペクトちゃんであるが、だがその賞賛、否定はアーティストにモロに与える。

自分の文章を見て面白いと思うかどうかときいて
つまらないといえば、落ち込み、面白いといえば喜ぶという、
そういう反射的な面はあるだろう。が、自分に嘘をついては、
絶対に、これは絶対である、良い作品はできないだろう。
ここでいう良い作品とは、表現し切れているとかそういう類のものをさす。

養老氏の番組。
昔でもないが、バカの壁がはやったとき、養老氏が確かどこかの
大学で教授をしていて、確かNHKの番組だったかな。
それで法学部だったと思われる。その学生から、
レポートか試験かで、今までの講義で興味のあるものを
ひっぱってきてそれについて書きなさいみたいな問題だったんだろう。

それをその学生は、定義してくれといったそうだ。
つまり、興味あるものといっても分からないからその定義である。

ちょっと笑えない話ではあるが、考えるというところで、
現場にいる教授なり先生はこういう話を聞くと非常にショックか、
何か自分が間違っているのではないかと、真面目な人ほど考えそうだ。

養老氏はそういう意味では真面目ではないだろう。
だから、すぐに教授は辞めたと聞いたが。

その学生は自分で興味あるものとか、何か感じたことはなかったんだろうか。
つまらないという視点でもかけるものである。いかにつまらないかを書けばいいのだ。

そういう点で評価されるのだから、いわゆる期待される答えなどない。
要は「考え」ているかの証明でしかない。

そういう意味で、反射的に生きている人間はかなりつらいのだろう。
定義は大事だが、それは同時に矛盾も生じてしまう。
なぜなら、「興味あるもの」を定義した途端、もちろんそれは言葉でだが、
その言葉を理解できるか、100%共有できるかはまさに神の領域。
言語学のシニフィエとか学んでいなくても直感的に分かる話。

興味あるものを、養老氏にちなんで、虫、とくに昆虫としてみよう。
すると、その学生は言うだろう。
虫でとくになんですか?
んじゃ、コガネムシ。
コガネムシの生態について・・・ですか?

まさにエンドレスである。

つまり、この学生は定義されてないからかけないのではなく、
何を期待されているかが読めないから、かけないのだ。
つまり、優等生なのだ。ここでの意味は全くもって悪い意味だ。
こないだ書いたプログラマ主導型のところで、自立しているプログラマは・・・というのがあるが、あれと全く同じかな。
結局この学生は「自分は考えることができないからかけません。
ですので、明確に養老さんが期待していることをいってください」
ということになる。

氏の狙いが考えることだとすると、まあ全く持って意味のない話だ。

この学生が一般的な学生を反映しているとは到底思えない。
しかし、考えというものが絶対ではないのだが、
自分の考えが、自分で考えたものでしか意味がないのを今更デカルトを
用いずとも、分かるのではないか。

自販機をみてお金をいれてジュースが出てくるくらいのレベルで、
考えるという行為は人間として必須なものだ。
悲しいかな。

次。
作戦あるふぁとして、図書館を攻めていくことにする。
これは、一応トリガーが発動した。ちなみに、Oracleにおけるトリガーとは、
PL/SQLだったかな、でセットしといて、ある条件、例えば、
テーブルAが更新されたら、自動的にそのトリガーが発動するものだ。
だから、テーブルBも同時に更新したいというなら、そうすればいい。
SQLでAもBも書けばいいのだが、それを簡素化できる。
いや、そもそも管理が楽になるからじゃなかったか。
まあ、多すぎると逆に管理が大変らしい。あーめん。

図書館ネタもそういう意味で固めていくとしよう。
まず、おおざっぱにいって、図書館とはどうあったらいいかというのを
考えて見ると非常にシンプルになる。
本があって読める。貸し借りができちゃう。

これでいい。資料や文献はこの際どうでもいい。
最低限本があればOKだ。私設図書館は名乗れる。

思想を植え付けるわけでもなく、誰に干渉されることもなく、
本という世界にアクセスできる。
その概念だけで、図書館は十分に成立する価値がある。
価値があると思った人間が手を挙げる。

これが僕の理想とする社会なのだろう。(なるほどね

図書館戦争

むー面白い。分厚いがまあ20分くらいで読めるようだ。

さあ、何からきっかなあ・・。

まず、「オマージュ」から。
こいつは初めてしったが、要は芸術的なものに対してリスペクトを払って、
似たようなものをつくることらしい。アレンジってところだけど、
リスペクトを強調したいとにらむ。

途中に、中学生の勉強会の話がでてくるが、そこで人気がある本で
「キノの旅」っぽい概要がでてくる。オートバイ、ガンマン
モトラドですね。ええ。懐かしいですね。

そのままあとがきに目を移すと、やはりオマージュを許可してくれた時雨沢恵一とでてくる。やはり。
つまり、この作品の「図書館戦争」自体が、キノの旅にでてくるとしたら、
「本を焼く国」みたいなのありそうだが、そういう感覚になる。
ふっ、完璧だ。

次は、言葉の使い方。
いくつかネタにさせてもらった。ありがたい。
拾った言葉は、「敵を作らない」「反射」くらいかな。
あと、「懸案」って言葉は多用されるけど、一般的20代女性は「懸案」って言葉は冗談でしか意識して使わないかもしれないのをあえて書いていそうなところが面白い。

ちなみに、懸案とは調べて見ると、
解決できてない問題くらいの意味っぽい。まあ普通は問題で通じそうなのところを、
あえていうのかな。まあ、今度使ってみるかな。

かなりツボだったので、面白く読んでしまった。
登場人物の多くに共通するのは、「正論」であり、「痒さ」(笑)であり、
同時に「正論」の効果も考えているというところが面白いわ。

華氏451度と比べちまうと、やっぱこっちのほうが読みやすい。
もちろん451度が読みづらいというわけではなく。

華氏451度を読ませたい人間で、かつ読書経験が少ない人間には、
こいつをすすめて、本の面白さを伝えれるかもしれんと思う。
そういう意味で、現代版・華氏451度かなと感じる。

内容的には、図書館隊という図書館の治安を守る、正確には本を守るのだけど、
それのお話。個人的には、最後の章が一番好き。

アマゾンレビューにもあったが、本を焼く国は人を焼くとはまさにその通りかと。

ダチがいってた、「文化的なものに対して国のフォローがない」というのは、
こういう本を読むなりしてイメージしてもらうものであり、分かってもらうものかなと、別視点から楽しんでみる。

著作権が、70年とかになるらしいが、まあ本を焼かないならいいような気がすると、すごーくスルー評価をしつつも、
では、すごく価値があるものに対して何らかの行動は示したかと。
この問いは崩れない。別に行動、結果主義ではないが、
相手の立場に立つということが欠如している。

どこの馬の骨か分からないものを家に泊めるのは、家のものからしたら非常に不安ではないか?
昔、三重県を南下していたとき、旅人扱いされて、
家で飯をくってけといってきた若き紳士2人(小学生)に誘われたものだ。
彼らは良かれと思ったことをしたのだ。
家人のものは、「誰よ、この人は」ということになり、戸惑う。
戸惑わない人間がおかしいから、これが現実だと思う。
現実とはそういうものでしかない。

若き紳士には悪いが、「ありがとよ。」といって去る。
彼らはきっと、いい人生を送るだろうと、100%の保証をする。

それと同様に、文化的価値の高いものというのは、一般に言っているものに対して言うだけだと、コバンザメ的生き方でしかない。
要は表に立ってないのだ。表に立ってない人間の遠吠えなど、
負けでしかない。最もこの「負け」に深い意味はない。自分が負けていることに気づかない負けという意味ではものすごく深いのだが。

コバンザメ戦法も戦略の1つだが、じゃあそいつが表に出たときに、
きっちりなんかいえるのか?といったら、できないだろう。
仮にできてもマグレと見るだろう。マグレンジャーがそこから成立することは
夢の見すぎ(ここでの「夢」は夢の世界の意)でしかない。open your eyes.

現実に対しての否定は自分のスタンスというところに基づいて
正当に考えるべきだ。そうではないと、全くベクトルがずれてしまう。
人は何でもできるが、同時に何もできないことがある。
だからこれをやりたいということに焦点をあて、そいつに注力したほうが
面白いと思うし、とくに人生に意味がないというところから考えても
そうなってしまうま。だが、どうもそう考える人はユニークらしい。
全くアレである。

本気度という言葉で言い換えてもいい。ちなみに「まじど」ではない。
「ほんきど」と呼んで欲しい。
その本気が、1くらいだと、単なる愚痴である。50くらいだと、
自分の時間を少し費やしても痒くない程度かもしれない。
80くらいになると、かなり割く。時間も人生もね。

勘違いしている人はおそらく多いと見切るのだが、
もっとも勘違いしている人はこのブログなど見ないのだが、
そういう勘違いしている人は、ちょっとやれば結果が出てくると思っている。
バカやろうである。月並みな表現が残っていることで証明できるのだが、
「そんな甘くない」からこそ、ふんばってやらなきゃいけないのだ。

片手でははーんってパチンコやって結果だせるようなもんじゃねーぞ(パチンコは否定してませんよ)。
そういうある種の覚悟はいると思われる。

で、そういう覚悟を想定した上での、「諦める」という選択肢を取る人間と、
想定してないで、「諦める」と言ってる人間の
その違いは、もう言葉では表現しきれないくらいって意味で表現しておこう。

さて、これらの言葉を水を浴びるように自分にも浴びせて、
さあ、図書館で戦争である(おぃおぃ


図書館戦争図書館戦争
有川 浩

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ベクトルB

さあ、もうヒト寝入りするかな(えぇ

カフェオレ

がきいてきたのか、いい感じで目がさえている。

仕事が基本的につまらないというスタンスが
悪いわけではない。そう思ったらそうなのだから。スタンスではないな。

でも、それは思い込みであるし、ある種のイケンでしかないと、
思うことをすすめてみる。
まあ、楽しい瞬間がなければ、RMに議論と一緒なのであるが(笑)


Visualアート大賞とか、前にダチにいったら、
興味ねーと軽く交わされたネタだ。全く困ったものだ(何が

また電車内で広告をみたら、何何。
別に絵本以外にもノンフィクションからエッセイから、小説も
なんでもOKらしい。量は、原稿用紙20枚以上くらいかな。

むー・・・。
このブログと同じで、独り言風に切り込んでみるか。
全く持ってこのブログの独り言は独り言ではないっていうのはあるからなあ。

さすがRM。WriteMasterの道へも進んでしまうか。
そうなのか。なんでもマスターつけりゃいいってもんじゃないが。

まあやってみるか。後で後悔しよう。

ちなみに、サイトはこちらっす。
http://www.b-visualart.com/nonfictiongp.shtml

20枚か。8000字。別に字数は問題ないけど、
作風が問題だなあ。土屋さんの本もっと読んでパクれるところを
徹底的にぱくる(TTP)するかなあ。
エッセイなんて技術いらねーぞみたいなことを誰か言ってた気がするけど、
んなことはないような。まあ、スルーしとくか。

そういう笑いがある風なもので、勝負したいなあ。
む、いいぞ。いいぞ、いいぞ。かも、ねぎ、かも、ねぎ、かも、ねぎ。

ヘビロテ

前も書いた気が。

rockwellの夏の日の2006がいい。
どうも原曲があるっぽいけど、まあいいわ。
1993って、なんか懐かしい年号だ。
DEENとかすげーはやったなあ。

友達との会話が全てDEEN。
「今日DEENった?」
「いや、DEENってない」
「まじでー」

まあ、冗談ですけどね。

そんな感じの曲調というか、今っぽくないなあってところが印象的。
今風な音楽が嫌いじゃないけど、
今ってロックがラップっぽいし、ラップがロックっぽいというか、
まじりあってるからなあ。それはいいけど、昔って、
JapanesePOPという、いわゆる日本のポップな音楽って、
もっと真っ直ぐだったなあと。今が悪いってわけじゃなくてね。
成熟度が低かったってだけなのかも。分からないけど。

その時に聞いたときから、まあ確実に10年は経っているから、
何か感じは変わるんだろうなあ。

雨の中傘をささずに踊る人がいてもいい

で、検索されてしまうま。
「雨の中傘をささずに踊る人がいてもいい」
これって、原典なんなんすかね。
アニメのBIG-O以外であるのかしら。
調べるのが面倒なので、誰かよろしく(おぃ

もちろん、この後に、それが自由というものなのだとくるんだけど、
ところで、これしてて、踊って雨塗れて風邪引いたとするとするよ。
それで、雨に怒るバカは相当やばいっすけど(冗談じゃなくね)、

で、アメリカのマクドナルドに、バーガー食い過ぎて、
肥満になったのにって話はどうなのよ・・・。と思い出す。

こうなる。
「マクドナルドがあるから、食いまくって太る人がいてもいい」
それが自由というものだってね。

すげー皮肉になってるけど、まあ事実なわけで。
それはあなたが選んで自由だーとね。

でも、ここにある種の考察を入れると危険なんだけど、
例えば、サラリーマンの問題になっちょる、労働時間の話。
なんか、労働時間で、残業代になる部分を免除できるっていうか・・。
要は、含めちまえ的な話。

もっといえば、月給20万の人は、定時で20万ではなく、
残業込みで20万とかさ。一種の詐欺ですが、まあ微妙な話かな。

今度雨の中踊ってみるかなあ。

帰りに、どらえもんの歌を熱唱しながら、チャリをこぐ男性がいた。

世界は狭いですな(僕はどらえもんは歌わないですが、まあ仲間ってことで(笑))

で。

まあ、そのダチはいいとしよう。(いいんかい!)
多分、叩いても這い上がってくる精神力、タフさ、何かを貫く努力、
そういうのは圧倒的に人の2.5倍くらいは持ってる。
なんか表現がゴキブリみたいになったが、それはそれでいいと思う(KREVAの曲にある。「愛・自分博」というアルバム。このアルバムの歌詞カードは、
まあ万博会場の地図みたいなのがあって、そこに数字があって、曲が紹介されている。なかなかのセンス。こういう本地図があればいいと思うので、かいとくか。まあ本マップなんだが。一応、リンク。http://www.kreva.biz/update_noflash/solo10.html

ちなみに僕は、叩いたらその場で倒れ、大丈夫かといわれたら、大丈夫がないと逆切れ(逆切れがポイントである)、努力という言葉すら知らない、
温室育ちのボンボンであるから、全く頭が下がるのである。


さて、話題を変えよう。ダチに後から何言われるか分からんが、
まあ、エントリ増やしてごまかするとするか。

別のダチがちっとへばってるっぽいので、久しぶりにTEL。
全く、天下統一者(の予定)から電話が来るなんて、
ありがたいと思えよと思いながら、相手は寝ていたようで、
軽くショック。実際1時間くらい話して寝かせる(笑)
相当疲れとストレスがあるようで、まあ持つかどうかが勝手に心配だ。
多分持たないと思った。ダチが悪いのではなく、そういう風にした
考えをしている人間が問題だという僕の中の結論。

仕事ってそんなに辛いものではないし、
そもそも仕事=人生なんて価値観な僕だから、やっぱり相当のものを
求める。だから、違うものは違うし、違うわないものは違わない。
あと、楽しいかどうかが、面白いかどうかがポイントで、
結局やりたくねーなって思ってるようなものをやってては、
おそらく、力にならないというか、力になりえない気がする。
まあ、そこは分からんが、ふんばる土壌というか、そういう源もあるので、
それが枯れる、つまりは肉体的物理的に無理、というので、倒れたら、
まあ終わりでしょう。
これは現状の否定ではなく、肯定。おそらくそうなるしかないというか、
そうなるのは時間の問題。

休んで考えて、スタイル(自分の仕事のやり方)を考えるしかないってことになりそう。
まあ、結局人事なので、入院したら見舞いに行く仲(どんな仲だよ)だから、
適当に心配しておこう。許せ、友よ(許さないぜ。えー)

どう突破するか

いろいろ。

まずは、ビラを置かせていただく。あっざっす。
それはいいとして、ダチとダベる。

さてそこで事件がおきた。
まず、「コンパス事件」である。これは2006年の重大な事件となるだろう。
非常にシンプルな問題である。
コンパスとは何か?である。
それは、羅針盤、方位磁針(磁石)のことをさして使ったのだが、
え、それは「あの円書く、コンパスのこと?」といわれて、
いや、方位磁針のことだけどといった・・・という重大な話である。

残念ながら、軍配は、僕である。全く大人気ないが、
何、器は全く小さいので安心したまへ。
一応、goo辞書にリンクはっとくわ。「コンパス」!

一番の意味としては、文房具だが、2番目に羅針盤とある。

ところで、これが事件と化したのは、さらに問題の発言があって、
全ての発言責任は僕になるのだが(笑)、まあ、
おみゃあの言葉に関する、とくに使い方は信じてない。
正確にいえば、「全く信じてない」といってしまった。

ダチに「そりゃひどいよ」(ひどいといってる時点でひどくないのだが(ほう))といわれたので、そういわれたら確かにそうかもしれない。
でも、今回始まった話ではないからだろうと思われる。

言葉の間違い程度の話ならいいが、それはどうかなーと思う使い方が
出てくる。別に言葉の使い方が悪いというのは、
何かある正しい使い方があって、それに乗っ取ってないというのではなく(則るか・・。)そういう言葉の使い方をするかーというのがよくあるからだ。

全く面白くて楽しいのだから改善を求めるわけではない(笑)
が、今回に限っては、方位磁針についてコンパスと呼ぶことについて、
先方(笑)が知らなかっただけであって、つまり、先方は、
コンパスはあの円かくやつであって、まさか方位磁針をコンパスと
呼ぶなんて知らなかった!というだけの話でしかない。

が、だが、信じてないというところに関していえば、
そのくらい僕は言葉は慎重であるべきだとすら思っている。
つまり、自分の言葉が何か誤解を招いたら、やっぱそれはイカンゾと
思うわけで、だが、それは本当にイカンのかと考えなきゃイケン。
と、同時に相手の言葉にもそれを求める傾向がある。
いわば、なんちゃって職業病である(なんちゃってというのは、別に作家でもなんでもないからだが、プログラマー的にいえば、言語は大切だといっておこうか(笑))

それで全く信じてないという発言はいささか軽率だったが、
そのダチもそうだけど、もちろん自分もなのだからタチがやや悪いが、
辞書的に何か確認しようとは全く思ってないのは事実。
これでおそらくダメージを受けたらしいが、別に言葉的なものが
好きというより、絵的なものが好きなやつだから、ってところを
強調したいのだけど、どうも否定だけされたって思ったみたいね。
全く人間とは難しいものだ(というほど、僕は深く考えてないのだが(笑))

コンパスといって「あのコンパス」だよといって通じるか通じないかは
あまり問題ではない。ただ、感情的なところで、
「え、おれってもしかして、方位磁針をコンパスって普通に呼んできたけど、
それって月極駐車場を「げっきょく」とよんで、勘違いしてたのと、
同じレベルの不確かさですか?」
と一瞬で反芻?したわけだ。という意味で、「間違い」を指摘されたから、
つまり、ダチにとっては、自信があった、つまりそれは、違うんではないかと、思ったのだろうが、そういわれたのだ。それも事実。

相手に対する敬意を払うからこそ、相手の自信へには自信をもって答える。
これが、「からっと」した人間関係(笑)であり、何か感情的にならず、
常に一定のペースであるとか、波がないのはおかしいというところから、
すごく人間らしい事件であると思える。

続きを読む

parafla

たまたま発見した。
http://www.geocities.jp/coa9999/index.html

FLASHを作成することができるソフト。なんとフリー。
FLASHは、FLASHMXだとかFLASHMAKERだとか色々あるみたいだけど、
全部有料なので、敬遠しがちなところ。

で、僕の感覚では、FLASHはアニメとかムービーを作るのが
面白いのだけど、それよりも、ブラウザ上で動的(これはHTMLが静的でCGIは動的であるという意味の動的ではなく、本当に動くという意味で)に
何か動かすには・・・・って探していたりする。
FLASHが妥当で、JAVAのアプレットとかもあるけど、重そうなのと、
手軽ではないから拒否。てかJAVA分からん。

それで、結局コーディングが問題だろうと思われる。
問題というのは、アクションスクリプトで何ができるか、
またはそれで自分がやりたいことができるか・・だが、
AS(アクションスクリプトの略)があればほとんどなんでもできるといっていいという感触を得た。

まず、ドラッグドロップできるかどうか結構調べたが、なんとかできそう。
で、がんがってみるとなんとかできる。
で、次のステップ。
問題は、入力したテキストを反映させることではなく、
そのテキストを動かすことである。

紙に文字を書くとき、普通書いた瞬間に紙に反映されているといえる。
ところが、プログラムというのは、当たり前なのだが、反映ということをしなければ、大抵は反映されない。それを自動でやってくれるという設定はあるが、その仕組みを理解していなければならない。

というどうでもいいことを書いてみたが、
つまり、書く前のものと、書いたものと、2つは最低用意することになる。
これはプログラムというものに興味がない人には、
全くうっとうしい世界でしかない(笑)が、興味があるとそこを突っ切って理解してしまうま。

おかげで、入力したものを表示するというのよりやや一段上の、
入力したものを表示したものをドラッグできるという状態に持ち込む。

さらに、深度という概念があるが、これは要は画面を複数用意できるということであり、同時表示が可能、絵を書く人ではレイヤーという概念になりそうだ。
この深度を利用すれば、例えば、紙のコピーができる。
つまり、付箋紙って束ねたやつつかって、書いてはどっかにはって、
というように使うが、それをそのまま再現できるってことになる。
書いたもとのものはいつもあり、そこからコピーをはりつけていく。
どうでもいいが、このコピーはほぼ無限であって、付箋紙のように
途切れることはない。そこはデジタルのいいところだろうけど、
まあどうでもいい。

ってか、出かけるとする。いかん。ポンポ痛いぞ。

仕事と働くの違い

む。検索ワードで、めざせ一万を入れられてしまうま。
誰だろう。まあいいか。

仕事と働くは違うというのは、こういうことになる。あまり言葉遊び的な要素はないのだが。
仕事は、事に仕えると書く。働くは、人が動くことだ。

働きすぎ、仕事しすぎは、同じような意味で使うが、
感覚的には、人が動くってところに事があって、そこで仕えるイメージだ。
が、でも実は、仕えるところに、人が動くような気がしてならない。

これは、もうちょい説明したほうがいいが、面倒なのでスルー(おぃ

仕事>働く、働く>仕事どちらの関係でも、全く問題ないような。
ただ、違うってところが大事かなと。

ある事があって、そこで人が動くから、会社っていう仕事供給装置で、
人が動けるわけ。だから会社員とは、お口をあんぐりあげて
「仕事」くれーといってる。そういうところで、仕事と働くの違いは意識されないことになるから、仕事が辛いだの、働くの面倒だのってことになる。

逆の場合。
人が動いているところに、何か事がある場合は、人が動くってのがまずある。
残念ながら、会社ではそれをしているものの、見えにくい。
だから、なんでこんな仕事をしているのか分からなくなることがでてくる。
でも、これは立場や役割の問題でもないと明言できる。
なぜなら、部長という立場では、部全体を見るから、細かい動きまでは
見えない。社長だと、経営の数字など、さらに大きな全体を見ることになる。
顔を見ているのは、役職ありの人間だけってことも普通に想像できる。


ここで接続。
本来の仕事というか、自分が仕事としたいこととか、
まあなんでもいいのだけど、それと今いってるところで。

人は働かないと生きられないのは、動かないと死ぬみたいなもので、
生きていても寝ているなら、あまり、あくまでもあまりだけど、
生きている意味はなさそうだ。

働くことから逃げられる人はいないだろう。
誰かのためにやるというよりも、こういうことをしたら、
面白いのではなかろうかというスタンスでこの点はオッケーちゃんとなる。
面白いのではなかろうかというのは、その通りでございましょうよと、
自分なりに肯定する必要がでてくる。

そうすると、動ける。実際に人間が動くのだ。
ここにある種の感動を覚える人は、おそらく僕と話が合うだろう。
感動を覚えない人は、まずは頭を冷やした方がいい(えらそう

そうやって動く。つまり働くってことになる。
自分のためにといっても、絶対に100%自分のためにやってる人は
おそらくいない。そう。言葉とは常に嘘つきでもあるわけだ。

それで、動けることが固まってきたら、はじめて仕事となる。

さて、こう考えていくと、仕事と働くの違いは、おそらく最初の皮切りにある。

会社なり、組織で多くの人々は仕事をしているようだ。リーマンが圧倒的に多いっすからね。そこでは、もう仕事がある。もちろん、何もしなきゃ、
仕事も任されないし、首だろうけど、まあ、ここはスルーしとく。
その仕事に対して働くわけで、非常に狭い世界の住人になる。
自分をある種の専門家と称する人は、その専門っぷりを自称する代わりに、
狭い人間ですよといっていると思われるかもしれないと疑った方がいい。
と同じくらい、自分の仕事が相対的に(社会に存在する仕事!と比べて)見えずに、絶対的に(自分の仕事である)見てしまうと、
そりゃ躓いたら、そこで終わりじゃないか。誰かの詩にあったか。

もっといってしまえば、
仕事=あることをやること。または報酬がもらえる作業。一点。それに仕えること。
に対して、
働く=人が動くこと。はたを楽にすること。多数。皮切りは飯がうまかったから、それを自分も創ってみたいと思うとかも普通にある。

みたいになる。なかなか説明が難しい。まだまだだな。


それで、仕事を絶対視することはないが、たくさんやったほうがいいような気がする。それは種まきさん理論であり、芽を出したいなら、やはり種を蒔くことが必要だからだ。さらに、土も耕さねばならない。
仕事をするというのが、人からいわれたことをするというのならば、
仕事をつくるというのが、働くということになるかもしれない。
うーん、いいぞ・・。

ということは、仕事をするのは大切だが、それは絶対視、それのみになりそうだ。そこにクリエイティブになものがあるから、仕事を創るのが楽しいわけ。
仕事をするのは、土を耕す(自分からではなく、人に言われて)のだが、
仕事を創るのは、土を耕すのでも、自分から耕すことになる。

種を蒔くのでも、同じことがいえる。受動と能動。消極と積極。月とすっぽん(?)

という意味で、こうなる。

仕事が面白くないのは、普通である。むしろ、その人の人間らしさを
全面に出した表現であり、感情だから、「あなた人間なのね」といえばいい話だ。
では仕事が面白いとはなんなのだろうか。
少しでも自分が創造した部分があれば、少しでも面白いと思える部分があれば、仕事は面白いのだろう。

それで、働くとはでは何か。
お金をもらえる、競争があるというところで、大きな違いはある。
ボランティアで、全く競争がないことをしても、それは働くとなるが、
仕事とはいわないといういわゆる一般的見解に対してだ。一般的見解ほどうっとうしいものはないが、まあ飲んでやる(何

働くというところで、お金の有無、競争の有無、は関係ない。
仕事という意味では、従事できる事があることが要求される。


大分ごちゃごちゃしてきたが非常にシンプルな結論がある。
つまり、自分が仕事と思っているようなことを、仕事とは思われないのは、
おそらくそう見えないだけの話だろう。全くもってシンプルだ。
でも、そいつをもうちょっとふんばると、あら不思議。仕事に見えると思われる。

おそらくこの感覚を理解できる人とできない人では、
人生に対する仕事観が僕とは異なることを意味する。
まあ、だからなんだってんだって感じっすけどね。


ところで、勝手に仕事と名づけてやった方がモチベーションあがるっすよ。
それはいいことだと思いますががが。

生き方

まぐろくって、味噌汁すすりながら、
麦茶を用意し、プログラミングする。

これが僕であると。

思い切りやってから後悔したいものっすね。

ワンチャンス思想に乗っ取り、気が向けばやりたい砲台。
気がむかなきゃ徹底的に考えてしまうま。

人間が生存してかつ環境保護をすることが意味があるのであって、
人間絶滅を唱えたら、保護はしないし、されないだろう。

前提という括弧書きが多すぎる人はどうも苦手だ。

実行をしないという結果からは、あらゆる言葉は言い訳になる。
これは事実である。ただ、それを許すのは自分でしかない。

意外に自分は3人くらいいるかもしれないから、
まああんま自分を大事にしないのも一興なりなり。


スヌーピーを愛する人に悪い人はいない・・・。

基本は無

カオス理論(確か数学らへんにあるけど、それとは無関係(笑))によれば、
世界は無であり、混沌であったと思われる。
これは、事実ではなく、想像である。想像なのでしまうま。

そこに意味という人間らしい思想を与えるのは、人間でしかない。
つまり、人は意味という言葉を使う瞬間、理性的に言葉を使っているものの、
一方で感情的に意味という言葉を発している。

それはいいとして、基本は無である。
だから、意味がある、ということを自分が意味を見出したことになる。
ので、意味あることしてるなーと思ったら、
それは自分がよくやったぞとかみ締めている。

この感覚はおそらく悲観性楽観主義といってみたいところだ。

ありがとうありがとう

ダチから本をもらった。カムサムニダだ。
著者にとりあえずメールを送る予定。まだ4ページくらいにしか眺めてないけど。

仕事の場の近くにギャラリーとかを発見。
やべえ・・。いきてええ。昼間にまさか右脳を刺激できるとはな!
これは意外だったぜ、べいべえ。
カフェは腐るほどある・・・。くっくっく。


もうちょっとがんがれば、フットワークが今まで生きてきた中で(!)
一番軽くなる気がする。
そう。昼休みに仕事とはかけ離れたことが出来ると・・・。
悪いけど、昼からの仕事が滅茶苦茶はかどること間違いなし・・・。

この切り替え最強だ。

よし、俺にありがとうだ。そして皆様にありがとうだ。
カムサムニダだ!

ぐは

SQLserverうまくインストールできんな・・。くそ。

というわけで、MySQLに変更。
こうなると、買った本が微妙に活きないが、まあいっしょ。

MySQLをDL、インスト完了。
クライアントツールとして、NaviCatを導入。
おお、さくっとテスト用テーブルを作成。

VB.NETを起動。MySQLにはODBC経由(つまりは、便利屋さん)でいけるらしい。
サンプル発見。ありがとふ。
http://www.ailight.jp/blog/papanvb/archive/2004/11/29/3252.aspx

インポートで30分迷ったわ。かっこわるいぜ・・。

無事接続確認。データ取得完了。
む・・・楽しくなってきやがる。くくく。

ブックカバー

角川文庫でやってるので。
最近は2冊で必ずもらえるやつがおおいっすね。

今までありそうでなかった、ブックカバープレゼント。
しかも選べるし、しおりつきらしい。

迷わずスヌーピーのブックカバーを選ぶ・・。かっこいい。
スヌーピーの漫画自体はすげー難しい気がする(講談社α文庫あたりに結構シリーズあった気が。)
皮肉もあるけど、内容が分からんのが多かったような(笑)

ま、それはいいとして、文庫は、
「時をかける少女」と「つきのふね」。
結構時間かけて選んだ。
時は、筒井氏が書いてるのね・・・。べっくりしたわ。
つきは、森絵都の作品なり。

文庫は持ち運び軽いからいいなあ。
やっぱデジタル読書はまだまだできんっすね。

さあ、スヌーピー早くコイ。

無声の戦争日記届く。うむ。いいぞ。

ん?

http://www.nagoya-cci.or.jp/kentei/kentei_boki.html

えーと、あれ。
窓口受付しないって赤字+ボールドっすか。

現金書留郵便?何。現金を直で送れって?まじっすか。え、まじで?
クレジットとかじゃないの。。。

なんで窓口じゃないんだ・・。まだ申し込みまだ1ヶ月あるけど・・。
謎だ・・。微妙に受付が、「中小企業・会員支援部」とかになっちょる。
なんだこの支援って。まあ、いいけど。

現金書留500円もするよ・・。最低。
ってことは、3級2040円なのに、うち4分の1が郵送料だなんて。
えー。

どうでもいいけど、申込方法もちっと詳しく書いて欲しいような。
「申込書・受験料を下記お問合せ先簿記検定試験係宛へご郵送下さい」
これが一番気になる。

一括でやるんじゃないのか。
例えばA受験会場に送ったのに、希望通らない場合って
B受験会場になったら、またお金やりとりするの面倒じゃないの?
いやあ・・・面倒じゃないのか。ん?

うーむ・・・。なんで前と違うか調べるのも面倒だな・・・。
まったく・・。

うお。

SQLserver2005評価版。
1GB近くある・・。まじでー。まあ、DLしていれちゃうわけですが。
180日間でたっぷり味わってやるわーっていうか、
半年も遊べるんすか。MySQLがその間に進化するはず。ぐふふ。

さあ、XPHomeだと、IISがないことにきづいた。
Webサーバなら何でもOKなんだろう?と、思いつつ。

簿記検定の申込書ゲット。あれ、これって直で会議所に出すんだっけ。
3級にリベンジ。高校生に負けちゃうよ・・。

社会人べき・べからず集

1.挨拶はするな(挨拶をするエネルギーを仕事に費やすべし)
2.エレベータでは昇りの際に自分より階下の階で降りる人がいようが、
入り口を死守しろ(無駄なエネルギーを使うな)
3.仕事はできるだけさぼれ(日本はまだまだ年齢で給与が決まっている!)
4.嫌いな人間は無視すべし。時にはいじめてもいい。
5.できないことはできないというべし。できることもできないというべし。(無駄な仕事をしないために)
6.酔っ払いながら仕事をすべし(酔拳作用で能率アップ
7.目標を立てるな(目標を立てると無駄な希望を未来に抱く。現実は何も変わらない)
8.発言をしない。ひたすら無関心を通すべし(存在感を消して仕事を振られないようにする)
9.嫌なことがあったら逃げる(仕事時間だろうとかまわない。
嫌なことがあったらすぐに職場を出よう。上司が迎えに来てくれるようになっている)
10.半年以内で辞めるべし(仕事は半年やれば全てが分かる。半年以上は全て無駄なため)


なんたらバトンとかやるんだったら、役に立たないんだから、
いっそのこと、こういう役に立たないこういうべき・べからず集を
創ればいいのになあ。

違う

飯を食おうとして違うと思った。

単に、楽しいことをやってないからではないか。
それがお前の本気かと。お前のレベルはそんなものかと。
ただそれだけのような気がする。

本当に全力で生きている人間に申し訳ないと一瞬でも思うか?
思ったら、それで負けだ。誰に。自分にだ。
思わなかったら、勝ちだ。自分に。

すげー面白いことをやったと思ったら、
実はそれは大した面白さじゃなくて(慣れた?)、
もっと面白いことをせねばと。
ある種の脅迫をかけられる。誰に?自分に。

もっとやっぞ。

自問自答

結局生きている意味って何なんだろうねえってところだ。
意味があるかないかが重要ではなく、それを知りたいとも思わないし、
むしろ意味を設定しなきゃ、それは考えて決めるということだけど、
そうしなきゃ意味はデフォルトではない。

思考というものの延長で、ぱっと決まってくる。そういうものだと。

それはおいておいて、じゃあ生きている意味って
なんなんすかねえと、問う。

本当にお前はそれでいいのかと問う。
さらに、何度も問う。頭が狂うくらいが丁度良い。普段何も考えてないから。

実力を出すときではないという負け惜しみが常に頭にある。
力が出せないをうまく表現したにすぎないその言葉。
絶対覆せない、自分をごまかすあらゆる言葉。

じゃあ何すりゃ満足なんだと聞いても、
分からないという。じゃ、何も出来ないというのが現実。

なのに、そこが見るべき現実だと思っているが、
どうも人々はそういうのは嫌いで、そこはみない。
それが現実だといっておきながら、甘いのである。自分に。
自分に甘い人間が一杯いりゃ、誰も育たんぞ。
なめんなよ・・・。

自分の正しさ(これはアメリカみたいな絶対正義風な正しさじゃない)というちっぽけなものをもっともっと確認してみたい。

ところで、たつをさんのブログで、
例えばブログで何か書いてそれに反響がある(5つのTBでもいい)と、
それがすごく世論であると思う人がいるかもしれんが、
それは誤りではにゃーですかねえというのがあった。
確かにその通り。でも、人は狭いところでしか生きられないのではなく、
生きにくいから、そっちを選ばない。

ほら、谷底にまっさかさまの幅30cmのところを歩きたいかね。
それよりも、2mのガードレールがあるところを歩くのが
安全ではないかね。

普通の人間なら安全をとって後者だ。

でも、上の条件に、誰も見たことのない花でもなんでもいい。
それがあったとする。ということは踏み入れてないような土地、
即ち幅30cmの向こうにあるのではと思うわけだ。

フグの毒を思い出してもらいたい。学校の教科書に載る話でもある。
フグの毒は最初から分かったのかと。そりゃ分からなかったのさ。
だから、フグを食っては毒っぽいもので死んでたのさ。
でも、それくらいうまかったから、今でも食っているのだろうと。

フグを食おうとしたものがいなければ、フグはうまくなかったと
感じられるようになることもなかったはず。まあ、フグ自体食べ物にならなかったといっていい。

だから、何かを試したい。これはダメなのかと。いいんではないのかと。
そして生きたい。だから生きるといいたい。

何かに挑戦していきたいもんだ。
攻めなければいけない。守りに入った若いやつほど、
攻撃的な年寄りより、かすんで見えるものはない。



甘い

全てが甘い。
ぬるいわ。

もちろん自分が。
ふははは。

右腕を上げるとだけで、つりそうになる・・。
操られるピエロじゃあるまいし・・・。いてーよ・・。


納得できぬものに対してはきっちり反抗しよう。
別に、和を乱したいのが第一義的ではない。
第二義的だ。第一義的には、納得できないだけだ。
自己満足で究極的に終わってもいいと考える。
というか、一歩目は自己満足だか分からん。
二歩目、三歩目と歩んでやっと自己満足だかどうかが分かる。
その最初の皮切りで芽をつむようなことはやめよう。

自分に言い訳、嘘、ごまかし、あらゆる不一致は、
違和感、直感的に違うとなって一応精神的なものとなって出てくる。

調子をこいてないか。調子にのってないか。
調子に乗ってるのを自覚できぬようでは、
おぬし何もできぬことぞ。

ワレゼンリヨクヲモッテ ユメニハゲマン

ランボー来た。

よし・・・ランボーにかぶれるとしよう。
ぐはは!

プログラマ主役型プロジェクトのススメ

大分寝かせてしまったが。

一言でいえば、がんがん突き上げれる自立したプログラマを目指すのはどう?って
ことになるかと。
対比として、従順なプログラマ(優等生プログラマとも称している、つまり相手を意識して相手の反応でよいものを演じるみたいなねえ。いやねえ(笑))をあげている。この逆が自立したプログラマ。うむ、完璧な要約。

プロってものはやりたいことで金を稼ぐって会話があって、
かっこええ・・・。しびれちまった。トム・ピーターズもびっくりだね。

すごい発見はなかったが、再確認という意味でよかった。
1年目に上司に言われたことがかなり占めていたりする・・・すげ・・・。


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ほう

今日たまたま新聞見てて目に付いたわ。中日やね。
http://d.hatena.ne.jp/discour/20060728

福井県の図書館で本を並べて撤去して苦情きたから戻したーって話らしい。

細かいことはどうでもいいのだけど(えぇ

ところで、図書館はオオヤケって名前の元に、そりゃ結構なルート?を通して、精査するなりして、本をえらぶだろうね。
で、当然、「ふさわしくない」もの、

田舎の駅とかだと「有害図書ポスト」ってあるよね・・・あれ見たときかなり見入ってしまったけど。


いわゆる有害図書(ゲームでも有害図書になるっぽいっすね)だから、
図書館には置かないから、上の事件はその延長と考えたらダメなんすかね。

多分、並べた時点で有害ではない、オオヤケにふさわしいものだったのに、
勝手にかしらないけど、リストを作ったのだろうけど、それで撤去して、
市民から苦情きて(なんで本なくなったの?とかでしょうな)、戻した。
って流れがまずいんだろうねえ。

リストを作ったのはどうも、男女共同参画推進委員って人なのか、
うーむ、流れを見るのが面倒だ(おぃ

とりあえず、焚書っていってもオーバーじゃない印象は受けた。
でも、図書館はどういう選書をしているか公にしているかは
僕は知らないので、結局プロセスの問題になるのかなと。

なんでそれが有害なんですか?ってそんなのには
いちいち答えられないような気もする。というか、そういう意味で、
図書館は不自由っすね。

とりあえずじっと見守るか・・。

なんでも屋はじめます

犬を相棒にしているのが良い。旅?で知り合ったダチを思い出す。

助手席に愛犬を乗せてドライブするのにあこがれるといってたが、
それに近い雰囲気をなぜか感じた。

なんでも屋・・・ええのう。


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本の話をしよう

ダチが大好き、いや好きな詩人。長田氏との対談風。
ちなみに、長田は「ながた」ではなく「おさだ」である。未だに読み間違えるわ・・。

巻末にブックチェックというのがでてきて、文中の本は全て「傍線」が引かれていて、そのリストのこと。ふむ・・・。

一番印象に残ったのは、
図書館の本に、図書カードってのがなくなったことについてかかれてて、
それがなくなったから、本を通してのつながりってのものが
消えたのかなーって、みたいなことを、あくまでもみたいなことだが、
を、長田氏が話しているところ。

ふむー。ふむー。確かにそうかも。
図書カードがある図書館作っただけでも面白そうだわ・・。

うっしゃ。ネタにストックっと。

あと、読書っていうと、スタイルを抜きにしていきなり「読書」だから
どうも敷居が高いみたいなこと・・・いや違うな。
自分の土俵ってところから、読書ってものに持っていくものが見えにくいのは
あんまよろしくないよねーって話かな。
「音楽」も一緒かもしれないけど・・・。CDだけで満足な人と、
ライブ行っても、かつどっかのファンになってという人と違いますからな。

それで、読書ってところでは、やはり自分と対話するみたいなことが書かれてて、うむうむ、全くその通りであると思ったり。


それはそうと、働く気が起きん。やばい。(笑)


おつかれ俺。


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ポッパー

ポパイではない。
POPFileというスパム振り分けソフト(多分正確には違うのかも)。

なんちゃらの理論で、かなり高確率でふりわけてくれる。
要は、学習するわけね。単語とかを・・。かしこい・・。
絵がオクトパスってのが気に入ってしまう。

メール受信した後に、振分け必要がなく、
メール受信と同時に「タグ」を件名に設定するから、
例えば、「[spam]ありがとうございました」とかになって、
そいつをspam文字列を判定してみにいくから、勝手に振り分けられる。
まあ、とにかく便利。

圧倒的にスパムメールが多いから、自分の必要なメールを
うまく振り分けられるようになれば、グッド。


それはいいとして、大阪遠征の収穫物が、ぼろぼろと。

まず、「なごやに暮らす」というミニコミ誌。
これは前書いたけど、まあ、こんなことしてる人もいるって感じで。

「SCHOP」ってインディーズ音楽かな、の冊子も発見。
こりゃ名古屋で創られているっぽいですな。うむ・・。

地下鉄駅に「bplatz press」(ビープラッツプレス)という0円紙(フリーペーパーという造語)があった。
大阪産業創造館が創っているらしい。
内容は、ビジネスネタかな。今回は販促特集。販促とはそのままで、
販売を促す、要は売り上げ上げるためってことっすかね。
こんなのあるんすね。さすが商い王国大阪。

イージー・ライダー

確かWANTEDというラジオで、サンボマスターかな。
が、映画について話してて、そこで出てきた。
イージー・ライダーというと、奥田民生の曲を思い出すが、あれはイージューだっけ。ま、いいや。

主人公は最後になぜか殺される。

なんで殺されるか。そもそも彼らの旅は何だったのか。
そこから問い始めることにしたい。

他者のレビューも見つつ、同感してしまったのは、
途中加わる弁護士の台詞だ。
アメリカって国は自由を証明するために殺人もするっていう台詞。
全くだ。

日本人的感覚では、自由のために殺人はあり得ないと思ってしまう。
いや、日本人的感覚じゃないな。僕の感覚か。

だが、日本も明治前くらいだと、普通に争いごとがあり、
闘っていたわけだ。でも、それは「自由」のためだったんだろうか。
多分違う。何か違うぞ。なんだろねえ。

殺人をしてまで成り立つ自由に意味があるのか。そもそもそれは自由なのか。


途中ヒッチハイカーを乗せ、立ち寄る村は、どうもヒッピー村というものらしい。あれは、受け入れられなかったらしい。
友好的かどうかがやや分かりづらいが、最後に相棒がなぜか追い出されるようなシーンがある。十字架でここまでだと、子供たちからも出てけというような・・・。ものがね。

アメリカ美化運動というのは、弁護士が語っていたことだが、
長髪はヒッピーを象徴する。自由を謳歌する。
彼らはその自由を求めるために旅を出たとすると、
そもそもそれを求めている時点で、少数派となる。

モーテルでなぜか宿泊を断られるように、祭りにバイクでついていって、
留置所に入れられるように、ヒッピー撲滅運動の一部か。


サンボマスターの番組では、そのほかに「俺たちに明日はない」か、
「明日に向かって撃て」という名前を挙げていたが、どちらも観た。
両方とも最後に殺されるという点で、強盗がいいとは言わないが、
「金を盗んで」「自由に暮らす」という思想(笑)はイージー・ライダーも、
最初の大麻の売買で金をゲットしているから、同じかもしれない。

だから、相棒の一人は、「金もある、自由だ」といったら、
「ダメだよ」といってるのだ。ふむ・・・。そして、最後に撃たれるのにつながる。


無性に社会に反抗したくなるときがある(笑)
夏といえば、蚊と暴走族と花火と浴衣だが、二番目の人々は、
行動で示している例だろう。

一人で暴走行為をするやつは「なかなかやるな」とは思うが、
うるさいっちゅうねん。ずっとやり続けろ。ポリが来たら逃げろ。
それを繰り返せ。行動で示せ。
俺は社会に反抗してるんだと。でも、死ぬなよ。
うるさいっちゅうねんくらいの怒りで済むまではいい。
人を巻き込むなよ。完結させろよ。誰か巻き込むなよ。
そんなカッコワルイやつになるなよと、一応書いておこう。

社会に反抗したくなるときってのは、
ルールというものに納得がいかない時だ。
反抗の意味はある。でも、反抗するなら、ルールを変えるまで、
納得がいくまで、やり続けろよと。
そういう気合い(でた!)がないなら、中途半端にやらんで欲しいものだ。
最もそんな気合入ってたら、「反抗」なんていうポーズはしないっすね。
くくく。


うーん、こもれび氏にはオススメだな。
一般ピーポーにはオススメできない(笑)
だって、面白くないと言われそうな。

別に名作とはいわないが、でも69年だから、30年軽くたっても
まだあるわけで。僕より年齢上だ。

あれ

クロールの息継ぎなしで25メートル走破できない。
やばい。

平泳ぎの足キックで、足がつりそうになるのは気のせいか。

40分?50分でもうダメっす。体力ねーな、おぃ・・。

盆踊り大会という名のイベントがあったので、ぶらりと。
平和というところで、原爆の写真展もやってたので、のぞく。
うむ。これぞ8月なり。二重被爆なんて言葉は僕は知らなかったよ。


オロナミンCを買って飲む。
なんで僕は生きているのかまた分からなくなりましたとさ。

展開

単にビラをつくっているだけだけど。

書きたいことがあったので書いておく。

燃えブームかなんか知らないけど、秋葉ってのがスポットライトを
浴びてるようだ。
それはいいとして、AKB48(エー・ケー・ビーフォーティーエイトと読む)という、例えば、ちぇきっ娘(良く知らない)、モーニング娘。(?)というような、いわばアイドルを目指すのか、アイドルなのか分からないが、
そういう女アイドルのユニットがある。

秋葉にあやかってというところだろうが、そうでもないのかな。
そこが気になる。だって、AKBって秋葉の意味らしいっすからね。

何かにあやかるなり、乗っかることはいいのだけど、
でも本当に乗っかるだけしか考えてないとそのまま終わっちゃうよね。
そういう刹那的(笑)に生きるのも悪くないけど、誰がプロデュースしているか知らないけど。


茨城県に昔の路線だったものをぶっ潰して、サイクリングロードにしたって
記事があった。すげー。ちなみに、岐阜の路面電車は廃止されているが、
レールはまだ存在しているので今後工事して撤去するらしいっす。
その茨城のサイクリングロードはいいなーと思って、こうあったらいいなというサイクリングロードを想像。

まず、ベンチなり休憩箇所が、そうだなあ。5kmごとに欲しいかも。
水飲み場もあればベスト。自販機があるのがいいかも。
10kmだと近いかもしれないけど、飲食ができる店があるとさらにいいな。
サイクリングロードマップなんてのはもう月並みだけど、
各休憩ポイントには、メッセージボードとかあるといいかも。
地元の人は普段は、歩く、自転車で走る、ランニングするなりして使って、
メッセージボードは昔でいう茶屋とかでの行き先の状況とかそういうのの交換みたいなイメージで。

贅沢をいえば、チャリ屋があるといい。
パンクとかに対処してくれたり、チューブとか売ってるといい。
そんな大きな店じゃなくて、夏場とか人ががーとくるときに
臨時で出してくれる形でよさそう。

たかがサイクリングロード。されどサイクリングロード。

さあ、ビラ続きやるべ。

ネタを。

日経のトップ囲み記事。ネットと文明ね。
お、またやってんのか。面白いのがある。

まず、薄れる感動・・・って記事。
これは、最初から興味を惹かれる。
写真と同じ景色が見たい、と記事は始まるが、どうも追体験がいいらしい。
僕の考えでは同じ場所にいってもその人なりの考えなり、感覚なり、
あらゆる「個!」からその景色なり、人なりと接するから、
同じ「体験」などは普通できないと思うが、どうもそういうのは「ふるい」らしい。くくく。古いわけがないんだが。あばよ、若者。
話題つくりで旅行ってのも、なんかマメだけど、すごく不器用に見える。
まあ、そんなことしてる人が意外に多かったりするかも。
なんのために旅行するのさ・・。ああいかん。ダチの話を思い出す。
てか、楽しめよーと、追体験希望者にはいっておこう。

さらに、知ってる知ってるという本当に理解したかということに対する話。
それは、別記事かどっかの、小学生に考えさせる問題を出したが、
ネットかなんかでぱくってコピペしたという話につながると思われる。
考えるとは何か。それは問うことなり。自分で疑問を作ることなり。
全てを疑えってくらい言わないと、おそらく考えない人は相対的に多くなったんだろうか。ま、ネットの弊害といえばそれまでだけど、
分かったつもりになるな、知ったかぶりになるなとは常に頭の片隅においておきたい言葉でもある。
もちろん、このブログ、知ったかぶりというふうにとらえてしまうものが読者諸賢にあれば、それはこのブログ全部記事を読みたまへ(笑)
まあ、ブログでのコメントからオンライン上の会話ってのは、
やっぱ一定の距離感と位置があるから、無理しないほうが得策。
もちろん、全部読めるわけがないと思って言うわけですが。(ニヤリ

次には、結婚式の演出の話。
今は新郎新婦が企画を会社の営業と一緒にして、盛り上げるそうだ。
別にこの仕事が悪いとはいわないが、上の流れから言うと、
というか記事はそういう流れなのだけど、でも演出して感動を求めるのは、
なんか違和感がある。僕みたいに「全て想定内」だと堀江氏の真似をしても、「冗談」でしかないのだが、どうも演出を企てると本当に「想定内」になる。
ここで感動、ここで驚き・・・そんな風に考えるわけだ。
じゃあ例えば、感動が起きなかったら?驚かなかったら?
そんな予想外のことは考えないって?いや、そうではなくて、
感動を狙って感動がおきなかったらそれは、なんで感動が起きないの?とか、
変なことを考えそうだ。

例えば、演劇で、舞台の上で役者は演じるわけだが、
あれはじゃあ感動を求めているのか。笑いでもいいけど。涙でもいいけど。怒りでもいいし。
そうとは思えない。たとえ狙っても、演じるのと感動を狙うのは、
似てそうで全く違う領域に思える。
そうだなあ・・・。ある世界を作り出すときに、演じれば創れるけど、
感動を狙うと何か世界がすごく歪んだものになるというか。
うん、結構がんばった表現だ。

感動マーケティングという言葉が目に付いた本があったが、
それもまたどうなのかと思う。別に感動が悪いわけじゃないが。
これは「ありがとうの安売り」って言葉につながる。
まあ、何も言わぬ店員より言う店員の方が感じはいいが、これは話が違う。
普通の人付き合いで何かあるときに、「ありがとう」といえるかどうかか。
うむ、これだ。

小説や映画で、最初に泣けるだの笑えるだのとかかれると、
「本当にそうなのか」と思ってしまうま。
だからといって何もコピーがないと、それに対する敷居が高い。
どうしようもない気もするが、現状を確認だけはしたいもんだ。
泣ける小説って言われてるのを買って泣いてどーすんだと。
それで泣くのはさ、あくまで自分の感覚で泣くわけじゃないか。
そうやって感じるならいいけど、どうもそうじゃなくて、
泣けるから、自分も泣かなきゃとか、あほくさい、文字通りだが、
それこそ感動を演じている(笑)わけで、より「舞台の上」以上に「舞台」であると、皮肉ってしまうか。

そういう人に限って、お互いに思ったことは言わないんだろう。本のね。
ここで泣いたってのがずれている方が面白いじゃないか。
全くずれてたら、それはそれで悲しいこともあるが(笑)

最後にトドメで、プレスブログ。
これはドリコムブロガーご存知のように、ブログ編集中に上に今広告がでている。
これ気になったからサイトもみたけど、企業の宣伝塔になるだけだ。
でも、面白いことに、広告と書いちゃいけないらしい。まあ当たり前かな。
ブログ記事で皆ほめるわけだ。会員数14万人もいるらしい。
思うに、ブログの宣伝とは、批判も含めた賞賛であらねばならない。
もちろん、ブログ同士の交流は、緩やかな肯定で結ばれた方がいいけど、
宣伝だからなあ。ものの見方が偏るのは危険だと。

まあ、直感的にこのプレスブログはうまくいくのかすごく気になるので
見守りたいところだ。
何か加えることで全くダメにもなるし、逆にすげー面白くなることもある。
さあ、どうなんでしょうね。

で、珍しく苦言。
記事の最後の一文はおそらくいらない。
個人的に問いかける文体は嫌いだ。
あなたはどう考えますか。っていうやつだ。
なんで嫌いかというと、見ている人を全員「あなた」でくくってしまうま。
おそらく考えをコメントしてくれるように、促しているんだろうけど、
まあ、それはそれで仕方ない言葉でもあるけど。

で、知ったかぶりというところで、ああ自分も知ったかぶりだったと
思い込んだらアウトで。記事を批判的に(笑)読まねばならぬ。
まあ、読まなくてもいいんだけど(どっちやねん

次に回すか。

言葉を慎重に。

いつからか知らないけど言葉にすごく敏感になるようになった。
別にあらゆる言葉に「何か」をこめんといかんというわけじゃない。
ただ、自分は気をつけているポーズをとるのもナンセンスだが、
まあ、それもどうでもいいわ。

1.5人称という言葉がある。うまい言葉を作るものだ。
要は、自分であるか相手かぼやけてるってことだ。主語がね。
日本語の1人称省略でも、2人称省略でもなく、1.5人称(笑)

僕もたまーにつかっている気がするが、多用すると、
おそらく混乱する。主語を逆に使うと、会話がガチガチになる。
まあ、それはそれで一興。

?したよね。というのが、相手の行動への確認ではなく、
自分の行動の確認であるという場合がある。こういうやつだ。
関西弁で、?したやんか。というのがあるが、
あれの違和感が慣れで取れてきているものの、100%崩れない。
おそらく移住せねばダメだろう(笑)
といってるものの、相手のことを「自分」といってたやつが、
うざかったので、その言葉は使わないことにしてると大分前に書いたが、
まあ多分使ってないだろう。オーケーオーケー。

最近ダチとかなり問題になった言葉をいくつかあげておく。
問題となったというのは説明するのは面倒だが(おぃ
あえていうなら、「意味を取り違え共通理解できてない部分が多い!」ものになる。
それは、「実験」「責任」「絶対」「絵の説明手法」くらいかな。
って、多いな。

まず、実験って言葉は僕は肯定的に使っていたが、ダチはそうではないようだ。
責任は、一般常識を語られた。まあ、そういう意味では僕がオカシイだけなのだが。
絶対については、かなり難しいことになる。僕の考えでは、
絶対などない。だから一神教を信じることはできても、それが
絶対だとは思わんだろう。まあ日本人っぽい考え方かもしれん。

絵の説明手法とは、これも結構くる。
例えば、自分の土俵やらに何かを持ち込むことは「善」とはいわないが、
かなりやりやすいし、楽しめる方法だ。
でも、その瞬間、「表現の問題」でもかなりガーガーいったような(笑)
すくえない部分が出てくる。それは考慮すべきだろう。というか
頭の片隅に意識しておくってレベルだけど。
言葉にしたとたん消えるものがある。消えたものを補って話すと、
じゃあ言葉自体の意味が逆に薄れる。全く。かなりややこしいところだ。

絵でも同様だ。
別にクリエーターに文句をつけるわけではないし、その話ではないが。
むしろ、創造して、新しく価値を付け加えるものだと思ってる。
が、しかし、その表現で切り取った残りはポロポロ落ちているのかもしれない。
必ずすくえない、というわけじゃないが、逆に全部すくっているのかと、そう問うわけだ。

自分の表現したいものを100%表すことが多分無理なように、
おそらくスクエテナイというところだ。

ダチの動向

最近、このブログを読んでいて、
ブログで見たという発言をせずして、知っているという発言が
ダチから出ることが何度かあった。

小心者かつ、シャイな僕は、ここで書かれていることを
そう「声」を大にして欲しくないし(ん?)、
そっとそれは読者の心にしまっておくものだという暗黙の了解(んなのあるんすか)があるとおもってた。
もちろん冗談だが。

まあ、驚いたのは事実だが、そう頻繁にチェックするブログでもあるまい。
独り言のせいで、おかげで一時期整理したこともあるが(ノンカテゴリを削除した程度・・・す)3000エントリに進む。

質より量で、そのあとに量より質という考えが好きだ。
それに乗っ取れば、まあ1万エントリくらいは、本を1万冊読むよりは
簡単にできそうだ。

エントリを稼ごうとか、そういう意図で書いたつもりは多分ないし(多分ってのが大事)、
アクセスを稼ごうとして何かしたことは多分ないし(あーこりゃ嘘だ、あるわ。もうないけどね)。

まあ、どうでもいいわ、そんなことは。

あるダチの動向としては、仕事を辞めようとしているが、
意外に持っているという状態がある。まあ、がんがれとしかいえない。
ところがあるダチは、辞めるということをいってしまうま。
まあ、それも一興。僕は慎重派なので、意外に思い切ったことはできていないという自信があったりする。
仮に僕を行動派だと思っていたらおそらくそのまま言い返すだろう。
「え?これで行動派なら、俺の知ってるやつは全員行動はじゃん」と。
さらに
「行動派だとかいうのは一面でしかない。知った口聞くな!」
まさに、逆ギレである。全く小さい人間である(笑)

別のダチは、中国で仕事をしている。再開が楽しみだ。

別のダチは、修行期間だといって、仕事を続けている。

別のダチは、何かに迷いながらがんがっている。まあがんがれ。

別のダチは・・・もういいだろう。

僕の周りの人間としている人間は、日々ふんばって生きていると思われる。
その大小はともかく(ぇ)、自分に嘘をついている人間はいないと自負する。
人は宝だとはいうが、何。違う。宝なんぞ安いわ。人以上に貴重なものはない。もちろん、言いすぎかもしれないって時もあるが。

ありがとう。そして、またありがとう。
さらにありがとう。

僕は生きながらも生かされているのだと。
そう思ったら人生はとても、柔らかくて、とても居心地良いものだと思う。

ふわふわとしてとても温かいものなのですね。

マンキツ

マンキツで何か食べるようになったら(今までは封印していたのだが)、
結構うまいし、はまる。くくく。

東京トイボックスって漫画を見つける。
おお。おもしれー。ゲーム業界の話。
仕事って何か考えちゃうなあ。夢を追うとかそういうのはあんまりしみこまず。帯にあるメッセージはどうでもいいってことで。

この仕事は譲れねーという想いが必要。
本当に必要ならはいつくばってもなんでもやるんだろうな。
ってことは、どうだろう(笑)
プライドと他の仕事と、牛乳に相談レベルかもしれぬ。

星はみえない。見たいのだが。

猿ロックも気になったので見る。うむ、面白いやね。
ロックは、エル・オー・シー・ケーのロックですな。鍵師。


目を閉じて深呼吸をしよう。
現在位置は適度な感覚で確認しよう。

カムイ伝21巻読破・・・が、第一部らしい。ぶ。
第三部まであるらしい。だめだ。多分二部以降ないぞ・・・。
ギブアップ。


不安とはうまく付き合わねばならん。
だが、そんなことをいってても、不安はなくならないわけで。

言葉には出さないが、非常に不安である。
誰もこの不安なんぞ分からぬとは全く思わないレベルの不安だが、
だが、どうだろう。

自分の不安を言葉にして伝えられる人間がたまに羨ましいと思う時が
ない・・といったら、自分に正直ではない。つまり、あるわけだ。
でも、そうやって不安をいっても、不安を助長している人もいるし、
自分の不安さをPRして、自分がいかに不安さ生きているかを
して何か目立とうとしているのも、滑稽だ。
それは非常にいやだ。だから、強がりというものにカテゴライズされるわが身(笑)

余裕がないところで笑うという、ジャパニーズスマイルみたいなことを
やるのがいいと思ってる。もちろんできないことはできないというのだが。
そのクールさ(できないことをできないというのはクールでもなんでもない。検討しますといって出来ぬものを中途半端にやる人間が悪だと、伝説の教師のまっちゃんの言葉をそのままパクル(笑))は、
なぜか「今の若者は根性がない」というベクトルに進むようだ。
全くナンセンスである。コミュニケーションが取れていないのは、誰なんでしょうな。

年齢が上ということは、ぐっと何かを飲み込んで、さらにアドバイスも
相当高度なレベルで出来ることを僕は要求している。
これは非常に無理なものだと。そりゃ大人など誰でも同じではないし、
誰でも「話が分かる」人間ではないのは当たり前だ。
でも、あえて要求する。そんなことを年下に言われて、恥ずかしくないかと。
恥ずかしくないならそれでOK。その程度の人間だと思ってしまうま。
別に思われてもいいのだ。そうやって生きるというのがただそこにあるのだから。

不安を解消といっても完全にではないが、する方法はある。
ブログには結構書いてきたが、また整理すると、2つある。だがいつも同じ方法しか取らない。
1つは、真正面からぶつかる方法。もう1つは徹底的に逃げるである。
後者は短期的な解決ができるが、実はあとから利子がついて余計困るということを考えてやるべきことだ。というかそれを考えたら、普通前者になると思うのだが。

今回も前者である。
ただ今回に限っては意識的に、「パフォーム」していこうと思う。
別にわざと何かをするわけではないが、自分に言い聞かすためにも、
オーバーにやっていこうと思う。それがゴーイングマイウェイでもある。

ところで、最近思うのは、自分でしか分からないように書いてるものに、
コメントがつくのが結構怖かったりする(笑)
別にコメントはいいけど、分かってしまうのかとちょっと怖いというレベルだ。
まあ、よく知ってる人しかコメントしないからいいんだけど。

にしても、スパムはキレーに消えましたな。
認証システム最高だ。

演劇と空間

と書いておいて全く関係ない内容。

前、新書でそんなネタを見たから。
いや違うか。まあいいか。空間ってものが舞台とどうリンクしてるかだったかな。なんか違うな。まあいいや。

全身が痛いっす。おかげでバクスイ。

演じきるということが出来る時は、
いわゆるペルソナという仮面をかぶって、人に対応することが
出来る時だ。(ほう

演じきれないということが出来ない時は、
いわゆるペルソナという仮面をかぶって、人に対応することが
出来ない時だ。(お、繰り返し風

もちろん、演じるといってるのは、普段の生活での話だ。

この人には本音を、この人には建前をという理屈を、
学生時分に高らかに!話していたやつがいたが、
何か現実はダメで、夢想は、いや空想だ!はキレイだみたいなことを
言っている感じがして嫌いだった。
もちろん、誰にも本音なんて僕は言ってない。そりゃ当たり前だろうと。
ただその理屈で、好きなことを皆したら仕事にならんというのは、
違う。好きなことにも嫌なことはあるんだ。相対的な密度の問題だからだ。

本音とか建前とかいってる時点で、あんた、自分に正直に生きてないよと。
だからつまらんやつになってしまった。もちろん僕からみたらだが。

そういうつまらんやつが、薄いから大した力も使わずに、
付き合えるのかもしれない。でも、これが「ゆるい」関係ではなかったりする。ゆるい関係とは、いつでも出会えるという意味では、全然ゆるくないような。

「ゆるい」関係というのは、結構レベルが高い。
まず、本音と建前などとは1回理解したレベルではなく、何度も痛感している人同士ではないとできない。

さらに「受け入れる」ということができている。人を受け入れるとは、
好き嫌いで、小学生(には悪い!)みたいに「なんとかちゃんは嫌いだからダメ」というようなことを言ってない人。いやレベル低すぎるな。
そうじゃなくて、「相手の話を聞く」ことができる人だろうな。

そして肝心なのが、お互いにそれを頭の片隅で意識しているというところ。
なーに、100人くらい人に会えば、好きなやつ嫌いなやつができちゃうって。旅人は八方美人というよりむしろ、偏屈な思考があったほうが面白いと思うが、旅は人を成長させてしまうま。
だから、旅をした人間は、多分、コミュニケーション能力が総じて高いといってしまえるが、旅人はこの言葉は好まないだろうなあ。

旅は景色の出会いだけじゃなく、やっぱ醍醐味は、人との出会いだと
今では一応確定できる。今まで旅をしてきた中で、
ずっと頭にいる人がいるし、連絡が途絶えても、僕の頭や心に出てくる人はいる。

出会いを大切にできるかどうかは、人スキルを試されるところだけど、
まあ、そんなの意識しなくても、何年か生きていれば分かってくるんじゃなかろうかと。

さあ、もう一寝入りするか(えぇ
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