ReadMasterの軌跡

面白いことを仕掛ける。仕事を作る。ビジネスを作る。そんな日々から出てくるアウトプット蓄積場。

2005年12月

会社員にとって

経営者視点と残業コントロール力は・・・・
不必要だと感じてしまった。

いや、なんでか。
もちろん、結論からいえばこれらは僕にとってはすごく大事なものだけど、
「会社員」にとっては必要じゃない・・・。

もちろん、さらにいえば、今後幹部や、管理職とか、人をまとめる立場には
ある程度必要かもしれないが・・・。

なんでか。

そもそも、自分の立場と違う立場に立って考えるのとは違うわけですわ。
一従業員が、会社の将来を危惧するのは勝手ですし自由ですが、
悲しいかな、そういった経営者視点は果たして自分に何の意味があるのでしょうかねと。
そうすると大抵はそんなもん意味がない・・・。
起業とかしたい人は別でしょうし、経営に興味ある人も別でしょうな。
逆に言えば、普通の会社員には不必要な意識。
だからそう思ったんですわ。
だから、普通じゃいけないんですわ。だから、働きマンになる必要があるんですわ。
ただ、死なない程度にやらんとだめですね。元も子もないっす。体が持たないとね。

次に、同様に、残業コントロール力もです。
こいつはつまり、時間管理とコスト意識の話ですけど、
これも会社員にとっては必要なさそうです。
だって、残業すればお金もらえるわけで、それで自分の時間がなくなっても、
まあお金もらえるわけですよ。
コスト意識なんて、考えることはないでしょう。お金がもらえればいいわけで。
まあ残業代が出ないというのはある種暗黙理でもあるので、いかんですが。

ここでいいたいのは、僕はどうやって意識をしてどうやって生きて、
どうやって働いていくかってことのみです。

僕はそういう意味で会社員というのが、自分の考えから、ミスマッチだと思ってます。
多分そういう人は結構いる気がしますが、

そういう人の中で、会社に勤める以外で生計を立てることが見つからないか、
分からないか、それとも面倒だといってあきらめたか、
逆に会社で働くことが自分には合っていると思って選択したかどうか・・・ですかね。
な人は会社員でも、ミスマッチだと思っているんじゃないかなーと思っているわけです。

非常にシンプルに考えると・・・ですね。
人生一度なんて僕の好きな歌があるくらい、そんなもんなんですわ。
激動の人生を送る必要性はないんですけど、やりたいと思ったことはやらないと、
あとこうやっていきたいのがあれば(ないならいいんですが)それをすべきかなと。

そういうところを突き詰めていくと、やっぱ会社員ものタリンですね。
で、起業しちゃえばそれらが万事解決するわけでもないとも思います。
要は重視すべきものが、起業家と会社員では違ってくるだけの話。

僕が会社員に批判的なのは起業をしたいからという視点をお忘れなく。
そうしなきゃ、会社員の人で、なんも目標ない人は読む気せんでしょう?


2006年のキーワード

目標とか書いちゃいましたけど、キーワードを設定します。
軸がぶれないようにってのが一応の狙いっすわ。

キーワードは3つ。
文章、ビジネス、プログラミングです。

文章は、ブログ、メルマガ、ITEBなどで色々書いてますが、
まあ文章力を鍛えるなんて意味ではあんま書いてませんね。
適当な言葉遣いとか多いんで。だから質が悪い内容ってのはいかんのですがね。

ツカサネット新聞に投稿をすることで、文章力と報酬の一石二鳥を狙ってます。
文章というとちょっとでかいですけど、
まあ要するに、もっともっと文章を書いていくぞ!ということです。
分かりやすくていいですね(ほう

ビジネスは、まあ起業という意味合いもありますが、2006年に起業をする予定はないです。
ご安心を(ん?早く起業しろって?いやん)。
ビジネスというとあれですが、何か小さい商売をするのがやっぱ面白いですね。
今年はなんかやるぞやるぞといって結局できませんでしたが、
別に全てが八方塞がりってわけでもないんで、オールOKですわ。
ビジネスという意味では、ITEBもその可能性ありますね。うひょひょ。
後は個人的にやれることをやるのみ。
ちなみに会社でビジネス力をつけるというのはやや放棄して、
なんていうんでしょうね。もちろん全てを肥やしにするってのは原理原則ですが(笑)
うまくもっと還元できるようにしたいですね。1肥やしをゲットしたら、1全部還元できなくとも、
せめて0.5くらいは。今年はなんか1肥やしがあっても、ほとんど還元せず終わった気がするんで。

還元ってのは、自己に反映させるとかそういうことですな。

最後のプログラミングは、4月の試験受かるってことです。
もう実質4年ちょっとしか居られないので、しっかり今年の成果というか、
振り返るという意味で、土台を築いとこうかなと思ってのトライですね。
予想では、僕はこのソフ開を取ったら情報処理試験はもう取らない気がします。
なんでかといえば、僕には必要がないからという単純な理由で、ですが。
もちろん今での話なんで、気が変わることはあるでしょうな。

ただ、これ以上首を突っ込んでもダメというか、僕の限界というか、
興味が切れそうです。いや、プログラミングとか技術的な話は面白いですけどね。
まあ資格云々は話すと長くなるのでこれにてストップ。


文章と、ビジネスと、プログラミングの3つをうまく結び付けられるだろうと思ってます。
なんでかといえば、核がしっかりしているのでぶれることがないからっすね。
これらは有機的?に結びつくと思えます。
文章を磨けばビジネスかプログラミングに、ビジネスを磨けば文章かプログラミングに、
プログラミングを磨けば文章家ビジネスに、または複数が同時に。
そんな形ですね。

よし、きれいにまとまった。
キーワードは、サイドバーに追加しときますわ。よし。


カラフルから

ちらっと前書いたんすけど、
カラフルっていう東海地方の劇団が祭りをやったという話。

その事例に学べーというわけでもないけど、参考になりそう。
ITEBを盛り上げるというテーマというか設定にして、考えると、
まあIT業界を盛り上げるまでいかなくても、
今って、どうなんですかね。

二極化という言葉は腐るほど聴いてるので、
半分ミミタコで、眉唾なんですが、
それってつまり、やらん人間はやらんと。そしてやる人間はやると。
それを二極化というのは乱暴だと思うんですけど、
そういう捉え方をしている感もあるわけですわ。自分も。ってことは社会もかねえ。

僕にとってはITEBは自分を高めるための場でありたいですね。
同時にお互いを高めあえる場。
そしてさらに、参加者がつながって、そこで可能性を感じられる場でもありたいですね。

それらが可能だと思ってます。まあ、いきなりはムリですが、2006年に徐々に
つくっていきます。お楽しみに。

何かを盛り上げるというのは、目標はあいまいに聞こえるかもしれませんが、
目的は結構でかいと思うんで、影響力は大きいのかもしれないなーと思いました。
手法を変えれば、色々な可能性がまた出てくるのでそいつをまた試すこともできるし。
楽しそうっすね。いえい。

メルマガだけ出しとこ

部屋がきったないので、掃除兼なんてことをしてるわけですが。
今宵はダチンコとの忘年会。

ハッスルするか(死語

にしても働くようになって、ダチンコとのつながりが妙に大事だと思えてきたなあ。
そりゃヤなやつはヤでいいのだけどさ。

てか、もうこんな時間かよ。DAMN!

メルマガ今年最後の発行だけはしときます。
なんかすげー言い忘れたことがあった気が。

えっとえっと、多分キノセイですわ。


いざ

ちょっとヘバってました。
え?ヘバるって。あんたらしくないね(いや、まあいいでしょう)

1日の中で、ふと思いついたことは必ずメモるか携帯でメールしておいて、
後で書くことにすると思ってました。
それくらい余裕がなかったです。いやん。

で、それらを書くのも面白いんですけどね。
去年の年越しは、学生だったんで、まあ卒論に追われていた感はありましたね。
卒論通らなかったらどないしようとかね。
でも、いつも思うのは、死ぬわけじゃない。なんとでもなれという
一種の放置プレイ的突撃スタイルが功を奏したようです(あれ、この言葉あってるっけ・・。

今年はなんていうんでしょうね。
仕事を優先しなきゃいけない(自分の命よりは、ではないですが)のは、
当たり前だなあと思っております。なぜならそういう契約?で働いているわけですから。
最も契約云々を話すと、誰でしたっけ、万人の万人による闘争だっけ?
あれ、違うな。自然法って、イギリスあたりで何かありましたね。
あそこまで・・・戻らなきゃいけんかもしれませんね(ほう

そういうことを考えていくと、サラリーマンってつまらんなーと思います。
最もサラリーマンとして働いている人を否定するわけじゃないですが、つまらん=否定なら
そうなります。気分を害される方は幣ブログなんぞ読まんでしょう。修行がタリンわ!(笑)

実力ある人間は、自分で仕事を創ることができる・・・。
これは一理あります。ただ、全員がそうでもないようです。
例えば、サラリーマンで仕事をしているのがいやだというのもあるでしょう。

僕の直観ですが、なんだかんだいっても「サラリーマン」は安定していると思います。
もっともリストラの時代にこんなこというのは時代錯誤なんですが、正直なところ、
フリーターより安定しているというのは確実だとは思います。

仕事を創り出せる人間が、すぐに飛び出すかというと、
そうでもないようで。そこに人間の性格やら志向やら目的やらが絡んできて、
そういう素敵な上司、素敵な社員も、会社がうまく人材として活用している部分もあるわけです。


となると、結構飛び出す人は限られてくる気がします。
まず、サラリーマンでいいやとか、とくに仕事でやりたいことは、勤めているレベルで
実現できるからいいや(こういう思想がない人もいるかもしれませんが)、というので、
5割くらいでしょうか。
仕事を創れる人は、おそらく全体の1割か2割(!?)で、
それらの人は、会社が人材としてがっちり活用している気がします。

あとの3,4割の中で起業とか、独立できる人がいそうです。
ただ、独立したいという人の中には、単にそうしたいというだけの人もいて、
悩んだり、不安になったり、シミュレートしたり、リスク考えたりとか、
まあちょっとネガティブに考えることも大事だと思うんですけどそうしない人もいるので、
そういう人は本当にやりたいことではない・・・ので、話がつまらんですね。
そういう人は、この中で7割くらいいます。だから、
さっきの割合でいえば、3,4割のうちの70%が、やはりサラリーマンであるといえます。
残りの1割。

つまり、残りの1割がサラリーマンと起業のどちらかを比較して、客観的にみれる立場にいて、
そしてどうするかを考えている気がします。

最も適当な推測なのでキニセズ(えー

ちなみに、僕は青二才なんで、こういう考えがあります。
「会社でこういう仕事をやりたいとか、こういう仕事はやりたくないのがある」というならば、
それは会社をよくするというか、自分が動いて何かしらアクションをしかける必要があると
思っています。
自分でこういうことをやりたいというのがなければ、会社の仕事をやっていればいいなんて、
そんな悲観的な見方はやですね。

自分でやりたいことがあれば、行動をするしかないでしょう。
一番いかんのは、会社に対して文句を言っているだけで、自分で何もしない人ですね。
まあその人間が好きになるかどうかの基準は、こういうスタイルにあるといえますね。

めでたしめでたし(ぇ

メルマガ休んで

詩人の歌を更新しとらん。すまんセクさん。

メルマガはちょっと放置して、ブログを書いて寝ます。

今日、がむしゃらに働くということの本当の意味はなにか。
というか、「本当の」なんてつけた日には腐るほど問いがでてきそうなんで、だめか。

がむしゃらに働くのと、思考停止・思考放棄の違いは何か。
これだ。

働くとき、考えずにやってたら、なんも成長しないと思う。
成長しないと、おそらくつまらん。それは感覚というか、事実。
この事実を認めたくない人も中にはいそうだ。
例えば、自分や人が成長することに嬉しさを感じない人もいるだろう。
でもそれって結構つまらんかもしれない。真剣味が足りないというか。
こうなんていうんだろう。自分の人生に対する責任がないというか。
責任じゃないなあ・・。
切迫感とかっていえばいいのかな。まあいいか。

働くことで我を忘れて働くこともあり。
でも、それだけじゃまたつまらん。人間ってのは贅沢な生き物だ、ほんと。

分かった。分かった。
あらゆるやりたいこととかいってることも分かった。

で、自分に問うわけ。
「で、あんた何がしたいの?」と。

この質問でたじろいではいけない。まあそりゃ唐突ならビビルけど。

適当に自然に説明すれば、
長期目標と短期目標を両方用意しておくほうが分かりやすし、迷いにくい。
でも、目的ってなんだよ。

人生の目的は何かという問いに結局たどり着く。
そうなると、大抵の人間は、そこで思考を放棄する。
もちろん、毎日そんなこと考えてたら、結構辛いけど、僕の場合は適度にそういう問いが
結構回ってくる。忘れてた頃に思い出す。デジャブ的だけど違うそういう感覚がある。

放棄しちゃいけんのだと思う。
なんでかといえば、あくまで問いをして、忘れてまた問うだけの話だ。
「人生の意味なんて分からんから、考えなくていい」というのはキライな理屈だな。
あと、「分からんからどうでもいい」というのもまたアレな話で。

分からないからこそ考えて、どうでもいいことだからこそ考える。
そこに哲学ありとにらむ。というか、別になんでもいいんだろうけど>対象とすることは。

結局あんた何がしたいのって問いに答えようとすることが大事なのかもしれない。
とりあえず、小さなことから始めるのが良さそうみたいだ。

賢人曰く、
「やりたいことができないのではなく、
やりたいことの前にやることができていないだけ」

意を解せば、やりたいことを細分化しろってことだ。
中学生で歌手になりたいなら、まず歌の学校へ行くとか、
ボイストレーニングとか、そういうことも大切だけど(科学的な話はしらんぞー)、
やっぱまず歌うことが楽しいとか、歌うとか、歌うのが好きとか、
そういうところから始まるんだろうなあ。

えてして、人はこの順序を間違える。
歌手になりたいのに、歌が嫌いな人もいるわけで。
そういう人は歌手にはなれないから、そう。
「歌手になりたい」なんて言葉だけの、マウソンリー(口だけの意)ってことさ。

?になりたい、これをした、あれをしたいって連発してもいいさ。
でも、個人的には一つに集約されると思う。もちろん、ベクトルの違いで、
複数になることもある。でもやはり、核は1つというのがRM的思考なり。

で、結局のところ何が言いたいか。

ふむ。
結局、俺は俺だーってことだ。

なんか久しぶりにほえたぜ。いえい。

日経ビジネスと天国の本屋

日経ビジネスデビューっと。
にゃるほど。超国家企業というのは以前本でチラッと読んだことあるんで、
なじみあるっちゃある。

ホンダがタイ国での、二輪免許を実際に運営してるってのは驚いた。
ふむ。企業ってやっぱすげーわ。


天国の本屋早速調べてみた。
ふむ。オリジナルは、天国の本屋シリーズらしい。
そもそも、天国の本屋は最初、次、そして3つ目の「恋火」という流れあり、
去年の6月(つまり、2004年6月)に映画化されたタイトルは、
「天国の本屋?恋火?」というものらしい。

DVDで見たいところだが、まず原作から攻めるのもある。
うーん、迷う。迷ってたら、今年終わりそう。ひー。

will忘年会

行って来ました。
ふむ。所属集団は複数あったほうがいいですな。
あ、準拠集団でしたっけ。まあどうでもいいや。

話して飯を食える人が多いってことは素敵なことだなーと、
別にムリにそうする必要はないんですけど。
友達が多いってのはそういう意味では幸せっすね。
最も友達の多寡でその人物の評価は決められませんが、
でも、友達が多いってことはコミュニケーションの術を知っているってわけで、
やっぱ良いかなとは思いますね。うむ。

今年も終わりって感じですね。
明日から仕事納めモードでラストスパートですわ。
いえい。



サンタの話

3つあり。

まず、1つ。
書いちゃったかもしれないけど、日経の夕刊のコラムで、茂木さんだっけ。
そういう脳科学者の人が書いてて、その人がサンタがいるとかどうかじゃなくて、
こどもがそういう想像をできるかどうかが大事なんじゃないのとかいってたのが
印象深い。
最もだ。夢がないと=現実主義ではないんだ。
夢を見るってことは、現実を正確に把握しなければ、見れないんだ。
そういう意味で、現実を見れてない人は、夢の土俵に立てない。
と、えらそーにいってみる。

次、2つ目。
最近、「サンタクロースってほんとうにいるんでしょうか」というキーワードで
ここに来る方がいるようだ。確かにそういう本がある。結構古かった気がする。
その本の内容は忘れちゃったけど、サンタはいるって話だったかな。
この本を調べる人がいるってことは、やっぱなんかあるんだろうな。
なんか?よくわからんけど。
1つ目の話とかぶらせると、赤い服きたおじさんがサンタじゃなくてもいいわけですな。
んー関係ないか。

3つ目。
34丁目の奇跡という本が映画?がある。この時期に定番で売れる気がする。
だって、サンタがいるって話だから。
この本で注目すべきは、サラだったっけ?女性が、サンタなんているわけないわ、
という考えが、ある「サンタ」により変化していくところだ。もちろん?恋もあるんだけど。
そういう意味で、サンタなんていませんよ、サンタなんて信じちゃいけません。
という考えをこどもに言うのは、あんまり良くないといえちゃう。
だって、そこには「空想」「想像」そして「創造」もないのだから。
そういう人間が、育って果たして創造性のある社会を作れるんだろうか。無理だろう。
最も、僕がそういう創造性のある社会が良いと思っているだけだから、
現実という中でもがく蛙ちゃんであってもいいのだけど、それじゃもたんと思うわけですわ。
創造性ある社会でも、カモのように水面下ではめちゃくちゃもがいているわけで、
もがいてない社会なんてないと思うんですわ。(え


3つをまとめると、
サンタはいて、想像は大事で、想像することから創造できるんじゃないかと思ったこと。

きれいな独り言でござい。

下流社会

以前ちょっと書いたけど、AERAに記事でちらっと出てきたから読んでみた。
正直薄いっす。買いじゃない。ネタとして買ってはいいかもしれないけど。

Amazonのレビュー154件もあって、どれどれって見てみると、
批判的な意見に僕は賛同する。確かに、タイトルがうまい気がする。
おそらく、「上流」というのが自然に人が望むものなら(もちろん仮定ですあ)、
俺は下流じゃないぜ、なにくそーという感じで、買うのかな。
ん?説明になってないな。
要は、下流ってなんだよって感じで買う人多いのかなと。
という自分がそうなんですが、くそ・・・。

中身は、アンケート結果+薄い考察で終わっているのに、売れているそうな。
ということは、雑誌感覚(といったら雑誌を悪く言うわけでもないのですが)で買ったら、
アウチって感じな結果になりましたと、そういうことになりますかね。

文中にあるなんかよく分からない写真はなんかよくないと思うなあ。レビューにもあったけど。

僕が期待したことは何かといえば、現代を下流社会としてどうとらえていくのかだけど、
僕が理解できたのは、要はアンケート調査の結果で、意識が、ここ重要なんですけど、
意識として「中の下」とか思ったら、それは下流になっちゃうようです。
意識するかどうかということでいえば、アンケート結果の項目にそれに丸をうったら、
意識というかムリに意識させているという、トリックもあるわけで。
屁理屈じゃなくて、社会調査のやり方の問題かもしれませんな。うふ。

まあ、内容が薄いのは確かです。

あと、下流チェック項目はスルーした方が賢明でしょう。
自分らしく生きる人が下流って、なんでかなーとか思ってたら、
最後らへんで、どうも下流の方が自分らしく生きるためにフリーターとかになって、
所得が少ないから自己投資とかもあんまできないという悪循環みたいな文章があって、
多分ここと結びつけているんじゃないかと。
かなりゴウインですね。ゴウイングマイウェイはこういう使い方しちゃいかんですよね。

光文社新書は個人的にはあまり好きじゃないんですが、その評価を後押ししちゃったようです。
光文社許せ・・・。光文社のペーパーバックは面白い気がしますけどねえ。

ま、それはともかく、階層で分けたり、世代で分けるのは、マーケティング的にはOKというか、
必要でしょうけど、なんかそれの価値観についてどうこういうのは別だなと。
そういう意味で、著者の主観とマーケの分析がごちゃごちゃな気もしますね。

例えば、ギャル系の女性に何か売りたいならマーケしなきゃいけんですけど、
それと彼女らの価値観を云々言うのは別ということです。
多分、これが本として上梓?されたんだから、やっぱ狙っているんだろうなあ。


下流社会 新たな階層集団の出現下流社会 新たな階層集団の出現
三浦 展

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メガチカを。

久しぶりに演劇。
外は寒い。なんか食べても食べても腹がすいている。
さすがRM(意味ナシ

ネタバレ的なものもありそうなんで、メガチカ見に行く予定の人はスルーをば。

チェーホフの作品なんぞ僕は読んだことも見たこともないんだけど、
気になるからいく。さすがGOINGMYWAY。というか、それ人間として普通でしょうと
突っ込みを入れつつ。

毎度思うんだけど、これ500円安いよなーとか思ってる。
多分戦略的に、入り口を広くする(料金が安いから入りやすくする)って意味で、
まあ初の試みってこともあるんだろうけど(ドラマリーディングが)、コストパフォーマンスサイコウ。

正直面白かった。やっぱドラマリーディングいいね。演劇っていいね。
という感じ。メガチカ最高といっておきませふ。

一冊の本がその中で独自の世界(この場合の独自という言葉はオンリー1という意味より、
創造した世界という意味合いで)を作るってことがある。
というか、ある人の話はやはりその人の話でしかない(他に通用するとかそういう意味ではなくて)。

そして演劇も、あらゆる芸術というものもそうだ。
だから表現しているものは何なんだこのやろーと大分考えてきたんだけど、
やっぱそれを理解するには、自分が表現するということをしなくちゃ、
話にならんという。営業やったことないやつが営業わかるわけねーという理論(笑)

世界を作るというか、ある種の空間を作るというか、
そういう世界をたくさん創り上げるというか、そういうのはすごく楽しいと思える。
例えば、コミュニティなんてものも同様かなーと思える。

チラシの中に、カラフルというフェスティバル(祭りっすね)を4年前にやったという文章があった。
それは、東海地方の演劇を盛り上げようというキーワードで各劇団が集まって、
結構大きなイベントをしたというものらしい。

これをそのままITEBに転用というか、発展させるというか、応用させるというか、
まあなんでもいいけど、何か使えそうだと思った。直感的に。

今ITEBに欠けているものを指摘することは非常に簡単だ。
よくいるんだ。現状の否定しかしない人間ってのは、腐るほどいる。
でも、それってやっぱつまらんだろうと。本人はそう思っても「どっかから」誰かがきて
現状をよくしてくれると思っている。
サンタがいないというくらいの想像力のなさ、心の余裕のなさを越えて、
ムシのいい、自己中っぷりを発揮してくれる。ええい、そんなやつくたばっちまえ!(笑)

おっと、脱線しちゃう。
ITEBに応用させるとなると、他コミュニティと交わっていくとか、そういうこともあるし、
ITEBメンバーだけじゃない祭りをやるとか(これは来年の6月にやるのでOK)、
遠くを見ているが、近くで動くというスタイルにもっていこうと企んでいる。

環境問題でいわれる、Think Globaly,Act Localyという思想と同様だろう。

目の前の仕事をこなして、その蓄積分をアウトプットしていくと、
必ず足し算以上の、掛け算、さらに累乗の可能性も出てくる。
きっかけはなんだっていい。来るもの拒まず去るもの追わずだ。

社会の一員とか、社会的大義なんてことをふりかざすことなんてしなくてもいいのさ。
断言できるんだけど、自分が面白いというものが、他人が全員つまらないということは、
まずあえりえない。
自分がつまらないと思ったものと共感する人を探すより、
自分が面白いと思ったものと共感できる人を探す方が、
多分人生は楽しく、そして出会いは面白くなるだろうといえちゃう。


にしても、役者は良い顔してるわ。素敵だ。

関連サイトっと。
今やってるドラマリーディング用サイト
http://megaton.fc2web.com/act8/
毎月楽しみでしょうがないんですが。

刈馬氏の個人サイト
http://www.kenet.jp/chaos/
ブログおもしれーな・・。


どうでもいいけど、DMとか、販促(演劇を見ろーというのだから違うのかな)として、
公演前に適度にメール便くれるのはすげー。
いや、ホント、出会えてよかった。ありがとふでございます。

誰かが感謝感謝とかいってるのをみて、すげー感謝って言葉嫌いになったけど、
あえて感謝といってみたい。というか、誰だよ・・・変な風に感謝感謝いってたのは(笑)

なんか地震来た。寝てた。体が痛い。たっけてままん(笑)
震度4すか。むう。

日経読んでたら、四季の話。あ、劇団っす。
http://www.shiki.gr.jp/applause/rokumeikan/index.html

三島作品の上演だそうで。
かなり惹かれる。

新聞の記事に浅利氏のコメントで、
「一人の作家を継続して取り上げるには十年かかる。長生きできないかもしれないから、
この辺でやらなきゃ」

む。これはヤバイ気がする。
いや、こうやって一つというか、何かを表現するために数年以上、ここでは十年だけど
費やしてやるってことは、「相当」以上、プロとか、仕事とか職業とかを越えて、
自身と一体化してなきゃできない。

それをやり続けた人はおそらく外からは「プロ」と呼ばれるが、
その「プロ」という言葉では、表現しきれてない何かがあるのだろう。
ベテランとはうまさよりも、どうしても年数と経験に目が行くが、
本当のベテラン、いやプロとは、そういう切磋琢磨を怠らず、自身とその対象が
限りなく小さい人のことだと思える。

行きたいんすけど、これってチケットとれるんすかね。
む。悩む。2/14?3/12までっぽいですが。


もう1ネタ。
吉祥寺駅北口を西へ向かうと、TRICK+TRAPっていう店があるそうだ。
とりっくとらっぷ。推理の本とかを勧めてくれるそうな。いいね。
僕は推理はノータッチですが、こういう本の店はいいなと思う。

amazon紹介料

久しぶりに見てたら、ほう、1500円まであと300円ほど。
1年で1200円なんで、年給が1200円ってこと。
いや、給与じゃないな・・。己の力で稼いだ額だ。

どうでもいいけど、会社の仕事の給料は自分の働いた対価とは思えんのですよ。
いや、それは給料が低いとか高いとか、そういうことじゃなくて。
やっぱサラリーマンってそういうもんですよね。しょうがない。

今のところ、複数箇所からお金の流れを発生させる案(長!)は、
まず、今はせどりみたいなことはしてなくて、むしろ買う方に回ってる。
おらおらもっとせどって、Amazonに中古品だせや、こらーっと(おぃ
まあ、その価値あるから買いますよ。おほほ。

それ以外だと、今みたAmazonのアフィリエイト。
まあ、他のアフィリエイトはばっさりきったけど、本は関連性が深いので良し。

他にはツカサネットの投稿。
これは今後有力になりそう。なんてたって、ブログ書いたものそのまま乗っけてもOKだからさ。

お金になるかどうか分からないけども、やれることはやらなきゃいけん。
お金が欲しいというよりも、分かりやすい成果ってのはあるなあ。
1箇所から10万より、2箇所から5万ずつってのが、最終的な狙い。

お金の使い道は、金は天下のまわりものなんで、
独り占めはしない方向で。うふ。

可能性を求めること

なんか刺激足りねーぞ、ということを結構書いたり言ったりしてて、
なんでだろうかなと考えていたところ、思いついたというか、今そう思っていることがある。

それは可能性が低いってこと。

そりゃ、あんた1年目の新人に色々やらせておらおらーって可能性探らせるような、
ところではまあないんだろうなというか、実際にそうだからいいんだけど、
まあそういうところなわけ。

まあいいさ。なんでも。環境はどうでもいい。

事実そうだからしょうがないというか。現実を見ているとそうなる。
ここからどうするか。

まず可能性って何を意味しているか。
それは単純に、おお面白そうなことできそうだなっていう感覚のこと。
それが今9ヶ月間勤めてきて、ない。もっと何かあると思ってたんだけど、ない。

そういう意味で仕事をもっと楽しめるとか、そういうことはある気がする。
学んだことはあるし、感じたこともほとんど全てアウトプットしているので
分かる人は分かるかもしれない。

でも、可能性がないんだ。全くないわけじゃないんだろうけど。

ああしたい、こうしたい。ならこうすればいいじゃないか、ああすればいいじゃない?
こうやってああしてそうすれば、こういうことができる、あんなこともできる。
どらえもんの歌はそういう意味で好きだ。

自分がここに生きていて生を実感するとき、確かにそれだけで幸せというのもあるだろう。
でも、それは幸せの一部で、全部じゃない。でも、一部の合計が全部ってわけでもないわけで。

可能性が会社にないなら、なんら問題はない。自分で可能性を生み出せばいいだけのこと。
非常にシンプルだ。
これは会社が悪いわけでもない、自分が悪いとも思わない。
そういう会社があり、そういう自分がいる。で、今からどうするかを考えた方が、
多分自分にとっても会社にとってもいいだろう。

世の中甘くないという人間がめちゃくちゃ甘い人間というケースもあり、
単なる自分は知っているから、そういうことがあったからといって、
甘くないというだけの人間もいる。何か無駄なアドバイスというか。そういうアドバイザーもいるわけで。誰もがうまいアドバイスできるわけじゃないし。

世の中甘くないなんて、どうでもいいことで。それはアンタの認識の話だ。
やりたいようにやる=世の中甘い、なんて考えをしている人がいそうで恐い。

むしろ逆だ。否定を肯定して、肯定を否定しているってことかな。
だから、やりたいことをやるってことのほうがおそらく「大変」で、
やりたくないことをやっている人は「大変」じゃないこともある。
なんでか?考えが違うとそうなることもある。というか、そうなる。

可能性を常に求めて生きてきた。
今自分がどう生きたいかが問われている。というか勝手に問うているだけなんだけどさ(笑)

ハッピーニュース

ネタは、ラジオから。

http://cnn.co.jp/business/CNN200512180002.html

多分このCNNの記事を読んだのだと推定。

で、どうも日本版という意味合いでは、
http://www.readme-press.com/happynews/index.html
ここかな。
ReadMeって何しているところか知らないけど(おぃ
新聞協会のページだけか・・。なんだ。テキストサイトのリングの方かと。


視点として、世の中のハッピーをニュースとするのは良いっすね。
ハッピーポイントとかいうのがあるサイトを思い出したね。


ドライバーマナーの話

朝ラジオで、ドライバーマナー改善を訴えるコーナーがある。
正確には、ラジオの企画で、登録して違反とかなかったら何かもらえる?とかいうものだけど。

でも、これって聞いている人で実際にエントリして
それをやるってかなり限られるのではないかと思ったりする。

それはいい。
もっといかんのは、そういうことを意識すべき人はしないような気がする。
これを、非対象者へのアナウンスという。と勝手に名づけた。

APバンクというミスチルの桜井氏が創設者の一人であるというものがあるが、
なるほど、ミスチルがやるなら僕も私もやるという
いわゆる有名人、タレント、魅力ある人の行為は影響度が強いようだ。

まあ分からんでもない。そりゃ好きな人なことは知りたくなるし、まねたくもなる。

だけどさ、別にAPバンクは関係なくて、
それってどうかと思う。事故とか恐ろしいなんてのは、
自分の命の尊さとか、すげー道徳みたいなことを突き詰めれば分かるし、
怒ってカッとなってなんかするってのは分かるけどその結果よいことになるなんて普通ないし、

って、未だに怒る人がいるからなあ。
相手を怒ってどうにでもなる問題じゃないでしょうというのを理解できない人。
年齢がより高ければ高いほど、悲しくなるね。もういいけど(笑)

そりゃ、くそガキが(笑)なんかやらかしているのを注意するとかいうのはいいけどさ。
個人的に怒られるのはキライだけど、最もだと思えばぐっとこらえて直すと思う。
逆をいえば、最もじゃないと徹底的にやりあう。さすが、ブロガーだ(ん?

ジュンク堂

ほう。
QUOカードがジュンク堂で使えるようになるそうな。
なんでそんなことするかというと、QUOカード自体が8割は贈答品だからだそうだ。

プレゼントとしてもらった人は、まあQUOカードを使用するんだけど、
QUOカードって仕組みはぷりべいどかーどなわけで、
ここらへんよく分かってないんだけど、要はキャッシュがハイってこない。

QUOカード購入者は現金と引き換えにカードをもらうわけで、
じゃあその現金は、カード販売店のものになるかといえば、微妙だ。

そもそもこういう商品券かどうか分からないが、その手の類のものは、
協会とか連盟があって、そこでいわゆる国家のCDとかCD2とかなか、
お金の量の概念ありましたねーって、それをやっていると思う。
そうじゃなきゃ、QUOカード5000円分とお金5000円が一致するようにはできない。

つまり、QUOカード販売=発行と考えるなら、カード枚数とか規制してるんじゃないの?
って、そういうこと。
それは紛失とかもあるんだろうけど、普通は?使い切ったカードは店側で
回収していくってことかな。それで把握するとか。

ここらへん面白そう。

で、ジュンク堂は本屋だけど、そこでQUOカードが使えると、
結構お客でQUOカード使用で入る人も多くなるんだと考えられる。


あと、もう一つ。
ファミリーマートは独自の書籍とかコンテンツを結構積極的に展開しているそうな。
アジアで書籍販売って見出しの記事あり。
これはこれで面白そう。個人的にはファミマは好きだな。


あと、本で、人に言えない仕事が儲かるかーみたいなのがあって、
それをアマゾンで調べたけど、どうもレビューがぱっとしないようなのでスルー(ほう

忘年会にて

続きっぽいものを。

で、ちょっと歌ってきて、妙にテンションあがって寝て起きる。
すばらしき休日の使い方なり。

忘年会で感じたのは、考えもってやんないとアウトだってこと。
そんな話微塵もしてないし、どうもする気が起きない。
先輩や上司は語るべき相手ではないというか、その車間距離が本当に分からん。
ほら・・・いつか起業してやるといっても、それは会社的にはどうなんだとか。

そういうことを「あえて考えた」上で、語るのもありかなと思うけど、
どうもそういう気分になれないから、これはこれでよしとしよう。

アウトっていえば、
仕事に対する時間から得られるリターンがまだまだ小さいなと思う。
いや小さすぎるといっていい。学びの成長曲線的にいえば・・・
半年ちょっと経ってからくらい大分いいかもしれんとは思っていたんだけど、
やっぱだめだ。なんか無気力要素が多い。

仕事をこなしても評価されるわけでもなく、
ミスをすればまあ怒られるのはいいんだけど、じゃあ僕が一体なにをして、
何を仕事でしてきたかってのは、目に見えなくても本当に何もないから、
実際に己の原動力は「自己評価」であるのみ。

後は、自分の仕事以外で好きなことととかで生活が成り立っている気がする。

分かるさ。
仕事ってのはそういうもんだっていうのは一理ある。
でもそれはちょっと違うなあ・・・。
自分の理想でもなんでもいいけど、仕事派こうやってやりたい、こうあるべきだってのが
あればそれはどんどん試すべきなんだろうかなとは思う。
でも、それをやっていない、やれていないという現状が実際にあるのが非常に歯がゆい。

自分がすげー能力もっているなんていわない。
でも、そこそこやってそこそこやれるっていう実感はある。
それが押しつぶされることはないけども、伸びる場というのでもないようだ。
ここらへんは会社云々というか、自分の考え次第なので、まあアレといえばアレだ。

好きなことを仕事にしたら云々という話もあるけど、
それは大抵の場合、好きなことを仕事にしていない人の否定的な意見で占められているので
スルーしよう。

自分のやりたいことはなんだ、自分はどうしたいのか。
そんなことを考える人間も案外少ないようで、
本当に自分と向き合っている人間はすなわち少ないようだ。悲しいけど。

そんな人間ばかりいたらつまらないかもしれないという、
妙に納得しちゃう考えもあって、まあその通りかもしれない。
とにかく、自分を信じるのみだ。(おー


何で生きているのか。
久しぶりに出てきた問いだ。
忙殺されて何も考えられないってことはない。
むしろ、束の間の休息で「ばー」と色々な問いが出てくる。

本当に自分はこれでいいのか?そういう問いは必要だと思う。
自分の今を否定することはなく、批判的に自己を振り返るというわけだ。
そうやって自分を高めていくしかなく、それはコツコツでも、地味でも、スローペースでも
とにかくそうするしかないんだ。

自分がやりたいように生きるというのは理想ではなくて、
現実にしなきゃいけない。理想と現実のギャップを感じて、
「ああ、そういうものか」といって、妙な理解をしちゃいけない。
自分がまず理想にトライして、現実を少しでも変えていくんだ。
そうするしかない。そうじゃなきゃ、面白くないだろう、なあ?(え


徹底的な思考から、僕は今何か得られるというか、
得られてきている感はある。

全てを肥やしに。

そう、学びにならない対象はないんだ。
でもその学びになる比率・割合・パフォーマンスは全然違うんだ。
そこはしっかり見極めなきゃならない。

語られる中で

今日は忘年会があって、なるほど・・・
自分のダチンコとか同期で飲みに行くのと違って、
ほんの少しだけど、気を使う。

それは別にいいのだけど、自分を自然な状態、
つまり自分がこうしたいという状態というのでいないと正直疲れる。

そういう意味では、どうだろう。
TPO的な観点からいえば、まあ「付き合い」でという感じかな。
別に居心地が悪いとは思わないからよしとしよう。


でも、これだけじゃ終わらんのですよ。
要は、会社の仕事とか、自分の生き方も「付き合い」程度のレベルで
考えちゃ困るんですわ。
要は真剣に生きろと。そういうことなんですわ。
それを自分に課するから、人には口が裂けてもこう生きろなんていわないし、
いえないのだけど、自分は自分で納得する道を歩みたいとは・・・思うわけですわ。

なんかそういう思考が極端にゆがめられて、
やれ宗教だ、やれそーゆーキャラだ、やれ考えすぎじゃないかとか。
そういうのが「本当のその人自身の言葉」なら僕だって受け止めますよ。
まあ、酒の場というか、どういう場でも関係ないんだけど、
冗談でいってもなんにせよ、その人自身の言葉で語るというか、
言うことがすごく大事というか。

自分はどう考えるかということはめちゃくちゃ大事なんですけどね。
でも、それが大事ってのは気づくほうで、学び取るものでもないんですな。
「あ、そうしたほうがいいな」という感じで、気づく話・・・さ。

さあ、本当に自分は自身の言葉で語っているのか、
そしてそうやって語りに聞き耳を立ててくれる人はいるのか。

そんなことを考えちゃうわけです。

で、僕はやはり生きたいように生きるわけですよ。
誰が何を言おうがね。それを信念だといっても使命でもなんとでもいってもいいわけですが、
そうやって僕みたいに生きる人も少なからずいることでしょうし、
実際に生きている人もいますわ。

そういう人にチャチャをいれたり、なんていうかなあ、
冗談ならいいかもしれないけど、決して邪魔をするようなことはしないようにして欲しいものです。

一人の人間の憎しみが、社会をどんどん腐らせるわけで。
別に俺の憎しみをどうしてやるだのなんて僕は何も思わないんですが、
やっぱ八つ当たり、怒り、とかそういう負の感情は人にぶちまけるものじゃなくて、
ストレスとして消化しちゃったほうがいいわけです。

そうすれば、負の連鎖は相対的に弱まり、楽しみが相対的に増えてきますわ。
実際に、不安なことや、心配なことを、ピックアップしてそれについて悩む人は
結構多そうですけど、
TODOとかつけて、これやろうっていう人少ないんじゃないですかね。

ここを読んでくれた人が、ああそうしてみるかと思ってくれたらサイコウですわ。
というわけで、少し歌ってきます(えぇ

日経ネタ

今日の夕刊に、
新入社員の4人に1人は安定志向とあった。
ほう・・・。

今の会社に一生勤めたいというのが、25%いったそうな。

まあ、ここらへんの%の割合と、対象人数と、そして対象者の属性とか
色々考慮せんといかんのだけど、まあスルーしとこう。

で、別に日経批判じゃないけど、これってあんまり信じられない。
大企業が多いかもしれんし。

まず、僕の認識では、あくまでも認識だけど、
若い人って早く見切りつけて、次のステップへいくか、
別のステージいくかというのが主流だと思っていたりする。

今の若い衆はリストラという言葉を聞いて育ったわけで、
会社に一生勤めるなんてほとんどの人は思ってない。
思っても、勤めることが「会社の性格」上不可能だとすら思っているとさえ、
僕は思っていたが、25%もいると、ちょっと驚く。色々な意味で。

公務員の給料が減額の削減だのという記事があるけど、
あれは一体本当なのかという疑いがある。
よくあるじゃないですか。何かやらかしたら、「注意」とか「勧告」とか、
「減給」とかあるけど、そういう言葉の使い分け云々はどうでもよくて、
一体どうなるのかが知りたかったりする。

そういう意見とか、見方って一人の人のあらすじ的なものさえ把握できれば、
意外に明るい松明、いや明るいライトになるもんだと思っている。
だから、人の話を聴くってことはその人を理解する上では重要な行為の一部なんだろうな(ほう


で、もう一つ。
月曜日の朝刊。
「競争力は悩んだ時間に比例する」という言葉。
IIJの社長の言葉らしい。うむ、やるな・・。
IIJって知らない人は知らないんでしょうか。プロバイダではかなり大手で有名どころだという
認識なんですががが。
最も、詳しくは知らなかったりしますが。
http://www.iij.ad.jp/

悩んだ時間ってことを、考える時間と考えると、
ほう。競争力があるやつってのは、よく考えてるやつってことになりやすね。

うむ。よし。いくぞ!(何

えっとですね

最近戦艦大和のキーワードと、サンタってマジでいるんですかいっていう本(正確には違うけど)で
来る方多いですね。
時事ネタといえばそうだしね。

最近思いついたネタはあるんですけど、そいつは出し惜しみでもしときますか。
ん?それはアウトプッターにふさわしくないんじゃないか?
もっとなんかいえよー?ですかね。

いや、まとめて出します。しばしお待ちを。出し惜しみなんぞしてたら、
多分出さずに、出せずに終わるのがオチですね。
そもそも「そういう出すタイミング」を狙うのって、出し惜しみする人間には
備わってない力でしょうな。

うまい表現が出てこないですが、
マチバリで銀行強盗するようなものですね。
うーん、違うね・・・。ダメだわ。


えっとですね、
以前ですけど、ダチンコと話していて、ああそれって書いたんですかね。
それの話ですが。

考える人間と考えない人間みたいなのです。ああ、書いたはず。

それって、ぶっちゃけなくても(このフレーズ最近多い)、
ぶっちゃけなくても、ぶっちゃーってディアブロっていうゲームでボスいましたね。
「フレッシュ ミート!」つまり、動いている人間が新鮮なエサだぜ!って意味でしょうが、
こえーっすね。ちなみに地下2階なので、普通につっこんだら死ねます。
つわものは普通に殺すそうですが。

脱線っと。

考える人間になりたかったらそうすればいいし、
考えない人間になりたかったらそうすればいいと。
そういう「あなた自身でどうぞ、選んで」というのは、「考える人間」のエゴかどうかみたいなことを
結構真剣に考えているんですが(というか常に真剣っす(笑))、
どうも、イカンですね。
考えない人間に対して、それはコクなような気がしてきました。
優越感とかそういうのに浸っていると思われてもしょうがないでしょう。
でも、事実ですから。ああ、事実を言っていいほど、世の中「キレイ」じゃないんでしたっけ?

僕はキレイゴトいうなという人間が嫌いなんですが、
キレイゴトいって動ける、2chが由来だと思いますが、やらない偽善よりやる偽善みたいなスタンスはかなり好きなので、
そういう意味で、キレイゴトいうかどうかよりも、そいつが動けるかどうかが大事でしょうね。
という意味でもっといえば、結果大切だってことですね。

考えない人間ってそんな人間いるのかっていうと、結構いるんですよ。
別にその人がそうなりたくてなったわけじゃないんでしょう。
ちなみに、考えない人間と馬鹿とは僕の中ではニュアンスがあります。
馬鹿は確かに考えない人間なんですが、ここでいう考えない人間とは、
「普通」に、ここでいう普通も本当に「普通」なんですが、じゃあこの普通の証明は・・・。
できないんですがね(うけけ

普通に考えていってたどり着く考えを意味しているんですが、
それにたどり着かないというか。そういう人ですね。

僕が常に考えて常にベストな意見を出しているわけじゃないんで、
たまにブログとかになんか意見かいたら、わけの分からんツッコミする人いますが、
「痛い」って言葉はかなり嫌いなので、あと「空気読め」も大嫌いなので、
あえて、考えてみようといっておきますが、
それはさておき、どうなんでしょうね。

自分がどうして欲しいかを真剣に考えた上で、
こうしたらどうかという意見は言うわけです。それが紳士ってものですから。
でも、その後は小さな子じゃないんで、その人次第ですわな。
仮に「危うい方向」いっても、その人次第です。

アドバイスとは、常にそのアドバイザーの真実なりという、
お世話になった人の印象深い言葉があります。今はちと疎遠になりましたが(アセ

その言葉は事実だと思います。

ワンテンポおくという、いわゆる自分で考えてみるという思考がないのでしょうかね。
自分で考えた上でOKだというなら、それで失敗しても確実に自分の経験になり、
力となるわけですよ。
それは証明できそーにないですが、分からない人には分からんのでしょうかね。
くそう。

まあ、そんなわけで、自分がどういきたいかって考えるの重要っすけど、
だからといって、独りよがりに生きるのも違うわけですな。

そこらへんを踏まえた上で、「自己中」といって欲しいもんです。
あと「分からん」といって欲しいものです。

何?要求が多いって?
むー。

方法論1

また妙なタイトルを。

同期が起業するといっていた理由を今日考えていて、
いや別に自分が起業したくなくて、会社員で行こうなんてさらさら思ってないのだけど、
それはおいておいて。

ふむ。
確かに今の仕事は「つまらない」ことはない。
でもかといって「すげー面白い!」というとは違う。
「そこそこ面白い」というのが率直なところだ。

仕事って、自分の思いでカバーしてなきゃ、「くそつまらん」方向になっちゃう。
例えば、自分に与えられた仕事(ここで重要なのは仕事は自分で創ったものではないということ)は、どういう姿勢でやるかで99%くらい面白さが決まると思える。というか、そうなる。

同じような仕事をしていても、人によって感覚が全然違うことがあるのはそのせいだ。
お、決め付けちゃったぜ。いえい。

同期がいうには、
今の仕事をやっていっても、先が見えないというか、発展していかない、
もっといえば、成長がないというように感じたのだろう。
なるほど・・・自分も同じような感覚がないわけじゃない。
確かに今、自分がスキルというか、力というか、仕事で見つけたものって、
一体何なんだろう。

年末に高校の同級生と忘年会があったりするんだけど、
「1年弱やってきてどーよ?」といわれたら、結構困る。
何が困るというか、思ったより「手ごたえ」がないということにかな。
手ごたえってのは、自分の想像とのギャップ。
それはもっといえば、もっと刺激ある生活だと思ったら、んなことない。
やはり、技術者だろうと、プログラマだろうとなんだろうと、
「会社員」というのは、そういうものだと。
結論を急いでいるわけじゃないんだ。今の段階ではそう思う。

もちろん、会社員が悪いとかそういうのじゃなくて。
刺激ある生活ってじゃあなんなんだよ。それを問う。

そうすると、まず毎日学びがあるということが一ついえそうだ。
今の仕事をやっていて、なるほどと思って、学びになることはあるんだけど、
その量が少ないというか。

ここでいう学びは「知らないことを知る」というだけの意味じゃなくて、
気づきって意味もあるかな。
どちらかというと、僕は知らないことを知るのもいいけど、
気づくことのほうが大切な学びだと思っている・・・ってことに今気づいたりするから、
ブログはいいっすね。

仕事では、「知らないことを知る」学びはできるけど、気づくことはほとんどない。
まあ最もなことをいえば、気づいたり、学ぶこと自体は、仕事は関係ないから。
そういわれればそれまでなんだけど、くそう。

ラジオで夢がないーとか云々の声が聞こえてきた。
確かにやることないってのはつまらんだろうし、焦るだろうなとは思う。

それと同様に、自分はどういう仕事をしたくて、こうやって学びたくて、
こんな風に生きたいといえないのはもどかしいし、少々苦しい。
でも、これはほんの「少し」の間だと思っていたりする。

僕は僕が生きたいように生きる・・・というシンプルなルールで生きたいので、そうする。

物事を達成するには、いくつかの方法がある。
会社員として会社に勤めるのも、起業して事業を興すのも、
どちらも方法なんだということを、結構誰も教えてくれないものだと思う。
それは「知らないこととして知る」のではなくて、「気づく」ということに含まれるからというと、結構説得力ありそう。

だから知識だけで、頭でっかちな人間はつまらないんだと思うわけか・・・。

いくつかの方法を知った上で、というのは
正確にいえば、いくつかの方法があると気づいた上で、
何かしら選ぶというのは良いと思う。
まあ、常に選択肢がある状態ってのも「緊迫感」がないんだけど。

そういう意味では、同期は「緊張感」がないとかいってたな。
なるほど。納期に追われるとかそういうのが仮にあっても、
それは全然意味合いが違うんだろうなと言えるな。

とりあえず、寝ます。ぐう。

大雪

さむ。
大雪じゃないっすか。いやん。

会社の同期と軽くカラオケ+飯へ。
ザ・マスミサイルの「拝啓」は、親父とオフクロにいうべきものだろうが、
親父はどうでもいいや(ひど

同期はこっそりと温めきた気配を感じさせないくらいに?
起業をするといいだした。

RMとして、hirohiroは答えた。
「え、まじで」
と。

ここらへん、プロジェクトX風で感じてもらえるとよさそうですね。

今の勤めている会社じゃ、ダメだという。
何がダメなのか?

もっと色々なことがしたかった、という。
でも、まだ1年経ってないし、分からんところもあるじゃん。

問題は、1年経って今後どうなるかということになる。
感覚として手を挙げてこうしたいといえば出来るといえば出来そう。
でも、それくらいするなら、起業した方がやりやすいというか。
そういう流れ。

妙に納得できる。
でも、僕の感覚でいえば、会社を自分の範囲?で、
出来るだけ消化しなければ、次のステップには進めないというか、
いってもまた戻るだけのような気がした。
最も、これは起業をするなということではなくて。

多くの起業したい、独立したいという人々は、
本当は何も考えてない人が多いという事実があるようで。
本当にするんなら、今やってることとどうつなげていくのかって、
完璧に説明しなくても、何らかの目的がなければ全然説得力がないという、あれだ。

同期はさらにいった。
もって2年だと。

むう、2年か。結構速いじゃねえか。やるじぇねえか。あんた。
あんた、そんな野心家だったのか。かっこいいじゃねえか(笑)

というわけで、そんな同期見てて、「いいね、いいね」と思わず言ってしまった。

明日の仕事に気合いが入りまくる。
負けてられんよ。ふがが。

AERAネタ

下流社会についてちょっと書きたいんで、
本買って読んでレビューしたいと思います。

いやあ、妙に気になってですね・・夜も眠れません(うそ

なんか外さむそー。くそ、出かける気力が・・(笑)

やや更新

ブログのメンテしてみました。
読書メモとかHPの方ですけど、11月・・・3冊しか読んでない。
ひー。

サイドバーに来年の目標走り書きしときました。
なんかやってなさそーなら、自分に渇を入れれそうですね(ホント?

あと、ドリコムのMyBlogListはDrecomRSSっていうサービスに変わったので、
バナー変更っと。
RSSの編集すごくやりにくいので、リストDLしてやったほうがいいとか
思ったりするけど、まあそれはどうでもいいや。

ちょっとHPのメンテもしますわー。

ネタ帳から。

続きですわ。

まず、「本の共有」について。
これについては、色々ガタガタ言ってたんですが、全然ヒト段落とかついてなくて、
かといって自然淘汰されたわけでもなくそのままですね。
本を共有することって結局、「関心空間」みたいなコミュニティ形成だったのかもしれんと、
思ったりしてます。
そういうコミュニティ作るのも楽しいですけど、
それって「本好き」の集まりになるので妙に違和感があります。
おっと、本好きコミュニティ批判したいんじゃないので。

本好きだと、単に本が好きみたいな響きがあるんで、
そいつを現実にどう落とすかみたいなことがしたいんですね。
それって実用書を読むとかそういうことじゃないので、誤解なきよう。
それこそ、カントの哲学書を読むコミュニティとか、そういう読書会が近いかもしれません。
でも、今それをやるパワーがないのが今です。くー。

本を読んで思ったことをシェアする。
それくらいの感覚でいいんですけどね。その感覚は結構むずいかもしれない。
本読まない人は読まないから。それはスルーだなあ・・。
なんで本の共有をしたいかというと、それは面白いからで・・・。
学びになるんですよねー。Amazonのレビューは結構参考にしてますけどね。

そりゃ、本で話せる人って結構限られるんですけど、
「最近なんか読んだ?」といって、「ああ、こんなのよんだよ」といって
本の話できるヒトがいるってことは幸せかもしれないですね。
なんて幸せに浸っているわけじゃなくて・・・。
そういう人々をどう自分がつなげるのかとか、
つなげなくてもこういう意見もあるといってレビューに取り込むか・・・。
そこは自分の腕の見せ所ですわなあ・・・。

自分としては、ブログの本レビューで落ち着いている感はありますね。
で、これ私設図書館つくりにつながっていくんですけど、
こっちはまだまだですねえ。んーと、熟考の余地ありですが。


プロバイダをつくる
なんてのもありますね。どえりゃーこといってまんがな。
そんなの急にむりだよーとか思いつつも、面白そうではありますね。
プロバイダというか、サービスを提供する側という意味では、
メルマガとか、ブログもそうですけど、何かしらニーズあるものに対して
こう何か発信するというのは同じかなと勝手に解釈してますね。
ニーズが1mmでもあればそいつをつっつきまくる形でやりたいですね。
それが個人の腕の見せ所ですな。
ASPって言葉は、ソフトの期間貸しなんていう日経では括弧書き説明がついてますけど、
あれは面白そうです。うーむいいな。

うお。懐かしい。
アーティスティックな情報やサイトをやるとかある。
これ・・・懐かしすぎるな。あのヒト今どーしてんだろ。
年賀状で・・・こっそりアプローチしとくか・・うひひ(謎

ああ・・・プライベート的なMLの運営についてもあった。
こいつは今、本来の機能はしてなくて、それでいいかなーとか思ってたりする。
方針だけきめとこ。
これは今やろうっと。

投資チームを作る。
んーこんなのあったな。実際は厳しいなあ。
今では、投資のことはなせる人がいればいいレベルですわ。
個人的にはチーム組んでやるのはもっと先だろうなと。
まあ、一緒にやらなくてもいいって話もありますが。

自分の好きな本の発表会とかそういうの。
これそのまんまだなあ。
思うにそれも本の共有からの副産物なので、OKとしよう。

お、
eBookの出版とかある。
本を書くということで、色々言われるんですが、ああ、言われているんですが、ですね。
どうなんでしょう。個人で作って個人で売れるというのは
良い時代なんじゃないでしょうかね。でも、やっぱ編集とか、校正とか、
必要ですよねー。だから編集者という人がいたりするんだと思いますが。
まあ、書く内容は途絶えることはないでしょうから、OKちゃんでしょう。
問題はそれを形にしていきたいかどうかですな。
成果物として分かりやすいですしね。面白そうでもありますな。

携帯にMLを流す。
こんなのありましたけど・・・ダメですね。全然やれてないな。
要は、携帯に元気のでる言葉をおくって自分をセルフコントロールしたかっただけ。
ああ・・携帯MLもちょっとのぞいてみるかな。

オンライン古本屋。
これ片手間にできそうにありませんけど、仕組みを作れば結構できそうな気もします。
さすがに専業でやるパワーはないですけどね。やるなら、まず古物商免許から取らんといけんですね。
面倒だから、オークションでやるっていうのも手ですけどね。
モノを売るスキルはやっぱ身につけておきたいなーとか思ってます。
古本をうまく活かすのって結構面白いですしね。

お、あった。
本のアジトつくり。これは本コミュニティ。
さっきも書いたように難しいと。何が目的か決められないわ。
本が好きな人というずれるので、絞ると、
本を読むのが好きで、好奇心にあふれ、本で得たものを何かとリアルで活かそうと考え、
そうやって生きるのが好きな人。
という・・・イメージはある。
でも、これはぶっちゃけていって、むずすぎる。
発想を逆にして、自分が人とはなして本の話をしたら、
それをブログにあげとけば、同じことが間接的に出来る気もする。

いや、本当は、カフェ風で、くつろげて、話もできて、議論とかもできて、
しかも本も結構おいてあって、という場を作りたいんだけど、
これも不明確だなあ。不明確大魔王になるか。

本サルタントなんてあったな。
もっちーさんだったかな。どうしてるんでしょうね。
これについては、本のレビューで結構事足りてるなあ。今では。
人と話してて、おすすめの本を紹介するってのは結構面白いと思う。
自分の腕が試されるからねえ・・・。
友人はそれで絵本に特化してるから強いわけか・・・むーやるなあ。。。
特化できない・・・特化したら・・・。(謎

PC自作ビジネスなんてネタもあったな。
サポートの話聞かせてくれた方も来てた。ありがたいね。


んなところでネタ帳は終わり。

後はないかな。

今年の反省とか。

そろそろ今年の反省を。

今年は・・・色々なことがあった、というほどにあったかどうか。
さて反省といいつつ、振り返ってみませふ。

まず、今年のメインイベントは、会社員になったということ。
実際に「社会人」云々と語られる中、働いてみることは大事だとか、
一回どういうものか理解しとく必要があるべと、会社組織に属してみた。

だから、今からいうことも会社員生活が中心に語られるわけだけど、
まあそういうものだからしょうがない。

連絡が疎遠というか、そういう人に年賀状を送るのは
いいなーとか思ったのを今思い出した・・。
いかん。送る人ピックアップしとくか・・・。メモっと。

今年は株をやるという目標があったのだけど、
夏ごろから投信を始めて、自動積立風にして遊んでる。
遊ぶっていうのはちょっといかんのだけど。
実際に国内の株式投資やりたいのだけど、ちっとそこまで
資金たまってないというか、まあ、いいやとか思ったのでOK。
多分来年の目標になるかな。
でも、やっぱ方針は長期投資だから、すぐ選べないんすよね。
といってたら、いつまでも買えない・・・という罠に陥るのでアレですが。
まあ、いいでしょう。これについてはオッケーだ>己


アフィリエイトサイトの確立。
これはもっとやる予定だったけど、ぶっちゃけていって
アフィリエイトで生計を立てるのって何か違うなと。
違うというと先達に失礼ですけど、多分自分にはそれを使い切るだけの
スキルはないと判断。
例えば、本のレビューでAmazonのアソシエイト乗っけることくらいはしますが、
他はもう切ってしまったし。幣ブログでは。
仮にやるにしても、幣HPでやるくらいかな。

夏時点で、自分が学んだものとかを絡めてアフィリエイトにすりゃ、
面白いとは思っていたけど、それは意外にムズイ。
ブログに書くのは、それで単純にアウトプットで終わるんだけど。
Seesaみたいに、キーワードリンクしてポップアップするイメージ。
記事で伝えたいことがメインであって、アフィリエイトはメインではない。
それがアフィリエイトを活かすっていうスキルなんだけど、そこまでいってないなあと。

例えば、何か買い物にいって、その商品を紹介するのって分かりやすいし、
自然だし、ありなんだけど、それってでも、自分のブログとしてどうかと。
そんなのはじかれるぜ!ってほどの無意味なものになりそう。
というか、いらん。

だから、こうなる。
幣ブログではやらない。
やるなら、幣HPとかでやる。
さらにやるにしても、アフィリエイトを消化した形でやらなきゃだめ。
アフィリエイトがメインになってちゃダメ。
もっとも、アフィリエイトで紹介したものをメインにしているサイトとかありますけど、
それはそれで一興ですなと、付け加えることも忘れない。さすがRM(まて

マケプレの売上維持について。
これは、ダメだったな。飽きたわけではなくて、モチベーション続かずって感じですな。
せどりの話も最近は、どうでもよくなってきた感があります。自分の中で。
個人的には、本の面白さを広めることに「本を売ること」は含まれるんで、
レビュー書いた方が面白いですね。(なるほど

でも、本を売るのは楽しいと思いますね。
何かやり方があると思うので、マケプレで得た経験値は
どこかで活かせるかなと思いますよ。
よし、プラス思考。


新しいビジネスを1年に1つする。
これについては、どうなんでしょう。
ビジネスといえるものは、今の段階でないですね。
ただ可能性というか、種はまいているつもりです。まさに「シードマン」です(え
NxNという形が良いと思うので、やはり面白い人(芸人じゃないっすよ)と
会うことが大事ですね。そうやってこういうことができそうだ!と、
常に考えていくということですな。
実際にビジネスは稼動していませんが、ネットライターなんてものの
今月可能性を見つけ出したので、グッジョブだといっておきましょう。
ライターはビジネスではないかもしれませんが、一種の職業でしょうか。
まあ、収入発生源を増やすという意味で、かなり面白そうです。
やっほー。

サーバ運営するについて。
これは自宅サーバをつくって・・・という話でしたが、
現在のところ空振りですね。まず、VineLinuxが正しくインストールできないという、
おそらくサーバ運営が「航海」なら、今は「港で他の船と事故ってる」レベルでしょうか。
む・・・表現分かりづらいというか、下手だ・・(笑)
まあ、実際にLinuxはやってみたいんですが、アレですね。
一回ペース崩されると戻すのきついので、またやる気復活まで待つしかないんですかね。
うーん、やり方を考えねばならんですかね。

以上が今年の目標のようでした。
ほとんど微妙な形でしたが、興味あるべきことは結構こなせている気がします。
いいでしょう。その調子でやってくださいと、自己評価。


来年の目標もいきますか。メモしつつ。

まず、ITEBで来年6月にイベントをするので、その企画云々。
こいつについては結構楽しめそうなものにします。
といいつつ、すげー未知の領域でもあるんで、不安とかも少しあるんで、
それがすごく刺激的です。(?

メモっと。

本業のスタイルの確立。
1年目が終わり、「新入社員」ではなくなるので、そこらへんの意識とか。
つまり、1年やってきたことからどう2年目に活かせるかがポイント。
確立というのは、やりたいことをいくつか習慣化させているということ。
例えば、ITEBの時間をうまく日常に取り入れるとかそういうこと。
本読みもそう。うまく時間を割いたり、作らなきゃいけない。
本業が忙しいというのは、「言い訳」ではなく「理由」としなきゃいけない。
仕事が忙しいからできないのなら、仕事が忙しくならないためにどのようにすればいいか。
そして忙しい中でもこなせる部分を見つけてそれをこなす。>やれることの細分化戦略
考えれば大抵のことはできるというものがある。

あと、可能性として新入社員のフォロー的なこともやれる可能性大。
これについては、先輩をみたり、教えてもらったことなどを活かしつつも、
「やはり」独自テイストをいれていく。
例えば、文章を書くことの面白さを伝えたりする(ダメじゃん
まあ、それは仕事とプライベートまじるところでもありますな。

なんか思いので、以下続きます。

続きを読む

お勤めご苦労様です

スーパーにある「おつとめ品」というラベルをご存知の方多いだろう。
むー、スーパーにいったことないって?
なに・・・。

それはともかく、それを僕はずっと、
「お勤めしている人用」だと思っていて、会社員だとかOLだとか。
最近、OLって言葉聞きませんね。いいことだ。
で、そうじゃなくて「お勤めして、お安くしております品です」ってことに
気づいたというか、知ったのはいつだったかな。

ということをふと思い出しました。
安くすることは、「勉強してよ」という言葉で言い換えたりするのは、
一部の地方なんですかね。それとも?

で、タイトルは、こもれび氏へのメッセージでござい。
やっぱ一ブロガーとして、ブログを継続しているのはいいなーと。
にしてもチャリ好きと同様に車好きだなと再認識。

というわけで、こもれびが見える春までふんばりまっせ。
って、今でも木漏れ日あるんだろうけど。

批判してくれる人の存在

日経の夕刊にあったネタ。

若い頃は先達が多いので、良きアドバイスをくれたり、
時には叱咤激励を受ける立場。というのが、一般的な傾向のようだ。
ようだ、といってるのは、自分は若いからという自負が少しだけあるから。
って、これはややおじさん臭いけど、まあいいよ。

なんか自分を語ることって格好悪いというか、
そういう人もいるんだねーって思ったら、妙に悲しくなったりしたりするものですよ。
おー脱線きたー。

大人になるにつれ、自分を批判してくれる人は減っていくようで。
そうなると、批判者はすごく大切になってくる。
自分と似た考えの人も大事だけど、そうではない人も「大事」だ。

面白いことに、どれだけ「似た考え」の人を集めても、
100%一致する人はいないのと同じくらいに、
似ていない人もでてくる。

要は、人は大事にしろってことかね。
自分の意見を大事にするなら、人の意見も同様に大事にするのが紳士ってことで。

でも、誹謗中傷はいかんよ。

誹謗中傷は、意見という土俵に立たないからね。
お、決まった。

ブログ紹介されました

http://blog.livedoor.jp/tyugakukigyo/

諸星さんのところから。
わーい。

社会起業を目指しているわけではないですけど、
まあそんな風にうつるのかしらと妙に納得。

でもどうなんでしょうね。いや、社会的な問題に立ち向かうって。
結構面白そうですよね。ホント。

皆さんもいかが?

ん。。脱線?

今後ともよろしゅうでございます。

ターゲットを絞ることと広めたいことの矛盾

友人と話してた。

要は、自分の伝えたいメッセージを
どんな層、人々に伝えたいのかと考えると、
興味を持つ人に伝えるというか、
「そういう世界」もあったのかというくらいの認識?の
縁がない人に届けたいということになる。

やる気がない人間にやる気を起こさせるのは
多分ムリだという論からいけば、これはムリなように思える。

しかし、これは結構大きな問題な気がする。

ターゲットを絞って、マーケティングを行うのは、
個人や規模の小さな会社にとっては当たり前の考え方かもしれない。

それでは「次につながらない」という考えも分かる。
もっと外に(ターゲットとしている特定の人々以外に)広めるという考えも分かる。

ここは我慢だと思う。
何が我慢かといえば、ターゲットを絞って核を作るまでの間は我慢して、
固めていかないと、多分壊れるぞってことになる。

振り返ると、今年は「核の大事さ」というのが分かったようだ。
それは色々なことをやっていても、自分という一本の核があれば、
決してぶれることはないというものだ。

核があるってことは、その自分というカゴから
出ないってことじゃない。むしろ、出るがための核であると。
同じ行為、行動でも、人によって全く違うことにみえる、という経験をした人は多いだろう。
それは人によって興味・関心レベルが違うからという単純な説明でも、
納得してもらえると思う。

それくらい人は違うものってことかな。

自分の考えやメッセージを届けたいなら、
核を作ってそれを基に広める。広めるにも色々あるから、
自分が違うなという方法ではやらない方がいい。
でも、自分の偏見とかもあって、一気には出来ないこともある。
またそういう判断も一種の核の一つになるので、楽しみたいところ。

ブログの可能性って話は大分前にした気がするけど、
ようやくそれが実行にうつせそう。
結果を目に見える形で、残して、次のもっともっと若い人に
少しだけ人生観に影響を与えて、後は任せたぜ!といって
いけたらいいと思ってる。(なんだこりゃ

可能性って言葉が好きなのは、
文字通りなんでも出来るわけじゃないけど、何にも出来ないわけじゃないから、
って意味でかなあ。

というわけで、迷ったら原点に戻れ!っていう話でした。

運用報告書

投信の運用報告書が来てた。
ほう・・・。

一年間の運用成績かー。ふむふむ。
結構面白い資料というか、勉強になるね、これは。

こういう投資で学べることと、本で読んで得たものと、
実際に失敗で学ぶこととは、全て違う性質のものだけど、
本質的なところでは全て「学び」だから、
面白いなと思う。

人って面白いっすね。やっぱ。

社会問題を解決する方向に向かう社会

本屋へぶらり。

目についた新書があった。
それは、ビルとかなんでたってるのか、なんで壊れるのかとかいう、
確か文春新書。

内容はどうでもよくてっていうと失礼か、
いや、タイトル見て、妙に結構話題になってしまった、偽装建築でしたか、
あの話を思い出した。

まさか、そんなリアルタイムに新書は出版できんだろうと
思ってぺらぺらめくると、阪神淡路大震災とか。そういう単語があったので、
そうだよなーとか思った。

のだけども、それはどうでもいい。

妙にこの瞬間に、
「社会に起きた問題点は、社会に生きる人が問題だと言って、
それを問題点として認識し、人々に認識・認知させて、
解決に向かうようにできているのかもしれない」
と思ったしまったのでございます。

で、そこから当たり前のことかもしれませんが、
社会問題を知ることはその第一歩なんだろうなと。
だから、ニュースを新聞やネットで人々は見るんでしょうか?
なんてことを思いました。

もっといえば、社会人というのは、社会に対する責任が発生するわけですーってことですかね。
もちろん、その分自由に社会を動けるわけです。責任は自分主体になるわけで。
それが未成年と成人の違いだったり、働くかどうかの違いかなーと。
だから、両方経験するのが一番でしょう。
未成年か成年かは、まあどちらも経験できますが、働くと働かないは、
一般的に、未成年で働かない状態から、成年で働くというのが主流みたいですね。

アルバイトで働くことももちろん働くなんですけど、
責任云々は個々の意識レベルなのでここでは働くには入れません。

そう考えると、未成年で社会問題を意識していくのは、
結構きついというか、ムリだろうなと思います。別にえらそーにいいたいのではなく、
ちょっといいたいだけです(おぃ
僕自身そうでしたからねー。

いや、そりゃ考えることはできますよ。それはとてもよいことだと思いますががが、
でも、その考えが実際感覚とは結びつきづらいというか。
そういうところでしょうかね。

なんで「問題点を解決する方向」とかいってるかというと、
これって仕事も一緒なんだと思っているので。
で、もっといえば、人生も結構そういう風に楽しむのがいいかなと。

その場合は、自分の悪いところがすなわち問題点とはいいきれないですけど、
問題だなーと思ったら、問題点を「治す」のがベストじゃないときもありそうですが、
やはり問題だと認識するのはしなきゃまずいなと。
で、そこから判断を下す。名づけて時差式判断(笑)

即決ってのは、おそらくレアなパターンです。
判断をするのに判断をするという、メタ判断もありますから、
即決なんて、直観と同義だとすら思ってます。

で、社会を良い方向(ここでいう良い方向とは、人々が笑顔だったり、
面白いとかいえる社会ですね)に持っていくのは、
使命とか志とか比較的重い?言葉で表しますけど、
そういうのが少しは必要かなと思いますね。

自分が納得して自分の生き方を選んでいるとか、
自分は自分でいいとか、
そういう流れで、
社会に関心がないとか、他人に関心がないってのは、
ちょっと違うなと。

言い方が悪いな。
社会に関心がないなんて・・・自身の否定というか、
少なくとも自分は社会に関心がないということを肯定していきるなんて、
そんな離れ業多分ムリでしょう。

単にそれは「社会を受け取る」だけで「受け入れてない」だけの話だと
言っても問題なさそーです。これどこかに書いてあったフレーズ>受け取ると受け入れない。

時間があればできるって?

馬鹿やろー。
自分の認識が甘かった。
もちろん、時間がないからできないってのはあるけど、
時間があればできるの反対じゃない。

時間がないからってのは現実のことならOK。
だから、できないってのもOK。

時間があればってのは、仮定の話。
できるってのも未来で仮定条件成立後の話。
しかも時間があれば、というのは時間があっても100%できるときには
普通使うことはないような気もする。

自分は時間があればできると思っていたフシがあった。
もちろん、そういうこともある。
よく1日30時間あれば、もっと色々なことができるっていう
感覚はあるし、そういう人の気持ちは分かる。
そうなれば余分に自分の時間を使えるからね。

でも、現実をよくみたら、見なくても、24時間しか1日はないんだ。
これは事実だ。だから、発想というか、視点は違っていて、
1日24時間をどう使い切るかってことになるんだと思う。
別にムリに使うことはないけど、何もしないというのを「選択」したいと思う。
そりゃ、「だらだら」というのは「選択」してできるものじゃないけど。
「だらだら」と「しゃきしゃき」とすることを「だらしゃき」といって、
広めたい気がするけど、世の洗練されたキャッチコピーヤーがすでに
使っていそうだ(笑)

仕事だからという理由で何かを断ったり止めたりするのも別にいいと思うし、
自分もやってる。
でも、それが「自分への言い訳」となっていないかは考える必要があり。
だって、仮に「仕事」だからといっておいて、
その仕事が自分にとって大して重要ではないのに・・・だったら?
それって、やはり現実逃避的かなと思う。

ここらへんは訓練しないとダメなんだろうな。うむ。

で、眠いっす(笑)

月日は流れ。人は成長する。

IKEさんのブログ終わりですか。
さびしいですね。うむ。

mixi参加したら、まいるさんに見つけられました。
ぐは。

同期と久しぶりに話ながら帰り。
新年会やらんとなと思う。

ロードバランス機能ってのがあるんだけど、
それはサーバ負荷を軽減するためのもので、
って、説明を省いて要点を言うと、
そういう集まりがあればいいと思うわけですよ。
って、これITEB向けのネタかもしれん。
まあ、それはいいや。

もっと分かりやすくいえば「辛いときは励ましあおう」みたいなことですか。
でも、「やれるときにやれるやつがやって、やれないときはフォロー」ってのは好きだな。
体育会系はキライっすけど。おっすおっす!気合いだあ!うっすx3(謎


あっというまではないのだけど、ほぼあっとういまに、
同期と出会ってからは1年経ってます。
飲み会やるまで、全然わからなかったりするけどね。
うーん、僕は思ったほど人嫌いじゃないなーとかたまに思いますね。
いや、キライな人間は嫌え!そしてキライ続けるのだ!
とも思いますけどね。(過激

で、人は成長するかどうかって、
結構話せば分かるもんです。正確には「ばれる」んですけど。
嘘がばれるのと同レベルですかね。

そういう意味で「動ける」人間は強いですね。
というわけで、寝ます。メルマガは当然休み(笑)


mixi参加

参加しました。
以上

って、コミュニティとか怪しいの多いな・・・。
うーん・・・ネットだけじゃムリっすよ。
相手が分からないからね。

それだけは確実に言える。
変な話、ネットで完結するものって、
やっぱある種何か切っている気がする。

といって、ネットの関係を批判するわけじゃなくて。
ネットオンリーってのはないよねーってことかな。

この感覚はネットだけでやりきろうとしている人には
分からないんだろうなあ。

んー説明むずいけど、オーラだけ伝えとこう。
さあ、飯。

脱オタクファッションガイド

うーん、個人的には服のコーディネートに期待してみた。
自分の中では、服を構いすぎないがだがダサクなくという狙いを
確立してみたかったりする。

Amazonのレビューは結構キビしめ。でも、悪いレビューじゃない。
大方、出来に不満足といったところ。なんとなく分かる。
あくまで「ガイド」でかつ、オタクと呼ばれる人で、服に関して全く構わない人向け
だと思うので、レビューしてる人はその時点で「オタク」じゃないから、
多分レビューはそういう意味で微妙にずれている気がする。

で、確かにオタク評論みたいに読めちゃう感もあるなあ。
おしゃれが無条件に良いとはいってなくて、「僕っておしゃれでしょ」みたいなのは
嫌だといってるのは僕は好きだな。
でも、最低限のおしゃれをというのは、つかもうとしないとそう読めないかも。

次回作に期待したいなー。


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久世 トレンド・プロ 晴瀬 ひろき

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楽しむ領域へ

何でも視点が違えど全然感じるものが違ってくるってことがある。
最近のヒットでは、カラオケがそれに違い。コペルニクス的転回とまではいかないけど、
歌うのって楽しいと思い始めた。さすがRM。結局食うんだな。うむ。
と、自画自賛。

ところで、何かを楽しむというレベルに達すると、自分らしさというか、
自分流になってくるので、そこがすごく洗練されていると
本当にすげーかっこよくみえる。それがないのがまだまだってところなんだろうなあ。

記事掲載

ツカサネットに投稿したら、見事掲載決定。1000円ゲット。
よし、文章で得たお金は文章に還元できる仕組みでも考えてみよう。
やっぱ本代に当てるのがベターかな。臨時収入!といいたいところを、
これは臨時収入ではなく、定期収入とさせるところまで狙いたいなあ。

とにかく、推敲したりするのは大切だけども、
やはり書いていくことで、進んでいく。
次の可能性はやはり動かねばならない。やっぱ口だけってのはね。

あ、ゴミ出し云々のですよ。載ったネタは。いひ。

クレーム処理

自分を怒ってもしょうがないというか、会社という組織の中では下っ端なわけで。
別にそういうこと、つまり下っ端であること、に僕はあまり深く考えないのは、
だって会社で出世する気は毛頭ないわけだから。
全てをTTPする覚悟だ。うはは。

で、自分を怒る人がいた。詳しくは言わないけど。
でも、問題解決にならないし、現状を把握すれば・・・。自ずと分かる話。

そういうのを踏まえた上で怒るのは、どうなんだろうなあ。

僕の考える紳士ならば、「あ、そういうこと。そういうのならもういいわ」というのが、
お互いにハッピーというか、紳士だなと思えるわけで。
ネチネチ何度も催促してくる人はやっぱだめなのかなあ。
うーん、自分もしつこいところあるけど。

相手からムシリ取れ。
訴訟を起こして大きく勝て。
というのはやはり、野暮な気がする。

もちろん、社会問題となることや、人権無視な行為はどんどんさばくべきことが
良いことなんだろう。
だって、訴訟起こすのって、お金目的じゃないでしょう。
自分とか問題を・・知ってもらいたいとか、世の中に認識してもらいとか、
そういうことが大きいのではないかと。

そういう意味でホントに金のために生きる人はやっぱ反面教師になっちまう。
許せ。でも教師だからいいんでは。と皮肉いってみて、逃げる。

経験者は語るのか

んなことない。語りたい人間ってそんなにいないっすよ。自分の中じゃ。
相手のことなんてどうでもいい!とおもったら、多分言葉すらかけないだろう。
たまにはそういうことも考えた方がいいかもしれない。
そうじゃないと、あまりにも自分がつまらんじゃないのかなあ。

ああ、語りたい人間って、語るべき対象となりえる人間ってことね。
日本語むずかし。

学生と社会人の同じところ

「違い」とかいくつか書いたけど、それより同じことのほうが大事かも。
というわけで一筆。

同じところというのは、心だと思う。
そう簡単に人間は変われるわけはなく、いきなりやれば誰でも出来ないし、
誰でも失望し、挫折し、失敗し、無念を感じ終わる。
徐々にやるのが望ましい。

学生のうちにというよりも、日々の人生において「適当」な人間は、
やはり適当な社会人というか、「人間」なりえる要素を持っていて、
そしてそうなる。
これは望んでそうなるかどうかは知らないけど。そうなる。

風船に空気を入れるとき、少ししかハイっていかないけど、
やはり空気は入っていくわけですね。
そして形になる。

少しずつ空気を入れることが、日々考えることなら、
風船が膨らんで形になってみるのが、その人の考え方とかそういうの。

で、実際に学生が社会人となるとどうなるか・・・。
ここのブログを見てきた人は分かるだろう。というかそれが証明だ。
何も変わっちゃいない。そりゃ、生活時間は変わるけど。

考え方が大きく変わることはない。そりゃ仕事人的な考えはまだ甘いけど。
やっぱ核がなきゃ、何もないのと同じだって思うわけどすな。

だから、ある社長は、学生の常識は社会の常識っていったんだろうな。
もういいじゃないか。馬鹿はほっておいて、自分の道をそろそろ歩んだらどうだろう?
きっと快く送り出してくれる人が出てくるはずさ。

って、なんだこれは。

朝起きたら、男が一人寝ていた。
自分ではない。っていうか、ダチンコでした。

昨日というか、正確には今日、友人からメールが入り、
終電逃したから泊めてくれという。
普通の友達だったら、遠慮なく断るのだけど(それもどうかと思うが)、
快く迎える。

思えば自分が世話になって泊めてもらうことは結構あった。
そのたびに嫌な顔(したやつもいた(笑))せずに、自分を泊めてくれたものだ。
それは友人だけでなく、旅をしていてもそういう感覚はあった。
旅仲間の友人もそう。彼は今元気でやってるかねえ。結構久しぶりに会えたら
嬉しいなとは思っている(っていうか・・・アドレスロスったっすわ。)

寝ているのが「男」ではなかったらいいかもしれんとか、
ごく自然の感情を抱く余裕もなく、顔洗って、飯の準備を。といっても、トーストだけど。
自分はインスタントのワカメ野菜スープを飲みつつ、パンを食らう。

ずっといると嫌になる感覚って分かる。あのこもれび氏に対してさえ、
たまにそういう感情を抱く。って見ていたら謝っとくわ。ごめん(笑)
でも、キライになるとかじゃなくて、疲れて、なんかこーだるくてってみたいなやつ。
相手も同じような感情になるんだと思う。そういう意味で一人の時間はやはり大切で、
大事にすべきものだなと思っている。

いつも何かしたら何かするようにされるってのは非常に窮屈だ。
仕事をさせられるという意識でやってたら、多分死ぬほど苦痛だろう。
苦痛を耐えることを時には忍耐ともいうが、ベースはそれじゃない。決して。
まず楽しむがあって、それがベースで、だから耐えられるんだ。そこは鶏と卵の話ではなく、
楽しさだと思う。

楽しさは自分を刺激し、新たな可能性をどんどん見出していく。
その連鎖ができるのは、やはり循環があるから、そういう意識をもった人がいるからに違いない。

自分に自信を持ち、こうやって生きていくんだって言うことは結構時間がかかる。
言うだけはできるけど、自分の中でそういう核ができて、動じないものになるのがね。
でも、それができたらしめたもの。その核の導かれるままに、まるで自分教というのをつくって
その神=自分を信仰しているかのように。それが「自分を好き」ってことだと思う。

そうやって生きる人生はすごくスリルがあって、なんていったって自分の創造が本当に創れるし、
自分の失敗がそのまま肌で感じることになるから。
だからいつまでたってもだめなんだよーという言葉がマイブームだったことがあるけれど、
そのフレーズは、とどのつまり、核のない人間に対する言葉だったんだろうなと思う。

他の言葉でいえば「自分がない」とか「自分をもってない」とかそういう手の人のことだ。

こっちにおいでよ?なんて事は絶対言わない。でも、そうやって生きてどうなるか。
分かるんじゃないかな。そりゃ人が「自分が違うな」と思っている道を「あえて」歩むということを
僕は知っている。正解が常に正解ということはない、というのがある種道理でもあるのは、
そういったことがあるからだ。
でも、それはスルーして、考えれば分かって、考えれば避けられることはまた多くある。
それを大切にして欲しいのだと僕は思っている。


結構前に、ずっと哲学的なことを考えているのかーとかいわれたことがあった気がする。
まさか・・・んなことないっしょとはいうものの、ブログだけ見てればそう思うのかもしれないし、
というか哲学好きじゃねーやつがブログ見るなーとか思ったりするわけで(笑)
だってね、そもそもそんな疑問を考える人間は抱かないというかさ・・・。さようならという感じですね。

今日は結構意外な朝だった。
で、友達に泊めてもらった恩を返すというのは大げさなんだけど、
自分が出来る時に他人にきっちり返すというのは、やはりペイフォワード的で非常に良い。

でさ、僕が寝てたらどーするつもりだったんだろ。
タクシーで帰ればいいんだろうかねえ。マンキツとかもあるから、過ごせないこともないけど、
寝るのはややきついな。それよか自分の部屋のほうがまだ、布団も薄いがあるしねえ。
というか、一番は「金がかからない」ってことなんだよな。
自分もそうだし。というわけで、今まで泊めてくれた人ありがとう。

ネットとリアルの違い

書いたんだけど・・・消えた。
多分どっかに残っているんだろうな。質量保存の法則があればさ(笑)

何が言いたいかというと、ネットとリアルは同じ人間の作り出したものという
本質的な共通点があると。本質的?、いや共通点があるでいいや。

だから、ネットコミュニケーションとリアルコミュニケーションは違う・・・というのは、
匿名だから云々というのはよくあるけど、
でもさ、匿名で批判する人間が実際に批判できるかというと、なんだか?ちゃんだ。
んで、誹謗中傷するような人間にはもっと同じことがいえて、
匿名でそんなことしているくらいだから、相当人間的にはアレなわけで。

自分がリアルで出来ないことをネットでやるってのは、
それは今まで個人がもっと主張したかったことを・・・とか、
店をネットショップでやるとか・・・ネットをあくまで手段として使って、
自分のやりたいことを実現しているって意味で、「今まで出来ないことをやる」のであって、
誹謗中傷とかは、そりゃリテラシーのかけらもないんですな。
ネットリテラシー。メディアリテラシー。

ネチケットって言葉死んじゃったみたいだけど、個人的には好きだったりする。
ネチケット云々といって正義感?出す人は嫌いなんだけど。まあ、
誹謗中傷するやつより1000倍ましなのかねえ。

誹謗中傷って相手を傷つけるだけだから、やっぱ生産性低いね。
多分する人も気分悪くなるし。されたほーは・・・もっとね。

まあ、そこまで考えてたら「何もできない」んだろうなあ。
だから考えてないっていえるわけですな。だから僕は、
考えないやつは馬鹿と断言しているわけですわ。
考えが足りないのと考えないのは、やりたいことを実際にやるかやれないかの
違いくらい明確に差があるんですけどね。ここ重要ですね。

文章を書こうとしても、うーんとうなって、何もかけないという感覚がある人は
いると思うけど、筆が乗ってくると結構書けるものだと思う。
心を文字に落とし、文字が変わりに自分のパワーを相手に伝えるんだ。
それが表現ってものなんだっていいだろう。

そういう意味で、あらゆる人の表現している行為に敬意を表したい。

って、大分ずれたな・・・。
まあ、ネットとリアルをあまり分けるのは体に良くないかなーとか思うんですよ。
会いたい人には会いたいわけですし。それってリアルなんかより感じるし。
話したいやつは話したい。すごくシンプルでそれがいい。

よし。

TODOソフト更新

携帯にTODO送るのもいいけど、
例えばメールみて一部だけ長文とか、メモるには時間かかるけどーという時に、
そいつを送る機能があればいいなと思ったので、実装。

二重起動できちゃうので、防止コードを書く。
mutexとか分からんけど、UBoundでなんかやるのを発見。ありがとふ。

確かに、メールの内容を紙に印刷したりするとかすればいいけど、
そこまで必要ない時もあるわけで、そんな機能。

にしても、実装するの早い。
ってか、プログラミング楽しすぎる。

お金の必要性

会社員になってお金って大事だなーとか思うことはある。
ぶっちゃけなくても、事実として安いものは質が悪く、高いものは質が良いという
経済原則的なルールはある。
もちろん、安いものが全て悪いわけではなく、高いものが必ずしも良いわけでもない。

だから個々で判断をする必要がある。

それって、結局「お金」とかの価値観も同様っぽい。
日経の夕刊の「拝金キッズ」という言葉が印象的だ。

小・中学生が投資とかお金について勉強することは、
今後の怪しい年金制度をはじめとして、常に変化しているので
その予防・対応になる。
社会の仕組みの1つとしての経済を学ぶことになるわけでそれも良い。

でも、お金持ちになることって本当に幸せかーみたいな問いって
「お金について」学ぶとは別の次元にあるんじゃないかなーと思う。
お金の価値観と、お金に対する価値観は違うみたいなことですね。

100円を本当に100円という価値で共有できているかといえば、
多分違うじゃないですかね。中学生にとって100円は大金でしょう。
僕にとっては「100円程度」です。別にリッチじゃないっすけど。

そのコラムに書かれていたのは、
要は、お金について勉強してもいいけど、お金持ちになって、車買うとか。
良いところに住むとか。
それってすごく消費的というか、視野が狭いようにみえてしまって。
いや・・・別にそれをしたい人を否定したいんじゃないっすけどね。否定になるんでしょうな。

だって、ふつーに考えたら、
車買った。いえーい。で終わりで、そいつ乗り回すか、鑑賞するかで終わり。
もちろん、次に欲しい物が出てくるからそれはキリがないのを知った上で、
それが欲しいというのかもしれないけど。
次は、住むところを広いところにするとか・・・?

んーんー。
で、そういう人の人生はそういう人生なんですな。
そういう人生って何か分かりませんけど。なんとなく。

で、愛とか心とかそういう情緒的な面での満足というのもあって、
そういうのは拝金的なものでカバーできるのかなーと。
多分できないんだと思うわけですな。

拝金的なものと、情緒的なものを対比させる必要はないけど、
どちらもあるんだーと知った上で、拝金的に生きるのは良いと思うんですよ。
だって、そう選択してるんだし。
でも、それでしか人生の満足が得られないーみたいなのはちょっと違うなあと。

っていうか、一言でいえば、
金のことばっかいってるやつはキライだわ。
あーこれでイイんだ。なんてスマートな見解だ!

というわけで、コラムの作家に共感せり。

で、一応フォローしておくと、お金は必要ですよ。
でも、お金って手段じゃないですかあああ。で終わりでしょうか。
さよならx3。

時間の作り方スキル

このスキルを習得するには多分時間がかかるだろうが、
意識しなければ絶対に身につかない(というか、学習というものもそもそもそーなんだけど)ものだ。

最近は、これを意識している。
時間を作れるかどうかで、自分の人生が決まるというような意味のない背水の陣属性を付加してみる。

このスキルをつければ、多分どんな忙しい場面というのでも、
「ははん」といって対応できる気がする。だって、自分の時間を作れるのだからね。

あとは、創造性スキルかな。
ちなみに、最近自炊スキルはレベルダウンしているのであしからず(えー

創造する訓練をしとけば、仕事に限らず面白いことがどんどん思いつく。
付き合う人間に多分よるんだろうなとか思うけどね。

TODOソフト更新

クリーニング鳥に言ったら、外激サム。
死ぬかと思ったわ・・。着込んでいったのに。

前回思いついたアイディアとして、携帯にTODOメモを送信しときゃ、
わざわざPCで打ち込んだのを手書きでメモらんでも済むってのがあったんですけど、
そいつを実装してみました。

smtpクラスを使用して、エンコード指定すればあーら不思議。
速攻できました。なんか、めちゃくちゃ便利な機能な気がします。
と、自己満足。

6263e4f0.jpg


右下のボタンっすね。追加したのは。


幸せを感じる時

・自分が生きていて良かったと感じた時
・地下鉄にスムーズに乗れる時
・自分の話が面白いといわれた時

んー、これはどうでもいいや。

で、吹っ飛びますが、今年1年をそろそろ振り返る時期だなーと。
来年の目標も立てなきゃいけませんね。

考える人間と考えない人間

で、前提が人間は成長するものであるーとあるので、
当然、考えない人間を考える人間が下に見てるってことになる。
ちなみに、僕は考える人間としてエントリしてる気がする。

問題は、考える人間が当たり前だと僕が思っていることのようだ。
自分の価値観の押し付けである!
と、厳しくいっても、意味がないなあと思う。押し付ける気はないからね。

考えない人間からみて、考える人間は「窮屈」にみえるんだろうか。
そんな考えて生きて辛くないって思うんだろうか。
多分そうだとしたら、それは勘違いの可能性が200%なのでお願いします(おぉ

いいんですよ。
別にどんな風に生きようが。
でも、目の前に違う人間?がいて、僕は戸惑うわけです。
ってか、そもそもそうなった原因は・・・環境のせいにできないじゃないって・・。

寒けりゃストーブとかいれて部屋あっためるでしょう。
ストーブを買えるお金がなかったら、稼ぐしかないでしょう。
稼ぐ口がないなら、それを探すしかないでしょう。
で、そこまでくらいかな・・・。

そりゃ・・・さ、障害とかさ、福祉的なところで、
フォローはするわさ。それが国家であり、自治体であると。

まあいいのかねえ。
とりあえず「自分の人生を他人の責任にできない」っていうルールは
法律にはないねえ。
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