ReadMasterの軌跡

面白いことを仕掛ける。仕事を作る。ビジネスを作る。そんな日々から出てくるアウトプット蓄積場。

2006年03月

ちっと近況を

最近メルマガも放置プレー気味で、
まあ楽しみにしているファンには申し訳ないですが(ほう
まあ、そんな感じです。

もうちょっとで、視点を得られるから、
そいつで相乗効果で仕事から文章に活かせそう。

まあ、視点を得るってのは滅茶苦茶楽しいから、いいし、
文章を最近書いてないのはいかん。

今週はダチとよく電話で話したし、先週は飲み会がありよく話したし、
まあ最近実際に会ってない人には会いたいところ。

前傾ってのは、要は仕事が進まなければそれ相応にふんばれと、
いわゆる頭に汗をかかないなら、額に汗しろとそういうやつですな。
それでも結果がでなきゃ、去るか。はたまた別の問題か。

全てに原因があるとか、全てに理由があるとか。
そういうのはどうも好かないけど(こういうことをいう人は、大抵自分の理解を超えて
使っているため説得力がない!)、
とにかく、前は進まなきゃいけない。
いや、進みたいだけで、実際に目の前の仕事ではなくてもいいのはもうその通り。
つまり、目の前の仕事を終わらせなくても終わらせても一緒ということだ。
何が一緒か?

それは、非常にシンプルで自分は自分であるということ。
そして、僕自身でこだわるところはこだわっていく。

仕事って無機質だけど、仕事する人によって全く違うのはなぜかって
思うことはある。それは単純にその人の差異だと思う。
だから、仕事ができる人できない人って話がでてくるわけさ。

仕事は分かったと。
じゃあ、お前は今何してるかって?

1年で得たものは大きいか小さいか。
多分大きい。それは絶対量は少ないが、相対的にデカイという意味で。
とりあえずやってみるってのは、自分のやりたいことに応用すればいい。

とりあえずやるって、消極的な意味合いでもいいし、
積極的にいってもいい。その人次第だ。

さあ、明日で1年。
やっぞやっぞ。

ぐはは

頭いってー。
顔にでないタイプなので、どうも頑丈と思われるらしい。

とは思わないけど(笑)、
っていうか、頭いたいっちゅーねん。

ポカリっぽいドリンク持参してふんばってるのじゃー。

何。

成果がでてない。スケジュール遅延してるから当然だと?

くそ・・・。何もいえねー。

僕を動機付け、そしてベクトルが変な方向に行かないのは、
やっぱ休みは最高って考えがあるからだろうか。

んなこと、どーでもいいがんす。
頭いてーよ。くそ!

前傾

前傾を保つ。

別に命(タマ)とられるわけじゃない。
さあ、がんがん前に出よう。

そしてその先には、自分で決めたものがきっちりあるわけで。

ぐへ

春の影響か。

色々な動きが出てくる予感。
自分もそれに乗じて!とは思わないが、動きがある。

ダチと電話で長く話して、軽く今月は携帯代高そうだ。
まあ、価値ある話なので全然OKだ。

語るというか、まあ語りだけど、よー語るねえというか、
自分がそうなのかもしれないけど、一杯いるねえ。面白い人が(笑)

こういう環境がじわじわ整ってきちゃって、
結局何かやらざるをえない状況になっていくんだろうなあって。
それは良い意味で。

だって、目の前にバナナあったら絶対食べるでしょう(謎

それと同じですよ、きっと。

パワーありあまってるなら、それを使えと。

そういうことですな。

飯を予約して炊くかな・・・。風呂入ってさあ、ねるか。

ああ、今週滅茶苦茶毎日が充実してるな!もう!

演劇を。

メガチカのドラマリーディング最終。
気付いたら6回終わってましたねえ。

刈馬さんのコメントで、経済的に厳しいってあったんですけど、
そうだろうなーと思いましたね。

僕なんて2000円券買ったので、一回あたり300円ちょっとで見ちゃったことになります。
安すぎですな。

おそらく試験的な意味合いからってことで安くしたんでしょうけど、
まあ、観客としては全体を見たら非常に面白かったので、ありがとうという感じです(笑)


一時期このブログで「表現者!」なんて、大分かましてましたけど、
やっぱり表現だなーと思っちゃいますね。結局のところですけど。そこに行き付いちゃう。

昨日の飲み会の話じゃないですけどね、考えるってところに結局行き着くように、
そこになっちゃいますね。

役者はやっぱ表現してるし、さらに劇作家も音響も舞台衣装も、全部そうだし。

映画もそうですしね。舞台と映画は違うというか、別物と一応考えてますけどね。
音楽のCDとライブみたいな関係でしょうかね。別にどちらが悪いっていうよりも、
まず五感をフルで使える観劇か、ライブかが楽しいですよね、やっぱり。
といって、CDや映画は悪いともいえませんしね。
媒体の話ですね。まあいいや(おぃ

絵描き、芸術家という人も、表現者ですねえ。
写真もそうですね。アラスカでの写真を一杯とりまくった星野道夫氏という人もいますけど、
あの人なんてまさに写真で表現していたんだなあと。

で、問題は、「アーティスト」だから表現しているかというと、多分違っていて、
「表現したい」から「アーティスト」と総称されるだけなんだろうなあと。

それで飯が食えるかどうかはそれこそ、未知ですけど、
やってみんとわからんねーというのはどこの話でもあるわけですな。
それこそ、一般企業で自分が通用するかなんて分からんもんですしね。
仕事は表現なんですけど、これは結構説明が必要なところかなあと。
同期に説明したら、多分3%くらいしか理解されなかった感じ(笑)

例えば自分がこういう仕事をしていて、こういう人々に役立っていますよと、
嘘じゃダメですけど、イメージでもいいから、大体の感覚があれば、
それってやっぱ仕事を通じて表現して、結果的に表現者になっていると僕は考えるわけです。
仕事は報酬と結びつくが、芸術的なものはそうじゃないというのは、
もう大分言い尽くされた議論かなーとは思いますが、
やはりここでも、かなりごちゃごちゃしてて、あらゆる要素が一緒になってるだけだなと。

働くと仕事をするは、多分違っていて、
働いていもお金がもらえないのは、仕事じゃない可能性がありますが、
仕事をしてお金がもらえないのは、仕事じゃないという、滅茶苦茶分からない説明をしてみました。

とりあえず、働くとか仕事って言葉はどこかにおいておいて。

自分がこうしたい、こういう気持ちを表したい、これはこういうものなんだよって、
そういうことを表す(現す)のって楽しくないですか。って、ところから
始まると思うんです。
で、楽しくにゃーという人は結構少ないと勝手に思ってますけど、
楽しくない人もいるんでしょうかね。いやいや面白いよーとは思いますけどね。

それって才能とか力とか、科学的な証明とか、どうでもよくて、
その人のレベルで成長するなり、変化するなり、表現するってのが、
カッコイイなあと。というか、そうじゃないと「等身大」の自分、つまり、
自分を表現することは絶対できないなと思うからなんですけどね。

偽った自分を出しても意味がないというか。
才能がないなら、ないなりにやる。あるなら、あるなりにやる。
これって言葉としては嫌なんですけど、でもそれでやるしかないってのは
現実の話なんでOKとしておきますか。

で、表現して少しずつ変えていけばいいし、ダメなら止めればいいし。

ラジオなんかで、歌手とか作詞した人が、音楽を作るときは、
よくメロディーが上からふってくるとか、湧いてくるとかいいますけど、
あれは絶対に「表現したいんだ」という思いがあるからで、
そういう意識がなきゃ絶対湧いてこないですよね。

それは僕でいえば、ブログのネタを探しているというか、
ネタというと軽い響きがありますけど、話題ですね。
自分の切り口は完全なオリジナルなんて口が裂けてもいいませんし、
そんなことはほとんどなくて、感じたこと考えたことが元なので、
そいつをいかに表現するかって形ですね。

だから、表現したいんだって意識はやっぱりあって、
こいつを書いていったら、絶対面白いブログになるんだろうという
妙な自信はあって、今こんなこと書いてるわけですな。

視点ってのは、上っ面舐めただけじゃ絶対出てこないですからねえ。
考え方っていってもいいですしね。

おっと、それでメガチカですが、
今後も楽しませて頂きます。いやあ、ありがとうございます。
なんか、やっぱりいろいろなことに挑戦している人をみると元気でますね。普通に。

まよなかのじかん 公開録音へ

ラジオを聴いてて、あら、今日じゃないかと気付き、調べる。
ふむ、栄にヴィレヴァンなんてあったのね。全く知らず。

店内を物色してたら、岡本太郎の本とか、奥山・・ひでお?の本とか、
妙に気になって欲しかったな。またヴィレバンいって買うかな。

で、ご存知のよーに、ヴィレヴァンでやるのはいいけど、
滅茶苦茶狭いからどこでやるのかなーと思ったら、
2Fがあって、そこの1Fから2Fへあがる階段の全く広いとはいえないスペースで(いや、ホントですしねえ)で、
田野崎さんと神田さんが公開録音を開始。

意外に短く、個人的にはもっと長くてもいいなーと。
録音だから大分編集すると思い気やそうでもないんですかね。

田野崎さんは歌を2曲、その間に神田さんがホントに絵を描いてた。すげー。
絵は完成はしてないけれど、イメージを絵にしているってのを間近にして、
ふむ・・・これが歌と音楽のコラボレーション、もしくはポエトリーリーディングかと、
妙に納得しちゃいました。

「自分」って歌を生で聴いて、いいなーと思ったので、自分が入ったアルバム「結び音」をゲット。

公開トークの中で、田野崎さん自身が、地元から東京にきて、
やっていけるかどうかみたいな不安があった話をしていて(確か・・・)、
そこから、神田さんの話で、人とどこで出会えるか分からないし、
歌を歌っていて、そして絵を描いていたから、二人が出会った。
それって確かにすごいことだと、再認識。

結局、今の時代生きてくには、そういう人と出会うことを純粋に楽しめないと、
ダメというか、それが楽しいもんだと思いますね。

田野崎さんは、歌、もしくは音楽、または詩で、表現し、
神田さんは、手描きで表現する。
それこそアーティストだと。自分の道具を磨いてそこで勝負する。
勝負ってのは決して他人と競うというよりも(それも大事ですけどね)、自分と、
もっといえば、自分の表現できるものとの葛藤みたいなものですかね。
あと、それが聴く・見る人に伝わるかっていう勝負ですかね。

JAZZピアニストの上原ひろみさんでしたか、彼女の言葉をちらっとここにも書きましたけど、
自分の表現をつまり、音楽になりますが、それを聴いてくれるワンチャンスは欲しいって
言ってて。
それは、面白い考えで、僕のそれがいいなあと思ったものです。

別に好き嫌いの話でもなくて、それがいいかなーて思うかどうかですけど、
そのためには一度足を運んで聴いたりするチャンスをくれってことでしょうね。多分。

僕は文章でえんやこらとやっていきたいものです。
文章のパワーというのは、やはり結構なもので、恐ろしいパワーがあるからこそ、
きっちり表現していきたいところです。
そのために、ふんばっていかなきゃいけない時期かなと妙に思いつつあります。

とりあえず、計画通り、自分はここのブロガーであると(笑)
書き込みしてくれた神田さんに渡してみました。
どこでどうつながるか分からんものですな。

僕はラジオ聴いてかけつけるタイプじゃあないっすよと、思ってたりしましたけど、
妙にかけつけたくなって行ったって感じですね。
そういう衝動は結果的に、すごく良かったなあと。

お二人はとても素敵な方でしたし、生で歌も絵も見れましたし、
ああ、ラジオの声と顔が一致するってのはかなり重要です(笑)
サインもありがとうございます。大切に保管しておきます。

ヴィレヴァンの皆様、FMAのスタッフの皆様、そして田野崎さんと神田さん、
お疲れさまでした。

機会があればまた参加させて頂きます。

っと、やはり組み合わせ(ここではコラボレーションを指しますが)は
楽しいなあと。どんどん組み合わせたりしていくのは、
発想法かなんかでもあったような気がしますけど、
やはり発想とかじゃなくて、それが目に見えるもので創造物として出てくるのは
非常に刺激的ですねえ。

listening to 「自分」(田野崎 文)

まよなかのじかん ブログはこちらへ。

会社を辞めずに自分の店を持つ 週末店主

まさに自分にぴったりなものか。
大分イメージを固まらせてくれたかも。

実際の週末店主という人を例にして説明してくれてるから非常に分かりやすい。
安易に書いてあるからといってそれは簡単なことではないってのは、注意する必要あるかも。

ちゃんと、引き際も書いてある。本業あればこその週末店主ともあって、
週末店主で雰囲気味わってダメだなーとおもったら、引くのも良いと。
うん、そこらへんおさえてあるかどうかで本の価値は変わりそうだ。

とりあえず、週末店主ってスタイルはこれから多くなりそうですね。
ますます、会社の仕事ということを考えていくキッカケになりそーですわ。

結構オススメです。


会社を辞めずに自分の店を持つ 週末店主会社を辞めずに自分の店を持つ 週末店主
柏木 珠希

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うむむ

同期と飲み会。
幹事実行。うむ、名簿使って会費集めたの初めてなんですが、どういうことですか(笑)
それくらい人が来た。珍しいですわ。

で、まあよくやるなあと。あ、自分への突っ込みですけどね。
飲み会やろうといったのは自分で、皆参加してくれて、結構楽しんでくれたようで、
うむ、満足じゃあと。

ただ唯一というか、語りに夢中で、時間を忘れてしまったこと。
まだまだ青いですな。まあ、それが楽しいのでもありますがね。

で、話としては、とりあえず、誉められたというか、
こう、僕が資質があるって言われて、単純に嬉しかったなあと。

僕は犬なんで、誉めてくれれば尻尾ふっちゃいますしねえ。
ま、でも相手がしょぼい(!)と誉めてもその「誉め言葉」を消化・咀嚼できてないから、
やっぱ「扱いきれてない言葉」となって、伝わらないですよねえ。

大分前に、やっぱ考えることじゃないですかーみたいなことをかいて、
それで、うんうん、やっぱ考えたもの勝ちだよねーって。
能力とかって言葉は嫌いで、努力って言葉もあんまりですけど、
やっていってどうしていくかってすごく単純だなあって。

僕って頭で考える方だから、意識して動けといってるわけですよ。あ、自分にですよ。
そこらへん考えていくと、単にやらないならやらないのは、
いろいろ理由つけたりするんだけど、でも「結局自分のことですわねえ」ってなるんで、
結局試されるんですよね。自分が自分で自分のことを。お、この流れいいぞ。

で、話としては、
考える力ってのがあるかないか、まあ考えるかどうかの話になって、
そこらで一応終わりましたけど。

やっぱ、そうだなあって。久しぶりにそのネタ話したかなあと。

また良い出会いがありましたわ。素晴らしい

普通にテンションあがるわ。いけるいける。
テンションあげっぞ。

って、まずは部屋の掃除か・・・。現実は爆発だ!(岡本太郎氏の名言を局変(笑)

単に壊れたい時に言うべきせりふかあ・・。

意外な客観視

同期に良い意味で「腹が読めないやつ」といわれ、
どう考えてもその言葉を「良い意味」で取れるのかよ・・・とその場は
軽く突っ込みながらも、やはり腑に落ちてません(笑)

同期曰く、
「自分の意見を絶対持ってて、人の話は聞くし、それで受け入れてくれるけど、
それはそれで自分の考えは絶対通す」
って、ことをいってた気がします。

いや、そこまで突貫的な?考えはないんですけど、まあいいでしょう(おぃ

腹が読めないとは、相手が何を考えている意外でうまい良い意味がでてこないですな。
相手の思考とか気持ちが読みづらいとか。それくらいですねえ。

で、読めないならそんな言葉出てこないわけないので、
これは裏をとって、同期は本音をぼろっといってしまったんでしょう(笑)
つまり、僕の考えは読めないけど、良い意味でとフォロったというわけです。

まあ、どうでもいいっちゃどうでもいいですが、
そういうこと結構、とくに些細なことであるほど、気になってシマウマでございます。

神経図太いとは言われたことないっすね。
図々しいとは言われたことあるなあ。
でも、繊細とも言われたことある。

ほーら、やっぱり。
人の評価なんぞ、やはりその人のメガネ(物理的な眼鏡じゃないっすよ・・・)を通してしか
分からんというかできないじゃん。
というわけでさ。

だから、ひたすら自己で評価したいものですな。
もちろん、他人からの評価は参考にする程度で、やはり評価はその程度のものでしょう。

つまり、実力ある人をこの人は実力があるといっても、実際に実力がある人が
すごいのか、実力があると言った人がすごいのか、
まあ、どっちでもいいんですわね。すごいならすごいで、受け入れられると思いますしね。

人の弱いところを突っついたり、嘘をついて生きるならしんだ方がましですなあ。

って、たいぎゃあにしてねることとしまうま。

おらおらー

分かると楽しい。
そして、分かると次へ進んだ気がする。
気がするってのがポイント。

前傾姿勢を今は崩さないのがポイントだとにらむ。

妙に低かったテンションからやや高まりつつある。

うむ、よくやった己。
って、何も終わっちゃいませんが。

うおりゃー

雨さみー。

おりゃー、うが。
やることが鬼のようにたまりまくり。

こなすというか、それ以前の問題な気が。

って、寝ないと起きれん。
おつかれ己。明日もがんばれ。

check*pad始動

百式の田口氏が作っておられるcheck*padを使いはじめました。
TODO共有ってのが面白そう。早速ダチと共有。

どうなるか分かりませんが、使えそうだなあと思ってます。

さあ、寝るぜ!
テンション高いぜ!

働くこと

最近、「働くとは」というキーワードが上位にくる。
アクセス数からいえば、1割くらいしか占めないのだけど、
ロングテール的な話をすれば(何ソレ)、
上位に常に位置するキーワード。

で、これをどう評価するか。

そりゃ、働くってことを考える人がいるんだろうと。
ディスプレイの向こうの相手を考える。(ほう

まあ、就職活動時期とか、
4月って新生活の時期でもあるしねえ。とまるで人事(ひとごと)のように書く(笑)

さて、ナンタメを久しぶりに更新。1ヶ月ぶりくらいか。
なんか妙に書きたくなったので書く。

大分、メニューに書き写してみた。やや見やすくなりつつある。
もちろん加筆してますが。

参考文献が少ないからなあ。

他人の意見を入れたものってのは、それは未消化としてそのまま載せるってのは
やりたいけど、このナンタメはあくまでも自分の咀嚼したものしかないから、
載せないだろうなあ。
まあ、人の話を聞いて載せると同じことだけど。

まあ、働くことに不安ある人とかは読むと、
ああ、こういう考えする人もいるんだねって一つの考えとかはつかめるかも。
もちろん、押し付けじゃございませんのは当たり前田さんですな。
ナンタメ

たまたま

http://y-kit.jp/

こんなサイト見つけた。
うーん、パーソナルブランドっぽいとみる。
この北川氏は、フリーランスから会社化って感じかな。
旅のコンテンツとかあるし、ブログもあるし。
うーん、いいねえ。

と、年そんな離れてないっすな・・。

というわけで、自分のバイオグラフィーを確認してみた。
すると、来月には週末起業レベルとあるが・・・。
今手元で進んでいるのは一体なんだろう。HP作成の相談役か、
ITEBか、書くことか・・・。この3つのどれかになるか。

本のアジトは週末にやろうと思えばできるんだよねえ。
場所は自分のアジトでもいいけど、生活感ありすぎだからダメっすね。

店というか、溜まり場があるといいかも。
ここらへん詰めていけば何かできそ。
もうちょっと練らないとね。

ただこのままいければいいやっていってたら即死ですな。
ふんばって、活路を見出さねば。
うおりゃー。

vol5.哲学カフェイメージ

ブレーンストーミングじゃないけれど、
否定はしないように。

哲学カフェのルールっぽいけど、発言するかどうかは自由で。
離席とかも自由で。

そうすると話したい人が集まるって形になって
身内だけ、知り合いだけってパターンになりそー。
だけど、それをなんとか知らない人とやりあっていくふうに
ふんばれば、面白いものができそう。

まさに、そういう場であれと。

話す内容も自由。出来ればやや「深いテーマ」がいい。
でも、そのテーマを全員が共有すべきという「べき論」も必要なし。

だから、本からそういうところへさくっとくるとか、
いかに別視点で本を楽しむとか、そういうところからいけそうかも。

日経ネタとか

ネタとしては、
MJのトップに、書店の返品システムがちょっと変わって、
なんやこらって書いてあった(おぃ説明しろよ。
要は、返品OKちゃんじゃなくて、適度にしてくれよってことらしい。
現システムが変わりつつあるってことですな。

あと、日経には、
哲学カフェネタが。お、きた。
哲学カフェって視点は面白いねえ。ってこれアジトに取り入れたい。
よし。そうしよう。

アウトプット完了

ちょっとたまってたんで、発動。
さあやっぞ(しつこい

サバイバルプロジェクト

自分に課すという行為が好きってことはやはり基本的にタフであり、基本的にMな人間であろうかと思う。
少なくとも相手に攻撃を与えることで面白いとは思わない。なんか下世話な話だけど。
こうやってやれというふうに言うのが嫌いで、だって言われると嫌だからねえ。
とはいえ、人は自分とは同じではない人の方が多い。全くもってこれだから人生は面白いんだか。

自分は生きていけるかどうかという漠然の不安があったと、いうと本当にそう思っていたかと問われそうだが、
それは事実だ。常に不安はある。そもそも一人暮らしなど出来るとは思ってなかったりするが、
ただ一つの思想、信念レベルで「俺をなめるなー」というもので乗り切っているだけだ。
単にそれだけだ。非常に分かりやすい。うむ。

すでに過去を思い出す

20代というと若僧であるという考えもあるが、ところがどっこい年齢だけ経た人間こそ若僧であるという考えも
ここにある(笑)
つまり、年齢的、時が経ただけの年齢、もっといえば、成長を重ねていない年上の人をみると、
たまにすごく嫌悪感を感じる。「うあ、ぜってーこーなりたくない」と。全く持ってそういう人とは仲良くしたくないもので
ある。もちろん成長が全てではないが、魅力的ではないの確かっと。

そして、別の仕事を別の観点から今やっているが、もう昔とはいえ、半年前くらいなんだけど、
そういうことを思い出している。今非常に振り返りモードが強い・・・。
ああ、あんなこともあったと。過去を賛美するものじゃなくて、フラッシュバックしてくるってこと。
あんな失敗もあったなあとか、よく乗り越えたなあとか。

残業100時間を越えるってのも普通に信じられないが(僕じゃないっすよ)、
それに迫る残業も恐ろしいものだ。全く持って現実にそういう人がいるし、それが真実でもある。

いいのだ。別にいいのだ。人が残業しようがどうと。
でも、体を壊しちゃいかん。そこがまず心配だ。だから、そんなに持たない気がする。
肉体は持っても精神がいかれちまうってことはありそうだから。
そして、残業の質にもよる。30時間の残業で仕事の質を高める残業ならとても素晴らしいと思う。
単に仕事量が多くて、それで90時間残業したとする。3倍働いているが、実質的にはプラスになっていないと思われる。
要は、ここでも質が問われている。
そりゃね、一兵卒は逆らえないというか、「質を高めるための残業」などできないんだろう。
って、ここでいう残業は対価がもらえるって意味の残業で、自主的に何か調べたりするってのもあり。

でも、そこまで会社に対して貢献したいって思う人いるんだろうか。
考えてみると、自分にはないと思う。そして、ないことが書くたびに証明されていっている気がする(笑)
会社が悪いとは思わなくて、結局自分がそう思っただけという次元の話だ。

手を変え品を変えてって感じで、仕事が微妙に変わっても、根本的な満足が得られていない気がする。
僕は仕事はつまらないとは思わないが、やはりつまらんといったらつまらんということになる。
何か矛盾しているが、そこはその矛盾部分にストレスがあるとにらむ。

うまくいかないということは意外に少なくて、そりゃ分からんことはあるけど、
それって究極的にどうでもよくて、そう逃げることもできるけど、単に逃げるのがやだからやるだけで。
そうじゃなくて、こうやって働いているように見えるけど、実際にそんな「対価」もらえる仕事だと思えない。
要は、お金を稼いでいる感覚がない。これは重症だと思っている。つまり、自分には働いた感がない。

残業がピークで70時間くらいのときもあったが、あれは単に疲れて、眠いだけで、
得られるものが・・・多いとも思えない。むしろ、絵画展に行って分からないなりに絵を見た方が得られるものが
多いと思われる。次元と性質が違うから比較にならないって?
そうは思わないんだよねえ。何でも学べると思うからこそ、学びの手段は色々あるとは思う。

がらっと変える必要はないけど、何かをしなければと妙な焦りがある。1年ってこんなものかなと。
充実というか、学べるものは多かったとは思うし、そう書いた。でも、満足はしてない。
結局この繰り返しかねえともし、仮に定めちゃうと、やはり今の仕事を続ける意味はないなあと思える。

とりあえず、同期の動きを見てそれを参考にさせてもらおうとか思う(笑)

ダチンコが今は耐える時期だと言ってた。ああ、ダチンコ自身がね。
そういうやり方もあるなあとか思うけど、できるだけ耐える時期は少なくいきたいもんだとは思う。
最も、現実は厳しいのではなくて、自分に全て跳ね返ってきていると思う。というか、真実か。

だから、自分ができないのをブツブツいっても意味がなくて、
単に現状を否定しているだけのことになる。全くもってナンセンスだ。

何が面白くて人生生きてるんだと。そう思ってしまう瞬間がある。
なんでそんなに仕事を毎日でいるんだと思ったりする。実際に話すと、つまらないから、
だから面白くしようとしているだけって、純粋な意見・思想が見え隠れする。

会社の顔になっている気がする。何か疲れているが、仕事はこなすっていう顔だ。
別にそれは悪くない。場数を踏んだ顔だ。でも、何か疲れているってのはなんだ?
仕事はこなすってのはなんだ?仕事はこなすだけのものじゃないだろう。

歯車が相手によってかみ合わないのは何度も経験しているし、それはそれで自然だとは思う。
でも、自分のことに限って、歯車が合わないと、すごく不安ですごく苦しい。
ダチが、不安とはうまく付き合わないといけないと、いいこといってた。
でも、そのレベルでもない。不安を通り越して、虚無感が漂う。

もちろん、1年の間に、虚無感ってのは結構感じている。おそらく明文化していないか、
してもそこまで入れ込んでいなかった文章だけだったか。口頭レベルでは話した気もする。

一体何のために働くかと。そう感じてしまう。
そう考えると、アルバイトなどできっちりお金のためにと割り切って働いて、
もちろんそこで得られるものはきっちり学び、そして自分のやりたいことをやるのっては
すごくいいなーとも思う。が、自分の選択は間違っていたとは全くもって思ってない。

仕事はなんだってよかったんだ。たまたまプログラマなだけだったんだ。
そういうと、プログラマを愛する人には怒られるんだろうけど、僕にとってのプログラマは
そういうもので、後は自分の思考を付加したりして、オリジナルにした考えがあるだけ。
根本的にはなんでもよかったとは思っている。

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ジャスト思想

思想じゃないけど。
忘れちゃったけど、テニスで四角のコートがあって、その上辺と下辺にあたる部分をはみだすと、
アウトってのはある。でも、ちょっとはみ出したときか、オンラインかどっちかのときに、
確か「じゃすとー!」って叫んでたのを思い出す。確か、ちょっとはみ出したアウトだった気がする。
まあ、どっちでもいい。
テニスで思い出すのは、まず体を慣らして打って、コントロールしていって加減して、うまくINするように
するってことかな。
ジャストってのは、まあどうでもいいんだけど、スポーツによって特殊な呼び方があるのを思い出す。

ヴィレバンネタ

商業界を読む。ちっと寝かせすぎたか。さくさく読む。結果的には、VVの課題は、
顧客からアルバイトになって社員になっていくというスタイルが、上場したことで
貫きづらいってところらしい。まあ、がんばってほしいわ。
で、雑誌を手で破って保存っと。

このようなやり方で300年の人生を生きていく

うーん。たまたまある本屋で、チラシが目に付いたのでチラシをもってかえって、買った。
なかなか面白いが、なんでこの人ホームレスやってるのか分からん。
旅の良さは共感。って、この人旅のよさなんて書こうとはしてなくて、してるかもしれんけど、
タイトルにあるように、自分のスタイルにこだわり続けるんだろうなーって、それが今ホームレスってところに
あるんだとにらむ。

多くの人間が、普通を振る舞いながらも、普通は嫌だと思っているように思える。
本来の自分がこれだと、そういう自分を出せる人は限られる。中にはそういう人間もいない人がいる。
そうなりゃ結構辛い人生だ。誰も自分のことを分かってくれないと思う。徹底的な孤独。
明るい人々の話声は全て憎悪になり、明るいライトも自分の存在を照らすものとしてうとましくなる。
生きている意味なんかない。死にたいが死ねない。かといって生きていたいとも思わない。
そうなると、手を切って赤黒い血をみて、そしてその痛みで覚醒し、なんとか生を保ってしまう。

って、これは本とは全然関係ないけど。
でも、沖縄旅の本だけど、手作り感があって、非常に好感がもてる。
ただ1つだけいうと、僕は一人で生きていける自信はなかったりすると、なぜか思ってしまった。


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進化する図書館へ

面白そうだったので購入。でも、最初にあるNY図書館の話は、「未来をつくる図書館」(岩波新書)とかぶった。
って筆者が同じだった・・・なんてこった。
他には、デジタルでバイト解消の話と、市民図書館の話と、ビジネスを助ける図書館ってのがあるけど、
内容的にはそんなに興味あるところじゃないので・・・ってそりゃ図書館には興味あるけど、さっと読む。
しいていうなら、ラーメン屋さんから石屋さんまでが実際に公共図書館を利用していたってのは面白い発見か。

で、以前ブログで書いた気がするけど、この「進化する図書館の会」が編者となっている。
HPもあるけど、2004年の8月で更新がとまっちょる。というわけで、メールを出してみた。
ふむ、メール返ってこないだろうけど、ダメモトで。よし、やっぞ。

追記:
メールしたらきちんとしかも迅速に返事が来ました・・。申し訳ない。
夏頃には復活する予定のようです。ふんばってくだされ。

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人は見た目が9割

うーむ。見かけで決めるのはいかんと思って買った。超バカの壁とともに。
内容は、そこそこ面白い。ただ漫画の挿絵が多かったので、マンガの説明とも取れなくない。
というよりも、ノンバーバルコミュニケーションが重要だと思っている人は読む必要がない気がする。

あと劇での役者の話とかも、興味ないときついかもねえ。とか。
自分の本業からの説明とあと心理学の説明って形で、著者は色々なテーマを盛り込んだとあるけど、
そんなに盛り込まれた印象は感じず。

で、問題は著者の表現が悪いとは思えないことで、むしろ著者の考えが最初にかかれてて
「見栄え」を鍛えた方が「話し方」鍛えるよりよっぽど有効じゃないかって。それは話し方はめっきがはがれるから。
見栄えは見栄えでそれで成立するから。もちろん、なんかの真似だったら、「続ける」ことはできないってのは
同じことだけど。
で、その著者の考えには僕は共感しちゃうから、うーんと、そもそもノンバーバルをバーバルで説明することに
無理があるのかなーと。思いっきり本の存在を否定しちゃおうかと。

あれですよ、多分。原作があって、小説を映画化すると、全然違うものになるとか、逆に良かったというのもある。
でも、小説と映画は多分心理学的にいって、違うって話はあるわけで。別に心理学的だろうがなんだろうが、
違うんですわ。きっとね。で、その説明をするとします。
「映画は映像で読者に想像を極力カットするが、小説は想像を文字で促すのじゃー」とかね。

でも、それって、ウンチクとか雑学とかに終始してしまうのではないかと思うんです。なんででしょーね。
そこらへんはなんでか分からんですけど、とにかくそう僕は感じます。

で、この本ですけど、ノンバーバルを説明する意味とか、あとマンガの技法とかで、ノンバーバルを説明するとか
って意味あるのかなーと。

じゃあどうすればいいか。極論をいえば、マンガで「ノンバーバル」を説明したら
それこそ入門書になったのかなーとか。昨今の新書は、内容が薄くなりつつある印象を受けますが、
だって、岩波が薄くなっているように見えるもの。まあ、それはどうでもいいでしょう。
それこそマンガ学とか、そういう学問もあるようなので、そっちから攻めた方が良かった気がします。

まあ著者はそうやって書きたかったのでそうなんでしょうがね。
でも新書読む人は、本当に学問的なものをさらっと読みたい人と、ブームで売れているから雑学的に読む人とか
結構分かれちゃう気がするんですよね。
え?僕の選び方?僕は興味あれば買うって感じですねえ。と、ややぼかして終わりっと。


人は見た目が9割人は見た目が9割
竹内 一郎

新潮社 2005-10
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濱マイク

http://www.google.co.jp/search?num=50&hl=ja&q=%E6%BF%B1%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%82%AF&btnG=Google+%E6%A4%9C%E7%B4%A2&lr=

学生時にバイトしてたとき、この濱マイクのドラマがやってた。
うーん、2002年くらいだったかな。夏だね。
仕事終わって飯くって、その後10時からやってて、風呂いって
風呂上りに濱マイクみてた気がする。

相棒が好きだったので、一緒に見ていて、なかなか楽しくて、
毎週月曜日だったかな。を楽しみにしてた気がする。
おー今日やるねーというノリで。

ドラマの前にきっちり元ネタがあるそうだけど、
唇にチェリーか、くちばしにチェリーかなんかしらないけど、
あの歌が流れてくるとフラッシュバックする(笑)

なんでこの濱マイクを思い出したかしらないけど、突然こないだ思い出した。
やはり間違ってなかった、これだなあってね。

ユトレヒト

セレクトショップ。
日経にのってた。予約制の店らしい。面白そうね。
http://www.utrecht.jp/index.php

ユトレヒト同盟とかってなかったかなーと勝手に思う。

こいつもHPにまとめないとなあ。

おらーおらー

書いておいたものアップするの忘れてた・・。

○知識ポートフォリオ
知識を得るのにも、色々な組み合わせがあるって話。
本を読む、人と話す、新聞を読む、街を歩く、遊ぶとか。
人によって学びの重要性は異なるが、どれからよく学ぶかってのはやはり1つだけではないので、
組みあわせができるはず。

それを考えていくと、自分の場合は、本とブログがでかいか。
新聞も結構なネタになる。あと、人の話もいい。追求するときは、どんどん突っ込んでいけるように、
使える材料でやると楽しい。まあ、種類が少なければそれほど駒がないってことになるかな。

○直交性
お互いが独立であるということ。
ある機能を触っても、別の機能に影響がないこと。
だから、変数のスコープ(範囲)って概念は、そのためにある。
あとオブジェクト指向も多分そのためにあると勝手に解釈。

○ミニ言語アプリを作る
簡易コマンドツールとか。

○R25読み
石田氏のエッセイが連載されちょった。おお・・・。なかなかいいね。

んなところで。

書くために働く

知り合いというか、人生の先輩というか、素敵な人というか、
うーん、形容に困る(笑)
ああ、そうかメンターとしておこう。困ったら話ができる人だし。

と、電話でお話。何かよく分からないけど、やるのが己。
かなり楽しかったです。自分の現状に対する意見をくれたので大分整理できた気が。

その中で、RPGじゃないけど、洞窟へ入っていって
冒険をしている感じに、「書くために」会社へいって、そして
ドラゴンでも竜でも魔王を倒すわけじゃなくて、「ネタ」をゲットしに働く。
ってことを言われた。
非常に新鮮だったけど、実際にその通りな気がしちゃう。

前にも書いたように、働いている実感がない。我が心ここにあらずではないし、
悩んでわからねーとかいいながら聞いて仕事は進めているが、
でもこれはどうなんだという疑問が吹っ切れたことはない。
仕事に対して「全身全霊(をくれよ!?♪(byアジカン))」では取り組めていない証拠か。
でも、逆に取り組む必要がないとも言える。
必要がないってなんでいえるのか?そもそも狙いはそこにはないから。
仕事は仕事として割り切るつもりは毛頭ないけど、この仕事でいこうとは思わないってのが
あるからだろう。
かといって、じゃあどうすんのさってのが見えてない。
まだまだ青いねえ。
がんばれ自分。

働くということはどういうことかを書くために働いているともいえる。
客観視であーる。まるで、文化人類学者のフィールドワークみたいだ。
はは。自分で受けちゃう。
どっかの民族に潜り込むとか、暴走族になりきるとか、ホームレスにもなるとかもあるかな。
そこで得られる視点を研究成果で発表する。非常に好きな研究スタイルだなあ。

でも僕は何か研究成果として出す気はないし、そこまでまとめられる力はおそらくないので、
おそらく自分の考えたこととしての大きなものってことにはなるけど、
それをどう料理するかは読む人次第かなと。

冒険から色々得て、そして街へ戻り休息する。
街って休日とか、自分の時間とか、週末とかなのかもねえ。
で、また力を蓄えて冒険へ出る。

あ、これいいな。ゲームっぽいけど、現実であって普通に楽しい。
だから、やはり休息できる場が必要だ。

それを作ろう。それは、このブログでもいいし、
HPでもいいし、実際に本屋のアジトでもいいし、図書館でもいいし。

きたー。よっしゃテンションあがってきたぞ。

人間関係に恵まれる

という言葉を発する人はどれくらいいるか。
まあ、少ないのかもね。とりあえず、仕事の職場でうざい人ってのが
僕はまだ感じてない。

そもそも「働く」という場において、相手がうざいからといってスルーすることは
出来ないのであーるというのは、
よく聞く話であるが、これはまあ真実でしょう。
ただ、真実であれ、それはそれなわけで。自分がどう感じるかは自分次第なんで。

一つのみかんをみて、腐っているという人もいれば、まだいけるといってかじる(そりゃレモンだよ)人もいるわけです。
真実=1つのみかんであるというのならば、真実ほど有意味そうで無意味なものもありません。
もっとも、僕は現実みて何もしない人が素敵なんていうわきゃないっすけどね。

最近のダチの考えにつられて、このまままとめてみましょう(ほう

僕の考えというかやり方は、人をどんどん斬っていくやり方だったんです。
別に殺すわけじゃなくて、そのまま話とか連絡しなきゃ消えていくのが自然ですけどね。
それは「消えていく」のじゃなくて「切った」という能動的かつ積極的な意図があったものだと
僕はとらえていました。

だから、そんなことしなくてもいいのに、やたら色々な人を切って、今残っている人々が
いるなあとか思ってました。実際はそんなことなかったんですけどね。
これは単なる意識レベルの話だから、意識レベルを逆に変えちゃうと、ころっと変わるのでございますね。素晴らしい。

小学校とか中学の時の友達とかの関係はもうほとんどないですね。
以前書きましたけど、僕が大学生のときに会ったら大分変わっていて、
深い話もできないなーとなんかショックでしたね。まあ小学校とか中学校なんて、
地域のこどもが集まるってだけなので、「深い」つながりというのは、
ないとはいいませんが、僕にはなかったってことでしょうね。
小学生のときには、大分僕は芯が固まったと思ってます。それは、
恩師というか、担任の先生がなかなかツワモノでして。あの人のおかげで、
大分僕は「自分を受け入れる」とか「受け入れられる」ってことを学んだ気がしてます。
そりゃ当時は、そんなこと分からんのですけどね、とにかくその時はすごく楽しかった。
あれが小学生なりに考えた「受け入れられる」ってことだったんでしょうね。

僕は学校では成績は結構良い方で、優等生的でしたね。
あと、おとなしい子ともよく担任から言われたものでした。
僕の中では「おとなしい」イメージは全くなかったので、なんで人って見ないのか、
それとも見えないのか、それはもちろん内面ですけどね、不思議だと感じたものです。
多くの先生は40人くらいの生徒を見ているからそこまでわからんというわけでしょう。
でも、それってやはり「プロ」なら言い訳にすぎなくて、いやいいんですよ、無理なら無理で、
でも、本当にそうなのかなーって今でも思ってます。生徒の心をつかむ人はいるわけで、
あんまりそういう理由は関係ないと思ってますね。

あと「まじめ」だとよく言われました。
この言葉は僕の中でかなり思い入れがある言葉で、あんまり好きじゃないです。
思い入れってのは、よくその言葉の意味を考えたことがあるって意味です。好きって意味じゃなくて。
真面目だよねっていうのは、相手がほめていても僕の中では「肯定」されるよりも、
「お前真面目すぎ」とか「真面目だけどつまらん」というような、使い方をすることが多い気がしていて、だめだなあと。
というか、真面目に何かやるというのは・・・普通じゃないかと今でも思っています。
だから、真面目にやらんのがおかしいと。これはあんまり今でも変わってません。

夢とかやりたいことに向かって何かするって、真面目なんですかね?
それが僕は当たり前だと思っていきてきた感があります。どうも、そうじゃないってのは、
大学生になって、今に至るまでに、大分確認できました。
単に生きているって人もいるんですね。僕からそう見えただけにすぎないと、ここでは決め付けておきますけどね。

高校では、今でも結構つながってます。とはいえ、数名ですが。
高校くらいだと大分考えが固まってきているので、あまりショックを受けることはありません(笑)
でも、やはり大学で出会ったダチは大きいですね。
そういう意味で大学はいいなーとか思ってしまいますね。まさにモラトリアム(笑)

とくに、大学3年あたりでの就職活動時期は異様にアンテナを張ってましたね。
いや、逆にいうと、アンテナ張らんと埋もれる気がして焦ったんですけどね。

大学って自由っていいますけど、それは嘘だなーと今でも思います。
というか、説明が悪いですけど、そもそも自由って何か考えたことない人も多いと思うので、
おっとこれは哲学的に「自由」を議論するとかそういう必要があるってことじゃなくて、
「自由ってこういうことだろうな」とか感触すらないとか、それって何よって。
例えば「自由」って、やれることができることとか。
ばかやろーと(笑)そんなのは自由じゃねー。それは、わがままじゃねーかと。

まあそんな話ですわね。だから、同じ大学を出ても全く違う4年間になる可能性が
非常に大きいところですね。


ま、話を元に戻すと、僕の周りの人間ですが、
自分が話したいとか、面白いなーという人で構成されてます。
これは結構誇れるべきものだなと思ってます。人を自慢できるってのは、
結構いいことなんだろうなって思ってます。
これは自分を受け入れつつ、相手も受け入れなきゃできないと思ってます。

で、切ったという話は、最近はとくに意識してませんけど、
意識して切る必要はないんだという感覚はありますね。
こう、空気みたいなつながりみたいなものありますし、ゆるいといえばそれまでですけど、
でも、白黒つける必要なんてないですし、むしろ社会には話しかけることがない人が
多いわけですしね。そういうのも楽しいものですしね、不思議な感じがして。

自分のことを話して聞いてくれる人間がどれだけいるかっていうのが、
幸せの尺度とかなんかそんな話を聞いたことがある気がします。
それでいうと、僕は大分幸せですね。かなり。
心の中ではお前うぜーよとかおもっている人もいるかもしれないですが(いやん、
まあこっちがダチだと思ってるやつは皆暖かく僕のような人間を受け入れてくれたりします。

深い話をするというのは、非常にスリリングな瞬間でもあります。
深い話とは、「価値観」ですね。人生とか仕事か、人間関係とか恋愛とか、まあそれくらいでしょうか、主なものって。
そこらへんってまあ「相談」とかでもいいですし「語り」といってもいいですけど、
やはり非常に面白いところです。

面白いかどうかは人によりけりなんで、まあ僕と話があう人はそういう要素が強いですね。
類が友を呼ぶじゃないですけどね。

だから、自分の考えが固まったりしたり、受け入れるってことは大切なんだろうなとは思います。


あと、たまに、年配者か言われますけど、親についてです。
親には感謝してます。非常に。たまに育ててくれてありがとーとは冗談でも言ってませんが、
あなたのおかげで僕は生きてますとはいってるような気がします(笑)
世の中、素敵なことだらけじゃないですけど、だからといってつまらん世界、つまらん現実、
つまらん社会にするってのも、やっぱ嫌だなあと。

自分が楽しめることは他人は楽しめないなんていうひねくれた人もいますけど、
いや僕こそそれに近いんですけど、そういう自分が言っちゃうのがいいのですけどね。
それだけど、やはり自分も他人も楽しめることなんてやっぱいくらでもあるなと思うわけです。
色々あるぞと。

それで、今の人間関係に満足して終わるかと思いきや、んなこと全然ないわけでして、
もっともっとアンテナはりまくっていかなきゃいけません。

天下を目指すと大言を吐いたので、それを実現せにゃならんです。
具体的内容はさっぱりですが、とにかく天下を取る。

さあ、やっぞー。

パンフのネタ

ザ・コーポレーションの話、あんましてないな。

何気なくさらっと、ナチスの話がでてきて、そこで、
IBMの話が出てきた。真実はどーかしらんですよ、念のため。
でも、もしアウシュビッツとかでユダヤ人をカウントしてまとめる必要があったから、
それでコンピュータを使う必要があったというときに、
IBMがそれで売上回復!を狙ったならとても面白い話。
って、そりゃ政治的な話はスルーします。

ここで問題なのは政治的な話だけなんでしょうけど(笑)、
それは例えば、もしIBMがナチに加担しているってことになるわけですからね。

これって企業のある種の運命ですわね。
相手がどうやって利用するかまでは決めれないじゃないっすか・・・。
パーソナルコンピューターだって、ネットで殺人予告するために作ったわけじゃあないはずっすね。あと、人をバカにしたりするためのもんじゃあない。
道具ってものはやはり道具だなあと。

だから、やはり人なんですよねーって話にしたいわけですわ。

あと、ナチで同時に、ファンタの話も。
ファンタってコカコーラがつくってるジュースですけど、僕は好きですね。オレンジが特に。
あのファンタオレンジはその頃できた商品で大ヒットしたみたいなことを言ってました。
ふむー面白いもんですね。

あと、サスティナブル革命。
こいつは、持続可能な社会の話ですけど、さくっと出てきましたね。
あれ、でてこねえ・・。くそ。まあいいや(いいんかい

まだこのパンフも消化しきっちょらん。
くっそー。

vol4.暇と時間がほぼ同義

ならば、やはり何気ない会話・話・トークが大事なのではないかと。

ゆっくりできるとか、仕事疲れにやさしいとか。
落ち着けるって言葉だけじゃ足りない。

暇つぶしって言葉は大嫌いですが、
時間を楽しむって言い換えた方が多分精神面に良い気が(笑)

仕事帰りによって、何か1冊手に取るか、本棚を眺めるか、
これどういう本ですかーっていって、そこから本当にゆったりとした
時間が流れる。
話をすることで、疲れが取れるわけではないけど、ストレスが少し解放されて、
また明日やっぞ!という気持ちになれるところまで持っていく。

こういう場所は、自分が一番欲しいんすよ。
週末店主熟読中。

雑事をこなす

雑事というか、まあなんというか、そういう雑多な事がなぜか多い。
ばかやろーとはいわないけど、こなさねばならん。

仕事の方は、全く余裕じゃないけど、なんとか「食いついていく」感じで。
経験がないから出来ないとかいいだすと、
「バイトで経験者優遇」ってキャッチに対して何も挑戦できなくなるじゃんよ!っていう
あの気持ちを逆にして、単に自分に甘いだけだなーと思える。うむ、がんばれ己。

近々飲み会をやることにして、人数確定。
ふむ、ほぼ出席か。素晴らしい。1年経ったからかねえ。
17人って人数は自分でも多いなーと思う。10人くらいでも皆と話すのきついし。
個人的には4人くらいで飲むが楽しいかもねえ。いや17人がダメだなんて一言もいってないっす。

その状況で攻撃に出るか

「今日から俺は」というマンガが好きで、
確か中学くらいにダチが読んでて知った。全巻持ってたりする。手元にはにゃーっすけど。

「天使な小生意気」も同様に面白い。

ま、それはともかく「今日から俺は」で、
確か東京から来た5人グループのやつらが、三橋を狙って
しめようとしたとき、三橋は腹か腰に一発受けながらも、
同時に5人くるところを、パンチで攻撃する。
その場面で、5人グループは「おーこの状況で攻撃にでるか!」
と思う。

って、活字にするとつまらん(笑)
まあ、大分後ろのほう(38巻あって、30巻以降じゃないかな)なんで、良かったらみてみてくださいな。

そう。
ここから導き出される一つの結論は(笑)、
どのような状況でも攻撃は可能ということ。それが有効であるかどうかは、
別にここでは関係ない。

人って、追い込まれるとか、テンパるときに、本性が見えちゃう。
だから逆に鍛えるには、自分で自分を追い込んで、練習すればいい。
そうするとちっとのことでは動じない。って、ゴキブリとかあんま好きじゃないけど、
倒さねばならぬ。変わったカブトムシだと思えばいい。(byこち亀)

どのような状況も学べることはある。
ただし、だからといってその状況が最適というわけじゃあないんだ。

今、僕は攻撃に出ねばならないと思う。そう、ブツブツいってる場合ではない。
おそらく、攻撃に出ねばおそらく・・・おそらく、終わってしまう。
何が終わるのか?

自分の力がしぼむような気がするだけだ。
とにかく、体を前傾して前へ歩まねばならん。

さあ、やっぞー。

うおりゃー

ダメだ。
ダチにぐちってしまった。

珍しい。あの愚痴知らずのRMが!

人間らしさとは一体なんであるのか。
きっちりやっていくところに、人間らしさはなくて、むしろ機械的でさえあるのに、
だらっとやるのは人間らしい気がする。
これは、「人間らしいかどうか」であって、その人が仕事が出来るかとは切り離してみたいところだ。

仕事が煮詰まっている。
指示通りやるというレベルが、分かるレベルならいいが、
それが分からないレベルなので、いわゆる自由領域は大きい。
逆にいうと、それだけ分からないことの重みは大きくなる。

つまり、これはよくいわれるあれだ。
自由がないということは責任がないってことで、
自由があるとは責任があるってことだという単純な話に持っていける。

今は自由がある。任せられている。両方ある。
でも、自由と責任はあっても、その責任は負いたいものか。
そして、自由はやりたいことというものなのか。

それを問うと微妙だ。微妙である。
微妙じゃないといってもいいし、仕事だからやらんといかんといってもいいし、
耐えるとか、こなすことに主眼を置く時期もあるっていうのもいい。
全て受け入れよう。それを踏まえた上で、問おう。

そう。結局、何がしたいかと今やってることのベクトルが離れていくようでは
ダメなんだろーというわけさ。
だからといって、完全に一致するものなんぞおそらくない。
だから、仕事を創りたいし、作るわけ。

それは架空の話じゃ、残念ながらないのだ。実現するのみだ。

分からないことが分かる快感や気付きは確かに大きい。
だから、分からないことを明確にしちゃえばこっちの勝ちだ。
でも、分からないことが分かるってのはかなり「基本的」な学びであって、
それを仕事に求めるのは違うなと思う。もちろん僕の考えで。

仕事ってのは、学ぶためにあるといってみよう。
でも、その学びは分からないことを知るためじゃあなくて、もちろんそれもあるけど、
もっと大きなものである気がする。
まず、大きいものだというのが1つ。

でも、その大きなものってなにさと。

そこが難しい。でもシンプルに考えてみる。
今の仕事を続けて、自分が納得できるかというと、おそらくダメな気がする。
全然、スリルというか、切迫感がない。刺激がない。
もちろん、プログラマって仕事は表現できる部分もあるし、創造性もあるし、
コーディングでぐっと分かりやすくするとか、まあ、仔細は色々あるさ。
で、そういう仕事に誇りを持つとか、好きってのも分かる。
それを踏まえた上で、自分はこれでいいのかと問う。

もちろん「これ」でいいわけがない。だからこそ整理しているのじゃー。

今の現状を整理すると、とてもじゃないが、創造する余裕はない。
そして、学びレベルは分からないことが分かるレベルの学び。
「仕事」だから仕方がないというのはあるだろう。

ここである話が出てくる。
「そうなのだ。一人一人がやりたいことをやるなんて無理だろう?」
ってね。

まあ、そうだろう。それは真実である気がする。
でも、それは現状=自分の最大の力であって、そして環境を変えない場合に限ってだ。
この2つの条件があるときのみだ。でも、この2つの条件って、
結構な「安定」な気がする。
つまり、力を出し切って慣れた環境があるわけだよね。言葉を変えれば。

そういう「安定」をぶち壊したり、ちょっと外れてみたいってのは、
結構変わりものというか、そうしてもいい人くらいだろうなあ。

何度もぶつかるこれらのテーマ。
さあ、働くってなんでしょーね。そしてなんで生きるかってのもね。
絶対に答えがあってもそれは自分が主観的よりに決めたものでしかないというのは、分かった。
でも、その主観的よりな答えがある程度見えないときついなーと。
別に答えは1つである必要はないし。

死ぬわけじゃないから、まあいいっちゃいい。
でも、満足度ボーダーを下げて満足するのだけはダメって俺ルールあり。
それは理想をかなえるとか、理想が高いっていうのじゃなくて、
自分に妥協しないって意味で。(ほう

そんなこといってるわりには、できてないこと多いなあ。
いやん。

いまさらながら

自分でブログの名前に「軌跡」とかいれているってことは、
そういえば、自分の足跡残しておきたかったんだなーって。
そんなことを忘れていたわけじゃないけど、自分のHPみて再認識。
むー、ばっちりその時の考えが分かるなあ。

今朝の話では、手段目的の再循環モデルってのを
4年前に構築したと勝手に言ったけど、正確には3年前でした。許せ友よ。
手段が目的に含まれると同時に、目的が手段も含まれる。
もちろんこれは、単に目標が達成されて、その目標が手段となるだけの話で、
非常に普通の話なんだけど、改めてそんなことを考えたってことは
やっぱなんかあったんだろーなとは思える。というか、あったはず。

目的がなければ、手段など要らない。
だから手段というか道具がない人は目的がないということになる。

もちろん人生に意味はないといってもいいけど、
それって意味がないっていうのに意味がないというか・・・。
つまり、人生に意味がないっていったところで、何も自分の感情面であり、
精神面であり、内面的になんか「マイナス」になるだけのような。
虚無っていうんですかねえ。そういう虚無は大好きだけどね。

で、もしも、自分が働かないことで誰かの雇用を確保しているという、
わけわからん思考に発展させる(ことは可能だと思う。というか、そういう思考でいきつきそうなパターンだ・・・)んだったら、
やっぱ人生に意味がないってのは、無駄だと。

こもれび氏あたりに、確か、
自分の小ささというので、宇宙があって地球があって、そこに人間がいるなんちゅーのは、
考えていくと、人間の存在など小さすぎると。
そういうところを考えて「ああ、小さいな」で終わるのじゃなくて、
あがいてやろうと。そう。ここがポイント。あがく。
あがいて生きてやると。そう思ったし、思っているってことを話したなあ。
あれはいつの頃かねえ。なんかもう、大分前になるってことだね。

暗い部分や悪い部分、そしてもう考えられないという領域から学べることのほうが
多い気がしている。別に狂っておかしくなれって意味じゃないんだけどねえ。

ふがが。

おらおらー

会社の飲み会とダチとの飲み会と。
週末は飲み会で終わってしまった感アリ。で、今に至る。

まあ会社の飲み会はどうでもいいや(えぇ

ダチとの再開はなかなかよかったなあ。
また年1くらいでやる予定。ふむ。

あとダチからR25をもらう。闇取引。まあ、普通にもらっただけっすけど。

ダチと、久しぶりのカラオーケストラへ。
途中でほんの軽く寝たけど、やつらはねとらん。タフや。
そのまま恒例のコースへ。
ふむ、朝の6時から、「考え方」の話を始める。すげえ。
する自分もあれだが、脳の回転が鈍いので、無駄な「朝にこんな深い話するのか」とか
そういう思考は出てこない。素晴らしい。

大体4時間くらい話して、結論というか、メモに書きながら図とか描いて、
話し合う。大分まとまった。

簡単にいうと、言語で説明でいる範囲の大きさ、またその適用領域の違いにより、
いくらでも「話が通じない人」はいるってことが確認できてしまった。
同時に、それを乗り越えて話が通じたら非常に嬉しいことも確認できちゃった。わーい。

ある人が、自分の人生とか考えとかについて、話せる人が一杯いたら
単純に幸せだよねーって言ってたけど、ああその通りだなーと思っちゃう。
そういう意味で恵まれとるわ。皆様のおかげでございます。ははー。

そして、現実の自分がいかに小さいか。
自分の目の前の問題が小さく、その小さい問題しか見えていない自分が小さいと
メタ的+客観的に感じてしまう瞬間、それらの問題は解決されちゃったのであーる。

むー、そういう意味で収穫ある週末だったなあ。

ああ、新聞と読むものがたまっちょる。ひー。

ぎゃー

やっちまった。

今まで気付かなかったけど・・・
どうも布団のカビは、布団そのものよりも、カーペットに湿気が感染してる。
げ、ってことは、フローリングの床も?
おお、なんてこった、床がしめっとる・・・。最悪・・・。

こりゃ出るとき絶対なんかいわれそーや。くそ(笑)

まあ、日があたらんところに布団しきっぱなしなのが悪いんだよ・・・
というわけで、床とカーペットを乾燥させます。

これぞ人生の1コマなりけり。

ツール修正

BR付加ツールを使ってみたら、
あら、テキストファイルのある一個上の階層に保存される。
デスクトップでやると、えっと、ユーザー用のフォルダに入っちゃうね。

で、パスが悪いと思われるので、見てみると、ああ確かに。
'\'がはいっとらんかったですわ。
これで、直ったっと。

やっぱ実用的というか、自分が使いやすいツールを作るのはいいっすね。

怒ってないっすよ

ちょっとした会社の飲み会。

さて、ショックというか、意外だったのは、先輩+上司にあたる人に、
何か怒っているのといわれたことが。ショックで夜も眠れません。

同期に聞いたら、それは皆と話してないからじゃないか?って言われました。

ふむ。そんな「軽い」質問じゃないと思うけど。
だって、その人ともそんなに話してないのに、いきなり「それ」だからなあ。

会社の先輩で、タイプは違うけど似たような印象を受けるような(笑)気がするような人を
思い出した。
なんだろうねえ。まあいいか。

とりあえず、心外だった。
で、そう思われていることが意外なんだけど、
同時に「ああそう思うんだなー」と妙に客観視。

人によるんでしょうな。もっと話しかけて欲しいんだろうかねえ。
うーん、必要性がないから話さないのはダメなんですかね。
いや違うな。ダメじゃなくて、必要性とかじゃないところで、話して欲しいってことだろう。
つまり、仕事抜きで話せと。

まあ、あまりこっちのこと考えてくれてないなーと思う。お、逆切れ?
逆切れじゃなくて、まあ分からんなりに、ふんばってよーやったなあと思っている。
だから余裕もないのに、やったわけさ。それをそーゆーのはどうなのさ。

つまり、結論的には、
「あんた、俺のこと全然わかってないというか。分かろうとしてないだろう。
それをフィーリングで判断しおって!」
とかいうことになるんだろう(笑)

で、面白いことに、例えばだけど、
「言いたいことがあるならいっていいよ」みたいなことを言われたら、
それをそのまま解釈すると、
発言者は「相手が言いたいことを聞けてない」って思ってて、
聞き手は「言いたいことをいえてない」ってことになる。
実際に聞き手が言えてないってことを確認しているって要素もある。
立場的、もしくは状況的にいえば、そういうことを認めた時点で、
次の「いえる」ところにどうもっていくか・・・。

はい、分かりづらいですねえ。
つまり、「言いたいこといってよ」っていって、
じゃあ本当に言うのかどうかって話。
普通は「ああ、いっていいのか」「じゃあいうべさ」といって、言う展開が考えやすい。
でも、そうじゃないってこともあるだろう。「めんどうくさ」とか「えー」とかね。
そういう話かな。


僕の経験則では、「自分が心外であるメッセージを発した人」に対して、
「それは違いますよ、こうなんですけど・・・」ってある種の弁解、もしくは自己説明を
行うと、大抵誤解を増幅させる。
思考回路が違うのだ!というのは、こういうときに実感する。

そりゃね、ある人の考えは考えで「尊重」って形をとるけども、
そりゃ悪くいえば「一定のところまで考えて放置プレー」ってことでもあるんだわね。

で、じゃあ僕は何か弁解的に説明したかというと、面倒なのでしなかった。
ああ、こういう人いるよねってレベルで留まった。さすがRM(おぉ
その人は悪い人でもないし、印象も悪くなかったのに、残念だなあ。
まさか、その一言でここまで考えるネタにされているとは思わないんだろう。
多分思考回路が違うから。それは別に悪い意味じゃない。違うってことだけだ。

単純にはいかないけど、AだからBになるって人と、AだからCになるって人とがいて、
Aって話を提示したら、結論は違うわけ。
結論は違っていてもいいけど、それが印象的、感覚的なことだと、
同じA(例えば見た目とかさ)をみても、感じが違ってくるんだよねえ。

やっぱ仕事場とオフは顔が違うのが当然だなあと思う。
いや、これは僕の考えですけどねえ。違うってことは、完全に切り離されたって意味じゃなくて、
やはり28の法則で、オンの中にオフが、オフの中にオンがあるってことになるかしら。

ふむ。まあそんな話がありますよっと。

超バカの壁

32ページあたりに、
本当に自己のある人は引きこもっても構わないみたいなことが書いてあって、
あーそうくるかーと思ってしまう。

いや、肯定しているんですけどね、僕は。
これは引きこもりの話じゃなくて、自己のあるかどうか、ああ違うか。
個性の話だったかな。
まあ、確かに弱い犬ほどよくほえるって言葉は好きなので、
僕はしゃべりすぎるのは控えてます。だから、逆にそいつのおかげで、
僕はあまりしゃべらない方だと思われます。
文章量と口語量の関係は未調査。誰か調べて(おぃ

で、疑問なんですが、僕は養老氏は個人的に好きです。
それはおいておいて、なんでこの本が売れるのかバカの壁でもあるのか、
僕にはあんまり分かっていません。
ベストセラーになるようなものじゃないだろーと、思うわけです。
それだけ他人を舐めてかかっていたという僕の心理の表れであるかもしれませんが(笑)

文中に、正論を同じようにいっても、おまえだけに言われたくないみたいな人がいる。
っていうような話があったかな。なるほどなーと思う。
そういうところの表現というか、書き方がウケたのかもしれないなあと。

徹底的に論理にこだわるというのはあるのだけど、
例えば読み取る力ってのがあって、そいつを駆使しても、やはり100から80しかすくえない期がする。
あ、また言語化の話になっちょる。
だから、誤解があるんでしょうけど、その誤解を「おまえは分かってない」というレベルで突っ込むか、
「こういう風に読めるんですが間違いですか」と聞けるかってところで、
全然レベルが変わってくる。人間レベルがね。でも、滅茶苦茶些細なことですな。


超バカの壁超バカの壁
養老 孟司

新潮社 2006-01-14
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LAST


むーいい。
確かにダークというか、重い話かもね。
個人的にはラストシュートはちっと寝る前に読むものじゃないなーと。

話は変わりますが、僕は小説も含めて「?なものを読みたい」って思って
本を選ばないので、例えば「ダークな話を読みたい」といって、
この本を選ぶことはないですね。ああ、つまらんって意味じゃないっすから。

まあ、そんな「?なもの」って意識的に思ってないだけで、本当は何か
思って選んでいるかもねえ。まあいいや。

ラストバトルはもっと面白いものを期待しすぎてしまった。
多分作品を前から6つ読んで期待値が上がったのが原因(笑)
で、いいなーと思ったのは、ラストジョブとラストホーム。

ラストジョブは真弓さん素敵(笑)

ラストホームは、ホームレスの間にもといっては失礼なんだろうけど、
秩序がきっちりあって、縄張りがあって、そして死ぬまでは生きていけるというところが
すごく現実を感じた。ああ、死ぬまでは生きていけるってのは・・・
死ぬまでは生きれるっていったほうが性格かな。
血を売っていきても、多分死期が早まるだろうから、っていうような意味合いです。


重い話について、ついでに書いておきますかな。
重い話ってのは、それをどう消化できるかで力量が問われるところ。
もちろん読み手の話で。
ハッピーな話ってのは「ええ話やね」で終わる可能性が非常に高い。
現実をより良く見ているって感じるのは、どうしても僕の中では重い話になる。
ただ、これは分かりやすいだけの話であって、ハッピーな話も現実的かもしれないってことは
分からないから保留。

単純に比較してみると、例えば。
この本にでてくる話で、ラストシュートは結構きついと思うけど、
この作品が「こんなのは嘘だろー」と思えるか思えないかはいいとして、
こいつが現実的、もしくは現実な話だったら、どう受け止めるられるか。

一方、ハッピーな話。
そういう話を読んで、それが「こんなハッピーありえんよねー」といわずに、
どう現実に落とし込めるか。

ああ、現実に落とし込めるってのがポイントってわけだ。と、書いてて気付く。さすがRM(あほ

小説をそんな風に読むのは何かコッケイだと思う人もいるかもね。
ま、でも文章全体からできるものは「創りもの」だけど、あと登場人物とかもね、
でも、現実にありえないものを提供することは僕は不可能だと思っていたりするので、
やはり現実に落とし込んじゃうなあ。

もちろん、小説の内容が全て現実なんていうわけじゃないけど。
小説を、あまりにも「小説の世界である」と考える人は話合わないってだけのことだろね。

話が変な方向に。

おすすめなりなり。


LAST (ラスト)LAST (ラスト)
石田 衣良

講談社 2005-08-12
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ふがー

メルマガも書かずか。
ふ、やるじゃねーか。このやろー。

さて、まずは本読みから。

根性論

できなさそうなのに、えいや!っとやるからやれてしまうパターン。
これは・・・ポジティブな話だと思われるがそうでもない。
そうやって出来ちゃうからこそ、同じような仕事が同じようにしかやってこないというわけだ。
ネガティブ循環なポジティブ現象というのが正確か?

ポジティブがいいってことを意味しないのはそういうことなんですわねえ。んだんだ。

気合いとか精神論は、確かに精神で乗り切ったらそれでOKなんだけど、
それまでだよねえ。力ではないような気がする。
そりゃね、気合いも力の1つといえば分かる気がするけど。

気合いってのはもう、自分をコントロールできずに放出!ってイメージだからかな。
まあ、そんな気合いばっかやってたら多分心=精神はボロボロになるね。
やっぱ気合いとか根性は使うときは限られるのかなと。

しょっちゅうそんなことやってたら、やっぱ疲労は大きいかなと。
ストレスがたまっているかどうかで分かるかもね。


定期を買おうと窓口の人に聞いたら丁寧に教えてくれました。
学生だと結構おっちゃんとかに舐められた口調で言われたもんですけど、
やっぱ社会人になると変わるもんなんですかねえ。
と、変な独り言っと。

いってー

頭いてえ。
普段の行いのせいか。くそ・・・!

最近見つけたもの

机の下に落ちてたお金とか・・・じゃなくてね。

まずこちら。
前チェックしてたけど、最近たまたま再開。
にしてもこの人面白いねえ・・。
http://www.geocities.jp/pro_do27/index.html

こんなブログも発見。
http://proger.blog10.fc2.com/
アドレスがprogrammerとbloggerを掛けているとみた・・proger。なんかオシャレな気が。
職業としてのプログラミングってタイトルも、多分あれだ。誰だ・・忘れた。
職業としての政治っていうあの哲学者だったか、政治学者だったか。
岩波文庫にあるそれと掛けている気がする。

ブログの内容が、引用+記事だけど、うーん、面白そう。


関係ないけど、ブロガーが書いてる雑誌ってあるのね。
リアル→ネットも、ネット→リアルもだんだん違和感なくなってきてるなあ。

本と靴

靴をゲット。
ニケだと思ってたら、豹だった。
ニケと豹を間違えるとは・・・。不覚。

adidasかなんかの、つま先らへんが固いやつ。
あれしっかりはかずに買ったから(というかちゃんとはけよ・・)
足が痛くてしょうがなかったから、全然はかなかった。
という苦い思い出あり。

というのがあるので、今回の靴はばっちり。
全体が白に、緑でインパクト。
春らしいね。と勝手に思う。やっぱ、茶とか灰色とか黒ばっかはいてると、
地に足つきすぎちゃうね(ん?


マケプレで頼んだ本がどさどさ届く。
む、6冊ぎっしり。仕事が早いのう。満足じゃ(おぃ
にしても、1冊注文が確定せん。これは・・・どないことやねん。
リンク飛べないし。罠か。世の中罠だらけなり。
様子見よっと。

たもかぶ

日経の朝刊に。

ほう・・・前チェックしてたところだな。
福島だからさすがに行ってないけど、来る人減って収入減少。
そういう現実をみて同じシニアが駆けつけた。

ええ話や。

本の街なわけね。そういう人工街はどんどん作ってくれい。
東京の神保町だけじゃ寂しすぎるわ。

最寄り駅から車で1時間か・・・。結構な距離あるのねえ。

ソフィーの世界の話

CD聴き終わったので軽く感想。
ソフィーの世界は、確かベストセラーとなった本ですわ。
でも、意外に知っている人でも読破した人をあまり確認できていません。
それはあの厚さ(とはいえ村上春樹のノルウェイ上下くらいな気が)からかもしれません。
でも、上下別冊で売ってたりしますがね。(NHK出版のは分厚い)

簡単に知らない人にあらすじをいうと(ほう、いつの間にそんなに親切なブログになったのかね?ええ?分からないことは自分で調べるってのが基本じゃなかったのね?その精神はどこへいった!)、何か悪魔がささやいていますがスルー。
ソフィーって女の子が出てきて、ある日ポストみたら手紙があってそれには
「私って誰?」とか、まあ「脅迫」ではないにしろ、怪文書のレベルかもしれませんが(笑)、
そこから始まるわけです。

その手紙を送ってきた人が哲学講座を開く。手紙でも、実際に会ったりしつつ。

だから、最初は、ソクラテスからはじまり、プラトン、アリストテレスなんていう、
ギシッシア哲学(あえて撥音を)のところから始まります。
プラトンのイデアは分かるけど、アリストテレスの考えがやっぱすぐ理解できんなあ。
ちなみに、ソクラテスの弟子はプラトンで、プラトンの弟子はアリストテレスでござい。

ギリシャ哲学でも、ソフィストっていう人がいて、まあその人たちは色々考えるわけです。
万物は水である、火である、とかね。

で、そのまま時代は進み、ガリレオとかもでてくるし、デカルトももちろん、
カントも、あとヘーゲルとか、ニーチェとかも、サルトルとかもねえ。

まあいいや。で、その哲学者が何を考えていたかってのをきっちり説明してくれてるわけです。
という意味ですごく「良い」哲学入門書なんですけどね。

で、話のトリックとしては、ソフィーとその哲学講義のアルベルトという人は、
実際には存在していなくて、少佐という筆者が書いた「ソフィーの世界」という本を
娘のヒルデが読んでいるっていうパターンになってるんですわ。

だから、僕からみると、
僕は「ソフィーの世界」という本を読んでいるが、実は、
それはヒルデが読んでいる「ソフィーの世界」の世界で、
その「ソフィーの世界」は父親である少佐が書いたプレゼント的なお話であると。
二段構造ですね。なかなか手がこんでおるわ。

ビデオもこれあって、見たことあるんですけど、ビデオもなかなかよかったと思ってます。
何より、哲学者が実際に演説してたりするからそことか迫力ある。
肝心のオーディオCDも結構いい。これも実にいい。寝る前に聴くと確実に寝れる(笑)

で僕が感じたのは、哲学は楽しいということはもちろん、
こういう世界を書くのはさすがヨースタイン・ゴルデル氏だったっけ?だなあと。
料理人は素材によって自分の腕が試されるわけです。
素材をどのように扱ってもいいと。そういうとき、実力が分かるわけです。

哲学者っていう話題をうまく書き裁いた作品に幸あれ。
って、これベストセラーだったってのが信じられないんですけどねえ。
だって、「哲学」ってだけで偏見かます人多いわけですしね。
アニメとかマンガが「ダメ」という人も同じですねえ。根拠が偏見の場合ですよ。

最も、「偏見」が自分を救うことがあるのですけど、確率は微妙。
むしろ、自分の世界を閉じ、保守的に生きるのがよしと。
そういう生き方もあるさ。がんばれ(えぇ

Amazonでリンクさがしてたらこんなのが・・・
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00008I5EQ/qid=1141571293/sr=8-3/ref=sr_8_xs_ap_i3_xgl14/249-4884722-4253922

やべえ・・ゲームか。すげー気になる。製造中止か。やはり。そんなものかな。
さてこのゲームwin95って時点でXPで動くか怪しい。
でも、やってみたい気がする。

で、まあこっちがドラマCDですわ。
ソフィーの世界[CD]

あー

http://www.camusmovie.com/

げ、こんな映画あるの。
くそ・・・近場で上映おわっちょる。

気付いたんだけど、ホテル・ルワンダじゃないけど、
世の映画とはほとんど人の目にさらされることないものが多いってことですかね。
本って出版されるけど・・・というのと同様で、
映画も製作されるけど・・・っていうのと同様かなあ。

アマチュア映画、アマチュア作家。
やっぱ、切り込みは貫くところしかないなーと思うんですけどね。
評価ってのは、ほとんどが再確認で、ちょっとの発見があるだけだと思ったりしちゃう。

ザ・コーポレーション

いいね。
ほぼ狙った通りの満足感を提供してくれた。

企業とは一体何か。
まあちょっと意識が飛んでしまった瞬間もありますが、
基本的にインタビューなので、活字嫌いな人はダメかも。
映像の手法が面白いのはありますけどね(アニメとかゲームとかみたいなのね)

企業ってのものは、人なりといわれるように、
法人格があるわけですわ。で、人格じゃないにしろ、かなりそれに近いものがある。
でも、企業は「痛み」とか「言葉をしゃべる」とかそんなことは「ない」わけです。
そこで企業=人に対して心理テストをかましてみたら、あーら人格障害って判定が。
もちろん、切り口として、ネタとしてのレベルであると思います。
というか、別に「企業が悪である」ってことを言いたい映画じゃないと思ったので。
それなら、企業がいかにひどいかなんて、色々な日本でも裁判があるわけで、
まだまだそういう裁判は今続いてるんでしょうな。

でも、これは「企業」というコーポレーションを扱っているので、
特定の企業がってわけじゃない・・・ってことになります。
企業って何だと。人が作った擬似的な仕組みじゃないかと。
でも、そいつはとんでもない障害をかかえてるんだが・・なんでだ?

パンフレットを購入。
冊子の最後らへんに、色々なコメントがある。ちなみに、ランディ氏のコメントもあったり、
未来バンクの田中氏の話もあったりと面白いね。

観た後に、じゃあ何ができるかというか、どうすればいいんだってことになるかもしれない、
というのは少しあって、そういうことも書かれてました。
まあ、確かに、アクションをするのは難しいですがね。

まあ、環境破壊を企業はしているから止めようね、っていう1990年代くらいは
そういうレベルだったと思いますが、もちろん僕の感覚で、そうじゃあないってことですね。

やはりサスティナブルの話も出てきました。
確か、ツカサネットでサスティナブルなことを書いたことがあるんですが、
それについてコメントがきてて、「そういうのって西洋人が好きな考えだよね」とか
書いてあって、
「なんか、この人は何がしたいのか分からないなあ」と。
これを起点にして、ブログとは何かということに入っていけるんですが、
まあ、ここでストップ・・・とはいかず、脱線したままかいてみましょう。

そもそも、ブログとは何か、なんて人それぞれの解釈があると。
そういう前提のもとで。
それで、ツカサネットの記事とは何かという問題もあるんですが、まあそれは適当にスルー。
そのコメントをくれた人はおそらく「自分が知っていることを書いていたから、
まあ軽い気持ちでチャチャ(笑)を入れた」か、
まあ、少なくとも善意のコメントではないと思ったわけです。
これは、発言自体の解釈が問題であって、相手が「どう思っていたかは関係ない」レベルです。
もちろん、自分の解釈だけで社会が成り立つなんてそんな蛙思考はしらんですよ。

で、彼もしくは彼女は、何を求めてコメントしたか。
たまに暇だからコメントするって人がいそうですが、時間に関する価値観が全く持って
違うので、アウト。暇人にはスルーで対処ですな。さようなり。
こういうときは自分の立場を変えてみる。
そう、僕がコメントをするときは相手の反応が欲しかったり、
相手のここに興味が湧いたからコメントするくらいです。
だから相手からのコメントがあれば嬉しいですし、なければ悲しいです(笑)
そして、コメントをすると、相手の反応が返ってきた瞬間!まさにその瞬間ですが、
相手のコメントに対する考えや対応、そして人に対する返答なども、
分かります。だから、ここでいえるのは「相手を知るにはまず話かけろ」になりますね。

っていうことだと基本的に思っています。
暇だからコメントっていうのは、基本的に失礼だろうなと思いますね。
自分がされたら嫌なのでしない。決まった。

それてそのコメントをした人は、僕の考えが西洋人が好きな考えとか、
そういう西洋的思想にかぶれているとか、まあもっといえば、
そんなのは言いつくされているから、記事にするまでもないとか、
そういうことを言いたかったのかもしれません。
仮にそうだとしても、なんていうんでしょうね・・・。
これはすごく難しいところですが、あえていうと、言い方があるんだろうなあと。
で、レベルが低い人は、「自分は知ってるんだ、えらいだろう!がはは!!教えてやるわ!」となってしまうんですね。
それって謙虚であるとかどうとかのレベルではなくて、もっと別のものな気がします。

相手のこちらの考えるレベルが低いのか、
そもそもコメントをこちらは返さないので、そこで終わりなわけです。
何も産まないですね。不毛ですね。

いやあ、こういうことがあると、なんか人って悪い意味でですが、
色々な人がいるなあって。だから、「神」という絶対者を想定しちゃって、
何かおっぱじめる人がいてもおかしくないと僕は思ってますよ。
っていう流れで、話が合わない人がいるのも当然だと。

でもね、最低限のマナーというか、コメントの仕方というか、
そういうのがあるんじゃないかなあと。
そうなると、ネチケットなんていうもう死語になってしまった言葉で、言うしかなくて、
顔が見えない相手にマナーを要求するのって、結構レベル高いことなんだろうなって、
すごく基本的だと思うんですが、思ってしまいますね。

脱線しすぎたか。

それで、企業って何か。
とてもじゃないですが、大企業の社長はコントロールできてないと思います。
とてもじゃないですけどね。なんかのビジネス本か、起業家の書いた本に、
100人くらいまでOKだけど、1000人になると起業家一人じゃ無理で、
訓練を受けた、つまり管理ってものをきっちり学んだ人じゃないと統率は取れないみたいなことがかかれてたのを思い出します。

だから子会社化してグループ会社化するって手があると思うんですけどね。
それやると純粋にやりづらい(=経営し)づらいんでしょうかね。まあいいや。

むしろ経営者は象徴的でさえあるかもしれませんね。
いやあ、まあありそうな話ですね。

まあ、そこらへんにしておいて。

こういう作品を作って世界の観ている人に考えさせちゃうのって
やっぱいいなーと思いますね。表現者の領域ですね。
あと、自分もそういうの作りたいとも思いますね。
上で述べた感じたこととは別の頭も働くのが最近の脳の動きなりけり。

自分とは関係ないものをいかに関係あるものとして引っ付けるか。
関連付けスキルみたいなものでしょうか。
最近これ結構ついてきましたね。学生時分とはやっぱ比べ物にならないかもね。
うむ。

というわけで、企業に興味ある人はオススメの一品。
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