ReadMasterの軌跡

面白いことを仕掛ける。仕事を作る。ビジネスを作る。そんな日々から出てくるアウトプット蓄積場。

2004年11月

仕事を楽しめれば人生は楽しい!―自分らしく生きるための47の方法

時間への言い訳の話と、社会見学に付箋。
社会見学は、何かに使えそう。働いている人を見るのってなんだか楽しいですね。

仕事を楽しめれば人生は楽しい!―自分らしく生きるための47の方法
中山 庸子

原書房
2001-05
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覚えることより、それを使うことが大事

別に覚えることが悪いことじゃない。
ただ、こんぴゅーたの時代では、あのマシンに記憶力では「真正面から」ぶつかっては勝てない。

あれは、横から変化球で対決せんといかん。

関連性が人間は一番強いと勝手に思う。
たとえば「戦争」と言われたら、何を思い浮かべるか。
ああ、これって想像力、創造力か。

まあなんでもいいや。

戦争で思い浮かべるのは、人によってさまざまだと思う。
企業戦争という戦争でもいいし、実際にイラク戦争を思い出す人もいるだろう。
また、「戦争」とはいえ、人と人が対話する「戦争」もあるだろうし。
表現力といってもいいけど、そういうのがかなりある。

その意味することをコンピュータはとらえることはできないだろう。
つまり、戦争なら・・・定義はできても、それをうまく発展させることはできないだろう。

まあ、そんなことはどうでもいいや。

そうじゃなくて、知識の使い方が大切ということかしら。
AとBということをしっていても、何かあったら、A,Bを思い出し、
またはA+Bで、この場合はCになるけど、次にはXになるかもといったり。
A,Bだけでは解決できないけど、AをA'にしたら、より解決に近づけるかもしれないとか。

または、Cっていわれたら、A,Bという反応。それは解答がひとつではないってことに一番意味があるんだと思う。

A,Bを知っているかどうかはどうでもいい。
そうではなくて、A,Bをどう使うかが大事。
またはA,Bを知らなくても、A,Bを知っている人、それを参照できる情報源を知っていればいい。
いわゆる、メタ理解?だ。

YがA,Bを生んだなら、Yを知ってれば、A,Bは無視できる感覚だ。まるでプログラミングの世界だ。やっほー。

というわけで、知識は大切だけど、知識そのものに意味はないと先達が言うのは納得である。

ウチからソトへ

社会学で使うような表現だ>ウチとかソトとか。
それはどうでもいい。

議員インターンの話をお聞きした。なかなか面白そうだ。
が、別に僕は政治には興味あるが、政治家には興味ないというスタンスを取りたいというか、そうしてみたい(笑)

政治家という響きは非常に悪いものになってしまったのか、前々からそうなのか。
サラリーマン金太郎じゃないけど、何かの政治漫画を読んで、政治家を志す人が増えたとか増えてないとか。
あと、ある柔道部で、空手バカ一代に影響を受けた人がいるとかいないとか。

別に漫画がどうのこうのじゃないけど、漫画を解釈する人自身のレベルを僕は見ようとするというか、そうしている。だから、空手バカは本当のバカかそれとも、中途半端なバカか(笑)ということを考える。いや、考えたくない。失礼!

昔(つまり戦前)の軍人は、すごく立派な人だったイメージだそうだ。今で言えばなんだろう。
私欲をすて公欲、つまり人のために命を投げ捨て戦う。そういわれればかっこいい。
行為そのものはどうでもよく、まさに「心」なのだろう。

あの時代は皆「軍部」を恐れていたとか、そういう話で僕は解決していたが、本当のところどうなのか。何かもっと複雑かつドキっとさせられるネタがあるようで、気になる。

今の日本は、自衛隊なんていう軍隊があって、アメリカの1州だとか、なんかいろいろ言われているけど、結局それらはどうでも良いことで、日本がどうしたいかが問われている。
いや、問われているのではなくて、どうしたいかが僕からも見えないといっていい。

まあ小泉政権の限りでは、親米路線なんだろうというのはわかる。でもその程度だ。
地域財源移譲みたいな話も聞くけど、それってどこまで進んでいるかどうかわからないし。

国が全部悪いとはいわないが、結構な責任を負っていることもわかる。
教育のあり方とか。郵便局民営化とか。がんばって皆のため皆のためという議員、大臣はいるみたいだ。
非常にほほえましい・・・素敵だ!・・・

なんて別に思わない。何かにおう。これは、マスコミの洗脳だろうか、マスコミの罠か。
それとも。

何がにおうのだろうか。利害だろう。
でも、それを追求してどうかなるとは思えない。というか、そういうところでものすごい力を発揮する人がいる。それが恐ろしい。

善人と悪人でこの世は構成されていると思う。といっても、ピンとこない。
多分そう簡単に割り切れないというのが、妥当なところかな。

結局、政治が身近というのは、良いことなのか悪いことなのか。
よくわからない。仮にだ、仮に、もし政治家身近ならば、直接関係していると思えるなら、もっと皆が関心を持つのだろう。

むしろ問題は逆なんだろう。
つまり、人々が政治に関心をもっていないのではなくて、政治に関心を持つ仕組み、政治家の態度がない。
政治家が良いことをしても、それは「当たり前田のクラッカー」であって、メディアは取り上げない。スキャンダルを取り上げる。これも当たり前といっていいかしらん。
人々から賛同を得て、代表者として政の世界へ。

僕には信じられないといってはいいすぎだが、やりたいとは思えない。
そういうやりたいとは思えない人に、やりたいと思わせるのもどうか。
EZ!TVネタと同様だ。暗い人間を明るい人間にさせる?というのはどうかと思う。それと同じだ。

でも、同時に全く知らない世界があるということで、興味をを持ってくれる人がいるのはグッドだと思う。
それを強制するのはどうか、いや強制としてとらえられるのはどうか・・・ということかしら。
自然にやればいい。つまり、「こういうのがある」という。興味があれば「来るもの拒まず、去るもの追わず」の感覚が好き。


人間としての議員、職業としての議員は違うらしい。
まあわからないでもない。しかし、人間としての議員を僕らは見ることはないだろう。
それをみて情を移せというのかもしれないし、もっと議員を考えるという材料になるかもしれない。
でもどちらにしろ、代表者という自覚があれば、どうでもいい話のような気もする。

ウチとは、井戸の中だ。蛙は井戸の中にいるから、大海を知らない。
ソトとは大海のことだ。
ウチのなかにいてはいけない。ソトへ発信していく。
それは重要なことだと思った。

最初のソトへの一歩は何だろう。そして?

存在を知ってもらうのが一番わかりやすい。
このブログでいえば、「こういう考えを持った男が何か意見を言っておるな」と思っていただければ光栄だ。それ以外はまさに自然な話で。

存在を知ってもらう。
これは結局、コミュニケーションということになるだろうが、まあつまり対話。
直接対話か、間接対話か。そんなところだろう。

今の時代は「間接対話」なんだけど、「直接対話」を求めている気もする。(お、なんか決まった)


まあ、結局、自己満足という言葉は組織でも個人でもどこでも言える話ってことみたい。
自己満足とは自己完結で、自分から派生してすべて自分で終わっているということ。
それに価値があることもあるけど、社会的な意味を問われると、「まあ僕自身が社会の一員だから、それでいいんではない?」という苦しい弁解めいたいことをいうしかなさそうだ。

まあ、こんなところ。

とにかく、外を知ろう。

そうだ。本を捨てて街に出よう(これ、誰の言葉だったかな・・)。
といいつつ、本を拾い、本を読む人間がここにいる。

自然にやる、素直にやること

お話を聞いた。納得でござい。

無理してやったり(多少の無理はあるんだろうけど、自分の意志と反することってくらいの意味)すると、おそらくダメになる。
それが起業であれ、なんであれなんでもそうだと思う。

自分がやりたくないことをやる、いわゆる下積みというものがなんでもあるのだと思うが、
結局下積みはそのとき、「目の前にあることってあんまり関係ないかもしれない。でも、何か役に立つんだろうし、絶対やってやるんだって気持ちがあるから、あきらめられない」となるんじゃないかしらん。

面白いことに、全く関係のないことなんて、この世にあるとは思えない。
つまり、どんな関係なさそうなのことでもどこかでつながっている。と、思った方が面白いなということだ。それはどこでそう思ったか僕は知らないけど、そうなぜか思っている。
だからといって、別に誰かから常に監視されているなんてことを望むわけじゃないんだけど(笑)

くじけそうになった時に、どうするかが、面接では聞かれるようだ。そりゃ結構大事なことで、それさえ聞ければ結構なんとかなる(人事の採用がなんとかなるってこと)ような気がした。

フツフツと沸いてくるパワー。
これは、好奇心や興味関心、いわゆるやる気だ。そこが一番の原点だろうと思う。
そうではなければ、圧倒的なコンプレックスや・・・そういった何か。
マイナス的なパワーもプラスに変えられるし、逆もまた然り。

いろいろなことがあって、いろいろなことができる、いろいろなことも感じる。
でも、自分に嘘をつかないことが一番大事だろうと思う。

でもでもでも、たまには演じたり、ひねくれたり、間違ったかなと思ったり、後悔することも大事なんだろうと思う。仙人や聖人ではなく、そのように間違うのが人間だよと世の先達は教えてくれているし、僕も普通にそう思う。

僕の恩師と勝手に仰いでいる先生はこういう。
「教室とは間違えるところだ」

そのとおりなんだ。先生が読んでいた記憶、薦めてた記憶のある本。
それが「兎の眼」という灰谷健次郎の本だ。
最近読み始めた。途中だがめちゃくちゃ良いわ。また感想は後日。

間違えてもいいじゃないか。自然ならば。と思ったり。

結局何もいえない

さっき被験者に逃げられた話をしたが、この話は結構深い。

僕はその被験者に電話を何回もして、出ないから、メールで、残念ですが、別の人に代わりにやってもらう旨を伝えた。まあそれが妥当か。

でも、「あんたは人をなんだとおもってる。こんなことして誰も信頼せんぞ」となんてことは言わない。当たり前だ。相手の顔も知らないわけだし(一応後輩にあたるのだが)。

だから、僕は「本音」をその人に言うことはない。

でも、僕は遅刻をすることがある。残念ながら。
そこでは、僕は相手に対して「お前は信頼されんぞ」といわれても、言われなくても同じように感じる。
つまり、自分が遅れるということを考えれば、結局その被験者に「何もいえない」ということになる。というか、言ったらおかしい。

そこまで考えると、何も言えないということだ。

だから人は謙虚になるんじゃないかと思う。
そういう過程や考えが嫌い、もしくはうざったい、面倒という人は謙虚ではない。
また違ったその人の個性があるんだろうと思う。

しかしながら、どこまでその個性で、信頼をなくすような行動をカバーできるかは不明だ。
僕はそれは「甘いのでは?」と思う。

ただそれだけだ。



今あるネタ

サロン。昔の中世か、いつかしらないけど、貴族とかがカフェテラスなんかで議論をしたところ。だっけ?
そんなイメージ。

それを図書館として持ち込む。

本のアドバイザーがいる。本コンサルタント、本コンシェルジェ。名前はなんでもいいけど。
彼ら彼女らに話ながら、または本以外の相談も受け付けることができる。
これで、日本は素敵な社会になるだろう。

しゃべる図書館・しゃべれる図書館。

図書館って、普通は声を小さくして、こそこそ話すのが善とされている。
だから、大声で話していると退出を命じられるはず。
逆に、普通に話していて、本を読む人もいて・・・というのが面白そう。

つまり、イメージとしては、カフェだ。日本にあるカフェで、勉強や読書をしている人は多いと思う。実際僕は本読んでる。

隣のおばさまがうるさくても、結構気にならない。ある程度の声になれば、話が別だけど。
うるさい話し方とそうではない話し方ってあるけど、まあそれはおいておいて。

しゃべれる図書館は、本をみながら話せる。
気に入った本があれば、それを読みながら、それをネタにして、一日いてもいい。
そんな空間があれば素敵だ。



ヴィレヴァンをぱくって、本のレイアウトを仕掛けてみる。
つまり、それが「本の隣に何を置くか」であって、
大岡昇平「野比」の横に、村上龍「5分後の世界」をおくというのが、友人の話だ。

これは面白い。
他に考えてみるけど、結構無限に近い。
小島氏の「借金王」の横に、板倉氏「社長失格」をおくのは普通かもしれない。
しかし、「借金王」の横に、「ソフィーの世界」や「MADE IN JAPAN」を入れるとなんか面白そうだ。

太宰治「人間失格」の隣に、鶴見氏(かな?)「自殺マニュアル」をおくと、社会的問題がある図書館になりそうだが、あえてやってみたい。本当に死んだらたまらんですが・・・。
そうではなくて「人間失格」の隣に村上春樹「ノルウェイの森」ならいいかもしれない。

こうやって考えていく。
これは友人とまえ話してたネタで、「自己紹介代わりに好きな本を紹介する」のと同様で、
「本を組み合わせることで自分の表現したいものを表す」ということになる。
むー。面白そうだ。


この図書館では、本にとくに興味がなくても、なんとなく見てたら読みたくなるのを目的としたい。そうすれば、本ってなんか良いよね、っていう人が増えて、みんなニコニコとはいかなくても、ギスギスしたものが消えると思う(ほんとかな?

あと、ヴィレヴァンからぱくったのは、
「小さな情報を重要視する」ことだ。
それは、たとえばブログ。ブログなら入門的なことなら誰が書いても似たようなものになる。
そうしなくても「入門」とは、門に入る段階であって、同じ門をくぐるのだ、と考えれば一緒だ。

そうではなくて、北国チャンネルtvというブログでは、北海道のことを北国と呼んでいて、そこに一人だけ愛知県在住の人間がブログをやっていて・・・というこれまたどうでもよさそうな小さな情報が、価値がある場面を作りたいということだ。

大きな情報とは「入門的な」もので、小さな情報とは「多少マニアック」なネタのことだと僕は解釈した。

つまり、この図書館でネタとしてあるのは、皆が皆好む?ような「総合書店」風なものではなくて、何かに特化した(それはおく本のジャンルでもいいし)ものを作りたいと思う。


結局、本は出会いを提供してくれる。
この本が軽視されるのは腹が立つが、だからといって本に価値を認めない人に価値あるんだぞとは言いたくない。それが大人ってもんだ(笑)

よし、これはまたネタとしてまとめておこうっと。

活字離れ陰謀説

活字離れは実際は起きているのかおきていないのか。
それは結構どうでもいい話だと思う。

原因は、子どもか大人かというのになりやすい。
これも結構どうでもいい。

僕にとっての問題は、本がほしいときに手に入るかだ。
同時にほしい人がすぐに読めるかどうかだ。

教養的な本が、質が良いとはいえないし、マンガでもすごく素敵なマンガもある。
TVもそういうのがあって、良い番組だなと思えるのは、本当に学びになる。

活字離れといった人は誰か知らないが、まあ本を読まなくても良い時代になったかもしれない。というのは、あるかも。確定ではないけど。

でも、TVやネットといったものでも、活字はあるわけで。
本って何が良いかといえば、「出会い」が何度も何度も本の中であって、それが小説だろうとなかろうと、やはり著者と対話できたり、著者の関心事とであったり・・・。出会いの連続なんじゃないかと思うから、好きだ。

戦後の日本で求められていた知の欲求と、今の日本のそれは違うのではないか。
だから、質が悪い云々は、それこそ「主観」レベルでしか、というか誰もが主観でしかいってない(そこに社会や、客観性があったとしても)。
主観がすべてではないのだが、主観こそなければ、他人の意見なんてあったもんじゃない。

まあ活字離れはどうでもいい。
でも、活字って案外良いぞと少しでも言いたい、言ってみたいという衝動に駆られている。

斎藤氏(サイが違うかな)「読書力」のなかで、
本を良いと思ってる人が、本なんて読まなくていいと、真剣に言っているのを僕は読んで、
自分の考えを反省したというのもある。

そう。自分が良いと思ったものを、だめというのは冗談ならいいけど、本当にそうやってすすめるのはまずいのかなと思った。


ちなみに、陰謀説とは、僕の勝手な命名ですけど、
「出版業界の不振」からくる、民衆の不安を煽って本の売り上げを上げようとすること。
だと考えていいだろうと思った。

そんなこといっても、読みたい本は読みたい。
ただそれだけですな。

アイデアを実行する人は何人?

アイデアがないと人はよく言う。アイデアはあるんだけど動けない人ってたまーにいるけど、少ないと思う。
「アイデアあるからそれをやってくれ」というのは、なんだかすごいアイデアならいいけど、日曜発明家(なんだそりゃ)レベルならどうでもいいと思う。

といいつつ、自分も大したアイデアないので、不快にならないように。

1000人の人がいたら、アイデアを思いつく人、もしくはアイデアを考えようとする人は、そのうちの100人じゃないかと。
さらに、そのアイデアを実行に移す人は、その100人のうちの10人くらいではないかと。
さらに、その10人のうち成功するまで試行錯誤する人はそのうち1人くらいではないかと。

つまり、1000人いても、1人しか成功しないのじゃないかと。
そういうことをふと思った。

アイデアにも関心レベルが色々あって、さらに自分の実行レベルもある。
また社会資源(もの、人脈、お金、インフラとか)もあるし、周りの環境的な面もある。

それらの要素を考慮していくと、1人くらいなのかなと思う。

ブログも結構これと似ていると思う。
つづけられる人がすごいとは思わないけど、続けたいのに続けられない人よりはすごいと思う。

僕もこのブログについて、
「なんでそんなにかけるのか、書いているのか、量が多い」とか言われる。
すべての問いに対しては「適当」と答えている、いい加減万歳(笑)

1000人に1人というのは、まあどうでもいいとして、
アイデアの質って結構大事なんだろうけど、質ばかりに走るなら量が大事ではないかとも思う。
さらに、「すごーいアイデア」なんてないもので、ちょっとしたアイデアが良いとも思うし、良いと思われると思う。

つまり、大したアイデアじゃなくても、そうであっても、そのアイデアを実行に落とし込む力のほうが大事だと思う。

これって、売れる商品を作れば売れるのではなくて、商品を作っても売れる営業をしなきゃ始まらないというのに似ている気がする。いや、そっくりまんぼーである。そうだそうだ!(国会のヤジ風)

少しでもアイデアがあればそれをやってみる。
そういう積み重ねでどんどん、経験値がアップしていくんではないかと思う。

本の色々

読書アドバイザーってなんだろな、ということで調べる。
どうやら、これらしい。
JPICという財団法人
http://www.jpic.or.jp/index.html

民間資格なのね。
ふむ。値段は?68000円。たけー。さようなら。

そんだけあったら、700冊本買うわと。
見ると「読み聞かせ」的な要素が強い気もしましたが、そうでもないのかなあ。
僕は本コンシェルジェを目指すべく、取れば面白いかなと思ったのですが、
なんかスッキリしない資格ですな。

というか、取得者少ないんだろうなあ。実際の資格取得者にあって
本の話をしてみたい気もする(笑)


友人とブックカバーの話をした。
僕は一応ブックオフのカバーをプレゼントでもっているので、文庫本を読むときには重宝してる。
友人は、東急フンズで買ったDIYキットカバーと、ちょっと高級なカバーの2つも持ってる。
いかん、オレラ本好きだ。いえいということになった(笑)

本好きかどうかは、「ブックカバー」の有無で結構分かるのでは?と今更ながら思う。
あと、風呂で本読む人とか。僕は読まないですけど(笑)風邪引きそう。とくに冬場。

ヴィレヴァンの本にちらっとあったけど、写真があって
「加山雄三にあこがれて ブックバンド」というPOPの写真。
加山雄三が若大将として主演してたあれかな?よくわかんないのだわん。

アメリカの大学生は、本をブックバンドで締めて持ってそうなイメージがある。
はっきりいおう。カッコイイ(笑)
こういうのに影響されるやつって、結構バカじゃんとか思いつつ、自分はバカだからいいと正当化。

おそらく来月あたりに、ブックバンド買いたい。
カバンに本入れるのはいいけど、3冊くらいになるとばらけるのですよ。
欲しいよう。

ブックカバーの話でもう1つ。
カバーを店でつける人は今は少ないかもしれないけど、あれって結局「人に何を読んでいるか見せるのが恥ずかしい」わけなんでしょう。
ならば、ブックカバーを買えばいいと思うわけで。紙のじゃなくて、布製のね。
そこが本好きレベルを表わすのではってことですな。

紙の無駄遣いかどうかはおいておいて、僕はいつか忘れましたが、
本屋ではカバーは要らないという習慣が出来ました。(ほう


本サルタントネタでいえば、お仏蘭西の本屋には、フロアごとにアドバイザーがいて、
本選びを手伝ってくれるんだって。すげー、かっこいい。
仏蘭西いきてー。というか、海外の本屋いきてー。図書館もいきてー。

ただ、海外はまずはインドからと心に決めておるのじゃ。
お金ないや。がんばれ己(笑)

本田宗一郎 夢を力に

知り合いの社会人の方のオススメ。

ホンダという会社を僕はほとんど知らなかったのだけど、良かった。
モノづくりというのが、単にモノづくりだけに終わってないそういうパワーを感じた。

6つ付箋があるけど、1つのみ紹介。どうも本読む時間が惜しい。
ブログでアウトプットしてもいいけど、ジレンマ。いやん。

p.250に「まず自分のために働け」とある。
これを読んで、むうーと唸ってしまった。戦後からこういうことを考えている人がいるのに、今のなんていうんだろう、一般的な考え方だった(といいつつも、会社のために働くという人は多いだろうから)ものがより変にみえる。

もちろん、会社のために働かなくてはいけないのだけど、自分のために働かなければ会社のためになるはずはない。これが原理原則だと確認できただけでも読んで良かったと思う。

僕の野望は、世界に通用する企業を創る!なんてことは思ってないけど、自分の力が「どれだけ自分がダメだなと思える社会にでも」通用するか試してみたいと思う。
とにかくなんかやってやるってこと。それだけしか言えないのが、自分らしくて良い(あほ)

私の履歴書という本は、若干自慢話風なこともあるので、嫌いな人もいるかも(笑)
でも、面白いと思います。僕は好きです。クロネコちゃんのは既読済みでござい。

本田宗一郎夢を力に―私の履歴書
本田 宗一郎

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明けても暮れても本屋のホンネ

面白い。

実際の本屋の店長が書いた本のようです。
ちなみに「読書アドバイザー制度」という単語をはじめて知りました。

なかなか色々得るものが多くて、後々アウトプットしてきます。

明けても暮れても本屋のホンネ
高津 淳

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菊地君の本屋

ヴィレヴァンのお話。結構、ヴィレヴァンの原点みたいなのが分かって面白い。

細かい情報の方が大きな情報より使える・・・。
とか
本の隣に結局何を置くかがポイント。
とか。

アメリカンな感じとか。

ヴィレッジヴァンガードは、あくまで入門らしい。今結構多店舗展開している気がするけど、どうなのかしらないけど、あくまで入門。
マニアックなものはあまりおかないという話。

菊地君の本屋
永江 朗

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おすすめ平均
ヴィレッジヴァンガードの原点がここに。
夢と仕事が一致する素晴らしさ

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圧倒的経験不足

EZ!TVネタは続く。

森本キャスターかな。多分ね。

圧倒的に若者が、とくに学生ですな、大人と話す機会がないみたいなことをいってた。
それは本当にそうだと思う。そういう意味で、僕にとっては就活は新鮮だった。
20代いや、30以上、もしくは50くらいの諸先達がこういった意見をみるとたじろぐ?かもしれない。

でも、これは事実だ。僕の思ったことなんだから。ああ、それは意見か。どっちでもいいや。

じゃあ、その圧倒的経験不足を補うってなにかないかなと思った。
これが結構難しい。話すってのは、何かキッカケが必要だと思う。
そのキッカケを作って後はお任せというのが、いいのだろう。
キッカケ以上のことをやるのは、あまり「経験値」を増やさない。

よくある何々しました(色んなことやりまくる)・・・・でも何も得られてないっていうパターンがあるみたい。僕は実際にそういう人はまだ知らないけど。在りそうでもある。なさそうでもない(笑)

僕は全て社会や大人のせいに、あとは国かな。そういうもののせいにしたくはないけど、個人の微々たる力では叶わぬ力もあるとは思う。

そこらへんは適当に考えておく。

経験値を増やすには、ドラクエならモンスターを倒すことだ。
現実で経験値を増やすには?色々な人と話すことだ。これって当たり前そうで、結構軽視されがちな気がする。とくに若いモンは、「人と話すのが好き」というのを、勘違いしている人がいる(ほほう

例えば、接客業というカテゴリに当たるアルバイトなんぞ腐るほどあり、そして、人は普通社会で生きているのだから、よっぽどのことがない限り「人と話をすること」が嫌いな人はいない。

そういうレベルでの「人と話すのが好き」というのは、薄い。
別に薄いから問題というのではなくて、どこまで考えたかという話に尽きる。結局、僕の言いたいことは全てそれに着地する手法を使っている(というか勝手にそうなる(笑))

経験不足。それは単に「好奇心」の問題なんだと思う。
よく言われるフレーズかもしれない。
「今の時代は、アルバイトしてお金稼いで、サークルなんかで気の合う連れと遊ぶ」
そうやって過ごせば、なんら「好奇心」は動かないし、なんら刺激的ではない生活にみえる。

こういう「眠った学生生活」を送っている人が、ある日突然、ぼそっと何かを吹き込まれて、目覚めた!ように動き出すのが、僕は怖いと思う。
人間ってそんなに簡単に物事を消化できるもんじゃないと思うから。昨日のこと、全然分からないこと、考えても何もすすまぬ問題・悩み。そういったことは結構引っ張っちゃう。

だからこそ、
「日々常に考えよ」とか先達は言うわけだ。そして「好きな事をしろ」ともいう。
でも、この好きな事をしろって言葉は結構危険で、当たり前田のクラッカー的にいって、聞き手によって180度異なるメッセージになりそうだ。
それは「隠遁生活?」とかにとらえることもできるし、好奇心活発でいこうとも取れる。

もっと基本的なことで、人の話の重要なことを掴む、いわゆる会話聞き取り能力というものが薄く(あえて低下とはいわない、なんとなく)なっているのかもしれない。
そんなことを僕があーだこーだいっても、意味がないのだけど。

そうやって考えていくと、結局、僕は「今の子は・・・」「最近の若いもんは・・・」と、やや否定的なことをいわれても、反論できない。実際に自分は違うとは僕は言わないもん。
自分の考えは言う。それが結果的に「違う」ということを意味しても「違う」とは言わない。
そこのところがすごーく重要だなと思う。

若者といっても、一括できないのが面白いところで、また問題もである。
とにかく、一つ言えることは、大したことない人間は大人になっても大したことないのだと思う(笑)
大したことない人間ってなんだろう?と思うけど、まあそれは僕の直観で決めるので、言語にできないようだ(逃げ

続き

なんの続きなんだか。

昨日のネタを引っ張るというか、頭に残りまくりんぐ。というか、友人に会ったのに話し忘れた。レイテ戦記恐るべし。ブックカバーめ(完全に身内ネタ。こうやって、このブログも身内化するんだろうなあ・・・)

それはともかく。本題。

言葉数が少ないからコミュニケーションが取れないというのではないらしい。いや、取れる。
問題は会話がうまく成り立つかどうかのようだ。
コミュニケーションと会話の関係は、コミュニケーションの中に会話が入っていると僕は考えている。(これはどうでもいいか)

つまりつまり、言葉数が少ない人はその人なりのコミュニケーション作法(作法って響きがいいね!)があるのだと思う。僕は口数は当たり前だが「親しみがある人には多い」し、「親しめない人には少ない」ということになる。
が、問題は「口数が多くなる人に親しみがある」という、A→Bだけど、B→Aではないと言えちゃうということ(哲学っぽい。いや違う)

それもどうでもいい(どうでもいい話ブログだ

で、「明るい」というのが何か全て正しいみたいで、それがなんか良いってどうも引っかかるってことですな。

例えばの話ですが、あまりしゃべらない人が何も物事を考えていないかというと、おそらく逆で、しゃべる人のほうが結構バカだったりするわけで(うわ、過激だ
だから、「明るい」とか「よく話す」とかが評価されるのって、どうもピンとこないのですよ。
正確にいえば、なんで「明るい」が良いのかなって。暗くてもいいじゃんと。
暗いとか明るいとか、どこで決めるんですかね。そこがなんかしっくりこない。

明るい感じっていう感覚の話なら、人に「お前は明るい」とか「お前は暗い」とか言ったり言われたりするのだろうけど、人間的にめちゃくちゃレベルが低い話のような。
だから、そんなことを言わないのですが。

僕の一番嫌いなのは、「明るさ」を演じる人。自然が暗いならそのままでいい。
もしその暗さを受け入れられないのなら、そんな人は話すことはできないし、お友達にはなれないってことになる。
別に「自殺」とか「あぶないこと」とか、そういう暗さじゃなくて、人間のデフォルト?状態の「暗さ」みたいなこと。その話。

受け入れる話をすると、長くなるので割愛。

「明るい教」みたいな宗教があるんだと思う。
まあそうやってなんでも宗教にするのも、バカなのだが(自分が(笑))まあそれは無視して、
その明るい教を信じるかどうかとか、それに入りたいかどうか・・・。
そんな話になりそうで、ちょっぴり怖い。

僕の普通観(普通という感覚)は、色々な人がいて色々な考えがあるからこそ、うまくいくってこと。

これはつまり、明るい人がいれば暗い人もいてってことになる。
無理して明るい人間になろうってなんだか違う。自身が自分はこんなんじゃだめだなと思ってやるのとは大分違う。

こんなんじゃだめだな、が大事で、こんなんじゃだめだよと言われてそのままやるのとは違う。

ああ、大分スッキリ。

今日もどこかでEZ!TVリレー

おそらく今日もどこかでEZ!TVをみてコメントしている人がいるのだろう。

もちろん、僕がこの番組が好きなのだけど、なんでかって若者の特集いつもやってるから・・・。

中絶薬はまあどうでもいいとして(いや、あんな軽いノリで、中絶っていわれてもねえってことですわ)、内定と面接の話。
あ、でも、これは独り言なの。

番組に取材された?学生は、結局今内定がなくて、ある人材会社を通して?そこで簡単な手伝いをすることになってた。
(ここであえて会社名を伏せるのは、宣伝させないため。筒井康隆的(というのは意味がない「的」だけど)にいって、批判をするのにその企業名をあげることで、ますます知名度効果を与える。そういうのに限って、うまく「申し訳ないことをした」といって、理解あるポーズを取る。するってえと、その会社が最初よりも良く見えることになる。この効果を考えると・・・ということです。長!)

そこの社長が「お前は暗いよ」「笑顔がないよ」とかいってた。
まあ、まあ、まあ、落ちつけ>己

そんなこといわれて、腹が立たない人間がいないわけがないだろうよ。
というか、自分ならまず「ひっぱたく」。もちろん、精神的に。

彼は笑顔の練習をして、2週間経ったら大分なれていた。この慣れていたというのは、「社会人、とくに目上の人に対して会話をする、コミュニケーションを取る」ということに対して。

キャスターの男性(名前忘れたけど)が「でもねえ、暗いからダメってのはどうなんだろ」というようなことをいってた。すごくよく分かる、というか、更にコメンテーター的に出演者が
「明るくて、20そこそこで人生でやりたいこと、目標も決まってて、こういうことができる」というような人間なんてほとんどいないのでは、といってた。

そうそう。そうなんすよ。それだよ。

結局その学生といっても、同い年か。彼は、無事、内定をもらったらしい。

今回の特集には、色々意見があるんだろうけど、まあ内定云々はおいておいて、
「彼らしさ」って一体何か、彼がやりたいこと、したいことって一体何か。そういうのもがほとんど見えなかったことは確かに言える。

というよりも、番組が、今の時期で就職希望の学生が40万人いて、そのうち15万人が内定をもらってないという・・・その現状での学生の苦戦ぶり?を報道しただけなのだろう。

確かにそうなのだけど、僕には変な疑問が上のように残る。

「暗い」がなんでダメなのか。その人らしさじゃないっすかね。
「明るい」が良いだけの社会なんて、あり得ないし、というかなぜそういうのを求めるのだ。
妙なところで腹が立ったかもしれない。

僕は自分のことを明るい人間だと口が曲がっても、竹を爪に刺されても、耳を落とされても、ナイフで脅されても・・・「言わない」のだが、でも痛そうなので前言撤回(弱い

同時に暗いとも思わないが、一般的に「本ばかり」読んで、「文章書くの好き♪」とかいってる時点で、「暗い」という評価は受けるんだろうなとかは思う。
でも、周りからそう思われようが、それを軽く認知して、とらえて消化さえすれば、どうでもいいことだったりする。というか、自分のやりたいようにやればいいと思うし、考えたように考えたいからどうでもいいのだ。

また、「暗い」人間が、その人材会社を通して「明るい」人間になったことは、僕も良かったなとか思ってしまった。でも、彼らしさって何かが分からないから、本当にそれでいいのかしらと思う。というか、多分間違ってると思うんだけど。直観的に。

その流れを見てて、ある会社を思い出したりする。人材会社は山ほどあるんだろうけど。

人の教育なんぞ絶対出来ないと思う。それはどういうことかというと、「自分は道しるべ」でしかなくて、その道しるべを頼りにして歩くかどうかはその人次第という表現でばっちりだろう。

それは机上の空論ではなくて、事実だと思う。だから教育は難しいのだと思う。

こういった基本的なことは、人を育てるという立場、職にたった瞬間に悩むのだろうと思う。
しかし、しかし・・・!?

別の会社の話もやってた。
なんでもこれは、大学3年生向けらしいけど、東京周辺かな、を40km歩くそうだ。
それを4、5人のチームで3チーム組んで、順位を競わせる。
なんでもその社長曰く、順位通りの評価?しかないみたいなこといってた。
甘めに意見を評価したかったけど、あれだけだと、ただの変な団体にしかみえないと思うけど、その辺り大丈夫なのかなと思う。

えーと、つまり、1位のチームが評価されるわけってのは、まあ分かりやすくて良い。
でもねえ、いくらビジネスとか社会とかがやれ数字とかやれ成果だとかやれ結果だとかいって、「結果じゃない!」なんていってるのは、「甘いんだよう」とかそんなことをいってもですよ、所詮「人間」じゃないかと思うわけですな。

人間が数字で見れても所詮人間がその数字を見るので解釈は「人間」が「数字」をみた上の解釈以上でも以下でもないってことですな。

って、ことは?

そうなんですよ。だから、数字も大事だけど、もっと心が大事なんだろうなって。
そういうことですね。おそらくこの考えは、甘くないですわ(言い切った
これが甘いなら、人間なんぞ滅びてしまえという、環境至上主義者の最後の切り札を(過激

もっと深いところまで斬り込んで欲しいなあ・・・EZ!TVかなり好きだから(笑)
情報に付加価値つけるってことなんだろうなあ・・それが。

うーん。むじゅかちいでちゅな。

「働く」とは何か

今回はAmazonのリンクはないです。
えっと、商品として登録されてないみたいですな。

この本は、就活中に知ったのですが、手に入りにくいというネットの情報から諦めてました。
が、ブックオフ行ったら「あれ?」とおもって、手に取ったら、ビンゴでした。

で、まあそんなことはどうでもよくて、内容なんですけど、別に大したことは書いてないです(笑)
妙に期待してたので、反動が大きい!なんてこった!

13人の書き手がそれぞれの仕事観みたいなのを語ってくれてます。
初版が1992年ということもあり、内容が古い感もあるのですが、「ディスコ」という言葉が出てくるとかね。

でも面白いのは、バブル崩壊後、いやバブルはじける瞬間くらいに原稿は書いたのかな、そういう時期なのに、結構当たり前な話が出ていたということです。
例えば、会社にしがみついていく時代ではないとか・・・。きりひらいていく時代とか。

そういうことって、いつの時代でも言う人もいるし、それをみても傍観するという人もいるし。
たかが10年くらいですけど、結構大まかな流れってあるかもしれませんね。

6つ付箋貼りましたが、あえて1つ紹介することで集中アタック(え

p.80より
「若いうちに考えておかなければならないことは山ほどある。真剣に自分の人生を生き、納得のいく仕事をしようとする若者には、酒を飲んで愚痴をこぼしたり、カラオケやゴルフに興じたりする暇は、実はあまりないのである。」

うーん、いいなあって思いました。
別に時間がないから効率だ!なんて唱える気は毛頭ないのですが、真剣に生きている人にとって時間が「あまり」ないのだ、というのがすごーく良いです。
「あまり」ないというのが、いいです。うーん・・・。

大したことは書かれてないといいつつ、6つの付箋は結構ピンポイントです。

もし気になる方は、古本で探してくださいませ。おそらく絶版っぽいのでございます(^-^;

おっと、最後に書籍情報を。

「働く」とは何か
PHP研究所[編] 2001年 PHP研究所
ISBN 4-569-52921-6

自分を好きになる本

さらりと読んでしまいました。
自分と友達になるって発想が良いかも。自分をスキになれない人は魅力的じゃないし。

自分を好きになる本
パット・パルマー eqPress

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やさしく諭してくれます
自分をさがして

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キッズカレッジ

子どもたちがモノづくりをする場。
なんかそんなのがあるらしい。

今日始めて知った。ありそうだけど、なんか国のバックアップでもあるのかな。すんごいな。

http://www4.ocn.ne.jp/~nagoyact/college/index.htm

色んなものが一杯ある。すげえ。
やっぱ人の話聞くのは良いですなあ。自分が話すのも楽しいのですが。

文学部唯野教授の女性問答

夜な夜な読む。
この本どっかで読んだかもと思って、自分の読書メモを検索(お、この変がRMっぽい。あほ)

すると、あった・・・!MY GOD!
2003年の6月。おそらく図書館とかで、筒井さんの本探してて適当に読んだんだろう。

今回もささっと読んだが、僕が不思議なのは、なんでこの人こんなに哲学とか文学とかうまく的確かつ平易に言ってくれるのだろうということ。

やばいなあ。ハイデガーとか挑戦したくなる。存在と・・・なんだったかなあ

p.30に「その自分の死を、本当にやってくる自分の死に先立って了解することを、ハイデガーは「先駆的了解」と言ってます。これをやらないと人間は本来的な生き方ができないの。」
とあるんです。ああ、そうだよなあとか思いつつ。

あとフセインの話も出てきて、人間が戦争好きという観点からみなきゃ話にならんみたいなことも書かれてます。確かになんで繰り返すか僕には分からないのですが、どうも修行がタリンようです。

あと、小林信彦の「1960年代日記」が紹介されてたりします。
この本って、どこで知ったのだっけ・・・。前から読みたかったのに。ああ・・・

読みたい本リストが手元になくてそれをそのまま風化させてる自分があほだなあと思ってます。
はっきりいって、読みたい本も読めないなら生きてる意味がないといっていいでしょう(笑)
といっても、本読むために生まれたわけでもないのですが(^-^;

文学部唯野教授の女性問答
筒井 康隆

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長い1日

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今日は、午前から起きてた(笑)
午前から動くと何か、お得感がある。これがたまらん。

学びの場に行ってみる。子どもたちは少ないけど、今後が楽しみ。
僕のイメージとしては、大人も子どもも一緒に場を作るというもの。
そうすれば、誰もが「学び」とか意識しなくても、楽しめるんだろうと思う。


その後、昼過ぎにSV-CAFEに参加。
うーん、また新たな人とお話できて、非常に濃い時間だった。素敵ですわ。
その後、飲みへ。

正直ろくに働いてないので(まて)、飲みは一撃必殺的なダメージを与えるが、
まあでも楽しかった。良いかな。


また今日もメモがあり、それをアウトプットすればいいのだけど。
明日もちょっと出かけたいので、とりあえず寝る事にする。

写真は、熱田の生涯学習センター。ちょっと駅から歩くけど、話ながら歩くのって普通に良いと思った(笑)

今日は写真付きで、ブログっぽさがでてる。ぐっじょぶ。

だから何をやってもだめなんだよ

これも兄貴から。

小学校くらいからずっと聞いている。
別に叱られたとかそういうことではなくて。
例が難しい。というか、この言葉を最近は封印してる。
あまり気持ち良いフレーズではないが、冗談では結構面白い(笑)

何か失敗しまくっている人がいたら、そういう人に使ってみよう。
ただし、フォローと理由付けとアドバイスはもちろん必須。
それか相手を追い込む時に使う。

なんかそんな僕ってヒドイ人間みたいだねえ。(他人事

使うと
「だっから・・・なにをやってもダメなんだよう」
みたいな風になる。

多分ブログを見ている人で、僕がこれを使ったことを知っている人はいない。
伝説のフレーズ。

まじポン

「まじ」の意。

九州で流行ってたらしい(むちゃくちゃ信憑性がない。

ちなみに、兄貴から大分昔に聞きました。
「まじぽんー」

ポン酢じゃないっす。っすっすうっす。

ブックオフ 情熱のマネジメント

友人が持ってるとかいってたかな。とにかく「ブックオフ」の本を始めて食す(本は食べちゃうぞ。がおぉ)

全体的にブックオフは挨拶でみられる「やまびこ」(とよばれるらしい)が印象的で、とにかく若いアルバイト・パートでやっているせいか、学生ノリの体育会系組織といっても問題ないと思う。というか、本にも書いてある。

一つ疑問あり。
リクルートやツタ、セブンイレブン、京セラと坂本社長が縁があることは分かった。
あと、NPO法人のETICとも学生インターンで関わっていることも分かった。発見ですわ。
でも、学生ノリの反対に位置するものが分からない。

学生のりとは何か?いや、学生のりじゃないと、プロなのか?といえばそうでもないだろう。
少なくともパート・アルバイトでも、プロ意識がある人間はいると思うから。
おそらく今のところの結論では「年齢」だ。若くてはしゃいで、バカやってというのは、若いからだ。

実年齢に相応して動きを止めろというわけではないけれど(笑)

あと、ブックオフにいって、100円棚に結構な頻度で500円とか別の本が混じっている理由が分かった。それは、現地調達(店舗で買取ったものを売るのが基本)なので、毎日いや毎時間のように本棚を埋め、本の整理をし、本を磨き・・・ということをやっているらしい。
ということは、自ずとミスることもあるわけだ。

めちゃくちゃアナログなところが良いと、社長自ら言っている。
以前当たり前のように、ブックオフの在庫が検索できればいいなと思ったけど、それは無理だろうなあ。
おそらく、アナログの良いところをふんだんに取り入れているからこそ、BOがあるのだと思う。
あと、在庫が常に変動するから、検索できても意味がないし、コストもかかるからやらないだろうと思う。

ということは、ここらへんの障壁を取り除けば、なんとかニッチでできるかも。僕はやる気はしませんが・・・(まて

この本自体は、ブックオフのケーススタディー的にグロービスというMBAスクールの学生(とはいえ社会人)が研究したものだ。なので、どちらかといえば、ブックオフを知りたい人とか、ブックオフってなんだろうとか思う人が読むもので、ブックオフの利用者が知っても「ふーん、それで?」と思うのだと思う。
僕にとっては、半々だったので、そこそこ楽しめた。他にもブックオフの本があるので、それらもアクセスしてみることにしたい。

ブックオフ 情熱のマネジメント
グロービスMBA ブックオフ探検隊

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ubiquitous world


友人のブログ。とはいえ、先輩に当たる方だm(__)m

沖縄は良いところだとは正直僕は思ってない。
なぜならチャリには過酷だったから・・・。なんか苦行している修行僧だった。
那覇周りを歩いちゃ沖縄は分からんのだよ。沖縄は離島いかなきゃ!(行ったことないのに知ったかぶってみる

今後ともよろしくです。サイドバーに追加です。

ubiquitous world
http://blog.drecom.jp/ubiquitous_world/

M?easy

ブログの紹介。

先日、某講座某所(怪しい響き!)でお会いした。
正確には2回目ですが、1回目は名刺すらお渡ししてなかった(あらま。

これから農業が流行る!なんてことはいいませんが、
面白いところだなあとは思います。

個人的には農業体験プログラムが面白そうです。
とりあえず、大根の盗み方から考えましょう(ダメ

M?easyの農業活動日記
http://measy.exblog.jp/

アウトプットマン

本を読みつつ、水面ぎりぎりを漂う。スキがあれば、水面から出て本を投げつける。
そんな人間だと思っていいだろう(誰が!

本は知的欲求以上のものを与えてくれる。
そこには高度に人間臭いものと、見えないはずの社会の縮図かもしれない。

言葉ですべてを表すなどとは、傲慢でしかないのだが、しかし言葉で表そうとする考えはカッコイイと思う。うふ。

昨日、道を聞かれたので、変なジェスチャーと言葉で説明してみた。
おそらく迷うことはないだろうが、うまい道の説明の仕方はないものかと思う。

道を教えるイメージしてください・・・。
「2ブロック先までいって、そこをレフトターン。
そうすると、道端の土管からクリボーがでてくるので、右手に見える青い家にいるワンワンの鎖をかみつかれないようにはずして、クリボーにぶつけてください。
すると、前方からクッパがやってくるので、クリボーから出た毒キノコを彼にぶつけてください。
成功すると、目的地へいける扉が現れます。」

・・・・。

スーパーマリオ世代なのかな。

モニタリング手法

自分がこうなったらいいな、この事業がこうなったらいいなという目標をイメージする、同時にそれを数値化あるいは、言葉で書いておく。

そうして、後からみて「ふむ、まだまだ足りないな」とか「もうちょっとやればいけそうだ」とか「今のは目的としていたものとは違う」とかいえればいいということだ。

それは、自分だけではなくて、あらゆる利害関係者(ステークホルダー)に役に立つ。
自分にとっては北極星となり、他人にとっても北極星となり・・・ということだ。

つまり、目的がはっきりしているというのは自分以外にとっても意味があることが多い気がした。というか、多分そうだ。

資源(自分、他人、社会)の使い方

自分の技術や得意なことがあるとする。

それをどう活かすかは結構その人自身の考えに左右されると思う(当たり前か)。

つまり、講座ではこういう話だった。

2つのパターンがあるという。それは、
何かやりたいことがあるとする。それをやるには、A,B,Cの3つが必要だなと考える人。
もう1つは、何かやりたいことがあるけど、それをやれば、A,B,Cのどれにも応用できるなという人。

厳密にはこれは同じ目線で比較してはいけないかもしれないが、まあこんな感じの話だった。
要は、目的をトップにおいてそれに必要な要素をそろえようとするか、
目的をトップにおかず近くにして、必要な要素は目的を目指していると、もしくは途中で実現されるから、応用できるのではないかなと、

そんな感じかな。突っ込まれるとタジログ(笑)

起業を目的(手段であっても、一瞬でも目的となれば目的とする)とするか、気づいたら起業していたかのどちらかといってもいいかもしれない。
微妙に違うかしらん。

チャンスの捉え方

チャンスの捉え方は人によって違う・・・ということは結構書いてる気がする。

Aという人が、チャンスだと思ったものがあるとする。
Bという人は、Aがチャンスだと思うものをチャンスだと思わなかったとする。

当たり前だけど、こういうことは普通に起こりえる。
なぜなら、価値が微妙なり、すべて?なり違うからだ。

だから、これは「自分はこれをやりたいんだ。なんでかっていえば、これは意味があるからなんだ」といっても、納得してくれない人、反対する人がいるのは当たり前だといっていい。

そうじゃなければ、逆に「おかしい」世の中だ。
だから、100%賛成というのは、どこか変というのは、非常に共感できるというか、多分おかしい(笑)

ちなみに「納得する」とは、「100%賛成」と同義ではないと思う。

もちろん、反対されたらその理由を聞き考えることは当たり前田さんだけど、
逆にあえて説得する必要がなければしなくてもいいも思う。

左から右へ流すだけでは価値が発生しない

そこで自分の運営するMLで考えてみた。

このMLでは、主に本をテーマにして、本の紹介や本の貸し借りをする予定だった。
過去形だ。つまり、現状はそうではない。

メンバーへの連絡と話。最近はイベントの告知がメインになっている。

もし、このMLが不要なら誰も使わないのだろうが、実際に使われているわけで、そこに「価値」を見出すメンバーがいるということだろう。

つまり、MLという資源があって、自分や他のメンバーがいる。
そこで、たとえば僕がMLをつかって、イベント情報を流してみる。
それだけでは付加価値などは生まれないが、無理にいえば、僕という人間が流す情報だということである程度の信憑性(この間怪しい人間選手権が開かれた(大嘘))が、いやかなりの信頼を得られると思った。

いや、そうではないなあ。
僕という人間の性格、趣味、嗜好からその情報を判断できるからこそ、
僕が「このイベントあるよ」といっても、その「バイアス」を通してみるわけで、
それが情報の簡略化と、情報の信頼性につながるかもしれない。
とにかく、良い感じだ。

このMLについては、価値がないなあと思ったら止めることにしている。
が、もうすぐ1年経つが、どうやら続きそうだ。
MLを1年やるのがこんなに大変(心的に)だとは思っていなかった。
逆にいえば、それだけMLについて考えたり、色々思ったからこそ、そう思えるのだろう(プラス思考


図書館にチャット

IT技術を駆使する・・・しなくてもいいけど。

すると、チャットができる図書館というイメージができる。
なんだそれは?

たとえば、レビューを書いた人とその場で議論できるとか(必要がない)、
本サルタントならぬ、司書とオンラインで話せるとか(お、いいかも)、
そういう感覚だ。

もちろん、リアルで話すほうが良いに越したことはないけど、
オンラインでつないでチャットをすることで、本がない場所からでも、的確な話を得ることができるという点でグッドかもしれない。

やることより想いが大切

先のエントリとかぶるが、少し違うかも。

普通やることの「すごさ」に目を見張る。だから「結果」のみを見てしまう。
これは人間の理解力という点で、しょうがないと思う。
「結果」をみせることで、「過程」の説明を省略することができるから・・・ということだと思う。
あえて「過程」をみせないわけではないと思う。それくらいな感覚だろう。


続きを読む

個人のスタイルの多様化

個人の価値観が多様化しているという。というか、そんな感じがする。
しかし、どうなんだろう。そうはいわれていて、確かにそういう人が多いのだろうけど・・・?

なんか違うかもしれんと思う。


続きを読む

自分の事業を作る、育てるのに大切なことは?

それは、とにかく人前で話すこと。
人前とはいわなくても、他人に話すことだという。

なるほど、そのとおりだと思う。
自分の中で考えてもいくらたっても「自分」というフレーム、井戸?から出られないからだ。

客観視できることは、熱くない、意見がないということと同義ではない。
むしろ、主観・客観の両方をすることができるからこそ、シナジー効果が生まれ、
より熱く、そしてより客観できるのだと思う。

人に話すことで思わぬ視点、思わぬ意見がすごく役に立つことがある。というか、あった。
それは、事業プランに限らず結構なんでもそうだと思う。

かといって、別にすべてを話せというわけでもないわけで・・・。
そこらへんがバランスだろうけど、とにかく「人に話すこと」は大事なんだと学ぶ。

北極星を見つける

自分探しと似ているかもしれない。
講座から得たもの、その1だ。

「北極星」は、北の空を中心にほとんど動いてないようにみえる。
確か実際は動いているんだっけ。よくわからん(笑)。

とにかく、大海原でも、大森林でも、空がみえて、天気がよければ
「北極星」が見える。

つまり、羅針盤であり、自分軸であるといっていいだろう。

北極星があれば、迷ったときに、北極星を確認するだけでもいい。
北極星の方向に歩いてもいい。とにかく、北極星があれば、アドバンテージがあるってことは言いすぎではなさそうだ。村上龍的にいえば、人生を有利に過ごす戦略といえそうだ。

でも、「自分探し」と同様、「北極星」というのは一生見つからないかもしれないし、
見つかっても「北極星」だと思わないかもしれないし、
それこそ星の王子様のようになるかもしれない(関係ない

とにかく、北極星という表現がカッコイイ。
TTPさせてもらった。

Amazon.com本文検索

というサービスがあるようだ。
実際に軽くみてみたけど、分からん・・・。

にしても、全文検索できる(本の中身を検索できる)なんて、著作権に関してはさすがアメリカ。寛大ですな。寛大ってことでもないのかしらん。

たとえば「コーパス」と日本語でいれたら、
文章中にコーパスと書かれている作品がすべてピックアップされるわけだ。
世の中素敵だなと思う。力こぶ

FLASHで表現する

FLASHを使えばムービーとして何か表現できると思う。
美術的センスがほとんど皆無の僕にとってはエラク厳しいのだが、
常に「開拓」という言葉を掲げて、やってみる。

でも、どのようにやればいいか皆目見当がつかなかったりするのは、あえていわずに、こそこそやれる段階でやろうと思う。それが己の仕事だなあーと思った。
勝手に仕事を作り出す。くまったくまった。

ブログの効用

ブログの効用とは、ブログの効果、価値みたいなものだろう。多分。

たとえば僕がブログを書くことでメリットは・・・
・ストレス発散
・情報発信したという優越感に1mmくらい浸れる
・人脈ができる(かもしれない)
・リアルを補える(現実をフォローする形でブログで情報を送れるから)
・HPやBBS、MLなどより相手が見えやすいので、僕もより分かってもらえるかも
・コミュニケーションの場として使ってもらえるかも。
・書くことが好きな人はそれだけで楽しい。
・自己顕示欲を満たせる(これは半分うそで、半分本当かな)

デメリットとしては、
・個人情報が漏れている可能性大(まあ、そのうち天下統一するのに、自分の個人情報がもれちゃうとかいってるのも、変な話で、みみっちい)
・友人が少ないことがばれる(ああ、これ個人情報だ・・・!)
・頭が固い印象を与える(これもまずいなあ)
・なんかやたら主張が激しそうな印象を与える(涙)
・ブログ自体有害宣言しているので、有害な存在となって当局ににらまれる(たっけて

まあ、デメリットは冗談として、メリットばかりだ。
だから、ブログをやるのだー。

と、なんでブログをやっているかといわれると結構困る。
書きたいから書いてる。それでいいじゃあないか。あまり考えても分からないし。
適当が良いときもある。

ブログを逆にお勧めできない人は・・・
・文章とか書くこととか、自己顕示とかしたくない、しようとは思わない人
・ストレスがたまってるけど、発散が面倒な人(むちゃくちゃ・・
・ブログをやろうという意思より、書かないほうが楽という意思が強い人(笑)
・ブログを読むのがすきで、書きたいとは思わない人

これくらいだ。
というか、「好き」ならやってくれって一言でいえよって感じだ・・・。


しかし、考えたので書いた。さすが、己。

ただのアホになっていた確率は50%

誰にも会わずに何もしないで(とりいって)いたら、タダのアホになっていたのだと思う。
タダのバカでもいい。なんでもござれんじゃー。

僕が今あるのは、必然性より偶然性、偶有性みたいなのを感じる。

だから、ホームレスのおっちゃんをみて「汚い」とは思うし、
図書館に一杯座っていると、「なんだよ」と思うけど、
ただしかし、「自分がそうならない確率は低くない」と常に思う。
それが「50%」だと思う。

ひとつここでマーフィーならぬ、RMの法則を打ち立てたい(勝手にやってろ

それは
「人を見て、自分はそうならないという自信があるのか、本当にそう確信している人に限って、傲慢に人を見下す。
逆に、自分はそうなるかもしれないという人のほうが、人を見下さない」

当たり前かもしれない。でも、なかなか微妙な線だ。
ホームレスでなくても、こっちが若いとみて、調子にのる大人もいるわけで、いろいろな人がいる。ああ、障害者もそうかもしれない。

よくある例で、「健康っていいなと思うのは、病気になったとき」といわれるけど、
これはまあ当たり前だ。でも、人間ってそんな当たり前だけで生きていてもちょっと面白くない。つまり、自分が「病気」じゃなくても、「病気」だという人のことを思いやったりできるのは、人間の素敵なところじゃないかと思うわけだ。

傲慢で人を見下す人を一瞬で察知できるセンサーが僕にはある。ちなみに、時価10円(笑)
察知できても逃げられないというオチ付き。いやん。


いろんな人に会うというのは、どのレベルのことをいうのか。もしくはレベルなどないかもしれない。
しかし、常にアホになる確率はあるわけで、それを「恐れて」何もできないのではなくて、「恐れるから」こそ、生き生きとしてくる。

これは、人の性格が大きいのかしら。
リスキーな状況で張り切る人もいれば、もうだめかと思って適当にこなす人もいると思うから。

どちらが良いとは主観でしか判断できない。
時代に合うかどうかで決まるだけで、結局どちらもBETTERではあると思う。

そういってしまえば、人を見下す人が栄える時代ってのもあるのだろうと思うが、
実際そんな風では社会で「一時的」に栄えても「長期的」には無理だろうと思う。

ところで、来年で戦後60年になるが、経った60年しかたっていないなと思う。
時代は変化しているようでしてないようでしているようでしてない。
人間が変わることなど僕はまあないと思う。骨格とか生物的なことは変わるのだろうけど。
内面的な心的なものは不変だと。

だから「古典」から学べるのだと思う。
話が飛びまくり。クジラ

PDCAサイクルはどこからはじめるべきか

質問って重要だと思っている人は多いと思う。質問力って本があったかな。
読んだことはないが、おそらく「質問をすることで答えが決まってくる」というところが重要だと思う。多分。

で、PDCAサイクルはどこからはじめるべきか?なんていえば、
「Pからだ」とか「Dから」とかいう答えになりそう。

だから、質問を変えていくのがカッコイイわけだ(ほんと?

PDCAサイクルって、最初に計画ありきだと思いがちだけど、
実はあれは循環であって、どこから始めるべきかなんて愚問ということが分かる(えー
と、今思ったりする。

実際に、普通に生活していて、「行動」を意識する人が多いと思うので、
(計画を作っても行動しなければ・・・。行動しても計画がなくては・・・。ということを考えていくと、とどのつまり、行動というのは計画よりもよりよりよりリアル感と感触、成果?が分かりやすい?よくわからん・・・。)そこからはじめるのがやりやすそうだ。

今の僕の状況は、卒論の実験だが、まあ行動しているということになる。一般的に。
普通「PDCA」だから、Pからはじめると思ってしまうというか、そう思える。

だから、あえてPDCAサイクルを言うときには、2回は最低口にしよう。
「PDCAPDCAPDCA」といえば・・・お、循環じゃないかと思えるし。
Dからいえば「DCAPDCAP」となって、行動を先にせよともいえる。

要は、人間の解釈次第ってことですな。理論なんてどうでもいいことのほうが多いと思うので。

この解釈を極大化して「なんでもできるんだ!」と思える人が少ない気がするのはなぜだろうか。まさか気づいてない?いや、気づきたくないのだ。

まてまて。逃げられると思うな!(え

自分を見ているか、過去の自分を他人に反映させているからか、だから腹が立つ

他人を見て、自分の経験からモノを考えるとき、腹が立つことがある。

それは、他人が「昔の自分のよう」であったり、そうやれば確実に失敗するという経験があるのに、それを他人がしているときである。

実際には、何者にも個人の行動は止められないのだと思う。
つまり、その人が変わることがなければ、何も変わらないということだ。

自分を他人に投影するのは、勝手であり、それに怒ること、腹を立てることも勝手である。
しかし、それだけで終わるとは到底思えない、
この社会、人とのつながりがすべてだ。誰ともつながっていない人を僕は見たことはない。少なくとも、見たいという気はしない。
芸能人のスキャンダルや不幸で、ニンマリする人間(そんな人いるのかね)にはなりたくないということだ。

反面教師とする。
つまり、他人が自分とは違うわけで、その他人をみて、自分への糧(かて)とすればいい。
自分へ還元するわけだ。それはある種客観視であり、冷静さでもある。

自分ならこうするのに、と人は思ってても、大概言わないものだ。
僕は言うときも言わないときもあることを自分の中で知っている。
言うときは、「言いたい時」であり、言わないときは「言わなくてもいい時」というのが多い。

意見を求められなければ意見を言えないのも少し恥ずかしいかもしれないが、
まあだからといって、意味のない意見(人の話を聞かない人とか)を声高に叫ぶのもあさましい。なんか徒然草、いや、枕草子みたいだ。はるはあけぼのー。

自分への還元をすると、スっとした良い気分になる。
しかし、それでも「どうしてそうなってしまうのだああ」と叫びたいことがある。実際に叫んでおまわりさんに捕まりそうになったこともない(フェイント

腹が立つってあまり好ましくないことだろうが、「否定」から生まれる「肯定」もあるので、
結局「感情的」にいつもなっているのは、「おかしい」けれど、感情のない人間も変なわけだなと思う。

ということで、結局「自分を正当化」して、このエントリも終わる(笑)

顔が鳥であり女である

この間鏡をみて、自分の顔を確認(何に対する確認か不明)したら、
「なんか鳥みてえな顔だな」と思った。

イワトビペンギン風に髪をたてるには、まだまだ髪が短い。
まあ、鳥は好きだし。あ、ペンギンは鳥ですよ。飛べない鳥。
水中では80kmくらいで泳げるそうな(ほんと?

次に鏡をみた時。
「なんか女みてえだと」と思った。

別に僕は女になりたいとは思わないが、
つくづく親の顔に似ているとするならば、母親に似ている。
父親の要素もあるだろうが、許せ父よ。

母親に似ているから、どうなんだということだが、どうなんでもなんでもない。

実際に、鳥であり女である僕の顔は、冗談でもなくそう見えたのであって、
目がおかしいと思ったくらいだ。


そして1日は過ぎていく。

白い女

昔とはいえ、数年前だけど、ある人が、とはいえ仲良くないのだが、
「小説とか書いているやつとかキモイ」とかいってた。

ぶん殴ってやろうと思ったが、まあそんなことできるはずがない。
社会的罰を恐れ、僕は人を殴れない体になってしまった(考えすぎ

何が気持ち悪い(この言葉自体僕は嫌いなのだ)かと聞くと、
とりわけ理由はなかった。なんとなく、気持ち悪くない?という話。
笑わせるわ。


まあ、大学にあるような?文芸部とかサークルって、まあ暗い雰囲気はあるのだろう。
じゃあ逆に「明るい」イメージのところが、良いのかといえば(良いとは自分に適すかどうかの話であろう)そんなことはない。絶対的なものなどない。

ちなみに、僕は小説は書いたことはないが、小説を書きたいという気持ちは分かるつもりでいるので、その「キモイ」発言をした人は一生覚えている。悲しいかな。これが人間。

で、まあ小説ではないけれど。

「白い女」

閑静な住宅街を1つの音がコダマする。
それは白いスニーカーでもない。ヒールの音だ。
打ち付けるようなその音に、僕は少し考える。
その白からはオーラがでていて、なかなか近づけない。
手が届きそうで届かない。まるで別世界の住民、いや別次元の人間のようだ。

大学という建物で学生は勉強をするようだ。
建物など関係ないのだろうが、もし仮に大学という建物がなくて、
すべてバーチャルなネットのようなものだったら、学生という職業はおそらくないのではと
変な妄想にふけてしまう。

学ぶ生き物とかいて、学生だ。どの人々もすべて学生なのだと言ったところで
何が起こり何が始まるのか。

その白い女は、大学に挑戦状をたたきつけているようにも感じる。
それ以外、僕には感じられない。

女が大学の門をくぐり、音が一層キャンパス内にコダマした時、
僕は自分の携帯とキャンパスの大時計を見比べた。

自分の時計が5分進んでいることに気づいた・・・。


と、まあ、こんな感じで。
5分後の世界をイメージしてみた(というか、パクった)です。

駈け出しネット古書店日記

2001,2002,2003年の日記が続く。
以前読んだネット古本屋の本より、日記らしい印象が強い。

参考になったのは、EasySeekで探求書メールというのがあること。
それ以外はほとんど頭に残らず。

それにしても、晶文社がこの「読書」関連の本結構出してますが、老舗っぽいですな。
ちなみに僕は古書とか全然分からんのですが、アレです。老舗の本屋とか出版社には是非是非がんばって欲しいです。

友人に「最近の岩波新書は軽い」といったら、「確かに」という返事があって、なぜか嬉しかった(笑)
最近のじゃないやつだと、字が小さいし、1冊にめちゃくちゃ詰っている感じがするので>岩波新書。

駈け出しネット古書店日記
野崎 正幸

晶文社
2004-01
売り上げランキング 64,106

おすすめ平均 
苦あれば楽あり、道険し。
ネット古書店の落とし穴も・・
日記風なので読みやすい

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7.開高健「裸の王様・流亡記」

開高氏の作品、これが初。
「裸の王様」読んでみたくて読んだ。この本には、4つの作品があるが、「裸の王様」が一番面白かった。

次に、「パニック」もなかなか。

「裸の王様」以外の3作品には、共通したものを感じる。
それが何かうまく言葉に出来るほど作品が理解したとは思えないから、言わない。いや、言えないのだ。

やっぱ文学っていいですね。文学カブレを目指そう(笑)

裸の王様・流亡記
開高 健

角川書店
1960-05
売り上げランキング 638,182

おすすめ平均 
足裏感覚の新鮮さ
子供の純真な心に感激

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インターネットで古本屋さんやろうよ!

図書館で借りてきました。うふ。
始めて、ネット古本屋というカテゴリに属するであろう本を読んだことになる。
しかし、とくに面白いとは思わない、思えなかった。

せどりの基本的なことや、東京で実際にせどりの1日などもあるが、そこそこしか参考にならなかった。

それよりも、ジャンルを特化しているというところがすごく勉強になった気がする。
学びはどんな本にもあるものですな。

インターネットで古本屋さんやろうよ!
芳賀 健治


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そうなのか!ランチェスター戦略がマンガで3時間でマスターできる本

ランチェスター戦略は前々から気になってて・・・。やっとこさ読めました。
ランチェスターの法則はたった2つみたいです。

第一法則は、一騎の戦略。第二法則は、確率戦の法則。ということです。

ランチェスター戦略的には、こういう場合はこう考えるというのが分かりやすく、マンガと説明で書かれていてグッドです。

色々気付きがあったのですが、割愛(出し惜しみマンとひひ)

どうでもよくないのですが、ビジネスにおける戦略とか戦術・・・などは、戦争でいうそれと同じように語られます。これって、「あ、そうなんだ」「ゆーれか!」っていうまで、そう思えなかったので、一応書いておきます。

あと、戦略はいいとして、ゲーム理論のようなものも、「1つの考え方」だと思うので、これが全てではないということはキモに命じておかなきゃならんですな。

例えば、ランチェスター的にいって、シェアをここまでとれば良いとかあるのですが、それが絶対などとは言ってないようです。なっとくです。

これを応用して、起業するのは当然ですな(笑)

そうなのか!ランチェスター戦略がマンガで3時間でマスターできる本
田岡 佳子


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小さな企業家たち アメリカン・キッド・ビジネス101

うーん、当たり。非常に嬉しい(笑)
アメリカの子ども向けの本の日本語訳。101のビジネスネタが書いてある。

色々あるので、これはぜひぜひ読んで欲しいですわ。

目にとまったのは「古書セール」「中古自転車の修理・サービス」「クッキングの本」「ギフト券」などだ。
もちろん、アメリカの子どもたちらしい「芝刈り」「レモネード売り」などもきちんとある。

はっきりいって、子どもの頃からこんなの意識してたら、絶対勝てないやとそんなことをふと思った。別にアメリカに勝たなきゃいけない理由とかないんだけど、なんとなく。

この本はちょっと古いので店頭にはないかもしれません。でも面白いですよ。
おすすめです。

小さな企業家たち―アメリカン・キッド・ビジネス101

Bonnie Drew Noel Drew 井上 健

丸善
1993-09
売り上げランキング 

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新書マップ

このネタは以前どっかに書いたのですが、一応念のため。

新書マップって本になってたんですね。やっと現物を確認。
確かにあれは、買うよりも、店先で使いたい。そうしてくださいよ>本屋さん。

http://shinshomap.info/

バックナンバー完成っと。

やっとこさ、ナポヒルの名言集のバックナンバー完成しました。
とはいえ、ブログカテゴリの「お金と人生の法則」をHTML化しただけです。

もし、ざーと見たい方はご覧くださいませませ。
http://readmaster.hp.infoseek.co.jp/napohiru/index.html

ちなみに、この小冊子へのアフィリエイト収入は3000円強入りました。
もうちょっとで5000円になります。5000円になったら、プレゼント企画やります。

その名も
「図書券、図書カードで本をたらふく読もうキャンペーン」です。そのまんま。

乞うご期待あれ。

にしても、アフィリエイトって、自分のやりたいものがほとんどないですな。
今回のお金と人生の法則以外でそういうのがあればいいのになあ。
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