ReadMasterの軌跡

面白いことを仕掛ける。仕事を作る。ビジネスを作る。そんな日々から出てくるアウトプット蓄積場。

2004年07月

ひらめきの瞬間

本を読んでいるとたまに関係ないことが思い浮かび、「あーこれだ!」と思う時がある。

厳密には、本の内容と全く関係ないわけじゃない。でも、じっくり考えないとつながらないことだったりする。それくらい考えている部分と一致する何かが頭の中でぐるぐる回ってるってことかも。(なんだ?

物事を抽象的じゃなくて、具体的に言うことは非常に大切だと思う。よく「具体例」なんていうけど、あれも具体的の1つだ。というか、そのもの。

でも具体的に言えないことのほうが普通は多い。

「起業したい」といえば「何で起業したいの?」「どうして?」といわれるし、「こうしてみたい」といえば、「そうじゃなくてもいけるかもよ」というアドバイスもあったりするわけだ。

具体的に言えるということは、どういうことか?それだけ調べたり、考えたり、悩んだり、苦しんだり、楽しんだりという経験があるということか?それとも、自分がそれを実現できるという自信が確信に変わったときなのか?

良く分からない。でも、そういう瞬間はあるんだと、なぜか僕は知ってる。(なぜ知ってるんだろう。なんでだろ?♪(懐かしい))

最近本を読むのに付箋を持ち歩いていて、ぺたぺた貼って、レビューかいてます。あるブログからぱくったけど、そのブログを紹介しないというひどい人間。that's 私(笑)
気まぐれ人間。

本の読み方、探し方・・。本のネタならいくらでも書きたい。!?
これも結構楽しそう。メモっとこう。我が道を行くって感じに若干暴走気味。

やはり、粘り強く?考える必要があるみたいですね>ひらめきとか、気づきとか。

月

オンラインとオフライン。出会いの継続可能性はどちらが高い?

長いタイトルだ。

要はこういうことだ。
「オンラインで知って、そっから会う(いわゆるオフ会)と、普通に現実で出会うのとどっちが付合いが継続しやすいかな?」

この場合の出会いとか、付合いというのは、男女間のアレではない。悪しからず。
純粋に、気が合うから、今後とも話をしていくという関係のことだ。

以前の集まりで、僕は自分の考えに固執してしまった。
なぜか知らないけど、「オンライン」から来る出会いって、どうも現実味がないのか、会うというジャブは現実でのジャブとは比較にならないくらい「軽い」せいか、あまり好かない。
好かないというか、勝手に?人間関係維持確率が低いかなと思ってる。なぜかは、しらないけど。

でも、今まで冷静に会った人を考えると、結構いるもんだ。結構オフ会好きだったりする。

現実での出会いもある気がする。うーん、結構がんばってるかもしれん。自分。あついぜ己(笑)

ちなみに、どうでもいいかもしれないですが、集まりの自分除く3人は、2人は現実から、1人はネットからの出会いだ。だから、現実:オンライン=2:1なのかな(笑)

最近出入りしている会は、オンラインから出し、ちょっと前に会った人も、メールからだし、その前の人もメールからだし・・・・。

やばい、メールとか多いなあ。ありゃあ。メールもオンラインだし。面識ないわけですし。

就活で出会った人も、今でも友人であり続けてるけど、やはりそこは人。会わなくなる人も出てくるし。現実で出会ったからといって・・・継続可能性が高いわけじゃないなあと思う。

多分、自分がオンラインに関わりすぎているというのがあるかもしれない。あるMLでは、もう馬鹿みたいな討論があって、正直ネットでの議論なりに「飽きた」というか「飽きれた」のは、これが始めてではない。でも、気づいた。これは意味がないと。その辺りからネットとの距離がうまくバランス取れてきた気がする。

現実を補うためのネットは、結構理想的だけど、どんなものか分からなかったりする。難しいなあ・・・。

変な話、オンラインでアプローチする人って、結構熱意があったりするわけで、会いたいなんていうその想いだけで嬉しい気もする。なんか、変な話だなあ・・・。なんだろ、これは。

とにかく、結論としては、
「オン・オフ問わず、出会いは多い方が良い」と思った。

自己納得のブログ万歳。完全に自己路線に走る準備は整った・・・(暴走?

10分で何が出来るか

土曜日はJRの本数が少ない。平日は6本あるのに3本。田舎の駅のミジメさか。

その時差で時間が生まれる。

電車の中でボーとするのも一興だけど、大抵は本を読んで過ごすのがマイブーム。人間観察はいいけど、変な兄ちゃんを一杯見てしまうのも危険(笑)

昨日ではなくて、おとといくらいでよっぱらりーまん(酔っ払ったサラリーマンで、結構なお年を召した方)がいた。酒を飲むのは悪くないし、良いと思う。でも、公衆(地下鉄とはいえ、JRとはいえ、電車の中は公だろう)の面前で、大声とか空間が狭いだけにカンに触る。そういうことはしちゃいけんのじゃないかなと思う。

たまにハメをはずしているだけさとか、
酒飲んでるからいいじゃんとか、そんなのは理由にならん。とにかく、僕にとって不快であることに変わりはない。

隣のおじさんは小声で「うるせーな」といってた(笑)僕は聞いたぞ。

自分が楽しい=人が楽しいとは限らないのが世の法則のようだ。まあ、当たり前だのクラッカーですわ。

行ってきます。

経験とカンの罠

ふと思った。

「経験則やら自分のカンで生きると、逆にそれに囚われすぎて、非常に狭い世界で生きるのでは?」

普通は、一般的な常識に囚われて、うまく動けないという悩みがあるけど、これは180度逆だ。自分らしすぎて?問題あるんじゃないの?という疑問だ。

贅沢な悩みか、それともタダの狂言か。

仮に自分が歩んでいる世界について、良いと思っているカンや、こういう経験があるからこうしたほうがいいと思える選択をしたとする。そこに後悔はあるのか?ちょっとは後悔するだろう。でも、根本的にそれは後悔にならない。

スキなことをやるというのは、自分がまず心地よい。他人がみてもキレイにみえる。自分に良い訳しちゃだめ。

おかしいなとか、ダメかもとおもったら、一旦振返って確認すればいい。焦ることはない。


でも、なんでも経験で語るとまずい気もする。よく経営失敗の原因で、過去の成功体験に縛られたというのも聞く。なんてことだと思う。

僕は僕らしく生きているけど、それが嫌いな人もいるようだ。いわゆる価値観の違い。人生観だろうか。

主体的に生きることに価値を見出さない人とはちょっと話ができない。お友達になれない。でも、そういう人と接触する機会はゴマンとある。みんなに僕は「お前は嫌い」といってるわけじゃない(そんなことしたらブログ書けない?(笑))。でも、避けていると思う。体が自然に避ける。そうなってる。

もう皆?、会社に入って一生安泰だと考えていない(はずだ)。それは分かった。でも、それからどうするのか?というと、より社会は「自由」な労働環境になるけれど、より厳しい「責任」が個人に問われてくるし、問われるようになっていると思う。

ここでこそ、自分のカンを大切にしたい。

天下統一って何か良く分からんし・・・(笑)

バイトで得られるもの

明日いって、あと最大4日でこのバイトも終わる。結構早い・・・。気づけば7月も終わり。これでブログも5ヶ月。もう1ヶ月で半年になる。

以前誰か?が、「バイトの面接で落ちるなんて就職の面接とかに比べたら比じゃない」といっていたのをなぜか思い出す。

僕はこれには同意しかねていて、バイトで面接だろうが、就職だろうが、落ちたもんは落ちたで、あまり気分が良いものじゃない。大抵の場合。

とりあえず、そんなことを思った。完全な独り言。


最近あったイラっとしたこと。
バイトのトイレの前に、男2人がいて、邪魔。よけようとおもったら、きゃつらもトイレへ行く。うざい。で、2人しか用は足せないので外で待つ私。で、きゃつらは話ながらなんか仲にいて、すぐでてこいっての。で、入っていって、きゃつらをどかす(笑)

うざい。典型的なアホ。俺の存在認めろよ。いや、その前に存在が気に入らん。

と、過激な発言をしてみました。
怒りのアウトプットは、見ている人には不快になるんですけど、気にしない(えー

今日の電車の帰り。なんか女2人が結構若い、まあ高校生くらいかな、電車のポジショニングが悪いから、カバンがあたる。うぜえ。肩にカバンをかけるのは悪くないが、うぜえ。当たる。いてえ。不快。
きゃつらは暑い暑いいってる。お前の存在が暑い。うざい。(笑)

夏は人を変える。怒っちゃいかんと重い、深呼吸を繰り返す。こんなので怒っちゃ子どもだもんね。といいつつも、あまりガマンしてると舐められる。ここのバランスが難しい。

そういえば、昨日のカフェでも、えらくデカイ声で話す人いたなあ。声が届かないというか、話にくくなるなあ・・。あれもうざい(笑)

脱線しまくり。

バイトで得られるものって何でしょうね。会社勤めとは1000も違うんだとか言えそうですが、単純作業がメインとはいえ、やはり一応は仕事。責任もってやらんといけんと思います。といいつつ、適当にやるのが我流(だめじゃん

責任とかそんな固いこといわずに、敬語でしゃべらんやつはどうかと思うわけです。同じ大学生とはいえ、バイトとはいえ、上司に当たるわけで、タメ口はいかんでしょう。いかんというか、自分なら不愉快。聞いてるだけでも不愉快。うざい(笑)

さあ、今日はうざいを何回言ったでしょう?

あ、そういえば、本の応募がないですね。友人か売りにだすかどっちかにしようかしら。

やるしかない

どうも自己啓発的なタイトルに傾倒してる(笑)

まあ、それはいい。

今日はどうも体調が悪い。トイレばっかりいってる。

プレ新社会人向け?のメルマガで、
「学生の時は、好きなやつだけとつるめばよかったけど、社会にでると上司や年の離れた人ともやっていかなければ・・・」
というくだりがあった。

こういう文章見るとイライラしてくるのだけど、くそくらえだ。(朝から過激

学生なめおって。当たり前だクラッカーであって、自分が好きなやつだけとつるんでいるなんて思ったことないし、積極的に嫌いな人間を排除しても、できなくても、絶対虫の好かん人間はいると思っている。

良く分からないけど、学生と社会人(ここでは勤め人か)を分けすぎている気がする。といいつつも、学生に社会性を求めているという状況もこれまた当たり前だのクラッカー的にある。もううんざりしちゃう。

結局こうだ。愚はいつまでたっても愚だ。

今、家で
「マナーの悪い年寄りは、若い時もマナーが悪かったはずだから、結局同じ」という話がでている。

何が同じかというと、
「マナー悪い若者」と「マナー悪い年より」を比べての発言。別に比較すべきじゃないってこともあるんだけど、タチが悪いのは年より。なんも聞かない気がする。だから若者のほうがかわいい気がする。まあ、人によって違うんだろうけど。

あわわ、行って来ますクジラロケット

焦る

先を急いでしまうことが僕にはあるようだ。
結局今日は、集まりがあって、結論というか全体像が見えない焦りみたいなのを感じていたようだ。

実際は形のないものを作るわけで、その道のりは結構遠い。でも自分の好きな長期的視野にたつわけで、しかも己を磨かなければ結局誰も刺激できないなと感じた。

帰りが遅くなってしまって、くまったくまった。


どうでもいいですけど、僕は小学校卒業まで1人でまともに電車乗ったことがないです(笑)
中学くらいからやっと電車を覚えたという、田舎ものっていうか、なんというか。

と、弱い部分をさらけだして自分を鍛える練習(え

やったぜ!1000円。

メールをみてたら・・・

拝啓 平素は格段のお引き立てを賜り誠に有難うございます。

さて、この度当行で実施いたしております【333名に1,000円プレゼント】に
厳正なる抽選の結果、お客様がご当選されましたのでお知らせいたします。

なお本キャンペーンに関する詳細につきましては、こちらをご覧下さい。
⇒ http://www.ebank.co.jp/p_layer/campaign/3anv/up/top.html

ご当選おめでとうございます。

当選金は今月末日迄を目処に、お客様のイーバンク口座に直接お振込させて頂
きます。

やったー。1000円。これでスッカラカン(笑)のイーバンク口座が潤う。0から1を生み出すのって難しいなあ(違う

人脈という言葉が嫌い

僕は人脈は必要だと思う。とはいうが、実際にこの「人脈」とやらは、かなり胡散臭い言葉だ。胡散臭い?また問題発言ですかね。あうとろー。

勘違いしていたことがあって、それは人とネットワークを作ることは、「自分を殺す」ことだと思っていた。いわゆる、他人に迎合する感じがしていたのだ。

実際にそういう人はいるし、そういうネットワークの作り方もあるんだろう。でも、その人脈は意味がないと思う。おそらくそれを理解して、迎合している人とそうではない人はかなり大差がある。でも、見た目は変わらない?


気づいたら色んな人と会っている。でも、僕はこの人とは一緒にお話できないなとか、協力できないなあ、とか直観的な判断に任せている。仮にその判断が間違っても、きっちり保険?があるもので、何かの機会で自然にまた縁があれば会えることになっているようだ。これは目標が同じならばいつかまた会えるというのに似てる。これは嘘ではなくて本当だと僕は思っている。

それはともかく、自分を殺した人脈というものがおそらくある。それは、自分という個がないのに、他人との付き合いが良いとかそういうのだ。そんな人間はクソつまらないはずだけど、自分がなければ人脈としても使えない!わけで、lose-loseの関係になりそう。

僕はこの点を勘違いしていた。だから、今ではかなり違う。人脈とは、自分があってこそナンボのものであって、自分がなきゃ人も集まらんし、会ってもお話にならんということだ。それは、机上の空論じゃなくて、経験則。


今では人脈という言葉は悪い響きはない。でも、僕みたいに勘違いして人脈やらネットワークやら、人間関係を考えている人もいるんじゃないかと思って(大きなお世話だ)書いてみた。

今日のアウトプット終わり。正確には昨日の分ハート

統一教会

ネットワークビジネスと称したネズミ講がある。というか、そういうのがあるから、問題視されるわけで・・・。以前のAERAに載ってた。
大学生で結構な金額の御金を稼ぐらしい。ネズミ講は違法です。というか、直感的に気づきたい。

バイオグラフィーにもあるが、僕は大学時(まるで今は大学生じゃないみたい)に、統一教会と接触している。

これはかなり負の体験だが、まあ今では笑い飛ばせる。実際に最近は昔からある「統一教会」といったちょっとというか、かなり怪しい宗教も若い人は知らないようだ。だから一応言っておきますが、間違っても入らないようにしたいです・・・。洗脳されちゃう。ワライゴトじゃないです。

僕は接触したのは、大学でアンケートと称してうろうろしてた2人組だった。僕はなぜかテンションが高くて、食事券?と称するいわゆるパーティー券1000円(高い)をその場で買ってしまった。世間知らずも甚だしい。

そして待ち合わせをして、「アジト」へ。統一教会の学生部隊を「カープ」という。広島カープじゃない。CARP。「原理研究会」という怪しい名前がついている。彼らは「インカレ」という、大学にとらわれないサークルを称して近づいてくる。見せられる写真が古臭く怪しいのだけど、僕はその時気づかなかった。

メシを食い、合宿があるからぜひこないかという。最初に、「人生」についての話があった。僕はふむふむといって聞いていたほうだ。人生で大切なのは、見える木ではなくて、見えない根の部分だとか。話自体はおかしくないし、僕は否定しない。でも、それは単なる「レクチャー」であって、洗脳やら入会の1プロセスでしかない。そこが問題。

「人生に悩める青年」とか「考えるのが好きな人」は(僕は悩んでないのだが、考えるのが好き・・・)はいりやすい。正確には僕は悩みがないわけではなくて、悩みがないように思われるのだが。それはいい。とにかく、「語る」とか「人生」について考えるとか、そういうサークルみたいなものがあれば素敵と僕は思っていた。その矢先だ。だから避けられない運命だったのだろう。

合宿の前金として、4千円くらい払った。手元に御金がなかったからだ。すっかり相手を信用してしまい(彼はある大学の2年生といってた、が学生証は見てない)電話番号やらも教えている。

帰って親に軽く話すと、それ変だといってくれる。僕は間一髪で助かることになった。

これがいわゆる「やばいことになった」ことであって、普通の人は、もうちょっと入り込む気がする。合宿はこれもまた洗脳や入会のプロセスの1部に過ぎない。そこからどんどんサブミナル効果?的に洗脳してくる。

彼らの手法はこうだ。
「人生について語り、理解を深める」
「あれ?って思いませんか?」「そうです、我らの宗教が。。。」

というパターン。

僕が甘かった。から僕はなんとも言いたくないし、これを言わずにとっておくことも出来た。友人には結構その時話したけど、こないだまた大学に別のヤツがいたから、「帰ってください」といって追い返した。彼らは良いと思ってやってる・・・かなりうっとうしい。

僕はこう考えている。
語りやらというのは、非常に仲の良い人間同士でできるものだ。一般の人にそれを言えるのは、有名人とか。そういう人だと思う。
集まって人生やらを語る。人生ではなくても、例えばシャベリバとかそういうのがあってもいい。でも、これらの危険なところは、一歩間違えれば、本当に一歩なんだけど、統一教会も待ち構えているということだ。

統一教会については、Webでも結構情報が入るので気になる人は調べて見てください。
合同結婚式とかが有名。もう馬鹿らしすぎる。

僕は宗教は否定しない。ただ統一教会とか怪しい宗教っていうのは、かなり変なことしてる。直感的にみても、そうではなくても。洗脳されるとやばい。何冊か本を読んだが、「人生が終わる」ということだ。それくらい、やばい。

5千円を僕は損したわけだが、もちろん彼?から電話が来たがすぐ断った。あんたはヤバイやつだといっておいた(笑)それ以降もちろん接触はない。が、アジトの位置はしってるし、これは既存事実なのか、おそらく統一教会とか入っている人は身近にいるかもしれない。あまりにも水面下で活動しているために分からない。

名前を常に変えるが、彼らのアジトは変われない。

日本は平和だけど、こういうブラックなものは結構存在している。だから一概に平和ともいえない・・・。

変な宗教ってのは、教えが良いから人に入れというパターン。本当に良いものなら広まるし、入れといわなくても自然に入る。人を巻き込む。関係ない人を巻き込むことが問題。自分達でやってればいいのに、それを信者を増やすために活動しているから・・・。活動している人自体は悪い人じゃない。素朴で良い人のように見えるらしい(接触した人も実際そのように見えたし、悪気はなさそう)。

でも。その人は関係ない。実際に自分が何をして、人にどうしているのか分かってないんだと思う。ちなみに、アジトで見かけた人や接触した人は、「目が死んでいた」のは確かだ。

恐ろしい。

統一教会ネタを展開しちゃうとは思わなかったけど、大学一年生とか、新社会人にはつきものだと思ってもいいかも。勧誘が。
こういうのがあると知ってるだけで、防げる。

ちなみに統一教会の歴史は結構古い。昔からある。でも同じ手に人はかかる(^^;それは単に知らないだけというのが大きい。

朝から重いネタですか(笑)

中学生の自分

僕の中学時分について思い出した。最近、この手の思い出しが多い。何かが起きる瞬間だから。(笑)

僕の中学時代をおそらく語ることはなかったし、多分話す必要もない。でも、あえていってみよう。

僕は不良が嫌いだった。当たり前かもしれないけど、僕はいわゆる「優等生的立場」から彼ら彼女らを嫌いだったと、人から思われていたに違いないなと今は思う。それくらい僕は「優等生」に見えたのだと思う。変な意味はなく・・・。

先生にゴマをするとか、そんなことは意識したこともないし、至極真っ当に中学生活をしていた気がする。小学校時分では、とくに何ら問題はなかった。不良なんてかわいいものだった。

中学生くらいになると、結構なワルが出てくるものだ。聞いた話によってまとめると、僕の行っていた中学は結構マトモな方だ。ガラスが割れてたり、とんでもないもんが学校に来たり、はなかったし。

不良じゃなくて不良っぽいのが多かった。中途半端すぎる人が多かった。

なぜ不良が嫌いか?アウトローだからかもしれないし、人間性が気に入らないからか。とにかく、生理的に(笑)受け付けなかった。だから、不良っぽいやつはことごとく無視してた気がする。かなり意識的に。

忘れもしないある中学3年の日。クラブハウスで、なんか変な顔したやつがいたので、何回も見てしまった。これが原因で、僕はボコボコとはいわないが、かなり殴られた。謝れといったが、僕はなぜか謝らなかった。いわゆる「ガンをつけた」なのだが、彼の理不尽な暴力と、あほっぽい顔に謝る気は起きなかった。

これは別にいい。僕がそんなアホを見てしまったから悪い。5回は見た(笑)

悲しいかな。親は顔を見て心配してくれた。さすが我が親。でも、次の日、登校すると、担任は何とも言わない。友達が顔どうしたのと言ってくれた。それくらい一発で分かるくらい、目が腫れていたのに。
僕はその担任が嫌いでしょうがなかった。女教師はその頃から、僕の中でかなりタチの悪いものだと思い始めたものだ。(女の先生が全て悪いとはいってませんが・・・)。


さらに別の日。これまたクラブハウス(笑)で、いきなり不良から「おい」といわれ、クビを締められた。気が動転して対処できず。
これはいわゆる「締め」られたというやつだ。というよりも、それ以降も以前も僕は不良に対する考えは変わってない。非があるか否かはどうかして、暴力はいかん。そんなことも分からずにただ暴れたいとか、アウトローはダメだと思う。悪いことをしていると自認して悪いことをやればいいか、といえば決してそうじゃないけど。


まあ、今となっては2つとも良い経験だ。不良が僕を嫌うのは、おそらく「無視」しているからだろう。実際に僕は無視していた。というか、話すこともないわけで、話の合わない人間は無視ではなくて、自然に話さないというのがあるわけで、それを無視と思われたら単なるイチャモンでしかない。まあ、そんなこと不良に関係ない。


この不良との関係に僕はかなり悩んでいる。彼ら彼女らは悪なせいか、大多数はチンケな悪だが、一部例外は結構「堂々」としてみえる部類に入る。そんなのはかなり少ないが、悪でも色んな悪がいるものだ。

僕はあほな人間とはおしゃべりしないというポリシーがどこかにあって、それはただの頑固だったかもしれない。でも、今でもそれは変わっていないと思う。あほと話していると自分もあほになるからだ。嫌。

人間を心底から馬鹿にしているわけではなくて、単純に話したくないから話さない。このシンプルさがどうも日本には時として受け入れられないようだ。社交性やら協調性という言葉が、ヘドが出るほど嫌いな僕はどうやら、「社会的不適応」なようだ(笑)

良い不良というのは変だが、最後に僕が嫌いな不良のタイプをあげておこう。

それは、ボスについてまわる、いわゆるコバンザメな不良で、非常にカッコ悪い。こちらからは「なんでお前がいばってんの?」「お前何?」という不良だ。これが結構多い。

昔、TVドラマで「伝説の教師」という、ナカイ君と松本氏が演じる面白い教師?のドラマがあったけど、「中途半端な正義は一番の悪」というメッセージが今でも忘れられない。

中途半端な不良もいる。成績が良い不良って、ダメだと思う。別に勉強してなくても成績が良いとかそういうことじゃない。先生にある種コビつつも、不良を演じる。というか、僕にそう見えるだけか、非常に矛盾している態度だ。

長いものに巻かれるとは、強者に迎合する態度のことをいう。僕はそれが大嫌いだった。この場合、不良=腕力=ケンカが強いことを言うのだけど、そんなんで強者なのかと思う。

漫画とか理想とかじゃなくて、本当に強き良き者とは、己を理解しているがために、無駄な暴力は振るわないはずだ。うんうん。

僕の基本ポリシーはこの頃から変わっていない。とにかく、強いものを叩き潰す。そんなスタイルが体に染み込んでしまったようだ。

無駄な経験もある

人間は恥や失敗を恐れて出来ないことがあるという。それはたくさんあるし、失敗を恐れない人間などいないと思う。でも、実際には失敗が恐くてもやりたきゃ人はやるし、やりたくなきゃやらない。シンプルだ。

ペンション夏バイトで、相棒のY氏と話し込んだネタをふと思い出した。それは、「無駄な経験ってある」って話だ。

もちろん、経験は全て無駄にならないと思っているのだけど、それでもやはり「今」、その経験が「良い」と思えなければ、瞬間的とはいえ「無駄な経験」となると思う。

ペンションバイトに意味があるか。掃除に意味があるか。ベッドメイクに意味があるか。そんなことを結構考えていたようだ。意味を求める。見つけ出せばいいのだが、なかなか見つけにくかった。

無駄だと思える経験も後からやってよかったと思えればいい。ペンション夏バイトも、Y氏との出会いで全て一掃されてしまうから、問題ない。でもでも、ペンションへ行かなくても別のところで出会いがあったかもしれない。そこらへんは、それこそ「歴史にもしはNG」というような話になるかもしれない。

失敗といえば、夢を語るべきではないときにそれを語ることだ。僕は冷静に思うのだけど、起業とか、そんな夢を話すことって抵抗がある。抵抗があるというのは、恥ずかしいというのかもしれない。普通、結構仲が良い間じゃないと話さない事柄じゃないかなと思う。

自分の中で夢の肯定、夢のアファメーションなどのために、人に言うのはいい。でも、「自分が夢を言う」からといって相手が「俺の夢はこうだ」とは言ってくれるとは限らないし、また同時に夢を否定される可能性もある。

語る・・・。
僕がどこかで勘違いしているのか、それとも語らない人が変?なのか・・・良く分からない。

経験は後から考えて無駄となるものがないだけで、無駄だなと思える経験は絶対にある。無駄な経験というのは、客観的に決められないだけで、主観的には無駄な経験こそ普通であり、無駄だと思ってもやるとか、そういう覚悟も必要だったりする。罠かもしれない。非常に葛藤が起こりやすいなあ。

なんか分かりづらい独り言。
要は経験は全てといいたいけど、やはり自分の否定したい経験ってあるんじゃないかと。その経験は、やはり無駄なんじゃないかと。そういうことです。

書きたいことがありすぎて。

書けません。

アウトプット不可(笑)

いや、単に眠いだけです。寝ます。

どうでもいいですけど、
「利口を演じるバカより、バカを演じる利口」これに影響されて、僕もバカを演じるつもりです。(?)

デミグラスなソースなハンバーガーおいしい。手で食べるもの、おにぎりとか、手に触れることで余計うまくなる。

あれはなんでか分からないけど、本当にそう。

明日は、次世代会議っていう集まりがあります。ただの集まりじゃないっす。百式さんに負けないよう(なぜか競う)にがんばります。

起承転結にしようとおもったら、支離滅裂で終わった。くまった。くまった。

ダルフール

知ってますか?

国際ニュースを知らせてくれるメルマガを読んで、「虐殺」やら「コソボ」やらと出てきたので、あれ?と思ってしまった。

虐殺された人や、安全ではない地域の人を別に馬鹿にしているわけじゃない。誤解しないでほしい。なぜこんなことをいうかというと・・・、

「げ、未だに虐殺とかそんなのあるの」

という、平和ボケ極まりないことを思ってしまったからだ。(平和ボケという言葉は好きじゃないけど、あえて)


戦争や暴力がないほうが当然良いに決まっている。でも、そうじゃないところもある。そうなのだ。日本が平和とはいえ、最近は物騒な事件もあれば、自衛他という結構な軍隊もある。世界で何かこうやっていこうというのが、日本人はあまり上手くないなと思えてしまう。そりゃ例外いるけど。

今まで国際ニュースといって、様々なニュースがあったと思う。でも、身近に感じることがない。島国精神か、海の外で起きているから関係ないのか。

関係ないとはいえない。というよりも、そんな風に割り切る人間が好きじゃない。これは、カンの問題や人間性の問題だろう。

世界を知らなきゃいけない。歴史を学ばなきゃいけない。なぜなら、あまりにも同じことを繰り返して、愚かな行為をする人間が多いからだ。

僕の人生戦略として「反面教師作戦」(笑)というのがある。仮に見習いたくない人がいたら、その方を反面教師として仰がせて頂く。やはり捉え方次第でなんともなるもんだなと思う。


世界は知らないことで満ち溢れている。
報道操作もあるし、マスコミの罠もあるし、正しい情報って何かとか、もう混沌としてる。だから「もうやーめた」といって投げ出すのではなくて、だからこそ、立ち向かって欲しいものだ。って、自分のことだけど。

国境なき医師団日本 のニュースリリース
http://www.msf.or.jp/news/news.php

ここにダルフール虐殺の対応について書かれています。危く涙でそうだった・・・。不覚悲しい

マイプロ通信

今日、マイプロ通信が送られきてた。
見ると・・・

・記事の公開、非公開が選択OK
・画像容量、テキスト容量アップ!
・1記事に5枚まで画像の投稿OK
・アクセス解析パワーアップ!
・サイドバーに便利な機能が盛りだくさん
・リアルタイムプレビューで記事投稿もラックラク
・IP指定によるコメント禁止

が、9月上旬のリニューアルらしい。
わお。写真5枚。グッド。
しかもアクセス解析パワーアップ!

やった。マイプロ使ってて良かった(現金


アクセス数が100切ってきました。
どうやら、独り言は僕を知らない人が見ると面白くないと悟る。だからもっと独り言をいう人間。そんな私。

原点回帰。自然淘汰。神の見えざる手(笑)
自分の狙いどおりにこのブログはできていって、見てくれる人もそういう人ばかりになってくはず。虫がいいわけじゃなくて、本当にそうなるの!(ちょっと子どもっぽく怒る風に

先に見えるもの

最近夢を見ている。

それは卒論のテーマ決めのジレンマだったり、現実の解放された空気を十分に味わってないからだったり、するというその現実からの逃避のためかもしれないけど。

病んでいる自身はないけど、朝起きても今が現実だと思えなかったりする(病んでる?

まさにマトリックス。腹の中になんか入ってんじゃないかと思った(笑)

夢から、現実から、自分の将来やらを考えて見る。バラ色(え

可能性と偶有性の中に生きていて、ひたすら謙虚だが、意見は言う。自分の勘で生きることが大分理解できてきた。夢を失わない人間になるというのもなんか見えてきた。

リードメール終了

リードメールというのがある。メール内のURLをクリックして、サイトを数十秒間みるとポイントがたまるというやつだ。

ポイントは非常に安価で、だいたい1円貯めるのに2,3のクリックがいる。毎日2,3通はくるので、毎日1円はたまる。

複数のサービスをとれば、例えば5個とれば、単純に年あたり365x5円くらい。1800円くらいは入ってくる。

が、これが異様に面倒。時間やらを考慮すると、普通にバイトしたほうがいいということになる。

まあ、最も考慮すべきは、自宅にいて、PCのみで稼げるというところなんだけど、どうもみみっちいというか、セコイというか。

といいつつ、小遣いプログラムは実施中。

リードメールはすっぱりやめました。うっとうしくなりました。1ヶ月は続いたんですけど、時間は大切です。本読んだ方がいいです。

最近独り言が多くなってきてるのは、まあそういうことです(え

生活者革命

大前研一氏の著書。始めて読んで見た。

結構古いのだが、どうやら放送分を本にまとめたようだ。読みやすい。

印象に残ったところを数点。


私は、十数年前から自分の人生の時間を四つに分けて考えている。つまり、ビジネスマンとしての時間、社会人としての時間、家庭人としての時間、そして個人のために使う時間の四つである。


時間について結構興味があるので、これは取り入れたほうが良いと睨む。時間を全て自分の時間とすると一見すれば、集中しているとか、自分の時間がフンダンにあるとか、そう思える。でも、実際はどうだろう?1時間しかない人間がやる能率さと、2時間ある人間がやる能率では単純には比較できないけど、ケジメとか集中という点では、短ければ短いほど良いような気もする。

これは、僕なりの考えだが「1つのことをやってるよりも、複数のことをやっている方が集中できる」というやつとちょっと似てる気がする。別に「ながら」作業で、いい加減に色々やるんじゃなくて、いわばCPUの並行処理みたいに、時間差をうまく使ってやるというやつです。


忙しいなかにあって、このような個人の時間をもつことは非常に重要だと私は考える。日本人の多くは、会社の人とばかり付合っていると指摘されるが、同じ会社の人とばかり付合っていても視野は広がらない。しかし会社とは別に、こうした自分が個人として追及するものがあり、仲間がいると、それによって世界が広くなる。


僕も一応?働くわけで、会社に所属するとやはり多くの時間がそこで使われそうだ。でも、だからといってそこの人々とだけ一緒にやってくつもりは毛頭なくて、むしろ会社にいるのが恐かったりする。一種の監禁。とまではいっては言いすぎだけど、ある種の監禁。結局は労働者というのは、資本家に搾取(おっと、これはマルクスだった(笑))、ではなくて、賃金で働いているという真実は変わらない。

会社に所属するのではなくて、会社を利用するという視点でいるつもりだが、忙しさを言い訳にすでにそんな視点すら忘れる(よく大人が子どもの時の純粋さや、夢を忘れてしまうくらい社会というものに順応しちゃうって聞きますけど、なんか似てる)ようになっちゃうかもしれない。でも、まずそれはない。なぜないか?それはないからだ(説得力ビロウゼロ(ゼロ以下、つまりマイナスからの始まりを意味する))

前もって自分の状況を想定しそのために行動しておく。気づけば今僕はそんなことをしているかもしれない。と、自己肯定。アファる(アファメーション、自己洗脳みたいなやつ。っていうと誤解を招きそう。だから、セルフイメージを高めるという怪しい表現で代用。え?それじゃもっと変?えっと、自分でこうする!というと、本当にそうできるような自信をつけること。これが極意かしらね。たぶん。)


 人生に「そのうち」はない。それを私はいろいろな経営者と仕事をしていて思い知らされた。いまは仕事を一生懸命にやっているが、そのうちにあれをやりたい、これをやりたいと言っていて、それを実現した経営者はほとんどなかった。やりたいと思うことがあったら、絶対に先送りにしてはいけない。


というわけで、旅します。卒論は放置気味ですが、多分卒論も大事で、卒業はしますけど、それよりも旅が多分大切という、ほぼ現実逃避に聞こえる主張をしておいましょう。旅楽しすぎるからやめらんない。


このほかにも、北海道を国にしたらどうかとか、世代によって価値観が違うとか面白い話もあったが、まあそれは僕の胸にしまっておくとする(紹介が面倒(まて

北海道を国にするのは、結構面白そう。多分密売天国になりそう(なんとなく)。
世代によって価値観が違うのは、多分結構言われてますけど、慣れ親しんだものが違うからですね。つまり、自分の体験してきた馴染んだもので伝わらないみたいな・・。ジャンプ世代(少年ジャンプで育った世代のこと)とかでてきてますしね。

1980年代生まれの人は、何世代になるんでしょうね。僕は、全く傾向がわかりませんが。閉塞世代を言っておきましょう(笑)

というよりも、なぜか自分だけがいつもヒドイ目とか、辛い立場にあるって嘆く人いますけど、多分それは違うなと思います。嘆く人は何でも本当に嘆いちゃうからですよ(笑)

また機会があれば、大前氏の本を読んでみます。



生活者革命―国家主義の終焉
大前 研一

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天下のウェンディーズ

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締めはウェンディーズ。我々らしい締め。

栄のダイエーにくっついているハンバーガーショップ。古き良きアメリカがイメージらしい。とはいうものの、普通のバーガー屋です。

気がつくと、マクドナルド、ケンタッキー、ミスタードーナツとなかなか周り20m以内に建ってる。

競合と争うには・・・?

沖縄行きのチケットを購入し、ついに念願の沖縄へ(念願?そうでもないけど)。

旅への動機付け、人生のプラス、バイトの継続的実施など非常に良い効果がある。というか、今日は刺激の多い日だった。やっほー。

ウェンディーズのチキンナゲット。あっさり目でおいしい。今度たのもっと。
ポテトにケチャップかけ放題らしい。今度やってみよう(笑)

ガム貯蔵

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友人のガム5つをパシャリ。キシリトールガム。

ただ券で買えちゃうのだ。セミナーやってる大学の特典。うれしいものだ。

僕はガム2個ゲット。次回行くときは、ガム大量に買うつもり。ガムがむ。

片岡球子展

名駅(名古屋駅)だと思ってたら、栄だった。栄の松坂屋で今日が最終日。

絵や音楽やらいわゆる「芸術」に疎いので、一応積極的に右脳を鍛えるために行ってる(笑)

フジサンの絵がきれいというか、個性的なので絵ハガキを買って見た。富士山へは来月いくつもり。

そこで一休の話を絵で表現したというのがあった。話の内容としては、「南極?へ飛び立つためにツルが飛んでいった。ちょっと休憩?するつもりで木に止まったら、そこはエビのツノだった。そのエビは、カメの目の中に入っていた」

というので、「カメの目」ってなにか、分からなかった。よく考えると、それは「カメの視野」という意味で、視界ということだ。

教訓としては、「身のほどを知らずに生きるな?」というようなもので、ツルがこの場合身のほどを知らなかったようだ。

話がよくわからないので調べて見た。
が、分からず。とりあえず一休氏の逸話集とか買えばありそうなネタ。

とりあえず、報告。(誰に?

「17歳の風景」試写会

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久しぶりに出かけた。バイトの単調生活から解放されたが、雷なったり雨降ったり。えらい1日だった。これも刺激になっていい(笑)

試写会とは思ってなくて、宮台真司氏と若松孝ニ氏との対談だとおもってたり。

実際に映画は1時間と40分くらいあって、対談は結構短めだった。でも面白い。

この映画「17歳の風景」は、多分そのうち公開上映されるか分からないので、ネタバレ禁止。といきたいけど、どうやら内容はあまりなくて(本当に)、何を感じるか、どう見るかが楽しいんじゃないかと思ったので勝手に紹介。

ストーリーとしては、バットで母親を殺した少年が自転車で逃走するものだ。最初、チャリダーかとおもって、焦った。実際にどうでもいいかもしれないけど、自転車はGIANTで、しかもペースが速い。岡山から秋田は結構距離ある。だから野宿もしてる。お金はどこから持ってきたのかとか、何を食ってるかとか、そんなのが気になる。それくらい、走ってるシーンが多い。

映画の感想やらはその人次第でいいのだけど、その後の対談のメモとしては。

宮台氏は若松監督のファンらしくて、結構な影響を受けているようだ。例えば、少年が北へ向かうのは、何か厳しいものと対峙するとか、どんどん(ゼロ)クリアされるとか、漂白される、悪夢から覚めるとかそういったものだと感じると言っていた。

悪夢というのは、親を殺したことであり、そこから覚めるのは、北へ寒さという厳しさ、自転車で走るという行為で、自分に圧倒的に負荷をかけていることで現実を感じるのだろうか、まあそんなところ。

そんななか、以前の監督の映画は、閉塞感を出して、それこそ今回は「変わらない風景」を演出し、社会は変わらないことを表現しているかと思っていた、といっている。

しかし、今回のこの17歳では、どうやら全く逆で、社会は変わらないというのではなくて、閉塞感ではなくて、むしろ少年が自転車で走ることで、何かリセットされて、現実や社会を感じるようになるという話に感じたと言っていた。

なるほど、すげー深いなと思いつつ、メモる。


以上が宮台氏からのメモで、若松氏からは以下。

今の若い人の作品は、コピーが多い。技術がうまい、見せるのもうまい。でも何が表現したいかわからない。コピーはコピーだ。と言う。

これは68歳となる監督の若者批判と単にとらえることも可能だ。しかしちょっと違うと思う。

対談で、「映画体験、それこそ映画を創る、映画を見る」そういった体験だけで、映画で何か表現できるか?といったら、おそらく違う。という興味深い指摘をしていた。(納得

どうやら、宮台氏によれば、「若松監督のように、ヤクザやそれこそ何でも経験してきて、社会を体験している人が何か作品を作っているというのが少ない」らしい。
北野監督も同じようなニオイが個人的にした。それはその会場にいた人から質問があったりしたから。


僕が印象に残ったのは、映画オンリーで映画は作れないということだ。いや、作れないんじゃない。正確には表現ができないということだ。

そこに主張がない。良い作品を真似る、見せ方がうまい、それはいい。でもそれだけだ、そういう話だ。

以前のエントリで、専門家はおそらく、究めたことでその専門の視点を得ている。でも専門家というのは、その視点で考えられる以上に、別の経験やら視点があり、だからこそ、専門家になりえるというようなことを書いた。気がする(笑)

若松氏曰く「家にばっかいるんじゃなくて、それこそ色んな風景を見て欲しい」という。

その通りだと思う。

僕はこの映画を見て、感動をしてはいないが、対談を聞いて、旅を異様にしたくなったし、するし、また一生旅をしていきたいとすら思えた。

見ているものが小さい。ということが分からない。経験が圧倒的に少ないということが分からない。でも経験しているという自分が嫌なだけだ。

ちなみに次はJAZZ演奏を聞いてきます。楽しみ。

写真は、JR高蔵寺駅の愛知環状鉄道線。かなりローカルネタ?

宝くじ

なんでも福井県に匿名で二億円分の宝くじ券が送られたそうだ。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040724-00000011-yom-soci


こういう人間になりたいものだ。かっこいい。

今日、バイトの帰りにおじさんが硬貨を落したのを気づかずに券売機の方行っちゃうから、50円玉を拾って、

「すいません。落しましたよ」と笑顔で50円を差出した。

するとおじさんは、
「てめーおれが50円ごときで動くとおもってんのか。いてまうぞ」

といったわけではない。安心を(笑)

「お、ほんとか。ありがと、すまん、ありがと」
といってた。

うーん、1日1膳じゃなくて、1日1善。昔はやりましたね。良いことしたな。きっと良いことが近いうちにあるに違いない(笑)

これと宝くじニュースを比較してみるわけですが、金額は違えど(違いすぎるか(笑))、心は一緒。僕も匿名おじさん(なぜかおじさんに決定)になろう。そうしよう。

課題達成型?人間関係重視型?

昔(とはいっても今大学生なんですが)、大学の講義で、そんな話しがあった。最近はふっと思ったネタを全部メモ帳にかいてる。

課題達成型っていうのは、そのまんまで、僕みたいな人間です。ある目標を立ててそこにひたすら(ひたすらでもないような、まあどんまい己)向かっていく。どちらかといえば、男性はこっちの傾向があるようです。

狩猟とかすると、獲物を見つけてとるわけですから、目的はいるんでしょうか?

人間関係重視型というのは、周りの人間やら人間関係に重きを置くタイプです。僕とは違う人間です(笑)どちらかというと女性がこの傾向が強いらしいです。

えっと、家を守るには、他の人の協力がいりますよね?だから・・(なら、狩猟も1人じゃ無理じゃねえかという突っ込み期待。まあ1人でやるのが男です。かっこいい(笑))


よーく考えなくても、僕は課題達成型の人間だ。だから、人間関係重視型の人に会うと結構頭がリフレッシュされたりする。な、なるほどそう考えるのかと。

人間って難しい。それは、僕の友人が全員「課題達成型」というと、そうではない。当たり前だのクラッカーです。でも人間関係重視型は少ないかな。境界が分からないですしね。


目標を立ててそれに目指すっていうスタイルが好きじゃない人もいるはずだから、僕はおそらく一生、そうやっていきてくんだなあと思う。別にネガティブな意味じゃなくて。

人間関係の維持がえらく面倒。という考えを持ってるので、それこそ以前のエントリで書いた「100人の愚者より1人の賢者」なわけで、烏合の衆はいらんのです。ええ(笑)

あ、これは友人についても言える話かもしれませんね。つまり、たくさんの友達が欲しいか、深く付合える友達が欲しいか?さあどっち?という話と結構似てそうです。(どーだろ

両方ってのはダメです。どっちかで。
なんか昔、「めちゃ身長高いけど頭悪い」か「身長低いけど頭良い」かとか究極の選択で遊んでたものです。(笑)

「足して2で割ると丁度良い」という表現の意味がしっくり来た時ってなんか懐かしい(脱線。

ふと気づく

寝てても1日、バイトしてても1日。結局同じ1日だ。

意外な展開というのが今一番面白いと思う。というか、意外な展開だからいつでも面白いけど。

自分が行動した分だけ跳ね返ってくるというのは多分TRUEだ。

10人話して1人でも反応があればラッキー。そのくらいの肝っ玉になってきた(何の話だろう

コミュニケーションだから、相手の反応がなきゃそのうち自然淘汰される。やはり人間って面白い。誰も悪くない。ただ時のみぞ知る。

バイトは今日で10日目終了。労働時間はあけてべっくり玉手箱の100時間オーバーだ。労働省に訴えてやる。いや、手当てもらえるので問題ないですよ(笑)

このお金は全てではないけど、旅に使われる。ブルー世界の沖縄へ。やったるでー。

メールコミュニケーション

誰かが、メールの返信は24時間以内にするといっていたが、それは良い習慣だなと思う。人物の是非はともかく(??)

メールというのは便利で、あっという間に広まった気がする。でも、PCメールにおいては肝心な面倒くささはなくなっていない。

その面倒くささっていうのは、一種の壁のことだと思う。それは、「PCに電源を入れて立ち上げるまでに時間がかかる」とか「メールソフトがたまにバグル」とか「考えながら、タイピングできない」とか。

ハード面?ソフト面?なに面なんでしょう。

携帯電話だと、メールボタンをおして打って送信するだけだ。電話はボタンをおしてコールするだけだ。やはりある種の機能に特化した道具は強い。PCはそういう意味でいえば、ある種の機能に特化してない。多機能のゆえの障害というんだろうか。うーん。


メールでのコミュニケーションははっきりいって手間がかかる。会った方が早かったりする。ニュアンスが伝わらないのが一番の問題かしら。

あと、メールコミュニケーションの問題は、ビジネスなど以外では、メールというツール、とくにPCといったツールをどれぐらい重要視しているかで変わってくる。僕はPCが好きで愛用してるけど、世の中そんな人ばかりじゃない。ちょこっとやりたいだけ、やる人のほうがむしろ多いと思う。だから自分のメール価値観(笑)を押しつけてはいけない。

例えば
「メールが全然こないなあ」という時、それはどれくらいの期間を意味するか?PC愛用度やら、メールに価値をどれくらいおいているかで変わってくるということだ。

僕は1週間もすれば長いと思うし、1ヶ月もすると、かなり前だと思う。この感覚がおそらく人によって違うのだと思う。それこそ、生の手紙のように三日くらい期間が空くというケースもある。

人のライフスタイルや、毎日の生活で、空いた時間に返信ができるのがメールの良いところだと思う。だからこうあるべきだとはいえない。でも、あえていえば、1日に全く暇がない人など探しても多分いない。必ず時間がある。いわゆるスキマ時間というやつだ。

単に別の時間が優先順位が高くてメールが出来なかったというなら話は簡単だ。
むしろ、「今忙しくて返信遅れる」と一文でもいいからメールをしておくと僕は嬉しいのだけど。(え


でもやはり、自分のスタイルに合うように使わないといけないなあと思います(結局そうなるのか

見えないものが大切

肝心なものは目に見えないとは、星の王子様に書かれている言葉だ。

実際にそう思う。小説(ライトノベルというジャンルなんで、知らない人は知らないカモ。ちなみに「キノの旅」という哲学めいたお話ばかり)に、心が実際に読めたらどういう社会になるか、みたいな話があった。

予想どうり?変な社会になっていた。うろ覚えだ。忘れた。

人にも心があって、その人が何を考えているのか100%は分からない。でもある程度のことは分かる。自分にも同じで、自分の心理状態はこうです、とは自分で決められるけど、それが合ってるかどうかはやはり分からない。ある程度は分かるんだろうけど。

肝心なものは目にみえない。僕はそういうことをいう人間なので、どうでもいい人はどうでもよくするし、どうでもよくない人はどうでもよくしない。人間に差別があっちゃいけないとか、そういう話でもない。嫌な人は嫌。シンプルイズベスト。

お金があればいいなと思う。でも、それは心あってのこと。お金を手に入れた瞬間に人が変わるというのはどこぞでよく聞く話だ。人間はそう簡単に変われないはずだけど。果たして真実かどうか。

お金が欲しいというよりも、これをしたいからこれだけのお金が欲しいと考えるほうがおそらく実践的かなと思う。DVDプレイヤーが欲しい人に1000万もいらない。会社を作りたくて資本金が欲しい人に1万じゃちょっと少ない。要はそれに見合うだけのお金があればそれこそ幸せなんじゃないかと思う。分相応というやつだろうか。

使命というものを感じたことはないけど、変な自信だけは持ってる。それで自信もってるがために、中途半端に打ちのめされて(笑)またやり直すという感じの繰り返しな気がする。過信じゃない、自信だ。

弱いものを助けるなどと公言はできないけれど、日本はおそらくあくまでも、「あまり」弱者を感じない社会だと思う。高齢者や障害者や外国人などは弱者かもしれない。でもそれも色々あるわけで。

確実に日本社会のルールに矛盾を感じ、もしかしたら自分はアメリカ人じゃないだろうか?と思ったことがあるといえば、嘘に聞こえるだろうか?(笑)

どうにも窮屈だ。と思っている人が結構世にはいそうだ。もちろん環境のせいばかりにしちゃいけない。というよりも、自分をとりあえずせめてから他人や環境のせいにしてほしい。自分を責めずして人のせいにしちゃいけない。タコ責任なんてくそくらえだ!(過激


TVでやっていたけど、ホッキョクグマの肌の色は黒だそうだ。人間も同じだと思う。口ではいいこといってても、何もやらない人はそのうちボロがでる。自然淘汰。長期的な視点。芯がなければ消えていく。

時が解決してくれるっていうのもこれで説明できると思った。

補完

友人と話していて、「あれ?なんだっけ」といって、自分が忘れた話とか、話し合う話を聞くことがある。

そんな時に察知してある程度の範囲まで絞り込んだり、ピンポイントで当てたりするのはやはりフィーリングだなあと思う。

完璧な人間を目指すと疲れるけど(目指したことないけど知ったかぶり)、補完しあえる友人は非常に気が置けなくていい。

一緒にいて遠慮することがないって素敵だと思う。逆にいうと、遠慮しちゃう人は友人になれないということにもなっちゃう。

自分で何もかもやるんじゃなくて、支え合って生きたほうがお互い楽なんじゃないかと思う。もちろん、1人でやることは重要だけど。

夢と現実。マトリックス。

マトリックスという映画が好きだった(なぜか過去形

一応全部みたけど、1作目で完結していても悪くない気がする。結果論かしら。

哲学者デカルトは、寝ているとき自分の体がどうなっているかということをすごく疑問に思ったらしい(本当かなあ

眼は動いているらしいけど、体はそのままある。そして、自分という存在はとりあえず、現実か夢かよく分からなくなる。それが寝るというものかもしれないからだ(?)

要は、マトリックスと同様、今の現実といえるべきものが、現実なのか、それとも夢なのか。「覚めない夢を見ている」というのは、よく分からんけど、なんかかっこいい(笑)

十八番?(おはこ、昔じゅうはちばんと得意げに読んでいた自分が懐かしい)の二元論?をぶちかませば、現実は夢がなきゃ存在しないというのが僕の考え方だ。本当かどうかは知らないけど。

マトリックスはアクションに注目されてたけど、多分マトリックス好きな人は、この哲学的な夢と現実に惹かれたのだと思う。アクションだけで見ると多分僕は面白くないと思ったから。

寝て起きたら、夢だったというなら別にいい。でも、寝て起きたら、それが夢かどうかわからない。ほおをつねっても分からない。

夢は寝たときに見るアレでもいいし、目標とかビジョンとかのドリームの夢でもいいしどっちでもいい。ただ両方共通するのは、現実がないと存在しないということだと思った。(当たり前っぽいことを堂々と述べるのがブーム

現実を受け入れる。マトリックスでもこんな話が出てきた気がする。現実を全て受け入れて、そこから始まる気がする。

現実を受け入れるとは、現実を現実だと認識することだ。仮にその現実が現実ではなくても、なんら問題はない。そこで一旦「認識」しているのだから、一瞬でも受け入れているのだ。

逆境に強い人間は、全てを受け入れていると思う。弱い人間(人のせいにする人?)は、現実を見ていないと思う。受け入れると、それこそ、苦しいことのほうが多いのじゃないかと思う。でも、同時発生的に夢があるから、何ら問題は発生しない。


この話から一つの結論を出してみた。
ドリームの夢。それを持つ人、見つける人は運がいいとか、幸せものだとかいう。でもそれはちょっと違う。おそらく古臭いが努力だ。努力は誰にでもできる。ただその地味さに誰もあまり重要だと思わない。重要だと思うのは、努力をした経験をした人が思うだけだ。幸か不幸かそうなってるようだ。

夢は誰にでもあるということだ。現実を受け入れても夢なんてないこともある。むしろ、現実を受け入れたがために、夢はいらないという選択もできる。

それでも・・・。僕は食い下がる。

夢がなければ生きられないとは言わないけれど、あまり人生が楽しくない気がする。夢がもし自分の人生を面白くするなら・・・。あったほうがいい。


夢は面白い。何かやりたいことがあっても、本当にやりたいことじゃないと体が動かなかったりする。体が動かない自分がダメだなと思えば、心が自分に信号を出す。

非常に自然なことだと思える。別に欲求の話じゃないけれど、現実を見れば見るほど夢を持ちたくなるということかもしれない。

なんか良く分からんくなってきた。魚

新風舎

http://www.shinpusha.co.jp/
電車の広告でたまたまみた。名古屋に進出?らしい。多分。
単に営業所ではなくて、ギャラリーがなかったから作ったんだろうか。あまり見てないので不問(笑)

その記事はこちら。
http://www.shinpusha.co.jp/news/news2004/0406/040622.html

自費出版する気はないのだが、冷やかしたい衝動にかられちゃう。いかん。栄が呼んでる。まってろー。

1万ヒット記念:本プレゼント

予定より大分1万ヒットを達成しました。耳タコですが、アクセス数のために僕はブログを書いているのではなくて、自分のために書いてます(かっこいい

それが見ている人に有用なことがあれば、ラッキーくらいに思ってます。

今後アクセス数がどうなるか分からないのですが、まあそれはおいておいて。

1万ヒットいったので、本プレゼント企画を実施します。

今回(次回もあるってこと?)のプレゼントは、
「通勤大学MBA〈10〉ゲーム理論」です。

ゲーム理論の基本が学べます。という僕はあまり分かってませんが、まあ一つの視点ですね。卒論とも結構絡んでます。それは、蛇足ですね(笑)

当選された方にはどのように本を扱われようと構わないのですが(ゴミ箱にポイ捨ては嫌ですが)、欲しいという方にあげるというのが人間ですので(?)まあ、そういうことで。

このエントリに対して、本が欲しいということをコメントしてくれれば、応募完了です。連絡のつくメールアドレスを残していってくださいませ。

まあこんな方はいないと思うのですが、「ください」だけのコメントのみしか、コメント欄に1通しかないと。そういうケースの場合、多分僕はプレゼントといっておきながら、抽選といっておきながら「リアル友人」(笑)に当選させちゃうという権力!を行使しちゃいます。うふ。

ゲーム理論とか興味ない人がもらっても面白くないと思うのでその辺りはご了承ください。

要は僕の衝動的企画ってことですね笑顔

もう逃げない

今日はバイトに眠り姫はいなかった。

が、なんか鼻につくやつ(?)が前にきてた。
だから、答案めくって返すやつが、こっちにきて風で寒いジャンってか!(壊れてる?

まあとにかく、久しぶりに「イライラ」しちゃいました。おかしいなあ。


新風舎?という自費出版なサービスをしている会社の広告あり。どうやら名古屋栄の中日ビルあたりが匂います。とりあえず今度行って見ます。

出版?いや、しませんけど、体験記とかちょっと関係しそうかなと。うふ。


多分独り言は僕を知らない人が見ていたら「激」つまらないと思うのですが、そこをあえて書く。アクセス数のためにブログやってるんじゃないと、まるで「アクセスランキング」とかやってる人に喧嘩を売っているような(売ってません。気分を悪くしないでね♪)発言が!

アウトプットが定着しただけでも良いのです。メモするようになっただけでもいいのです。

今日思ったのは、携帯でメルマガとってるんですが、分量は短いものの朝みると気合い入ります。これを僕もやってみたいなあと。朝時間ありますし、やることあったほうが良いですし。

とりあえず身内でやってみて、ブーブーな声が多かったらやめます(笑)


タイトルの「もう逃げない」ってのは、バイトのことです。バイトは生き地獄、マンネリズムのギネス、超単調、エンドレス答案。

そんな感じです。すごい造語(笑)

ではまた明日(?)月

冒険投資家ジム・ロジャーズ世界バイク紀行

やっとこさ読み終えました。
感想としては、旅本というよりも、投資本のイメージが。なんでも後書きをみると、どうも旅の要素を原著より削ったみたいです。なっとく。

まあそれでも国境越えとか、トラブルとか、そういう旅独特の話は出てくるので問題ないのですけどね。

世界をバイクで進むことで、その国に投資すべきかどうか、経済状態は、買いか売りか、そんなことをしている。これは「旅と投資」だが、変な組み合わせに取る人もいるかもしれない。僕はそんなに抵抗なしに読めた。

旅は全てにおいて共通する何かがあると思う。僕は旅が嫌いな人に今まで会ったことはないし、おそらく旅が嫌いな人なんていないんじゃないかとすら思っている(いや、いる。世界は広いさ(笑))

印象に残った点はあまりないのだが、パターンとして「バイクで移動」→「その国の歴史や経済状態、特産物を観察」→「投資するかどうか」を繰り返している。後書きの方が気になった点がある。

後書きではないが、最後の方に、コスタリカの話がでてくる。


過去一五〇年の間に三、四回破産したことがある・・・(以下略)


コスタリカは、先のワールドカップで始めて知った。この本には書かれていないが、たまたま知ったが、なんでも発展途上国?にも関わらず、識字率はほぼ100%に近いらしい。教育の国らしい。そして、子どもも意欲をもって投票したいというなんか日本とは対照的な国だ(良くも悪くも)。これはずっとまえ、かなり忘れてしまっているが、映像というか自主制作のフィルムで見た。コスタリカ。忘れられない名前だ。場所は中米というところですね。

それはともかく国が破産するということがピンとこない。勉強不足。金融をかじるしかない(笑)

訳者の後書きで、ジムの基本姿勢についてふれていて、

特にその核をなすものとして、国家統制主義は必ず破綻するという信念をあげることができる。国家統制主義とは需要と供給を中心とした経済の原理に対して国の人為的な力で対抗しようとするものであり、国家統制主義の一形態である共産主義、保護主義、官僚主義は歴史が示すように必ず行き詰まる。


なるほど。自然という意味でいえば、資本主義はちょっと強引なところ、貧富の差がでるものだけど、市場という開かれた(捉え方によるけど)ものがある点で「自然」だと思う。


解説に村上龍氏がコメントしているのが趣き深い。

旅に出たい・・・。トーシしたい(透視じゃないです)


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おすすめ平均

現代の宝島か東方見聞録か

天才投資家ジムさんの世界観に触れてみるべし

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理想

理想について興味深いエントリがあった。
SYNTHETASEさんより。

まず気になったところを引用させてもらいます。

なぜ、理想を強制することが悪いかというと、それは、理想像自体がそれを考えた人の経験や考えを基準に解析した「現実」における「最適点」に過ぎないからです。人が変われば経験や考えも変わるので、必ずしも「最適点」ではなくなるのです。それを強制すると、反発を招きます。だから、うまくいかないのです。


同感。僕も同じように思う。自分が良いと思っていることを人にも良いと思ってもらうのは結構やる作業だけれど、あまり簡単に達成できるものではない。あまりにも簡単に言えてしまえるから、難しさが分かりづらいというのもあるかもしれない。

僕が今これが良いと思っているものは「最適点」であって、それが僕の友人やらの「最適点」ではないだろうし、自分の変化もあるわけで「最適点」はあくまでその瞬間(これが理想だ!と言っている時)だけだということだろう。

僕は理想を掲げてこうあるべきだとは言わないし言いたくない。言うならまず自分がしなければならないと思う。僕の好きな言葉で「可能性」の他に「説得力」というのもある。説得力ある人間や表現が好きだ。論理が破綻している説得は怪しいけれど、説得なんてそれこそやりようによっては洗脳にもなるかもしれないし、まあそこらへんは適当で。とにかく説得力があるかどうかは、その話者(話す人)自身の経験に「圧倒的!」に影響を受けている。経験なきものが、何を語ろうとも「説得力」がまるでないのだ。

人はなぜそれがわかるか不思議でしょうがないが、そういうふうになっているようだ。非常に便利な機能だなあと思う(笑)



経験や考えの違う他人を動かす唯一の方法は、自分が理想になって、見本を示して、「それ、いいね」と思わせることです。


これを曲解すると、それこそ社会主義者や共産主義者がクーデターを起こして!(自分が動いて理想を作る)理想社会を作ることを肯定しているようにとれる。いや、本当に。
つまり、理想社会の前景を作る。それで「それ、いいね」と思わせて人を惹き付けるという寸法である。

でも、これは違う。そうじゃない。

あくまで自分が手本を見せるのであって、社会全体を巻き込む必要は全くない。ここが非常に微妙なところだ。

自分の変化・行動と、社会の変化は同時的に起こっているのかどうか。それとも、どちらかが早いのか。鶏とその卵の話じゃないけれど。自分の変化や行動が先ということになる。もしクーデターを起こして理想社会にしようとしても、その理想社会が仮に「頭の中だけ」のものなら、それこそ「最適点」にすぎないわけで、意味がない。(意味がなくはないかも)

自分が最適点に、自分のできる範囲で最適化して、最適点化?する。それが見本を示すこと、自分が実践すること、そして人に見せるということになるんじゃないかと思う。

ここには説得力とか、人間の本質とか、そういった深いものがあると思う。

勉強になります。

フラッシュバック

ペンションバイトのことを思い出したのは、今のバイトが形と場所とやることは違えど、似ている気がしたからだ。

パン工場でのバイトは3日間だけだったのに、正直面倒だった。確か高校で始めてバイトしたんだと思った。2万近くもらえたかしら。

ベルトコンベアの前にたって延々と同じ作業をやり続ける。あいにくここは怒鳴る人がいなかった。

しかし、弁当工場は最悪だった。弁当に入れるネタが切れると馬鹿(本当の馬鹿とはおそらくあういう人を指す(笑))みたいに怒って?いた光景が今でも忘れられない。なぜ怒るのか不明だし、学生バイトを舐め切っているパートや社員も居て、態度で一発で分かる。

ペンションは毎日掃除してベッドメイキングして、メシ食って風呂入って、ということを繰り返して終わった気がする。今もほとんど同じで、規則正しいというのは傍からみれば良さそうだが、結構単調で面白味がないと思う。


僕は舐められるのが嫌で、(それは人なら誰でもそうだろうけど)例えばもっと幼い頃は扱いがもっとひどかった気がする。
小さい子に話すのはある程度「ぼく、大丈夫?」という感じでも許される。大人が子ども敬語ってのもよそよそしいからだ。

でも、ある一定の?線を越えると「舐めてる」となると思う。僕はここに非常に敏感に反応する。

最近ではないが、数ヶ月前、新しい革靴を買いに行ったが、結構なデパートの靴売り場で、サービス料が靴に入っていそうである。が、その店員の態度は決して「良い」ものではなかった。時間はかかるし、なんかこー試しにはくにも。

親から言われて嫌だったのは、普通靴以外に靴はくときに使うアレも入れてくれるのに、といっていたことだ。

まあその真偽はともかく、こういうことはよくある。ここでは僕と親の対比だが、抽象的にいえば、AさんとBさんとが同じZ店を利用しているのに、印象が大きく異なる、もしくはサービスが異なることだ。

これは、AさんBさんの主観の問題ではないこともあるということだ。

学生という身分上仕方ないこともある。だって何も生み出してないんだもん(^^;(なんといわれようが・・・甘んじて受け入れよう)それでも、おかしいな、なんでこんなことになってるんだってことはよくある。探せばキリがない。

バイトのヒトコマ

あれ、今日はあの人いないなと思ってたら、夕方近くに登場。

あれいたんだ!と思ったら、また寝てる(笑)

おいおい、やばいよ・・・これで3回目かあーと思ったら、自己で起きてる。すげー。上官の目を察知したのかしら。

人のふりみて我がフリなおせです。本当。といいつつブログ書いてる自分が好き(笑)


今日は(正確には昨日)、いろんな人からメールに携帯が入って、結構忙しい休憩だったりした。

よく携帯眺めてニヤニヤしてる人いるけど、あれ僕のことです。きっとね。メールの内容をみて思わず飲み物やら吐き出しそうになったり、声をあげて笑えないので声を押し殺して笑ってたりします・・・あー生き地獄。

それにしても携帯は便利だと思う。とくにメール。電話もいいけど。メールは良い。ブログも書こうと思えば書ける・・・。

パケット定額制の時代とはいうものの、まだ登録している人って、あれ、なんだっけ、新サービスとか新しいものに敏感な人。名称忘れた。経済学とか使ってそうだ・・。残念無念。

まあそういう新しものズキな人がやってる程度だと思う。ブログもどうなるか分かりませんが、問題は「ツール」自身よりも、人の心(やる気とか継続するとか、楽しいとか)だというのは、多分戦前(なぜ?いきなり戦争の話題が!)も戦後も変わらないし、これからもそうでしょうね♪

近いうちにパケ定額制も定着しそうなんで、それはブログブームに拍車をかけるんでしょうかね。携帯会社、ではなくて、携帯向きコンテンツ会社?ですか、連携すると面白そうですね。

正確にいうと?ブログが流行れば携帯会社も儲かるっていうスンポーです。多分すでにそんな予測はしてるはずなんでしょう。そのさらの一歩先は不明。光がどうなっていくかも分からないのに(笑)

先読み技術

先を読む力というのがある。これって才能というよりも、そうなるだろうと考えてそれが当たるも当たらないもその過程を楽しめられるかどうか、ということなんだと思う。(まどろっこしい文章だなあ

やっとジムの本を読み終えました(あの有名投資家のジムです)

そこにもあったのですが、予測という予想というか、こうなるんだろう。だからここの国は買いだなんて言ってる。むー世界がでかい。さすが投資家。

感想も書かないと。

独り言が鬼のように多くなっちゃう。

こんしぇるじぇ

WBSでやってた。

案内人とかそういう意味みたいです。最近よく耳にします。どうもコンサルタントやら、カウンセラーやら、横文字はピンときませんね。

ただこれらの共通点は「人と人との仲介」でしょう。というか、それは当たり前か(笑)

高島屋のコンな人が、他店へも案内する?ようなことをいっていたのを聞いて、以前読んだ「34丁目の奇跡」という本のサンタを思い出した。この本オススメです・・・。熱い(笑)

知ってる人いるかもしれませんが、サンタはいる!っていう夢のある話です。「アルケミスト」と同じレベルで子どもたちに読んで欲しいですねえ・・。む、子ども優良図書ってのを独自に作るもいいですね・・・φ(..)メモメモ

明日からあなたもこんしぇるじぇ(笑)

ビジネス選書メルマガ

そんなメルマガがある。
http://www.kfujii.com/tcy01.htm

結構人気だと思っているので知っている人も多いと思う。

これを読んでいつも思うのは「え?これだけ」ということだ。もちろん分量についてだ。

多分400字くらいなのかしらないけど・・・。メールプレビュー画面で軽く収まる量だといえば分かりやすいだろうか。

物足りない感がある人には、もう一つ分量多めのメルマガがあるようだ。なるほど。

僕はこのメルマガが好きで、十分満足している。もっと読みたいと思ったら本を手に入れるはず。

メルマガはツボにはまれば長くてもいいけれど、多分そんなに多くの人がツボにはまらないと思うので短く切って多く出すほうが多分良いと思う。この考えは今後変わりそうにないラーメン

スタートライン

すた?とら?いん?♪(きんぱち先生(笑)

自分の読んでいるメルマガで(スタートラインは全く関係ない?)こんなのがありました。

>  多くの人間がそうだと思うが、始業時間は9時だから、9時にタ
> イムカードをおせば時間を守っていると考えているに違いない。だ
> が、この考えは、はっきり言って間違いである。「時間を守る」と
> いうことは、「時間を生かす」と同義でもあるからだ。
>  9時に始まるのであれば、9時の時報が鳴った途端にすぐに戦え
> る状態になければならない。短距離走で言えば、ウォーミングアッ
> プを入念に行い、スタートラインに立ってその合図を待つようなも
> のだ。9時ギリギリに滑り込み、いざスタートしようと思ったら、
> 靴の紐がほどけている。まさにこんな状態なのだ。

メールマガジン『社長の着眼』
発行元:ヤスンドコム http://www.yasundo.com

バイトと照らし合わせて見た。バイトは9:30から始まるが、僕は15分前についている。人は社員が数名とバイトが何人かいる程度。

さすがに上官は5分前にはinしている。ふむ、ここからランクと経験と責任が違うのかしら。

15分前入りに深い意味はない。ただもう一本次の電車だと多分OUTな話で(笑)

でも、30分になったら即スタートというのが、自分にとっても、雇用者にとっても気持ちがよいのでは?と思える。

というわけで、これからも15分前にいってきっちり余裕をもって、準備して休んでいこうと思う。

寝坊

7:30に親に起こされた。

いかん。今日は1時くらいに寝たからか、それとも「夜何も食べてない」=「昼12:30のメシが昨日のラスト」だったからか・・・。

腹減ったら寝れそうにないけど、そうでもないのかな。

とにかく、初の寝坊。初?まあいいや。

おかげですこぶる体の動きがいい。
このブログも出る直前5分前に書くという慌て様。

時間がなくてブログが書けないという人の気持ちが分かりつつある。が、時間がないとは口が裂けても言わないのがポリシーであり、プライド(笑)

では行って来ます。

大浜さんのブログ

TBを見てたら、ZeroDimensionさんという新手?のブログからTBあり。WBSブログの話だ。

ZeroDimensionさんのブログはこちら。

WBSの大浜さんのブログへのリンクがあった。これでWBSがもっと身近になる(笑)

以前やってた小泉政権支持するかどうかとか、携帯アンケートに普通に答えていた結構新規WBSユーザな自分を思い出しました(え

大浜さんのブログはこちら。

WBSは個人的に好きなので、きっちり大浜氏のブログを観測させてもらいますりんご

病みそう

友人のブログタイトルのほぼぱくってみた。

単調な毎日が続いている。
バイトで同じことを延々とやってる。添削バイトという、ひたすら模試の答案を採点するバイト。

労働集約型とはよくいったもので、終わったらまた新しい答案をもらい、終わったらまたもらい・・・。これの繰り返し。

今日で、6日目が終わる。ちなみに、19日間やる予定。やっとこら1/3となる。もうすでに飽きてきている自分がいる。

同じような仕事を延々とやるのはまあ耐えるしかない。やりがいとか、面白そうなことを見つければいい。
今のところ、「集中力」の特訓(笑)と「短期睡眠」への道(笑)がテーマとなってる。

あと7日もたてば、テーマも変わるが、短期睡眠を放棄することは、自分に負けたことになる(?)がんばろう自分。犬

面白さを見つけるのは結構楽しいが、でもそれを見つけるのにメインの労働以上にそれに力を使うようなら環境を変えたいものだと思う。

病む前に逃げる。これが僕の方針カモ。ヒヨコ

5時起きの弊害

5時に起きている。が、眠い。というわけで、畳んだ布団の上にごろん。めちゃめちゃ気持ちいい。二度寝になるが、別に遅刻するほど寝ていない。

バイトまでの地下鉄で爆睡している。

それでも、午前はあくびがとまらない。やはり5時間+αの睡眠時間は自分にたらないのか?

今日は昼から調子がよくて、眠気がほとんど起きなかった。睡眠時間の調整は難しいものだ。

自分に負けるな。山

5分後の世界入口

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5分後の世界という本がある。村上龍氏の小説だ。

日本が戦争後イギリスやアメリカなどに占領され、九州や四国、北海道、本州などで拠点が各国に分かれているという面白そうな本だ。
もしこういうの好きな人は読めば面白いはず♪

バイトを終えて、大学へ本を返しに。
PM9時。AMと間違えて大学へ行ったの図で1人で笑う怪しい男(笑)

友人に5分後の世界行きの穴を見つけちゃうと言われて意地になって探した。それが今回の画像。

穴というのは、日本のエリート軍のことをUGといい、彼らはあちこちに穴をもっている。地下に日本人は住み、UGもいる。その穴のことかもしれない。とにかく、恐ろしい。

あと5分後に何があるのか?どうなっているか。誰も知るものはいない。正確には5分違うだけで世界は変わるのだ。

独り言が多いですが、これも沖縄とチャリ旅のためのバイトのため。お金を稼ぐのは大変よ(笑)

サマーヒル教師の手記

2年間のサマーヒル生活が日記でかかれている。
サマーヒルとは、イギリスにあるフリースクールのことで、なんとなく僕は興味を持つ。

フリースクールの一番の関心どころは、公学校とくらべ子どもがノビノビ育つかどうかという点につきる(少なくとも僕は)

印象に残った点は似ている。

それは公立学校にいっている子どもよりサマーヒルの子らのほうが優れているという記述だ。

またサマーヒルにも、反社会的な子やルールを守らない子もいるという現実もあるようだ。

ただ確実に公立学校よりは良さそうだ。

入って1週間で変われば、1ヶ月、1年、3年経っても全く成長のない子もいるかもしれない。
でもそれはただ待てるかどうかの話であって、人によって気づきは違うものだといえば、それまでだろうか。

普通は待てない。だから、詰め込んでみたい。今の日本の学校が完成されたシステムだというなら、それは何をもって完成されたというのか気になるところだ。


わがままと自由を取り違える子もいるそうだ。が、次第に違いが分かってくる。

サマーヒルでは、何度もミーティングや集会が行われ、話し合われている。ルールを守らなかった子、教師は訴えられるのだ。でも、そのミーティングで全てが解決するわけではない。

しかし、考えて行くということはできるし、皆にそのきっかけを与えることができるということもいえる。

少し淡々としすぎているきらいがあるが、読んで損はない。もっとサマーヒルの全貌をしりたいというなら、別の本がそれこそ、創立者のニイル氏がたくさん本を書かれているようなのでそちらを読んだ方が良さそうだ。


サマーヒル教師の手記―世界でいちばん自由な学校での2年間

堀 真一郎


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WBS

ビタミンXさんにて。

WBSでブログの特集してたんですね・・。あうち。昨日見てなかったです。

ブログが今後どうなるかは分かりませんが、少なくともHPのように停滞することは、よっぽどのことがない限りおきなさそう。

やはり手軽に出来るって、何よりも一番のメリットだなあと思います。うんうん。

眠い

またバイトで前と同じ人が寝てました(笑)
このブログが見つかったらやばい!命とられるちゃう。とられちゃうね。

昼飯休憩後、拙者もしばし睡眠。10分くらい寝ると気持ちがよい。が、ロケットスタートでバイトしても、すぐ眠気が。今日はほとんど寝ながら(笑)バイトだった気がする。どんまい。おかげであまり作業効率も芳しくなかった。反省。

それでその方は寝ていて、さあ休憩終わったという音楽が流れてきたのに、無反応。

「おいおいおい、今日はそういうパターンなのか!」と心でつぶやく。

5分経過。無反応。気持ち良さそうにねおって、バイトしろよ(笑)

上官に見つかり、名前を呼ばれる・・。
そりゃ当然だわなあ・・。

これで2回目の注意だぜ。さすがに3回やるとクビにはならんが、すでにマークされてそうだ・・・。

拙者ももう眠りたい。卒論進まないや。教授に合わす顔がないっす。図書館で借りた本も滞納3日目を突破。社会的悪人を演じる(笑)

高校生のためのファイナンス入門

友人からこんなのを結構前にもらって、やっと目を通した。結構面白い。

丁度昨日の日曜日経にも、お金の教育について書いてあって、きっちり切りとっておいた。

小さい頃親からの小遣いはきっちり決まっていて、月々の小遣いで足りなければ貯めて買うしかなかった。

無駄なものを買ったことはない、ことはないが、どちらかというと欲しいものがあってお金を稼ぐタイプだ。逆はあまりない、というかそんな人いるのかしら。贅沢だ(え

小学生は学年×100円が月々の小遣いで、
中学は学年×1000円で、
高校はどのくらいか忘れた・・・。

よくある話で、
「あの子はあんなに小遣いもらっている、いいな」というと「家はうち、他所はよそ」

小遣いを欲しいだけもらえる家もあるようだが、結局それでお金を稼ぐモチベ(モチベーションの略、略すなよ)があがるかといえば、あがるわけがない。まあお金持ちならいいんですが、お金の教育的にはNGかなあと。

そんな独り言。

機会費用の考え方

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機会費用というものをご存知だろうか?

機会費用とは、
「人間の選択行動において、ある選択を行うことで失った(選択しなかった)ものの価値」をいうそうだ。
(高校生のためのファイナンス入門、金融広報中央委員会)

今まで歩んできた人生が全てベストだとは必ずしも言えないし、ベストの定義がそもそもできないので、この問いは愚問かもしれないが、あえていえば、そんなところだ。

常に人は選択をしていて、選ばないという選択肢・選択もある。それは機会費用になることが多いと思う。(ここでは価値を失うくらいの意で機会費用を使ってる?)

ある選択をすると、ある選択は放棄したことになるとは言いすぎだろうが、でもそれはありうる。アイスクリームを食べすぎたから、ご飯が食べられないというのは、立派な機会費用といっては大袈裟だろうか?

バイトをしているから、遊びに行けないというのも立派な機会費用じゃないだろうか?

非常に興味深い話だ。

以前、経済学の入門書っぽいもので、機会費用の話が出てきたが、面白いとは思うものの、よく意味が分からなかった。今はなんとなく分かってきた。

優先順位とか、自分が今一番したいことなどと非常に密接な関係があると思う。優先順位なら第一位のもののために、第三位が失われるとか。そんな感じかしら。
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